ビリー - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1981年9月号
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1. SFマガジン 1981年9月号

ジギーは坐りこんだまま動けない。 ジギーは、彼の傍に立って、おそるおそる声をかけた。ビルはそ れには応えず、グラスを持った自分の手をしっと見ている。 意を決した親爺がカウンターをくぐり、おそるおそるドアの方へ 7 向かった。そして、首を出し、騒ぎが完全におさまっているのを確 「ヒリー ! かめて外へ出た。 ジギ】は再度声をかけた。 表の通りには、ヘルメットをかぶっていない男がひとり立ってお ビルは焦点の定まらぬ目で顔をあげ、店の奥の暗い方をのぞい た。目鼻が全然見えない黒いへルメットが三つ、じっとビルの方をり、そのそばにもうひとり倒れていた。 「ビリー、何事だ ! 」 見ている。 ビルは、うう、と唸り声をあげて立ちあがった。そして、目の前親爺は銃を握りしめて立ちつくす男に叫んだ。 ビリーは返事をしない。 にいたジギーを払いのけるようにすると、ふらふらと外へ出ていっ 「どうしたんだ。狙われたのか ? 」 た。ジギ 1 はその場に坐りこんで泣きだしてしまった。 親爺はビリーの前にまわり、ゆっくりと銃を収めさせた。ビルは 「やめな、ジギー。他のお客がびつくりするじゃねえか」 ・フライスンはできるだけ抑揚のない口調で言った。それでも彼女放心したような顔つきをしている。 「この男、 : : : 怪物になって、おれを襲ってきたそ : : : 」 は泣きやもうとはしない。 「うんざりしたのよ、あたしに。自分でも、そうだもの。ひとが苦・フライスンは、眉をしかめてビルの顔をのそきこみ、それから倒 れた男を見やった。 しがっているときに、背中をさすってもあげられないなんて」 。・、ツド・トリッゾだ。変化しそこな ・ハ 1 か。わかったよ 「そんなことは考えない筈じゃなかったのか ? 」 ったんだ」 ジギーは目をこすりながらも、少しの間黙った。 「でもね : : : あたしにも : : : 本当のからだがあったらって思うの親爺は空を見上げた。雲ではないが、黒いものが低く空にたれこ めてきている。 「今年は変だ。いつもはあんな色にはならん。ビル、ヘルメットを ジギーの声は落ちついてはいたが、涙声だった。 かぶらないのは危険だ」 「からだが : ・ : ほしいよ」 「わかってる : : : 」 外で銃声がした。 ビルは生返事をした。 店の中の者は一勢にドアの方を見る。表のありさまが見えるわけ 「とにかく中へ入れ。この空の様子じゃ、この男はもうすぐ粉にな ではない。しかし彼らは開き戸の下のすき間を凝視した。 って吹きとんじまう。ここにつっ立ってるところを保安官に見られ 悲鳴。 ちゃならねえ」 走り去ってゆく数人の足音が聞こえた。 よ」

2. SFマガジン 1981年9月号

ジギーは、しばらくの間、目をふせていたが、やがてビリーの顔 ジムは足早に事務所を出てゆきながら言った。 「ホモの件は訂正しておくぜ、だんな。まったくいい傾向だよ」 を見た。 「ばかみたいだと思うでしょ ? ほんとだよね。でも、あたし、、あ んたにはほんとのあたしのからだを抱いてほしいと思うもの」 ジギーは陽気だった。 彼女はよく飲み、よく食べ、よく歌った。 .. 彼女に完全な身体があ冗談めかして言ったが、語尾がふるえた。彼女のつくり笑いが、 るわけではないのだが。 不自然にロのまわりにへばりついている。 彼女は、プライスンの店のかた隅に置いてある受像器を中心とす・ヒリ 1 は、ジギーの髪の毛をつかんでひきよせた。手ざわりはま る半径二〇メートルほどの空間に、ひっかかっているにすぎないのだまだ稀薄だったが、問題ではなかった。ビリーは彼女の頭を自分 の胸におしつけて言った。 である。 「つまらねえことを考えるな。お前は十分セクシーさ。お前にくら ジギーは、実体のない存在である。彼女はあるまとまりのあるパ ルスであって、普段は地上に達することなく宇宙空間をさまよってべりや、他の女なんて、丸太棒のようなもんだぜ」 もっとうまいことを言いたかったが、ビリーには思いっかなかっ いるが、季節的に上空の複雑な高情報層が乱れ、切れ目ができると た。そのかわりに彼は、ジギーの髪と額にいやというほどキスをし そこを通って地上へ届くのである。ジギーはいつも、砂漠にエント ロビー風が吹きあれる少し前に、受像機のコイルの両端に電位を生た。 じさせるのだ。しかし、この受像機なるものが、いっから・フライス ンの店に置いてあったのかは誰も知らない。親爺も、はるか昔のこ潜水服が二人、カードのやりとりをしている。 「先生、どうかね ? 」 とのような気がする、確かな記憶はないと言うだけである。 ・ハットは自分の手を伏せてきいた。 とにかくジギ 1 は、店の看板として、はるか昔から客の膝に坐っ 「どっちかね ? わしのカードがか ? それともきみの具合がか ていたのだ。 「ビリー、 あたしこのごろここにいられる時間が少なくなったわね」 「先生の手の内を教えてもらえるとは思っちゃいねえよ」 「そうでもないさ。今言えることは、健康状態もカ】ドも、わしの 「何言ってる。おれが来るといつもいるじゃねえか」 方が少しは良いだろうということだ」 ジギーは顔だけで笑った。 「かなわないね」 していくの。怖いわ。切ないよ、ビリー ・ハットはロ髭を指の腹でしきりになでつけた。少なくとも、勝負 7 ビリーは何と一言ってよいかわからなかった。 なんてこった。おれの創 の方で負けがこんでいるのは事実だ。

3. SFマガジン 1981年9月号

かった。彼女は本物の手がほしいと心底思った。 ビルは顔の上の紙片を吹きとばした。彼は苦笑し、しばらく天井 「ビリー おお、ビリー。 わたしにからだがあったら」 を見つめて考えごとをしていたが、やがて起きあがって・フライスン ビルはそれを聞いて、痛みをこらえながら苦笑した。 の店へ行くことにした。 「ばか言っちゃいけねえよ。そしたらお前なんざ、並以下のつまら首をつつこむと、ジギーがしがみついてきた。 ねえ女さ」 「よかった。まだ生きてたのね」 彼は右手で床をつかもうとして、そこに引っかききずを作った。 ビルはジギーの腕を無造作にふりほどいて奥に向かった。彼女の ・ハットは、・フライスンの店の人口に横たえられたビルの様子を、顔は見ない。 向かいの店からじっと眺めていた。彼は道に一歩も足を踏み出そう「不死身だな。しかし、酒はやめといた方がいいぜ」 としなかったし、一度も口を開こうとしなかった。けれども彼のビ ・フライスン親爺はカウンターの奥でグラスをしまいながら言っ ーを見つめる目は、何物にもまして鋭く、雄弁であった。彼は、 しばらくして自分でそれに気づき、踵を返した。 「そうはいかねえよ。ころあいを見はからってきたんだ。からだが 町の入口あたりでは、ディ・トリツ。、 , ーたちがエア・ホースに乗薬を要求してる」 って大勢たむろしている。 トが姿を現わすと、耳うちをしあっ ・ヒルはそう言ってカウンターにひじをついた。膝の力ががくりと てどこかへ消えていった。 抜ける。 この日、七人が消えた。このところ確実に生成と消減の収支は赤「ビリー 字になっている。終末は近い ジギーがかけ寄って抱きかかえようとする。しかしその腕はすっ とビルを通り抜けてしまった。 翌朝、ビルに手紙が届いた。ビルは脚の痛みをこらえ、明け方よ「大丈夫、ビリ 1 うやく眠りに落ちたが、それはすぐ妨げられた。宿屋の小間使いの ビルは顔をしかめながら、手でジギーを払いのけようとした。そ 娘が、無雜作に封をされた封筒をビルに届けるために、いやというの手も空しく彼女を通り抜けた。 ほどドアをノックしたからである。 店の奥で、黒いへルメット・、、 力しくつもこちらをふり向く。 ビルはべッドにあお向けになったまま、手紙を目の前にかざし「親爺、おれア、ここでのむぜ。注いでくれや」 た。何度か字面を追った後、彼は指をひろげ、紙片を自分の顔の上 ビルは床にあぐらをかいた。あとには引かない感じなので、親爺 に落とした。 はグラスに半分ほど酒を注いで彼にさし出した。ビルはそれを受け 立ち去れ、ビリー、 とると、ひと息でのみほした。 この星から。悪いことは言わない。パッ 「ビリ 1 」 ー 75

4. SFマガジン 1981年9月号

に腰をおろした。 「ビリーが現われたぜ」 一瞬の沈黙が部屋に走った。 。、ツトはバコレーターでコーヒーを入れながら考える。″抜けが らみ捜索の届けが出ているかもしれないが、彼はこの星のみの保安「そうか」 官なのだ。照会してやる義務はない。しかし、かといって、放って 。ハットは壁を見て言った。 ディスポーザル おいても″抜けがらの引き取り手が来るとは思われない。・ とうし「しかし、今のおれには重大な問題じゃない。やつが、現在おれの たものであろうか。 管轄している位相の中で騒動を起こさなけりや、おれには言うこと ディスーザル ″抜けがら″を前に考えているうちに 、パットは、これが本来の意がない」 味での意志にはよらないにせよ、何十、場合によっては何百光年も「弱気じゃねえカ / : ・、ツト。ビリーのやつア、満天下が認める犯罪 の距離を歩いてきたのだと思い、感激してきた。どこの星の、いつ人だぜ。あんたの一存でカタをつけちまっても、称賛されこそす の時代のものかもわからない。しかし、服装はこの世界のものとそれ、どっからも文句の出るすじあいはねえだろうが」 れほどかけ離れたものではなかった。女の目は虚空を追っている。 「ならお前がやったらどうだ、ジム ? 特別な思い入れがあるみた この娘は一体何を見て、宇宙空間をさまよっていたのだろう。 いだしな。どっからも文句は出ないぜ」 「おや ? おれア、そんなことをしたら、あんたから文句が出ると 。ハットは、、ずれ女をこの町の住人として定着させようと思った。 そのとき表の扉が開いて、ジム・ ハートフィールドがふらりと入思ったんだがな」 ってきた。 「どうして ? 」 「なんだ、お前は。まだこの町をうろついていたのか ? 」 ジムは卑屈な笑みを口の端に作った。 パットはうんざりとした表情で言った。 「あんたとビリーは、まるでホモみてえだからだよ」 「消えようと思ったんだがね。あんたに教えてやりたいことがあっ パットは、鼻にしわを寄せて、ふんと唸っただけだった。 「一日っとくけどな、・ハット。、 てね」 おれア、一町民として言ってるんだ ぜ。あんな物騒な男が町をうろうろしてたら、誰も表を歩けやしね ジムは薄い笑いを浮かべて言った。 えんだ」 ・ハットはうさん臭そうに目を細めた。 ジムはそう言い スーツを着たままどたどたと歩きまわった。そ 「信用してねえような顔だな。最初に言っとくけどな、おれはあん たから二度と仕事をもらおうとは思っちゃいねえ・せ。なんならこのして、奥のべッドに若い娘が横たわっているのを見つけ、一瞬ぎく まま立ち去ってもいいんだ。でも聞いといた方があんたのためだとりとした。ジムは。ハットの方を振り返り、それからこころもち視線 を上にあげた。 思うぜ」 「いやにもったいぶるしゃねえか。わかった。言ってみろ」 「また来るぜ。邪魔したな」 ディスまー

5. SFマガジン 1981年9月号

「わかってる。そこの人間のの塩基配列が同じというだけ ジギーはグラスをあおった。 ビルもポトルを口にくわえる。 ビリーは、ふっと短く息をついた。 「ビリー、 いつもなんでこんなところへ来るの ? 」 ジギーはカウンターに肘をついた。彼女の腕を透して、カウンタ「暗号の重複指定が増えていると、姿形すら違うかも知れんな」 「本当に行くつもりなのね : : : 」 ーの木目が見える。 ジギーはくやしく思った。泣きたかったけれど、涙が出てこなか 「金もうけよ。他に何かあるかい ? 」 「目の前・ 「あたしもからだが欲しいな : : : 」 「なあ、ジギー。世の中、美しい女ってのは、悲しい女だ。悲しい 女ってのは、忘れられた女よ。だから美しい女になるにア、忘れ去 られなきやだめなんだぜ。おれアまだお前のこと覚えてるよ」 無頼の徒ビル、ウィリアム・ポニーの帰還は、たちまち街中に知 ジギーはちょっと笑って、それからちょっと黙った。 れわたった。彼はその夜のうちに、七千プレジールと新品のエア・ ホースをポーカーで手に入れた。 「誰かさがしてるの ? 」 今度はビルの手がちょっと止まった。あらためて動作をおこして人々は、個人的に彼に対して何のわだかまりも恐もなかった し、多くは彼を愛してすらいた。彼がこれまでに地獄送りにした人 酒を口に持ってゆく。 「旧友をな : : : 」 数の多さが、人々を彼から遠ざけていたのだ。もっともビルに倒さ しいのれた男たちは、本人やビルの関知しないところでいささか不当な栄 「へえ、無頼漢ビリーに友人がいるとは知らなかったわ。 ひと 誉を与えられ、その数すら水増しされたきらいはあるが。 よ、はっきりあんたの女って言っても」 「会ったことはねえんだ。でもそろそろ捜してやらねえとな。この実のところ、ビルがいかにしてお尋ね者の生活を送るようになっ たのか、その発端の事件は何であったのか、誰も知らない。人々 広い宇宙、捜しきれねえ」 は、もうだいぶ以前から、ひょっとすると子供のころから無頼漢ビ 二人は顔を見あわせて笑った。 丿ーのを耳にしていたような気がするのだ。気がついてみたら、 「どうしていつもここに来るのさ ? 」 「ここは = ントロビー風の交差点だからな。時期的にものすごく生彼の首には五〇万ゾレジ 1 ルの値札がさがっていた。 ビルはたいていこの星で″季節風″と呼ばれるエントロ。ヒ 1 風の 存価の高い時空が出現することがあるのさ。そこをのぞけば、おれ 吹き荒れる時期に現われる。その期間の前後 ( これはほとんどこの の行き場所があるかと思ってね」 「でも、それはビリ ーの宇宙と同じものであっても、そのものじゃ星の四半年にもわたるのだが ) 、人々はフィクサティヴ・スーツと 呼ばれる防護服を着て、位相を固定していなければならない。これ ないわ」 ー 70

6. SFマガジン 1981年9月号

て、こいつの撃った弾がリックに当たったんだ」 とんだどんでん返しだぜ。 った世界が : 町民は、訴える調子でジムを指した。 「で、何だ。おれはまだ生きられるのか ? 」 「ビリーはどうした、死んだのか ? 」 「お前もムードのないやつだな。名医のわしとしては、そういうセ リフを言うのも場面を選ばしてほしいね」 パットは倒れているジムに足をのせたまま尋ねる。 ・、ー・トランプ 「ビリーは無事だよ。かすり傷だ。今応急処置をしている」 「ほれ、オープン。超切札だ。この手、負けなし ! 患者の質問 それを聞いてジムは、かっと目を見ひらいた。唇が小刻みにふる もかなりの切札だと思うがね」 えている。 ドクターは、渋い顔をしてヘルメットの中の・ハットの目を見てい 「残念だったな、ジム」 たが、やがて自分のカードに視線を落として、ばつりと言った。 ・ハットは、かすかな笑みを浮かべてそう言った。 「変わったな、パット。昔はたとえ顔が半分吹きとんだって、自分 「先生、すぐ行ってやってくれ。こいつはかまわない。おれも後か の容態なんて気にしなかったぜ」 ら行く」 「心境が変わることもあるさ」 「そうもいかんよ。血止めたけはしておこう」 その時、表のドアに何かがぶつかる音がし、数秒後、男が中にこ ジムはやっとパットの足元から解放され、苦しげな息をもらし ろがりこんだ。男は肩からの出血で半分が血まみれだった。 た。そして、みんながどやどやと保安官事務所を立ち去ってしまう 「ジム、一体どうしたことだ、これは」 と、弱々しく膝をついて立ちあがり、しばらくそこで思案した後、 ドクターは仰天して席を立ち、男にかけ寄った。 銃を握りしめて再び外へ出た。 「へへ、ビルの野郎に目に物見せてやったぜ」 ジムは苦しそうに唸りながら、唇を歪めて笑った。 みんな、事務所にはもう誰も残っていないつもりで外へ出た。パ ットですらそうであった。しかし、そのとき事務所の奥のべッドに 「この大馬鹿野郎。つまらねえ私怨で騒動起こしやがって」 ディスーザル は、まだ″抜けがら″娘が横たわっていたのである。 「けしかけたのはあんただぜ、パット」 彼女は、忘れられるのを待っていたかのように、すうっと起きあ その時、再びドアが勢いよく開いた。 がった。そして試行錯誤をした後、うまくドアを開け、どこかへ歩 「ドクター、すぐ来てくれ ! 床屋のリックが撃たれた」 伝令に来た男は、汗をぬぐう間もなく一気にそう言った。そしみ去っていった。 て、部屋の中に下手人を認めて目を丸くした。 ・ヒルは四つ並べた椅子の上に寝ていた。彼は大腿をかすられてお 「こいつが撃ったのか ? 」 り、傷は深くなかったが出血がひどかった。 パットは、ジムの背中を靴でこづいて尋ねた。 ジギーはビルを抱きしめてやりたかったが、その力は彼女にはな 「ああ、そうだ。頭を刈っていたビリーとこの男が撃ち合いになっ 4

7. SFマガジン 1981年9月号

と誰か学のある者が叫ぶと、その言葉がオウム返しに次々と広が「お客さん : : : 」 親爺は何を言っていいのかわからずに声を出した。 影は一軒の店の前でとまった。・フライスンの店であった。 「あたしの : : : からだ」 ジギーが、かすれた声を出す。 中の客たちは何も気づいていない。外では、店の入口を何十人も の人間が、勝手なことを口にしながらとりかこんでいる。 「あたしのからだよ、これ ! 」 「あたし、もうビリーに会えないような気がする。だからいやなこ ジギーは、狂喜と混乱の叫び声をあげた。 と言いたくないよ」 「戻ってきたんだわ ! あたしを追ってきたのよ ! あたしが心の 中で叫んだのが通じたんだわ」 ビルはジギーを見る。 ディスポーザル 「悪かったな : : : 。昼間、自分の手工見てたら、形がぐにゃあって″抜けがら″は、両手をこころもち前にあげ、ゆっくりと前進し 歪んでいくのが見えたんだ。変化しちまうのは怖かないが、なんてた。 言うか、淋しくてよ」 ジギーの受像機が、突然激しい音とともに爆発した。もうもうと 「ビリー、朝一番でこの星を離れて。あぶないよ、スーツなしでい煙が店内にたちこめはじめる。ジギーの姿が、一瞬ぐにやりと歪ん つまでもいるのは」 「あたし : : : の : : : からだ ! 」 ビルは、ジギーが言いおわらぬうちに、彼女の肩を抱きしめた。 ディスポーザル ジギーは″抜けがらの中にとびこもうとした。 だが、その抱擁は、彼が期待した質感よりはるかに弱々しいもの だった。彼はどうしようもない嫌悪感にかられて、ジギーを突き放外で突然叫び声があがる。表に強風が吹きはじめた。地鳴りがす る。 した。 ジギーは、一瞬浮かべた笑顔のまま表情を凍りつかせ、やがて大「変たぞ、よせ、ジギー ! 」 親爺が自分のヘルメットをおさえながら叫んだときには、ジギー 粒の涙をこ・ほした。 0 、、 「そう : はもう自分の″からだにとびこんでいた。 彼女は涙をためた目を見ひらき、首を横に振りながら後ずさった。 「きゃあああああ」 見ている者の頭の中で悲鳴が聞こえた。視野の中心で閃光がきら そのとき、入口のドアが押され、黒い人影が入ってきた。外で、 わっという声があがる。 めき、頭の芯が熱くなった。 店の中の者は、あっけにとられて入口を見た。 一瞬、″からだ″に抱きしめられて苦悶するジギーの姿が見え、 そこには見知らぬ女がひとり立っていた。彼女は、まばたきびとすぐ光の中にかき消えた。風圧を感じたガラスは粉々になって外に っしない。 吹きとび、すぐ後に今度は店の中心にものすごい勢いで吸いよせら け 8

8. SFマガジン 1981年9月号

女の " 抜けがら。は、 = ア・ホースなしで荒野を渡り、町の入口 「悪いけれども、見せていただいてしまったよ」 に近づいた。もう陽は落ちかか 0 ており、女の姿はシルエットにな 通りの角にパットが現われた。ロックリッジのスーツを着て って、町の柵の前に浮かびあがった。 る。 / ーたちが遠目にそれを見、 お前がこの星に戻「てくるとは思わなか数人でたむろしていたディ・トリツ。、 「ひさしぶりだなビリー。 ロ笛を吹いてはやしたが、女の影はびくりともしなかった。 った」 そのころ、・フライスンの店の中では、かなり大勢の客が飲み騷い ビルは応えなかった。まだ様子が変だと、・フライスンは思った。 でおり、親爺はカウンターにグラスを滑らせるのにてんてこまいし 「立ち去れと告げた筈だ」 ていた。ビルは奥のテーブルで、痛めた方の脚を放り出し、黙って 。、ツトは、用件は手短かに言った。 グラスを口に運んでいる。傍ではジギーが膝を抱えて目の前をにら 、。、ツト、御挨拶だね」 んでいた。そばを通る客は、ジギーに一瞬ちょっかいを出してゆく ビルは青白い顔で憎まれ口を吐き出した。 が、となりのビルの気嫌の悪さを見て、すぐに遠ざか 0 た。 「おれとやりあわずに追い出せると思うなよ。おれと顔をあわせた ーー異常気象 くなけりや、てめえの方で尻尾をまいて逃げ出せ」 ・・ハランスの崩れ エントロ。ヒー 。、ツトは、これには表情を変えす、淡々と言う。 そんな言葉が客の会話の端々に出没した。 「もう一度だけ言っとく。今日中にこの星を立ち去れ」 ツ。 ( ーのからだを見お「騒がしいな、今夜は」 彼はそれから、こるがっているディ・トリ ・ヒルは何時間ぶりかに言葉を発した。 ろして言う。 「何だ 0 てんだ、鬱陶しい。おれとパ ' トの果たし合いの前祝いな 「でないと、これは不問に付すわけにはいかん」 、。 ( 〉トはそちらを向ら、も 0 と整然と派手にや 0 てもらいたいもんだ、 傍で何か言いたそうなプライスンに気づき 、そんな言い方、やだよ」 「ビリー ジギーは膝に顔を埋めたままそう言った。 「ところで、親爺。いささか常軌を逸した若い娘を見なかったか 「あたし、もうすぐ消えるよ。だからそんなにイライラしないで」 女の影は、通りをま「すぐ歩いてきていた。出会 0 た数人が変だ 「何ですか、それは ? 」 、遠まきにして後を着けた。次第に人数が増し、数十人で輪 「いや、見なか 0 たらかまわない。見たら知らせてくれればいい」と思い、 にな「て女の行先を見まもりながら、〈ルメ , トをぶつけあ 0 て論 ・、ツトは去り際に、ビルにもう一度声をかけた。 議した。 「明朝、お前の姿を見つけたら、即座に撃っそ。覚悟しておけ」 ディスポーザル 「あれは″抜けがらだ」 け 7

9. SFマガジン 1981年9月号

再び死から蘇った男の運命は ? 我、らか宀女自の日々〈連載第七回〉 敵に乗っ取られた空母の謎 インディアン・サマー〈雪風シリーズⅣ〉 幸せはありふれた朝突然訪れる卩 幸せの青い鳥 ビリーとバットと稀薄なジギー ジキー・スタータスト 壮大な未来史を構成する本格長篇 レ ( タ ^ 連載第ニ回〉 c.D u- 小 . 特集 ・イメージの中の島の情景 ・フレイジャー岡部宏之訳 アメリカ詩の現況 ( 解説 ) 一四〇枚一挙掲載ー マスク 1981 年 9 月号 目次 ・惑星に死す ・ランタ一フ岡部宏之訳 ・コズミック・バレエ三景 ・ > ・トロイヤー室住信子訳 ジーン・ヴァン・トロイヤー 3 大城朋子訳 7 見ワ 訳ム 216 鏡明引 神林長平 火浦功 水見稜 栗本薰

10. SFマガジン 1981年9月号

いう虚構の企ての記憶があるだけである。そのたびにこの星は、砂 れた。 浜にうちよせる波のようにそれを洗い流した。 最初はこの星を脱出する術であった。彼が、エントロビー風のこ ビルは叫んだ。しかし何の役にもたたなかった。 ・フライスンの店をとりまく強風は、やがて童巻となり、あたりのろあいを見はからって、思念を集中すると、砂漠に楼閣ができた。 こつを覚え、宇宙船を創りあげて飛び立とうとするとしかし渦にの もの全部を巻きこみはじめた。 轟音はやがて無限大となり沈黙に等しく、光も明るさの極限に達まれた。この暴虐な星は、彼の想像をことごとく破壊して楽しんで いるのだ。 し闇と同じくなった。 まだある筈だ、まだ何か。 。 ( ットは、自分の心に貯えられたイメージを片つばしからひつば ハトリック・ギャレットだった男は、砂の盛りあがったところに この横暴な り出した。いまやこの星を逃れる術を求めてではない。 立った。 反創造風に戦いを挑んでである。 町だった場所である。 過去において町だったのか、これから先、町になるのか、彼には この企てが、文字通り無に帰すたびに、パットは自分を含めた人 わからない。ただ、彼にとって町のイメージは枯渇してしまった。 間を疑った。登場人物がふえてくると、必ずいざこざを起こし、破 過去だろうが、未来だろうが、同じイメ 1 ジをもう一度やり直す気減に至らしめてしまうのは、人間の心の中にそれを望む部分がある フィクション にはなれない。 からではなかろうかと。人は太古より物語には「終わり」がくるも のだと思ってきた。だから、人間の創るフィクションには、どうい あとひと息だったのに。 男はひとりごちた。 うやり方をしても、予め「結末」を組み込んでしまうのではないだ ろうか。 保安官はおこがましかったか。 まあ、いい やはりビルがいけなかったのだ。彼がどんな世界を構築しても、 パットは深呼吸した。 必ずそれをぶち壊す役にまわってしまう。しかし、今度はパットが まだ何かある筈だ。 直接手を下したのではなかった。毎度ビルを殺す役にまわるパット としては、その点だけ心安らいでいた。 そう呟いて、彼は水筒の酒をのんだ。自分の創造に絶望しかけた ときは、これが一番いい。息をついて、彼は言う。 ちっとは協力しろや、ビリー。 どこのどんなやつだって、。ハッカスだけは創っておくのを忘 惑星はフィクションを拒否している。パットがこの星に漂着して から、何年の月日が経ったのか彼は覚えていない。そもそも時間がれないだろうからな。 存在することも疑わしい。ただ彼の頭の中に、何万回、何十万回と 9