船 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

へさきからまっすぐに、オルニウス号の船腹めがけてつつこん 、た。しかし、カメロンの声をきくと、微かに呻いて目をあいた。 あれは、あの船は : : : 」 「船長、恐しい 「ぶ、ぶつかるーツ」 「ロク。何を見た。あの船は、何だ ! 」 「ヤヌス様、お慈悲を ! 」 「船長、逃げるんだ。あの船に近よったらいけない。あ、あの船は レントの海を永遠にさまよいつづける呪われた《死の船》だ。幽霊すさまじい衝撃 は : : : やって、来なかった。 船だーーーあ、あの船の上甲板に、テヴ = ール : : : ォルシウス号のテ 恐怖のあまり目をとじ、ぎゅっと手すりにしがみついた乗組員た ヴェール船長がーーー」 ド】ルの版図に入ってしまったの ちは、もはや自分たちが死んで、 「何だとッ ! 」 かと、しばらく身をすくめてじっと凍りついていたが ロクは、気を失った。一 やがて、勇気のあるやつが、そっと目をあけてみる。 「出たな、魔物 ! 」 「ああッ : やにわに、一声吠えて、カメロンがとびあがる その刹那 ! 呆然とした声が、その唇からもれる。 「あ、あーーあの船が : : : 」 「ウワーアアア ! 」 「あの船がいない ! 」 再び、絶叫がひびいた ! 「つつこんでくる ! 」 「ウワーツ ! ぶつかるーツ そのありありとした不吉な黒い魔船 船じゅうのあちこちで、すさまじい絶叫と悲鳴、そして恐怖の叫おそるべき早さで、まっしぐらにつきすすみ、あわやその船の横 腹にぶちあたって、両船ともに衝突、大破、轟沈をまぬかれぬかと びが おお ! 見えた : : : その船は、たったいままでそこにあった、その海域か かの黒い魔船が、まるで捨身でこの船に体当たりをくわせてやろら、煙のように消えうせていた。 テヴェールが乗っていた、そう云ったな、ロクは ! 」 うというかのように、まっしぐらにオルニウス号めがけてつきすす「テ カメロンはとび起きた。 んでくるー その目が爛々と、物凄まじく光っていた。 「操舵手 ! 船を、船をまわせー カメロンは絶叫した。 ( ゅーー ) ( 幽霊船だ ) 「マストにつかまれ工 ! 手すりをつかなんだ。危い ! 」 ( この船の姉妹なるオルシウス号の亡霊が、この船にとりついて沈 黒い船は、あえてよけようとさえしなかった。 299

2. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

マストのヘし折れ、甲板につめたい水にひたされて白骨がいくつも また再び、右舷に、ばうっと灯りの範囲内に入ってくる、むざん よこたわっているほかは、どこもまだまあたらしいもの、もはやすに黒くやけこげた船の、船首に辛うじてのこっている文字を、イシ つかり沈んでいって海底のもくずとなりはてるばかり、マストのさュトヴァーンはよんだ。 きとへさきしかうかんでおらぬもの : ( ォル : : ス、ヴァラキア ) ありとあらゆるすがた、しかもただひとつの相をもっ船がここに ( ォルニウス号 あった。 少年の手からぼろりと短剣がおちる。 そのとき その、たったひとつの相は、どの船にも、栄華をきわめたぜいた「あれを ! 」 くなョットにも、みじめにやけこげた奴隷船にも、まったく平等に ニオルドの叫びが、呆然としていたフレイヤ号の人々を我にかえ おとずれる、たったひとつのものであったろう。 らせた。 何かしら、あまりにもしいんとした、厳粛なーー・そう、ロをきく 船の墓場の向こうーー船の残骸がいよいよ数多くかさなりあった ことも、神の名をとなえることでさえはばかられるほどに粛然としその向こうで : たものが、この水域いったいをおおいつくしていた。 海面が、青白く激しく発光していた。 きこえるものは、チャツ。フ、チャツ。フ、という徴かな水音と、そ 3 して、誰かのひそかに胸の護符をまさぐる音、沈黙をいやが上にも 重くする息づかい それを、 「気をつけろ ! 」 「右前方に船。三十度、迂回」 ニオルドの声は心なしか、微かな震えをおびていた。 「右前方、三十度。ようそろ」 「やっかもしれん」 叫び声だけがこころなくひきさいていったあとには、再び、うら ヴァイキングたちもさっと色めき立つ。 みをのんだ船たちの、永劫の沈黙があたりをおおいつくすのだ。 あやしい、船の墓場の夢幻的な静寂の魔法は破れた。その、青白 ( 船の : : : 墓場ーー -) い光には、なにかただごとでない、寄怪な危険をつげるかのような 潮流のためか、それとも何か、もっとそうでない何ものかの意志ものがあった。 が、ここにこうして、この減びの船たちを静かにひきよせていった「全員、持ち場につけ。気をゆるめるな。何がおこるかわからん のか。 ぞ」 「船だそーう」 あやしい光は、ヴァイキングたちの畏怖をあざ笑うかのように青 328

3. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

を消してゆく。 あるいはまったく転覆して、その、フジッポのこびりついた船底 「左前方に船影ふたつ。右ななめ前方、近い。左へよけて下さい をむざんに月とフレイヤ号のあかりのもとにさらけ出し 左ななめ前方に船が」 マストが折れーー・焼けただれ、見るかげもなく龍骨もぼろぼろに 見張り番のロキは、いまや狂ったように、声をからしてひっきり なり : なしに叫びつづけなくてはならなかった。 船首にかっては光りかがやいていたであろう、海の女神ニンフの かじとりのオキーフもまた、狂おしく、ほんの少しでもあやまっ たらやにわにぶつか 0 てしまうか、のりあげてしまうであろう、岩白い像が、なかばへし折れて水につか 0 ている。その目が、何も見 礁地帯と同じ慎重さとたしかさの要求されるこの一帯をのりきろうぬまま、たぶたぶとうちよせる黒い水の下から、かれらーー永遠の 静寂を乱す闖入者を、しずかに見上げているかのようだ。 と、いそがしくかじをあやつっている。 いや、あれは、岩つぎつぎと船のさいごのすがたが、かれらの視界にあらわれては 「左二隻ーー正面、小さいかげが : : : 右一隻 また消えてゆく。かってどのような栄光が彼女をつつみ、どの海を 礁です。迂回ねがいます : : : 」 しかし、その、必死で声をからしているロキとかじとり、それ誇らかにとびかけったのか。 その船たちは、どれも、実にさまざまな、様式と、時代と、国と に、オールをぶつけぬよう、こまかくさしずしているこぎ手がしら の他のものは、その、あやうい操船の恐怖をさえ、ほとんど感じてをもっているらしかった。 十へ、よ、つこ。 なっかしいヴァラキアの白い快速船 : : : ライゴールの、下ぶくれ あかるく、照らし出されたこの『船の墓場』の、あまりの、あやの貨物船。十二の海をおしわたる、タルーアンのヴァイキングの円 底船、古めかしいルテチアの奴隷船、イフリキアの船。 しさ、ふしぎさ 船乗りならば、誰ひとりとして感じ入らぬものとてないであろ鉄の装甲をはりめぐらしたいくさ船、美しいきやしゃな、それだ う、魔の水域の光景に、 = ォルドや = ギディアでさえ、しんと息をけにいっそうこの死のすがたがいたましい、沿海州の金持ちの好ん つめ、茫然として、ただ痴呆のように見とれ、心をうばわれてしまであやつる細身のヨット。 見たこともない奇妙な丸い船、ヘさきとともにおそろしくあでや っていたのである。 おお かな奇怪なけもののすがたをあしらった、極彩色の船は、いまだ見 ぬ太古王国 ( イナム、カナンの裔、あるいははるか東方のキタイ、 船の墓場 ! コーラン、コーサラの、黄色い、小鳥のさえずるような声でしゃべ フレイヤ号がとおりすぎてゆくたびに、視界はきりひらかれて、 るいさましいあきんどたちの遠洋交易船か。 そこにあやしい難船のすがたが明らかになってゆく。 ポロポロになり、やけこげ、もはや船のかたちをとどめぬもの、 あるいはたかだかとへさきを宙にあげ、ともはすでに水中に没し 327

4. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

することは、そいつを呼びよせてるのと同じなんだ。ドライドンのちつくしていた。 ガーン、ガ】ン、ガーン : : : 鐘はなおも鳴りつづけ、船じゅう 印を切れよーーおまえだって、災いを呼びよせる男だなどと呼ばれ たくねえだろう。どの船でも、何かおこるとまっさきに人柱にされの、持場をはなれられるかぎりの連中が上甲板へとび出してきた。 「船だ。黒い船だ。海賊船だあ」 る、そう仇名されてるやつがいるんだから、ーー」 それは、たしかに、ふしぎな、いまわしい そしてどうにも説見張りのわめき声はつづいている。 明のつかぬ暗合であったと云えた。 ( 出たな ) ジェークスとイシュトヴァーンはキッとなって目を見かわした。 なぜなら、もっとずっとのちになって、《災いを呼ぶ男》という いまや、誰の目にも、水平線に黒い不吉なその船のすがたははっ のは、《紅の傭兵》ヴァラキアのイシュトヴァーンの、三つめのあ だ名となり、やがて彼の名は、つねにそのあだ名をともなって、人きり見わけられる。 そのあやしい船影は、船旗もたてず、まっしぐらにオルニウス号 人のロにのぼるようになっていったのだから。 しかし青くおだやかなレントの海のさなかで、何の気もなしにジめざして進んでくるのだ。 エークスがそう云ったとたんだった。 カメロンが、額にかざした手をおろした。 ガーン、ガーン、ガーンー とものすごい音をたてて、メイン「敵襲」 ・マストの頂上にかけてある、見張りの鐘が狂おしく打ち鳴らされ彼の野太い声が、オルニウス号じゅうにひびきわたるかに思われ こ 0 はじめたのだ ! 「船だあ。船が見える一ておー」 「諸君。あれが《黒いイシ = タル》、今回のわが船の目標ーー・わが 姉妹ォルシウス号を沈めた憎んであまりある敵船だ。 見張り役の水夫の絶叫がきこえてきた。 「ジェ 1 クス ! 」 総員、戦闘用意 ! 」 「イシュト、やっかもしれねえそ」 3 いきなり二人の少年ははねおきて甲板のヘりにかけよる。 が、そのとき、大股にかけあがってきたすがたがあった。 「あツ、船長」 「戦闘用意 ! 」 「船だと云ったな ! 」 「各員持ち場につけ ! 」 カメロンの顔は、恐しくけわしくなっていた。 「とりかじ、いつばい ! 」 「どけ ! 」 「とりかじ、いつばい、ようそろ ! 」 彼は手を目の上にあてーーそして、身じろぎもせずに上甲板に立長年訓練されたオルニウス号の乗組員たちである。たちどころ 297

5. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

0 ろもふかく、さびしくなるあたり、ヤヌスとルアーとイリスではなとそれらがゆれうごいてくずれ去りかけるのも感じとったのだが、 く、名もしらぬ、北の神々がしろしめすあたりへまで、夜光虫たちしかし、いま、さいしょのいくつかの船に火をつけると、たちまち 3 が彼女の供をつとめるがいいとイシトヴァ 1 ンは思った。彼女はのうちにそれらはもえあがり、そして中にむけてくずれおちていっ それに値するのだから。 たしかに見えたその船の島のなかみは、おそらくまったくの空洞 よくあさ、かれらが再びそこに立ったときには、もはやそこに、 光の繭はなかった。彼女もまた、他の死者たちのあとをおって、流だったのである。そして、ほ・ほ一昼夜もえつづけたあとそれが海中 にむけてくずれおちていったあとに、巨大な波がきた。 れ去っていったのだった。 すべての葬送をおえて、レントの海は、しずかにそしてとろりと老獪なカメロンはとくにそれを予期しており、オルニウス号を島 の外側へまわしておいた。これまでせきとめられていた潮がついに 青く、あかるいルアーの光の下にひろがっている。 カメロンとイシュトヴァーンとは、それも〕船乗りのさだめどお出口をえてほとばしり、船の墓場をかたちづくっていたたくさんの をしま、ゆるやかに潮にもちあげられて、その場所を去ろ り、海の水をくみ、はだかになって、からだをあらい流した。死者船たちょ、、 をすべてをのみこむドライドンの胸にかえして、それでもなお生者うとしている。その中には、フレイヤ号のすがたもあった。主を失 ったヴァイキング船を、はじめはヴァラキアへ曳航しようとカメロ たちは生きてゆかねばならぬ。いっか、かれら自身の順番をむかえ ンは考えたのだが、それが非常な困難をともなうことを知って断念 るそのときまでは。ドライドンの浄めの水は、つめたく、清らかだ っこ 0 したのである。 もはや、船の墓場のすがたを失いつつある、そのたくさんの漂流 それをすませると、カメロンとイシュトヴァーンとは、オルニウ ス号をうごかしてきて、フレイヤ号を曳航できるようにした。その船が海へと流れ出してゆくのを眺めながら、カメロンとイシ、トヴ 二隻の船を人江につなぎ、かれらは、フレイヤ号の積荷から、食料アーンもまたオルニウス号の帆をあげ、潮にのって、この悲しみの や水や、その他つかえるものをオルニウス号につみかえて、出発の海域をあとにした。 「このまま、ものの五日もゆけば、テラニア群島の中の最大の島イ 用意をととのえた。 それから、かれらは、船の島を構成して、潮の流れ出るのをさまフィゲニアにつく」 なっかしい彼じしんの船の上で、しかし、その乗組員すべてを失 たげていた、船の残骸に火を放った。 それらはきわめて古くなっていたし、またおそらくいくらかはク ったカメロンは、海を流れてゆくたくさんの船のなきがらを見やり ラーケンの力によってつなぎとめられてそのかたちをしていたにすながら云った。 ぎなかったのである。すでに、葬送をつづけている途中から、かれ「そこまでは潮にのってゆくし、さほど困難なわけじゃない。おれ らは、それらのついえ去ろうとする気配を感じ、何度かはぐらぐらは、イフィゲニアの港で、新しい乗組員をやとい、ヴァラキアへも

6. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

「五、六百タッド というところかな。けっこうある。 : : : 泳ぐたり板をわたそうとしてる。もしかすると、これは : : : 」 しかないだろうな。それにそれが、いちばん、気づかれにくいだろ「えッ ? ヴァイキングたちが、誰か生きてるみたいなのか ? 」 うし」 「ーーと、思う : : : もし、オルニウス号の捕虜たちと同じことなら 「あんまり嬉しい方法じゃないが」 これから、あのクラーケンの化け物が食事をしようってんだろ イシ、トヴァーンは、あの感触を思いうかべて、そっと身をすく う : : : もしかすると、やつは、何日かにいちどしか、それをしない める。 のかもしれない。おい、坊や、もし、タルーアンのヴァイキング 「それにあのとなりにあるのは、幽霊船たろう。ーー何とかして、 を、殺される前に助け出せれば、われわれは二人だけでクラーケン フレイヤ号だけを切りはなして、こっちにひきよせる手はないかしと死人どもに立ちむかったり、オルシウス号をうごかさなくてもす らん。投げナワかなにか使って : : : 」 むかもしれんそ ! 」 「ムリだな。距離がありすぎる。それに、何か、太いナワみたいな 「おれのとこからはよく見えない」 もので、前の船につないである」 イシュトヴァーンは焦って叫んだ。 カメロンは見つけられるかもしれぬ危険をあえておかして、ぐい 「見てくれよ、カメロン。それは、ほんとに、ヴァイキングたちな と身をのり出してながめ のか ? すでに、死体になったやつじゃないのかーー・ーちゃんと、生 そして、ふと、眉をひそめた。 きている捕虜かい ? 」 「おい、見ろ」 「ああ、たぶんーーークラーケンに動かされてる死人と、生きた人間 「何かあったか ? 」 とでは、動きかたがひと目でわかるほどちがうからな : : : それに、 「船の上に、何か、動きがみえるぞ」 うん、うしろの方のやつは、死体をはこんでる」 「動き ? 」 「おれのすぐ目の下んとこに、別の船のマストがあって、よく見え イシュトヴァーンはあわてて身をおこした。 ないんだ」 「フレイヤ号に ? 幽霊船に ? 」 イシュトヴァーンは苛々と云った。 「両方だ」 「見てくれ、カメロン、見てくれよーーその捕虜たちの中に、女は カメロンはなおも目を細めて、青白い光に照らし出される光景混ってないか ? 一人っきりだから、すぐに見わけがつくはずだ : ・ を、もっとよく見ようとしながら、 いくら大柄だといっても、タルーアンの男たちといったら、ほん 「ふむ : : : これは、チャンスかもしれんそ ! どうやらーー幽霊船との巨人なんだからーーそれに髪も、腰まであるくらい長くて : のやつらが、フレイヤ号から、背のたかい人間たちを、幽霊船へう : ・」 つらせようとしてるらし い。別のやつらは、幽霊船から船の島へわ「ニギディアとかいう、巫女だか、船の ( ー。ヒイだかか ? 」 355

7. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

です。大きなサメのあごみたいに、上がとがっています」 「いいの力い やつに見つかっちまうよ」 「そっちへ少し船をよせてみろ」 イシュトヴァーンは叫んだ。 ニオルドは命じた。 ニオルドは太い声で笑った。 フレイヤ号は少し向きをかえ、うってかわってゆるゆると水をか「どうせ、とっくに見つかっているさ。あの幽霊船は、この船をこ いてそちらへ近づいてゆく。 のあたりへおびきよせるやつのエサだろう。 しいから早くあた 「どうだ。見えるか ロキー りを明るくしろ。ダリアの人びとのいったとおりなら、このあたり 「見え・ : : ・」 には、すでに百や二百ではきかぬ船が大小さまざま、沈んだり漂流 ロキは叫び直した。 しているはずだ。それにぶつかられたり、船底をこすろうもんな 「見えました。ーー・何だか、わかりました。船です : : : ひっくりから、こちらも墓場いきの船の仲間入りだ 、ツ、オーディンよ守 えった船底です。その向こうにつき出てみえたのは、折れたマスト りたまえ ! 」 でした」 ヴァイキングたちが、つぎつぎに灯をもってきて、それをぐるり 「遭難船か」 にとりつける作業にとりかかった ニオルドは、きっとなった。 巨体にもかかわらず、さすがにそこは生まれて海に育ち死ぬ北の 「船長、これは ! 」 海国タルーアンの民で、マストにかんてらのひもをくわえてよじの 「おお、ダリアの島の人びとの話をお・ほえてるだろう。 ぼり、灯を消さぬようかばいながら横木にくくりつけてはするする よ、船の墓場のあるあたりへ、入りこんできたらしい」 とすべりおりてゆく動作が、実に身がるで、やわらかい身のこなし である。 ニオルドは、どんと床を斧の先で叩いた 「船長。また、何かあります。右舷前方、十モータッド。小島のよ たちまち、フレイヤ号は、まるで祭りの日の飾り松明をいつばい うにみえます」 につけた花船のように、にぎやかな、あたたかい、親しみのある明 「それも、船かもしれん」 るさにつつまれた。 ニオルドはにわかにきびきびと命令を下しはじめた。 「こっちをこんなに明るくしたら、かえって向こうがみえないんじ 「よし、どうやら危険な水域へ入ったようだ。 みんな、灯しをやよ、 オし、船長 ? 」 ともせ。ありったけのかんてらを、マストにつるし、甲板の手すり「大丈夫さ、ぼうず。海では、波が灯をうっして、ひろげてくれる にかかげ、ヘさきにさげろ。まわりをなるべく、明るくてらし出すよ」 ようにしろ」 ゆらゆら、ゆらゆら 「ようそろ」 ゆれるあかりが、夜光虫のきらめき、あわいイリスと星々との影 326

8. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

・フロロ ! グ 「うるせえな、ガキども」 毛布の中から、もそもそいう声がきこえてきて、双児は黙った。 しかし、またややあって、 越えてゆかねばならぬ、幾多の困難をはらんだ日々が、かれらの 前にひろがっていた。 「ねえ、 リンダ」 おだやかな嵐のあとの海は、ゆうべのあらあらしさの名残りもと こんどはレムスが、声を低めてささやいた : どめず、レントの海はとろりと甘い紺青を空にうっして凪いでい 「あの船・ーーぶつかるかと思ったとき、消えてしまった、あの白い る。 船ーーあれは、何だったのかしらね」 「リンダ : : : 」 「幽霊船よ」 さっきから、イシュトヴァーンは力を少しでもたくわえるのだと リンダは断言した。 彼こ「他に、考えられて ? 」 いって、船室の隅で、毛布をかぶって眠っているらしかった。 / 冫 とっては、過ぎたことよりも、これからおこることの方がいつでも「でも、幽霊なんてものはいないよ」 「まあ、レムス、おまえはパロの王子のくせに、霊魂の存在を信じ 重要なのだ。 「ねえ、 ないの ? 」 リンダ、そんなに気をもんでも、しかたがないよ」 レムスが昼食をのせた盆をかたわらにおいて、窓べからうごか「信じるよ。ーーー見たこともあるよ。死者の魂のことだって」 あわててレムスは譲歩した。 ず、青い海をじっと見つめている姉のそばへ、つと寄った。 「大丈夫だよーーーグインはこれまでだって、ずいぶんいろんな危機「でも、それはひとの魂のことだもの。船には魂なんてないからね 幽霊船なんて、何かのまぼろしか、さもなけりや死者のうらみ のたびに自分のカで切りぬけてきた。だから、今度だって、大丈夫 がこりかたまってみせるあやかしだよ。幽霊船なんて、あんなふう に、まざまざ、ありありとしたすがたをしているわけがない。だか 「ここは、レントの海よ」 らあれは幽霊船じゃないよ」 リンダはやつれ、思いつめた顔できっとふりかえった。 「いや、それは、・ とうかわからんぞ」 「あんたたちは冷たいわ。なぜそう平気でいられるのか、わたしに はわからない 陸の上でなら、何があろうとグイン一人のカで突然、毛布がむくりと起き直ったので、二人は目を丸くした。 切りぬけるとわたしも信じるわ。でも、ここは、レントの海よ 「イシュトヴァーン」 海におちて、いくらグインでも、どうやって : : : ああ、ヤヌスよ レムスは、かわいい懐疑主義者の唇をとがらせた。 「あの白い船は幽霊船だったというの ? ぼくたちがなぜ恨まれな 252

9. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

、パッと消えちまいやがった。おれたちがさ かったと思ったとたん して : : : ) わいでたとき、船の真下から、ぬーツとそいつがあらわれ : : : おれ カメロンとかわしたことばが、電光のように頭をかけぬけた。」 の船を : : : 」 「あんたたちーーー」 イシュトヴァーンは、あのぬらぬらとした黒い頭、赤い目の中に イシュトヴァーンは、いきなり身をおこし、巨人たちを見まわし きらめいていたおぞましくも悪意にみちた知性の光を思い出し、そ 「おれの船を助けてくれ。クラーケンが、おれの船を沈め、幽霊船っと身ぶるいした。 「あいつはドールそのものに生み出された怪物にちがいない」 が、おれの白いオルニウス号をつれていっちまった。あいつらは・ 彼は云い、 ドライドンの印を切った。 「まちがいない」 「クラーケン ! 」 一人のヴァイキングが青い目を昻奮にきらめかせて叫んだ。 イシュトヴァーンは、おのれのカンが的中したことを知った。 そのひとことをきいたとたんに、青い目の巨人たちは、さっと顔「追いつめたそ。あとは、狩りたてるだけだ」 色をかえて身をのり出したのである。 「オーディンに感謝を ! 」 「ニギディア ! 」 「待ってくれ」 イシュトヴァーンはかれらを見まわした : 「見つけた。追いついたそ」 「おれも話したのだから、こんどはあんたたちも話してくれる番だ 「やつはやはり、レントの海にいる」 よ、ヴァイキング。 あんたたちは、あの化け物を追ってきたの 「静かにおし ! 」 ニギディアがどなると、かれらは静かになった。 か ? こんな南の海で、北のタ . ルーアンの船をみるなんて、変だと は思っていたけど : : : 」 「イーー・ええと、何ていったつけ、坊やーーーああそう、イシュト : ・ ・ : その、クラーケンを、あんた見たのね 「そうよ、イシュト」 「見たどころじゃない。 やつがおれの船を沈め、おれは波にさらわ イシュトヴァーン、というのは、ヴァイキングには、発音しづら れたんだ。あの化け物ーーーおれたちは、オルニウス号は、このとこ いらしかった。 ろテラニアあたりで船の失踪があいついでるので、その理由を調 ニギディアは、その青い レントの海の明るい青というより べ、海賊船の根城があるなら戦ってそいつをつぶすために、レント は、イシュトヴァーンに、まだ見ぬノルンの海の、氷雪のあいまか の海を南下してきたんだ。しかしそろそろ問題の地点にさしかかるらのぞくいてついた空の鋼鉄の青さを思わせる青い目で、じっと少 というあたりで、空も晴れ、気候もとてもおだやかだったが、何の年を見すえた。 前ぶれもなくまっ黒な船があらわれ : : : そいつがまっしぐらにぶつ 「あたしたちは、はるばる北の、ノルンから、コーセアの海をのりき 8 3

10. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

人とはかかわりもなく動いていたのである。 「それはーーーそ、それは : : : 」 誰かが、しやがれた声でささやくように云う。 「あの船のかたまりをぶじにこえたら、かれらにはあの光の本体が 彼は手をあげ、指さした。 「そうだーーあのせまい船と船のあいだに、ムリにフレイヤ号をとみえる」 、ような気がし おすことはできないよ。もう、これ以上深くこのあたりに入りこん「おれはどうも、そろそろひきかえさせた方が、いし では、出るのもむずかしくなってしまう」 てならんよ」 イシュトヴァーンはそっと、誰にもきこえぬような声でつぶやい 「彼のいうとおりだ、ニギディア」 こ 0 ニオルドが云った。 このあたり「どうも、あの光とーーーそれよりも、いかにもまるで、ここを入っ 「われわれはここで見守り、待っているしかない。 は、どうやらーーまわりに島か、環礁地帯でもあるらしいな。このてきてみろといわんばかりにああいうふうに船のかたまりがごちゃ あたりだけ、少しも波が来ないし、風もとだえて空気がうごかなごちゃっんであるのが気にくわねえ。何かーーー・うん、そうだ、まる ここに出入りするには、帆は役に立たんーーー何か、潮流があるで、虫をおびきよせるためにともすかがり火、あれみたいな気がし てしようがない」 のか、それともかいに頼るほかーー」 「ニオルド しかし、もう、かれは大声を出さぬよう気をつけていたので、か するどい、緊張したヴァイキングの声が、彼のことばをさえぎつれのつぶやきは誰にもきこえなかった。 「おう」 「どうしたツ ! 」 ヴァイキングたちは、船の手すりに身をのびあがり、夢中で、か 「彼らが、もし 、よ、よ、あの島みたいにかさなりあった船のむれのあれらの仲間の行動を見守っていたからである。 たりへついたそ」 「おう、ヨフニルはどうするつもりだ。あの船の島によじの・ほるつ , もりか」 ョフニレ、、、 あわてて、ニオルドはのびあがるようにしーー・それでもたりず「ばかな、あぶない。おうい、 ノカん、いかんそんなこ に、やにわに樽の上へとびあがった。 とをしては」 ポートは、スルスルと船の残骸のあいだのせまいすきまをくぐり「おい、オキーフ、こんなところでわめいたところで、かれらにき ぬけ、慎重に、その船のかたまりのとつばなにさしかかろうとしてこえるものか」 「おお、見ろ。かれらは、島によじの・ほって向う側へ出るのをあき 「あれの向こうに、 いよいよあの光を発しているものの正体があらめたぞ。また、ポートがすすみはじめた」 る」 332