細野 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1981年7月号
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1. SFマガジン 1981年7月号

「細野さん。と言っても、あなたはお忘れでしようが」 細野は。ホカンとその様子を眺めていた。ーーー気違いだろうか ? ヤノ警部補は微笑んだ。細野の脳裏に記憶が閃光のようにひらめ 「さ、とれた足はこれでもう大丈夫。安心して行って下さい。我々 が常にガードしていますからね」 「あ ! 夕、タイムパトロールの : : : 」 やさしい声だ。ゴキ・フリはチョロチョロと羽目板の間にもぐりこ んで行った。その後ろ姿を、男はうっとりと見送っている。ーーー・気「おや」 ヤノ警部補は顔をしかめた。 「消去が不充分のようだな。もう少し強化するように、二課の連中 こっそり逃げようとした細野の足音を聞きつけて、男がふり返っ た。そして大またで彼の前にやって来ると、内ポケットから金色のに言ってやらなきや」 —カードをチラリとひらめかせて、言った。 ひとり言のようにつぶやき、気をとり直して再び細野に笑いかけ クイムボリス 「時間警察捜査一課のヤノ警部補です。またお会いしましたね、える。 「でも間に合ってよかった。あなたはもう少しであの方を殺してし 5 まうところでしたからね。全く危いとこでした」 「細野」 1 E 0 0

2. SFマガジン 1981年7月号

行きつけの店ののれんをくぐろうとした矢先のことだ。あわてて振 世界を救ったのか、細野は聞きもらしてしまった。なんでも、ミニ ットマンの固形燃料を食いあらしたとか、コンビ = ーターの配列をりむいてみると、そこに、しかめつ面をしたヤノ警部補が腕組をし て立っていた。 ショートさせたとか、とにかくそんな馬鹿気たことだったらしい 「ど、どうしたんです ? 何か、事件でも ? 」 / 。力アノート を出た後も、誰もいない部屋で一人ヤノ警部補が、 二百六十四世代目のゴキ・フリが、いかにしてウエストボイント ( 米目を丸くしている細野の問いには答えず、ヤノ警部補は有無を言 陸軍士官学校 ) の食堂でのナワ・ ( リ争いに勝利したかを、夢中になわせぬ調子で彼の右腕をひつつかみ、ぐいぐいと引っぱり始めた。 「さあ来るんです」 って喋っていた。 勤めを終えて、細野が帰ってみると、ヤノ警部補の姿はどこにも「で、でも、どうして : 「つべこべ言わずにさっさと歩きなさいー なかった。どうやら、無事、二百七十九世代目のゴキ・フリにまでた すから」 どり着けたものと思われた。 例によって、三日もたっと、細野の記憶は再び薄れ始めた。忘れ「一体どこへ連れて行こうってんです」 てしまうには惜しいような体験だとは思ったが、メモを残したりす「ア。ハートに帰るんです」 「でも、メシが : ・・ : 」 るつもりはなかった。そんなことをしても無駄だとわかっていたか タイムリス らだ。時間警察がそれを見のがす筈はないし、仮にそうなったとし「ラーメンがあるでしよう」 「でも、ちょっと一杯・ : ・ : 」 ても、時間がたてば書いた当人にとってさえ、チン。フンカンプンの 妄想記でしかないだろうからだ。 ひょっとしたら、こうやって「買いおきのニッカはどうしたんです」 実際のタイムパトロール員に出会った人間は、他にも多勢いるんじ「でも、やつばり : : : 」 やよ、 、よ細野は考えてみた。しかし、それもどうでもいいこ 「いいですか ! 」 とだ。どうせもう二度と会うこともないのだから : ヤノ警部補はたまりかねたように立ち止まると、彼の顔を真正面 と思っていたのだが : から睨みつけて言った。 「あなたは、歴史に反する行為をしているんですよ。わかってるん ですか ? あなたは今日はあの店に寄らずに真っすぐア。ハートに帰 ることになっているんです。それが正しい歴史なのです ! 」 「そんな馬鹿ない」 細野は悲鳴に近い声で叫んだ。 「それじゃあ、僕の自由意思はどうなるんです。僕はあそこでメシ 「ちがってる、ちがってるい」 いきなり耳元で怒鳴られて、細野は飛びあがった。 今日は少し遅くなったし、駅前の小料理屋ですませて帰ろうと、 あまり時間がないんで、 27

3. SFマガジン 1981年7月号

殺虫剤を使えば簡単だ。し 吹きあげながら、残りの長い午後をどうやってすごそうかと考えるから鋭い視線をそらすことはない。 かし、これほどの好敵手に、そんな手段を使うことは、彼の誇りが 5 のだ。だから、こういう時に見つかったゴキプリは可哀そうなこと に / る 許さなかった。 じりじりと時が経過していった。 三十分。 細野は突然目を輝かせてはね起きた。カサッというかすかな、し : カサ先に動いた方が負けだ。細野の額に汗がにじんで来る。そして二 かし特徴的な例の物音を聴きつけたのだ。耳をすませる。 また聞こえた。 本箱か ! 細野は不敵な笑みを片頬に浮か時間 e セットの影で、細い二本の触角が動いた。 出るそ ! 細 べ、ゆらりと立ちあがった。ノズル付きの殺虫剤ス。フレーと蠅叩き で手早く武装を完了する。長年の熟練を感じさせる、なめらかな、野が身構えるのと、ゴキプリが飛び出すのとが同時だった。 「それまでだ、坊やー そして一分の無駄もない手際。ーー。フロの動きだった。」 歓喜の表情を浮かべて、彼は蠅叩きをふりおろした。 本箱の前に歩を運び、傲然と言い放つ。 とたんに 「さあ、そこに隠れてるのはわかってるんだ。三つ教えるうちに、 武器を捨てて出てくるんだ。 ひとつ。 みつつ「危いツリ」 ふたつ。 叫び声と共に何者かが部屋にとびこんで来て、彼にタックルをか とたんにゴキプリが飛び出した。壁伝いに天井へ逃げると見せかけた。二人はごろごろところがって、細野は壁で後頭部をしたたか けておいて、反転、一気に降下してセ ットの隙間にもぐり込もに打った。目の前が真っ暗になった。 うとする。 見なトリック。フレーどっこ。 「大丈夫ですか ? おケガはありませんか ? 」 「そこか ! 」 声が聞こえる。 くそ。自分でぶつかっておいて、何が大丈夫 一瞬不意をつかれた細野の蠅叩きが空を切る。その下をかいくぐですかだ。細野は目を開けて声のする方を見た。 「いやあ、ご無事で何よりです。一時はどうなることかと思いまし って、・ゴキ・フリはセット への避難にかろうじて成功した。しか たよ」 し、細野の目は、ゴキ・フリの体から足が一本もげ落ちたのを見のが さなかった。 どこか見憶えのある顔 ( それが、どこで見たかは思い出せなかっ たが ) をした男が、畳の上に跪いていた。細いストライ。フのある紺 「ぐふふふ。なかなかやるな。久しぶりに燃えてきたぜ」 - こく普通の勤め人風の男だ やつはケガをしている。細野は考えた。ーーー早いとこ決着をつけの背広に、きちんとネクタイをしめた、・ たがって、あせっている筈だ。だから、彼はじっと待っていればい ったが、ただ一つ普通でないことは、話しかけている相手が彼では 。幸い時間は、時間だけはたっぷりある。 なかったということだ。つまり、あろうことかその男、ゴキプリに 再び片頬に凄味のある笑いを浮かべる。だが、片時も e;> セッ むかって話しかけていたのであるー

4. SFマガジン 1981年7月号

の天才科学者を死なせたいんですか ? 三十七年後のスペースコロ体どんな顔をするだろう。 それはともかく。 ニー計画を失敗に終らせたいんですか ? 百八十年後の世界政府樹 一旦立ち止まっていた細野が再び走り出したとたんに、コーナー 6 立を阻止したいんですか ? ええッどうなんです」 を猛スビードで曲ってきた車が、オー ・ハースビードのためにスキッ 「だ、だだ、だけど、あの、その : : : 」 ドアウトして、まっすぐ彼の方に突っこんで来た。 今にもゲシ、タルト崩壊を起こしそうな様子の細野を横目に、ヤ あっ、と振り返った細野の脳裏に、命令口調の誰かの言葉が響い ノ警部補はポケットの中からライターをとり出して、それに話しかて消えた。 け始めた。 〈動いてはいけない〉 「至急、至急、至急。二十世紀極東地区で許容レベルを越えるエラ その声を聞いたとたん、彼の身内にムラムラと得体の知れぬ怒り 1 発生。修正は不可能。そうだ。手直しの余地はない。 等級は。フが激しく湧きあがってきたのである。 ラス、本部に回線をまわしてくれ。 ・ : よし。シークエンス停止 ! 「冗談じゃない」 マイナス三百秒。全事象再構成お願いします。暗空域識別コード、 白いクーべがみるみる近づいてくる。 ミ一一ーオーディ 〃日 0 Ⅱ一七九〇五八九一四〇四。 すくんでいた足が急に動くようになった。 そして細野の方にむき直ると、冷たい声で念を押して、かき消す冷静ともいえる態度で横に一歩退いた細野の脇腹をかすめるよう ようにいなくなった。 にして、ク 1 べはガードレールにつつこんで行き、歯の浮くような 「いいですね ? 今度はちゃんと死んで下さいよ ! 」 「カットー 何やってんですか ! 誰が車をよけろと言いました 朝の道「てのは全く気持ちがいい。細野は走りながら思 0 た。ま両手をふり回しながら近づいてくるヤノ警部補に、今や何もかも るで道路を一人占めしているような感じだ。その時、どこかでパト 思い出した細野は猛然とかみついた。 ダイム飛リス カーの : 「何を言ってやがる、このうすら時間警察 ! 手前勝手な理屈ばっ 「あれ ? 」 かり並べたくりやがって、この ! 何が歴史だ。そんなに歴史が大 細野は思わず足を停めて、あたりをキョロキ ' ロと見回した。こ事なら、盗まれねーよーに金庫に入れて、手前の首にぶら下げとき の風景、この雰囲気、この地面。確かに以前あったような・ : やがれってんだ、このスカタン ! アナタ ( ココデ死ヌ事ニナッテ デジャ・ヴュ 彼は首をひねった。こういう 経験は誰にでもよくある。既視感だ。 イマスカラ、ドーゾ死ンデ下サイ。そんなこと言われて、はいそう 心理学者たちはこの現象を、単なる錯覚と片づけているらしいが、 ですかって簡単に死ねると思うのか、ええこのドアホ ! 冗談しゃ 全ての既視感の原因が実は時間警察の介入のせいだと知ったら、一 よ、。全く冗談じゃない ! 」 タイムリス

5. SFマガジン 1981年7月号

。明日の朝刊の見出しです。でも、 「死者四名、重軽傷者七名・ : を食うつもりだったしその決意は岩よりも固かったのに : 「だけど、気が変った。あなたはあなたの自由意思によって、店のその中にあなたの名前はないし、またあってはならないのです。 ーそうじゃありませんか ? 」 ートに旧ることにしこ。 そうでしよう ? 」 前で思い直し、アパ ヤノ警部補は、細野の目をのそき込みながら、一語一語をはっき「あ、ありがとうございますッ 細野は思わす深々と頭を下げた。 りと彼の脳裏にきざみつけるようにして言った。細野は気圧されて 「おっと、礼を言われる筋合いはありません。あなたが、あの事故 しきりと唾を呑みこみながら抗弁した。 いや、″大ラに巻きこまれなかったのは、歴史的事実なのですから。当然のこと 「だ、だけど、どうして僕がまちがってると : 。フラス″はわかってますけど、あの店に寄ろうが寄るまいが、一体でしよう。歪みかけた歴史のコースを、元へ戻しただけのことで どんな変化が : : : 」 「でも、僕みたいな者が、歴史的にそんなに重要とは思えませんけ 「今にわかります。ーーさあ、急いで ! 」 二人は小走りに夜の街を行く。一分もしない内にヤノ警部補がスど : 「とんでもない ! 大変重要なんですよ」 トップをかけた。 してす「やつば、何十年も先の、大事件か何かに関係が : 「ここで結構。じゃあ、ここからは普通に歩いて下さ 「聞きたいですか ? 」 ヤノ警部補の瞳が、キラッと光った。 合図を受けた細野が、まるで大監督の前で初めて演技する新人俳 えいえいえ ~ そうかあ、ふーん、俺みたいな者でも 優のような、ギクシャクとした足どりで歩き始めた町 ドーンという腹にひびく大音響が、背後から襲ってきたのであなあ。へ ~ え」 「我々の方の言葉に、一匹の蝶を殺すのは百万匹の蝶を殺すのと同 る。 じだ、という格言があります。たった一匹の蝶は歴史において何物 驚いてふり返った細野に、ヤノ警部補が静かな声で言った。 : ? こいつは確 でもないかもしれない。しかし、百万匹の蝶は・ 「ガス漏れです」 かに何物かなんですよ」 「あの店の : 「ポイラーがね。これでわかったでしよう ? 」 そう言って微笑むヤノ警部補が、細野には神のように映ったとし 細野はがくがくとうなずいた。もし、あの店にいたら、今ごろはても無理はなかった。 タイムパトロール、えらい そう思うと、膝頭がどうしようもないほど震えだした。立 っていられなくなり、会社のネーム入りの紙袋をしつかりと胸にか彼は心の底からそう思った、 ・、 0 かえて、へたへたと座りこむ。 、刀 たいして長続きはしなかった 8

6. SFマガジン 1981年7月号

るんだそうだ」「へーえ。そんなことをして大丈夫なのかな」「あ いつは石頭だろう ? だから逆に電柱にキズがつくそうだ」「なる つ」 ほど。だけど、どうしてそんなことをするんだろう」「きまって なっ、細野 ? 」などと る。帰り道で迷子にならないためにさ。 結局その日は遅刻した。 キツイからかわれ方をし、むにくからず思っているからも、 「ジョギングは体にいい筈じゃなかったのかね。え ? 細野君」 「ドジね」とそっ。ほをむかれ、さんざんの一日だった。しかし、そ 嫌味たつぶりに高橋課長が言った。課内のそこここで失笑が起こ る。細野は頭をかいて照れてみせた。コ・フの上には小さく切ったサれがどんなにつらい一日であれ、暮れない日はない明けない夜はな いというくらいのもので、一「三日もたち、額のタンコプの腫れが ロン。 ( スが貼りつけてある。あまりみつともいいものじゃない。 とうせ、きれいな女の子にでも見とれてたんだろ引くように、人々の話題もまた別の話題へとそれていった。 「君のことだ。・ う。しかし、まあ、たいしたことがなくてよかった。今度からは、 不思議なのは、それと時を同じくして、細野自身の記憶も急速に 走る時によそ見なんそしないように気をつけたまえ」 風化していったことだ。コプが消えたころには、もはや、あのなん 「どうもすみませんでした」 とかいう名前のタイム。ハトロール員が、どんな顔をしていたのか 細野は同僚のクスクス笑いの中を、自分のデスクに戻った。課長も、朦朧として思い出せない始末。そして一週間がすぎてしまう のきれいな女の子云々の言葉は、彼がジョギング中に電柱にぶつか と、細野自身、自分でデッチ上げた電柱にぶつかったという言い訳 ったと言い訳したためだ。そうでも言わなきや、おさまりがっかなを、半ば信じこむにまで至ったのである。これはどう見ても異常だ ダイム玉リス いだろう。 った。ひょっとしたら時間警察の手によって、秘かに心理操作が彼 「いやあ、実はですね課長、今朝、公園のとこで、かたや正義の味の上に加えられていたのかもしれない。・ 方タイム。ハトロール、、こなた歴史改変をたくらむ国際陰謀団 の首領という、時空をまたにかけた大立ちまわりに巻きこまれちゃ 事件から十日。もうあの記憶が意識の表層に浮上してくること いましてね、これが課長、まあ聞いて下さいよ、二人とも水干姿。も、ほとんどなくなった頃のこと : ソニックスタンナー 水干ってわかりますか ? それでもって音波麻痺銃でね : 元寇朝からよく晴れた日曜日。おまけに給料前とくれば、独り暮らし 洗濯だ ! ムチャクチャに張 がね : : : 」 の男のやることは決まっている。 こんなことを喋ったら、それこそ気違い扱いされてしまう。嘘だり切って「うおおおお、やるそー」と雄叫びをあげるや、汚れ物の と思ったら試してみろ。親切な相手なら、きっといい精神科の医者山に、敢然といどむのである。そして、自分の着ていた。 ( ジャマま で洗ってしまうと、ゼ・フラ。ハンツにランニングというスタイルで、 5 を紹介してくれるから。 同僚からは「細野はジョギングしながら道端の電柱に頭突きをす六畳のまん中にぐてっと寝っころがり、天井にむかって煙草の煙を

7. SFマガジン 1981年7月号

さ、ここでいい。 0 ! 始めて て悪いようにしませんから。 「確かにこれは冗談ではありません」 「るせ 1 。とにかく俺は降りた。ごめんこうむりましよういち抜けくれ ! 」 細野の体は道のまん中で、ヤノ警部補の手に支えられて立ってい たってね。歴史が変ろうが腐ろうが、俺の知ったこっちゃねえや」 た。そしてやがて死が現われる筈のコーナーのかなたを、うつろに 「そうですか」 、 - 彼には、目を閉じることさえできなかったのだ。む 見つめてした。 ヤノ警部補の声から、一切の感情というものが消え失せた。 ろん悲鳴すらあげられない。ただそこにつっ立って、白いクーべが 「な、なんだ。どうしようってんだ、え。や、やんのか、この : タイヤを鳴らしながら突進して来る時を、一秒を数時間にも感じな 精一杯の虚勢をは 0 て細野が強がる。が、悲しいことに語尾がふがら、待ち続けていたのである。 るえている。 その声が不意に途切れ、彼の体はアスファルトの上にくずれ落ち とうとうやりましたね。それでいいんです。それ 「おめでとうー た。ヤノ警部補が撃ったのた。 こそ正確に歴史通りの行動なのです」 ち、畜生。やりやがったな : ・ ヤノ警部補は、ぐじゃぐじゃに潰された細野の死体に話しかけ、 細野は歯ぎしりした。いや、正確にはそれすらもできなかった。 そう。いつの 意識はは 0 きりしているのに、まぶたの筋ひとっ動かすことさえ出会心の笑みを浮かべると、たちまち消え失せた。 場合にも、歴史は正しく守られねばならないのだ。 来なかったのである。 クーべのエンジンが火を吹き、朝焼けの空に真っ黒い煙をあげて するずると 横たわった細野の体を、ヤノ警部補が抱きかかえた。・ 引きず 0 て行きながら、彼の耳にささやきかける。それはやさしい燃えはじめていた。 声で ! ソニック・スダンナー 「音波麻痺銃です。命に別条はありませんから、ご心配なく」 クスクス笑う。 「もちろん、さっきおっしやったことは本気じゃないんでしょ ? わかってますよ。歴史がめちやめちゃになってもいいなんて、誰も 思う筈はありませんものね。あなたは、ちょっと気が動転している だけなんです。でも義務は果さなければいけませんね ? それはあ なたも賛成して下さるでしょ ? 大丈夫。私がちゃんと手助けして あげますから。大船にのったつもりで、まかせておきなさい。決し あなた、歴史的に正しい行動してますか ? 提供・時間総省広報局 5

8. SFマガジン 1981年7月号

が、やがて戻って来ると、相変らずポケラ ~ ッと座りこんでいる細かに小さな物であろうと、絶対に許さない。それが我々の任務でし 野の前に立ち、踵を合わせて敬礼してみせた。 て、違反者は : : : 」 「どうなるんです ? 」 「御協力、感謝します」 「これですよ」 ニッコリと笑ってそう言うと、懐から今度は金色に光るカー ヤノ警部補は「ギーツ」という音を出しながら、右手の人さし指 ドを取り出して、細野の眼前にチラリとひらめかせた。 タイムリス 「時間警察捜査一課のヤノ警部補です。手配中の時間犯罪人ドクタで自分の首を横にこすってみせた。そのしぐさは細野をして、なん ・サカモトが十三世紀の日本に潜伏中との通報を受けまして、アとなくぞくりとさせる、うそ寒い雰囲気に満ちていた。 ジトを急襲したのですが、あと一歩のところでとり逃しまして、ま妙に顔青ざめて黙りこんでしまった細野に、ヤノ警部補は再び素 あ、かろうじてやつのジャン。フに同調できた私一人が、こんなとこ晴しい徴笑を投げかけた。 ( 一体いくつくらいなのだろうか。年齢 ろまで追ってきたというわけです。いやあ、なんとも面目ない。しのよくわからない顔つきだった。ひょっとしたら、彼らに年齢など ないのかもしれなかったが : : : ) 。 かし、あなたのおかげで本当に助かりましたよ。ここで見失うと、 「じゃあ私はこれで。まだ犯人護送の任務が残っておりますし、カ またちょっと面倒なことになるところでした」 マクラの方の後処理も大変ですので : : : 。失礼 ! 」 細野の頭の中を、さまざまな想念がめまぐるしく走り回った。 。ハッと敬礼する。その姿が瞬間またたいて、フッと消えてしまっ ーまさか・ーーーでもーー・ー・ひょっとしたらーーーしかし , ーーーあるいは た。路上に横たわっていた、ドクター・サカモトとかいう犯人の体 もしかして : も一緒に消えていた。 / ~ 後こ残ったのは、風と、阿呆面をした細野だ 「タイムパトロール・ け。 「この時代になると、皆さんわかりが早いんで助かりますよ」 確かにその姿を見、声を聞いたにもかかわらず、まだその存在を ヤノ警部補がニコニコとうなずく。 「この男は ( と顎をしやくって ) 、例の元寇を成功させようとたく信じきれないような、たった今の出来事なのに、その記憶だけに薄 らんで、当時のカマクラにタイムトラ・ヘルしたらしいんですな。 い膜がかかっているかのような、妙な感じだった。あれは本当にあ ったのだろうか ? 細野はあえて声に出して言ってみた。 1 馬鹿なやつだ」 。もし、成功してたら、一体 : : : ? 」 「元寇 : 「夢を見てたのかな ? 」 「さあね」 しかし次の瞬間には、それが決して夢ではなかったことを、はっ ヤノ警部補は器用に肩をすくめた。 ~ きりと思い知らされた。額にできたでつかいタンコ・フが、急にズキ タ「ムまリス 「しかし、我々時間警察のあるかぎり、こういう気違いどもに勝手ズキと痛み始めたのである。 な真似はさせませんよ。歴史を改変しようとする試みは、それがい 2

9. SFマガジン 1981年7月号

つかったその間抜け野郎を、さらにコキおろすべく口を開きかけ、 そこで初めて男の異様な姿に気がついて、思わず息を呑んだ。 水干 : : : というのだろうか、その男、あちこちにかぎ裂きの出来 春から始めたジョギングも、今日でふた月。我ながら良く続いて た、麻色の着物を着て頭には烏帽子をのつけるという、いささか時 いる。朝まだき住宅街に軽快な足音を響かせながら、細野はうっす代錯誤的ないでたちをしていたのである。 らとにじんできた額の汗を、首にかけたタオルでぬぐいながら、そ な、なんてえ格好をしてやがるんだ。 う田 5 った。 額のあたりを右手で押さえ、うんうんうなっている水干姿の男 始めた当初は、一・フロックも走るともう息切れと動悸で、青い顔を、細野はあっけにとられて見つめていた。すると、例の繁みがガ をして立ち止まらなければならず、大学を出てから五年間の不摂生サガサと鳴って、そこからもう一人、これまた水干姿の男 ( もっと を思い知らされたものだ。アパートと会社を往復するだけの毎日。 も、同じ水干でも、こっちは上等の布地を使ってあり、色も紺だっ 酒。煙草。体がナマるのも無理はなかった。「ジョギングなんてど た ) が現われた。 こがおもしろい」と、同僚はからかうが、走ったことのないやっ とたんに、それまでうなっていた男がピョンと飛びあがり、後も ・は、いつもそう言うのさ。一度でも走ってみれば、たちまちそれま見ずに駆け出した。 での考えが変っていくのが、わかる筈だと、彼はとりあわなかっ 「今度こそ逃がさんそ ! 」 た。事実、二ヶ月前の彼がそうだったのだから。 後から現れた男はそう叫ぶなり、懐から鉛色に光る小さな銃を取 折り返し点に決めている近所の児童公園をまわって、帰路にかか り出して、引き金を引いた。何の音もしなかったが、先の水干男 る。チラと時計を確認。 いつものペースだ。細野の顔がほころん は、糸を切られたあやつり人形みたいに、くたくたと崩れ落ちてし だ。その時 まった。 「誰かそいつをつかまえてくれ ~ ツ」 何がどうなっているのかさつばりわからぬまま、アスファルトに 朝のしじまを破る叫び声が、後ろから聞こえてきたのだ。何事な べったりと尻をつけて座りこみ、事の成り行きをただ茫然と大口を らん。思わず足を止めて、彼がふり返ったのと、公園の植え込みの 開けて見守っていた細野に、紺の水干男が振り返り、うれしそうな 陰から、一人の男が勢いよく飛び出して来るのとが同時だった。 顔でこう言った。 ソニックスダンナー 目から火が出た。二人はからみ合ってアスファルトにころがっ 「音波麻痺銃ですよ」 こ 0 「なるほど」 「あたたたた。気をつけろ馬鹿野郎 ! 」 細野も無意識にうなずき返す。だが、まだ目はうつろだ。・ ロ汚く罵りながら、まず細野が半身を起こす。そして、自分にぶ紺の水干男は、麻の水干男の上にかがみこんで何かやっていた

10. SFマガジン 1981年7月号

「あの方って、それ、さっきのゴキ・フリ 細野の疑問に答えてやる。 「そうですよ。でもただのゴキプリじゃありません。偉大なるゴキ「さっき、核戦争を防いだゴキ・フリって言ってましたね ? 」 ・フリです。二十六年後に起こりかけた偶発熱核戦争を阻止した、史細野は好奇心にかられ、そのいきさつを訊ねた。そしてすぐにそ 上最も有名なゴキ・フリの、あれは先祖にあたるわけです。それをあれを後悔した。ヤノ警部補は、さっそく徴に入り細に入って説明を なたは殺そうとした。つまり歴史を変えようとしたのです。本来な始めたが、一体誰が好きこのんで二百七十九世代にわたるゴキ・フリ ら射殺されてもおかしくないとこだったんですよ。でも、この前のの人生 ( いや、この場合はゴキ生 ) 遍歴を聞きたがると思う ? 事もありま「し : 。まあ、いささか手荒い真似はしましたが、そ「で、その四十二世代目のゴキプリの一匹が、なんとあなた、貨物 れは勘弁して下さい」 船にまぎれこんじゃうんです。驚いたでしょ ? でも、これには聞 くも涙語るも涙の裏話がついておりましてね、と言うのも、そのゴ 射殺と聞いて細野の顔は真っ青になった。歯をガチガチ鳴らしな がら一一 = ロう。 キ・フリの母親というのがなかなかの美ゴキ・フリで、まあ、若い時は 「で、でで、でも、・ほ、ぼくは、こ・こ 派手でしたが、さすがの寄る年波で美貌も衰えると、男というのは 「おっしやりたいことは良くわかりますよ。時々こういうことが起薄情なもの、別の若いメスゴキ・フリにさっさと乗り替えてしまった ナチュラル・エラー こるんです。自然誤謬と呼ばれる現象で、素粒子の性質に由来するんですな。ひどいやつもいたもんです。お腹に五百匹の子供をかか えた母ゴキ・フリは、とうとう路頭に迷う破目になっちまうんです 時間軸の不安定性が原困なのです。もともと世界像というのは、た えず可能性空間に拡散しようとする性質を持っていまして、そいつが、そこへ現われたのが、親切な外国航路のマドロスゴキ・フリ。そ を全時空にわたる修正や保全によって、常に一本に収斂させておくれで二匹はね : ・ ちょっと細野さん、聞いてるんですか ? これ 、カ、ら、刀し℃ ことが、我々の仕事の本来の目的なんです」 、とこなんですよ。それで二匹がどうなったかと言います 「だ、だけど、どうやって、そのエラーを見つけるんです。と言うと : : : 」 もちろん細野は、とうの昔に眠りこんでしまっていた。一 より、どう区別するんです。正しい歴史と正しくない歴史とを。だ やがて白々と夜が明け染めるころ、話はやっと百十八世代目のゴ 「時間総省の方に″大ラ。フラス〃という巨大コン・ヒューターがありキ・フリが、 y-äはリトルトーキヨーのとあるラーメン屋に住みつく まして、それが地球開闢以来の全事象を記億しているんです。もちところにさしかかっていた。 ろん、エラーに影響されたりすることがないように、地球の時間軸「 : : : というわけなんですがね、このゴキ・フリっていうのが、ちょ からは完全い獅立した別空間に設置されていますがね。 これでっと変り者でして : : : 」 おわかりですか ? 」 細野が会社に行く仕度をしている間も、疲れを知らぬヤノ警部補 ヤノ警部補は、あくまでも親切である。かんでふくめるように、 は喋り続けていたが、結局のところ、肝心のゴキ・フリがどうやって 6