顔 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1981年12月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

てすぐ消失した。 どとは到底考えられぬほど異様なものたったのである。 あとはーーー無 ます、だしぬけになんとも形容しようのない感覚が彼等を襲っ 窓外は、白でもない、灰色でもない、強いて言えば青天色のよう た。それと同時に、窓外にひろがる星が一斉にメラメラと揺らぎは じめ、無数の白い焔のように見えはじめた。それは、これまで彼等な色で満たされている。 もちろん〈クロ。 ( ン大王〉は通常空間を航行中だった。それがだ の体験したどんな高次空間航行とも似つかぬ奇怪な感したった。 しぬけにこの、なんとも異様な状態である。 そして次の瞬間、 その、メラメラと揺れ動く白い焔がだしぬけに・ほんやりとした巨 ロケ松はわれに返った思いで航宙計算儀のディスプレイに眠をや った。通常なら、軌道諸元を示すきれいな立体図形と色とりどりの 大な人間の顔となって沖天一杯にひろがったのである。それは、た とえば、穴の縁からこちらをのそき込むような、そう、こちらが巨数値が浮かぶスコープ面には、奇怪な虹とも雲ともっかぬものがめ 大な井戸の底にいるようなーーー・そんな感じなのである。のそき込んまぐるしく流れるだけ : ロケ松は考え込んだ。へた さて、これはどう対処すべきか : でいるその顔は、ひどく球状に歪み、船橋のすぐ前にひろがってい るのか、それとも何千光年の彼方なのか、どっちにしろ、距離とい に動くとあぶない。 うものの意味がまったく欠落した、そんな感じなのである。 突然、主操縦席のビーターがロケ松をゆさぶった。 そのとたん、バムが叫んだ。「お母アさん ! オ、お母アさん「 ? 」 眼をあげるとビーターが窓外を指さしている。 ところが、そのバムの声と同時に、窓外に広がる顔の表情があき 一面を掩う青灰色のなかに、細い金色のようなビームが一本、ま らかに変化したのだ。あきらかにバムの声が向うに聞こえるらし いるで向うから射し込むように伸びている。いや、そのビームによっ て、眼前の青灰色が膜ではなく奥行きのある存在であることがわか 「お母アさん ! オ、お母アさん ! 」バムは半狂乱となった。 るのだ。 なるほど眼をこらしてみれば、沖天一杯を占めてひろがるその顔「 ? 」あまりのことに言葉も忘れたといった感じで、・ヒーターはロ は、なんとなく女の顔らしい。そして、バムの叫びに答え、彼女にケ松の顔を見た。″行ってみるか ? ″ 向かって微笑みかけているような感じがしないでもない。。ハムは必「 ! 」ロケ松はそううなすいてからあわててつけ加えた。「用心し 死でその顔に向かって叫び続けた。 一体それは、どの位続いたのだろうか ? 時間というものが意味。ヒーターはうなすいて、慎重に転針噴射をくりかえしながら、 を失ったようなそんななかで、だしぬけにその顔は、一点に向かっ 〈クロバン大王〉の軸線を、その、なんともしれぬ白い光のビーム 2 て吸い込まれるように小さくなっていき、ついに小さな黒点と化しとお・ほしきものへともっていった。

2. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

ザジは苦虫をかみつぶしたような顔をして二人から目をそらし、 チーフもウイルも、アステリオンとフローラに助け起こされた。 チーフをうながした。 「その提案というのはなんだ ? 」 「さあチーフ、何ぐずぐずしてんだよ、出発しようぜ」 チーフが頭を振りながら問う。 チーフは籐椅子の上で足と腕を組んだまま、冷ややかにザジを見青い虚像は嘲笑した。 上けた。 確かに、どこかで見たことのある顔だ : : : ウイルは思った 1 「チーフ ! 」といらだっザジ。 〈人質交換だ。フローラを返してくれれば、おまえたちの仲間を無 場所は神殿の チーフは大きく一つ首を横に振った。 事返してやろう。どうだ、損な取引ではあるまい ? 「ジルコンはどうする気だ ? 」 入り口、時間は一時間後だ〉 ザジは言葉につまり、眉をしかめながら小さくため息をつく。 それだけ告げると、ヒューズがとんだように、像はかき消えてし まった。 「仲間を残して出発はできん」 チーフは他の二人の顔をいちいち確かめながら、そう言った。 ウイルは堰を切ったように叫ぶ。 ザジがいまいましげに舌打ちした。 「だめだ ! フローラはおれのものだ、返すもんか ! 」 その時、突如、偏頭痛がチーフとウイルを襲った。 「なにイ、 こんな女のために、仲間がどうなってもいいのかよ ! 」 二人は、ちょうどあの時と同じようによろめいて倒れ、てんかん ザジは冷たい顔をして、フローラを引き寄せようとした。 のように目をむいて壁の一点を同時に凝視した。 「さわるな ! フローラに指一本でも触れてみろ、おれが許さん そこに、やがてぼんやりした人間の顔の像が浮かび上がった。 それはまるで骸骨のように眼窩が落ちく・ほみ、鼻は高く、うすい ウイルは絶叫して、血走った目で腰のベルトからレイガンを引き 唇は蒼ざめていた。 抜いた。 その不健康な顔色の像はわらった。 まわりの空気が一瞬凍りついたように硬直した。 そのわらいは少しずつ高まり、すぐに洞窟中をゆるがす哄笑とな ウイルのかまえているレイガンの先が少し下を向く。 「ジルコンはおれが助け出すよ、きっとだ。だから頼む、フローラ 〈ご機嫌よう、諸君〉 を神殿に戻さないでくれ」 主の声だ。 その時、ふいにフローラが口を開いた。 ザジが怒りにまかせて虚像をけりとばしたが、当然うしろの壁に 「 : : : ウイル、私は行くわ」 「フローラー したたかうちつけて、うめきながらビョンビョン跳ねまわった。 〈諸君と予の互いの幸せのために、一つの提案がある〉 うす紫の真剣な瞳がしつかりとウイルの目をとらえて離さない。 8

3. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

〈星京〉の兵学校を卒業してから、任官を辞退してカビへ戻り、 こに乗っていたんですか卩」 ふさぎ込んでおりましたとき、すばらしい殿方に巡り合い、仕合せ 「屍体収容区画だ。旧港の離着床でしのび込ませて貰った。怪しい になるためには と母親や祖母に言われたのでございます。風の 者じゃない」 便りに又八様は〈星涯〉星系においでになると伺い、わたくしは志 「怪しい者じゃない人がどうしてそんなことをするんですか ? 」 願して〈星涯〉星系宇宙軍に入りました・ : 「話を聞いてくれ、これには深い訳があるんだ」 ああ、母親や祖母の言葉は間違っておりませんでした : : : 又八様 「ーーー」相手がなにか言おうとした。 そのとたんだった。 アシュリとなのるそのきれいな娘は、ひしと又八の手をとった。 「又八様 ! 」 後席の航法・通信卓についていたいちばん若い娘が、まるで弾か凄むつもりがこんな破目になり、又八としてはどうしていいかも わからず、ひどくきまりわるげにもそっくばかり : れるように立ち上ったのだ。 「又八様 ! 」彼女は感激の涙にむせびながら、すっかり困りきって 「山本又八様 ! 」 いる又八の顔を見上げた。 彼女は又八のところへ駈け寄った。 「カビへ参りましよう ! 」 黒い頭巾に包まれた白い顔が紅潮している。大きな眼、広い額、 「カピへ ? 」又八は場違いな声をあげた。「なんのために ? 」 厚目の唇が赤い : 「お忘れですか ! 第二七期看護学生のアシュリでございます ! 」 「婿入りの祝言でございます ! 」 彼女は息をはずませている。「東銀河連邦宇宙軍兵学校三六期生徒「ム、ムコ入り」又八が息を呑んだ。 の山本又八様でございましよう ! あなた様が教官殴打の廉で兵学 「お姉様方 ! よろこんで下さいまし ! アシュリは願いつづけて いたお方とめぐり合いました : 校を放校処分におなりになって以来、私はおさがし申しておりまし た、又八様 ! 」 あとの二人は操縦席についたまま、呆ッ気にとられている。機長 「アシュリー 席についているのはアシュリよりはすこし年上だが、きれいな顔立 ・」又八はひどく・ハツの悪そうな声を洩らした。 「おぼえていて下さいましたか ! 」尼僧のような頭巾に包まれたきち、肉付きのよい体付きである。 「アノュリ・ : : れいな顔が輝いた。「又八様 ! 」 ・」困りきった又八がやっとのことで沈黙を破った。 「う : ・ : うむ・ : : ・うむ」 「ハイ ! 又八様」アシュリはもう甲板へひざまずかんばかり。 「又八様、あア、やはり母親や祖母達の言葉は本当でございまし「アシュリ : : : 俺はーー」 た。アシュリはこれで丸三年、カビの女のしきたりに従って、死者「ハイ ! 又八様」アシュリは期待をこめた眼で又八の顔を見あげ こ 0 の冥福のためのお手伝いを致して参りました。 ほしのみやこ 28

4. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

エリダのうす汚れた顔が喜びに輝く。 十六を少しこえているエリダは、必死の形相で主にくいさがっ 「では、この私をお召しに ? 」 フローラは肩先を目に見えるほど震わせながら、うつむいてじっ 〈さがれ ! 〉 と押し黙っている。 主はうるさそうにそう言うと、邪けんにエリダを突ぎとばした。 少女はショックに呼吸をあえがせ、死んだようにフローラのそばに 〈エリダ、くやしいか ? 〉 ころがった。 主が言った。 どうか、このエリダを・・・・ : 」 主はまるで何事もなかったかのように、聖杯に黒い液体を注いで 〈では、フロ 1 ラを殴れ、殴るがよい、エリダ〉 そう言って、主は二人をよく見ようと、一歩前へ出た。 〈よいな、フローラ。今宵はおまえだ〉 ・ヒビはひれ伏したまま、恐怖の色を浮かべて、そっと二人を盗み エリダの黒い目が愕然として主を見上げている。そのようすは踏 見ていた。 みにじられた花にも似て、・ヒビはエリダがあわれで仕方がなかっ」 ひざまずいていたエリダはすっくと立ち上がった。いつもは美した。 い膝も、今は泥にまみれて真っ黒だ。おまけに全身びしょ濡れで、 フローラの顔は赤い手形がっき、醜く腫れたままだ。 風邪をひきそうにみじめなのだ。 主は少女のそばまで来て、しなびてきた神の翅のつけ根に、たっ エリダはフローラの海草のような髪を左手でつかむと顔をうわ向ぶり聖水を注いだ。すると翅は、独自の生き物のように激しくうち かせた。疲労しきったフローラのくちびるがなかば開いて、白い歯震え、活力を取り戻し始めた。 がこ・ほれる。 フローラは泥まみれの顔を下に向けたまま、はらはらと涙をこ・ほ エリダの平手がフローラの左の頬で音高く鳴った。一度ではおさした。 まらなかった。二度、三度、四度と激しい平手打ちがつづくうち「 : : : 嫌でございます」 に、とうとうフローラは泥の中へ倒れてしまった。髪は泥水につか フローラはつぶやくようにそう言った。。ヒビがその言葉をききっ り、からだは黒く染まった。おまけに顔は醜くはれあがっている。 けて、ハッと息をのむ。 エリダは興奮して、肩を激しく上下させて息をしている。こうい 〈何だと ! 〉 ったことは主の趣味で、主をひどく喜ばしているのだということ 主は驚きと怒りで声を荒げた。 を、古株の彼女はよく心得ていた。そしてなおもフローラを痛めつ フローラはおびえながらも、主をまっすぐ見つめて言った。 けようと手をかけた時、エリダは主にさえぎられた。 「おたずねします。私は : : : 私は何者なんでしようか ? 私のチチ 〈もうよい、さがれ〉 やハハは ? 私はどこから、いったいどうやってここへ来たのでし こ 0 4 8

5. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

ジルコンは無言のまま引き金をし・ほり、ウイルを撃った。 て口ベルトを頭に十数人の反逆者たちが、神殿へやって来た。 やがて、定刻通りに、神殿の扉が中から開き始めた。 すぐ目の前の地面が白熱し、ウイルはその熱気に思わず目を閉じ そこに、黒い邪悪な影が立っていた。そのすぐ後ろには、エリダ が寄りそうようにびったりくつついている。大勢の娘たちも一緒た。はぜた小石のかけらが、鋭く顔を打った。 「何をする、ジルコン ! 」 だ。小柄な。ヒビも主のずっとうしろの方に顔が見えかくれしてい ザジが叫んだ。 る。 ジルコンの銃ロは、なおもウイルを執拗に狙っている。 彼女たちの敵意に満ちた視線を全身に感じて、フローラはたちま ウイルは狼狽しながら、必死になって逃げまどった。 ち勇気がなえてゆくのを感じた。ウイルがきつく指をしめつける。 「ジルコン ! 」 〈まずフローラを〉 チーフが叫んだ。 主が重々しく言った。 フローラは硬い表情をわずかにゆがめるようにしながら、ウイル ウイルが石ころに足をとられて、見事に転倒してしまった。 に向かって徴笑んだ。 ジルコンがそのウイルに慎重に狙いを定めた。 〈さあ、仲間のもとへ帰るがいい〉 ザジが神業のようにレイガンを引き抜き、ジルコンを撃った。 どこから現われたのか、ジルコンの肥満体がひょっこり顔を出 ジルコンのなっかしい巨体の胸に、赤い穴がばっかり開いた。そ し、神殿の階段を一段ずつ確かめるようにおりてくる。 して地響きをたてながらくずれおちた。血が、見る間に死体の下に 「ジルコン ! 」 池をつくり始めた。 チーフの呼び声にふと顔を上げたが、疲労しきっているのか、い 「ザジー つもの赤ら顔にはまるで表情がない。 ウイルは悲愴な面持ちでジルコンからザジへ視線をうっす。 フローラも同じように祭壇までの階段をゆっくりとの・ほってゆ「きさまを助けたわけじゃない、ジルコンのためだ ! 」 ザジは黒光りする頬を歪めながら、そう言った。 チーフ、アステリオン、ロベルトの三人が、小山のように倒れて ウイルは駆け寄った。 いるジルコンにいっせいに駆け寄った。」 するとジルコンは歓待するように手を上げかけて、いきなり、銃「見てくれ、こんだものが : : : 」 口をウイルは向けた。 アステリオンがジルコンの首のうしろを愕然として指差した。 「ターミナルかー ウイルはとっさに身をかわして地面をころがった。 「ジルコンー どうしたんだ ! 」 チーフがうなるように言って、神殿を見上げた。

6. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

っ青なスーツに包んで、悠然と立っている。暗いグラスをかけてい その時、ウイルは人影を見つけた。 るので、顔はわからない。 いや、もっとだ。 三つ、四つ : 「うせろだってエ ? 」 「こんなところで : ウイルはロをゆがめて問い返した。もとより従う気などさらさら 他のベルターだろうか。ウイルは目をこらした。今まで見たこと もない古いタイプのスーツだった。おまけに全員がフライを身につない 「ふん。ケガをしても知らんそ」 けているらしい。動きがおそろしく軽快だ。 ( 一体どういう連中な 男は急に興味を失ったように横を向き、走りはじめた。峻厳な横 んだ ? ) ウイルは彼らのあとを追いかけはじめた。 あお フライというのはベルト状の瞬間浮揚装置の俗称で、本来はスリ顔だ。全身の筋肉が鞭のようにしなって、まるで蒼い豹のように、 ( レーに用いる舞踊用具だ。おそろしく高価な装置だし、所有ウイルの脇を駆け抜けていった。 ウイルはそれを目で追うと、突然はじかれたように走り出した。 は制限されている。とても一般市民の手に入るものではないはずだ っこ。 前方では、先ほど若者を打ち倒した男が、まわりを七人の男達に と、先頭を走っていた男が、いきなり中速ベルトに移り、すぐ後かこまれていた。肌の色と同じ漆黒のコン・ ( ット・スーツに身を固 ろに迫っていた若者の腹に、速度差を利用した強烈な蹴りをぶちこめたその男は、彼を取り囲んだ連中になそ、まったく興味がないと いう顔をして、静かに立っている。 んだ。若者はうめき声ひとっ立てる間もなく、体を二つ折りにして プルーの男はそれに加わる風もなく、少し手前の特等席で立ち止 倒れた。 まった。高みの見物というつもりらしい 「決闘かー ベルト上の決闘だ ! 」 ウイルは頭がカッと熱くなるのを感じた。体が自然に動いて、倒「こいつはおもしろい。手を貸すぜ」 そう言って喧嘩に加勢しようとしたウイルを、・フルーの男がさえ れた若者の傍に走る。完全に気絶していた。ウイルはその腰から、 浮揚ベルトをはぎとって身につけた。これさえあれば、三系統ジャぎった。 ン。フだって何だってできる。ウイルは立ちあがって、戦闘集団の後「・ほうず。ケガするだけだ」 「なんだよ。一人でやられてるのに、黙って見てられるかよ。どけ を追おうとした。とたんに 「・ほうず ! 」 「やられてる ? 」 後ろからいきなり声をかけられて、ウイルは腰をぬかしそうにな さもおかしそうに言うと、男はひょいと手をのばしてウイルのひ じのあたりを軽くつかんだ。とたんに、まるで電気ショックを受け 「ぼうず。ここはあぶない。早くどっかへ消えてうせろ ! 」 7 声の主は、どこか翳りのある中年男だ 0 た。たくましい長身を真たような痛みが腕を伝わり、ウイルは顔をしかめた。悲鳴をあげな 2 っこ 0

7. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

おそらくその一瞬、どの顔を見ても、とても知能がある顔とは思チロなめた。 「軽躁状態だな」 えなかっただろう。 カーラをきつく抱きしめたまま、アステリオンがつぶやいた。 「アリシア ! 」 「アリシアー 歯のすき間から声を押し出すようにして、チーフが叫んだ。安心 思いあまったようにチーフが呼びかける。 感といたわりと非難のないまぜになったような、不思議な響きをも するとアリシアはようやく耳ざわりな歌声をとめて、耳をそばだ っ言葉だった。 〈みなさん、どうも長らくご迷惑をかけまして : : : ところで、未確てるように沈黙した。 「アリシア、飛行物体は武器をつんでいるのか ? 」 認飛行物体がこちらへ近づいてきます。あと十分で到着するでしょ アリシアは、すねたように再びいいかげんなメロディを歌いはじ う〉 めた。 「絵を出せるか ? 」とチーフ。 ザジもアステリオンもジルコンも、みな一様に不安の色を隠せな 〈ええ〉 。特にザジは、恐怖と怒りのないまぜになった感情に、醜く顔が ヴィジ・スクリーンは静まり返ったままだ。 変形している。誰だって、気の狂ったと共同生活を送ろうなど 「アリシア、早くうっせ」と業を煮やしてチーフ。 とはうまい するとアリシアは相変わらず美しい声で答えた。 〈あと五分で到着します〉 〈いやです〉 急に美人秘書のような声を出して、アリシアが告げる。 全員が息をのんだ。 「アリシア、機体数は ? 」 ザジが荒々しく肩を上下させた。 チーフはせき込んでたずねる。 チーフがおだやかにたずねた。 〈五 : : : 七機です〉 「なぜだ ? 」 アリシアはすぐに返答をよこした。 〈あなたが嫌いだからよ〉 「スクリーンに出せ」 明るすぎる声のあとにウィー。フという高笑いがつづく。 ヴィジ・スクリーンが。 ( ッと白く輝いた。それは、ぎらぎら光る チーフはその場に立ちすくんだままだ。 アリシアは楽しそうに鼻歌を歌い出したが、かなり調子つばずれ太陽を雲の中に隠しもった、くもり空だった。七つの小さな黒い影 だ。へんに明るすぎて、ひどく気味が悪い。少なくとも今までのアが見える。見る間にズームアツ。フされて、機体が鮮明に浮かび上が ってくる。 リシアとはまったく様子がちがう。 案外明るい曇天の光が、機体の縁を銀色にくまどって、逆光にな ザジさえもが、得意の毒舌をとばす勇気を失って、厚い唇をチロ 0

8. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

のことを思い出したのだ。 - 山師たちとくらすうちに、すっかり忘れ「おとうさんは ? おかあさんはどこ ? 」 ていた。 - ウイルは不快だっ、た。今言ったことが真実だとすれば、あ少女の表情が不安げにくもった。ウイルはますますわけのわから そこの連中は誰一人として人間なんかではない。ふと、なっかしさぬことを言う。ひょっとしたら、この人は甘い言葉をささやきかけ がウイルの胸をチクリとよぎった。 るという恐しい悪魔ではないのかしら ? : : : それに奇形だし : : : フ ・フッチはどうしているのだろう。要領のよいあいつのことだか ローラはふと疑惑が胸の内に湧きおこるのを感じて、自分の愚かな ら、きっとカレッジでもうまく立ちまわって、大出世することだろ考えを恥じた。 だが、それがどうだというのだ ? ほんとうこ、、 冫しったいそ フロ 1 ラは一一一一口った。一 れがどうだというのだろう ? 「 : : : 私はひとりよ。気がついたらいたわ」 気がつくと、フローラが微笑んでウイルを見つめている。 ウイレよ、ぶかしんだ。 「 : : : 雲みたい」 「男の人はいないの ? 」 「くも ? 」 「お : : : とこ ? 」 「突然現われたかと思うと稲妻が光るように烈しくなったりして : ウイルは内心、安堵したことを恥じた。 ・ : そしてまたどこかへ消えてゆくの」 「へんなの : : : ウイルはわけのわからないことばかりきいて」 語尾が震える。 少女はウイルのなんとなくうれしそうな顔を見て、不思議そうな フローラは笑ってはいるが、どこかさびしげなようすだ。 顔をする。 いと ウイルはあふれるような愛しさを覚えて、どぎまぎした。カーラ 「だって」とウイル。「子供は親から : : : 」 や友だちに対する愛情とはまた別のものだ。もっと : : : もっと : ・ 「主の子よ、私たちは」 強くて、不安で、悲しい : ・ フローラはきつばり言った。 ウイルはとまどいを覚え、水の中にとび込んだ。金と銀のしずく「主 ? : : : 」 が、鏡のような面に、だんだん大きな同心円を描いてゆく。 フローラは急に興味を失ったように、スイと樹の高みへ翔んでい 「ウイル った。ウイルが不安げに見守っていると、少女は真っ赤に熟した果 いつまでたっても顔を出さないので少女は不安にかられ、とうと実を三つもいで、くるりと宙返りすると、落下傘のようにふわふわ う声をかける。 おりてきた。 すると、ぼこんとずぶ濡れの頭を水面へ出した。 「甘くっておいしいのよ」 「どこで生まれたの ? 」 と、その果実を泉で洗ってから、ウイルに二個差し出した。 フローラは質問の意味がわからないようすだ。 ウイルは微笑んでガ・フリとかじった。すると甘い香りと舌がとろ 4 6

9. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

少女はおびえ、森はこの凶兆を喜ぶ。 ウイルも顔の汗を洗い流した。 フローラは小さな胸の動悸がしだいに高まるのをこらえようもな 少女のみずみずしい裸身が、かすかな月光に照らされて、えもい く、死んだ少年の顔をのぞきこんだ。 われぬほどのなまめかしさだ。そのきめの細かい肌の上を、金色の 「まあ ! 」 水滴がいくつもいくつも糸を引いて流れ落ちる。ざんぶと水の下に 少年は少女がのそきこむのと同時にきれいな目を見開いて、少女もぐると、翅だけがまるでサメのヒレのようにひらひら揺れた。 もうあたりはうす暗い にあかんべえをして見せたのだ。 「ウイル ? フローラは心底おかしそうに笑った。 「なに ? 」 ウイルも上半身を起こし、大声で笑った。 二人の若々しい笑い声と、二人が自然にかもし出す幸福の波動「ウイル : : : 私、あなたを、知っているような気がするわ」 「ああ、ばくも。君はいつも呼んでいたんだよ、何千光年も離れて が、たちまちのうちに森の不気味な凶兆を粉砕してしまった。 いたのに」 先に、笑いの発作から解放されたのはウイルの方だった。彼は急 フローラは、かわいらしく小首をかしげた。 に真顔になってフローラにささやきかけた。 「 : : : 不思議だね、こんなにいっぺんに笑ったことなんて、生まれ「ねえフローラ、君はなんなの ? ぼくたちと同じ人間に見えるけ て初めてなんだ : : : 」 フローラはますます首をかしげた。 フローラはけげんな表情でウイルを見る。 「そういえばおれはいつも何かにいらだって、何者かになろうとし「ニンゲン ? ・ 「人間を知らないの ! 」 ていた : : : わけもなく怒り、その実、おびえていたんだ : : : 」 ウイルの激しい調子に、フローラはびつくりして思わず翅を動か フローラは、まるでその大きな藤色の目で催眠術でもかけようと いうように、四つ足でウイルに迫ってきた。ウイルは、初めて間近す。 ウイルはもう少しやさしく言いなおした。 に少女の・ハラ色の固い乳房を見て、耳たぶまで真っ赤に染まってし まった。 「人間を知らないんだね ? 」 フローラはきよとんとして、愛くるしい顔をウイルにまっすぐ向 森の真ん中に、泉がある。 けた。 うっそうと茂った木立がやがてまばらになり、やがて鏡のように「人間はね、誰にもじゃまされない自由な心を持っている。喜んだ 静かな泉へ出るのだ。 り怒ったり哀しんだり楽しんだり、それが人間さ」 少女はさっそく水浴びをはじめた。 ウイルはふと口をつぐんで眉根をよせた。彼は、自分がすてた星 ど」 3 6

10. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

はないぜ」 ン銀貨をひとつ、婆の服の中へすべりこませた。 「そんなーーそんなことを云っているのじゃないわ」 イシュトヴァーン ? 」 「誰なの ? 。ナ -> ふとがっている。 下ヴァラキアの、大きな生糸問屋の娘のヴァイアは鼻をつまらせ 編み戸のうらからきこえてくる声よ、・こ : た。ほっそりしているが、胸や腰はゆたかに成熟している。しか 「こいつあ、だいぶ、ふくれてるそ」 ロの中で呟いて、彼はするりと、月光のいつばいにさしこんでい し、月あかりに照らし出される顔は、ヴァイアの方が、イシュトヴ アーンよりも五つも年上であったにもかかわらず、そうして並んで る、中庭に面した室の中へ身をすべりこませた。 いると、イシュトヴァーンのほうが反対に、五つも年上にしか見え 「おれだよ、ヴァイア」 籐を編んで、木わくにはめた、ヴァラキアふうの仕切り戸の内側なかった から、するするとひもをひいてかけ布をしめると、もう外からは、 「じゃあ、何だい」 のそけない。 「あーーあなたは、私が、お金をもって来なくなったら、私に用が どこかの娼家ででもうたうらしい、キタラの音と、悩ましげな歌ないんでしょ ? うわさをきいたわ。あのいやなライラ夫人みたい 声 , ーーーいま下ヴァラキアで流行っている、「サリアの娘」を歌う声に、私が家のお金をもって来ないと、私をすてて、もっと別の女に かえてしまうんでしょ ? 」 が、月の光ともつれあうようにして石だたみの上を流れていった。 「ばかを云ってらあ」 っ乙 イシュトヴァーンは気楽になってのびをした。が、ヴァイアのと がった爪で脇腹をつねられて悲鳴をあげた。 . 」 「イシュトヴァーン : 「あいた、何をしやがる」 歌声はまだつづいていた。 「あなたって、 ドールの子ってあだ名されてるんですってね。ずつ 「イシュトヴァーン、ひどい人ね : : : 」 と信じなかったけどーーでもきっとそうなんだわ。やっとわかった 「ヴァイア、まだ怒ってるのかい ? 」 ・ : あなたのお母さんが、 ドールの子をみごもり、あなたを生んだ イシュトヴァーンは、彫刻のある木の寝台の上に、肘をついて上んだわ」 体をおこし、かたわらによこたわっている娘を見おろした。 「ばか云え。 ドールってのは、みにくいんだぜ。おれのどこが、そ 長い黒い髪の毛が、からす蛇のように寝具の上にひろがってい んなにみにくいやつの子だよ ? 」 る。裸の娘は、その黒い藻にからみつかれた死体のように、月の光「きれいな顔 : : : 」 をあびて青白くみえた。 思わずヴァイアは月の光をあびた少年の顔を、手をのばしてなで 5 2 「わるかったと云っただろう ? いつまでも怒ってるような女に用た。