少女 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1982年12月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

つよいしつかりした女性にとりかこまれて、年下の、夢みるようなず、何もいわずとも、グインには何でも理解されているという気が 瞳をした内気な少年にすぎぬレムスには、女のひざに心をうちあけしてならぬのだ。 て安らぎを得たような思い出がない。」 レムスはグインにうなづいて、彼の前をとおりすぎた。一瞬、耳 ( リン・メイ ) の底に、ノスフェラスの砂をふく風の音が鳴る心地がした。 白馬とともに野をかける少女、白痴の、しかし心やさしい少女ー ーまだ、レムスは、自らの思いを、淡い恋心とまで気づいてはおら その翌日、天馬の泉にリン・メイと・ホルテの姿はなかった。 ぬ。すでに決められた、いや、自ら決めたいいなづけであるアグラ その次の日もーーーさらにその次の日も。 ーヤのアルミナ姫のことを思って、心がとがめるまでもいってはい 月はゆるやかに満月へと近づきはじめ、草に咲いたマリンカもい つのまにか散りそめた。だが、天馬の泉には、そのすんだ水面に姿 ただ、あの少女といると、妙に心がやすらかになり、本当の自分をうっすものはなかった。しずかな、ほとりに短いかん木のしげる にもどれるような気がするーー・・そう思えるのだ。 小さなオアシスは、万古にかわらぬすみきった水を、のむものもな 「パロの国王陛下、お帰り 1 ! 」 くこんこんとあふれ出させているばかりである。 ・まノ \ よ、こ 他国の騎士たちの拝礼をうけながら、へやにもどる途中、豹頭 ( リン・メイは、ぼくに飽きてしまったのかしら ? の、異形の戦士があらわれて、王のご前とは知らなかったのか、い ぶん、あんまり女の子にとっておもしろい話しあいてじゃないのか そいでもとにもどろうとした。レムスはそれをよびとめた。 もしれないしーーーそれに、もしかしたら、リン・メイの族長がリン 「グイン」 に、あんな、国を失っておじの厄介になっている居候の王子にな 「ああ」 ど、近づくな、近づいてもろくなことはないとでも命じたかもしれ 「同じ宮殿の中にいるのに、仕事におわれて、ろくに話もできな ない。あるいは、身分ちがいだとでもーーー・ ) い。たまには、へやヘきて下さい。ゆっくり話しましよう」 そくっと、えたいの知れぬ淋しさ、さむけのようなものが、レム 「ああ、そうしよう。そのうちに」 スのからだをつきぬけた。 グインは云い、無表情にゆきすぎようとしたが、つと足をとめ もう一回、むなしく誰もいない天馬の泉を訪れたあと、レムスは こ 0 ついにたまりかねた。 「レムス。このごろ、少しおちついたようだな。いいことだ」 ( マオ・グル族の包 ) ( だとすれば、それはあの少女のせいかもしれませんね。あの少女何回かためらってから、レムスは、これがさいごだと侍女を籠 と、あの翼ある白馬との ) 絡して騎馬の民ふうのタしハンや衣類を手に入れた。タしハンて レムスはことばに出してはそう云いはしなかった。なぜかは知ら銀色の髪をかくし、すっかり草原の部族ふうのよそおいに身をつつ 6 4

2. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

かれらはクロウラーの洞窟の奥へと入っていった。もうどこにも た若者に説得するのに、少し手間どった。グインが剣ももたぬま ま、その怪物をたおしてしまった、というような話は、これまでたその妖蛆の死骸も、その痕跡さえもない。道はやがてくねくねと細 くなってまがり、上ったり下ったりし、かれらに方向の感覚を失わ くさんのふしぎなグインの力をみてきたイシュトヴァーンにさえ、 グインは、わせた。 そうかんたんには信じられなかったからである。 そしてどのぐらい行ったときか、 けがあって、突然手の中にあらわれた剣のことは、二人には云わな 、刀ュ / 「さあ。一」こですわ」 あのふしぎな声が、かれら三人の頭の中に同時にひびいた。 「もしそいつが本当だとすれば、グインーー、あんたは、正真正銘の 三人は、大きな一枚の扉のまえに立っていることに気づいた。手 怪物だよ。おれはクロウラーなんかより、あんたの方がよっぽどお をあげて少女がそれにふれると、扉は音もなくひらき つかないね」 とたんに、白いまぶしい光があふれた。 イシュトヴァーンは云った。 しかし、洞窟のどこにも、青白く光る妖蛆のあらわれるきざしな闇に馴れていたかれらはあっといって目をとじた。光の洪水に、 どありはしなかった。二人は、グインが別れた場所でその少女を見うたれたようないたみさえ感じたのである。ようやく、目が少しづ 出したとき、目をまん丸くし、うたれたようになって黙ってしまつつ光に馴れて、目をあいて見られるようになったときには、どこに も、少女のすがたはなかった。 「これはーー」 「ヴァラキアのイシュトヴァーンと、吟遊詩人のマリウスだ」 グインが紹介した。幻の少女はふしぎな紅くもえる目で二人を見だれかがひくく叫ぶのがきこえた。 「お進みなさい。わたくしの・ーーヨッンヘイムの女王クリームヒル つめた。心の内奥までもあばくような瞳だった。それから、彼女は ドの宮殿へお入りなさい」 かれらについてくるように云った。 少女のすがたは消えているのに、同じ声が命じた。 この地底の王国に入ってから、むしろもっともふしぎな経験は、 三人はおずおずと入っていった。それは、何だか、光の海のまん これからかれらを訪れようとしていたのである。 かれらの少し 前を、ふわふわと光りかがやく氷と火の柱のような髪につつまれなかに入ってゆくように思われたーーそれほど、その内部はきらき て、雲にでもつつまれているかのように、ふしぎな美少女が歩いてらと光にみたされ、そしてかって見たこともない、神々の住居をお いた。歩いているというよりは、流れているとでも、云いたいようもわせたのである。 すだった。グインは何か物思いに沈んでいるらしく、何も口をきこ何本ものまん中が細くなった氷柱が天井から床へさがっている。 うとしなかったし、マリウスとイシュトヴァーンもそうだった。かそして、その内部は、しだいに高く、せまくなってゆく氷と光の洞 2 れらはすっかり、このふしぎな少女に魂を奪われていた。 窟だった。かの声にみちびかれるままに、三人はその中に入ってゆ

3. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

ぎれいな顔で目つぶってーー死んでるのかと思って、それで、悲したことも生まれてからいちどもないのよーーあたしの一族は、天馬 くて」 を育ててる有名なマオ・グルよ」 「でも、死んでやしないだろ ? 」 レムスはやさしく云った。 その話は、きいたことがあった。トルースにほど近いあたりにい 「ばかだな。そんなの、・ほくをおこしたりしないでさっさとルー る、ごく少数ーー全部で包が三つぐらいしかない の民族で、た ムーをつかってくれればよかったのに。でも、ポルテって、翼があだ、よい馬をもっことで知られるはずだ。 るの ? なら、馬でつかまえられるかなーーーまあいも 、さあ、早く レムスはリン・メイのいうとおりの方向に馬を走らせた。リン・ 二人でポルテをつかまえにい こう。きみの名まえは ? 」 メイはだんだんおちついてきて、じっと首をまげてレムスをみつめ 「リン」 ていた。大きな、知恵おくれのふしぎな目、馬か、けものにも似た 少女ははずかしげに云い、馬にまたがったレムスの手にひつばら目が、素朴な崇拝をたたえてレムスをみつめていた。 れて、鞍のまえにのった。 「きれいね」 「リン・メイよ」 リン・メイは云い、そっと手をのばして、おずおずとレムスの銀 、くっ ? 」 「リンか。し 色の髪にふれようとした。 「十三よ」 「こんな色の髪、はじめて見たの。ーーーお月さまのうつった天馬の泉 みたい。それに、目もーー王子さまみたい。さっき、あんたのねてる どうしても十ぐらいにしかみえぬ少女を、おどろいてレムスは見のを見て、空からおりてきた神さまだと思っておこさなかったの」 ようやく、彼女が、少し身も心も発育がおくれているらしいこ 「ぼくは王子なんだよ。 もう、ほんとは、王だけど」 とに気づいた。異様なくらい大きな目も、そうしてみると、たしか 「じゃ月の国の王さま。 ねえ、こんな歌知ってる。「月の光で に知恵おくれの少女のものだった。 着物を織って白い天馬の背にのってわたしはあしたお嫁にゆく ( かわいそうに、それで・ほくをおこさずにーーー ) よモスの大神のお嫁になるよ』」 「ポルテって、どんな鳥 ? きみのかっている鳥 ? 」 「ああーーーさっき歌ってたの : : : あれ、ぎみだね」 レムスは叫んだ。 「まあ、おかしいわ。ポルテは、鳥じゃないの。馬よ」 「でもきみ、ポルテには翼があるって」 「夢の中でふしぎにおもってたよ。誰がうたってるんだろうってー 「だってポルテは天馬だもの。 きっと天馬の泉へいったのよ。 ー歌、うまいね」 ポルテは天馬祭に天へかえすために育てられてる天馬よ。体にひと リン・メイはパッと顔をあからめた。 すじの混りつ毛もなく、足もいちばんはやいの。ひとをのせて走っ 「あたし、みんなに、生まれるとき、脳みそを母さんのお腹におい 9

4. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

グインと、ほっとしたマリウスとが、入ったところから出ようとうだったーー・・そのうしろにはもう切り立った崖だ。 グインはその土の山を調べ、さらに、ぐるりとそのまわりをまわ むしろに手をのばしたときだ。 ってみた。 むしろが外側から動き、入ってきた、洗い物の皿を山ほどかかえ 「あっ」 た少女が、ハ ッと棒立ちになった。 土の山はどうやら、ただの目かくしにすぎなかったらしい。その その手から皿がおちてけたたましい音をたてる。娘が口をあけ、 ありったけの声で叫ぼうとしたせつな ! すぐうしろの崖に、明らかに洞窟の入口にドアをつけたとおぼしい グインの体が少女に打ちあたり、その大きな手がそのロをふさものがみえた。 ぎ、そして、いつのまに抜いたか、剣がびたりとのどにさしつけら「あそこだ」 れていた。 かけ出すグインに追いすがってマリウスがわめいた。 「ウ、ウ、ウ : ・ : ・」 「たいへんだ、グイン。さっきの音で、二、三人台所の方へ来るよ」 「声を出すな」 「急げ」 グインはうなるように、 グインは崖にかけより、ドアのとってをひつつかんだ。 「云え。でないと殺すそーーー秘密の倉はどこだ」 「錠がかかっている」 「グインツ , 少女は必死で首をふる。グインはすさまじい形相で、剣を少女の う、うしろであかりがついたよう ! 」 顔にあてがった。 「くそッ 「云わねばその鼻をそぎおとす」 グインはやにわにうしろへひくなりドアに体当たりした。 どんな時代、どんな国にも、顔が女のいのちであることは少しの木の扉は砕けてふっとぶ。 ちがいもない。少女はヒッと息をのみ、自由な方の手で一方を指さ「うわあ ! 女たちがぼくたちをみつけた ! 何かわめきながらこ した。 っちへくるよー 「よし」 マリウスのわめき声を耳にとめながらグインはあいた入口から中 グインの拳がひらめき、少女は気を失ってくたくたと床にくずおへとびこむ。 れる。 とたんに、彼はあっと声をのんで、その場に凍りついた。 それをひきずり、家の外のしげみに放りこんでかくすと、グイン 「グイン ! 逃げなくちゃ ! 早く、みんな武器をもってるよツ」 は少女の指さした方へ突進した。 マリウスがわめき、グインが動かぬのに焦れて、彼も中へとびこ 少女は、村と反対の方角を指さしたようだった。そちらには、一み「グインの腕をつかんでひつばり出そうとし 見したところ、こんもりともりあがった土の山のほかは何もないよ とたんに 3

5. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

あったのだと感じつづけなくては生きてはゆけませぬ。わたくしをと彼女とは、あまりにも違っている」 ごらんなさい わたくしは、ずっとずっとむかし、ヴァルハラ 「むしろ年老いて、みにくいすがたをさらすことも、死んでのこさ の、陽気で無邪気な乙女たちのひとりとして、何の苦しみも悩みもれたものを悲しませることもないわたくしは、幸福なものだといわ ない日をおくっていたのですわ。自らに、他の少女と異なる運命がなくてはならないのですわ」 あろうとも思わず、そんな予兆をわが身の上に感じることもなく。 女王クリームヒルドは快活に云った。 しかし、そのわたくしがある日拉致されて、このような地底へつれ「そして、さあ、わたくしと一緒においでになり、こんどはわたく て来られ、わたくしがえらばれた巫女であるのだと ョッンヘイしの口からあらためて、ヨッンヘイムの賓客としてあなたがたを長 ムの女王となるのだと知らされました。 老たちにご紹介させて下さいまし。長老たちは、わたくしのことば そのときから、わたくしには、夢みていた恋も愛人とのしとねにさからうことは何があろうとありませんーーーそして、わたくし も、花々も、短い夏の夜のそぞろ歩きも、ささやかでつつましい人は、あなたがたにできるかぎり楽しくすごしていただくようにと申 人の幸せも、 . 悲しみも、何もかもが縁のないものとなってしまったしましよう。あなたがたにうらぎられる心配は少しもありませんわ のです。ー・ーーそしてわたくしは千年のあいだここにいましたわ。こ な・せなら、あなたがたは心正しい人たちだからです。このヨッ れからもいるでしよう。氷にとざされて、地底都市の女王として。 ンヘイムは、心正しい人たちにあえばいよいよ輝きますわ ! 」 重い役割と秘密とを守って。もし運命を信じていなければ、どうし「ここの住人は、どういう人間たちなのだろう ? 」 てわたくしが千年の年月にたえることができたでしはうーーー」 グインはたずねてみた。 「女王よ」 「モルフキン いやアイルフは、それが氷人で、陽光に出あえば グインは感慨ぶかげに云った。 とけてしまう死者の魂、呪われた人々であるといったが」 「それはすばらしい考えかただ。そして、俺はどうしても思い出さ「かれらはふつうの人間ですわ」 ざるをえない しばらくまえに、俺たちは中原の死の都ゾルーデ少女は云った。 ィアで「不死の存在に出会った。やはり美しい若い女であったとき「繊細でやさしい、しずかな人々です。純金の髪をもち、北方から に、魔道使いの手で死でも、生でもないものにとじこ , められてしまやってきた人々の子孫ですー。ー長いあいだ、日にあたらずにいたの ったのだったが、・彼女は呪いと不幸の害毒をまわりにまきちらし、 で、あんなにその髪も色あわくなってしまいましたけれど。奴隷た そしていまは、し 、うもおそましい永遠が彼女をとらえている。 ちはみな、フアフニルの財宝をねらおうという、無謀な心をおこし むろん、死の娘タニアは禁忌をおかし、人間のふれてはならぬ領域た盗賊たちですわ。かれらはクロウラ 1 の穴よりは、奴隷となるこ にふれた王の手によってそうさせられたのだし、おんみは神の手にとをえらんだのです」 よって神聖な命をうけたのだった。 が、それにしても、おん身「ふしぎな国だな」 237

6. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

リリカルなあっさりした「枝サーガ」のひとつ。これは本来は、 かったのである。兄は、、・ しすれは、この国一のすぐれた歌い手になる 今回の短篇のラインナツ・フには入ってなかったのですが、マリウス だろうとうわさされ、饗宴のたびごとに皆が兄の歌を所望してはき 君とナリスさまの少年時代をぜひ外伝でみたい、という要望が、最 きほれるのだった。かれは母親の身分が低かったため、そうした正 近、きわめて多いものですから、特別に、いわば付録として、「思 式な席には三回に一回しか呼ばれることがなかったが、そんなとき い出の写真館」というかんじでつけ加えました。 にはいつも物かげから、じっと兄の声に耳を傾け、夢中でそのすが それなので、せいぜい二十枚のごく短いもののつもりでいたの た、人々の注目の的になっているそのすがたに見惚れていたものだ。 に、結局五十枚になってしまったのは、やはり小生のエコひいきの 故でありましようか。 まだじっさい、かれの兄、十五歳になるナリスは、たぶんこれま 十五歳のナリス少年は、体の弱いキース・アニアンか ) 一ドナン・ でこの地上に生まれた、いちばん美しい少年であろうとまでいうも ソルティのような黒髪の少年を、十三歳のディーン坊やの方は、木 のすらあった。沈みがちの静かな重い瞳は夜をおもわせ、その中に そらや 原敏江さんの「無言歌」の空也君、または百合太郎君のような、一 夜明けの紫色の輝きをのそきこもうとして、男も女も夢中になっ 見おとなしくてなかなか骨のあるナイーヴな少年を思いうかべてい た。病がちの、大人びた少年で、たいていの少年をだめにして、鼻 ただきたいと思います。同じく十五歳のリギア少女には、さあ もちならなくしてしまうにちがいない、そうしたちやほや扱いに 蓉姫さまか ( 天まで上れ ) 「大江山花伝」のふじこさんでいかがで も、あまり心を動かされるようすもなく、いつでも、誰に対しても 1 ) よ、つ、か どことなく距離を保ち、おちついている。その兄が、みちがえるよ うに子供つぼく、ほがらかになるのはかれや、乳母のむすめのリギ アと三人でいるときだった。そのことが、幼いかれにとっては、何兄弟には、ともにすでにその傍らに母はなかった。 よりの誇りであり、よろこびだったのである。 兄ナリスの母、ラーナ姫は、生きてはいる。しかし、パロの王国 かれは、何もかもを兄のまねをしようとし、それでいて、何もかの祭司長は血族の内より王妃を迎えねばならぬ、というしきたりに もを、兄と争う立場にならぬよう注意ぶかく何歩もひいていた。か従って、自らの甥の妻となり、 一子をもうけたすぐあと、彼女はゼ れはひそかに、静かでやさしい兄の中にひそむ途方もない勝ち気、アの尼僧として宮殿の中に小さな神殿をたて、そこにこもって信仰 ルアーその人のような誇りたかさを知っていて、それゆえに、 三昧の日々をおくり、小さな公子を育てたのは、生母のラーナ姫で たんかれが兄ときそいあうようす、きそいあいたいようすをさえ見も、父にして祭司長であるアルシス王子でもなく、乳母のデビ・エ レナであった。 せたがさいご、兄の自分への情愛、かれにとってかけがえのないい つくしみが、きれいさつばり失われてしまうだろうと、本能によっ 弟のディーンの母デビ・エリサは身分のひくい侍女の出で、本来 て知っていたのかもしれない。 はデビを賜わる家柄ではなく、それゆえ、後宮に入ることもなく、 8 7

7. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

「なぜそんなふうにして、ここにあらわれたのだ ? 」 グインはためらった。彼女の青白さが、彼に、これが瀕死のクロ 「わたしはーーー」 ウラーの彼をたぶらかそうとしておくりこんだ幻影ではないかとい 美しい少女か、あるいはそのま・ほろしは手をもみし・ほるのをやめ う思いをおこさせた。一 しいえ」 その顔にもすがたにも、ふしぎなきらめくような威厳があらわれ 彼女は両手をさしあげた。白銀の髪が、炎となってゆれた。・ て来た。 「違います。違います ! 」 「わたしはクリームヒルド。わたしはこのヨッンヘイムの女王で 「お前は俺の心を読んだな」 グインは叫んだ。 「わたしにはそれはロに出されるのと同じようにきこえるのですも「ヨッンヘイムの女王 ! 」 グインは息をのんだ。 「ではあの氷の女王か ! 」 彼女は云いわけをした。 - 「おお、怒らないで、ふしぎな方 ! あなたはヨッンヘイムの守護「そう呼ぶものもあります。何も知らぬものたちのなかにはーーー・あ 神を殺してしまった。なんということをーー・それほどの力をもっ存なたは ? 」 在が神々のほかにいようとは ! でもなぜなのです ? なぜこんな「俺の名はグイン」 ひどいことーーわたしたちが、あなたに一体何をしたとおっしやる彼は云った。 「俺ははるばる中原から、吹きすさぶ風雪をこえてきた」 「殺したいと思ってやったことではない」 「お客人ーー」 グインは答えた。 少女は、グインの態度に敵意も害意も認められぬことを、はっき 「俺は処刑のためにこのクロウラーの穴におしこめられた。生きのりと知ったにちがいない。 びるために、俺はやっと戦わねばならなかったのだ」 彼女はにつこりとほほえんだ。すばらしい微笑だった。一 「おしこめられた ? 」 「ではあなたはヨッンヘイムの敵ではない。そうーーわたしは、あ なたをうけいれ、もてなそうと思います」 輝かしいルビーの目が曇った : このクロウラ .1 は、そのよ「このクロウラーを殺してしまったことはゆるしてくれるのか ? 」 おお、何ということ おどろいてグインは云った。 うなことのためにここにいるのではないのに」 いまや、少しづ 少女は彼の足もとの死骸を見やった。それは、 「おまえは、何ものだ」 2 ふしぎにたえかねてグインはたずねた。 つ、地面にしみこむようにして、とけてゆこうとしていた。彼女の の」

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ーおれは、なよなよした、泣き虫の臆病者にや、男であれ女であれだよ。それでどうやって、惚れた女を射とめる気だい ? 」 イシュトヴァーンはくすくすと笑った。 がまんがならねえんだ。 ' 自分の身をちゃんと自分で処せるようなー こうと思ったら、まっ 「ときどき、やつばりあんたは神話の人間で、現実の人間じゃない ーおれに惚れたって決して敗けちゃいない、 んじゃね工か、という気がしてくるよ。むろんあんたは、 すぐおれに云いかえしてくるようなーー」 イシ、トヴァーンは幻の、理想の女を思いえがくようにうっとりで、頼りになって、おれの知るかぎり最高の戦士だが、そのーー・・何 というか、もうちっとーーー人間味があってもいいと思うんだけどな とした目つきをした。そのとき彼が、銀色の髪とスミレ色の瞳をー ー彼がひとふさの髪の毛を切って与えた初恋の少女のことを思いうあ ! 女好きだとか、酒に目がねえとか、何かさ」 「まあ、そう云うな、イシュトヴァーン。俺には何しろ、自分がほ かべていたのかどうかは、知るよしとてもなかったが。 「あんたはどうなんだよ、え ? あんただって男だ。どんな女をほんとうに人間なのかどうかさえ、完全には確信がもてんのだから」 グインはあくまでもおだやかだった。 しいとか、あるだろう、え ? あんたがそういう話をするのを、き 「チェ、つまらねえことを」 いたことがね工よ、グイン」 イシュトヴァーンはひょいと肩をすくめて、 「俺か、俺は、こんな体だからな」 「ともかく、おれはやつばり最高のものだけしか、手を出すつもり グインは笑った。 はないね。顔も、姿も、生まれも、気質も、何もかもだよ。うん ! 「まずたいていの女は、俺を一人前の男とは思わず、化物と思うだ ろうからな」 おれはそれに値するし、しかもそういう女を手に入れるためなら、 それどんなことでもできるつもりだ。そうだとも」 「女がどう思うかじゃなくて、あんたの話さ、グイン。 に、そう卑下したもんじゃないぜ。世の中にや、ゲテ物の好きな女イシュトヴァーンの声は、知らぬ間に大きくなっていた。 も、けっこうたくさんいるからよ」 しかし、それも、やむをえぬことであったかもしれない。かれら は、モルフキンの予言した三つの試練のうち、霧怪フルゴル、三つ なぐさめるつもりでイシュトヴァーンは云った。 「それに顔がちっとばかり人間でなくたって、あんたくらいたくまの頭のガルム、その二つまでを、どうやら無事に切りぬけたのであ しくて、強けりや なあ、グイン、教えろよ。あんたは、しとやる。あとは、ヨッンヘイムにはいりこむだけだと思えば、少しばか 長い困難の反動で、彼がうきうきしたとしても、ふしぎではな かな女が好きなのか、気のつよいのか ? やせたのか、肥えたのり、 か、べっぴんか、頭のいいのか ? あんただっていっかは女房ぐらかったろう。 いもらうだろうーーー」 グインは、それをおさえようとするかのように、手をあげたが、 「さあ、どうかな」 しかし少しおそかった。なぜなら、ふいにするどい叫び声が通路の 「チェ ! 要領を得ねえ奴だなあ ! まったくあんたはかたぶっ向うからきこえ、三人の足をはっと止めさせたからである。その叫

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「さあ、では、行こう・せ、グイン」 が忍びこんできたのである。 「ああ」 「何をグズグズしているの、ばかね ! 」 それは、さいごのときだった。 千年を生きてきてーーそしてなお、十九歳の少女のままの、幻と グインはゆっくりとふりむいた。 氷の守護女神はふっとマリウスをうしろから抱きしめた。彼はあり 「マリウス ありとその幻の肉のあっさを身に感じたのである。 そのひとことーーそのたったひとことのよびかけがすべてを語っ 「あなたはここにのこる人じゃないのよ。早く行ってーーー私を忘れ ていた。 ないで ! 私もあなたのことーー・覚えているわ。永遠にね。だから マリウスはびくりと身体をふるわせた。 あなたは出かけて、そして私のことをサーガに歌いなさい。吟遊詩 人さんーー・あなたにはそれがふさわしいんだわ」 「クリームヒルド イシュトヴァーンは黙ってそっぽをむいている。グインはせかせ るようすもない。 マリウスは氷の玉座にかけより、その氷の棺に唇をおしあてた。 マリウスは喘いだ。彼にはわかった。 ここは「時」の流れか「クリームヒルド、・ほくのーーお願いだ、形見をおくれ。きみをし ら、ぼつんと切りはなされた孤島だった。とどまるも行くも彼の心のぶよすがに : ひとつであり , ー・ーそして、ここに残れば彼は幻影の恋と、そして不「いし 、え、ダメよ。氷はとけてゆくものよ。私を忘れてもいいわ。 死ーー「時」に忘れられた平和を得るのだった。ここをいま去れ覚えているのは私だわ。だって私は永遠に生きるのだから。さよな ば、もはや二度とさがしあてるす・ヘはなく、有限な穢土、塵土のふら、マリウス。さあ、お行きなさい」 りつもる悲しみの荒野をさまよいながら彼は一生、氷の女王クリー マリウスを目をとじーーーそしてまた開いた。そして彼は連れに追 ムヒルドの面影を夢みるであろう。 いつくためにかけ出したのだった。 「・ほくはーー」 「おーい、待ってくれよ、グイン、イシュトヴァーン ! ・ほくをお マリウスは唇をしめし、何か云おうとした。 いてゆかないでくれ ! 」 そのとき、ふいに、彼の耳に、少女のかわいらしいくすくす笑い 255

10. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

女のひとりが、煮こみをもった皿をグインにさし出した。グイン たらしい、えたいのしれぬ餅。 さいごに、少女たちが二人がかりで大きな深鍋を運んできた。そはクンと鼻を鳴らした。 のまま火にかけてあったらしいナベの中には、どろりとした煮こみ「つよい香料だ」 がもりあがり、びつくりするほど大きいぶっ切りの骨つき肉が木の彼はいかにも豹然と鼻にしわをよせて云った。 実や香料といっしょに、とろとろとうまそうに煮えていた。これが「何の料理なのだ ? 」 この宴の主役であるのはたしかなことで、これが出たとたん、女た「おいしいのよ」 ミヤオア / 戸ージア ちはマリウスの歌さえいっときそっちのけにして盛大な拍手で迎女は、よだれの垂れそうな、猫にまたたびをやったときそっくり え、大さわぎをはじめた。しかし、歌に酔いしれているマリウスはの恍惚とした顔でささやいた。 「おいしいのよ」 そのまま歌いつづけたし、さしも食い意地の張ったイシュトヴァー ンも、それまでに出された山のようなご馳走を、あとからあとから グインはうけとり、それをひざの前においた。 さいげんなく平らげていたので、さすがにこれ以上何も口に入らぬ「わるいが、もう充分たべたようだ」 くらい満腹になっていたので、残りおしそうな目でみたもののその 云わせもはてず、かたわらにいたもう一人の女が、それをひった 煮こみは遠慮した。 くり、がつがっと食べはじめた。 しかし女たちのよろこびようは非常なもので ) 恍惚とした顔にな「精がつくのに」 り、皿をとって手に手に肉をとりあいはじめた。それまでにも、女「へえ。精がつくって」 たちはありったけのものを食い散らしていたのであるから、女たち ききわけて、イシュトヴァーンは目を輝かせた。 「じや少し貰おうか。どうせ、おれにや、精がたんと必要になるだ / ーいかに大ぜいいるにしたところで、やはり、底なしとで の食欲よ、 も云わねばならなかったろう。 ろうからな」 彼女たちのようすは異様にさえ見えかねぬくらいだった。うっと「ご生憎さま。ナベは、からになってしまったわ」 りと半びらきにした唇からはよだれがしたたりおち、食べる前から女の一人が云った。 陶酔状態におちいってしまうものさえいた。皿に山もりにとったか「みんな、ナベの底までしゃぶってしまった」 れらは、肉をたべ、骨をしゃぶると、皿にのこったものすべてをネ「そうかい。そいつは残念だな。じゃ、また作ってくれるのを待っ コ . のようにきれいになめてしまい、先を争ってお代りに手を出すのことにしよう。なあに、おれは若いんだ。そんな精力料理なんそな である。強烈な、特有の香料のにおいで、家の中はくゆったように くたって : : : 」 よっこ 0 「なかなか、つくれない料理なのよ」 「あなた」 舌なめずりをしながら一人が云った。 に 3