られたわたしの故郷カースルを探す旅に出た。わたしと同じ反在士 後で声がした。 だが、支離減裂になりかけている俺の言語感覚は、すぐには、そたちが、別なカースルを純粋鏡面の彼方に妄想し、そこに新たな世 5 界を築いているのではないか、という希望があったからだ : : : 」 れを理解しない。 「ポーン ! そんな奴等にかまうんじゃない。自分まで、この世界ライオンは静かに話し続ける。 「 : ー・確かに、カースルはあった。だが、そのカースルは、反在士 の住人にされてしまうそ」 の想念によってつくられたものではなかった。この地球が、また、 再び声をかけられて、俺はやっと、その正常な言葉に反応した。 そうであるように : 「誰だ」と、後を振り返る。 「ど、どういう意味なのか・・ : : 俺には、さつばり : ・ : ・」 そこに、″裂け目″があった。 「ここは、人類がはじめて誕生した、あの神話的な惑星でもなけれ だが、あの地獄のドルダムに通じる″裂け目ではない。 ば、その虚像、鏡像ですらないわ : : : 」 その向こうには、見渡すかぎりの草原が広がっている。 ミ・ファープ・こ。 ライオンに替わって説明をはじめたのは、テル そして、その裂け目から姿を現わしたのは、ライオンと、テルミ 「 : : : もちろん、あなたたち二人が、リョン・オイゲルにそそのか ・ファ 1 プの二人だったのだ。 されて火の玉に変えた、あの地球でもない。ここは、それらの地球 「見たまえ、ポーン、あちら側の世界を : : : 」 ライオンが、空間にうがたれた穴の向こうを目で示しながら言っと、全く無縁なところなのよ : : : 」 「だが : : : 」 俺は、開きかけたロをそのままに、言葉を呑み込んだ。反論しょ 「あそこは、わたしの故郷カースルだ」 うにも、なにをどう反論していいのか、俺には、さつばり、見当も 「カースル ? 」 驚きの余り、木偶人形のようになってしまった俺は、ただ訳も分っかなかったのだ。 : ライオンの言う通り、ここは反在世界とも無縁な場 からず、彼の言葉を繰り返した。 「そう : : カースルに似た世界と言っておこうか。この地球と同じ所・ : ・ : 空間のほころびが生み落とした、宇宙の卵とでも言うべきか しら : : : つまり、宇宙以前の元素によって成り立っ場なのよ」 ような意味で : : : 」 ファー・フが言った。 ライオンは、ふと口元に、寂し気な笑いを浮かべた。 「そんなことは、・ とうでも、 しい ! 」俺は、わめいた。「ここは、、 どこなんだ俺はいったい、今、銀河のどこにいるん 俺はロを閉じ、べンチのそばのライオンと、今、唐突に出現した ライオンを、交互に見比べた。 ・こなぜ、四十一区のドルダムが、こんな場所に通じていたんた ・ファ 1 ・フとともに、かって消減させ 「・・ : : わたしは、このテル、、
ルミ・ファー・フが、あたりを見回しながら、くすりと笑った。 「ここは、四十一区であるとも言えるし、カースルがあった五十八 : この、ペンチでおかしな言葉を喋っている二人 「ということは : 区であるとも言える。あるいは、銀河第一区かもしれない : : : その どこであってもいいような場 : : : つまりは、どこにもあり得ないのは、俺が考え出したものだというのか ? 」 俺は、もう一対のライオンとファー・フを振り返って言った。 が、ここなのよ」 「そのようね。あなたは、どうしてもライオンに会いたかったんだ ファープが噛んでふくめるような口調で言った。 わ」 だが、俺には、その意味が全く理解できない。 ファ 1 ゾが言った。 どうして、俺たちは、ここにいる」 「どうしてだ 「・ : : ・そして、また、カースルも、反在世界のカースルではなかっ それは、最も根源的な質問であるはずだった。 「それは、わたしが、カースルという世界を望み、ポーンが、ドル ライオンが、唇を噛みしめたのが分かった。 ダムではない 、どこか他の世界へ逃亡したいと願ったからだ : : : 」 「もう、空間は、めちゃくちゃにほころびはじめている : : : そう : ライオンが答えた。 「 : : : その欲望が、この宇宙の卵、無名、無形の場に、不完全な名 : ・この宇宙は、今や、そのほころびに耐え切れず、再び、原初の姿 ・ : 宇宙は、氾濫する にもどろうとしはじめているのかもしれない : 前と形を与えてしまったのだ」 「いや、そんなはずはない。俺は、地球へなど来たことがない。同虚と実を、もう一度ひとつに融合して、無名、無形の卵に還ろうと しているんだわ : : : 」 じ逃げ出すのなら、俺は、火星を選ぶに決まってる」 ルミ・ファー・フが、顔を輝かせて、叫ぶように言った。 俺は、駄々をこねる子供のような論法で食い下がった。 「理由は単純だ。ポーンは、火星から遠く離れた四十一区のドルダ俺はただ呆然と、その美貌を見つめる。 、くらなんでも、そこからすぐに火星へ帰れるわけのな ムにいたし いきなり俺に向き直って彼女が言った。 いことを、ポーンの無意識は知っていた。それでも、ポーンは、第 「ここで、あなたは神と同じ仕事をしたことになるのよ」 一区に帰りたかった。無我夢中で、それを願った。その結果が、こ の地球だ」 ライオンが一一一口った。 「そう : : : あなたは、知識の中にある地球のニューヨークを妄想 し、そして、その妄想が、この宇宙の卵に名前と形を与えたんだ わ。でも、あなたのニューヨークに関する知識は、余り豊富ではな かったようね」 5 5
パイロットとして志願するつ 「・ : ・ : 君が、再びインターセプター・ もりなら、三十戦闘単位に相当する再訓練を要求されることにな俺は俺で、その場から脱出すべく、血路を切り拓くのに必死だっ る。もちろん、君ほどの技倆と適性があれば、その期間を短縮するたからだ。 ことは可能だろう」 だが、俺は、オイゲルたちのことはそれほど心配していなかっ 「再訓練というのは、どこで実施されるんだ ? 」 いざとなれば、ライオンが彼等を救出に向かうであろうことも予 俺は、再び訪れたその希望にすがって、質問した。 「トレーニング・センターは、アルギューレの基地内にある」想できたし、なにより、あの老獪なオイゲル ( しかも、その彼が二 「それじゃあ、駄目だ : : : 」 人もそろっているのだ ! ) のことだ、どのような手段を弄してで と思えたのだ。 俺は呻くように答える。 ( すぐに、火星を離れなくちゃならないも、自分たちの身は守り切るに違いない、 だから俺は、ともかくも自分だけを助け出すことにした。 んだ ) という切実な言葉は胸の中に呑み込んだ。 あの夜 : ・ 同士討ちを怖れて一時的に捜索を休止した部隊のスキをついて屋 二人のリョン・オイゲル、その愛弟子テルミ・ファー・フ、それに敷内から脱出すると、彼等の目をかすめて車輛を一台盗んた。その 反在士ライオンとこの俺が、オイゲルの屋敷で会していたその時、まま闇にまぎれて、荒野へと遁走したのだ。 そして、火星の乾き切った峡谷伝いに南下を続け、今日、ようや 俺たちは突如、治安兵の一隊に急襲された。 く辿り着いたのが、火星最大の軍事基地アルギュ 1 レ北端に位置す ″反在士″が出没している、という密告が行われたのに違いない。 あるいは、全てを見透しているゲームの指し手、白王、紅后いずる、ここ、ピカの町だった。 俺のホーム・グラウンドは、より南に下った西カラザだが、もう れかが、冗談まじりの攻撃をしかけてきたのかもしれなかった。 そこまで逃避行を続ける気力も体力も残ってはいない。 ともかく、襲撃は周到で、しかも容赦がなかった。 で、俺は、この町でまっ先に目についたホワイト・キングの募兵 反撃よりも、まず逃げ出すのが精一杯という有様だった。 ライオンとテル ミ・ファー・フは、混乱のさなか、ライオンのつく事務所へと跳び込んだのである。 ここにいるかぎり、とりあえす俺は安全だった。 り出した純粋鏡面の彼方へと消えた。 というのは、火星の統治権力も、この内部へは及んでこ・ないから だが、他の三人は、そこへ辿りつくことすらできなかった。 鏡人現象によって二人に増殖していたリョン・オイゲルは、二人だ。事務所は、あくまでも軍の施設であり、ここを支配しているの とも、どうやらその場で無抵抗のまま兵士たちに取り押えられたらは、ホワイト・キングの軍規だけだった。そして、軍は、傭兵とし て志願してくる者に関して、軍歴以外のことを決して問うたりはし 7 しかった。 よ、つこ 0 といっても、俺はその様子をはっきりと確認できたわけではな
俺は、その疑問に胸をしめつけられながら、また、ゆっくりと目女が声を張り上げた。 「受話器の知覚 ! 」 蓋を上げた。 そして、公園内を見渡す。 男も同時に叫び返してくる。 入口に近いべンチに、二人の男女が腰を下ろしている。 俺の全身が、びくりとこわばった。 「ライオン ? : : : それ ? テルミ・ファー・フ : : : 」 俺は、ともすれば破綻しそうな俺の精神をなだめながら、その二 人を見るともなしに眺めやった。 「雲のランプが軋んでいるわ」 彼等は何事か、会話に熱中している様子だ。 女がうれしそうに・ヘンチから立ち上がった。 「そうさ、恋のチーズを嘆いてる ! 」 時として、二人いっしょに笑い転げる。 どうやら、女の方が年上のようだ。 男が、俺に手を差しのべる。 「ライオン : かなりの美人である。 男は、少年と言ってもいい体つきだ。 俺は、なおも未練がましくその名を呼びながら、彼等の奇怪な言 つばのついた大きな帽子を、目深にかぶっている。 葉を、それでも必死で聞きとろうとした。 「無駄だよ、ポーン。それは、俺じゃない」 その端から、長いオレンジ色の髪が : 俺の全身を、すさまじい電撃に似たショックが走り抜けた。 クト惑真 俺は遮二無二、そちらへ向けて駆け出す。 ッて迷写部 だが、慣れない大重力に足をとられてよろめき、地面に四つん這 ポつごの集 ・誤に下編 いになってしまう。 クを氏 ン画田す それでも、俺は進んだ。 ャ原角ま 転んでは起き、起きては転び、最後には、半ば這うような格好ジり。し のよたび ジにし詫 で、それでも進み続けた。 一いまおす と、二人が、俺に気付いた。 メ違いをて イ手まとト ふたつの白い顔が、俺に向けられる。 のしこス 号所てたラ 「ライオンー 月版ししイ 先製グけの 俺は、声を限りに叫んだ。 でンか来 、、お本 叫びながら、二人の足元に這い寄った。 訂スリをが 「まあ、スエード の天体 ! 」 3 5
くも上半身を起こした。 いや、そうできたように思っただけだ。 右も左も、上も下も、推測でしか分からない。だから、実際に、 自分がどんな格好をしているのか、確認する手段はない。 苦しい 「ウグッー 俺は呻いた。 そしてさらに大きくあえぐ。 だが、胸の苦しさはいっこうにとれない。 それどころか、かえって頭の芯がズキンズキンと脈打ちはじめ ( 蛭だ ! ) 俺は、朦朧としかけた意識の底で、ようやく、それに気付いた。 必死で腕をねじ曲げ、肩胛骨の下側あたりを探る。 グラ・フごしに、ぐにやりとした感触がある。まちがいない。 ( や、やられた : : : ) 俺は歯を食いしばり、それをはぎ取ろうと渾身の力を指先に集め だが、強くめば掴むほど、蛭の方も、より以上のカで、フィル ターにしがみつくようだ。 たちまち、俺の全身の力が萎えだした。 ( 駄目だ : : : 死ぬんだ : 予想していた事態とはいえ、その苦痛は、想像をはるかに絶して 俺はヘルメットを両手で乱打しながら、泥の中を転げ回った。 る。 る。 その時、ふと、俺の頭に、素晴らしい思いっきがひらめいた。 ( そうだ ! 〈ルメットを脱げばいいんだ。そうすれば、俺は、た だひと息吸うだけで、この苦しみから解放される ) それは、余りにも簡単で、しかも確実なアイデアだった。 俺は、泥の上で、がばと身を起こした。 震える指で、ヘルメットの着脱ノ・フを探す。 ( ライオン : この最期の時を目前に、俺は心の中でその名前を呼んだ。 ( ライオン : その時だ。 突然、前方に、きらりと光の点が見えた。 それは、次第に大きさを増し、縦に拡がってゆく。 ( 敵か : : : それとも、生き残りの味方か : : : ) 混乱しきった頭の隅で、俺はかろうじてそれだけを思った。 まさに、ノ・フをひねろうとしていた指先がとまる。 俺は、まるで、泥酔した男のような足取りで立ち上がった。 そして、ふらふらと、光めがけて近付いてゆく。 俺の目は、とうの昔に焦点機能を失っている。 だが、しかし、どうやらその光は幻覚の類ではなさそうだ。俺の 頭がまだ狂っていないとするなら、その実在感は否定しようのない ものに思えた。 光は、さらに大きさを増した。 まるで、闇のカ 1 テンが破れ、そこから、外の世界がのそいてい るような具合だ。 そして、その光の向こうに、なんやら、ぼんやりとした像がゆら いで見える。
のぎびしさたるや、それをくらったものは、恥ずかしさと恐ろしさ荒しい、野性そのものの吽び。かれは全世界にむかって挑戦を発 にふるえあがったものだが。 し、抑圧された憤怒を発散しているようだった。 ほくがライオンの檻を掃除したあとは、それらはいつだって一点チップス・・ヘイリーは、、 しっとも知れぬむかしからファーナム & のしみもないほどきれいになっていた。にもかかわらず、ミスター ウィリアムズにいる男だが、彼が ' ほくに話してくれたところによる ・インドラシルの罵言まじりの怒りを浴びせられたときの恐ろしさと、かってミスター・インドラシルは《グリーン・テラー》をも演 は、いま思いだしても膝ががくがくしてくるほどだ。 技のなかで使っていた。ところがある夜、虎がふいに待機用の台の ぞっとするのは、主として、その目だったーー大きくて、黒く上からとびかかり、ミスター・インドラシルが檻の外にのがれでる て、そしてまったくうつろな目。その目と、そしてもうひとつ、七までに、あやうく彼の首をその鋭い爪でひきちぎりそうになったの 頭もの油断のないライオンを、小さな檻のなかで自在にあやつれるだとか。そう言えば、ミスター・インドラシルは、いつも髪を長く 男というのは、彼自身、ある意味で、獣性を持っているにちがいなして、それでうなじを隠すようにしていたものだ。 いという感じ。 その日、ステュ ーベンヴィルで目撃した光景を、・ほくはいまでも ミスタ そして実際に、彼が恐れているものはただ二つ、 ・レジ活人画のようにまざまざと思いだすことができる。暑い、じっとり グリーン・テラー アと、サーカスにいる一頭の虎、《緑の恐怖》という名の巨大なけ汗のにじみでてくる蒸し暑い日で、お客はみんなシャツ姿だった。 ・レジアとミスター・インドラシル だからこそ、よけいにミスター ものだけだったのだ。 ~ くがはじめてミスタ ー・レジアに会ったの姿がめだったのだ。無言で虎の檻のそばに立っているミスタ 1 最初に言ったように、・ま のはステュ ーベンヴィルでだったが、そのとき彼は、さながらそのレジアは、きちんと三つ揃いのスーツを着て、顔には汗の″あ″の っぽう、いつものゆったりした絹のシャッ 虎が生と死のすべての秘密を心得ているというように、じっと《グ字も見えなかった。い と、白いホイップコードのズボンという姿で、虎と人との両方をね リーン・テラー》の檻をのそきこんでいた。 くくめつけているミスター・インドラシルの顔は、死人のように青ざめ ミスター・レジアは、痩せて、色浅黒く、物静かだった。深 ・ほんだ目の奥、緑色の斑点のきらめく深みには、苦痛と、おさえらて、目だけが気ちがいじみた怒りと、憎しみと、恐れとをたたえ うまぐし れた激しさがひそんでいて、いつもむつつりと虎をながめるとき、 て、とびだしそうに見ひらかれていた。手には馬櫛と・フラシを持っ 両手はきまって背に組まれていた。 ていて、痙攣的にそれらを握りしめている手は、わなわなふるえて 《グリーン・テラー》は、たしかにながめるにあたいするけものだ った。すこしの傷もない縞模様の毛並みを持った巨大な、美しい猛と、ふいにミスター・インドラシルはぼくに気づぎ、その怒りが 獣で、まなこはエメラルド色、太い于は象牙の犬釘のようだった。 捌け口を見いだした。「おい、きさま ! ジョンストン ! 」と、彼 かれの咆哮は、いつもサーカス場を揺るがしていたーーー獰猛で、荒はどなった。
ター・インドラシルは調教用の椅子をふりあげると、その脚でとびてつべんまでは、おどろおどろしい暗青色。空気の動きはすべてや かかってくるライオンの足をさえぎった。彼が檻からのがれでるのんでいた。そして熱気はさながらウールの経帷子のように、ばくら 6 を押しつつんでいた。ときおり、さらに西のほうはるかで、雷神が と同時に、ライオンの一撃が檻の鉄格子に炸裂した。 彼がしいて勇気を奮いおこして、あらためて檻にはいろうと呼吸咳ばらいした。 をととのえているとき、《グリーン・テラー》がまたしても咆哮を四時ごろ、演技主任でサーカスの共同経営者であるミスター・フ 発した だが今度のそれは、恐ろしいことに、途方もなく大きアーナムが自ら姿を見せ、今夜の興行はとりやめにするから、万一 な、侮蔑に満ちたくすくす笑いに似ていた。 にそなえてテントを補強し、適当な逃げ場を用意しておくようにと ミスタ ・インドラシルは、蒼白な顔で虎を睨みつけると、くる言った。ワイルドウッドとオクラホマ・シティのあいだで、螺旋状 りを背を見せて歩み去った。そしてそれきり自分のトレイラーにとにえぐれた竜巻のあとが何カ所か見つかっていたが、そのいくつか じこもってしまった。 は、ぼくらから四十マイルと離れていないところにあった。 このアナウンスが流れたとき、見物はごくわずかしかいなかっ 午後は遅々として過ぎていった。だが気温の上昇につれて、・ほく しは、お添えものの見世物を無感動に見てまわるか、檻 らはみんな期待の目で西の空をながめはじめた。そこには巨大な雷こ。こ、・、、 ・レジアは、一日 の動物をながめるかしていたが、なぜかミスター 雲がもくもくと湧きあがりつつあった。 ぼくは見世物のテントの呼込み台の前を通りかかったとき、ちよじゅう姿を見せなかった。《グリーン・テラ 1 》の檻のそばにいる のは、本をしつかりかかえた汗まみれの高校生がひとりだけで、そ っと足を止めて、チップスに言った。「雨だよ、たぶん」 だがチップスは、ぼくの期待に満ちた笑いにこたえようとはしなの少年も、気象局のトルネード警報が発令されたとミスター ひょう 1 ナムがアナウンスすると、そうそうに姿を消してしまった。 かった。「気に入らんな。風がない。暑すぎる。雹が降るか、トル ネードがくるか」彼の表情がけわしくなった。「じっさいな、エデその午後の残りを、ぼくとほかの二人の雑役係は、テントを補強 し、動物たちをもう一度ワゴンに乗せ、すべてが固定されているか 、興奮して気が狂いそうになっている動物をかかえて、トルネー トをのりきるってのはなまやさしいことじゃない・せ。おれなんざいどうかをざっとたしかめるなどして、こまねすみのように駆けまわ って過ごした。 つだってトルネ 1 ド地帯を通るたびに、うちのサーカスに象がいな 最後に猛獣たちの檻が残るだけになったが、これには特別の手順 いのを神様に感謝してるんだ。 そうさ、おまえさん、あの雲があの地平線から動かないように祈を必要とした。どの檻にも、特殊な網でできた″連結用通路第がア コーディオン状にたたまれてついていて、これは、完全にのばしき ったほうがいいぜ」彼はそうつけくわえた。 だがその祈りは通じなかった。雲はゆっくりとこちらへ近づいてると、《悪魔の猫の檻》に連結されるようになっている。小さいほ きた。空にそびえたっ巨大な柱ーー基部は紫色で、上方、積乱雲のうの檻を動かす必要があるときは、そのあいだ猫どもはそれそれこ かたびら
かもしれない。 ほど思いつめずにすむ。 どちらにしたところで、闇が降りれば、全ては終るのだ。 ともかく、最期の時が来るまで、頭を空つぼにしている必要があ る。 俺たちはいずれ泥の中へ倒れ込み、そして蛭たちによって、文字 通り息の根をとめられるだろう。 さもなければ、狂うだけだ。 ( どうして、こんなことにならなくちゃならないんだ ? ) という素 「 : : : く、くそ : : : くそったれ : ・ : くそったれめが : 朴な思いとともに、俺はオレンジ色の髪の少年の顔を、ふと脳裡に ( そう : : : ホルスのようになってしまえば、またしも楽た : : : ) 思い浮かべた。 俺はぼんやりとそう思った。 ( ライオン : : : どこにいる ? ) 相互監視の隊形をとったために、俺たちの前進速度はさらに落ち助けてくれ、とは言いたくなかった。 これは俺の人生であり、俺が自分で、最良と考えた上で選んだ道 だが、そのおかげで、足元から這い上がってくる蛭状生物を再一一一なのだ。 ただ、もう一度、彼に会いたかった。 発見し合い、それ以上の犠牲は出さずに済んでいた。 せめて、別れの言葉なりとも届けたかった。 しかし : だが、全ては遅い ・ : 遅すぎる。 俺の最も怖れていた夜が : : : 次第に、俺たちに忍び寄りはじめて 俺は次第に墨のような暗色に変わりつつある霧と、足や身体に際 いたのだ。 限なくからみついてくるツタ類をかき分け、かき分け、よろめき進 かたわらに寄ってきたウオレンが、目顔で俺に決断をうながす。むしかなかった。 俺はやはり無言のまま、首を微かに左右に振り、どんな策も思い そして次の瞬間 浮かばないことを彼に知らせる。 俺は自分が、とんでもない思い違いをしていたことを、嫌という ウオレンは、責めるでもなく肩をすくめて、また後方に退ってい ほど思い知らされることになった。 俺たちは、決して、遭難者ではなかった。 それにしても、これだけ強行軍を続けているのに、先行の本隊の俺たちは、あくまでも兵士として、ここに送り込まれてきたはず 。こっこ 0 痕跡すら発見できないのは、どうもおかしい。 全く間違った方角へ行進を続けているのではないかという新たな つまり、ここは戦場なのだ。 恐怖が、俺をさいなみはじめてもいた。 そして、戦場であるからには、相手を殺そうと待ちかまえる敵兵 だが、この期に及んで、妙な希望など、あるいは無い方がいいのがいて当然たった。
「そう : : : 確かに、これまでの君の戦績はなかなかに優秀なもの ・シリーズ解説・ だ。実戦滞空百八十九単位、そして、撃墜破二十八 : : : 立派なエー アリス・ドライヴー・・・ーアリスのリングと呼ばれる環の内面に張ら ス・パイロット・こ・ れた鏡面を介して、虚の世界へと移行し、再び現実の世界に戻るこ とによってワープ飛行を実現した世界。そこでは、全銀河に広がっ 男は、まるで本物の人間のようにロごもる。 た人類を二つに分ける勢力が争っていた。レッド・クイーンとホワ 「何か、問題でもあるというのか ? 」 イト・キングの熾烈な闘い。そして傭兵のポーンは、火星の街でラ 俺は思わず険しい声を出した。 イオンのような髪をした少年に出会う。彼は、故郷の惑星を戦争の : いいかね、ポーン継フィッチ : : : 」男は再び俺をまっすぐに ために失い、火星に現れたのだ。しかも、彼はアリスの環を自在に 操ることのできる反在士であった。第一部の『反在士の鏡』では、 見据えて話し出す。「 : : : そのンレく 、ノ / ー・カレンタイガ 1 だが、同 アリスの環の多用によって現実が虚構とのけじめを失いはじめ、崩 系列のインターセ。フターは、現在、すでに全機が退役した。君が我 解していく世界が描かれていたが : : : 期待の反在士シリーズ再開 ! が軍で最後の任務についた時から、火星時間で、もう四年以上が過 ぎている。その間に、のウ = ポン・システスは、完全に一世代なにしろ、あの西カラザの街角で、オレンジ色の髪の少年に出会 進化してしまっているのだ。どうも、・フランクがあきすぎたようだ ってからというもの、俺の生活は狂いつばなしになっていた。 ね、ポーン」 考えてみれば、以来丸二年近く、俺はライオンと名付けた " 反在 士に振り回され、参戦どころではなかったのだ。 男の言葉に、俺はただ黙ってうなだれる以外なかった。 そして実戦から遠去かっている間に、兵器システムの方は、もう 忠誠心などと全く無縁な職業的傭兵である俺は、とにかく金が無めまぐるしい変遷を重ね、世代交代をとげてしま「ていたというわ くなりさえすれば、すぐ募兵に応じて参戦する気ままな生活を送っけだ。 てきた。 「 : : : 見たまえ、ポーン。これが、現在の我がシステムが運用して その相手は、レッド・クイーンでも、ホワイト・キングでも、ど いる新しいインターセ。フターだ : : : 」 ちらでもよかった。 声とともに、スクリーン上から男の顔が消えた。そして、俺が全 全銀河を二つに分けて戦い続けるこの二大勢力、二大軍事システく見たこともない奇怪なシル = ットの機体が映し出される。 ムはいくらでも。フロの兵士を必要としていた。 それを眺めながら、俺は思わず喉の奥で唸った。 、どちらを選ぼうと、その契約条件はほぼ同じだったから、 こんなことなら、前回志願したレッド・クイーンの募兵所へ足を 俺は全くその日の気分に従って、志願先を決めていたのた。 運ぶべきだった。 その方が、いくらかギャップが少なかったはずだ。 今日ばかりは、それが裏目に出たようだ。 「つまり : : : 」再びスクリーンにもどってきた男が話し続ける。 6 3
の通路づたいに大きい檻に追いこまれる。大きい檻それ自体は、巨は、すでに黄昏がきていた。奇妙な、黄色っぽい黄昏で、それが湿 大なキャスターで移動させられるようになっていて、これを押して気を含んであたりにたれこめ、いつぼう、頭上の空は、これまで見 適当な位置まで持ってゆき、猫たちをそれそれもとの檻にもどすのたことのないある種のぎらぎらした、深みのない色合いを帯びてい である。こみいっているように聞こえるだろうし、また実際にそうて、それが・ほくにはどうにも気に入らなかった。 なのだが、これよりほかに方法はないのだ。 ・ほくらがうんうんうなりながら《悪魔の猫の檻》をころがして、 ・ヘル・ヘット 《グリーン・テラー》の展示用の檻のうしろに連結しようとしてい ぼくらはますライオンたちをかたづけ、つぎに《漆黒のビロード》 ミスタ ・ファーナムがきて言った。「急いだほうが にとりかかった。これはおとなしい黒豹で、ほとんどこのサ 1 カスるところへ、 いいな。気圧計は急速にさがっている」彼は気づかわしげに首を振 の一シーズンの興行収入をそっくりつぎこんだものだ。これらの動 ナ「どうも悪い予感がするよ、うん。悪い予感がな」そしてな 物たちをなだめすかして、連結通路を行ったりきたりさせるのはきっこ。 わどい仕事だったが、それでもぼくらはみんな、ミスタ 1 ・インドおも首を振りながら、足早に立ち去っていった。 ラシルの助力を乞うよりは、自分たちでそれをかたづけるほうを選・ほくらは《グリーン・テラー》の連結通路をつないで、かれの檻 んた 0 の後部をあけた。「さあ、はいるんだ」ぼくは励ますように声をか ようやくぼくらが《グリーン・テラ -—》の移動にかかったときにけた。 重版情報 ハヤカワ文庫 時問を征服した男 レイ・カミングス \ 340 太陽系七つの秘宝 工ドモンド・ハミルトン \ 360 時のロスト・ワールド 工ドモンド・ハミルトン \ 340 ゾンガーと竜の都 リン・カーター \ 360 連絡宇宙艦発進せよ ! A ・ B ・チャンドラー \ 360 バベル - 17 S ・ R ・ディレーニイ \ 360 砂漠の惑星 スタニスワフ・レム Y340 幼年期の終り アーサー・ C ・クラーク \ 400 星の秘宝を求めて キース・ローマー Y340 ・宇宙英雄ローダン・シリーズ 銀河の神々のたそがれ \ 340 ミュータント部隊 \ 360 時問地下庫の秘密 \ 320 六つの月の要塞 Y340 時の牢獄 Y340 アトランティス最後の日 Y320 アウリゲルからの使節 Y320 三人の裏切り者 Y340 闇に潜む敵 Y320 虚無への探索 Y340 大脱走 ポール・プリックヒル Y380 ゲリラ海戦 プライアン・キャリスン 320 盤面の敵 工ラリイ・クイーン Y440 真鍮の家 工ラリイ・クイーン Y380 工ラリイ・クイーン Y380 ラブラタ沖海戦 ダドリー・ポープ Y440 ポケット戦艦 クランケ & プレネケ Y48 表示してある価格は全て定価です。 振霳東京 6 尊早川書房 7