「私があがってくるときもひなた・ほッこをしていたが、全然、駄目のかしら : : : 」 らしい 「さてのう : ・ ・ : なにしろ、あのモクという爺ィさんが持ってきたと 「モク爺ィさんで思い出したことがあるんです」又八が言った。 いう宝石にしても、只の石ではないらしいしのう : : : 」 ・ : 」三人が又八の方に眼をやった。 しばらく四人は何も言わなかった。 「私がペ / 。、ミント居住区から爺ィさんをさらって、止むなく星系警「まあ、それはそれとしてだ」ムックが言った。「バムに関しては 察本部長官の官邸へ逃げ込んだときのことですが、あのとき書斎で松たちにまかすとして、バムが両親だか、両親の幽霊たかに会える コンにまかすとしてだ : 長官は、こっちのつかませた″。 ( ムが焼け死んだ″という偽情報をかどうかは松とビーター どこかへ電話していました。そのときに、相手を″社長″と呼んで とうやらこの一件は、単にバムという娘ひと 私は考えるんだが、・ いました。そして、連邦政府が介入してきたのかもしれないと : りや、タンポポ村という村ひとつの事件ではないようだ。もっと入 。星系警察本部としてはこれ以上かばいきれないとも : : : 」 り組んだ、大掛りな秘密がからんでいるらしい。 「星系ぐるみ、財界ぐるみでなにかたくらんどるというわけだのう そこでた。 ひとつ、ここでみなの意志を統一しておく必要があると思う。わ 「〈クロバン大王〉からの連絡は入らんのか : : : ? 」ムックホッフれわれが、今後もこの一件に対して正面からとり組なかどうかにつ アが聞いた。 いてだ : : : 」 「いえ、今のところ入っていません」とお富。「かなりこまかく跳「どう考えてみてもこれは」すぐに又八が言った。「星系政府だか 躍していくと言ってましたから時間がかかると思いますけど、も星系軍だか知らないが、どうも向うのやり口は胡散臭過ぎますぜ」 う、そろそろ着いてる頃です。でも、あのあたりは重力波干渉がい 「なにをたくらんどるのか知らんが、すくなくとも住民をしあわせ くつも重なってますから、高次空間通信系もなかなか通しないんでにする企みでないことは間違いないようだのう」と和尚が言った。 す。 : ・」ムックホッフアは黙って三人の顔を見較べている。 出る前に〈冥土河原〉星系へのア。フローチを聞こうと思って、途「もちろん、もっと突ッついてみようじゃないですか。なんか、ワ 中に〈考護〉星系っていう小さな星系があるでしよう。あそこのル共から金をせしめる面白い口がころがってるかもしれね工し、第 〈考護海運〉とコンタクトするのが精一杯でしたからね工 : 一、タンポポ村でひどい眠に会ってる人間は他にもたくさん居るん 事だといいんだけど : : : 」 じゃないですか ? やるべきですよ」 「あの連中のことだ、抜かりはあるまい ムックホッフアは和尚とお富へちらりと眼をやった。二人ともか 「大丈夫だよ」又八も言った。 すかにうなずいた。 「たけど、本当にあのバムっていう娘の両親が、幽霊になって出る 「よし、話はきまった」 20 ー
「さっき、ロビーで搭乗手続きをしに行こうとしたとき、すれ違っ 「白沙だ」 た男がそう言ってたから間違いないよ」 「あんたは、爺いさン ? 」 「間違いない ? 」 「白沙だよ」 「ほら見ろ ! 」得たりとばかりに又八が警官たちをどやしつけた。 「用件は ? 」 「さア、どうしてくれる。俺は白沙のれつきとした市民だ。さア、 「何でもいいだろ ? 白沙へ行っちゃいけないのか工」老い・ほれ これを見ろ ! 」 の方もおかしなっッばりかたをしはじめた。 又八はカードをつきつけた。もちろんちゃんとそれ風に作ら「大変失礼した」責任者らしい男は又八に向かって頭をさげた。 れたカードである。 「なにしろ重要犯人を張り込み中だったもので。先日、長官邸乱入 ・ : 市民人権委員 : ・ 事件のとき犯人に奪取された破壊されたパトロール艇の残骸から、 ポッケ型通信機の断片が発見された。だから、わざと O ターミナル そのとたんに相手は苦い顔をした。 治安の名を借り弱い者いじめに精出す警察につッばゑいちばんだけがオー。フンだと放送して、おびき寄せようと網を張ったら、そ 始末のわるい団体である。 こへあんたがやってきて、そこへこの爺ィさンが大声をあげるもの 「こんな気違い爺イの言い分を信じて、おれを不当に拘東したなでこんなことになった。事情を了解して欲しい」 「下らん ! 俺が重要犯人だなどと ! 」言いながらも又八はゾッと 「気違いじゃないよ、あたしは」和尚はケロリとしている。「本当した。見ン事、向うの手にはまるところだった・「 : : 。和尚の機転が なければやられているところだ。いまもポケット なンだから。ゲートのところで人が言ってたンだ」 の中には通信機が 「誰が ? 」 「客がさ」 「とにかく、白沙行きの便に早く乗りたいんだ」 「どんな客だ ? いくっ位のやつだ ? 男か女か ? 」 「わかった。。、 , トロ】ル艇ですぐお送りする」 「十五、六かなア、わしの孫位の年格好だね。子供は勘がいいか「あたり前だ」吐き出すように又八は言った。 ら、間違いはないと思うよ。子供は嘘をつかないもんだ」 「さあ、爺ィさんあんたもだ」 捜査員達はもう、すっかりダレていた。面倒な奴とかかりあって 「ほンとだよ、ほンとだよ、この男は犯人だよ ! 」 しまった : 「わかった、わかった、犯人だよ、犯人だよ」 「さあ、早く釈放して貰いたい、いずれ、人権委員会から警察本部うンざりした表情で、警察はなおも騒ぎ立てる和尚の手をとり、 長へ正式に抗議する」 又八共々さきほどの o ターミナルに連れ戻して釈放した。 「それで、どこへ行くんだ、あなたは ? 」相手の口調が変った。 なンとも白けきった表情をこわすまいとっとめながら、二人はロ ー 53
二人が発券カウンターの方へ歩きはじめたとたん、つッっ 1 と男まちあたりは黒山の人だかり : が二人、両側から近づいてきた。はじめに気づいたのは和尚であ和尚は弥次馬をかきわけ、又八を左右から捉えている特捜に向か る。はっとして振りかえると後からも二人 : って言った。 彼はだしぬけに又八の腕を捉えると、その男達の方へ向かって大「この男が警察長官のお邸に押し入ったんだよ」 声をあげた。 「しッ ! 黙らんか ! 」べつの二人が和尚をわきから黙らせた。 「特捜さン ! あなたがた、特捜さンでしょ」 「この気違い爺イ奴が ! 」又八がわめきかえす。 「なにが気違いだ ! わしや、おまえの正体をちゃんと知っとる ! 」和尚はカン高い声をはりあげた。 いきなり大声で呼びかけられて面くらったのはその男達である。 背後から二人の特捜が和尚の体をおさえた。「何者だ、貴様は しかし、和尚はお構いなしに騒ぎたてた。 「この男です、この男です ! 」和尚はつかまえた又八の腕をさしあ「わしや、花咲村の百姓じゃ。タンポポ村でーーー」 げた。「この男が犯人ですよ ! こいつが警察本部長官のお邸へ押「黙れッ ! 」タンポポーーーと聞いたとたんに捜査員たちは顔をこわ し込んでーー」 ばらせた。「とにかくこっちへ来い ! 」 たちまち彼等はゲートの脇道から外へ連れ出され、建物と建物の 「しつ ! 」二人をとり囲む形をとった特捜らしい四人の男のひとり があわてて和尚をさえぎった。「静かにせんか ! 」 すき間みたいな狭い区画に止めてあったパトロール艇で臨港警察の 抜き打ちのこととておどろいたのは又八も同様である。思わず反本署へ連行された。 射的に和尚の手を振り払おうとして、相手の眼と合った。そのとた 「気違いなンだ、この糞爺イは ! 」調べ室で又八はわめきつづけ んに、又八はわざとのようなわめき声をはりあげた。「野郎 ! 何る。 をぬかしやがるんだ、この糞爺イ奴が ! はなさねえか、その手を「わしや知ッとるそ ! お前は警察長官をーー」 「静かにせンか ! 」すこし偉そうなのが和尚をさえぎった。「お前 そしてばっと和尚の手をふり払い、身をひるがえして逃げようと はどうしてこの男が手配中の犯人だというんだ ? 」 二、三歩走りだしたとたんに足を滑らせ、又八は派手にロビーの床「さっき、ロビーで通り掛りの男がそう言ってたから」 へひっくりかえった。 飛鳥のように特捜が二人その上にとびかかり、あッという間に又居合す捜査員は呆ッ気にとられた。 八を逮捕してしまった。 「ナ・なんだって ? 」 彼はあらン限りの声でわけのわからぬことをわめき散らす。たち和尚はケロリとして言った。 22
大結局、図書館の休みの日はお休みにし作ったんで、それが癖になったみたい。でアクションを書きおろしでやろうとい ちゃった。 も、最近はすごく簡単になっちゃいましうわけで。それから、短篇もこれまでどお 編火浦さんは、順番からいくと一番最後た。最初のころは、小さい字でゴチャゴチりやっていくと。 になるわけですね。 ヤ、原稿用紙二、三枚分はあったんですよ水結局、いろんなことをやりたくなっち ゃうでしよう。 火・ほくは、大原さんの原稿を受け取ってね。 大ミステリも ? 目を通すだけだけど、第一章の書き直しは大そんなやり方、絶対できない。 苦労した。後が決まっているから、あんま編水見さんは、きっちり作っているのか火 ハードボイルドは、四十過ぎたら書 りいじくるわけこよ、 冫ーし力ないてしよう。 と思うときもあるんですけど : ( 笑 ) 大やつばり、火浦さんて頭で考えて書く水・ほくは、書きたいところから書いてつ水ぼくもハードボイルドを書きたいな。・ ちゃうんですよ。長さにもよるけど、だい んですよね。 二十五過ぎたら書こう。 編水見さんに、最後になって。フロローグたいある程度分量がたまったところで、自大私は二十過ぎたら書こう。 ( 笑 ) だけお願いしたんですけど、どうでした。分は何を書きたいか一所懸命考えるわけ。火ワー な、なんですか、今の発言 水あれは、・ほくはわりと自由にやっちや大じゃ、やつばり一緒だわ。 ったから : : : 皆さん、認めてくれたから良水だから、無意識の産物であることが多編やつばり、自分のやっていないことっ かったけど : 。そうでないと、大変だっ いな、最初の原型は。 てやりたいんでしようか ? 編ところで、この共作が終ったところ 火少女漫画も書きたいね。 編 でも、あれがあるおかげで、いかにもで、これからどんなものを書いていくか 編絵も ? という感じが出たんしゃないですか。話してもらえますか ? 火絵は左向きの顔しか書けないから無理 火形而上的というか。 水そうですね、四、五百枚のを二本ぐら 水短く書くと、どうしてもそうなるんでい 、とりあえず書いてみたいですね。 大私は大学女子寮暴露小説を書こうかし すよね。 編大原さんはいかがですか ? ら。 ( 笑 ) 火 - AJ にか ~ 、・幻 , 、説の作り方がそれそれ違大 うーん、私の場合は、その時の気分編話がだんだん恐しい方向へ行きそうな うんですよ。小説書く前にシノ。フシス書くで、わからないから。 ( ードは書きたので、とりあえず今日はお開きということ と力いうことは・ : ワシだけか、ここで書 にいたしましようか。どうも、ありがとう く引にシノブシス書くのは。 火 ードは三十過ぎたら書く。いまございました。 編どうして、そういう形でやるようになは連作の書きおろし長篇シリーズというの ったんですか ? を、早く手をつけないと。でも、ここんと 火最初のコンテストの応募作書いた時にころ、なんかわさわさしてて。とにかく、 こ 0
イシュトヴァーンはうめくように一ムった。 何とかしてここをぬけだし、ヴァラキアへもどるための策を講じな 「早く、食わせてくれ」 ければならんだろうが、あんたは一体どうやって、オルニウス号を すでに、すっかり日はの・ほりきり、きらきらとこの呪われた海をとりかえすつもりなんだ ? それに、オル = ウス号をよしんばとり もかがやかしく照らしつけている。 かえせたとしても、あの死人どもの目をくらまして、何とかこの船 かれらは並んで、身がるく岩から岩へとわたっていった。明るい の墓場をぬけだすのは、容易なこっちゃないよーーそれに、あの幽 日の光の下で、もはや少しもその海は死人やクラーケンの呪われた霊船ーーあれは一体、どうしてあんなふうに、消えたり突然あらわ すがたをひそめているとは見えず、むしろ、そこかしこに見える遭れたりするんだろう ? 」 難船のすがただけが、いし 、ようもない悲しみを、明るい日のもとに 「おれにきかんでくれ。おれが、知るわけはねえたろう」 はこんでいる。 カメロンは、 かなりたくさんの魚をつってたくわえてあったの 海はとろりとしずまりかえり、何ひとつ、生あるもののうごくすで、イシ = トヴァーンがむさ・ほり食ったあとでも、まだいくらかの がたさえも見出すことはできなかった。 食物がのこっていた。 かれらは、それを、火をたくこともはばかられたので、よく海水 であらい 「このあたりの海水じゃ、クラーケンの味がするかも しれんぜ」とカメロンがぶつぶつ云いはしたがーー生まのまま食べ 「なあ」 た。とうてい、味らしい味もせぬそれはうまいとは云いかねたが、 イシ = トヴァーンが、目をさましたとき、すでにあたりはまた暗それでも、腹がひどくへるまで待っておれば何とかのどをとおっ くなっていた。 た。飲むためには、岩のあいだに、雨水がたまってできた小さな水 はっと顔をあげると、かたわらに、じっと彼の寝顔を見守ってい たまりがいくらかあった。 たらしい、カメロンのすがたがあった。 「しかしまあ、人間をさわるたけで消しちまうクラーケンのこった 「よく寝たな。もう、そろそろ夕方だそ。 やつばり、さすがのからな。もしかしたら、ものを他の場所へとばしたり、消したりす ヴェントのイシ、トヴァーンも、少しは疲れていたらしいな」 る、ふしぎな力をもっているのかもしれん。ーーー何しろ、あいつに 「まあね」 ついては、何もたしかなところがわからんよ、イシ、ト」 イシ、トヴァーンはうーんとのびをして、身をおこす。 「そんなすごい力をもってるものならーーあんなでかい船でも、消 「なあーー・これから、どうするつもりなんだい ? 」 したり出したりできるならさーーなぜ、自分自身をもとのすみかー 「どうするって ? 」 ーどこだか知らんがねーー・・まで、とばすか、消すか、できないん 「だからさーーーここにこうしてるわけにもゆかんたろう。どうせ、 だ、やつは ? 」 3 引
ぜ」 ぜ、まったく」 ウイルは驚いて空のグラスを見つめた。 ・ハーテンの長広舌も上の空で、ウイルはぼんやりとつぶやいた。 「何だってチーフはガプ飲みできるんだろう」 「 : : : 自由な一生と引きかえに、命の保証もすてたってわけか : 別の客が来て、 ・ハーテンは虹色のシェイカーを振りはじめる。 「ネクタリウムですよ。ご存知でしよう。このノイエ・エルデはネ「真空の中で破裂してくたばる自由ですよ。まあ、あこがれるのは クタリウムなしじゃ、一日だってもちゃしない。誰かが掘らにゃなけっこうですがねえ : : : 」 らんでしよ。ここにいる連中はみんな、命をかけて宇宙の果てから ーテンはウイルの目付きを見て、気がしれないといった風に肩 ネクタリウムをとってきちゃあ、闇で国家に売りつけている、宇宙をすくめた。 の鉱山師たちばっかりなんですよ。もちろん、チーフもね」 ウイルの目の前に、突然、紫色の液体の入ったグラスが置かれ こ 0 ウイルはパッと目を輝かせた。 「スタージェス号で ? 」 「しつ ! おごりですよ、あたしからのね。忘却って名の酒。あな ホワイト 「ええ」と。ハーテンはうなずく。「アステリオンやザジ、ジルコン た、学生でしようが ? 悪いこたあ言いません。これ飲んだら、こ も仲間ですよ。酒や、犬や ( ! ) 、女や食い物のために、エリト んな世界のことはスツ。、 / リ忘れて、さっさと表へ帰るんですね」 コースを棒にふって、いくらほんもののためとはいえ、自分の生命そう言って、 。ハーテンは世慣れた笑いを浮べた。 ホワイト を賭けるなんてね。不思議な人たちですよ」 ( 学生なんかじゃない ! ) 「そうかな」 叫び出したくなる衝動をこらえて、ウイルはその酒を一息であお ・ ( ーテンはグラスを磨く手を休めて振り返った。そして、つと顔グラスをカウンターに叩きつけるように置くと、なかば夢見心地 を寄せると、きつい目でウイルを見つめながら言った。 で酒場を出る。ベルトウ = イでひっくり返った時のように、世界全 「いいですか、あんた。忠告しときますが、いけませんよ : こ体がぐるぐるまわっていた。さっき打った腰の痛みだけが、ウイル の国は何でもカードだが、チーフたちにはないんです。つまり、登の現実感の唯一のささえだった。 録を抹消され、ー死んだと同様にあっかわれてるってわけ。ごらんな めまいを覚えて、ウイルは地べたに倒れた。盛り場をすぎてしま さい、誰一人、—Q をつけていないでしよう。一般市民ならただでったらしい、人気のない広い街路だ。赤レンガに似たタイルが、て すむものも、連中はいちいち金をはら 0 て国から買わにゃならんのらてら光りながら、まっすぐどこまでも続いている。ウイルは蟻と です。このスペースも、空気もみんなそうです。ここを維持するた同じ視点から、その数学的羅列を見て、ひどい嘔吐感を覚えた。 めに連中がどれくらい金をはらってるか聞いたら、腰をぬかします ( タイルが笑っている。赤い便所のタイルがおれを見て : ・ : ・ ) 。 4 3
扱いに慣れていないため、地面でしたたか腰を打ち、しばらくは立「こ、この野郎 ! 」 狼狽して奇妙なタコ踊りを始めた海坊主の上で、ウイルはたくみ ちあがれない。 ベルトウ = イにいると気がっかなか 0 たが、もう陽は落ちて、あにタッ。フをふんだ。カまかせに振り回される腕をかわしながら、ウ たりにタ闇が迫っていた。巨大なロフトやベルトウ = イの影になるイルはフットボールの。フレース・キックの要領で、巨漢の頭を思い ようやくの思い きり蹴りとばした。爪先がしびれるほどの衝撃が来て、ウイルは反 地表は、もうほとんど夜といっても過言ではない。 で立ちあがったウイルは、二人の男が消えた方向に、よろよろと走動でひっくり返った。海坊主もどうと倒れる。 ウイルはすばやく立ちあがり、マンホールを探した。 ( あった りはじめた。 「えーい、待ちゃがれ、こぞう」 どれもこれもが、皆同じに見えるロフト群の迷路を、ウイルはカ ンに従って進んでいった。彼のカンは昔からこういう時にははずれ海坊主はよほど頑丈にできているらしい、もうウイルを追 0 てく たことがない。森閑とした備蓄エリアのどこか遠くの方から、鐘をる。 ウイルは力をこめてマンホールのふたを持ちあげ、中へ飛びおり 鳴らすような音が響いてきた。聞き覚えのある音だ。 た。そして息をのんだ。 ( マンホールだ ! ) 目が見えない。チラチラと無数のネオンが輝いているのだ。酒の 直観がウイルにそう教えてくれた。ウイルは音のした方へと走っ におい、女の嬌声、華やかで美しい、そしてどこかあやしげな、世 界の裏の広大な歓楽街が、今、彼の目の前にひろがっているのだ。 その時だ。 ウイルはなるべく目立たぬよう、通行人と同じように、ゆっくり 「おっと、待った」 ウイルは悲鳴をおし殺した。急に自分のからだがふわりと持ちあ歩いた。走り出さないように努力した。足と肩の筋肉が痛くなるほ ど緊張していた。 げられる。おそろしく巨大な影が、彼の首根っこをつかんで空中に 「まあ可愛い坊やだこと。ねえ、遊んでらっしゃいよ」 つりあげたのだ。 高価な飾り窓から、色の白い、小柄で派手な女たちが、なまめか 「さあ、帰った帰った。ここはおまえらの来るところじゃない」 しく手招きする。ウイルはすくんでしまった。 海坊主は生臭い息をウイルの顔に吐きかけながらそう言った。 「あっ、あそこだ ! 」 「こんちくしよう ! 」 ふり返ると、さっきの海坊主とその手下らしき連中が数人、すご ウイルは海坊主の下腹を蹴りとばした。同時にフライのスイッチ を入れ、海坊主がひるんで手を離したすきに上昇し、筋肉のかたまい形相で走って来る。ウイルは、あわてて暗い路地に逃げこんだ。 表通りを追ってくる足音は、だんだん多くなるようだ。ウイルは路 りのようなだだっ広い肩の上に立ちあがる。 こ 0 9 2
ウイルが無造作にカードを放ると、半泣きの少年はよろめきなが 第一章ウイル ら、それにとびついた。 「なんだい。ちょっと借りただけじゃないか」 「ウイル 「この野郎 ! 返せば文句ないだろ、返せば ! 」 少年はたけだけしく叫んで、相手になぐりかかった。カまかせの体育の教師でもある副担任の平手打ちが、ウイルの頬に派手な音 ストレート があごをとらえ、相手の少年は激しく教室の床にたたきをたてて炸裂した。一発。二発。その打撃をウイルは表情ひとっ変 つけられた。 えずに受けとめた。口を真一文字に引き結び、じっと身を固くし 「おい。よせよ。よせったら ! 」 て、小ゆるぎもしない。 数人の同級生たちが彼を取りおさえようとして、次々に投げとば担任のメイフィーレド・、、 / 力にがにがしげな口調で言った。 される。体格的にさほど差があるというわけではないのだが、その 「この星で、カードがどんなに大切なものか、おまえだってよく知 一方的な暴れ方は、羊の群れに投げ込まれた狼さながらであった。 っているはずだそ、ウイル。カードがなければ、食料はおろか原則 ひと通り自分の威力を見せつけると、少年は昻然と頭をあげ、遠的には空気の配給さえ受けられんのだ。このノイエ・エルデでは 巻きに眺めている大勢の生徒たちを、ぐいとにらみつけた。今までな ! ー。ー現におまえは、この前の傷害事件で、嗜好品の供給停止と 無表情に見守っていた少年たちの顔に、さっと恐怖の色がはしる。 いう一ヶ月のペナルティを食ったばかりじゃないか。それなのに、 白茶けた表情の列を、順にねめまわしながら、少年は喉の奥でうなまた : : : 」 っこ 0 「借りただけだ」 「いいか。おれは、きさまらが一番きらいだ。よくおぼえとけ ! 」 ウイルが断ち切るように言った。ふたたび頬が鳴った。一 その時、人垣が乱れ、教師たちがあらわれた。担任と副担任。一一 「ひどいよ。勝手に人のカードで飲み食いして : : : ひどいよ : : : 」 人とも息を切らしていた。 ウイルたちの足元で、少年が大声をあげて泣きはじめた。その様 「ウイルー またおまえか ! 」 子を、あからさまな嫌悪の表情で見おろしていたウイルは、いきな 少年ーーウイルは、ふり返るとチッと舌打ちをした。 り二人の教師をつきとばして、教室の外へ走り出ていった。小さな 「今度はいったい何事だ ! 」 悲鳴をあげながら、生徒たちはあわてて彼に道をあけた。 「ウ . イレ・、、 ・ほくのカードを : : : 」 「待て、ウイル 叩きのめされた少年が、助け起こされながら、弱々しい声で訴え 「ほうっておきなさい、ワルター先生」 た。ロのはじが血で汚れている。 「しかし、メイフィールド主任 ! これはあきらかに悪質な規律違 「ほら、返してやるよ ! 」 反ですぞ。懲戒室送りにして、こってり脂をしぼってやるべきで 2 2
「もう一つ、何かやって」 「運命の乙女たちのサーガは、ニギディア」 「イミー 「『マリニアの花』をやろうか」 ルの娘の歌がいい」 口々にヴァイキングたちがいうのを、ニギディアはきいていた イシュトヴァーンはまた吹きはじめた。 、刀 かれはその笛のすさびを、器用なジェークスに教わったのだっ ルの娘のサーガをうたうわ。樽を叩いて、拍子をとっ た。ジェークスは小刀でしよっちゅういろいろなものを彫り、人形「ではイミー や護符や笛をつくっては、そのあっかいかたを彼に教えてくれたのておくれ、ニオルド」 いとも」 だ。美しいけんらんたるロザリア、フェリア、ルノリアよりも、野「おお、 巨大な水樽がかるがるともち出された。 に咲く白いマリニアよ、わたしはお前を愛するだろうーー・・・・それは、 「イミー ルは氷雪のこの世界の造物主よ。この世界は彼の体であ 『サリアの娘』よりもさらに甘く、ひそやかな・ハラッド・こっこ。 雪と嵐とは、彼の吐き出す白い息なのよ。彼には三人の息子と なまぬるい水とあつい陽ざし、咲きほこる花々と浅黒い肌ーーー逸 ひとりの美しい娘があった」 楽的であやしい南国のしらべは、氷雪の北方からきた巨人たちに、 どのようにきこえ、またどんな思いをはこぶものかーーヴァイキン ニギディアは説明した。 - 」うべ グたちとニギディアは、斧にもたれ、たくましい胸に腕をくみ、あ ヴァイキングたちは樽をとりかこむようにしてあつまり、頭を垂 るいはじっと頭をたれて、イシ = トヴァーンの吹きならす笛にききれてじっと待った。ニギディアは、おのれのうちに、何か冷たい北 っこ 0 しュ / の吐息がみちてくるのを待つように、じっと両手を天にかざして立 こんどは、あんたたちのも、何かぎかせてくれよ」 っていたが、やがてオーオーという低い声が彼女のロをもれはじめ 嫋々としたさいごのリフレインを吹きおわり、イシュトヴァーン が云う。 すぐに赤毛のヴァイキングたちが唱和しはじめる。低い、陰欝な ヴァイキングたちは顔をみあわせた。 合唱がしだいにたかまってゆくころに、ニオルドが、樽を叩きはし 、カ めた。 「歌えよ、ニギディア」 ニギディアはうたいはじめた。 「何か歌ってくれ」 しかし、それは、なんとイシトヴァーンの知っているどんな歌 ヴァイキングたちの中から声がおこると、ヴァイキングの女はもとも、 ハラッドとも、ちがっていたことだろう。 のおじせずにうなずいて進み出た。 それは重くしわがれた声で語られる、歌というよりは詠唱であっ 「何を歌う ? ニオルド」 た。ニギディアは、氷神イミー ルと彼が溺愛して氷の中にとじこめ 3 「イグラジルの歌はどうだ ? 」 てしまうタヴィアのあやしく暗い物語をうたった。オオオーい、オ こ 0
「われわれの信ずるファーナハイムの神々は、南の、いかがわしい どーー・現実に生ぎていようとは、まったく思いもっかなかったよ。 6 神々とはちがうのだ」 しつーいったい、何なんだ ? あんたたち、北の民も、あれに むっとして、ニオルドが云った。 ついて何も知ってるわけじゃあないのか ? 」 「北の神々は、天上にいて、われわれを冷やかに見守っている、あ「きのういったように」 ニギディアがこたえた。 やふやな神々ではない。それは、現実に存在し、われわれ人間に話 しかけたりすがたをあらわしたりする神々なのだ。ファーナハイム 「あれがたぶん、どこかからやってきて、ふしぎな力をもってい の神々は、ヴァンハイムの彼方、虹の橋をわたった神の国に住んでる、ということしか、あたしたちは知らない」 いる。われわれも、その橋さえわたれれば、神々と会うこともで「さあ、そのどこかがさ」 き、ことばをかわすことも、神々のかたわらでくらすこともできる イシュトヴァーンの黒い目が輝いた。 のだ」 「あまり途方もなさすぎてーー空の上からやって来たって、それじ 「へえ・ : ・ : 」 ゃあれは神々の一部だってことなのかい ? 神々は、あれの存在す イシュトヴァーンは目を丸くした。 ることをゆるされ、神々があれを生んだのかい ? あんたたちのい 「そんな神々がいるのかね。人間の前に気やすくすがたをあらわしうように北の神々が人間に近しいなら、な・せあんな化け物から人間 たり、話ができるなんていうーーーヤススやドライドンが人間の前にを守っちゃくれないんだ ? なぜあいつにさまよい歩く死者たちを あらわれたら、おれたちはどんなにか仰天して、この世のおわりが思いのままにさせておくんだ ? 」 訪れたのかと思うだろうな。もっとも、古い王国パロの王家の人び「南の人間に、・ とう云えばわかってもらえるのかしら」 とは、代々ャヌスの祭司をつとめるので、神の声をきくとはいうが ニギディアは溜息をついた。 ・ : しかしまあ、あのクラーケンをおれは見たからね。氷雪と霧の「神々でさえすべてを知ってるというわけではないのよーーおそら ふかいアスガルンの彼方、ノルンの彼方では、きっと何もかもがこくあれたちは、とおい昔、どこか別な世界から、この世界へたどり の中原や南方とは、あまりにちがっているんだろう。もっとも南方ついた。南方の《古き者たち》というのも、そのうちのいくつかだ にはまた、《古き神々》と名のる、奇怪な、蛙や魚の顔をした邪神ったかもしれない : : : 神々とそれらのあいだにたたかいが行われ、 が君臨しているというしな ともかく世界というものについて、神々が勝って、それらを封じこめたのでしよう。でも、北の国々に おれたちが互いにびつくりするほど何も知らんのも、たしかなことは、それらが現実にいたし、いまでもいる、そのあかしがいくらで ものこっているわ。あのクラーケンや、クラーケンをあがめるあや たとえばあのクラーケン : : : おれは、あんな怪物が現実にいるなしい国々のようにね。ーーーあたしたちは、眠りこんでいる巨人の腹 んてーーそういうものが北の海にすむ、という伝説はきいていたけの上であそんでいる白小人よ、そしてあたしたちが世界だと信じて