回収不能な記憶でしかなかった。そこでクリスチャンは、まったく 非音楽的なことどものなかに、音楽を聴くすべを身につけていった 音合せ たとえ音楽の一ーっもないところでも、それなくしては生きられ よ、つこ 0 クリスチャン・ハラルドスンが生まれて六カ月のとき、予備テス トは、リズムに対する天分とするどい音感を明らかにした。もちろ彼は自分の心のなかで、色彩が音となることを発見した。夏の日 んほかにも各種のテストが行なわれ、彼にはまだまだ多くの可能な射しは吹き鳴らされる和音、冬の月光はかぼそい弔いの声、春の新 ルートがひらかれていた。しかし、リズムと音の高さは星占いでも緑はほとんど ( 完全にではないが ) でたらめにリズムを刻む低いっ 彼の支配的な象徴であり、早くも強化が始められた。 ( ラルドスンぶやき、木のまたにひらめく赤狐はは「と息をのむ声。 そして彼はそれらすべての音を、《楽器》で演奏するすべを覚え 夫妻はたくさんのサウンド・テー。フを与えられ、間断なく、寝ても ていった。 さめてもテープをかけつづけるよう指示された。 クリスチャン・ ( ラルドスンが生まれて一一年た 0 たとき、七度め世界にはヴァイオリンやトランペット、クラリネットやクロムホ ルンなど、数世紀まえと変わらぬ多くの楽器があった。クリスチャ の集中テストが、彼のたどるべき未来を厳密に指定した。彼の創造 ンはそんなものは一つも知らなかった。手ちかにあるのはただ一 性は希有であり、好奇心は限りなく、その音楽に対する理解力は卓 つ、《楽器》だけだった。それで充分だった。 抜であったので、テストの講評にはたった一言、大きな文字で、 クリスチャンの家の一室、たいていいつも一人。ほっちで彼がそこ ″天才″と記されてあった。 で暮らす部屋には、べッドが一つ ( あまりやわらかくない ) 、椅子 そして、この″天才″の一言が、彼を両親の家庭から連れさり、 とテー・フルがそれそれ一つ、彼と彼の衣類をきれいにする無音の機 あるふかい落葉樹の森のなかの一軒家に連れきたった。そこの冬は 荒々しいまでにきびしく、夏はいじめ抜かれた緑のつかのまの充溢械が一台、そして一個の電灯があ「た。 だった。歌うことのない召使いに庇譲されて彼は育ち、聴くことをもう一つの部屋には、《楽器》しかなかった。それはたくさんの ト・リ・ツィ′ 許された音楽といえばただ、鳥たちの歌、風の歌、寒さに裂け割れキイや調整帯、レ・ ( ーやのついた制御卓で、彼がどこかにさわる サウンド る木々の声、雷鳴、金色の葉が枝を離れてくるくると落下していくと、音が出てきた。どのキイもちがった音をたてた。ストリツ。フの くーは立ロ かすかな悲鳴、屋根をたたく雨、つららからのしたたり、木鼠のおすべての点が、それそれちがった音の高さをつくった。レ , しゃべり、そして月のない夜にふりしきる雪のふかい静けさであっ色をかえた。すべての・ ( ーが、サウンドの構造を変換した。 はじめてこの家にやって来たとき、クリスチャンは ( 子供がよく これらの音が、クリスチャンの意識に訪れてくる唯一の音楽だつやるように ) この楽器であそび、奇妙な、、おかしな雑音をたてた。 、ほかにあそび相手はなかった。やがて、すっかりなしんで、望むま た。乳児期の、あたりに響いていた交響曲は、もうはるかに遠い こ 0 5 9
むせび泣いていた。恋の歌でさえ、すべてがうつろうと、幸せとは レルモは哀願した。 「各人に、それそれ幸せな生活を与える、これこそ法律の目的とすっかのまのなにかであると語っているようだった。グイレルモが心 るところだ。しかし、クリスチャン・、 , ラルドスンは、その法律をのなかを覗きこむと、すべてのシュガーの音楽が彼を見つめ返し、 グイレルモは泣いた。 ゃぶった。そして、それ以来くり返し、一般人の聴くべきではない 音楽を聴かせてきた」 「たのむから、怪我をさせないでくれ」グイレルモは泣きながらっ グイレルモは戦いのまえから、すでに敗北をさとっていたが、言ぶやいた。 わずにはいられなかった。「こいつに怪我をさせるのはやめてく「大丈夫だ」盲目の監視人は言った。そして、クリスチャンに歩み れ、たのむ。そりや、おれには彼の音楽を聴く資格なんてないんだよった。相手はただ大人しく待っていた。特別な道具が、クリスチ ろうさ。でも、神に誓って言うが、あの音楽のせいでおれはもっと ャンの喉にあてられた。クリスチャンはあえいだ。 幸せだったんだ」 「やめてくれ」クリスチャンは言ったが、その言葉はただ彼の唇と ウォッチャー 監視人は悲しげに首をふった。「嘘をついてはいかん、グイレル 舌の形でしかなかった。声は出なかった。空気のもれる音だけだっ モ。きみは正直な男だ。 / 彼の音楽は、きみをみじめな気持にした、 た。「やめてくれ」 ウォッチャー そうではないか ? 人生で望み得るすべてを手にしながら、きみは 「終わった」監視人が言った。 彼の音楽を聴くと、悲しい気持になる。いつも悲しくなる」 道路作業員たちは、ただ黙って、監視人につれられていくクリス グイレルモは反論しようとしたが、しかし正直な男だったので、 チャンを見ていた。しかし、しばらくたったある日、グイレルモが 自分の心のなかを覗きこみ、そして、ふかい悲しみの音楽を発見し悲しみを忘れ、《ラ・ポエーム》のマリアを歌いだすと、人々はま た。陽気な歌でさえ、なにかを嘆き悲しんでいた。怒りの歌でさえた歌うようになった。かれらはときどき、シガーの歌も歌った。 し明 た治 小大 松正 京昭 氏和 絶の 賛大 の衆 画文 期化 的・ な文 日芸 本史 S を F 新 史た 全視 巻よ 、順 々再 饑全 3 巻彌 ■ 0 ウォッチャー 各一六〇〇円 46 判上製 ウォッチャー , 早川書房 99
「南カリフォルニア大学 ? 」 さらにもっと小さな声で、・フリッジウエルはいった。「あなたに また首を振る。「ミズーリです」 お嬢さんはいませんわ。まったく一人も。わたしだって予習して来 「ああ」と彼。「いい学校だ」チャ 1 ヴェイスは間をおいた。「こてるんです」彼女の濃い瞳がさらに大きくなったように見えた。 こに来たのは業務命令かね ? 」 「ニューメキシコ計画についてすべてを知っているわけじゃありま 三度目の否定。「自分の時間を利用して来ました」 せんーーーだからこそここに来たわけで。でも、うわさを縫い合わせ 「ああ」チャーヴェイスはもう一度いった。「意欲的だね。それることはできますわ」ちょっと間をおいた。「局から古い映画を借 で、わたしと、〈ニューメキシコ計画〉について話がしたいわけり出すことまでしたのよ。きのう、それを四回見たわ」 チャーヴェイスは、違和感が戻ってくるのを感じ、疲れ果てたよ 顔には職業的な冷静さを、声には熱意を込めて、彼女はいった。 スポンのポケッ うな気がし、さらにーー畜生 ! ーーー老いを感じた。・ 「ええ、心から。ワイオミング大学の同窓会誌を見るまで、こんな トから鎮痛剤の容器を手探りして出し、そして開かないまま戻し 近くに住んでいらっしやるとは思わなかったんです」 た。「空腹じゃないかね ? 」彼はいった。 「どうやってわたしを見つけ出せたのか、不思議に思っていたんだ「そう思っていただいてけっこうですわ。朝食をとらないで来たん よ」チャーヴェイスはため息をついた。「母校に裏切られたか : ですもの」 ・ : 」鋭い眼で彼女を見る。「わたしはインタビュ 1 を許可しない。 「昼食か何かとるとしよう」チャーヴェイスがいった。「いっしょ たとえたまたま家に引き入れてしまったとしてもだ」彼は立ち上が にダウンタウンへ行こう。出るときにミス・オハンロンをおどろか 、徴笑した。「きみは階段を使いたいかね、それとも木をすべりさないよう、注意するんだよ」 降りる方がお好みかね ? 」 「くトリシアってどなたですか ? 」 オハンロンは階下の廊下で二人と出くわしたが、ポカ 「娘だ」チャーヴ = イスはロを開いた。「わたしの過去の思い出イスを見せただけだった。「若いお嬢さんと二人ぶんの昼食が必要 ですね、チャーヴェイス博士 ? 」 「わたしも家族を虫に殺されました」と、・フリッジウエルが小さく「今日はいらないー とチャーヴェイス。「いや、ありがとう。ミス いった。「わたしの両親は悪い時期にビロクシにいたんです。蜂は ・プリッジウエルとわたしは外で食べるつもりなんだ」 二人に一度も触わりませんでした。二人とも、殺虫剤のせいでやら オハンロンはじっと彼を見た。「お薬はお持ちですの ? 」 れたんです」 チャーヴェイスはズボンをたたいてうなずいた。 チャーヴェイスの関節の痛みが、氷の針のように刺した。彼は立「暗くなるまでには帰っていらっしやるんでしようね ? 」 ち上がりーーじっと見つめた。 「ああ」と彼。「その通り。もしそうならないようだったら、電話 さ」 6
ろだった。ほぼすべての人々にとっては。 というのは、それらはまさに忘れがたい歌だったからだ。 なぜなら、・ こく少数のものたちは、ーー毎年一人か二人くらい ウォッチャー 都市にもどると、盲目の監視人は、クリスチャンにメモ帳と鉛筆なにかを創りたいという願望に捕えられながら、体制に順応もでき をあたえた。クリスチャンはただちに、手のひらのしわで鉛筆をにず、かといって反抗するだけの力もなく、身の破減と知りつつも法 律をやぶりつづけたからだ。 ぎり、書いた。「これから、わたしは何をするのだ ? 」 運転手がメモを読みあげると、監視人は声高にわらった。「きみそして結局、おだやかな身体の破損や機能の剥奪によっても、狂 にうってつけの仕事があるのだ ! おお、クリスチャン、うってつ気の治療が不可能で、体制内に引きもどせないとわかると、かれら けの仕事がね ! 」主人の笑い声をきいて、犬も大声で吠えたてた。 はユニフォームを与えられ、そして出かけて行くのだった。監視人 として。 喝采 権力の鍵は、守らねばならぬ体制を、いちばん憎む理由のある人 人の手に、置かれていた。かれらは悲しんだだろうか ? 全世界に、監視人はたった二ダースしかいなかった。これら謎め「・ほくは悲しい」ときどき、あえて自問してはクリスチャンはつぶ いた人々が、体制を監視していたが、たいして仕事があるわけでもやくのだった。 なかった。というのは、実際ほぼすべての人々が、この体制によっ 悲しみのなかで彼は職務を果した。悲しみのなかで彼は年老いて て幸せな生活を送っていたからだ。これはよい体制だった。しか いった。そして、とうとうこの静かな男をうやまう他の監視人たち し、もっとも完全な機械にさえ、ときたま故障がおこることはあ が ( なぜなら、彼がかって素晴しい歌を歌ったことを、かれらは知 る。ときどき、どこかで誰かが、異常な行動をしたり、自分を傷つっていたのだ ) 、あなたは自由だと告げる日がやって来た。「あな ウ十・チッャー けたりした。そこで、すべての人を守り、またその当人を守るためたの刑期は終わりました」と足のない監視人が言い、徴笑した。 ウォッチャー に、監視人は狂気を見さだめ、それを治しに行かなくてはならなか クリスチャンは、まるで「それで ? 」と尋ねるように眉をあげ こ 0 っこ 0 何十年にもわたって、最良の監視人と言われたその男には、指が 「あとは、さまようしかない」 なく、そして声がなかった。彼は静かにやって来た。着ているユニ クリスチャンはさまよい歩いた。もう、ユニフォームは脱いでい フォームには彼の必要とする唯一の名しか記されていなかった たが、金も時間もたつぶりとあったので、彼のまえに鎖されるドア 官吏。彼はつねにいちばん親切な、いちばん楽な、だがまったく手はほとんどなかった。彼はかっての人生で生きていた地方を歩い ぬかりのない問題の解決策を見いだし、狂気を治療し、そして体制た。山のなかの道路。かって彼があらゆるレストラン、コーヒー 、ノョッ。、 を守りつづけた。有史以来はじめて、世界はとても住みやすいとこ フ食料品店の業務用入口を知っていた町。そして、とうと ラ十ッチャー システム ウ・「ツチャー ウォッチャー ウォッチャー ウォッチャー
げてリフトまでもど 0 た。それからもう一度地上〈もど 0 た。奇妙実でも割るように二つにな「た。柔組織と軟骨のように柔軟で弾力 な生物がひそんでいた所に、金属片や球や円筒などの物体が散乱しに富んだ組織が、層をなして頭蓋の内部に充満していた。そして中 ていた。金属片は船体の破壊された部分から剥離したものであろ心の部分に、卵形の、銀色のカプセルが埋めこまれていた。カプセ う。直径五十センチメートルほどの球体は、未知の物質で表面が固ルの表面に点刻のようにうがたれている無数の小孔から、微細な金 められていた。円筒からのびた長い = 1 ドが球体に連結している。属線がのび出し、柔組織の中〈埋没していた。 リトル・ ( ラは屑。 ( ル。フの魂のようになってしまった頭部を床に投 爆薬かもしれない。そのコードを引き千切った。武器らしいものも げ棄てた。 あった。 彼女はフルイをうながした。 リトル・ハラは傘の下から外へ出た。一 「行きましよう」 遠い火災はなお燃えさかっていた。 二機の tl ートダイソが《アナクレオン幻》の傘の下を離れた。 照明弾を射ち上げた。 光圏の外の暗闇〈、急速に逃げこんでゆくものの姿が見えた。《ア高度を取るひまもなく、眼下に火の海が流れこんできた。 ロードダインは大きく旋回した。 ナクレオン幻》は、えたいの知れぬ敵に囲まれているようだった。 「リトル・ ( ラ。地上車が見える。右ななめ前方の浅い谷の中だ。誰 リトル・ハラは . 内にもどった。 「船長たちからの連絡はとだえた。何か起ったんだ。救出に行こか倒れているそ」 「フルイ。よく調べて。連絡がとれるといいんだけど」 う」 リトル・ハラは燃える林の上を旋回した。 フルイの声は不安にみなぎっていた。一 はげしくはためくほのおの上を飛び越えた時、機体よりもはるか 「こういうのが船を爆破しにやって来た。いやだねえ。なんだろ ? に高い位置に、火光を反射する物体があることに気がついた。それ これ」 は急速に移動してきた。 リトル・ハラが投げ出した物を目にして、フルイはあとじさった。 リトル・ ( ラは機体を横にすべらせ、失速旋回から一気に高度を下 「リトル・ハラ。船長たちの救援に行こう」 げた。林の相が頭上にあった。 「ちょっと待って。気になることがある」 正面から火光を浴び、人間の形をしたおそろしく巨大なものが、 リトル・ハラは運んできた頭部から組織を切り取った。一 目の前に迫ってきた。 それを電子スペクトル探査装置に挿入した。待っ間もなくスクリ リトル・ハラはとっさに機体を後進させた。 1 ンに数字と記号の羅列が流れ出た。リトル・ハラの眉が暗く翳っ 体のすべての関節がばらばらになってしまうかのような衝撃がた 眼窩にナイフの刃を押してみ、力をこめて切り裂いた。頭部は果たきつけてきた : こ 0 2
家にとって返すと、隊列を組んだサンドキングズが階下へ行進し招待だってことはわかってる。でも、そこを何とかしてくれない てくるのにぶつかった。それそれが、ヨロヨロの肉片を運んでいる。 か。頼むよ」 ョロヨロの頭が、運ばれながら、非難するように彼を睨んでいた。 ジャド・ラッキスをつぎに呼び、彼は同じことを続けていった。 クレスは、冷蔵庫、調理棚、その他あらゆるところを空にした。終わるまでに、五人が招待を受けた。クレスは、それで〈お袋〉が そして台所の床の中央に、家中の食物を積み上げた。十匹ほどの白満腹になることを祈った。 が待ち構えて、それを持ち去る。彼らは冷凍食品を、ちゃんと解凍 モビル してぐちゃぐちゃの固まりになるまで放置しておき、他の食いもの彼は、外で客に会ったーー行動体は、驚くほど早く庭を片づけて はただちに運んでいった。 しまい、地面は戦闘前とほとんど変らぬ状態となっていたーーそし すべての食物が消えたころ、クレスはようやく飢えの苦痛がちょて、いっしょに玄関のドアまで歩いて行き、客を先に中へ通した。 っぴり和らぐのを感じた。彼自らは何も食べてないのにだ。しか彼は入らない。 四人が中へ入ってしまうと、クレスは何とか胆力をかき集めて、 し、この執行猶予もきっと短命に終わるだろう。すぐに〈お袋〉 は、腹をすかせるに決まっているからだ。またエサをやらないとい最後の客の後ろでドアを閉めた。驚愕の叫びを無視すると、すぐに それがカン高いわけのわからぬ音に変化する。その間に、彼は客の けない クレスよ、・ とうすべきか知った。通話装置のそばへ行く。「マラ乗ってきたエアカーに脱兎のごとく突進した。うまく操縦席にすべ ダ」最初の友人が出ると、彼は気軽にしゃべりはじめた。「今晩、りこみ、発進。 ( ネルを操作する。舌うちがもれた。やはり、所有者 小さなパーティを開こうと思うんだ。こいつがちょっとばかり急なの指紋に合ったときのみ浮き上がるよう。フログラムされている。 、言ワ円光瀬龍と萩尾望都。いま二つの 文光瀬龍画萩尾望都 強烈な個性が出会」、新たな世房 界が生まれる ! ー・・・・・遙かな未来 又価そして過去。永劫の宇宙の虚 巻、のもとで、うたかたの営みをく 由下頁り返す人類の姿を、詩情浴れる早 宙、 宀于上刪文章と華麗な絵で謳」あげる ! ■ 247
・ローマの聖ヨハネ大聖堂を飾るタメルウエンズとロ、 王の称号を名乗る権利を主張する七人のなかのひとりにすぎないのが、ニ、ー きようこ リディズの絵に比肩しうるほど素晴らしいものであった。 だ。私の信心もかっては鞏固であったが、異端者や不信心の者のな かにいることが、あまりに長すぎた。祈疇をあげても、いまでは疑本のなかには、イスカリオテの聖ユダ修道会会長、ルキアン・ユ 念を払い捨てることができなかった。だから、大僧正がアリオンのダソンによる出版許可がついていた。 異端の姿を口にしても、知的な興味は抱いたものの、恐怖は感じな本の名は『龍と十字架の道』といった。 っこ 0 私は〈救世主の真実号〉が星々の間をすべるように進んでいるあ 、刀ュ / 、だに、その本に眼をとおした。最初は、これから戦わねばならな 「奴らはひとりの聖者をつくりあげたのだ」と、大僧正は言った。 い異端をよく理解するため、おびただしい量の註を参照していた 「イスカリオテのユダからな」 が、やがて、そこに語られる異様で複雑でグロテスクな物語にひき こまれてしまった。その本の言葉には情熱と力と詩心があった。 キリスト騎士団の古参兵である私は、専用の宇宙船をもってい た。〈救世主の真実号〉と呼ぶと、私はうれしくなる。その船が私かくて私は、イスカリオテの聖ユダなる異彩を放つ人物にまみえ に割りあてられる前は、十二使徒のひとりにちなんで〈聖トマスたのだった。複雑で野心家で、議論好きな、まったく尋常ならざる 号〉と名づけられていたが、私には、疑い深いことで有名な聖者人物である。 ハビロンという が、異端と戦う船の守護者として適当とは思えなかった。私は〈救彼はペッレ〈ムに救世主が生まれたその同じ日、 世主の真実号〉内では、なんの義務も負っていない。船には〈聖ク古代の伝説の地に誕生した。少年時代は貧民窟に暮らし、必要のあ げん シスダ リストフォルス修道会遠距離交通部〉の修道士修道女が六人乗りるときは肉体を売り、成長するに従い女衒となった。彼は若かった はたち 組んでいたし、私が貿易商人のところから引き抜いてきた若い女性ので、黒魔術の研究をはじめ、二十歳にならずして、練達の魔術師 になっていた。それはすなわち、彼が龍の調教師ユダになったとき が船長をつとめていたからだ。 それゆえ、ヴ = スからアリオンへの三週間のすべてを、異端の聖でもあった。神のつくりだしたもっとも恐ろしい生物ーーー古えの地 とかげ 書の研究にふりむけることができた。大僧正の事務官から渡された球の、巨大な翼をもった火を吐く蜥蜴の意志を操ることのできる最 ものである。分厚くて、がっしりした、美しい本で、黒っ・ほい色の初にして唯一の人になったのである。本には、巨大なじめじめした らんらん 革で装本してあった。ページの縁には金箔がおしてあり、うっとり洞窟のなか、眼を爛々と輝かせて赤熱の鞭をふるい、金緑色の小山 ホログラフィック するほど美しいカラーの立体画のさし絵がたくさん挿入されていのような龍を寄せつけずにいるユダの絵がおさめられている。その とう る。注目に値する仕事だった。製本というほとんど忘れ去られた技腕には籐の籠をかかえ、その蓋は少し開いて、三匹の龍の仔の小さ 術を愛する者の仕事だろう。内部に複写された絵ーー、原物はアリオな頭がのそいていた。四匹目の仔龍はユダの袖を這いあがるところ ンの聖ユダの館の壁に描かれているのだろうーーーも、不敬ではあるだ。これが彼の人生の第一章であった。 プラザ 4
みはここを去らねばならん」 「わかってます」クリスチャンは答えたが、この家の外の生活がい 「クリスチャン・ハラルドスン、レコーダーはどこだ ? ー監視人は ったいどんなものかと、大いに不安だった。 尋ねた。 「レコーダー ? 」クリスチャンは反問したが、それからむなしいと「将来のことを話そう。我々はなにかきみにやれそうな仕事を見つ ウォッチャー くろって、きみを教育することになる。飢える心配はない。退屈で 気づき、装置をとりだして監視人に渡した。 ウ十ッチャー 「おお、クリスチャン」と監視人、その声はおだやかな悲しみに満死ぬこともあるまい。しかし、法律をやぶったのだからして、今後 はきみにはただ一つ禁止されることがある」 ちていた。「なぜきみは、これを聴かずに提出しなかったのだ ? 」 「最初はそのつもりでした」クリスチャンは言った。「でも、どう「音楽」 「すべての音楽ではない。 クリスチャン、専門の聴く人ではなく、 してわかったんですか ? 」 「きみの作品から、突然、い 0 さいのフーガが消えたからだ。突ありふれた人々が楽しむことを許された音楽もあるのだ。ラジオや , まがいの部分が、きれいになくなってしまテレビ、そしてレコードの音楽。しかし、生きている音楽、新し 然、きみの歌から・ハッ、 った。それに、きみは新しいサウンドの実験もやらなくなった。きい音楽・、、ー・これはきみには禁じられることになる。きみは歌っては ならん。楽器を演奏してはならん。また、リズムを打ってもいか みはなにを避けようとしていたのだ ? 」 「これです」クリスチャンは言い、腰をおろすと、生まれて初めてん」 「なぜですか ? 」 ー。フシコードの音の複製にとりかかた ウォッチャー 監視人はゆっくりと頭をふった。「この世界があまりにも完全 「しかし、きみは今日まで、このようなことは一度も試みなかっ な、あまりにも平和な、そしてあまりにも幸福な世界たから、我々 た。そうだな ? 」 は法律をやぶるような適応不能者に、不満足をひろめてまわるよう 「もう、御存知でしよう 「フーガと ( ープシコード、きみは最初にこの二つのものに着目しな真似は、許すわけにはいかんのだ。ふつうの人々も、一種の安直 たーーーそして、この二つだけは自分の音楽にとり入れなかった。しな音楽のようなものを創るが、専門に音楽をまなぶたけの天分がな : ・、ツハに染められ、 いから、いずれにしても大したことはない。しかし、もしきみがー かし、この何週間かのきみの歌は、すべてカ / ー。フシコ いや、つまらん話はよそう。ともかく、これが法律だ。そして、 ッハに影響されていた。ただし、フーガは一つもなく、ハ きみがもしさらに音楽を創ったら、クリスチャン、きみはひどい罰 ードの音もなかったが。きみは法律をやぶったのだ、クリスチャン、 、しカね、ひどい罰だ」 きみがここに置かれたのは、きみが天才であり、自分の霊感にのみをうけることになる。、、、 ウォッチャー クリスチャンはうなすき、監視人に導かれるままに家を去り、そ 忠実に、あたらしいものを創ってきたからだ。しかし、いまやもち ろん、きみは亜流であり、真に新しい創造はきみには不可能た。きして森と《楽器》から遠ざかっていった。最初、彼はそれを法律違 ウォッチャー リスナ 9 9
っては、死を命ずることさえできるのです」 私は徴笑しなかった。 「だが、このアリオンではできますまい」ルキアンが早口に言っ 彼は微笑して、 た。「この星では異教に対してとても寛容です。そのうえ、我々の 「そうだろうと思っておりましたよ」 方があなたがたより数が多い」微笑をうかべて、「残りのものは、 ルキアンの事務室は大きか「たが、簡素であた。異端者たちはさよう、わたしもその聖餐式をあまりとりおこないませんな。ここ しばしば、真の教会が失「てしま「たようにみえる簡素さをもちあ数年はや 0 ていません。いまのわたしはこの修道院の院長です。教 える者であり考える者であります。他人に生きる道を示し、信仰を わせている。しかし、ルキアンはひとつの贅沢を自分に許してい 見つける手助けをするのです。ダミアン神父、あなたが幸福になる 彼のデスクの背後の壁を占めているのは、私がすでに愛してやまというのなら、わたしを破門するがよろしい。幸福こそは我々全員 ぬ一枚の絵であ「た。龍たちの死骸にすが「て泣いている = ダの絵が捜し求めるものだからです」 「あなたは信仰を捨てたのですか、ルキアン神父 ? 」私はデスクに である。 『龍と十字架の道』を置いた。「だが、あなたは新しい信仰を造り ルキアンはどさりと椅子に坐り、もう一脚の椅子を身振りで私に あげたようだ」今度は私も微笑した。だが、冷たい、凄みのある、 ・ジュディスは外の待合室に残してきた。 示した。シスター 「わたしは立 0 ている方がいいですな、ルキアン神父」その方が有嘲笑うような徴笑だ 0 た。「こんな・ ( カげた教義には出会「たこと がない。あなたは神と話をし、神はあなたに新しい啓示をたれ、そ 利だと知って、私が言った。 「ルキアン、とだけお呼びください」彼が言 0 た。「あるいは、たれゆえ、この聖 = ダという良き名前を認められたのだ、とお「しゃ だのルークでも結構です。ここでは、身分などほとんど役に立ちまるのでしような ? 」 いまやルキアンの微笑はとてもはっきりしたものになっていた。 せんー 「あなたはルキアン・モー神父で、このアリオンで生まれ、キャサ彼は本を取りあげ、私をじ「と見た。 「いや、違います」彼は言った。「すべてはわたしが造りあげたの ディの神学校で学び、かっての〈地球と千の惑星の真恒星間カソリ ック教会〉の聖職者だった人ですね」と、私が言「た。「あなたのです」 その言葉に私は息をのんだ。 身分にふさわしい呼び方をいたしましよう、神父。あなたに恩に感 「なんだって ? 」 じていただきたいのです。おわかりになりましたか ? 」 「すべてはわたしが造ったのです」彼は繰り返し、好ましそうに本 「わかりますとも」ルキアンは愛想よく言った。 「わたくしは、あなたが考えだしたこの異端の罪で、あなたの聖餐の重さを量るようにした。「もちろん、いろいろなものからタネを 7 いただきましたよ。特に『聖書』からね。だが、この『龍と十字架 式執行の権利を剥奪し、破門する力を与えられています。惑星によ こ 0
のおびえだったのだ。 自由になると : : : そんな事は、考えたくもなかった。 彼は寝室へ行って、荷づくりをした。・ハッグが三つになる。衣服 クレスは気を落ちつかせると、立ち上って電灯をつけに行った。 何もない。部屋はひっそりとしている。 の替えは、ただの一式。それだけでいい。残ったスペースには、貴 重品、宝石、美術品、その他捨てていきたくないものすべてをつめ 耳をすました。無。沈黙。壁にも音はない。 る。もう二度と、ここに戻ってくるつもりはなかった。 彼の恐怖はすべて幻想だったのだ。 ョロヨ口が階段を降りるのについてきて、毒々しいまっ赤な眼で リッサンドラと地下室のものの記憶が、自然と心に浮んだ。恥と 彼を睨んだ。やつれている。最後にエサをやってから、かなりたっ 怒りがどっと押し寄せる。どうしてあんなことをしたんだろう ? 彼女があれを焼いてしまうのを、殺してしまうのを、手伝うことだているのに気づいた。ふつう、そいつは自分でもエサを見つけるの ってできたのに。どうして : : : その理由には勘づいていた。〈おだが、どうやら最近、収穫がやせ細っているらしい。脚につかみか 袋〉がそうさせたのだ。〈お袋〉が彼に恐怖を送りこんだのた。ウかってくるのを、一喝して蹴とばしてやった。明らかに痛い思いを オウは、この生物が超知覚力を持っと言っていた。あんなに小さくして、憤慨しながら、そいつはチョコチョコと走り去った。 ぶざまな格好で・ハッグを運びながら、クレスは外へ出て、ドアを てもだ。いまそれは、巨大に、とてつもなく大きくなっている。キ 。ヒシャッと閉めた。 ャスとイディというごちそうを胃におさめ、いままた地下には二つ の死体がある。あいつは成長しつづけるだろう。しかも、人間の肉 しかし、しばらくは邸に背を押しつけて、じっと立っていた。心 の味を覚えたのだ : 臓がドクンドクンと打つ。自分とエアカーのあいだには、数メート 彼は身震いしたが、強いて自制し、それを抑えた。自分は傷つけルしかない。だが、その数歩が怖かった。月はさやかに、玄関先の ッサンドラの二人の手下の死体が、 られないだろう。自分は神であり、いつだって白は彼のお気入りだ殺戮シーンを照らしている。リ ったのだから。 そのまま転がっていた。一人はまっ黒こげのねじくれた姿であり、 と同時に、それを剣でつき刺したのを思い出した。あれは、キャもう一人は死んたサンドキングズの固まりの下にのみこまれてい モピル モピル スが来るまえだ。とにかく、いまいましいのはあの女だ。 た。それに行動体が、赤と黒の行動体が、そこら中にいた。彼らが そこにじっとしているわけこよ、 、よ、。どうせまた、〈お袋〉死んでいるのだと納得できるまで、若干の努力が必要だった。これ 冫ただじっと待ちかまえているか は腹を空かせるに決まっている。柄が大きくなったので、時間もそまでしばしばそうであったようこ、 うかからないだろう。あいつの食欲は恐る・ヘきものだ。そうなったのように見えたのである。 ら、どうなる。とにかく逃げないと。〈お袋〉がまだ地下貯蔵庫に ナンセンスだ、クレスは一人っぷゃいた。またまた酔っぱらいの 5 いるあいだに、安全な都市へ逃げるんだ。地下室は、しつくいと固おびえか。城砦が吹っとばされたのを見たじゃないか。黒と赤は死 い土しかない。行動体はいつだってトンネルを掘れる。一度彼らがんたし、白の〈お袋〉は地下室に閉しこめてある。彼は数回、慎重