黒い - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1981年12月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

もがき、肺と頭があわや爆発するかと思われたとき、ふいにぼかり頭部なのだった。 と頭が水面に出た。 そして、いやらしい、ぞっとするような赤く光る二つの目と、巨 それが、現実の光景であったのか、それとも、ただ、彼がそれを大なくちばし みたと思ったにすぎぬ幻影であったのか それは蛸のようにもみえはしたが、しかし蛸だとしたらそれはま 気を失いかけた少年のもうろうとした目に見えたのは、ほとんどさしく、ひとつの船をひとのみにもしかねぬ、信じられぬほど巨大 三十度にもかたむいた白い船、そしてその船べりから・ハラ・ ( ラと波な怪蛸だった。 にのまれてゆく人びと、そして、そのうしろにひろがる、うそのよ それに、おおーーその目 ! うに青く平和そのものの空だった。 それは蛸ではありえない。い や、この世にありうるいかなる動物 ( ああ ) にも持ちえないような、その凶々しく赤い目は明らかに悪意と、お 少年はかすかにとおく考えた。 ぞましくも知性とを湛え ( ォルニウス号のさいごなのだ ) まっすぐにイシュトヴァーンを射ぬくかに思われた。 : カメロンも死ぬのだ ) ( カメロン : ( クラーケン ) ぼうっと目がかすみ、まわりが青ひといろにそまり、気がとおく しびれた頭に、そのことばがの・ほってくる。 なってくる。 ( クラーケン ) ( だめだ、イシュト ここで気を失ったら、おれも死ぬ : : : ) 北の海に棲むという怪物、海の主、巨大な、悪意にみちた魔物ー ( 死ーーこんな海のはてで、王になりもせずにーー ) ( でもーーでも一体、なぜ : : : ) ( あれが : : : ) その そのとき さいごの問いに、まるで、ひとつだけ答えてやろうとでも、何もそれがあらわれた。 のかが欲したかのように : 黒い船、黒一色にぬられた影の国の船、死者たちをのせて永遠に 彼は見た。 海をかけぬけてゆく、悲しみの船が。 ありうべからざるものが、オルニウス号にのしかかっていた。 それが、それであることを、なぜかは知らず、イシュトヴァーン それはまるで、黒い巨大な生物が、白いその恋人に接吻をしようははっきりと悟っていた。彼の知らぬ死者たち、テヴ = ール、べン とするところででもあるかのように彼の目に映じた。それは、何とじいのむすこ、かって南の海で沈んださまざまな船の乗組員たち、 形容したらよかっただろう。 かれらが甲板に立ちならび、見えぬ目をどろりと自らの内部にむけ 巨大なぬらぬらとした黒い丸いもの、それは明らかにその怪物のていた。 302

2. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

「いいか、偵察だけだそ。いいな」 トだけが、小さく、生きてうごいている。 ニオルドが何度も念をおす。 舟のともとへさきに一人づつ、斧を杖にして立ちつくしているヴ 「わかってる。心配するな」 アイキングの巨人たちのシルエットがくつきりと青白い光を背にし 「あの光の正体をあばいたらすぐ、とんでかえって来てやるよ」 てうかび、そしてなかの二人のオールはびったりと息があって、た 「イミー ルに誓って、ムリはしねえ」 かだかとあがってはサッ、サッと水をかく。 ニャリと不敵にわらった男たちが小舟におりてゆくと、さしも頑「気をつけろ、ヨフニル」 丈につくられた小舟も四人の巨人のおもみをうけてゆらゆらと激し 思わず両拳をにぎりしめたニオルドが、ひくくつぶやくのが、不・ くゆれた。 シュトヴァーンの耳に入った。」 「ようし、行くぞ」 「気をつけろ、フルム」 かいが水に入れられ、ゆるゆると、ポートが母船をはなれてゆ その声はむろんポートへはとどこうはずもない。 「ニオルド」 それを、見張り役のほかのフレイヤ号の乗組員たちはーーむろん ニギディアがささやく。はりつめた、あえぐような声ーーー豊かに イシュトヴァーンも、思わず船べりにより、かたずをのんで見守っもりあがった、固い乳房のあいだにしたたる汗が感じとれるような 声。 はじめ、ポートま、 【しつこうにはかがゆかないようにみ、んた。 「ニオルド、あたしたちも少し動こう。前進して、かれらを援護す ーしかし、黒く巨大な母親から、生まれ出たひなのように、フレイるんだ」 ャ号の影からぬけ出すと、あとは、ぐんぐんとオールをあげて、ま「いや」 っしぐらに船の残骸のあいだをくぐりぬけて光の中心の方へと向か いきなり、イシュトヴァーンはロをはさんでいた。 ってゆく。 じぶんでも、どうしてそうしたのかわからぬのに、ロがかってに 巨大な母船では、とうてい通りぬけることのかなわなかったであ動いていた、といったほうがよかった。 ろう、左右に遭難船の残骸がうかんであいだが二十タールもないよ「いけない。 近づいちゃいけない、 ニオルド」 うなせまいところをも、がんじようだがほっそりとしたポートはな「何だって ? イシュト んなくくぐりぬけて、ひたすらこの船の墓場の奥へ、奥へ、と入り きっとなって、ニギディアが少年をふりむいた。青いうす闇の中 こんでゆく。 に、目と歯ばかりが白々と光った。 左右にガレー船、軍船、古めかしいくりぬき舟などのむざんにも「それは「何故 ? 」 静謐なすがたをさらす黒々としずまりかえった死の海の中で、ポー イシトヴァーンはぐっとつまっ . た。しかしまた、彼のロは、本 こ 0 3 引

3. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

「ダゴンの醜い三兄弟にかけて ! 」 れたのだからな。いわば海とこの船がおれの本当の親兄弟、ふるさ カメロンは叫んだ。 とだ。ヴァラキアに対する忠誠よりもさえ、それはつよい」 「冗談ごとでなくわれわれこそがヴァラキアのさいごの希望なんだ そ ! ォルシウス号を失ったいま、このオルニウス号より強力な船「この海にたとえクラーケンが棲もうがそれはかまわんさ。海はす はヴァラキアにはない。 建造中の新しいオルシウス号は急場の間に べてをうけ入れるからこそ、海だ。だがおれは、その妙なーー幽霊 はあわないし、第一船は間にあっても乗員の訓練は一回や二回の航船だ、テヴ = ールが死霊となってオルシウス号の亡霊をかってい 海ではどうにもならん。しかも、ライゴ 1 ルまわり、ルテチア、ラる、などという話がたまらんのだ。テヴェールはおれを弟のように ンダーギア、この航路、南航路を失ったらーーあるいは、十隻のうかわいがってくれた。 もし、やつが故国と海神のために戦い、 ち二隻、三隻しかぶじに帰ってくることを期待できんとなったら、 そして死んでいったというならば、おれはやつの屍をのんだ海に花 わがヴァラキアにとっては致命的な打撃だ ! 陸地といってはほと輪を投げ、船旗を半旗にし、そして甲板に立って剣を捧げーーそう んどがラトナ山に占められているこの小国が、何とかゆたかに富んしてやつに永遠の眠りについてほしい。ドライドンの神殿に、勇者 で、四方の大国の中でやってゆけるのも、すべては母なる海の幸なとしてむかえられ、安らかにいこってほしいのだ。亡霊として海を のだ。そして南方からの珍しい宝石、香料、毛皮、果実、飾り物、さすらい歩き、同胞の船にとりついて沈めるようなテヴェールは見 金などは、わがヴァラキアの貿易する品々の中でも、パロやケイロ たくない」 ニアやゴーラに最も珍重され、ほしがられるものなのだ」 「カメロン 「そんなこと、いまさらあんたに説明してもらうまでもないさ」 「なあ、イシュトヴァーン。おれが、お前をあとつぎにしたい、オ イシュトヴァーンは肩をすくめた。 ルニウス号をやる、そう云ってるのは、一時の気まぐれや、お前の 「それにしても、その黒いイシ、タルとかいう船ーー・」 そのきれいな顔だけのせいじゃないんだ。おれは天涯孤独な人間 「それがどこのものか、それさえも我々はわかってないのだ」 だ。それは、海の兄弟がいたからだし、また、陸に妻子をおいてお カメロンはひと息に酒をのみほすと、ゆらりと立ちあがった。イ くのが、まるで錨につながれたまま航海する船みたいにこつけいに シトヴァーンが、ちょっと警戒ぎみで、椅子をずらせる。 思えたからだ。しかしな、イシュトヴァーン、あれはおまえが十に だが、カメロンは、窓に寄り、プラインドをあけ放って、黒くな なるならずのときだったな。チチアのいかがわしい店で、大のおと だらかにひろがる夜の海を眺めた。 なをあいてに平然とホイをやって一人で勝ちまくってるお前をみた 「おれは海に生まれ、海で育って、船長と呼ばれるまでになった」 のはーーあのときからおれはお前をただものでないと思い、会うた 3 彼はつぶやくように云った。 びに、おれのその確信はますますつよまった。おまえは、そう、何 9 2 「おれはこの船の前の前の , ー・・二代目のオル = ウス号の船上で生まというのだろうな たしかに他のガキと違い、何かをなしとげる

4. SFマガジン 1981年12月臨時増刊号

た。かれもまたヴァラキアの人間である。内陸の人間、草原の、人々 一瞬とまったオルシウス号の人々の前で、その裏切者どもは、船に は海の民であるかれらを迷信ぶかいと笑うけれども、海の民にとっ 火を放ちーー ォルシウス号は炎に包まれた。ヴォーランはそうなると予期してて、母なる海は、あまりにも多くの神秘と畏怖をかくしているもの いたので、即座に海へとびこみ、泳いでそこをはなれた。かなりやだった。 けどをお「ていたが、そのいたみさえ感じなか「た。そして、見上「たしかに、オルシウス号が炎につつまれたのだとすると、いくら げたとき、愛する美しいオルシウス号は、あかあかと燃えあがりな急いでも、そのムャッタがフリアンティアでそれを見られるほど早 、修理することはできないな」 がらマストがくずれおちてくるところだったのだ」 「それにムャッタは、はっきりと、上部甲板に立っているテヴェー 「だって、さっき、あんたは ! 」 「ああ。だから、ばかばかしいと云ったのさ。テヴ = ールが敵の首ルを認めた、と云っているのだ」 「しかし、ゆうれい船の話はもちろん知ってるけど、幽霊の乗って 領らしい仮面のやつに胸をさされて倒れ、火の中へくずおれるの る船はともかく、船そのものが、乗組員ごと死霊としてよみがえる を、たしかにヴォーランは見たのだ。 それに、クラーケン : : : ク なんて話は、きいたこともないぜ。 そして、愛する船のさいごを茫然と水の中で見上げていたとき、 ヴォーランは、反対側の水面を割ってゆっくりとあらわれる、何かラーケンてのは、たしかおれの知るかぎりでは、もっとずっと北の ほうの海、それこそもうタルーアンに近いノルンの海のあたりに出 おそろしく巨大な、ぬらぬらとした黒い丸いものを見た : : : 」 る化物じゃなかったか ? 」 カそのま「これまではな」 「クラーケンだー・ーーそう、ヴォーランは思ったそうだ。。 : ま気を失い、気がつくと、すでに戦いの名残りもとどめない海原カメロンは面白くもなさそうに笑った。 ~ いつのまにかしがみついたらしい板の切れはしにのって漂って「おおかた、やつらの中の一匹が、氷と雪のノルンの海にうんざり いた。サメに足をやられ、全身にやけどをおいながら、ヴォーランして、もっと気候のいいレントまで出張ってきたか、さもなきや十 はこの話をーーー黒い船の横腹に書かれていたその《イシュタル》の二の海のすべてを自分の領土にしようとでも思いやがったんだろ 謎をわれわれに伝えるためにどうやら生きのび , ・ーーそして、話をしう。海じゃ、どんなことが起ころうとふしぎはないし、おれたち海 おわると、まるでそれですべての力をつかいはたしたというようの民でさえ、海については、ほんの少ししか知ってはおらんのだか らな」 に、おれと公の前で息たえてしまったのだ。 「それで、オルニウス号は、ヴァラキアと海の平和へのさいごの希 イシュトヴァーン、お前はどう思う ? 」 望として、姉妹の仇をうちにこうして魔の海域をめざしたってわけ 「 1 ー船の亡霊 : : : 幽霊と死人が動かす船か」 だな」 イシュトヴァーンには、カメロンをわらう気持はまったくなかっ 292

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三段デッキ。ペイロードは三〇トンというところか、 100 型シすこし離れた格納庫の前に立っている歩哨が言った。「勿体ない リーズと呼ばれるこの機体は、貨物仕様の場合、乗員三名の筈であじゃないかよ、なア」 「うむ」相棒の兵隊が言った。「カ・ヒの女はとびきりの美人揃い る。すでに機首上部にあるコックビット内は室内灯が点灯されてい て、地上滑走を操作する操縦員の背後で、到着作業手順を実行してよ」 「あんないい女共が、なんでまたーーー」 いる黒い人影が窓の向うにちらちらしている。 「だから星系軍の奴等はよ、おめ工だって俺だって、どんな女にも 小型とはいえ、近くにくるとそびえるようなその貨物宇宙艇は、 待機する青天色の軍用車輛を押しわけるように入ってきた。機首のもてね工哀れな野郎でも、一生にいっぺんはあんなきれいな娘に抱 いて貰えるわけよ」 横窓が開き、黒い身づくろいの上半身をつき出すようにパイロット 「死んでからじゃあな」 は地上誘導員のサインを確認しながら、機体を定位置へびたりとっ けた。 「それでもごッつい野郎に面倒見て貰うよりやましだろうッて。腹 微速で吹いていたロケットが停止した。あたりはシーンと静まりン中からはらわた引き摺り出したり、黒焦げの死体に死化粧してく かえる。聞こえるのは大の遠吠え、ラッパ虫の鳴き声、そして時たれるんだって、どうせならあンな姐工ちゃんにやって貰いてエや」 「なんとか、こちとらが生きてるうちにお世話になれね工もンかね ま遠くで轟くのは中央宇宙港の惑星間定期便か : ばたりー と機首底部が開いて三段に折り曲っていたラッタルが 伸び、離着床にびたりと先端がついた。間髪を入れず、たツたツた「駄目、駄目。力。ヒの女の身持ちの堅さといったら、これはもう東 ッと黒い人影が三つ、地上に降り立つ。すらりとした黒いタイツ銀河でいちばんだと言うからなあ」 「でも、なンでまた、あんなとびきりの女共が、人もいやがる死体 に、びたりと上半身にはりつくような黒い長袖の上衣。首許のカラ ーだけが白し の後始末をせっせとひき受けるんだろ ? 」 「カ。ヒ族の女どもはな、一人前の娘になったら二年か三年、心をこ 三人とも若い娘。すばらしい。フロポーションである。髪を黒布で 包んでいる。 めて死人の面倒を見てやらね工といい男にはめぐり会えない 彼女等は、つかっかと車輛の横に待機する士官のところへやって いう信仰をもってるんだよ」 くると、さっと敬礼した。 「いい男はここに居るじゃね工かよ、なア」 「特設第 137 部隊・輸送艇 3 号。 219 セクターで収容した戦死「ばアか ! 」 「だけどまア、ほんとに、あの装東はファッション・リールにうつ 者の遺体を : : : 」 りそうなスタイルだね工 ! 清いなア ! おいそれとはお眼に掛れ 7 ね工装東だぜ ! 」 「いい女だなあ : : : ええ ? 」 と

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ただけだとでもーーそれがそこから自然に生えてきた奇妙な植物だてしまうものらしく、そして、クラーケンの消減したあとにはその 8 とでもいうかのように、巨大な銛が、ふかぶかとっきささって 力が急速にすすみはじめるのであるとみえて、このあつい南の島 3 で、その数日のあいだに、すでにそれらはかなりいたみはじめてい ェビローグ その上に、それらの死体が、みな、もとはといえばタルーアンや レンティアや、その他さまざまな海の国の船乗りたちであり、それ かれらが、その海域をはなれたのは、それから三、四日のちのこそれの航海の途上でクラーケンのために遭難したのであることをか とである。 れらは知っていた。 船乗りの墓は、、 しつも、海の底である。 その数日間を、かれら二人は、まず、クラーケンのいけにえとな そこで、カメロンとイシュトヴァーンとは、二人で力をあわせ、 った死人たちの葬いについやしたのだった。 それらの死体の中には、、 力なり以前に死んだらしいものも、ひど船の島の、この船の墓場入口とは反対側の端までそれらの死体をは こんで、そこから死体を海へながすことにした。 い損傷をうけているものもあった。それは決してきれいな仕事では なかったが、しかし、カメロンとイシュトヴァーンとは、必ずしもそれらの死者たちの中には、かれらのふるさとヴァラキアのもの もいれば、はるか南、フリアンティアの黒い肌の船乗りもいた。ま それをひどく不愉快な仕事とは思わなかった。 おそらくそれは、長いあいださまよいつづけ、さいごのその死とた、赤毛と白い肌のタルーアンのヴァイキングもいたし、年のいっ いう眠りのなかにすら憩うことをゆるされていなかった、その不幸たものも、また二十にもならぬであろうと思われるものもいた。 な人びとが、ようやくいま、クラーケンの呪縛から自由になり、そしかし、ともあれかれらのすべてが、海の兄弗たちであり、海に の本来のすみかへかえってゆくことを得た、という事実が、陽気な生きて、海で不幸な死をとげたのだということを、カメロンとイシ ュトヴァーンとは知っていた。そして、それだけでよかった。 カメロンをも、皮肉屋の少年をも、何かしら、厳粛な気持にさそっ たためでもあったのだろう。 かれらは二人で、死者を海に流しては、ドライドンの詠唱をくち それらは五十体からあり、二人で、短い期間に、それらすべてのずさみ、死者のおもいが海を荒らすことがないように、それらがこ とわ 墓を掘ることはとうていできぬことだったし、その上、このせまの永遠のおくつきでやすらかであるように、海の同胞たちをみちび 、岩だらけの島にはそんな広さもありはしなかった。 く光となって、海をゆく船々の航海の無事と安全とのために守り神 しかも、それがどうしてなのかはかれらにはわからなかったが、 となってくれるようにと願った。 だいぶ前に死んだものでも、クラーケンの支配下におかれているあそれは、長くかかる、困難な、しかも厳粛な作業だった。カメ いだには、死体につきもののあの腐敗と分解作用の進行がとめられンも、イシュトヴァーンも、休みなしにはたらいたが、それでも、

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をしているが、それがどことなく板につかない。 「まかせよう。おもしろい、この小僧、まるでいつばしのコロ師の ような口をきくではないか。コルドの弟子だと ? 」 中のひとりがイシュトヴァーンをじろりと見た。 男たちのまん中にいて、さっきかれのことを美少年だといった、 ききぐるしい、にごった声がもれる。 「ほほう、この小僧が場を立てるのか。なかなか『ョウイスの民』太った大男がじろじろイシュトヴァーンを見た。 ふうのきつい黒い目と、しなやかなからだっきをした、美少年では 「ではお前に勝てば、あの伝説的なコルドに勝ったといってもよい わけだな。面白い ーー待て」 ないか。面白い、振らせてみよう。他のものも、異存はないな」 イシュトヴァ 1 ンは唇の片側をきゅっとつりあげたきり、サイコ ( おや ) イシュトヴァーンは、かるく会釈して、字形のテーゾルのまんロ入れを両手にかまえて待っている。 「よし、おい、ヤン、それでは、これは、おれとその若いコロ師が 中へ進み出ながら、ひそかに思っていた。 ( こやっ、貴族か。横柄な、いばった声のひびき 、ツ、上ヴァさしでということにしよう。他のものは出てはいかん。せりに加わ ラキアのくされ貴族が、しこたまためこんだくされ金だけではまだるのはおれとその少年だけだ」 「いいでしよう」 足りず、こんなチチアの片隅の賭場からまで吸いあげようってのか イシュトヴァーンはサイコロ入れを右手から左、左から右へ移動 い。面白え ) させながら、慎重に、サイコロの異常を調べていた。 口に出しては、 ( 異常はねえ。それはわかってたが ビットじいも、コロをすり 「トロヤにしますか。それとも、カンで 決められたとおりにゲームのやり方をたずねながら、ほっそりしかえさすほどは、もうろくしちゃいねえ。ということは、やつがい た手でヨビスからうけとった、サイコロ入れの筒を左右へうっしてかさまをしてるとすりゃあ : ・ : ・ ) いるばかりである。 「よし、小僧、ではおれはコロを振れんからな。代人としてこのヤ 「勝っているおれたちに選ぶ権利があるからな。トロヤは安い。カンを立てるが文句はないな」 ンでゆこう」 イシュトヴァーンは黙って頭を下げる。 トロヤはごくふつうに行なわれている賭けのルールで、決められ「ものは」 「これだ。それと今夜の勝ち分、まだ金を見ちゃいないが、います た賭け金だけをやりとりする。カンは、一回ごとに、自動的にその 賭け額が倍々と増えてゆくやりかたで、もうけも大きいが、敗けれぐよこせといやあ、そのおいぼれの身上かぎりにしてやれる。 ば払いも大きくなる。 今夜はカンにつぐカンで、少なく見つもっても十万ランは勝って いるからな。 客たちの前には、すでに山のような金貨がつみあげられていた。 ところで、お前はどうなんだ。何をものに置くっ 3 2 「カンで。せりは」 もりだ ? 対張りをするなら、少なくともあいてと同じだけの値の

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種類から陸地のあるなしと距離、また現在位置を見わけるやりかた「 ( ツ、カメロンじゃないが、ルアーの黄金の車にかけて ! さ。 6 9 ところで、 を習い、鳥をとらえるワナのつくりかた、難破したときに髪の毛をおれは、いつだって一人でちゃんとやってきたよ。 2 つかって魚をつる方法、海の水を蒸溜して真水をとるやりかたなどジェークス」 を覚えていた。そして、夜になると、カメロンに海図のみかたや星 イシュトヴァーンは、まじめな顔になって彼を見つめた。 の見かた、嵐のときの帆のし・ほりかたなそをきいていたのである。 「ああ」 まったく、かれの知りたがらぬことなど何ひとつなかった。 「お前、どう思うーー・黒いイシュタルのこと」 「まったく、おかしなやつだよ、おまえは、なあ、イシュト 「何だと ? 船長が云ったのか ? 」 すっかり仲よしになったジェークスがあきれて叫ぶとおりだっ瞬間「ジェークスはびくっとまわりを見まわしたが、 「まあいし 。おやじがしゃべったというなら、何もかくすことなん ジェークスはまた、わずか二十歳で水夫長に選ばれるほどあっ かねえ」 て、これもきわめていろいろなことに通じていた。わけても、小刀「どう思うんだい、ジェークスーーーあれは、やつばり船ゅ : : : 」 をつかって木の切れはしに海神や海の女神、オルニウス号や海鳥を「云うな。縁起でもねえや」 彫みつけるのには熟達していて、かれの持ちものには、刀でも衣類「でもさーーー」 入れでも、とても美しい模様がぎっしりときざまれているのだっ 「おれにや何もわからねえ。考えるのは、おやじゃ副長の役目だ」 た。また、かれは、特殊なすもぐりの方法、気をつけなくてはなら ジェークスはドライドンの魔よけの印を切って、 ぬ火炎サンゴや毒のあるクラゲについて教えてくれた。 「ただなーーーあの船 : : : ォルシウス号にや、おれの兄貴がやつばり 「じっさい、おれはときどき、もうおまえと何年も船に乗ってたよ水夫として乗ってたのさ。、、 し -.> やつで、いい船乗りで、いし 、兄貴だ うな気がすることがあるよ。こんなやつは見たことがねえ」 ったよ ログの弟たちも乗ってたし、べンじいのせがれも乗って 「どこででも、必ずみんなそう云うさ」 る。あの船とこのオルニウス号は、本当に兄弟姉妹みたいなものな イシュトヴァーンはジェークスをまねて、刀のさきでポッカの駒んだ。 だから、な : : もし、死者がやすらかにドライドンのお を彫りながら、片目をつぶってみせた。 くつきに眠っていないというならーー・・おれたちは : : : 」 「おれは、ルアーの秘蔵っ子なのさ」 「ドライドンか」 「抜け抜けとそう云うところがまた、こんなやつははじめてさね」 瞑想的にイシュトヴァーンはつぶやいた。 「どうしてさ。 でもそう思うだろう ? 」 「むろん海をしろしめすのはドライドンだ。しかしもし、ドール ; 「まあな。しかしおまえなら、本当にどんなところへいってもしつ かり暮らしてゆけるんだろうなあ」 「その名を云うなというのに。船の上で、そういうものの名を口に こ 0

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カメロンは面白そうに云った。 「お、、ト僧、一体何が不服なんだ。ォルニウス号は、ヴァラキア のもっ船の中じゃ、いちばん大きい方だし設備も、乗組員もまずこ 「しゃ聞くがね。一体全体、おまえはどうしたら気がすむんだい。 どんな話なら、おまえにふさわしいというんだ。ヴァラキア公その れ以上は望めんそ。おまけにいずれおれの養子になってくれたら、 前からいってるように、、 しずれはトレヴァン公にひきあわせるつも人にでも、とってかわろうってのか、ええ ? 」 りだ。公とおれがじっこんなのは知ってるはずだそ。下ヴァラキア このちつぼけなヴァラキアにかい ? 」 の不良少年が、ヴァラキア公の館に出入りして、大きな船を動かせ イシュトヴァーンは軽い身ごなしで、通りのかたわらにつみあげ るようになる、こんないい話はねえだろうに」 てあった樽の上にとびあがり、上手にランスを保ちながら叫ん 」 0 「たしかにね」 イシュトヴァーンは不敵な笑いをうかべた。かれについてよく知「なるほど、あんたの想像力なら、そこまでしか考えっかないのも っているものでなければ、単に図々しく、身のほどを知らないとしムリはないね、カメロン。だが知ってるだろう。おれはね、生まれ か思えぬような笑い。 たとき、それはひどい嵐の夜だったが、おれをとりあげたとりあげ 「このヴァラキアじゅうから千人の十六のガキをさがして来て、そ婆の魔女が、おれの右手が何かしつかり握っているのをみて、手を の全員にきいたところで、それをおそろしくいい話だと思わないやひらかせて見、そこに美しい玉石をみつけたんだ。それをみて、こ つは、まず千人の中に一人といないだろうな。この、ヴェントのイれはただの赤ん坊じゃない、この子はいまにきっと一国の王座につ シュトヴァーンを除いてはね」 くようになるーーーだから大事に、大きく育てなされ、と云って、イ シュトヴァーンという、この大昔の偉大な王の名をおれにつけてく 「だがあいにくだったが、このおれにとっちゃ、たかだかヴァラキれたんだ。おれよ、 ーいまに、王になるんだぜ。それも、ヴァラキア ア港一の船ーーいや、たとえ、それが、トレヴァン公がじきじきにみたいな、ちつぼけな、自由都市に毛の生えたていどの小国しゃな おれを側小姓にとりたててやるといったところで、おれは断わる い。この中原にそれと知られた強大な大国の王だ。たとえばパロ、 ゴーラ、ケイロニアーーー東のキタイ、北のハイナムのような。 ね。たかが小国ヴァラキアの、そのまた公の側づきになって、どう しかしただそれだけでさえ、おれは満足しやしないぜ。ただ一国 しろというんだい。せい・せいよくて大臣、そうでなきや、一生ヴァ 小さの王位につくなら、さいわいおれはヴァラキアじゅうの女にきゃあ ラキア公のシーツをとりかえるばかりじゃないかるさし い。そんなちつぼけなエサで、このヴェントのイシュトヴァーンをきゃあ騒がれる二枚目だし、どんなあいてにも、必ず気に入られる 釣ろうってのは、そいつはとんだおかど違いってもんだ」 魅力ももってる。男も女も、おれに夢中になるからな。あんたみた いにね、カメロン だから、いつなりと、どこか目ぼしい国の若 「呆れたガキだな。もっとも、おれは、お前のそんなところが気に 入っているんだが」 いべっぴんの王女にさえ姿を見られるようしむければ、たちまち向 256

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「オラーフ ! 銛の用意を ! 」 かれらは、ワナであろうがなかろうが、そんなことはかまいはせ 2 「イミー ぬのだ。ただ、かれらは、追ってゆき、そしてクラーケンを相打ち フレイヤ号は、まっしぐらに、幽霊船にむかってつきすすんでゆだろうが何だろうがしとめてやる、その妄執にもえているのだ。 「追え。追えーツ 「うわ : ・ : ・ツ ニギディアとニオルドの絶叫ーーフレイヤ号は、再び方向をか ぶつかる ! え、矢のように幽霊船を追いはじめる。 そう、イシュトヴァーンが帆綱にしがみついて、首をすくめたと漕手のかいーいっせいにあがり、狂気のように水をかいた。ぐん ぐんとフレイヤ号は、白くあわだっ航跡を黒い水面にのこしてスピ きだった。 1 ドをあげる。 「オーディン ! 」 「くそっ ! 」 ヴァイキングたちの、おどろきの叫びがおこる。 イシュトヴァーンは、ぐいと短剣の柄をにぎりしめた。一 幽霊船は、ふっと、フレイヤ号のヘさきがそのありありとした船 「タルーアンのヴァイキングが、どんなに命知らずかは知らない 腹につつこもうとしたせつなに、その姿をけしていた。 が、このおれだって、玉石をにぎって生まれたヴァラキアのイシュ 「おのれ、化け物」 トヴァーンだ。いずれどこかでおれを待ってる玉座にかけて、こん 「あっ、あそこだ」 見はりが指さす、十モータッドばかりはなれた海上には、まさしなところでくたばってたまるか。生きてやる、おれは必ず、生きて くいまのいままでそこにいた幽霊船が、ななめにかしぎ、青白く光この悪魔の海をぬけだしてやるんだ ! 」 つ。よ、こふ る帆を風もないのに追い風がありでもするかのようこ、 つな くらませ、ーーー波を立ても、航跡をのこしもせぬまま、ほのかな光 を放って走ってゆく。 フレイヤ号は夜の海を泡だてて、ひたすらつぎすすんでいた。 「逃がしてなるか」 海は凪いでいる。従って、帆はだらりとたれさがったまま、船は ニオルドがとびあがった。 船倉の漕ぎ手たちに、その進行をゆだねている。 「追え。あの船を、追え」 いっぽう、一体どこから風がくるものか、幽霊船はそのすべての 「待ってくれ。あれは」 帆をいつばいにふくらませている。ほんとうならば、ぐんぐんとひ この船をさそいこもうという、ワナかもしれない とのようなし きはなされてしかるべきところなのだが、いったい、・ 云おうとして、イシュトヴァーンは黙る。 かけになっているものか。 ヴァイキングたちの目をみると、それは青い火と化していた。一