ては、もうひとっ確かにわからぬところがあったがーー・しかしかれ 成員である、という自覚にしかなかったわけだからね」 らがあまりに、「昔」のこと、・ほくの知らぬこと、を知っていて、 「全体性への契機 : : : 」 「そうとも、全体性だ。権利とは全体に対する個人の場所の予約でそれについてあれこれと議論をかわすので、・ほくは、ひとつひと あり承認だ。だが、個人としての個別性というものがあらかじめ成つ、わからぬ点についてたずねているひまもなかったし、かれらの 立してない社会にあ「ては、個人は個人であるためにも、全体の中知識をうらやんだり、コイフレックスにおちいったりしている余裕 の一部分としての自らを確認するためにも、結局は外部から規定ささえなかった。 ぼくはただ、ロをあいて、ジェット・コースターにでも乗せられ れなくてはならないのさ。おまえはこのような存在だ、こうしてふ たように、・ほくの全然知らぬ世界を呆然と見とれているばかりたっ るまうべきた、これはしてもい これはいけない。 これは、しかし、本来、個人意識、アイデンティティ、というこナ とからは、まっこうから矛盾する。なぜならアイデンティティとは時として・ほくはかれらがあまりに反社会的な考えを抱いていると ファンはもともと、イヌ 個人の内部にあらかじめ存在するものだからーーーだが、フラスコ・恐ろしく思うこともあった。ファンは マンには生まれながらに存在するアイデンティティがない。かれらなのだから、人間とはちがう考え方をしてもよいのかもしれない。 は何万、何十万、と決められた数が決まった日に、出生管理局の完しかし、アウラとレダが、市の監督官や《かれら》のだれかれを、 璧な管理のもとにいっせいに生まれ出る。かれらは本質的に何十万あざけったり、物笑いの種にしたり、それよりなお、ぼくの前で大 分の一でしかない。だからこそかれらは病的に権利を主張し、自意っぴらに両手をくみあわせたり、ひどいときはくちびるとくちびる をくつつけあったりするのをみると、ぼくはそっとし、おびやかさ 識を育てるのだよ。はじめからそれが与えられてないのではない か、根拠がないのではないか、と怯えているのでね。 おかしなれ、いっか必ずかれら紊乱者たちが管理委員会の審問をうけねばな ことた、人は、内部にそなわっているものは権利を主張する必要もらぬと思われて、ひどく恐しくなった。 ないほどに自分のものであることをよく知っているが、外から与え でもそれは必ずしもぼくがまきそえをくうのではないかと恐れた ・ほくの魂はあまりにも眠ってい られたものは、いっ奪い返されるか、侵害されるか、と心配してい からではない。たぶん・ほくは るので、なおのこと守ろうとやっきになる。 かれらは、与えらて、そんなところへまで、考え及ばなかったのだ。ただ、それは気 れたものは本当は自分自身のものとはいえない、 ということを内心取りでも、模範市民の思いやりのつもりでもなくて、・ほくはほんと 知っている、からだろうね」 うに、かれらのことが心配になったのだ。しかし、ばくが怯えた目 ファンのいうことは、いつもいつも、・ほくにすっかりわかったとっきで見つめていると、かれらはその罰当たりなものまねやしんら は云えない。ファンは・ほくの知らぬことをあまりにもたくさん、当っな論評をやめて、アウラは安心させるように・ほくにうなづきか け、レダはレダで、 然の前提として知っていた。それはアウラもそうでーーレダについ ヂイソーダー
ていました。ところが、あたくしのことをご存知のかたは一人もお考えられます。しかし、あたくしにとっても同じことがいえるので みえになりませんでした たぶん陛下をのそいては。あのかただ はないでしようか ? ℃いえ、そうは思いません : : : でもほ・ほ似た 2 っム けは、国王だけはご存知だったと思います。でもいまでは自分のこ ようなものでしよう。前には堅牢だったかもしれませんが今ではこ ともかなりわかってきました。歩みを緩めるにつれて奇妙な感情にわれかかっていて役に立たない堰堤に打ちよせ、それを押し流して 襲われはじめました。すでに広間の四分の三は通りすぎておりまししまう波のように、広間の入口であたくしの中へ押しよせてきた知 た。色とりどりの衣裳を着た人たちの群れ。こわばった表情、ごま識のほかはなにも知りません。でも筋道をたてて考えれば、その知 塩まじりの銀色の頬髭、紅潮した顔、厚化粧の下で汗をかいている識以外にも同時に多くのことが存在するかもしれません。過ぎさっ 顔にとりかこまれ、綬、勲章、房飾りのあいだに通路ができていまた複数の過去から引きついだ知識もあるとは考えられないものでし した。その群集を二分している道を、じっとあたくしに注がれてい うか ? これは、・ほんやりとかすんだ記憶から引きだした論理で る目にエスコートされ、女王のように足を進めてまいりました したが、過去がひとっしかないなどということはありえないと告げ しつけ それにしてもどこへ向かって歩いているのでしよう ? ていました。あたくしがトレニックス伯爵令嬢であり、躾係りのゾ どなたかのところへでした。 ロエンナイであり、海のかなたのランゴドト国からやってきたヴァ それにしてもあたくしは誰なんでしよう ? 思考が淀みなく巧緻ランド一族の孤児ヴァージニアだったとしても、それが現実なのか に流れましたから、すぐにあたくしはここにおいでになる派手に着フィクションなのかはつぎり区別できないのならば、きっと夢をみ 飾った人たちとはまったく立場がちがうことがわかりました。このているのでしよう。ところがどこかでオーケストラの演奏がはじま 人たちはだれもが、祖先の業績や家系、陰謀、裏切りで手に入れた り、舞踊の群れが石の雪崩のように押しよせてきました これほ ありとあらゆる種類の貴族の称号をお持ちでしたし、どなたもがつどはっきりと目を覚まさせ現実を認識させるにふさわしい方法があ まらない見栄をはり、砂漠を延々と砂・ほこりをあげて走る馬車のよるでしようかー うに、めいめいが個人の歴史をひきずっておいででした。あたくし 不快な当惑を感じながら足許に気をつけて歩いておりました ヴェルチーイ はあんなに遠いところからやってきたのですから、一つではなくたあたくしが眩暈と呼んでいるめまいがはじまったからです。だか くさんの過去をもっているのかもしれません。ですから、ここの人らと言って女王のように堂々とした足どりを一瞬たりと乱すような たちにあたくしの運命を知ってもらうには、この土地の習慣にした ことはありませんでした。でもたいへんな努力がいりましたが、ど がい、すでに身につけましたここの外国語に少しずつ翻訳していく うにか隠しおおせました。人にそうと気づかれないためにそれは緊 しかないでしよう。そうすればだんだんわかってもらえるかもし張いたしました。すると、ようやく遠くから救いの手が差しのべら れません。でもかえってあたくしのすぐれた点がきわだって、ここれるのを感じたのです。それはさる殿方の目だったのです。そのか の人たちとますますかけはなれた人間になってしまうということもたは半開きになった窓の枠に腰かけておいででした。金襴の窓掛け
「どうして ? どうして、正しい手続をふむことが悪なの ? 」 ファンが立ちあがり、ぼくの服のすそをくわえてひつばった。ま くはファンにひつばられるままに入口の室へ出ていった。うしろで「きみには、いろいろなことがまだ夜の中にあるんだね。そして教 えてくれるものもむろんいない」 自動ドアが音もなくとじようとする寸前にぼくが見たのは、幾重に ファンは云い、とてもやさしい色の瞳で・ほくを眺めた。 もつみかさなってぬぎすてられた青紫の長衣と玉虫色のスーツの上 「ポーイ、きみはわたしをどう思うね ? 」 に、びったりと身をよりそわせてよこたわる、ゆたかで白いアウラ 「たってわかってるのでしよう、ファンーー・・ほく、ファンに昔どこ と、か・ほそくなよやかなレダのすがただった。 かでとても親しかったような気がするよ。ファンが・ほくをポーイと 「ファン」 ・ほくはなぜか、声をひそめなければならないような気分におちい呼ぶのがとても好きだしー , ーファンの毛皮をさわ「てるととても楽 しい。ファンになめられるのも大好きだ」 ってささやいた。 プレン 「かれらは、何をしているの。何がおこったの。かれらは、儀式を「わたしたちは友達だね、ポーイ」 大きな犬は尻尾をふり、なにか悲しいほどに胸にしみいるようす しているの ? 」 で何回も頭をぼくにこすりつけた。 「アウラが レダの欲するようにしたのだよ、ポーイ」 「よかろう。それなら、わたしは、いすれポーイの望む命題を何で 「でも、なぜ ? 」 も話し、教え、説明してあげよう。わたしはきみの指導員じゃない 「なぜならそれがアウラの望みだから」 「でもかれらはテレ。 ( スなの ? だ 0 て、かれらは互いにびとことから、これは反社会的なことだが、きみが同意してくれるならー だって、何を望んでいるかなんて伝えあわなかったじゃあないの」 「もちろん、するよ、ファン ! 」 「それでも、かれらにはわかるのだ」 ・ほくは叫んだ。 「ああ、ファンーーそれが、紊乱者だということなの、ああいうふ うによりそったり、ロをつけたり、互いの望むことがわかったりす「ラウリはぼくの知りたいことを何も教えてくれないんだもの。あ ゲレミス・テーマ の学問をマスターしてから、この前提命題を消化してから、経済史 るというのが ? 」 「いや、あれは、かれらがただ愛しあっていて、おとなだというこ学が必要だ、生態学のレッスンだ、というばかりで。ぼくはいちば ん知りたいのは、ぜんぜんそんなことじゃないのに ! 」 とさ」 「アウラはレダに永久契約を申し込んで、契約の塔に行き、登録を「きみは、何が知りたいんだね。ポーイ」 「それはーー・ーそれは・ : : ・」 うけて契約者ュニットを支給されればいいのに」 ・ほくは考え、さらに考え、そしておずおずと云った。 「かれらには、必要ないこと、いや、むしろそれはよくないことな 「わからない。ぼくは何もかも知りたい。わけてもぼくは んたよ、ポーイ」 ロ / ゲ・マリッジ デイソー′ー セレモニー リーダ 3 4
まくの顔をなめていた。 った。二度と、あのすさまじい、黒ミサめいた光景と、耳につきさンが、ー 守ー、刀 ・ほくの足は「やあ、イヴ」 さる、獣のうめきをきかなくてすむように。 いつもとこれつ・ほっちもかわらな おちついた、深みのある声 根を生やし、そして悲鳴は金切り声にまでたかまっていた。 「また、何も考えるものじゃないよ。きみは何も理解してない。知 「レダ レダーーーレダ ! 」 ってから考えるーーーそのまえにひとつ、私ときみとでお茶をのも あのおちついたアウラ、模範市民のようなアウラだろうか う。それから、話してあげるよ」 れが ? 「お茶 : : : 」 これが、紊乱者だということなの ( 紊乱者だ。紊乱者なのだ なんてなっかしいひびきだろう ! ・ほくはふらふらと立ちあがった。しかし、・ほくがまだキチンへ入 まわりの白い光がふいにいよいよ明るくなって目の中につきささ らぬうちだった。 ってくるような気がした。 ぼくは、その場にぐらりとくずおれかけた。 入口のドアがあきーーそして、ずかずかと、非常な大股で、ひど が、倒れなかった。何か、やわらかい、あたたかい、なっかしい く荒々しく入ってきたものがある。 ・ほくの手を、ペろりとなめ ものが、 「おお、ファン、会いたかった・せ、わが友よーーよき古き友よー 帰って来たそ。レズビアンどもはどこにいるんだ、ええ ? 」 哲学大が、ぬれたはなづらを・ほくの手におしつけ、・ほくの服のす「おや」 そをくわえてひつばっていた。思慮ぶかい、黒い丸いボタンのよう ファンの目が細くなり、尻尾がパタバタと振れだした。 な目が・ほくをのそきこんでいた。 「これはこれは、・フライ船長。いつ、帰って来たんたね ? 」 しまさ ! 」 「いまさ。たったの、、 ふしぎなほど、おちつきがーー一時的にでもーーー戻って来た。・ほ くは何も云わず、よろめきながら、ファンにひつばられるままに部太くーー野太くびーんとひびく声。ギラギラ光る目 屋を出た。 ・ほくは生まれてはじめてほんもののスペース・マンをまちかに見 ていることを知ったのである。 ドアのしまる寸前に、 ( 以下次号 ) 耳をふさぎたくなるような悪意にみちた、レダの哄笑が・ほくにあ が、それも、ほとんど意識しなかった。 びせかけられた 気がつくと、・ほくは、居間にぐったりとすわりこんでいた。ファ デイソー′ー デイソー・イー デイソーー こ 5 6
アウラのおかげで、ぼくはいろんなものを味わうことができた。 なかった、と・ほくは思う。 と考えたので 甘くて熱いポート・ワインも、アウラの焼いたあんずパイも、アウ人びとはかれが人間的になりすぎて役に立たない、 シンセサイザー ラが探してきたほんものの音楽ーーー作音機で合成されたのでないー ファンを処分しようとしたのだが、ファンのおだやかさ、人なっこ ーも。アウラはそうした味わい深いあらゆるものへの愛着で、そのさ、悲しみ、賢さ、辛抱づよさーーー人は人間的というかもしれない 美しい全身を満たしているような女性だった。 そうした美しい資質こそ、最も大らしい犬のそれでなくてなんだろ そして、ファンーーー老いた、おもおもしい哲学大のファンと・ほく は、いつも少しもかわることのない、やさしい友達だった。まった 結局かれらは彼を理解しなかったのだ。そして、ファンはそのこ く、それは自分でもふしぎなくらい、ファンとぼくは互いのことをとに深い悲しみを抱いていたが、時に皮肉つぼく、大的になること 思いあっていた。それまで一度たって、そうしたものを見たり、知はあっても、決してそのことでかれらに恨みを抱いてはいなかった。 ってさえいなかったのに、ファンの毛なくしやらな、垂れさがった「つまるところ、かれらだってこの時代によって作られた人間にす 耳、おかしな重々しいようす、ばたばたと振るしつぼ、ぬれて黒いぎないのだからね」 ボタンのような鼻、をひとめ見たとたんに、・ほくは自分がかれの先そう、ファンは云うのだ。 祖を友にし、深く愛し、時に人間仲間よりもずっと近しく生きるも「そして、大昔の賢人たちはそのことを、つまり自分が全能ではな いということをよくわきまえていたが、現代の賢人どもはそうでは のとしていたような、つまりは「犬好き」と呼ばれた人々の末裔で あることをはっきりと感じとったのだ。 ないからね。かれらは実験とデータと法則の万能を信じる無邪気な ファンとぼくのあいだには、長い長い共に暮らした記憶のつみか時代の子にすぎないのだから」 さねだけがもたらすような、甘やかな親密な交流があった。むろ「そうね、ファン、あんたはうるさがたの老いぼれワンワンにすぎ ん、ファンは哲学犬であって、その頭脳は人工的に増幅され、訓練ないことはよくわきまえているものね」 され、市の学者たちの実験でデータを供せられるように、記憶や知レダは云い、笑いながらカまかせにファンの耳をひつばったり、 識を操作され、さらにファン自身の言によればよりはっきりと犬的尻尾をつかまえたりした。 ああ、レダーーそして、レダほどに、永遠に謎であり、そして永 な思考パターンと人間のそれの違いを見るために、実際に存在する 遠に魅惑にみちた魔女を・ほくは知らない。 だれか人間の基礎因子を植えつけられている、ということだった が、 ( つまりさまざまな命題に関して、同じ因子と知識をもつ人間毎回レダの家を訪れるたびに、・ほくは必ずレダの新しい表情をみ と大との解釈や判断のちがいを調べることが、かれらがファンに課た。ある日はそれは蜜のように甘かったし、ある日は磁カ線のよう した実験の眼目だったわけだ ) しかしそうした操作はじっさいににびりびりしていた。レダは気分によって顔までも取りかえるよう に、・ほくには思われた。 は、ファンの奥底の「大らしさ」をこれつぼっちもそこなってはい ファクター シニカル 5
『他から因子をうえつけられる人間はいない。すべては自由な選択レダはまた、インテリアをかえたのだ。気まぐれなレダはしょ「 の結果なのだ』、もしかれらに影響されるとしたら、それは、されちゅうちょこちょこと絵をかけかえたり、敷物をかえたりしてい たものの方があらかじめそれを求めていたということなのだ ) た。こんどのは、基調を黒に、少し赤をまぜてあった。白と緋とべ ( だがそれなら、なぜかれらは隔離されなくてはならないのか ージ、だったときとがらりとかわって、室内は、妙に暗く、苛々 デイソーグー 反社会的存在 ? しかし、それが予定悪であるとしたら、予定されと、そしていかにも紊乱者めいたイメージだった。 ていることで、反社会的存在もまた社会的存在にほかならぬではな ( 前のほうが好きなのにな。レダの家だから、仕方ないけど : : : ) いか。社会的に要求される反社会性ーーーそれが、それすらも、コン ・ほくは入って行ったものの、どうしようかと迷って立ちつくして デイソード トロールされたものであるとしたら、一体、何が紊乱であり、何に した。いつもなら、二人が出かけていても、ファンだけはいて、す 対するーーーあるいは誰に対する紊乱行為なのか ? ) ぐに出てきて話しはじめる。自分で、いちばんかんたんなジャスミ 何だか、・ほくは考えれば考えるほど、わけがわからなくなってゆン・ティをいれてのむことも、音楽をかけることも、勝手だった。し くようだった。 かしそのファンもいないとなると、どうもいささか勝手がちがった ・ほくはじぶんの非論理性をのろい、スティのように何かを「わか それに、こんどのインテリアには、妙に人を拒み、居ごこちを って」おらぬこと、ラウリのように悩まなくてすむようでないこわるくさせるようなものがあった。きのうはひるごろ来て、一時間 と、そして学者たちのように博識でないことを嘆いた。 ほどで帰らねばならなかった。そのあと、レダが、ふいに思い立っ ( データ不足 ! ) てとりかえたにちがいない。そのときには、もようがえをもっと徹 ・ほくの頭は怒ってわめき立てていた。 底的にしたいなんて、レダはひとことも云っていなかったからだ。 ( データ不足 ! ) 気まぐれなレダ。 ( だから、これから、データをそろえるんじゃないか : : : ) そのとき ・ほくは自分をなだめた。 それがきこえたのだった。 けれど、・ほくは、まだ、自分が本当にどれほど、何ひとつ、ほん これまでに、一度もきいたことのないような、異様な声。 とに何ひとっ知っていないのか、それさえわかっていなかったので うめき、というのだろうか、苦しげな、とぎれとぎれの、けだも あるーーーレダの家のドアの前についてもなお。 ののような声。 しかしそれはたちまちイヤというほど・ほくに思い知らされるべく ・ほくはぎよっとしーーー誰か、死にかけているのだろうかと思い 用意されていた。・ほくが入ってゆくと、居間はしんと静まりかえ ーそれからぎくりとした。 デイソー / ー り、仲よしの紊乱者たち、哲学犬のファンも、どこにもいないよう ( ファン ファンがどうかして : ・こっこ 0 0 ーノ レダもアウラも出かけてしまったあとで、ファンが突然病気にな 2 6
りか、なにかひどくやるせない、悲しいようなうっとりした気持ちで、重くたれさがったまぶたをもちあげ、鼻をびくびくさせて答え にさせた。 プアースト・・、ートナー これは、ふしぎなことだった。何と云えばいいのだろう ? それ「アウラは、レダの、第一契約者だったのだよ」 ぼくのまったく知らなかった世界であるのはむろんだったけれ「それが、契約更新をしたのね ? 」 、刀 ど、それはまた、ぼくにうずくような切なさーー自分がそれから拒「いや、少年、しなかった。アウラは第一契約の期間がおわるとし まれており、それが自分のためではないということのじんじんとしばらくレダとはなれなければならなかった。だが、レダが紊乱者に なったときいて戻ってきた。そして互いにもう何の契約も必要とし みるような悲しさをおこさせた。何かがぼくには決定的に欠けてい るのだという悲哀にみちた感じーーそれを、目のまえのふたりだけなくなっていることを知ったんだよ」 でも、どうしてそれならーーー」 は持っているのだという、奇怪な羨望。ラウリとミラや、イ 1 ラと「契約を必要としない ? 、もどかしくてえたいのしれない苛立「登録して順番を待ったり、性ホルモンの助けをかりたりする必要 スティには感じたことのない のないものを二人は持っていたからだよ」 ちを・ほくは感じた。 「ああーー・友達ってこと」 「ねえ、ファン」 かれらは、友達じゃない。かれ その思いをごまかそうと・ほくは話しかけた。 「レダに教わったね。ちがうよ ング・ らは愛しあっている」 「アウラはレダの永久契約者なの ? 」 「行為している ? 」 「いいや」 ・ほくはびつくりして問い返した。ファンはまたごろごろと笑い ファンは、もちろん、・ほくの気分をすっかり感じとっていたの 朝日一〃ラマ ・イラスト界の若きホープ / カ庁ージ / 1 色ージ序・小松左京 マガジン』の表紙イラスト等、精力的に活動を ・ ; ・ン′スチィッ・ . ア「ト 続ける加藤直之。その華麗なる幻想世界をここに集大成″ ヒューマー デイソーグー 株朝印〃ラマ ・東京都中央区鉱座 4-2-6 御 3 ( 5 60 幻 4
トロールしておもてに出さぬようにする《市民のエチケット》の時 「まあ、ごらんよ ! ひょこがすっかり怯えてるわ ! 」 間では、最悪の劣等生だった。 頭をのけそらせ、ほとんど床につかんばかりにして、そのときの ラウリがすぐに・ほくに注意しなかったのは、たぶんまったく、か 冫いたたまれない思いをさ 気分に応じてげらげら笑いはやしてぼくこ れのもともとの慎重で思慮ぶかい性格とーーそして、早急に断定を せたり、いやそうに口をゆがめてぼくにもう帰れといったり、涙ぐ リーダ んで・ほくをあわてさせたりするのだ「た。それでも、・ほくがどんな下してはならぬという指導員の「指導要項」、そしてもうひとつ、 ぼくが・ーーーあのおとなしい、目立たぬ、何もぬきんでたところのな に狼狽し、いたたまれなくなり、怒ってとび出そうとしても、ステ デイソーグー い未熟児イヴが、こともあろうに紊乱者としたしくつきあうなどと ーションまでかけてゆかぬうちに、決まって後悔しきったレダがか という、不信のせいだっ いう、大それたことのできるはずはない、 けだして来るのだ。 「ねえ、あんたー・ーあたし本気じゃなかったのよ。あんたを怒らすたのだろうと思う。しかし、毎日のようにレダの家に出かけてゆく一 気なんかー " ー・悲しませる気なんか、ちっともーーほんとにこれつ・ほので、・ほくは、決められた命題をちゃんとこなすことができぬ日が ままあったし、自由学習を申しこむ日が、以前の五、六倍にもふえ っちもなかったのよ ! あたしはしようもない女悪魔なんだから。 ていた。・ほくは、レダの家にすっかり夢中になっていたので、いま ねえ、イヴ、あんた、あしたも来るわよねえ ? 」 さら、もともとたいした興味もなかった基礎学科に時間をついやす じっさい、レダときたら いや、ぼくには、レダを悲しませ、 そのふしぎな目を、悲哀にくもらせることなどとうていできなかつよりは、少しでも多く、レダの家に入りびたっていたい欲望をおさ えることができなかったのだ。 たのだ。なぜって、レダがほんとうに悲しい目をすると、彼女は、 ラウリが、夜の面接時間に、ためらいがちな口調でそのことを云 もう二度と、悲しい目でなくなることなどないようにさえ見えた。 い出したのは、ぼくがレダの家に入りびたりはじめてから、およそ もし仲直りせぬままで居住エリアへ帰ってしまうと、・ほくの目のな カ冫いつまでもいつまでもレダのおさない泣きべその顔がちらつひと月あまりもたったときだったろう。 き、眠ることもできなかった。おお、レダ ・ほくはこれま「そのう イヴ、今日は特に論じたい命題はないんだが : : : 」 」は ~ 、の、は、 で、自分以外のことでそんなふうに心をかき乱されることなどなか いかにも具合わるげだったが、・ ラウリの云い方は、 デイソーダー ったのに、なぜこの銀いろの目の紊乱者は、こうまでぶしつけに、 とことんまだ未生の闇の中にあったにちがいない。・ほくは、そらき ・ほくの心のなかに入りこんでくるのだろう ? たとも、やはりとも思いもしなかった。ありていに云うと、ラウリ 当然のことながら、そうした・ほくの言動が、ラウリの目にとまらがそう云い出すだろう、ということに、・ほくは気づいていなかった ぬはすはなかった。。ほくは、また、ラウリの目をごまかすすべも知のである。 らす、そうする気もなく そうする必要にさえ気がついておらぬ「きみは何か特にききたいことがあるかね ? もしあれば、もちろ、 ほど子どもだった。しかも、いつだって、・ほくは自分の感情をコンん・ーー」 4 5
「こけこっこオ ~ く ( 。 支えた。そして、無駄なあがきと知りつつ迅き返した。 彼の背後で、ひょうきん者の池上が、ふざけて鶏の鳴きまねをし 「何のことでしよう。私は別に : 、っせいに笑い出した。いたたまれぬ思いを 「ちょっと ! それを僕の口から言わせる気 ? 」 た。課内中の人間が、し 課長は遠近両用メガネのメタルフレームをキラッと光らせながじっと胸に秘めながら、恭兵はデスクに向かい、仕事をしているふ ら、さもけがらわしそうに言った。 りを懸命に装った。 なぜ ? どうして ? そんなことはわからないが、たった一つは 「君がその脇の下に入れてるものは何 ? あんまり妙な導たてない で下さいね。さもないと、やめてもらうことになりますよ」 つきりしていることは、今や彼の周りの人間誰もが、そのことを知 説教から解放された恭兵を、次に待ちうけていたのは、同僚たちっており、そしてこれが重要なのだが、十人が十人とも、それがと の冷ややかな視線の砲列だった。 ても不名誉なことだと考えているという事実だった。 00 0 0 7 E RU 0 7 8
いる、と感じたことはないかね ? これまできいたことのないよう なことを吹きこんで、きみを変えようと干渉している、と感じたこ ばくはすがるようにラウリの映像をみながらたずねた。 ゲイソーダー とは ? ・」 「紊乱者には、みんな、どういうきっかけでなるんでしよう ? か 「ありません。かれらは互いに考えがちがっています。互いにちが れらにひかれるのが、そのきざしなんでしようか ? 」 デイソーダー う点では主張しあい、ゆずりません。テーマがちがっていても、弁 「知らないようだ、申しわけないけど。ばくは紊乱者じゃないし、 かれらをサイクルのメイン・テーマにとりあげたこともないから」論の時間と雰囲気は同じです」 というのがラウリのもっともなーーーきわめて礼儀正しいーー答え ( 本当にそうだろうか ? ) ・こっこ 0 微かな疑問が心をかすめた。しかし、・ほくは云い張った。 「かれらは一緒に住み、性ホルモンを服用せず、・ハッジをつけてい 「が、・ほくはきみの指導員だから、あるていどまではきみの疑問に こたえ、共に論議できなくてはならない。・ほくはこれから調べておませんが、しかし他の点ではふつうの市民とどこがそんなに大きく デイソー かわっているのか、・ほくにはわかりません。それは、・ほくが、紊乱 くから、それについては、明日のこの時間に、もう一回話しあうこ とにしよう。 きみはかれらのところへいって、そのう : : : 何か者の素質があるからなんでしようか ? 意見をきかせて下さい、ラ ウリ」 反社会的な行為をすすめられたり、したりするの ? 」 「・ほくは二期ほど前だったか、一回、紊乱者レベル。フラスという ・ほくは考えた。レダもアウラも・ほくにさわることなどない。ファ プラザー ンは ファンはイスなのだから、イヌをなでたところで紊乱行為生徒をひとり、持っていたことがあった」 とはいえぬだろう。レモネードやエッグノグ、こないだアウラが勝ラウリは雄弁術アルフアの 3 「回避、迂回型比喩」の・ハターンで 「ココア」などをのむ答えた。 ち誇って出してきた幻妙な甘いのみもの のもとうてい反社会的とは思えなかった。ーー実はそうだったのだ「彼はいま隔離 = リアで看視され、社会復帰の可能性をあやぶまれ が。そこでぼくは、考え考え、レダの家について説明した。何か大ているーー彼ははじめから、社会に適応するということにがまんが ならず、同期生から『紊乱者』と呼ばれることに、この上もない快 切な宝ものを他人にわけもなくとられてしまうようで、イヤでしか デイソーダー たがなかったのだが。 感を味わっていた。彼は決して自分が紊乱者であるかどうかについ 「ぼくとかれらは、すわって、かなりはなれた位置で、話し、議論て、指導員に『意見をきかせてくれ』などと云おうとは思っていな かった。これが・ほくの解答だよ」 し、あいてのいうことをきいています。テーマはそのときどきでい ・ほくは理解したというしるしにちょっと頭をさげた。 ろいろでーーーシティの予定調和のことや、人間の自意識と全体への 7 あいてが迂回型の・フランチを用いたときに、直截型で追及するこ 契機や・ : ・ : 」 5 「話していて、何か反社会的な方向へかれらがリードしようとしてとは、礼儀知らずであるだけでなく、きわめて反社会的なことたっ デイソーダー デイソーダー