わたしは起き直り、われながらきりッとした声で叱咜した。 なたまでつかまってしまったら、われわれはもう助からない。人質 「お下がり、下郎」 事件というものが、いかにやっかいなものであるか、それはわたし トカゲどもが。ハッと二つに割れた。 がもう身にしみて知ってるんです。とにかく解決が長期にわたった わたしは、わたしの叱咜が、そんなに威厳があったのかと気をよらもうダメですね。そもそもわたしがミソをつけたのだってあのに くして、得意のポーズをとりかけたが、そのとき、二つに別れた人 くたらしいホメイニのせいでーーーくそ、あのひげじじいめ。いや、 垣ーーというかトカゲ垣のあいだから、うしろ手に縛られた人影がそんなことをいってる場合じゃない。 一体これからどうしようとい つきとばされてきて、わたしのかたわらに倒れこんだのをみて、あうんです。もしペリー ・ローダンとかいう人が、われわれをとりか ッと叫んだ。 えすためにあのトカゲどもの条件をのむのをイヤといったら、わた 「ジョン・カーター ! 」 しはどうなるんです。拷問はイヤだ。の趣味はないんだ」 「さよう、わたしだ。ジミーくん」 「おちつきなさい。きみを拷問したって、トカゲも別に楽しくある 「な、なぜあなたがこんなところに : まい。それとも、彼らはそれほど娯楽に飢えてるのかな」 「いや、マメカスから、きみが妙なトカゲに掠われたときいてな。 「あっ。それはわたしの顔に対する誹謗ですか」 きみがどうやらわたしの身代りになったらしいとわかったので、人「どうもきみはこの、たいそうひがみつぼい男だな。それとも、た 質交換を申しこんだのだ。そしたらだまされて、わたしまでつかま だのプレイでは不足で、ちゃんとクル 1 ジングしてほしいとい ってしまった」 うのかね。それならそう言明しておいた方がいい。実はわたしは、 「親子か兄弟か知らんが、二人いるならききめも二倍だろう」 あの怪人二十面相がしよっちゅう小林少年を誘拐したのには、おそ 頭かぶらしいトカゲが勝ち誇ったように笑いながら云った。 らく小林くんとのしめしあわせがだいぶあったのではないかと思う 「お前たちは人質た。ペ リー・ローダンが話しあいに応じないときのだ。何しろあいだに、明智などという邪魔者が立ちはだかって、 は、二人とも殺す。逃げようなどと思ってもムダだそ」 逢瀬もままならなかったにちがいない。そこで二人は掠った、掠わ ガチャリと牢の戸がしまった。 れた、というていさいをととえて、明智のおじゃま虫がアタフタと 「やれやれ。これまた、これ以上ステロタイプになろう 0 た 0 て、来るあいだ、クルージングにはげんでいたのではないかね。大体、 なれないくらいステロタイプな掠い役どもだな。も「ともこういうまあ見られる女や美少年をさら 0 ておいて、そいつらが手ひとつ出 ことは、いちばんステロタイプにやるのが大衆通俗小説のダンディ さなかったら、さらわれた方は、私に何か欠陥があるのではないか ズムというものだがね」 しら、と考えてワッと泣きふすにきまっておるではないか」 「そ、そんなのんきなことを云 0 てちゃ困ります。わたしはあなた「あ「 ! わかりました」 が助けにきて下さると思ったから、安心していたんですよ。そのあわたしは厳粛な気持になって云った。
Sc ト同 Set 「 " フラッシ、・ゴードソ。だよ。君、ターなのかもしれないが、原作の漫画にも昔りをすることでは定評がある。 ・好きなんだろ ? 知らないの ? 」 の映画シリー ズにもあまりおなじみでない我このクイーンを、一番最初にメジャーにし 4 そういうことに関しては、この連載に協力我日本人には、どうも先に公開されてしまっ たのが、日本のロックマニアの女の子たちな いただく門倉純一氏のほうが遙かに詳しい たポルノ映画風のパロデイ「フレッシ・ゴのだ。世界に先がけて日本で売れたのが、七 それでも僕はそのタイトルをきいて充分嬉し ードン」の印象が強くていけない。もっと四年から七五年にかけてのことだった。 くなってしまった。 も、どちらの映画も、よおーーーく考えると破クイーンのサウンドは、ヴォーカルのフレ よく、原典を知らないのにパロディがわか天荒で支離滅裂、御都合主義もいいとこなんディ・マーキリーの書く独特のメロディ るはずはないなどといきりたっている人がい だが、それを認識しつつわざとシリアスに、 と、オーケストレーションの手法をとりいれ みるが、ものによ 0 てはお説 ) 」も 0 ともとは た・フライアン・メイのギターを中心につくり 言い難いこともある。たとえば、ナポレオ あげられていく。つい最近までは、シンセサ ン・ソロなんてのは 0 0 7 のパロディとい イザーを一切使わずに、ギターを一本一本重 った趣が強いが、当時まったく別個のもの ね録音していくことによってぶ厚い音の壁を として子供たちは熱をあげていた。また、 作るのが特色だったが、「ザ・ゲーム」から オーピー・エックス 最近の例としてはの「タイトン・ア はオー パーハイム社の 0 ー >< というコン。ヒ 2 ッゾ」のようこ、 冫。ハロディなのか、ただ曲 ュータ】による記憶装置つきのシンセサイザ がなっかしくて面白いからやっているのか ーを使い出した。 、ゴ 物、意図がわからないままに ( も「ともそんな レコード会社の話によると、メン・ハーのう ュ 意図などどうでもいいという考え方もある シちプライアン・メイとロジャ ー・テイラーの が ) 、今のガキ共に大受けしてヒットしち 二人は相当なファンらしく、第六作「世 まうなんていう現象も起こる。そうすると フ界に捧ぐ」のジャケットは、な、なんとアス ' ロ ' 。 & の「 = アは冒漬だなんてわめ タウンディング一九五三年十月号のフランク ・ケリー き始めるし、どっちにしても本来おちよくりていねいにつくっているところがまた凄い。 ・フリースの絵、ロポットが人間の といった程度のお遊びから始まったパロディ ところで、この映画の音楽を担当している女の子を持ち上げている構図を一部修正し にも「道」の精神を求めてしまうのが日本人のがイギリスのクイーンという四人組のロッて、クイーンのメン・ ( ーに描きかえたものを のおカタいところだ。 ク・グルー。フだ。レッド・ツェッペリンも解使用しているのだ。 「フラッシュ ・ゴードン」も ( こう書こうと散してしまった今となっては、世界一のパン最初ジャケットを見たとき、松林は担当デ してもやつばり「フレッシュ」と書きそうに ドだろうと言われている。女の子がキャーキスクから鏡明氏や石上三登志氏に電話をかけ ャ や、なってしまうリ恐ろしいことじゃ ) 、アメ ーいうような・ハンドなのだが、実力もあまくったそうだ。そりやそうだろう。いきな リカではごくボ・ヒュラリティのあるキャラク り、華麗なアイデアに満ちたていねいな音作り、ジャケットに古風なロポットの絵が描か
ⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅡⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢ 船 R101 号が、何者かによって乗客もろとも爆破されるとい う事件が起こった。これを始めとして、次々に勃発する世界的 な誘拐・強迫事件のかすかす。 この一連の事件の犯人として名乗りをあげたのは、秘密結社 O の首領 O ーー実はもとドイツの天才科学者フォン・クラウス 博士。博士はかって第一次大戦のおり空襲で妻子を失い、その 復讐として全世界の文明を破壊することを誓ったのである ( 話 ・マンチューみたいですな ) 。こうして怪人 O を名乗っ がフ たクラウス博士は、巨大な海底都市を根拠地に、多数の部下や ロポットをあやつって悪事を働いていたのだ。 O を逮捕しようと世界中を飛び回るイギリスのゲイ探偵、 に誘拐された父を探す東少年、柔道家の快男児石黒七段、そし 。最後 て祖父の正体を知らない無邪気な博士の孫娘ケティ・ はアメリカ大統領に祖国ドイツの救済援助の約束をとりつけた O が、地球を捨ててロケットで月世界に赴くところで幕が閉じ られる。 『あと三十秒』 きはう あをす かいめん ぎよだい 蒼く澄んだ海面に、巨大な気泡が、ムクムクと浮き出て きはう うあが すゐてい 消えた。ケティは、その気泡の浮き上った水底を、なっか や 5 すのそ しさに堪へない様子で覗きこんだ。 『あと十秒』 ちんもく 死のやうな沈黙 ! 水を打ったやうなしづけさの中に、 あらきこ たゞひとんー、は 只人々の吐く息ばかりが荒く聞える。 の ふなべり み かたて かっ世うねんて ケティは舷から身を乗り出し、片手に克少年の手を犇 にぎ いっしんかいちゅうのぞこ と握りしめたま & 一心に海中を覗き込んでゐた。 べう べう ペう 『五秒、三秒、二秒、一秒、お & ッ』 こゑか 力いていあた ワンの声が嗄れて消えた。とたんに、海底に当って、異 ゃうにぶばくせい つぎしゅんかんかいめんちかぎんはくしよく 様な鈍い爆声が起った。と、次の瞬間、海面近く銀白色を ペう べう べう おこ みづう で ひし ( 中略 ) 『あゝツ、お祖父さまッ』 の りゃうて 追ひかけるやうに両手をさし延べたケティは、そのまゝ き うしな たふ あづまはかせかっせうねん グッタリと気を失って仆れた。東博士と克少年とがすばや からだだ く、その体を抱き止めた。 はかせばんざい 『クラウス博士万歳』 ばんざい 『ロケット万歳 ! 』 くちみ、、 かん ていじゃうひと、ー われかへ ゃうやく我に返った艇上の人々の口々から、感きはまっ さけごえはっ た叫び声が発せられた。 新国劇「国定忠治」の名月赤城山のシーンに優るとも劣らな 月 年 界 世 年 少 ぎんはしら みま すゐめん 呈したと見る間に、水面をつらぬいて銀の柱のごときもの すがた せつな ひと、、まうまく の姿がほんの刹那、人々の網膜をかすめた。 『あッ』 『おゝッ』 ひとみ、 ゆくへ じゃうくうみあ 人々がハッとしてその行方を追ふて上空を見上げたと まう′ ( 、 ぎんいろ はくえんっゝ き、濠々たる白煙に包まれて、弾丸のごとき銀色のロケッ と さ てんくう くわうけい でうせん み トが、一條の線とも見えて天空はるかに飛び去る光景をみ こ 0 お お だんぐわん 7
う名を世にとどろかせたということで、世のカーター一族に表彰さよい。戦争は若者の心身をきたえ、強くする。平和はどうも性にあ れてしかるべきだな。わたしは大元帥、きみは大統領。二人ともえわん」 「そうでしたね」 「わたしはもう大統領ではないのです」 わたしは溜息をついた。 わたしはこの上ない苦々しさをこめて云った。 「あなたのお父さんのミスター ハローズは、従軍記者にいったり 「その後の展開についてご存じなかったようですな。わたしは大統して、どっちかというと右翼だったのですね、たいへんひかえめな 領選で敗れ去ったのです。自らを口 = ーなどと呼ばせてャ = 下って表現ですが。しかしミスター・カーター、こう云っては何ですが、あ いる、あの三流役者に。ビーナツツが、ゼ リー・ビンズに破れたのなたの生まれたころとは、もはや時代がちがうのですよ。現代の、 です。わたしはよくやったのに。わたしはアメリカの夢だ「たの八十年代われらの世界にとって、戦争とは、致命的な核戦争、最終 だ。あんなやっ、カリフォル = ア州の知事だったときから気にくわ戦争をすなわち意味するようになってしまっているのです。こんど なかった。ふん、なんだなんだ。わたしの方がうんと若い。それに ミサイルのボタンをおす手があれば、そのときこそ、フェイル・セ 顔だって、とりたててわたしの方がわるいってわけじゃない。わた 1 フですよ。『渚にて』ですよ。『復活の日』ですよ。大統領は、 しは一生懸命やったんだ。あんなむずかしいところだったのに、何これからはおそらく、なりたくない職業のトップになるかもしれま とか戦争もおこさずに。だのにみんなしてわたしのことを、ヒステせんね。とにかくこれからのミスター・プレジデントは、いつなん リーだのやつばりビーナッ屋だの無能たのシロウトだのと云って。 どき、自分が地球さいごの合衆国大統領になるかもしれぬ、という 見てなさい。いまにあの右翼は再び赤狩り旋風をまきおこすにちが危険にさらされているわけです。その意味ではわたしはむしゑ失 いない。そうに決まってる。わあ、戦争だ。戦争になる。知らない脚したことをありがたく思ってるくらいです。そうですとも。これ もんね。・ほくのせいじゃない。あいつの無能のせいだ。国をほろ・ほ は、まけおしみじゃないですよ。心からそう思ってます。もう二度 した恐怖の無能大統領、亡国プレジデントと後世にまであざ笑われと、 いかにしつこく口説かれたって、二度と決して大統領選に立候 ) ・カしし 。グランドクロスは刻々と迫ってるのだ。一九八四年への補する気なんかありませんよ。本当にないったらないんですよ。わ 前兆だ。・ほく知らないもんね」 たしはプレーンズに戻って静かに家族とくらすんだ。えい、負けお 「これ。おちつきなさい」 しみじゃないというのに、しつこいな。本当にそう思ってるんだか ジョン・カーターはわたしの背中を叩いた。 らもうーーーそうとも、いい気味だ。これからはあいつが苦労する番 「よくはわからんが なぜ赤狩りがわるいのかね。赤はよくななんた」 。赤色人というのも、いま、茶色人とかえようという提唱を出し「何だか、よくわからんが」 ジョン・カーターが困ったように云った。 てるところだ。戦争なら、受けて立ったらよいではないか。戦争は 6
よ。きようのあなたがおかしいのは、みんな彼女のせいなんだわ」 標本室の中は薄暗かった。電灯のスイッチをつけようとして、彼 そうじゃないんだ、と弁解しているうちに、はなしがよけいもつは壁に指を這わせた。 れてきた。朝の校門の前での一件や、ナンシーにむりやり約東させ「明かりはつけなくてもいいわ、ダ = ー」 られた生物標本室での密会のことは、さすがに打ち明けるのがため 思いがけないほど近くから、ナンシーのすこしかすれたい囁き らわれた。そして、なにかを隠しているということが、彼には罪悪が聞こえてきた。 感を芽生えさせ、ポーラには彼にたいする疑惑をふくらませる結果ダ = ーが声のしたほうを向いたときには、ナンシーはすでに彼の になった。 すぐ隣にまで迫っていた。彼女は体をびったり密着させると、ダニ 最後には、二人の会話は決定的にギクシャクしたものとなってい ーの片方の腕に、両腕をからませてきた。 こ 0 「なにも、これから授業を受けようっていうんじゃないんだから、 「ダ = ー、あなたがこんなひどい人とは知らなかったわ ! 」 明かるくする必要なんてないのよ」 女のこがきまって口にする台詞を叫ぶと、ポーラは泣きながら教彼女は低い声で笑った。 室を出ていった。 「そうしゃない、 ~ ダ = ーは、もうどうしていいかわからなくなっていた。茫然自失「黙っていて : : : 」 のていで、校舎をさまよった。 ナンシーの顔が、ダニーの眼のまえまで迫ってきた。体臭かオー 午後の授業の開始を告げるチャイムがどこかで鳴っていた。はっ デコロンか判然としない甘くて強烈な匂いが、彼の鼻を刺激した。 として気がつくと、そこは生物標本室のドアのまえだった。 成熟した女の匂いーーダニーの理性が麻痺したようになった。 ラジオはさっきから切なくなるようなセンチメンタル・ ナンシーの唇が彼の唇に触れた、と思ったときにはスルリと彼女 ックを流していた。 スティーヴ・ローレンスの『悲しき足音』、 の舌が滑りこんでいた。熱くて、柔かな舌がダニーの歯をこじあけ リス・シスターズの『忘れたいのに』、ジャック・スコットのこ 冫かかった。激しく、そして微妙な唇の愛撫に彼の抵抗が弱まった 『クライ・クライ・クライ』 瞬間、ナンシーの舌が彼女の甘い唾液の香りとともに侵入してき 後悔と自責の念。 なんだって、ぼくはこんなところに来ちまた。ナンシーがダ = ーの体を引寄せた。二人は胸と胸をぶつかりあ ったんだろう ? そうだ、教室に戻って、ポーラの顔を見るのが辛わせる格好でディープ・キスをつづけた。薄いプラウスの下の彼女 いから、いつのまにかここにやって来たんだ。けっして、ナンシー の成熟したバストが彼に押しつけられていた。ナンシーの手が彼の の誘惑になんか、のったわけじゃないんだぞ。 クルー・カットに伸び、髪の毛がもみくちゃになるくらいの激しい 憂鬱な思いで、彼はドアのノブをまわした。ナンシーには、用事愛撫をくわえた。 , 彼の手もおすおすと彼女の背中にまわされていっ があるからすぐに帰らなきゃいけないといって断ろう : 0 7
ダ = ーは授業中でも、イヤ・ホーンを耳から離さずにラジオを聞 いていた。ダ = ーにかぎらず、クラスの大半がそうやって自分のラ ジオから流れる曲に耳を傾けていた。 すこしまえから、ミドル・タウンの ( イ・スクールではトランジ 黒板に向かって、ミス・ ( ワードがなにか図形や記号をいつばい スタ・ラジオが爆発的なプームになっていた。最初のうちは注意を 力いている。 していた教師たちも、もういまでは誰もなんともいわなくなってし いまは四時限目の退屈な数学の授業だ。朝、通学の途中でのナンまった。 シーの一件いらい、ダニーの頭は混乱のしつばなしだった。 「ポリ = ームを下げていれば、授業を受けるのになんの支障もあり 一時限、二時限、三時限と時間はあ 0 というまにすぎ、もう午前ません。それにが流れていたほうが、授業の呑みこみがよく の授業の最後だった。 なるんです」 どうしよう・ーー歴史の授業をサポって、標本室に行こうか、それ こんな生徒たちのいいぶんが、いつのまにか認められてしま とも、やはりやめるべきだろうか。そして、もし、行くのをやめる 0 たのだ。 んだったら、ナンシーにはちゃんと断りの言葉をいうべきだろう この学校でトランジスタ・ラジオを聞いていない生徒は、ほんの 数えるくらいだった。そうした連中はよっぽどの頓馬か、変わりも 十六歳の頭脳は、はじめて体験する出来事にとまどい、オー のにかぎられていた。 ・ヒート寸前たった。 たとえば、あいつ、とダニーは窓際の列の最後尾にいるジ = フ・ 左側の列の前のほうに座っているポーラの可愛らしい横顔がはっ アンダースンのほうをチラと盗み見た。 きりとみえた。汚れを知らない彼女の横顔が目に入ると、ダ = ーは クラスのなかでの変わりものといえば、ジ = フにとどめをさし 罪悪感に襲われ、胸が痛んだ。 た。おっちょこちょいな生徒やお調子ものといったていどの変わり 胸だけではなく、緊張のせいで胃までキリキリと痛んできた。 ものなら掃いて捨てるほどいた。しかし、ジ = フ・アンダースンは 普段だ「たら、この時間になれば空腹のせいで、昼食が待ち遠しそんな連中とは全然違「ていた。 くてしかたがない「てのに。この調子じゃ、飯ものどにとおりやし人を刺すような眼差し、高く尖 0 た理知的な印象の鼻、冷酷さを ない。それもこれもみんなあの女、ナンシ ー・ディヴィスのおかげ秘めた薄い唇、額にかか 0 た黒い髪ーー・・そうした要素の積み重ねが だ、とタニーは思った。 ジ = フを近寄りがたい存在に、クラスの中の異端者にしていた。 ダ = ーの混乱がまるで伝染したように、ラジオからかかる曲もメ 一部の女のこたちは、ジ = フの熱狂的な信者だった。あのクール チャクチャな選曲になってきた。 な表情がたまらない、というのだ。たしかにジ = フには、同じ年齢 こはもう学校の校門だっこ。 3 6 6
あさはじっと羽衣を見た。郷愁が激しくあさを襲って、その郷愁 に金縛りにされて身動きもできなかった。 松吉が家に帰ってみると、あさの姿は見えなかった。三人の子供 「それ何」 と子供が尋ねても、返事をしなかった。あさは外に出てその羽衣を置いたままどこかへ行くなど、今まではなかったことた。畑に出 てみたがそこにも、どこにもあさはいなかった。小屋の隅に、、 の埃を払った。羽衣はところどころ破れたり、変色したりしてい た。それでもそれは羽衣だった。なっかしい思いで胸がつまり、苦もあさの着ていた着物が脱ぎ捨ててある。松吉は、その着物を片手 しいほどだった。これこそ自分の唯一の衣裳なのだ。この下界で着にんで子供達に尋ねた。いちばん大きな五歳になる男の子が、 「お空だよ」と、ぼつりと言った。松吉は表に飛び出した。いつも ていたみすぼらしい衣は何だというのだろう。この羽衣こそ自分の と何ら変わりのないタ暮の空である。床下に隠しておいた羽衣もな 本当の衣裳ではないか。 くなっていた。松吉は事態を明瞭に悟ったのである。 埃を払ってしまうと羽衣は朝日を浴びてつややかに輝きだした。 三人の子供を残してあさに去られた松吉は確かに悲劇的ではあ 大きな鳥類の逞しい翼を彷彿させた。 る。しかし、最初からあさの正体を知っていた彼は、あさが羽衣を あさはそれまで着ていたものを脱ぎ捨て、羽衣を身に纒った。 纒って天界へと帰っていったのだ、と了解した。松吉の中で再びあ そうしてあさは舞い上っていったのである。 子供達が何か叫んでいたが耳には入らなかった。羽衣は朝日に透さは天女になったのである。それはこの男にとって救いとなってい かされ、軽やかに舞った。下界が遠く遠く離れてゆき、青い海、緑ないだろうか。この男にとって、あさは無理矢理女房にしたもの の樹々が大小の染みのように、あさの視界には映るばかりであつの、天女である、ということを最初に見てしまっていた。そのあさ が本来の天女に戻ったのであれば、これは仕方がない。あさは、あ 激しい郷愁は、月宮殿に対してのものだったのだろうか。あそこの水浴をしていた頃の輝くばかりの天女の姿にもどって帰って行っ たのた、松吉は、茫然としながらもそう考えた。そう考えることに で自分はいつも憂鬱に沈んで暮していた。今も天女達は笛を吹いた よって松吉は救われているのだ。 り舞ったり踊ったりしているだろう。そこがなっかしいのだろうか。 たいていの説話では天女はこのまま天界に帰るということになっ そうではなかった。あさは天女である自分自身に対して苦しいほ どの郷愁を感じたのだ。自分の本性に対して、くるおしいほどのなている。後になって子供が恋しくて迎えに来たという説話もある。 しかし、このままこの天女がすんなり月宮殿に帰って行って、以前 つかしさを感じたのだ。 自分の本性は天女である。天女であるなら羽衣を身につけて舞いのように暮した、とは私には思えない。 第一、下界で男の妻になって何年も暮し、おまけに三人の子供ま 上らねばならぬ。 ただそれだけの思いなのである。その思いだけでいつばいなのだでなした天女を、月宮殿側が ( というのも変たが ) すんなり迎え入 9
お、まず十時から重役会議ね。、、 それからあ : : : 」 邸に住み、外車を乗りまわし、美人の膝乗り秘書を一ダースもはべ らせ、晴れて大きな顔ができる身分になったのである。 めでた 7 しめでたし。 それからも何も、この日は結局、何が何やらさつばりわからない まま、柳橋の料亭だの銀座の超高級クラプだのひき回され、これが と、本来ならここでハッビーエンドにすべき話なんだろうけど、 お前の家だぞという豪邸に帰れば帰ったで、庭に全長六三三九ャー実は一つだけ、ちょっぴり気がかりなことがある。え ? 何だっ ド十八十ーレ、。、 ー七三のゴルフコースがあるというすさまじさ。 て ? 地位、名誉、財産、その上に可愛子ちゃん一ダースも手に入 それも東京のド真中に、ただただ圧倒されつばなしで、しまいにはれながら、まだ何か不満があるのかって ? いやいや。そうじゃな 息苦しくなるほどだったが、そんなことで驚くのはまだ早く、次の いんだ。この生活には十分満足しているよ。なにしろ俺の夢みた通 日はカナダの別荘でスキー、その翌日はフロリダで日光浴がてら、 りの人生が具現されている世界なんだから、不満などあるわけがな スチールの社長と無駄話。駆逐艦ほどもある外洋ョットを。フレ し子ーユノ・ 、昨日ちょっと気になる夢を見たもんだから、つい ゼントした後、オーストラリアの金鉱を視察。アフリカで軽くサフ アリを楽しんだ次の日は、 = 、ーヨークで。 ( ーティに出席。その夜でも、まあ、しかし、いくらなんでも、そんな馬鹿なことは起 のうちに、ベガスで十万ドルばかしすってしまうが、銀行残高はヘ こりつこないし、俺も本気で心配しているわけじゃないんだけど、 りもしない。あくびをかみ殺しながら日本へ帰ってきて、総理大臣ただ、なんとなく : 今朝は歯プラシがやけに歯茎にこたえたよ とお茶漬を食う片手間に、五千億ドルの高債をまとめてしまうとい うな気がするし、このサングラスだって、昨日に比べて、しよっち う毎日。 ゅうずり落ちてるような気がするんだ。そういえば、帽子もちょっ 落ち着いて、ものを考えることができるようになったのは、そんとぶかぶかだったし、葉巻にしても、やけにくわえずらいような気 な生活にもすっかり慣れた、半年後のことだった。 いや ! もちろん気のせいさ。そうにきまっている。言っ どうやらこういうことらし、 ただろ ? 本気で心配してるわけじゃないって。別に気にしちゃい あの日、俺の顔が破裂して、内部に充満していた俺の内宇宙を、 ないさ。だって、そうだろ ? たかがプラックホールの夢を見たく 外界にまき散らしてしまった。それがこの世界さ、一瞬の内に俺好らいで、そんな : ・ ありえないことだよ みの世界に塗り変えてしまったというわけだ。通常、その脳蓋より な ? そうだろ ? あはは、気、気のせい。そうとも、気のせいに 外へ出ることのない個々人のイナースペースが、この現実世界に溢きまっている。気のせいだろ ? な ? 俺の気のせいだよな ? そ れ出たらどういうことになるのか。その答が、すなわちこれなのでうだよな ? ある。 お願いだから気のせいだと言ってくれー その結果、俺は世界に冠たるマトグルー。フの若社長として、豪 馬鹿なことって :
のこたちが持ちあわせていない異質ななにかがかんじられた。ちょ た。背中を冷汗が流れた。頭が割れるように痛い。喉もとまで黄水 っとマーロン・。フランドに似た雰囲気。そういえば、あのナンシー がこみあげてきていた。 も、つい最近までジ = フに色目をおくっていたんじゃなかったつけ手をあげて「先生、頭が痛くて、気分が悪いんです。医務室へい か ? ジェフが相手にしてくれないので、ぼくに鞍がえをしようつ ってもいいですか」といったほうがよいだろうか。そんなことを考 とジェフはむ ていう魂胆なんだろうか ? だとしたら許せない えて、迷っているうちに、ふいにスーツと眼のまえが真っ暗になっ の中で叫んだ。ぼくはそんなお安い男じゃないぞー て、ダニーは気を失った。 の選曲は、ますますひどくなっていた。エレクトリックなギ 暗黒の中に、赤や黄やオレンジの星がテカテカと瞬いてい ター・サウンドをベースにしたような曲が、さっきから何曲もかか た。そして、闇の濃度がだんだんと薄くなってきて、周囲の事物が っていた。 ・ほんやりと輪郭をとりはじめた : 黒板に向かっていたミス・ハ ワートカプ ぼくはこういう曲はきらいだ。こんな曲ばかりかかるんだった 。 ' 、 - ヨークをおいて、こちらに向きなおった。その顔は ハワードではなかった。ミス ら、いっか投書してやらなくちゃ。頭が痛くなるような、やかましその顔はミス・ ワードに似ている いだけのナン・ハーをかけているんなら、もう二度とキミの局にダイ しかし、全然別のもの、もっと汚らしくて、不潔で、いやらし アルをあわせないそって。 いものだった。そいつが教室の生徒たちに顔を向けて、なにかを喋 昼休みのあとに控えているナンシーとの約東と、 C2—, の流す頓馬っていた。ダニーは恐怖で金切り声をあげた。ーー・するといっせい な音楽のせいで、ダニーはほんとうに頭が痛くなってきた。 にクラスの全員がダニーのほうを振り向いた。みんなの顔はーーーポ ダニーは頭痛持ちではなかった。だから 、。ハッファリンの持ちあ ーラも、ナンシーも、ジェフも、クラスメイトの顔は全部、ミス・ わせはない。 ハワードのようにおそましく変貌していた。恐怖の中で、突然、ダ どうしよう。救いを求めるような眼で周囲を見渡したとき、ポー ニーは気がついた。こいつらだ ! 今朝、夢の中で、・ほくを追いた ラの斜めうしろの席に座っているナンシーと眼があった。 てていた薄気味悪い連中はこいつらだったんだ , ナンシーはすごい流し目をダニーにおくってきた。ダニーは慌て恐怖が極限にまで達したとき、再度、暗黒のべールがダニーの意 て視線をそらした。一瞬、頭痛のことを忘れたが、われにかえる識におりた。 と、まえにも増した鋭い痛みが彼を襲った。胃も ~ 一、リキリと痛みつ 〈そこのキミ、そこのキミ、そう、キミのことだ。いったいどうし ばなした。 たってんだ、浮かない顔をして。キミにはいつだって、このが ストレスだ。・ほくの頭と体は、あの女が投げてよこしたストレス ついてるじゃないか、そうだろ ? ゥーン、元気を出すんだ、べイ のせいで、破裂寸前になっちまっている。 ビー。そうだー しつも、ラジオを聞いてくれているキミに、 7 イヤ・ホーンから流れる曲が、い ・コーガンときたら、も っそう彼の不快感をかきたてからの感謝のナイハーをおくるよ。アルマ
めたのだ。わが全火星連合軍は、赤青黄黒白すべての色が一体となざけられた最大の原因です。わたしだってさいごまで、わたしの勝 り、これから対合衆国への進攻の途につく」 ちは疑いないと思っていた。いや、大体、レイガンは見さかいのな 2 「ひえつ」 い短気な俳優あがりの男です。きっと万一火星連合軍が合衆国にせ めよせる、などということになれば、逆上してミサイルのボタンを わたしはひっくり返った。 「アメ、アメ、アメリカへ ? 」 おしますよ。この事件はクレムリンの陰謀である、などといって。 「そうとも。そしてレイガンなどをつかう卑怯未練の敵を追い払止めてとまればタカとはいわぬ、のです。第一そんなことになった 、古き良きアメリカをとりかえす。うーむ、・檄をとばし、ターザら、わたしの立場はどうなる。わたしがこの件の黒幕た、というこ 、くットマンとロビンやとは、ジョン・カーター ン、カースン・ネービア、ジュリアン三世 ・カーターの連想で、誰にでも ファンタスティック・マンなどにも集まってもらおう。ヒロイズムすぐ・ ( レてしまう。そんなことになれば、わたしは火星の力をかり 0 、 の復権だ。われわれは大衆の支持をえている。いや、スー ーマンて祖国を攻撃させた裏切者だ。もうジョージアで、平和に。ヒーナッ はダメだ。最近、映画になってうけたから増長しておる。日本から農場をやって余生をおくることもできなくなる。町を歩けばあれが 月光仮面を呼ぶか、全ヒーローが火星に結集するのだ。スター・ウアメリカを売った男よとうしろ指をさされ、妻はすべてのつきあい オーズどころではなくなるそ」 から、憂国婦人会からもしめ出されて村八分。かわいいエミーも友 「そ、それはどうでしようか」 達もいなくなり、学校もかわり、嫁のもらい手もいなくなる。そ、 わたしはおずおずと異議を申したてた。 そんなことになったらあなたはどうしてくれるのです。どう責任を 「何といってもいまおっしやったのはみんな古い連中ばかしです。とってくれるというのです。ええ」 第一、火星に結集したとして、それだけの軍勢が、い っぺんにのり「えい、ぐちぐちと女々しい男だな。本当にきみはわしの子孫か。 こめるだけの宇宙船がありますか。みんな、サイコ・トラベルをすもしそうなれば、一家ごと、火星に移住してくればよかろう。わし るのですか」 のむすこはもう結婚しておるが、ユリシーズ・パクストンのところ 「そんなことはどうでもよい。その場にゆけば何とかなる」 もまたむすこが生まれたし、娘のターラもいま卵をあたためている 「それその発想がいけないのです」 し、きみの娘のもらい手ぐらいいくらもおるそ。第一、別に地球を わたしは地団駄をふんだ。 征服しにいくと云ったわけじゃない。わが祖国に、騎士道をよみが 「その考えが死を招く。もはや、ご都合主義の時代ではありませんえらせに行くのだ」 よ。時代はかわったと、あれほどさっきから云っているのがわかり「よして下さい」 ませんか。行ったってバカにされるのがオチだ。第一行く方法がな わたしは身ぶるいした。 しさとなれば何とかなると思うのが、ヤンキーゴーホームとあ「かわいいエミーがコッコッコツ、。、 ホコン、と卵を生むようになり