0 当を 1 ー、 . fiVA 第・ゞ囈 1 船、一イ 、「ミ◆ 物、 4 イ '2 よ。あなたはこの本が気に入ったのね」 汚ないものだ。わたしはひどく疲れるよーー精神も、感情も、肉体 私は咳ばらいをして、 もね。戦いのあとでは、身体からカが抜けてしまい、罪を犯したよ 「興味をそそられたのさ」と言った。自分を正当化せねばならなか うな気分になってしまう」私は革張りの本を叩き、「こいつは違 った。「わたしがいつも扱っているのが、どんな類いのものか、君 う。もちろん、異端は叩き潰さねばならぬが、このルキアン・ユダ にもよくわかっているだろ - う。退屈でささやかな教義上の偏向、ど ソンに会ってみたいという気がしているんだ」 こか頭でつかちの神学上のあいまいな言いのがれ、ある野心家の大「絵もすばらしいわ」 ・ローマやヴェスから承認 僧正を新しい法王にしようとか、ニュ 1 アーラが言い、『龍と十字架の道』をパラバラとめくって、ある かなにかをもぎとろうとかして企図された厚かましい政治的な動き印象的な絵のところで止まった。龍の死体にすがって泣くユダだろ そんなものだ。戦争は果てしがないが、個々の戦闘は単調で薄 う、と私は思った。彼女もやはりその絵に感銘をうけたのを知っ て、私は微笑をうかべた。それから、眉をひそめた。 前方に待っ困難にうすうす気づいたのは、それが最初だった。 かくて〈救世主の真実号〉は、イスカリオテの聖コダ修道会のあ るアリオン星のアマドンという磁器でできた都市に着陸した。 アリオンは心地よい、穏やかな星で、三世紀昔から人が棲んでい た。人口は九百万をきっている。都市と呼べる唯一の場所であるア マドンは二百万の人々の故郷であった。技術のレベルは中の上であ るが、主として輸入にたよっている。アリオンに工業はほとんどな 、進取的な世界とは言いがたかった。ただ芸術的手腕は別であ る。ここでは芸術が重要だった。芸術がさかんで、活気にあふれて いた。信教の自由は社会の基本的な主義であったが、アリオンは宗 教的な世界ではなかった。住人の大部分は宗教と関係のない生活を たんび 送っていた。特に人気のあるものは耽美主義で、これは宗教とは言 えない。また他には道教、エリカ教、真正キリスト教、夢見る者の 子供などの信者のほかに十いくつかの小さな宗派があった。 真恒星間カソリック派は九つの教会をもっているが、かっては十
ないことを信用したのであるが。 賭けをやったのだと確信している。それに失敗したので、ルキアン その頃には、聖ユダ修道会は白日のもとにさらされて、衰退して ・ユダソンとその嘘を、まるでより大きなゲームの歩のように犠牲 5 にしたのだろう。 しまっていた。ルキアン・ユダソンは痩せさらばえて、怒りっぽく なり、その教会の少なくとも半教が閉鎖された。 かくて、私は、真実に対する盲目的な信仰以外、なんの信仰もな もちろん、この異端は完全に減ぶことはない。いかなるものであ いという思いを胸に、アリオンを去った。真実への信仰はもはや教 れ、それを信じる者はいる。いまでも、アリオンのアマドン市では会では見出せなくなっていた。 『龍と十字架の道』が読まれている。 ヴェスやキャサデイやシリアで読書や研究にふける休暇の一年の アーラ日クⅡ ( ウの〈救世主の真実号〉は出発から一年後に私をうちに、そのことを確信するようになった。とうとう私は大僧正の ヴェスに連れ帰ってくれた。トーガソン大僧正は、さらにいくつか。フールに戻った。いちばん悪いプーツをはいてトーガソン・ナイン の異端との戦いに私を送りだしたあとで、ようやく休暇を与えてく Ⅱクラリスの前に立った。 れた。かくて私は勝利を得た。教会はそれまで同様に権勢を誇り、 「分団長どの」私は言った。「わたしはこれ以上の任務をお受けい 聖ユダ修道会は完全に崩壊した。テレ。ハスのジョン・アジャ・クロ たしかねます。この仕事から移らせていただきたい」 スは間違っていたな と、当時の私は考えた。彼は審問官の力を「どうしてだね ? 」 ーガソンが弱々しく水をはねかして、低く言 っこ 0 過小評価していたのだ、と。 だが、あとになって、彼の言葉を思いだした。 「信仰を失ったのです」私はただそれだけ言った。 ″君は我々を傷つけることはできないよ、ダミアン〃 彼は長いこと私を見つめた。そのひとみのない眼がまたたいた。 我々 ? とうとう彼は一一一口った。 聖ユダ修道会のことか ? それとも″嘘つき″のことか ? 「君の信仰は、君と聴罪司祭の間の問題た。わたしはその結果だけ 彼は巧妙に嘘をついたのだと思うーー私が『龍と十字架の道』をが知りたい。君はいい仕事をしてくれた。ダミアン、べつの仕事に 破壊するだろうと知っていたのだ。また、″嘘つき″に手を触れる移ってもよろし、 し引退は許さないよ」 こともできぬと、ロにすることもできぬと知っていたのだ。どうし いずれ真実が我々を自由にしてくれるだろう。 て口にできよう ? 誰が信じてくれるだろう ? 有史以来の大陰謀しかし、自由は冷たく、うつろで、人をおびえさせる。嘘はしば だって ? 偏執狂の臭いがする。それに私にはなんの証拠もないのしば暖かく、美しい 昨年、教会は私に新しい宇宙船を与えてくれた。私はそれを〈ド テレバスはルキアンのために嘘をついた。それで彼は私を帰してラゴン号〉と名づけた。 くれたのだ。いまでは、クロスが私を誘惑しようとして、ひとつの
私は血のめぐりの悪いほうではない。そのときには、ルキアンがの世界でうまくいっているが、アリオンではだめだ。ここでは生活 何を言おうとしているのかわかっていた。 は安穏で、そっちの信仰は厳格だ。ここでは我々は美を愛するが、 「きみたち″嘘つき″は信仰を発明したんだな」 あなたの宗教はなにも与えてくれぬに等しい。だから、改良したの 彼は徴笑した。 だ。我々は長きにわたってこの星を研究した。心理学的な側面もわ 「あらゆるものをね。宗教だけではない。考えてごらんなさい。我かっている。聖ユダはこの星で繁栄するだろう。聖ユダはドラマを 我は真実が残酷なものだと知っている。美は真実よりはるかにマシ提供する。色を、美を提供する。審美眼とはすばらしいものだ。聖 だ。我々は美を発明した。信仰を、政治運動を、高い理想と、愛とユダの物語は ( ッビーエンドをむかえはするが、悲劇だ。アリオン 友情の信頼を発明した。どれもこれも偽りだ。我々はそうした嘘をはそうした話が大好きなのだ。しかも、龍という仕上げのひと筆が ついている。他にも、無数の嘘をついている。歴史を、神話を、宗入っている。あなたのところも龍のようなうまい道を見つけるべき 教を改良し、それそれをもっと美しく、もっと信じやすくした。も だ。龍はすばらしい生物だ」 ちろん、我々の嘘は完璧ではない。真実は大きすぎる。しかし、 「神話だ」と、私。 つの日か、全人類に使える偉大な嘘を見つけだすことができるだろ「そんなことはない」と、ルキアンは応じた。「調べてごらんにな う。それまでは、トさな千の嘘でやっていくのだ」 るといい」彼はニャリと笑いかけた。「その存在を信じるようにな 「あまり気に入らんな」私は冷たい、熱意さえこもった声で言っる。三千年前に何が起こったのか、本当に知ることができるのか た。「わたしの人生は、真実の探求にあったのだから」 ね ? そっちにもひとりのユダがおり、わたしにもひとりのユダが ルキアンは寛大だった。 いる。わたしたちのどちらも聖書をもっている。あなたの聖書は正 「ダミアン・ハ ・ヴェリス審問官。わたしはあなたをよく知ってしいのか ? そう信じられるかね ? わたしは″嘘つき修道会″の いる。あなた自身″嘘つき″なのだ。あなたは立派な仕事をなさっ第一サ 1 クルに属している。だから、すべての秘密を知っているわ てきた。宇宙船で星から星へととびまわり、あなたの奉仕する大きけではないが、この教えがとても古くからあることは知っている。 な嘘の殿堂を破壊するやもしれぬ愚か者や反抗する者や疑問を抱く福音書もわたしみたいな人間によって書かれたのだとわかっても、 者を倒してきた」 わたしは驚かないね。ユダなんて存在しなかったのかもしれない。 「わたしの嘘がそれほど立派だというのなら、な・せそれを捨てたのイエスだってそうだ」 「わたしはそうではないと信じている」 「宗教はその文化や社会に適合せねばならぬ。文化や社会と共に働「この建物のなかには、聖ユダと『龍と十字架の道』を心の底から くもので、それらに対抗するものではない。対立や矛盾があった信じている者が百人もいる , ルキアンが言った。「信仰はいいこと ら、そのとき嘘は崩壊する。信心がふらっく。あなたの宗教は多くだ。聖ユダ修道会が設立されて以来、アリオンでの自殺率がそれま 0 5
・ローマの聖ヨハネ大聖堂を飾るタメルウエンズとロ、 王の称号を名乗る権利を主張する七人のなかのひとりにすぎないのが、ニ、ー きようこ リディズの絵に比肩しうるほど素晴らしいものであった。 だ。私の信心もかっては鞏固であったが、異端者や不信心の者のな かにいることが、あまりに長すぎた。祈疇をあげても、いまでは疑本のなかには、イスカリオテの聖ユダ修道会会長、ルキアン・ユ 念を払い捨てることができなかった。だから、大僧正がアリオンのダソンによる出版許可がついていた。 異端の姿を口にしても、知的な興味は抱いたものの、恐怖は感じな本の名は『龍と十字架の道』といった。 っこ 0 私は〈救世主の真実号〉が星々の間をすべるように進んでいるあ 、刀ュ / 、だに、その本に眼をとおした。最初は、これから戦わねばならな 「奴らはひとりの聖者をつくりあげたのだ」と、大僧正は言った。 い異端をよく理解するため、おびただしい量の註を参照していた 「イスカリオテのユダからな」 が、やがて、そこに語られる異様で複雑でグロテスクな物語にひき こまれてしまった。その本の言葉には情熱と力と詩心があった。 キリスト騎士団の古参兵である私は、専用の宇宙船をもってい た。〈救世主の真実号〉と呼ぶと、私はうれしくなる。その船が私かくて私は、イスカリオテの聖ユダなる異彩を放つ人物にまみえ に割りあてられる前は、十二使徒のひとりにちなんで〈聖トマスたのだった。複雑で野心家で、議論好きな、まったく尋常ならざる 号〉と名づけられていたが、私には、疑い深いことで有名な聖者人物である。 ハビロンという が、異端と戦う船の守護者として適当とは思えなかった。私は〈救彼はペッレ〈ムに救世主が生まれたその同じ日、 世主の真実号〉内では、なんの義務も負っていない。船には〈聖ク古代の伝説の地に誕生した。少年時代は貧民窟に暮らし、必要のあ げん シスダ リストフォルス修道会遠距離交通部〉の修道士修道女が六人乗りるときは肉体を売り、成長するに従い女衒となった。彼は若かった はたち 組んでいたし、私が貿易商人のところから引き抜いてきた若い女性ので、黒魔術の研究をはじめ、二十歳にならずして、練達の魔術師 になっていた。それはすなわち、彼が龍の調教師ユダになったとき が船長をつとめていたからだ。 それゆえ、ヴ = スからアリオンへの三週間のすべてを、異端の聖でもあった。神のつくりだしたもっとも恐ろしい生物ーーー古えの地 とかげ 書の研究にふりむけることができた。大僧正の事務官から渡された球の、巨大な翼をもった火を吐く蜥蜴の意志を操ることのできる最 ものである。分厚くて、がっしりした、美しい本で、黒っ・ほい色の初にして唯一の人になったのである。本には、巨大なじめじめした らんらん 革で装本してあった。ページの縁には金箔がおしてあり、うっとり洞窟のなか、眼を爛々と輝かせて赤熱の鞭をふるい、金緑色の小山 ホログラフィック するほど美しいカラーの立体画のさし絵がたくさん挿入されていのような龍を寄せつけずにいるユダの絵がおさめられている。その とう る。注目に値する仕事だった。製本というほとんど忘れ去られた技腕には籐の籠をかかえ、その蓋は少し開いて、三匹の龍の仔の小さ 術を愛する者の仕事だろう。内部に複写された絵ーー、原物はアリオな頭がのそいていた。四匹目の仔龍はユダの袖を這いあがるところ ンの聖ユダの館の壁に描かれているのだろうーーーも、不敬ではあるだ。これが彼の人生の第一章であった。 プラザ 4
し、必要以上にこここ、 冫したくはなかった。壁は湿って、カビがはえソン枢機卿になるだろう。だから、異端はことごとく押しつぶすの ている。空気は熱く、じっとりしていて、カセイン人に特有の不だ。今度のような場合がそうである。 快な・ ( ターの臭いが濃くたちこめていた。襟が首筋に荒々しくこす「我々はアリオンにはほとんど影響力をもっていない」 れた。法衣の下は汗びっしよりだ。足はずぶ濡れで、胃がチリチリ 大僧正が言っていた。しやべりながら、その腕が動く。緑と天色が と焼けるようだった。 斑点となったがっしりした棍棒のような四本の腕が水面をかきみだ 私は任務の話をすすめた。 し、呼吸ロのまわりの薄汚れた白い繊毛が、ひとことごとに震えた。 「つまり、この新しい異端はこれまでになく下劣なのですね、分団「数人の僧侶、いくつかの教会、わずかな信者。ことさらロにする 長どの ? 」 ほどの力もない。すでに異端者の数は我々を凌駕しておる。君の知 「そのとおりだ」 恵と洞察力を頼りにしているぞ。この災難を転じて福となすのだ。 ろんばく 「どこで始まったのです、この異端は ? 」 この異端は見えすいておるから、容易に論駁できるであろう。たぶ 「アリオンだ。このヴ = スから三週間ほどで着く世界だ。完全な人らかされた者からも真の道に向かう者がでるかもしれん」 類の星だ。君たち人間はどうしてああも易々と堕落するのかね。ま「おっしやるとおりです」私は言った。「で、どのような異端なの ったくわからんよ。カ日セイン人ならひとたびなにかを信仰すれでしよう ? 何を論駁するのですか ? 」 ば、それを捨てることは決してない」 実は、そんなことはどうでもいいのだと思った。それは嘆かわし 「よくわかっています」 いことに、私自身の悩める信心をあらわしているのだろう。私は数 私は礼儀正しく応じた。信仰をはじめたカ日セイン人がほんのひえきれぬほどの異端者を扱ってきた。彼らの信念、彼らの疑いは頭 と握りだということはロにしなかった。カセイン人は、のろまでの中にこだまし、夢をかき乱すのだった。トーガソンを聖職者と認 退屈な種族で、何百万人もの人々は他人の生き方を知ろうという興めたその勅令が、六つの世界で、ニ、ー ・ローマの司教排斥の原困 味はみせず、自分たちの昔からの宗教以外のものを信じようともしとなった。その道をたどった人々にしてみれば、私の眼前に漂い よ、つこ 0 ー「ー ガソン・ナイン日クラリス・ツンは例外的人物だっ水かぎのついた四つの大きな手で教会の権力を行使している ( 濡れ た。彼は二世紀ばかりまえに初めて改宗した人々のひとりだった。 た聖職者の襟をつけているほかは ) まっ裸の巨大な異星人にこそ醜 そのとき、法王ヴィダス五十世は、人間以外のものも聖職者になれい異端を見出すであろう。キリスト教は人類にとって唯一最大の宗 ると決めたのである。長大な寿命と鉄のような信仰心をもったトー 教だが、それはたいして重要なことではない。非 キリスト教徒は我 ガソンが現在の地位までの・ほったのは、なんの不思議もない。もっ我の五倍はいるのだ。加えて、キリスト教の分派も七百をこえる。そ とも、彼について教会に入ったのは千人にも満たぬ人々であったの のうちのいくつかは〈地球と千の惑星の真恒星間カソリック教会〉と だが。彼には少なくともあと千年の余命がある。いっか彼はトーガ同程度の規模である。勢威を誇るドリン二十一世にしてからが、法 すうぎけい カラー 9
2 二もあった。 その三つの教会はいまではアリオンでいちばん急成長をみせるイ スカリオテの聖ユダ修道会のものとなっている。修道会はまた、新 たに十二の教会を建設した。一 アリオンの僧正はむつつりした厳格な男で、黒髪を短く刈りこん でいた。彼は私を見てもうれしそうではなかった。 「ダミアン・ハ 1 ・ヴェリス ! 」私が彼の家を訪ねると、僧正は驚 いたように叫んだ。「もちろん、あなたのことは聞いたことがあり ますが、まさか会えるとは思ってもいませんでしたな。ここの信徒 は少なくーー」 「しかも、さらに減っている」私は言った。「トーガソン大僧正も 関心をもたれています。あなたはさほど困っていらっしやらないよ うだ。あなたはこのユダを崇拝する一派の活動を報告するに適当な お方ではないようですからね」 僧正はその非難にちょっと腹をたてたようだったが、すぐに怒り をおさえた。僧正でさえ騎士団の審問官を恐れているのだ。 「もちろん関心はもっておりました。できるかぎり異端と戦ってお ります。助言をしてくださるなら、よろこんでうかがいましよう」 「わたしはイエス・キリスト騎士団の審問官です」私はそっけなく 言った。「忠告はいたしません。行動するのです。そのために、ア リオンにまいったのですから、私のすることは行動です。さあ、こ の異端と、ルキアン・ユダソンという教団長についてご存しのこと を話してください」 「もちろんです、ダミアン神父」 僧正はしゃべりはじめた。彼は召使いに合図して、ワインとチー ズの盆をもってこさせた。そして、ユダ教の短いが爆発的な歴史を 5 4
強襲し、クロスを拘禁し、のちに裁判にかけた。 「彼はもはや我々の仲間ではない」テレバスが言った。 彼はもちろん無実だった。私の告発はナンセンスだった。人間の ルキアンの微笑が消えた。 テレバスは、ごく近いところの他人の心を読むことはできるが、そ 「なんだって。仲間になってくれるとばかり思っていたのに、ダミ れ以上のことができることはめったにない。しかし、存在せぬわけ アン。すぐにも仲間になれそうだったのに」 ・ジュディではなく、ひどく恐れられている。クロスはひどく醜く、容易に迷 私は急にこわくなり、階段を駆けの・ほって、シスター スのところに戻ろうと思った。ルキアンはずいぶんと内幕を口に信の餌食となった。結局、クロスは無罪となり、アマドン市を ( お そらくはアリオンをも ) 去って、行方が知れなくなった。 し、いま私はその誘いをはねつけたのだ。 しかし、彼を罪におとすつもりは最初からなかった。告発だけで テレバスも私の恐怖を感じとった。 「君は我々を傷つけることはできないよ、ダミアン」それが言っ充分だ「たのだ。そのひび割れが、クロスとルキアンでこねあげた やさ た。「静かに帰りたまえ。ルキアンは君になにも話してはいないの嘘を見せはじめたからだ。信仰は、持つに難く、失うに易しい。ほ んのわずかな疑念ですら、鞏固な信心をむしばみうるのだ。 僧正と私は疑念の種を蒔こうと努力をかさねた。思っていたほど ルキアンは眉をひそめていた。 やさしい仕事ではなかった。″嘘つき〃たちはかなりいい仕事をな 「ずいぶんたくさん話してしまったよ、ジョン」 「そうだ。しかし、君のような " 嘘つきの言葉を彼は信じることしとげていた。アマドンのような文化的な都市には、大きな知識の 宝庫がある。学校や大学や図書館をつなぐコンビュ 1 タ・システム がてきるだろうか ? 」 がある。誰でもその合体した知恵を利用できるのだ。 瓶の中のそれの形のくずれた小さな口が、微笑むように歪んだ。 その大きな眼が閉じられた。ルキアン・ユダソンは溜息をつき、私しかし、調べはじめるとすぐに、ローマと・ハビロンの歴史が巧妙 を階上へと導い に変えられ、イスカリオテのユダが三カ所に記載されていることが わかった。ひとつは裏切者、ひとつは聖者、いまひとつは・ハビロン 数年と経たぬうちに、私は、嘘をついていたのはジョン・アジャ の征服王である。その名は空中庭園に関連して言及せられ、いわゆ ・クロスであり、その嘘にだまされたのがルキアンであると悟っるユダ写本という項目もっくられていた。 た。私には彼らを傷つけることができたし、現にそうしたのだ。 アマドンの図書館によれば、龍は、キリストの時代に古えの地球 かなり簡単なことだった。僧正は政府やマスコミに友人がいた。 に生存していた絶減種になっていた。 しかるべき所に金を使い、私も友人をつくった。そして、地下室の我々はそうした嘘を取りのそき、コンピ、ータの記憶を消去し クロスを公けにし、心霊力でルキアンの信奉者の心をいじくりまわた。もっとも、六つばかりの非キリスト教の星々の政府を召奐し 3 した、と告発した。我が友人たちはその告発を受け入れた。警察がて、やっと図書館員も、その相違が宗教的な好みの問題どころでは
しよう」 「この辺では、ここが最も生物が多いんです」 ・フラウンの冷静な対応は、ミツルにとって少々拍子抜けのするも 再び前進しながら、・フラウンが言った。 ミツルは胸に貼りつけた検出紙を見た。まだ色は変わってなかっ、のであったが、無蓋車へ帰るまでの間、彼は十二年前にも人影を見 たことを話した。 た。放射性物質はそれほど多くないようだ。 「もしも、我々がパラまいた病原菌を殺すために、地表を消毒する 「やはり、かなりの影響を受けているようですね。特に知能面で : としたら、今まで生きのびた動物たちはどうなるんでしようね ? 」 ミツルは先を行く・フラウンに尋ねかけた。 ミツルの問いに答えて、グエンは言った。 「さあ : : : 、死ぬのもかなりいるでしようね」 彼はかなりの枚数の写真を撮影していた。何枚かをめくりなが ・フラウンは事もなげに言った。 水の中には巨大なザリガニや、その他、さまざまな水棲昆虫が蠢ら、ミツルはグ = ンの話に耳を傾けていたが、ふと、一枚に目をと めいていた。小魚の群れも、水面近くを、鱗を輝かせながら、泳いめた。 「これは ? 」 でいる。 一人の女が、こちらを振り返っていた。片目がつぶれている。 ・フラウンは得意気に、それらのひとつひとつをミツルに示しては 「一番小さい家族の母親です。我々はアンと呼んでいます。ほら、 名前を言った。 そろそろ引き上げようと、腰を上げた時だった。沼の対岸に人影毛が赤いでしよう ? 」 背中に長くたれた髪は、確かに赤味を帯びていた : が現れ、こちらを見ている。どうやら裸のようだった。 「アンね : : : 」ミツルは、その写真をじっと見つめた。「他にも片 「あれを ! 」 ミツルは・フラウンの注意を促したが、人影はすぐにアシの間に消目の人間はいるんですか ? 」 「いや、ここらではアンだけです。・ : ・ : どうかしたんですか ? 」 えて行った。 グエンは興味深げにミツルの顔を見た。 「人がいましたよ ! 」 「ひょっとしたら、ぼくが小さい時にここで見た子供じゃないかな ミツルは興奮した声で言った。 と思って : : : 」 「大人でしたか」 「ほお・ : ・フラウンが訊いた。一 。アンは未亡人ですよ。三人の子供がいますけど : : : 」 「年齢は ? 」 「裸の大人のように見えました」 「さあ、ちょっとね。我々には彼らの年齢を推しはかるのは難しい 「この辺に、少なくとも三家族は居ることが確かめられています。 グエンが追ってますから、詳しく知りたければ、彼に訊くといいでんですよ 6 6
を呼吸できたし、話をすることも可能だった。 もしれないですね」 「ずいぶん簡単になったもんですね。ぼくが父親と来た時は、まる今度はミツルがうなずく番だ 0 た。 で宇宙空間へ出て行くような装備でしたよ」 宇宙コロニーでは地球への帰還準備を始めていた。そのための地 ミツルは無蓋車の助手席で、運転をしている・フラウンに、どなる上汚染の実態調査が定期的に行なわれるようになり、ミツルは調査 ように一一一口った。 隊の一員として地球を訪れたのである。配属されたのは、偶然に 「どれくらい前です ? 」 も、九歳の時、父親に連れてこられたー 4 基地だった。 唸りをたてるエンジンの音に負けぬよう、・フラウンもどなり返し 無蓋車の進路の前方を、茶色い小型の鳥が、地面をかすめるよう にして飛んで行った。 「十二年前です」 「アカッメですよ。この頃、増えてきました」ブラウンが言っ こ。 「まだ小さかった頃ですね。あなたもそれを着たんですか ? 」 「いや、ぼくは連絡艇の操縦席で、じっと留守番でした」 ミツルの知らない種類だった。ツ・ハメの変異種かもしれない。 ・フラウンは返事をするかわりに、軽くうなずいた。 緑で覆われた、こんもりした丘のふもとで、道は二手に分かれて、 いた。・フラウンは一旦、車を止めた。 無蓋車は昔と変わっていないように見えた。シダや灌木の繁みの 間の、天色の踏み分け道を、かなりのスビードで走ってゆく。地面「どちらへ行ってみましよう ? 」 、い第こっこ 0 はほとんど砕けたコンクリー / ュノ 「どちらでもいいです。今日は大体の様子を見るだけで、特に目的 はないから」 ( この前は、まだこんなに植物には覆われてなかった ) ミツルは首を左右に動かしながら思った。灌木の間からはツル植「それなら、こちらがいし力な : : : 」 物が茎を伸ばし、葉をいつばいに繁らせているので、見通しはよく ブラウンは道を左にとった。 丘のふもとを巻くようにして進むと、右手に沼地が見えてきた。 「 : : : のしすぎだったんですよ」 水面の所々に建物の残骸のようなものが顔を出しているが、それは ・フラウンがどなってきたが、最初の部分を聞き逃してしまった。 いずれも苔に覆われていた。 ・フラウンは岸辺に繁ったアシの中に乗り入れて、車を止めた。 ミツルは・フラウンの方を向いて、首を傾けた。一 二人はアシをかき分けながら沼の方へ歩いていった。 「ホラ ! 」 「用心のしすぎだったんですよ。汚染された大気に対してね」・フラ ウンはまだ防護服のことを言っていた。「しかし、おかげで大した ブラウンが突然足を止めて、前方を指差した。見ると、四十セン 事故もなか「たんだから : : : 用心のしすぎ「てわけでもなか「たかチほどのカメがノソノソとアシの根元を這い進んでいる。 こ 0 4 6
語りはしめた。私は、緋の上衣の襟で爪を磨きながら、ときおり質聖 = ダ修道院は新築の建物だった。小さな明るい色の花と黄金色 問をはさんで注意深く聞いた。ついには、黒いマ = キ、アが明るくの草におおわれた庭の中に、その建物はいかめしく建「ていた。庭 輝きはじめた。僧正の話が半ばまですまぬうちに、私はひとりでル は高い壁に囲まれていた。その外壁にも建物の壁にも壁画が描かれ キアンに会ってみようと決心していた。それが最善の行動のようにていた。そのいくつかは『龍と十字架の道』のなかで見たことがあ 思えた。 った。私はちょっと立ちどまり、ほれぼれと眺めてから、正面の門 前からそうしたいと思っていたのだった。 をくぐった。誰ひとり私たちを押しとどめようとはしなかった。門 番も、受付けさえもいなかった。門の中では草花のあいだを男女が アリオンでは外見が大事だった。私はルキアンに私自身と私の身話をしながら歩いている。あるいは、銀の樹や〈風のささやき〉の 分を印象づける必要があると思った。いちばん いいプーツをはい下のべンチに坐っている。 た。トーガソンの。フール縁では決してはくことのないローマ革の手 シスター ・ジ、ディスと私は立ちどまり、それから修道院の建物 造りのなめらかな黒いプーツである。さらに暗紅色の襟とかたい力をまっすぐめざした。 ラーのついた地味な黒いスーツを着た。首からは純金の華麗な十字石段をあがろうとしたとき、ひとりの男が内部からあらわれた。 架をさげた。襟のビンはやはり黄金製の剣であった。騎士団審問官男は玄関で私たちを待っていた。金髪で、太っている。もじゃもし の印である。デニス修道士が私の爪にていねいに漆黒のマニキアやの髭をたくわえ、その髭がおずおずとした徴笑をとりかこんだ。 をほどこした。瞳も同様に黒くし、顔には細かな白粉をはたいた。 男はサンダルをはいた足までとどく薄っぺらなロー・フをはおってい 鏡を覗くと、我ながらたじろいだ。私は微笑をうかべたが、ほんの た。このロー・フには、十字架を持った男のシルエットを乗せた龍た 一瞬のことだった。微笑ですべてがだいなしになってしまった。 ちの絵柄が描かれていた。 私は歩いてイスカリオテの聖ユダ修道院に向かった。アマドンの私が石段のいちばん上に着くと、男は一礼した。 往来はゆったりしていて燦然と輝いていた。緋色の木々が並んでい 「騎士団審問官のダミアン・ハ ・ヴェリス神父」と、男は言い、 る。〈風のささやき〉という名の木で、そのだらりと垂れた長い巻微笑が大きくなった。「イエスと聖ユダの名において御挨拶もうし きひげがそよ風になにか秘密をささやいているように思えるのだつあげます。わたしはルキアンです」 た。ジュディス修道女が同行していた。 / 彼女は聖クリストフェロス 私は、僧正の部下の誰がこのユダ教に情報を提供しているのか注 修道会の頭巾つき作業衣を着ていても、小柄でほっそりしていた。 意深く観察したが、私は落ち着きを失いはしなかった。私はもうず その顔はおとなしすぎるくらいで、優しかった。眼は大きく、若さ いぶん長いこと、審問官をやってきているのだ。 にあふれ清浄であった。彼女は役に立っ女性だった。いままでに四「ルキアン・モー神父ー手を握りながら、私は言った。「お訊ねし 回も、彼女は私を殺そうとした暗殺者を葬っているのだ。 たいことがいくつかあります」 なか