陽子 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1982年12月号
15件見つかりました。

1. SFマガジン 1982年12月号

生理日ではないとすると、今日、午前中会社で、いやなことがあ 「やあ、早いね」 ったのだ。陽子は旅行代理店に勤めている。変な客にでも、からま 5 席の前に立った。 れたのかもしれない。 陽子は肩までの髪を揺らしキッと顔をあげた。鬼のような眠をし「御注文は ? 」 ていた。 いぎなりウェイターに言われ、びつくりした。私が頬をつねられ 私は笑みを浮かべつつ彼女の前の席に座る。 ている間、ずっとテー・フルの横に突っ立っていたらしい。陰険な男 陽子ほじいっと私の顔を上眼遣いで睨みつける。 「三十分の遅刻よ」 「ホ、ホットミルク」 「えつ、ほんと ? ありや、ほんとだ」 ウェイターは去った。 「別れましよう」 私はウェイターが置いて行った冷たい水で左頬を冷やした。調理 私はズリ、と椅子の上でずつこけた。 場の方で、なぜか爆笑が起こった。 「三十分遅刻するような男とはっきあえないわ。婚約解消よ」 「あら、あなた眼鏡どうしたの ? 」 「そ、そんな。あんまりだ。あ、君、今日生理日でしよう」 「うん。疲れたからはずしてたんだ」 私はヘラへラ笑った。 私は薄茶の・フルゾンのポケットから眼鏡を出して付けた。 陽子はテー・フルごしについと右手を伸ばした。一瞬なにをするの 「いつも美人だねえ、陽子は」 か、と思って身を堅くする。 おあいそをいう。 陽子は私の左頬をつまんだ。そして、おもいっきり捩りあげたの 「あり ? 」 である。 眼鏡を一度はずし、ハンカチでレンズをふいた。眼鏡にゴミでも 「あううう : : : 」 付いているのだろうか ? と思ったのだ。 痛さに手足を。ハタつかせる。しかし彼女は渾身の力をこめて私の あいかわらず陽子はすてきだった。・ヘ 1 ジュのスーツをかっこよ 左頬を捩る。 く着ている。だが、彼女の顔が変だったのだ。 「う、う、う : : : 」 「どうしたの ? 」 たつぶり一分間捩りあげてから、ようやく離した。私のロはひん再び眼鏡をかけ直す。 「あり ? ありり ? 」 曲がってしまった。眼には涙があふれた。 「まあいいわ。今日はこれで許してあげる」 「あ、あひやがとう」 「き、きみの顔 : : : 」

2. SFマガジン 1982年12月号

彼女のシルエットが、ガックリと肩を落した。 ドアの外は宇宙。 「あたし、帰るわ。二度と来ない : 「ど、どこだ ? 陽子 ? 」 いきなり、ワッと泣き声をあげて、ドアから宇宙へ彼女は行って しまった。 ドアから宇宙が入ってきた。 いや、陽子のシルエットをした星々の見える宇宙が入ってきたの彼女の姿は判らない。泣き声と靴音だけが遠去かって行く。 後を追おうとして私は、かろうじて思いとどまった。 「ちがうんだよ陽子 : : : 」 「ごめんなさい。こんな朝早く」 呟きドアを閉めた。 私は後ずさった。 「どうしたの ? まだ怒ってるの ? 」 そして私は二日間部屋の中から一歩も外に出なかった。 眼や鼻やロはどこにも見えない。服も見えない。陽子のシルエッ 電話もかかってこなかった。陽子の所へも、かける気力はなくな トの形に宇宙を切り取ったような感じだった。 っていた。 私に抱きついてこようとした。 たちまち冷蔵庫の中から食糧がなくなった。普段私は外食しかし 私はサッとよけた。 ないのだ。冷蔵庫の中にはカンビールと、卵やハムぐらいしか、も 「どうしたのよ。なぜなの。なぜ、そんなにあたしをきらうの ? ともと入っていなかった。 昨日言った作家なんかと、つきあうつもりなんてないのよ。あんな 。宇宙の中に落 「どうしよう。おもいきって外に出てみようか : スケベな男なんかとはっきあわないわ。あたしが愛しているのは、 っこちちゃうのだろうか ? 」 あなただけよ」 ーししつ、 . ほ しかし幻覚なのだから、そんなことはないはずだ。ど、、 どこから声を出しているのかは判らないが、そう言いつつ彼女は んとに宇宙が広がっているのだったら、この部屋の空気なんか、と 私に、にじり寄ってくる。 つくに外に逃げちまっているはずじゃないか。 「判った陽子。近づかないでくれ」 それにしても、いつのまにか窓を開けても街の雑音が聞こえなく 「な・せ ? 」 「たのむ。今日の所は帰ってくれ。おれ、頭が変になっちゃったんなってしまっていた。 つもな やけに、しんとしている。隣の部屋の音も聞こえない。い ら毎日一回はポリュームをあげたステレオの低音が、この部屋まで 「どうして ? なぜなの ? 」 響いてくるのだ。 三和土の所で彼女は立ちつくす。 テレビを点けてみると、白い粒子が流れるだけ。ラジオも入らな 。そうだったの : 「そうなの : 。判ったわ・ : : ・」 5 6

3. SFマガジン 1982年12月号

っているのである。 「すてきな映画だったわね」 「ええい。くそ。そのうちに直るだろう」 「う、うん : : : 」 私は気にしないことにした。直らなかったら明日病院へでも行っ 出口の戸を手で押す。 てみよう、と隸った。 明るいロビーに出た。陽子は私の体の左側に、びったりと身を寄 映画を見た。 せ、肩に頭をのせてきた。 本番だという話題の日本映画だったが、これがつまらないのなん「さあて、飯でも食うか。なにが食いたい ? 」 の。私はウトウトと居眠りをしてしまった。 映画館を出ると、陽子から体を引きはがし笑顔を作って訊いた。 陽子はそれなりに気に入ったらしく、見ている最中、さかんに身「せつかく口マンチックな気分に浸ってるのに、あなたって食べる を寄せてくる。鼻息が荒い。 ことばっかりなんだから : : : 」 途中トイレに立ち、自分の顔を鏡に映してみたが、やはりなんと私の笑顔は凍りついた。 もなっていない。 「き、君の顔・ : : ・」 トイレに入ってくる人や、ロビーにいる人々は皆、顔や手「え ? なに ? 」 に黒い斑点を浮きあがらせていた。 陽子の顔の黒子は、それそれが直径一センチほどに巨大化してい しかし変だな、と思った。私の眼がおかしいのなら、他の壁や椅たのだ。いや、それはあきらかに黒子なんかじゃなかった。漆黒の 子や様々の物にも黒い斑点が見えてもいいはずなのに : ・ : 。なぜ人丸い斑点だった。斑点のまわりは、ぼんやりと滲んでいる。 間だけに、あるように見えるのだろう : 陽子の顔や手足は、黒の水玉模様になっていた。 あれはほんとに黒子なのだろうか ? 黒子でないとすると、いっ キョトンとした眼で私を見あげる。 たいなんだ ? なんだか吐き気がしてきた。 席に戻り五分もすると映画は終ってしまった。出演者などの名が「どうしたの ? 顔真青よ。気分でも悪いの ? 」 画面に流れているうちに、席を立った。」 暗い通路を出口へとむかう。 「普段太陽の光にあたらずに、夜型の生活をしているから、体がひ 陽子は私に身をすり寄せながら歩く。ときおり、アハン、などと弱になっちゃうのよ」 溜息を漏らしたりした。まだ心は映画の世界にあるのだろう。 私の方は居眠りをしていたのでストーリーなど、さつばり判らな まわりの人々を見てみた。 かった。とにかく退屈な映画だったという印象しかない。 すべての人々が黒い水玉模様の顔をしていた。黒い斑点は皆巨大 私はアクション物や西部劇、などが大好きなのだ。 化していた。 8 5

4. SFマガジン 1982年12月号

女のコンパクトを手に取り、自分の顔を覗きこんでみた。 「あたしの顔がどうかした ? 」 ほくろ 私の顔や手には陽子たちのような黒子はない。以前からあるもの 「きみ、そんなに黒子だらけの顔してたつけ ? 」 だけだ。 「ほくろ ? 」 どうしたのだろう。彼女の言う通り私の眼はおかしくなってしま 陽子の顔に、びっしりと黒子ができていたのだ。直径一ミリから リの黒子が、顔中、いや首筋のあたりまで点々と、三十個以上ったのだろらか ? 私にだけ見えて、彼女らは自分らの黒子が見え ないらしい できていた。 「なに言ってるの ? あたし黒子は右の耳と背中にあるだけよ。あ仕事場からここまで私は眼鏡をしてこなかった。近視なのだが疲 なたも知ってるでしよ。ゴミでも付いてるのかしら ? 」 れるとはずしていることが多い。 「ねえ。黒子がどうしたのよっ」 彼女は・ハッグからコン。 ( クトを取り出して覗きこむ。彼女の手に も浮き出ていた。 怒ったように言う。 「ゴミなんか付いてないじゃない」 「いや。おれの錯覚らしい」 「変なの」 「だって、その顔 : : : 」 彼女の顔を見、ゾッとした。なんとなく、体がむず痒くなってく 「あなた仕事のしすぎで眼がおかしくなったんじゃないの ? 」 る。彼女の顔から眼をそらして話した。 ウェイターがホットミルクを持ってきた。 なにげなく、そのウェイターの顔を見あげると、彼も顔中、真黒 2 な黒子が浮き出ている。カツ。フを置いたその手にも : ・ 私はまわりの客たちを見て、ギョッとした。店にいる客全員の顔外に出て、私は仰天した。 道行く人々が皆、顔中に黒子をびっしりと浮きださせていたので や手に黒子がびっしりあったのだ。陽子など少なくて小さい方だ。 「ど、どうなってるんだ : : : 。陽子。今のウェイターの顔、黒子だある。ひとりとして、ない者はいない。 黒子の数や大きさも様々で、一センチぐらいのそれを何十個も浮 らけじゃなかったか ? 」 かべ、顔が黒の水玉模様になってしまっている者もいた。 「え ? 気づかなかったわよ」 「やつばり私の眼が変になったのだろうか : : : 」 「まわりの客はどうだ ? 」 「なにぶつぶつ言ってるの ? 行きましよう」 彼女は見まわす。 私の左腕をつかんだ陽子が言う。 「普通よ。あなた変よ」 私はハッとして自分の手を見た。そしてテー・フルに置いてある彼これから映画を見て、食事をし、そして : ・ という段取りにな 7 5

5. SFマガジン 1982年12月号

「なんですって ! あたしの顔が不気味ですって ! よくも言った わね。別れるわ。ええ、あなたなんかとは婚約解消よっ。なによ、 やさしくしてればいい気になって。男はあなたひとりじゃないわ 3 つ。最近あたしに好意をよせてくれる男だって現われたのよ。売れ ない作家で少しスケベだけど。ミサキっていう : そんなことは 目覚めるとすでにタ方になっていた。 関係ないけど。とにかく、もう、あなたなんかとはっきあわない 「しまった ! 」 わ。キーツ」 とび起きようと思ったのだが、エビのように体を曲げ尻を突きだ したかっこうのまま体がかたまってしまっていた。 陽子は服を身につけた。 強引に立ちあがる。 「あ、君・フラジャー付け忘れたよ : : : 」 服を身につけた彼女は起きようとする私の胸をどんと突いた。な尻がホッテントットのように突き出たまま戻らない。しばらくそ んだか私は体がぐったりしていた。さっき飲んだ薬のせいかもしれのままのかっこうで、ヒョコヒョコと床の上を歩き回った。 尻を両手でぐいと押すと体はもと通り戻ったが、腰がガクガクし 突かれた勢いで私の後頭部はペッドの上の木枠にもろにぶつかっ た。頬にマッチ棒が一本へばりついていた。 「さあ大変だ」 た。鈍い音がした。 とりあえず陽子のア。ハートに電話を入れた。 五回ベルが鳴ってから、もしもしという声が聞こえた。声が震え 彼女は私のアンダーシャツの襟を左手でぐいとっかんだ。そして ている。泣き声のようだ。 右手を振りあげ、私の頬を打った。 「おれだけど、さっきは」 。十往復平手で殴った後、泣きながら走っ ガチャンと切られた。 て部屋を出て行ってしまった。 すぐにかけなおした。だが二十回ベルを鳴らしてもでない。 「まってくれ陽子 : : : 」 へ行くつもりだった。 べッドから降りたが足がふらっく。 私は舌打ちをして服を着た。陽子のアパ 1 ト 部屋をとび出、階段を駆け降り路上に出た。 ・ハタン ! と勢いよくドアが閉められた。 道行く人々を見て私は、ひえええ、と叫んで電柱にとびついた。 「ちがうんだ陽子 : : : 」 皆ぎよっとしたように立ち止まって私を見た。いや、見ているの 床に崩れた。 ・こと田じう - 。 「ちがうんだ待ってくれ、むにやむにや : : : 」 私は尻を突きだしたかっこうのままで、床にうつぶせになって眠蝉のように電柱にへばりついている私を、人々が足を止めて、ぐ ってしまった。 6

6. SFマガジン 1982年12月号

「ねえ、どうしたのよっ」 「お、おれ気分悪い。帰りたい」 「ほんと。それじゃしようがないわね。送るわ」 「いいよ」 「送るつ」 一度言いだすときかない性質なのだ。 「じやたのむ」 「タクシーで行きましよう」 私たちは大通りへむかった。 道を行き交う人々は皆、黒い斑点だらけの顔。 陽子がタクシーを止めた。それに乗りこむ。 陽子が行き先を告げる。 と答え歯を見せて振りかえったタクシーの運転手の顔も陽子と同 じ。 しオいどうなっているのだろう ? 二十分ほどで、私が仕事場兼、住み家として使っている賃貸しマ ンションについた。 タクシーを降り、階段を登って三階の私の部屋へ入る。 私はべッドにごろりと横になった。 陽子は風呂場へ行ってなにかやっている。 私は気でも狂ったのだろうか ? 天井を・ほんやり見つめている と、陽子が風呂場から出てきた。 「冷たいタオルよ」 「ぎやっ」 私は声をだした。彼女の顔と手足に浮き出ている斑点が、またひ たち ・日本の流れをたどる短篇集 日本古典集成 横田順硼 定価三三〇円 「西征快心篇」巖垣月州「南極の怪事」押川春浪「暗黒 星」黒岩涙香「悪魔の舌」村山槐多「星を売る店」稲垣 足穂「のんしやらん記録」佐藤春夫「建設義勇軍」宮野 周一「ヒルミ夫人の冷蔵鞄」海野十三「地図にない島」 蘭郁二郎を収録。 定価三三〇円 「風流志道軒伝」平賀源内「月世界競争探検」押川春浪 「シグナルとシグナレス」宮沢賢治「地球を弔う」中 . 山 忠直「人工心臓」小酒井不木「卵」夢野久作「怪船人魚 号」高橋鉄「偏行文明」木々高太郎「夜のロマンツェ」 中谷栄一「宇宙線の情熱」木下宇陀児はか四篇を取録。 定価三二〇円 「明治百年東京繁昌記」坪谷水哉「魔術師」谷崎潤一郎 「件」内田百閒「人間の卵」高田義一郎「ジャマイカ氏 の実験」城昌幸「氷人」南沢十七「浮囚」海野十三「遊 魂境」小栗虫太郎「植物の人」蘭都二郎「女面獅身」木 木高太郎「二千六百万年後」横溝正史はか一篇を収録。 ハヤカワ文庫 h<< 〔Ⅲ〕 〔Ⅱ〕 9

7. SFマガジン 1982年12月号

「お騒がせしました」 か ? 」 街中をひとまわり駆け巡った後、自分の部屋に戻った。陽子の所なにしろ私だけに見えるのだ。これが幻覚でなくてなんだ。 へ行く気力は失せていた。 おろおろしているうちに日が暮れ夜になった。 街中の人々が、皆同じようになっていた。そして、彼らの服だけ私はポトル一本を空にした。やけくそだ。 ではなく、建物や塀や路上にも、黒い斑点が現われていたのであ何度も陽子の所へ電話をしたが、出ない。 る。 「どうしよう。精神病院に入るのはやだよう」 べろべろに酔い、また床の上で眠ってしまった。 部屋に戻って、すぐに鏡に自分の顔や体を映してみたが、なんと もなっていない。部屋の中にも黒い斑点はなかった。 朝の光で眼が覚めた。カーテンを閉めずに眠ってしまったため、 「どうなっちまったんだ。おれは発狂したのか ? 」 もろにべランダから陽光が入ってくる。 床に膝を抱えてうずくまった。 「宇宙画ばかり画いてきたため、あんな幻覚が見え始めたのだろう 起きあがると全身がポキポキと痛んだ。頬に楊枝が一本へばりつ 3 6

8. SFマガジン 1982年12月号

とまわり大きくなっていたのだ。 「どうしたのよ。変な人ね」 「げげつ」 横になっている私の横に、彼女は腰かけた。そして私の額にタオ また私はのけぞった。 ルをのせた。 黒い斑点は彼女の全身を被っていた。 「どう、気持いいでしよ」 「あなたも服着たまま眠っちゃだめよ」 タオルは気持よかったが陽子の顔は気持ち悪かった。なんてこっ しかたなく私は下着だけになって再びべッドに横たわった。 た。美人の顔がだいなしだ。 「ウフフ」 「熱はないみたいねえ。き「と疲労よ。ろくに眠「てないんでし妙な笑いを浮かべ、陽子は背中に手を回して・フラジャーのホ〉ク をはずし、取ってしまった。挑戦的な眼つきである。 確かに、この一週間、一日、四、五時間ほどしか眠っていない。 ああ、なんということだ。形のよい彼女の胸までが黒い斑点だら 昨晩など三時間しか寝ていなかった。 けだった。 疲労のせいなのだろうか ? するりと私の右横にもぐりこんできた。 「少し眠るといいわ。はいお薬」 「ひっ」 彼女は水の入ったグラスと自分の。 ( ッグから出したらしい白い錠横眼で彼女を見る。間近で見ると、 いっそう不気味だった。額を 剤をひとつぶ差しだした。そして強引に黒い斑点だらけの手で錠剤汗がひとすじ流れた。 を私のロの中に押しこみ、水を飲ませた。 陽子は私の体に乗り、そして顔を近づけてきた。 私はゴホゴホと咳きこむ。 「おやすみのキス。あら、あなた眼鏡はすしてよ」 「あたしが常用している睡眠薬よ」 「うわああ、離れろ ! 」 「えっ 0 まだ眠くないよ」 「きやっ」 「あ、しまった」 「だめ、少し寝なさい。今晩は、あたし泊まって行くから安心して」 微笑した。視線がねっとりしている。 気づくと私は彼女を突きとばしてしま→ていた。 彼女はべッドの下で尻もちをついている。 彼女は立ちあがり、べッドの脇で服を脱ぎだした。 「な、な、な」 「んまつんまつんまっ。なによなによ。なにするのよ」 「あたしも、 いっしょに寝てあげる実はあたしも昨晩は半徹夜だ 「いや、ちがうんだ。その、君の顔が不気味たったから : : : あわ ったのよ」 あれよあれよというまにプラジャーとショーツだけになってしま あわてて口を押さえたが遅かった。 0 6

9. SFマガジン 1982年12月号

いていた。 に落っこっちまう」 4 ガンガンする頭を押さえながら、ふらふらとペランダに歩み寄そうだ、と呟き、ペッドの上から枕を取りあげ、再びペランダに 6 る。 出た。 べランダから枕をほうり投げてみた。 「昨日はとんでもない夢を見た。悪夢だ」 ペランダに出て街を見て、小便をちびってしまった。 枕はゆっくりと回転しながら、宇宙のかなたへ、遠去かって行っ 口からはシュウシウと息が出るだけで声が出ない。眼球は落ちた。すぐに見えなくなってしまう。 そうである。 テレビを点けてみると、な・せかちゃんと映った。朝の生中継のシ ・ヘランダの下には宇宙が広がっていた。 ー番組をやっている。街頭でインタビューをしているアナウンサ ーも、他の人々も、むろん街もちゃんとしていた。 よく晴れ渡った青空の下、ビルや家並のシルエットだけを残して テレビを消した。 暗黒の宇宙が広がっていた。 街の音は聞こえるのに、眼下に広がるのは大宇宙。冷たく光る星天を仰ぎ、ああ、と溜息をついてみてもどうにもならない。自分 くつも見える。 星や星雲が、い の頭を殴ってもだめ。風呂場で頭と顔を水につけてみたが、だめ。 ペランダから身を乗りだすと私のマンションの壁も宇宙。 どうしても部屋の外には宇宙が広がっている。そう見えるのだ。 おろおろするばかりで、どんどん時間が過ぎて行く。 私の部屋の中だけがちゃんとしている。ペッドや椅子や机、机の と、ドアがノックされた。 上の完成した宇宙画。 ぎよっとする。 時計は午前七時を差していた。 あわてて、鏡の前へ行き、私の姿を映してみたが、ちゃんとして「だ、誰だろう」 いる。どこにも黒い斑点はない。 玄関へ行き、ドアのこちら側から訊いてみる。 「なんてこった : : : 」 「誰だ ? 」 玄関へ行き、ドアを開けてみた。 「あたし。グスツ」 するとそこも、どこまでも宇宙。廊下など全然ない 。ドアの裏側陽子だった。 ドアを開けた。 からも宇宙が見えた。 「宇宙、宇宙、宇宙だ ! 」 4 一瞬我を忘れ、ゲタゲタ笑いながら部屋の中を踊り回ったが、す ぐ正気を取り戻した。 「どうしよう : これじや外に出られない。外に出たら宇宙の中「昨日はごめんなさい。あたし一睡もできなかったの。グスツ」

10. SFマガジン 1982年12月号

った。服を見ると、そこには、浮き出ていた。 。電話はどこへかけても話し中。 酒も切れてしまった。 私は悲鳴をあげて脱ぎすてた。パンツも脱ぎすてた。 「どうしたらいいんだ : : : 」 寒かったがしかたがない。 部屋の中をうろうろと歩き回る。 今までとは逆だった。私の体は一番あとにやってくるのだろう こんなことなら陽子を追いだすんじゃなかった。ちゃんと説明す 、刀っ・・ れば判ってくれたかもしれない。病院につれて行ってくれたかもし鏡を壁からはずし、部屋の隅にうずくまった。そして、ときおり れない。 顔を映して確かめてみる。 「おれはこのまま、この部屋から一歩も外に出ずに餓死するのか : 一瞬、私の顔にも現われたか、と思い、ギョッとしたが、そうで はなかった。鏡の表面にも点々と現われていたのである。 部屋の隅でミイラになっている自分を想像し、ぶるぶると震え もう鏡には手を触れないことにした。 「うう寒い だいたい、せつかく完成した宇宙画をなぜ編集者は取りに来ない すべての服に斑点が出ていたのである。それを着る勇気はでなか んだ ? 最近の私の作品の中では最高の出来だった。 宇宙画は机の上にのっている。 部屋と、そして部屋中の物に現われた黒い斑点はみるみる巨大化 宇宙遊泳をしていたスペース・マンが、宇宙船との命綱を事故でしていく。 断たれてしまい、暗黒の宇宙へ落ちて行く所を描いたものだ。地球すでに直径三センチほどになってしまった。 が左下に大きく画かれている。 部屋中が黒の水玉模様である。 眼鏡にも現われたので投げすてた。 我ながらすばらしい出来だと思う。 もう一度よく見てみようと思い、今まではずしていた眠鏡をかけ斑点が眼に見えるスビードで巨大化してきた。 直径が五センチとなり十センチとなって行く。互いにつながって さらに巨大化してくる。 そしてっと壁を見、気づいたのである。 壁には点々と、ゴマのように黒い点が浮き出ていた。壁だけでは それそれの斑点の中には星が見える。 なかった。天井にも家具にも、あらゆる物に、斑点は出はじめてい 私は眼を閉じた。そして耳を両手でふさいだ。 たのである。 じっとうずくまったままでいる。自分の心臓の音を聞いていた。 「ついに来た : : : 」 なんだか、こうしてす裸で膝を抱えていると胎児になったような気 私は鏡の前に立った。だが、私の顔や手足、などには出ていなかもしてくる。 っこ 0 6 6