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検索対象: SFマガジン 1982年12月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

軍、大金持、そんな力のあるものになってみろよ。おまえが豹頭だた。 「グインーーおまえや ) まさかリンダを、ーー」 ろうが、・フタの頭だろうが、それどころか・フタそのものだってもか グインが何かこたえようとしたとき。 まやしねえ。あとからあとから女どもがむらがってくる・せ。女なん 「おーい、 ざ、そういうもんだからよーーーカと金さえありや、顔なんざなくた 遠くから、叫ぶ声ーーーそして、マリウスが走ってきた。一 ってかまわねえのさ。やつらにや、王の顔は金のかたまりにしかみ ここは・ーー・天 こいつはおどろいた なあ、グイン、おまえほどの戦士が、呪いをうけ「早くこいよーーーみんなー えねえのよ。 て豹頭だというだけの理由で、一生あちこちうろっきまわってる国だそう ! 」 なんて、ばかげたこったぜ ! 本当云えば、おれなんそより、おま えの方が、もっとずっと王らしい貫録もあるじゃねえか。豹頭だっ てさーーかえって、その名を、それこそ吟遊詩人どもはこそってう どうだ、語呂が、 たうだろうぜ。豹頭の帝王ーー豹頭王グインー 「天国ーーー ? 」 、グイン。ええ ? 」 、と思わねえかい そのことばが、ききちがいでなかったとわかると すてきにいし 「これはマリウスもそうだが」 二人は、思わず、マリウスの頭がどうかしたのではないかといぶ かしむように、顔を見あわせた。 グインは呟くように、 「おまえもあの男も、男としてはあんまりよく喋りすぎる。その点その間にもマリウスは一生懸命さし招いている。 「行ってみよう」 では、まことにお前たちはよく似ている」 「よしてくれよ ! おれのどこが、あのおカマ野郎に ゆっくりとグインが身体をおこすのへ、イシトヴァーンが不安 「イシュトヴァーン、お前の計画というのが、どのようなものであそうに云った。 るかは知らぬ」 「おい、待てよ これは、何かのワナじゃないのか ? あいっ グインはかまわず、重々しく云った。 が、おどされでもして、おれたちをおびきよせるためにー 1 大体、 「だがこれだけは云っておこう。イシュトヴァーン、お前は若くこんなところで天国って、一体、何が天国なんだい ? 」 て、野心にみちている。いくらでも無茶のできる年頃だ。だが 「おーい、何をしてるんだ。早くこいよ」 人の道にもとるようなことはするな。パロの王女を泣かせてもよい マリウスはいっそうもどかしげに呼びたてた。その姿は、毛皮の のか ? 」 帽子もマントも、生命のつぎに大切なキタラさえとり去ってどこか イシュトヴァーンは、ぎくりとしたように、グインをすかし見へやってしまい、顔はだらしなくゆるみつばなしなのである。 2

2. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

って豹の顔にしたの。虎の顔じゃあタイガーマスクだし、ライ オンだとライオン丸になってしまうからね。 固有名詞をいろいろなところから持ってくるのは、原典の 雰囲気というのを効果として考えたわけですか。 栗本私自身が原典を好きなわけ。それの持っている雰囲気を 取り入れたいわけ。私はこの物語では、オリジナリティーとい うものを全く尊重していない。だからといって、それはもちろ ん盗作するとかそういうことでは全くないのね。こちらの方が しい名前なんだけど「火星シリーズ」に出てきた、だから遠慮 して違う名前をつけようとは思わない。むしろ、その響きを、 そのムードを再現させる音を探しているわけ。オリジナリティ ーを重視しないのは、グイン・サーガにとっては非常に大切な ことたと思うの。いろいろな物語のいろいろなエッセンスが私 の小説の中に存在してほしいのよ。これは、もちろん私の話で あって、元の原典とは全く違ってるんだけど、それは私が読ん で面白いと思った小説や映画とか歌舞伎とかが必ずグイン・サ しいと思った ーガの中にあるの。私がいいと思ったものカッコ、 もの、すごいと思ったもの、そういうものを全部とどめておき たいの。その小説のままとどめるのではなく、私がその時感じ た情緒、胸の中に起こった感情をとどめておきたいの。 その感動を読者にも分けてあげたかった。 栗本そう。古い地名を使うのは、これは明らかな意図があっ て、何て言うか、ヒモをつけたかったのね、現実との間に。ク モの糸みたいなもので微妙につながっているものにしたかった の、現実とのね。 的なものが出てるのは、物語としての幅を広げるため にする心開いた伴走者達なのです。 何よりも楽しいのは、とびきり魅力的な登場人物達、豹頭の戦士 グイン ( あの頭の下には信じられぬ程美しい顔が隠されていると今 も固く信じている ) 、リンダとレムス、レット・ハトラーとちょいと 似た色男イシュトヴァーン、艷やかなナリス、アムネリス、そして 気になる男性は、ヴァレリウスにマリウス。 誰もが美しい 。もう大変に美しいのです。 何故かこの物語中登場する男性達は個性的な性格を備えた一一枚目 ばかりで、娘達は気の強い美女が多い。このあたりの趣味も私の夢 の世界に。ヒッタリなのです。中にはそれなりの姿形と性格を与えら れた人達もありますが : ・ : 。たとえばレムスはどうでしよう。美し いけれど少々気弱なレムス、それでいながらパロ王国の王者レム ス、彼だって素晴らしく立派な男性に成長して行くと思うのです。 だってあの気の強いリンダがイシュトヴァーンに恋を感じた時、物 。グイン・サーガのおもしろさ 思う乙女に変身したのですから・ : は、長い年月の中で少しづっ変って行く彼等の心の動きその成長に もあるのですよね。あのコチコチの超戦士グインが恋をして顔を ( 豹頭 ? ) ポッと染めるような場面も見てみたいし、レムスにも花 のような恋人をと願うのは、私達愛読者の我儘でしようか。 物語は続きます。幻想の世、私の夢のグイン・サーガの世界。今 の私には、幼い日残り少ないページ数を数えたあの時の不安はあり ません。私は唯、これからも続く私の夢の世界と彼等の冒険を期待 するのみです。 運命の神ャーンに操られる人々の物語。 その物語に魅きつけられた私達愛読者もまたヤーンに操られる人 間達なのかも知れませんね。 9 9

3. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

ぼくはまだあれに云っていないんだ」 べて、ナリスの涙のまえにとけていった。・ほくはなんと子供だった 「ナリスさまーーー」 のだろう , ーーかれはひとりごちた。 ( あんなかげ口をまにうけて、たとえ一ときでも、ナリスがぼくを「一人になれば、デ イ 1 ンもそんないたずらはしなくなるよ。それ 嫌っていると思うなんて ) ナリスの目の中にある、悲しげな、何か云いたげな光にディーン 「何です、ナリスさま」 はとうとう気がっかなかった。 「それに、・ほくはー・・こ ホートで流された 「さあ、あっちへ行こう。少し休んだ方力しし あとは、ききとれないほど低くなった。ゆたかな髪をうしろで銀 の ? お腹はヘっていないの ? そうーーーそんなおじいさんが : のひもでたばね、青白いやさしい顔をした少年は、ロの中でつぶや そんなことを云ったのーーー」 ディーンが、着がえのために奥へ入ってゆくのと、扉を荒々しく C ほくはーー一度だって、木からふざけてころがりおちたり、ポー あけて、怒った顔の、守役のルナンが入ってくるのとが同時たっ トで漂流したり、市場へまぎれこんだりーーそんな子供らしいいた こ 0 ずらをしたことがなかった。このマルガでさえ ) 「ディーンさまが、お戻りになったそうで : : : ポートをいたずらし「ルナン」 て中の島まで流されたそうですな」 「ああ、待って、ルナン。 ディーンを叱らないでやっておく「ディーンを助けてくれたという、中の島の老人ーーー何ものなの れ」 か、調べておいてくれないか。少し、気になる」 ナリスは椅子から立ちあがった。黒いつややかな髪がふわりとな「かしこまりました」 びいた。 しかし、そう命じたとき、もう少年の顔はしずかになり、行く夏 「そうは参りません。ディーンさまは、とかくおいたが過ぎます。を惜しみ、去ってゆく子供時代をかなしな光もまた、すでにそのお もやってある・ホートにのりこんだりしてはいけないと云ってあったちついた、大人びた目の中からは失せていたのである。 はずですからなーーさあ、ナリスさま、おどきを」 ルナンは翌日、もとめられた情報をもって来た。 「待ってー 「ディーンさまは ? 」 「いない。きようは亡き母上のご命日だからと、ヤヌス神殿へいけ ナリスは目をとじた。 にえをささげにいっている」 「あの子を叱らないでやってくれ。ーーーあの子はまだ知らないんだ ナリスは小さく笑った。その笑みはどこか淋しげだった。 から。これが、ぼくとあの子の、一緒にすごすさいごの夏だってい 「ねえルナン、おかしなことたね。ディーンと死んだ母上の方が、 うことを。ーー来年のはじまりとともに王室学問所にゆくことを、 0 9

4. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

マリウスは次から次へと知っているかぎりの歌をうたった。女た 「それは、女から子種をもらうことはできませんわ」 2 女は云ったきり、それではどうするとも、云おうとはしなかっちは、一曲おわるごとにゃんやのかっさいをし、キスをあびせか け、この黒髪のオフイウスに抱きっこうとし、そのままにしておけ ば、それこそ伝説のオフイウスをひきさいたエウネケの巫女たちの この話の途中から、イシュトヴァーンがききつけた。たちまち、 ように、彼をひきさいて食ってでもしまいかねなかった。マリウス 傭兵の黒いいたずらな目が輝いた。 の美声がつづくにつれて、イシュトヴァーンやグインのまわりには 「子種 ! 」 べっていた女たちまでもが、しだいに、もっとよく声がきけ、その 彼は叫んだ。 姿がみられる場所をさがしてマリウスのまわりへあつまってゆきー 「子種がほしいから歓迎してくれるんだって。そんなことなら、 トトの矢を射ちつくすまで分けーそれにつれて、イシュトヴァーンの顔は吹きぶりのようになって くらだってーーお安いご用だー っこ 0 し / てやろうじゃないか。グイン、あんたは遠慮した方がいいぜ。とに っこうにかま グインのほうは、まわりの女がいなくなろうと、い かく男なら知らず、豹の顔をした女なんそが生まれてきた日にや、 うことではなかったので、あいかわらず、たくさん飲んでいるよう えらいことだからな この不法な云いぐさにも、グインは別に気をわるくしたようすもなようすをしながらあたりのようすをさぐっていた。そうする間に なくすわっていた。その目はするどい輝きをひそめ、彼は、ときども少女たちが、あとからあとから新しいあっくした酒や料理の皿を ぎ杯をうけてゆっくりと口にはこんではいたが、たえず何かを考運びこんでくる。マリウスの歌と歌のあいまに、女たちがしなやか え、さぐり、あやしみ、しかもそのことを女たちに気取られぬよな指でたべものをそのロにおしこむ。 う、注意している、といったふうに見えた。 グインは無表情な目でそのご馳走を眺めていた。半分ほどは、中 いつぼうこんないきさつには、気もとめてないマリウスの方は、原の北部でけっこう見なれているものだーーーヴァシャの乾果のシチ ュー、飛びネズミの焼き肉、ねり粉菓子、何かの卵のからい煮こみ キタラを手にとり、女たちのまん中にとびあがった。 キノコのゆでたのに羊の肉の串焼き、種々の果物、木の実、乾 「さあ、恋の歌をうたってきかせよう」 陽気な吟遊詩人は叫ぶなり、和絃をかき鳴らした。たちまち、美果。あげ菓子、ねり菓子、蒸し菓子ーーのこり半分は、珍しい、あ しい張りのあるゆたかな声が北の海辺に流れる。 まり見たこともない料理。深いッポに入った、とろりとしたピンク 女たちはマリウスの歌にききほれ、うっとりと目をとじるようだのシチュー、女のひとりはそのれをウサギのはら子の血を入れたシ った。これをみて、そういうご機嫌とりの武器をもたぬイシュトヴチューだと教えた。指さきほどのねり物を具にしてさまざまな野菜 アーンのほうよ、・こ、。 ナしふおもしろくない顔で、 - いっそう酒をのみはとス 1 。フにしたもの。蒸した穀物にどろりとした甘いソースをかけ じめた。 た料理、いろいろなものをつき砕き、よくねりま・せて平たくして焼い こ 0

5. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

どーだ、レムスの顔を そ 1 ぞーしてみろ ! レムスはな ~ リンダちゃんと イシュトヴァーンの ラブシーンをのぞきみ してたんだぞく〉く トイレにいきたく ′ハ〔い、なったら・ : レムス君やイシュト グインさんはいい 男だから 考えたんだが・ : ・ あのケス川下る時 て一て一て一 みぞみぞみぞ ろーろーろー でもリンダちゃんは そっはいかない : こーやって水の 中でする で、やってる 大口に喰われたり して ロ 0

6. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

ざめた。その壇に鎖で手首をつながれ、切りそろえた黒髪を乱しその顔は真赤に染まり、もりあがった筋肉は緊張の極に達してふる 0 て、いたいたしくゼフィール王子がくずおれていた。老人の手にはえた。が、強力な東縛が、老人の邪悪な手に握られた刃が王子の咽 3 革鞭が握られ、そしてところどころ王子の肌は血がしたたってい喉を断つのをさまたげるに充分早くは自分を解放してくれないと判 る。どうやら老人の邪悪な吸血の儀式は、よこしまな狂喜にざわめ断するや、彼は右肩をうしろに引き、ほとんど一直線にからだを横 にひらき、肩のうしろにふりかぶった愛剣を投げ槍の要領で老人の く影どもに囲まれ、いまやその最後の段階に入ろうとしているよう だった。というのは老人は鞭をすてると、彫刻した柄のついた短刀背に渾身のカで投げつけた。 を握り直し、残忍な喜悦にひたりながら彼のかよわい獲物にむきな老人の口から、人間のものとも思われぬ絶叫がほとばしって青白 おったのだ。彼は背後の床が切りひらかれてヴァン・カルスの上半い大理石の広間に群れた影どもを恐慌におとし入れた。カルスの投 身があらわれたのに気がついたかっかぬのか、ふりかえろうとさえげた刀は柄まで刺しとおして、老人の胸にふかぶかとつらぬかれて しなかった。老人は身をかがめると、あえぎながら身をよじる少年いた。老人は一瞬悪鬼の形相に、道連れに王子の生命を奪おうと望 むものか短刀をふりかぶったが、その痩せほそった手が力を失って の肌に流れる血を手にうけて舐めた。 「ああ、王子よ、お前はわしを夢中にさせる : : : お前はなんと若くだらりと垂れると、全身をけいれんさせながらあおむけに床にころ 美しく生命に満ちているのだろう。さあ、この刃に少しづっ切り裂がった。背に深く刺さった剣の柄が老人の上半身をこころもち持ち かれるようそのやわらかな咽喉をさしのべるがいい。断末魔の苦悶あげて支えている。傷口からじわじわと、おびただしい血が白いガ にのたうつお前のからだからそのときこそわしは一滴もあまさずおウンの胸にしみだして来、信じられぬほどの年齢を経た老怪物の顔 はみるみる土の暗い色に変化していった。 前の甘いあたたかな血をりとってやる。そしてお前のむくろには わしが冷ややかな地霊の力を借りて影の生命を吹きこみわしの永遠影どもは右往左往していた。実体のない生物どもの口から奇怪な の日々を共にするようお前を美しい亡霊にしてやろう : : : わしはお鳥の鳴声のような悲鳴がもれ、かれらは徐々にその色を薄くしてい 前をわしの右に座らせよう。 き、カルスには、老皇帝の死が原因なのかどうか、かれら奇妙な地 だが邪魔が入ろうとしている。わしはいそがねばならぬ。さあ、霊どもがいまそのさだかならぬまがいものの生命を失って消減して いこうとするのがわかった。 咽喉を : : : 」 老人の指が少年の顔をのけぞらせ、刃をその咽喉にあてた。王子力ルスは満面に朱をそそぎ、すべての力をあつめて、ようやくお の唇は声にならぬ苦悩の叫びにひらかれ、まるくかれら一一人をとりのれの腰と足とをひきぬいた。とたん、何事もなかったように床の かこんだ影どもは恍惚としてその陰惨な情景に見入った。 われめはびったりとあわさり、溶けあい、カルスは疲れはてて、息 カルスはその全身の発達した筋肉にありったけの力をこめ、びつをはずませながらその上に横たわっていた。 たりとあわさって下半身を東縛する穴から身をのがれようとして、 「王子 ! 無事か、どこも怪我は ? 」

7. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

え、長くは気にゃんでいられぬようだった。彼の目は、室じゅうをともできない、幻みたいなもんじゃないか。あんな幻に恋をしてど みたしている黄金と虹の炎など、少しもみてはいなかったーーー彼のうなるってんだ ? おれにやーーおれにやわからないね」 詩人の目は、ただひたすら、むさぼるように女王の上にむけられて「たしかに、氷の中の女性では、子孫をのこし、平和な家庭をもっ いたのである。 というわけにはゆかんだろうが」 グインはわらい、ゆっくりと立ちあがった。 「それ以外の価値を求めて恋をする人間も、ごくたまにだがいるこ とはいるのだ。マリウスは詩人なのだ、イシュトヴァーン。詩人に 「おお、グイン。こここ 冫いたのか」 は、ものごとが、われわれ凡人と同じようにみえるとは、限らんの ぶえんりよな大声でいって近づいてきたのはイシュトヴァーンだ 「それにしてもおれならごめんだがねえ」 「おまえは、ここが気にいっているらしいな」 イシュトヴァーンはそっけなく云った。 それは、ヨッンヘイムのもっとも奥まった、クロウラーの洞窟の 「あいつは毎日毎日、朝から晩までーーーこの時というもののない国 すぐ前であった。グインは顔をあげた。 で、そういえるとしての話だがーーー氷に語りかけ、氷を賛美し、氷 「うむ、ここは、しずかで邪魔が入らんので、考えごとをするのにに恋歌をうたってきかせてやっているぜ。詩人てものは、たしかに いい。マリウスはどうした ? 」 人とはちがったように世の中がみえるんだろうな ! あいつは、棒 「マリウスね」 くいにだって、人のかたちをした石にだって、恋歌をうたってやっ イシュ / トヴァーンの声には、微妙ないじわるいひびきがこもってて満足するだろうよ。ふつうの、肉と血をそなえた女でないものな ら何でもな」 「また、例のところさ。神殿だよーー・彼女のすがたを阿呆のように 「それは少し酷というものだ。俺もあの女王は珍らしい真の女性と 口をあけて、ただじっと見とれているよ ! 」 いえるものの一人だと思う。彼女には、つつしみと愛嬌、あきらめ と希望とが共にある。彼女以外のほとんどの女をあの境遇においた 「あいつは力だと思っていたが、こんなにとは思わなかったな」としたら、たぶん最初の百年のすぎるまえに狂っているだろうから しんらつにイシュトヴァーンは云った。 な。ところで、わざわざさがしにきてくれたというのは ? 何か、 「どうみたって、、あいつはあの氷の女に惚れちまったんだ。それも用だったのではないのか ? 」 ぞっこんな。どうかしてるねーーーどうかしてるよー いくら美人だ「ああ」 って、氷の中にとじこめられて、腕に抱くことも、接吻してやるこ イシトヴァーンは何か具合のわるいことを思い出したような顔 っこ 0 9 2

8. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

れきり、戻っては来ない。彼女は人間を食っていよいよ大きくな グインは存分に食べ、飲んだ。壺に入った酒は、えもいわれぬ香る。このままでは、この谷いつばいに、いずれはびこってしまうだ りがし、金色だった。ランタン婆はそれを「たん。ほ。ほのワインだろう」 よ」と説明した。 「これはまた、奇怪なことをきくものだ」 腹がくちくなった。グインは皿をおしやり、壺からさいごのひと グインはいくぶん呆れ顔で、 飲みをした。 「人間を食ってはびこる女だと。そやつは魔物か ? 」 「ありがとう。うまい食事だった たとえ何からできていようと「たぶん。いずれにせよ、ヤヌスの祝福し給うた生物じゃないのだ な。それで、婆ーーお前はこの俺に、何をさせようというのだ ? よ。あたしにはわからない。あいつが一体どこから来て、そしてど もう云ってもよかろう。ええ」 ういう呪わしい力によりあのようなものとなったのか。ただあたし 「おう、英雄のグイン」 の知っているのは、あいつが人間の男をさそい、生血を吸いあげ、 奇妙なことに、婆はロごもり、顔を赤らめ、しばらくためらっ谷いつばいにはびこっているということだ。ランタン谷はもうじき た。心底を見ぬかれたことにうろたえるかのようだった。 あいつにの 0 どられてしまう。あいつの足もとには、白骨がころが が、やがて、婆はおずおずと云った。 っているーーあいつはあたしを狙っている。なぜなら、あたしは、 「たった一度の食事を恩にきせて、英雄のあんたをやすく使おうとあいつが来るまでは、ランタン谷のただひとりの女王だったから してるなどと思わないでおくれ。あたしは、ほんとに、ひどくひど だ。そうともさーー昔、あたしは、男どもの血をもやしたものだ く困ってるんだーー困りはてて、もうどうしていいかわからないんし、しかもあたしはかれらに憩いとやすらぎをくれてやったものだ った。ランタン谷はとても平和で美しかった。おうグインーーーあの あま 「何がお前を困らせるのだ ? 」 女は、ランタン谷をめちやめちゃにたたきこわしてしまおうとして それでも婆は、しばらく打明けかねるようにもじもじしていた。 るのだよ」 それから、やっと云った。 ランタン婆は天色の髪をかきむしって、嘆きの声をあげた。 「ここはダークランド。 他のところとは、違う法則が支配して 「あたしがもっと若ければあいっと戦い、うちまかしてやったの いる国」 「お前の云うことには、もうひとつ、よくわからんところもあるが」 「あたしはもう、ずっと長いこと、ここで平和にくらして来た。だ グインは考えこみながら、 のに、このごろ、あやしい女があらわれて、あたしの心をおびやか「しかしひきうけたからには乗りかかった船ということもあるだろ すのだよ。何人もの英雄が、彼女を退治ようと出かけていった。そう。よし、婆、お前の心配をとりのぞき、ランタン谷にもとの平和 2 6

9. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

も、壁も天井も、その意味を失い そのとき ! 6 彼の手は、ふいにその中にわいた冷たい金属ーーー剣の炳の感触をそしてたしかに壁のあるはずのところに、彼女は立ってーーそし盟 て、グインの方に両手をさしのべていたのである。 がっしりと握りしめた ! めったに、ものに いや、妖怪や、変化のたぐいにすらおどろ この奇蹟を、うたぐっているいとまも、あやしむひまもゆるされ くことのないグインが、いまは、剣がそのしびれた手からすべりお なかった。彼は顔を酸からかばうために左腕をあげ、その不自然な ちるのすら気づかぬまま、あっけにとられてその光景を見つめてい 体勢からできうるかぎりの力をこめて、剣を思いきり横ざまにない 彼女は全裸だった。そのかがやくばかりに白い、みごとな裸身を 絶叫ーーー かくす、布一枚、糸一本、身につけてはいなかった。 声なき絶叫 ! 洞窟がこの場でくずれ去るか、というほどのすさまじい波動が彼すばらしいもえたつ。フラチナ・・フロンドの長い髪が、滝となって そのからだにまつわり、 - 足もとまでも流れおちている。 の目をくらませた。 彼はなかば気を失いながらも、ほとんど無意識のままに、とびすその顔にあどけなく、それでいて女神の気品をもっていた。ほん さり、とびこみ、剣をふるい、クロウラーの胴を、何回も何回も叩 の少女のようにもみえ、おそろしく長い年月を生きてきたようにも みえた。ぬめりをおびるほど青白いそのからだは、ほっそりとして き斬った。 それはまるで・ハターを切りさくように手ごたえがなく、しかし彼いたが、すばらしく均斉がとれて、ニンフの彫刻もかくやと思わせ が剣をうちおろすたびに、何ともいえないいやらしい、ねばねばと その目ーーーふしぎな紅・ハラの色の目が、まっすぐに彼を見つめ、 した悪臭をはなっ液が流れ出 ざわざわ、ううねと触毛ーーーそれとも絨毛は、その持主の苦痛と青ざめたくちびるが小さくひらき、そのきしゃな両手は、彼に哀願 するようにさしのべられている。 断末魔をわかちあってでもいるかのようにふるえ、うごめき そのとき、グインは、それを見たのだった。 彼女は岩の中に立っていた。そうというほかなかったー・ーー彼女の 「やめて、やめて」 いるまわりだけがぼうっと青白く、そして彼女の声は、声というよ したい、どこからきこえてきた声であったのか りは、彼の頭の中につづられる空気のふるえとでもいった神秘でや グインはわが目を疑い、肘までも怪物の″血″にぬらしたまま、 わらかいひびきで、彼に忍びこんできた。 茫然と見つめていた。 「おお、お願い。やめて。どうしてーーーどうしてこんなひどいこと ふいに、洞窟は、存在しなくなってしまったかのようにみえた。 をするの ? 」 というよりも、岩々が、透過性の物質にすぎなくなり、その広さ彼女は訴えた。 じゅう

10. SFマガジン 1982年12月臨時増刊号

グインと、ほっとしたマリウスとが、入ったところから出ようとうだったーー・・そのうしろにはもう切り立った崖だ。 グインはその土の山を調べ、さらに、ぐるりとそのまわりをまわ むしろに手をのばしたときだ。 ってみた。 むしろが外側から動き、入ってきた、洗い物の皿を山ほどかかえ 「あっ」 た少女が、ハ ッと棒立ちになった。 土の山はどうやら、ただの目かくしにすぎなかったらしい。その その手から皿がおちてけたたましい音をたてる。娘が口をあけ、 ありったけの声で叫ぼうとしたせつな ! すぐうしろの崖に、明らかに洞窟の入口にドアをつけたとおぼしい グインの体が少女に打ちあたり、その大きな手がそのロをふさものがみえた。 ぎ、そして、いつのまに抜いたか、剣がびたりとのどにさしつけら「あそこだ」 れていた。 かけ出すグインに追いすがってマリウスがわめいた。 「ウ、ウ、ウ : ・ : ・」 「たいへんだ、グイン。さっきの音で、二、三人台所の方へ来るよ」 「声を出すな」 「急げ」 グインはうなるように、 グインは崖にかけより、ドアのとってをひつつかんだ。 「云え。でないと殺すそーーー秘密の倉はどこだ」 「錠がかかっている」 「グインツ , 少女は必死で首をふる。グインはすさまじい形相で、剣を少女の う、うしろであかりがついたよう ! 」 顔にあてがった。 「くそッ 「云わねばその鼻をそぎおとす」 グインはやにわにうしろへひくなりドアに体当たりした。 どんな時代、どんな国にも、顔が女のいのちであることは少しの木の扉は砕けてふっとぶ。 ちがいもない。少女はヒッと息をのみ、自由な方の手で一方を指さ「うわあ ! 女たちがぼくたちをみつけた ! 何かわめきながらこ した。 っちへくるよー 「よし」 マリウスのわめき声を耳にとめながらグインはあいた入口から中 グインの拳がひらめき、少女は気を失ってくたくたと床にくずおへとびこむ。 れる。 とたんに、彼はあっと声をのんで、その場に凍りついた。 それをひきずり、家の外のしげみに放りこんでかくすと、グイン 「グイン ! 逃げなくちゃ ! 早く、みんな武器をもってるよツ」 は少女の指さした方へ突進した。 マリウスがわめき、グインが動かぬのに焦れて、彼も中へとびこ 少女は、村と反対の方角を指さしたようだった。そちらには、一み「グインの腕をつかんでひつばり出そうとし 見したところ、こんもりともりあがった土の山のほかは何もないよ とたんに 3