「工場でアルプミンを生産すると、高くつくことにならないでしよしたが、あんなことをする必要はありませんでした。うむをいわさ うか。今日家畜を生産しているより、高くつくのではないでしようずプレスルを、ほうり出すべきだったのです。彼にはそれができた 8 2 か。家畜を生産するには、乾草と畜舎さえあればこと足りるのですのですからね。どうやら彼自身のなかで、彼がロポットであるか、 もの」 ロポットでないかの問題は、今のところ未解決のようです。私は彼 その人たちは私を、軽蔑するように見ました。私もいっしょに招に援助の手をのばすべきではないか、と思いました。私はますます いてもいいのじゃないかなど、思いもよらなかったことなのでし夫のことを考え、プレスルを裏切るようになったのです。じっさ 、ゾレスルは闘士ではありませんでしたし、ロビンソン・クルー 「委員会がこれから審議するのは、正にその問題なのですよ。われソー式の自由を望んでいたのです。 午後私はしばらく、。ヒアノの前に腰をおろしたほどです。初めは われはそのために先生を必要としているのです、ソウドルシカ : ' ハカらしく、かっセンチメンタルに思われました。ふたたび・ハイエ その人たちはそれほどこの問題に熱中していましたし、またそれル教則本を習いはじめているみたいに、私は「さすらいの羊飼い」 チェコでビアノを習いはじ ほどロズムを信じていましたので、私はプレスルのことを口にする ( ) のメロディをたたきました。私が自分のフラ める時、よくひくわらべ歌 ットにいて、それほど寒々とした気にならなかったのは実に久しぶ ことさえできませんでした。・フレスルは自分で何とか道をきりひら くことでしようし、結局この二人は、、 っしょに研究することになりのことでした。 るのではないでしようか。 四時ごろだったと思いますが、誰かが・フザーを鳴らしました。私 ロズムは、ヤナの側に腰をおろしているだけでした。ャナは、彼には待っている人は一人もいませんでしたので、長いこと鳴るにま の方を見ようともしませんでした。勝ちほこっているみたいでしかせておきました。廊下にはまた二人の制服が立っていました。ご た。ロズムは、出世の誘惑に抗しきれなかったのです。彼はまた、存じのように、私には階級は見分けがっかないのです。 私のもとを去って行きました。彼がプレスルをおそれていたのは、 「何のご用でしようか、ソウドレフ ( 同志、 ノ単数形 ) ? 」と、ひとりで来たみ ナいに、私はふたりの人にいいました。 とりこし苦労だったようです。彼は午前中ずっと本当の人間のよう なふりをしていましたが、そんなこと、しなくともよかったので「奥さんはヘレナ・グローリオヴァーさんでしようか」 す。プレスルはひょっとすると、もう警察に留置されているかも知「前に一度申しましたが、私はそういう名ではございません」 れません。それとも、みなに嘲笑されているかも知れません。聖者「午前中お宅にビオロク ( 生物学者 ) ・。フレスルという人が来てい がみなそうであるように : あんなファンタスチックな比喩をもましたね ? 」と、二人はまるでビオロク ( = 。語では語尾が声音 ) が彼の ってしても、やはりうまくいきませんでした。誰冫 こも、ああいう比ファーストネームみたいに、ききました。ビオロク・。フレスル。 喩はわからないのです。ロズムは部屋で自分に向ってどなっていま「ええ。でも、あの人は精神病者ではありません」と、私はロ早や
名をあげていました。機械の害をまぬがれている唯一の人たちは、す。テープをかけていると、少なくともあまりしゃべらなくてすみ 私たちの親類であるこの病院の患者たちのように、私には思われまますからね。ロズムには、語学の才能はありませんでした。数学的 2 した。だからこの人たちは私たちの家庭を去ったのでしようし、だなエスペラントならきっと認めたのでしようが、今のところ「今晩 からこそ、時が停 0 てしま「ている旧オーストリア時代 ( 一九一八年には」とか「サンドウィ ' チをもう一つどうそ」を、数学的にどうい アに隷属していた ' ) からのこの精神病院に来ているのでしよう。私はうか、誰も発見していませんね。 泣くのをやめました。ちょうど、十二番の・ハスがやって来たのであくる日の朝、ロズムはまだタキシードを着て、広間に腰をおろ す。突然私には、あすの朝ロズムが助つ人なしにあの若い空想家としていました。タ・ハコのにおいがしていましたが、何も飲んでいな 会うことになったのが、うれしく思われてきたのでした。 かったにちがいありません、とても静かに腰をおろしていたので ーしよいよ頭がさえているのが、彼には常でし す。徹夜した朝よ、、 こ 0 葛藤 「カレルはどこにいる ? 」と、彼は意地悪くききました。私はあり 家には誰もいませんでした。たぶん学長がくるのをことわったたのままの話をしました。 め、こちらからみなで出かけたのでしよう。ャナがあとかたづけを「あいつも仕様がないな。これでも友だちといえるかね ? それに きみも、そのことで私に電話できなかったのかね ? 私にこれか したにちがいありません。絨毯の上にこまかいパン屑が、ほんのい くつか残っているだけでした。テープレコーダーはコンセントにつら、自分の協力者を連れに来させるため、救急医を呼べ、というわ なぎつばなしになっていました。どうやら音楽を聴いていたようでけか。そういうことがどんなに具合の悪いものかは、きみも知って いるだろう ? 頭のおかしくなった科学者たち、という噂が飛んで す。ロズムに音楽の趣味がないことを、私はよく知っています。で いるこの時にだよ。こんな恥かしいことってあるかね ? あっとい も、彼は大半の科学者たちが音楽を、手のとどく唯一の芸術、論理 的な形式に何か通ずるものがある芸術、とみなしており、したがつう間に、みな口々に叫び出すことだろうよ。こいつは私の発見など てャナーチェクはもちろん、オルフ、シェーンベルク、あるいはリ より、ずっと大きなセンセーションになるにちがいないね。気の狂 ヒャルト・シュトラウスまで聴くのが好きなことを、見て知ってい った協力者の話をする方が、おもしろいだろうしね。私は人間がど ました。ですから私たちのところには、ヒンデミットを含め録音テういうものなのか、知っているのだよ」 ー。フがいくつかあったのです。でも、私はひとりでそれらのテーブ人間がどういうものなのか、を彼が知ったのは、成功してからこ をかけてはいけませんでしたし、夫の協力者たちが家へ来ている時の数日間のことだったにちがいありません。ふだんは研究所の用務 もかけてはいけませんでした。輸出用の録音テープだったものです員のおばさんとも、ろくに口をきいたことがないからです。 から、いつも外国からのお客さんが来た時にだけ使っていたので「でも、気が狂ってはいないのだそうよ」
を手なずけたあげく、なきものにしようとしました。彼こそ本当の浮べましたので、私は彼の足を踏んでたしなめなければなりません 発明者だったのですからね。あなたは彼の東縛を脱するために、彼でした。故国にいる時にはちがった店に行きつけている、ように見 を殺したのです。あなたは操作する者のいない機械なのです。あな受けられたのです。きっと、運転手をお伴につれてショッピングに たは人間にとって危険な存在です。即刻、われわれに本当のロズム出かけているのでしよう。 先生をかえしてください ォルセンはおあいそに、イエリーネクのスリヴォヴィッエスリヴ ツェはチェコ特有の強いスモモ酒で、 。フレスルは落ちつきはらって話すのでした。気が狂ったことは、 ) をほめました。つまり、私たちは手 イエリーネクはその最高のプランド もう疑えません。ところがその時、・フザーの音が聞えたのです。オまわしよくプレゼントを用意しているのです。それはいつの場合 ルセン夫妻がやって来たのでした。どうやらきようは、く / ツの悪いも、とても大事なことなのです。。フレゼントといえば : : : ャナーチ 思いをしないわけこま、 冫ー℃力ないようです。 ェクーーーヤナーチェクなら誰でも知っています。そこで、私がドア ャナ から顔を見せるや否や、レコード店では「タラス・プー 「あなたが結婚されているとは、存じませんでしたわ」 ャナが通訳しました。私自身、外国語は何一つできないからで , クの作曲した ) のレコードを出してくる、という始末なのです。 「いいますよ、 いいますともすぐ。あなたの成功の邪魔をしますか す。あろうことか、ヤナに通訳してもらわなくてはならない、 うことは私にとっていささか屈辱的でした。私たちはたがいに自己らね : : : 」と、ブレスルはドアのところからすごんでいました。 紹介をしました。夫は。フレスルを紹介しよう、とはしませんでし「あのチャ ーミングな青年は、いったい何をいっているのですか」 と、オルセン夫人がききますと、ヤナは皮肉をこめてプレスルのい った言葉を通訳しました。 「私たちもおたがいに顔はもう知っていますよね : : : 」と、オルセ ンはいいました。見たところ、学問の世界の国際的セレモニーを熟「さ、お進みください : 知しているようでした。学者というよりは社交界の名士、というタ ロズムはオルセン夫妻の先に立って案内しますと、罐詰、パン、 イ。フだったのです。 トマトを渡しました。愛想のよさでその場を救ったわけですが、私 ャナの通訳でわかったことなのですが、オルセン夫人は接待の準は罐切りを見つけられるか、どうか興味を持って見ていました。で 備を何一つしていないことに、すっかり魅せられたのだそうです。も、罐切りのこともャナはもうちゃんと知っているにちがいありま せん。夫とヤナのことを、私は別にやいてはいませんでした。そん 私たちがどういう暮し方をしているか、知りたいとのことでした。 そのいい方がいかにも無邪気たったので、まるでアフリカの原住民なことよりも、私には何もかもがインチキのように思われたので たちが家畜の血をいかにして搾り、それを生のまま飲むか、を見たす。してみますと、どうやら私は本当にもうずっと前からロズムを がっているみたいたったのです。ロズムが、もう買物はありません愛してはいなかったのです。でも、ことが何であれ、私はペテンに のですか、とききますと、夫人はうわべだけいんぎんな表情を顔にかけられたくありません。
に引越してくるなんて、なんといっても彼にはこたえられないことは彼に何もいいませんでした。ャナはたまげていました。 にがいありません。マホメット : カ山の方に来ないのなら、山の方「奥さん : : : 」 からマホメットの方に行く、というのですからね。 「私、鍵がほしいのよ。鍵が。研究所中の鍵が。研究室全部の鍵が 「でも、彼は予言者なんかではないわ。ロポットなのよ」と、私は 思わず声に出していいました。「本当のロズムを征服したロポット どこかでロズムを見つけられる、と私は信じていたのでしよう なのだわ。私たち、ロズムを解放しなくちゃ」 か。それとも、彼が私のあとを追っかけてくる、誰かが彼を探しに 私たちは、意味ありげに見つめあいました。前に私が、プレスル 行ってくれる、私たちが最後の話合いをして、正しかったのは誰だ を見つめたように。プレスルがやって来た時に、私の夫が私を見つ ったか、を私がついに知ることができる、とあてにしていたのでし めたように。もちろん、私には有利な点がありました。私には酒気 ようか。私は部屋という部屋を、全部あけました。初めて私は、夫 が感じられたのです。私は声を立てて笑い、少し千鳥足で引っかえの仕事場を見ました。初めて研究所を隈なく知りました。私は本当 して行きました。これでみなさん、安心したようです。酔っぱら、 しのロズムを探したのです。あの時、発表会がすんでから私を訪ねて は人を安心させるものなのですが、同じように、どうにもやりきれきてくれた男、私がいっしょに子供をつくった恋人、私たちがみな ぬストレスを解消させるために、わけのわからぬことをわめきちら共同のチームをつくって働き、世のなかのことがわかり、みなが幸 したり、夢見たりしている麻薬の常用者を見ると、人はいいわけを福になることだけを願う人類の未来を語った熱情家、かって私の愛 してやったり、にやにやしたりしています。もし人類がそもそものした夢想家を探したのです。 初めから、麻薬を用いず、人工的な幸せを楽しまなかったら、私た彼は五階で、やっと私に追いっきました。そこにある自分の書斎 ちの文明はどうなったか、お調べになった方がいらっしやるかしで : ら ? 私はオルセンやャナを探そう、と思いました。彼等にこのこ 「どうしたんだい ? きみが私のところへ一度も来ようとしなかっ、 とを警告したかった、のです。といいますのは、ロポットの協力者た年々を全部、とりかえそうとでもいうのかね ? 」 たちはみな会場に行っていて、私がじゃまをするわけにはいきませ彼はほほえむのでした。人間らしく見えました。私は彼を抱擁し んでしたし、よしんば私がのこのこ出かけて行ったとしても、笑わたのです。 れるのがおちだったからです。 「きみは病気じゃないのかな ? あのプレスルの病気が伝染性では ところが、ヤナの姿も、オルセンの姿も見当りませんでした。そない、といいのだがね。ほんのさっき、きみはとても物わかりのい ろって姿を消していたのです。ふたりは、二階の書記局にいましい話をしていたのだよ。私はすべての点に同意し、きみの条件を受 た。ォルセンは、唇についた口紅をぬぐっているところでした。彼けいれたし、あの発見をしたのはプレスルだ、ということも声明し のネズミ色の上衣の袖口には、まだ赤いシミがついていました。私た。きみは一体どうしろ、というのだね ? 」 294
よ : 。もちろん今私にはもう、なぜ。フレスルがたえず科学者の共自分のおかした誤りを認めたことで、彼は少しも傷つかなかったの です。プレスルが正攻法をとらなかったわけが、私にはわかりまし 同体、学問の世界の合理的な同志的結合のことを話していたかが、 わかります。こういう兵器を自由に使える立場にいる人たちは、聖た。正攻法だけでは不十分なわけが、わか 0 たのです。それから、 こうしてロズムにやすやすと身をかわさせてはいけないわけが : 者ではなくてはならないのです。これこそ唯一の可能な要求でしょ う。見たところ・ハカげているようですが、そんなところはまったく ロズムが自分だけの成功を望んでいるのなら、彼がたった一度誘 ありません。科学の発展にはおそらく想像を絶するものがあるでし ようし、科学者たちの持っている力も巨大です。それだけに私たち惑におちいっただけで、きようプレスルのアイディアを盗むか、な いがしろにしたように、人類全体を破減させてしまうことができる は、彼等がいかなる誤りでもおかすのを許すことができません。 かに小さな誤りでも、です。なぜなら、それで世界が終りになるかのです。絶対的な力を持っているかぎり、彼は絶対に完璧でなけれ もしれないからです。私にはこれらの科学者たちは、フラノの服でばなりません。でなければ、すべてが失われるのです。このことは はなく白い法服を着るべきではないか、と思われました。それからファンタスチックであり、・ ( カげており、ナンセンスなのですが、 私の目には、彼等が最新流行の服やイ = リーネクのスリヴォヴィッ私たちはこういう状況のなかで暮らしているのです。ヒロシマ、サ いずれも強烈 ) そしてロズムの発見 工を、われがちに探し求めている夫人を持っているのがナンセン リン、タブン、ポトウロトキシン ( きわまる毒物 ス、と映りました。人類の未来を手中に握り、たった一度のつまずという状況のなかで : : : 。私はビルの前で数名の役人と談笑してい きで私たちみんなの生命を失わせてしまうこの人たちに、一体どんる大臣のところへ、走って行きました。しかし、私のいうことな ど、全然わかってくれませんでした。おそらく私が酔っぱらってい な贅沢が許されている、というのでしよう ? 「私がまず強調したい、と思いますことは」と、ロズムは記者会見るか、聞きとれないくらい早ロでしゃべった、とでも思ったのでし を胸を張ってはじめたのです。「私の発見が、実は私だけのもので はない、ということでございます。実際にこの発見を初めておこな「私はご主人ともう話したのだがね、あれは合理的な決定だ、と思 うね。国内にとどまる、というのだよ。ご主人が国際研究所を当地 いましたのは、きよう悲劇的な亡くなりかたをした同僚の。フレスル といっても、私たちは何の異議も挾まないつもり へ持ってきたい、 君なのでございます。それから私のすべての協力者諸君 : : : 」 人びとはそういう彼に対して、拍手しはじめたのです。そうなのでいる。何とい 0 ても、われわれのところには、世界最高の生物学 です。私は人びとが彼を追放したり、ロ笛を吹きはじめたり、彼の者がいる、というわけだからね : : : 」 研究室の器具を破壊するだろう、と思っていました。ところが、彼このような次第で、こういうことまで、彼にはうまくいったので 3 の寛大さに対して拍手したのです。彼の謙虚さに対して拍手したのす。どうして、うまくいかないわけがありましよう ? そんなこ 9 と、お茶の子さいさいなのです。研究所がまるごと彼のいるところ です。それらは今の場合、よけい偉大なものに思われたのでした。
私はふたりの前に、紅茶のカップをさし出しました。ほんのしばを病的に嫉妬しているからだ、という証言をすることになってい らく前ロズムが研究室でおこなっていたのは、おそろしい決闘だつる。きみは私が彼女といっしょに寝ている、と考えているが、何と 8 2 たにちがいありません。最年少の協力者を前に、これほど自己卑下でもいうがいいよ。きみがあることないこと考え出した原因は、こ をしている以上、彼はあらゆる困難を克服しなければならなかったれなのだ。きみが私に思わせたがっているような学者の理想像から はずです。少し前には私をおどし、昨夜は。フレスルを精神病院にとでもなければ、高遠な思想のためからでもなく、動物に共通のあり じこめてしまおう、としていた彼である以上、自分自身の成功、自ふれた原始的嫉妬心からで、そいつは無断引用などよりずっと悪い ことなのだよ。きみは分裂している。私より悪いね。きみは女のた 分自身の栄光をどんなに強く望んでいたかしれないのです ! と思っているのだ。人間の認識の歴史安 「・ほくはあなたが本当のロズムではないことを、最初の瞬間から知めに私を破減させたい、 っていました。あなたがあの包丁を見つめていられたあの瞬間からそもそもの初めから複雑なものにしている、女という陳腐この上な いものをいいがかりにしてね。だが、どっこいそうはさせないよ」 : 」と、。フレスルは、、 しました。私の夫はあわや紅茶を、絨毯に ぶちまけるところでした。 「ぼくはロポットを、破壊したいのです。ロポットという、できそ こないの機械を破壊したいのです。あなたはロズムの意志に反し 「きみは一体この私に何をしろ、というのかね ? 若僧のくせにー きみの年ごろでは、私は試験管をやっと洗わせてもらえるところだて、彼に奉仕しているのです」 ったのだよ。私がきみを研究所に連れてこなければ、今ごろきみは「きみに許してもらうには、私はいったいどうしたらいいんだ ? 」 一体どこにいる ? きみはひざまずいて、私に感謝すべきなのだよ。 ロズムはもう少しで、すすり泣きしそうでした。彼はまた例の哀 アイディアは、誰の頭にだって浮ぶんだ。きみひとりじゃない。重願するような、妥協的なおだやかな声で話していました。もうどな 要なのは、誰がそのアイディアを検証するかなのだ。わかるかね ? りも、おどかしもしませんでした。彼は本当に二つの声を持ってい たのです。こんな状態の彼を、私はこれまで一度も見たことはあり 私がきみを研究所からおつぼり出したら、きみは自分のアイディ アをチン。フンカンプンの文書に記録しておくことはできるが、そんません。。フレスルは立ち上りました。 なもの、何の役にも立ちはしないだろう。きみは、私を目当に頭か「ぼくはもう例のフォトコビーを持っています。・ほくはきめたので らひねり出したあの哀れなチャ。ヘックや、ほかの奇人たち同様、こす。そいつを保安局に渡します。一刻もゆるがせにはできません。 つけいな最期をとげることになるのだよ。人間というやつはね、きできるだけ早く口ズムを救う必要があるのです。さもないと、人類 み、発明家ごっこをするのが好きなんだ。きみはその他大勢の一人全体が脅威を受けることになります・ : : こ になるだろう。今のようなことをやめないなら、私はきみをおつば 。フレスルはドアの方を向きましたが、そこにはヤナが姿を見せて り出すからね。きみをやつつけるぐらい、私は平気でやるよ。あすいました。彼女が私たちのフラットの鍵を持 0 ていることを、私は ャナは、きみが私のことをとやかくいっているのは、私たちのこと知らないでいたのです。ファッション・ショーからまっすぐやって
「これイエンダさんに持って来たのですけれど : : : 」と、ヤナが包っていますのよ。側で見ているのは楽ですけれど : : : 」 みを見せました。いったい何を思ったのでしよう ! 彼女は、それほど。ハ力ではなかったのです。 「うちの男の子は、あまいものは食べてはいけないのです : : : 」 「でも、今ではもう大して闘うこともないでしよう。これからは、 私はむかむかする思いで、 しいました。こんな人のこんな。フレゼ成功の収穫をすればいいのでしようからね。その国際研究所であく ントを食べたら、イエンダは気持が悪くなるにきまっている、と私せく働くことになると、思いますか。私には疑問です。彼を知って は信じていたのです。それに、わざと毒を入れているかも知れない いますからね。私はああいう人たちを何度も見ているのです。私は のですもの。私はプレスルと同じように、ものを見はじめていましきらいです : : : 」 ポヘミア西南部にある ) の民族衣裳を買おうと た。私もいたるところに、殺人者や敵を見ていたのです。私は自分ある時私は、ホト地方 ( 民族色ゆたかな地方 をおさえなければなりませんでした。 したことがあります。それを着こんで、たいくっしているユネスコ 「それはご親切に。でも、食餌療法をしていますのでね」 の代表を接待するのが、唯一の目的だったのですが、そのユネスコ 「ああいう病気でも食餌療法をするとは、知りませんでしたわ」 代表ときたら、とっくのむかし専門のことは忘れてしまって、研究 私はヤナに対して、また腹を立てました。打ってやりたかったく所を訪ねまわるプロの旅行家になってしまっていました。あるヨー ロッパの教授夫人がこういう変った衣裳をしているのを見れば、少 らいです。うちのイエンダのことを、彼女はどうして知っているの という思惑だったのです。ャナならジ でしよう ? そんなこと、陰ロなのです。ほかの何ものでもありましは感動するかもしれない、 せん。陰ロばかりなのです。長い指を目当てにロズムが私と結婚しャージーのトリコットを買うでしよう。それとも、豹の毛皮かし た、ということまで知っているのですもの。この女の子は一体どのら。どっちにせよ、流行の品を。すべて若い女のように。突然私に は、ロズムがうまくやったことがわかりました。私なら彼と国外に くらいのスピードで、タイ。フを打てるのかしら ? 年からいえばロ 出かけるようなことはとてもできないのですから。うまくやったの ズムは彼女の父親ぐらいかも知れないのです。 です。 「ビアノはおひきになる ? 」 「どこへ行くことになったのですか」 私がききますと、彼女にはその意味がすぐわかったのです。 「ロズム先生は、事務所に名人を置く必要はおありにならないのじ「ローマなのです」と、ヤナは感謝するようにいいました。「オル センはもう約東してくれたようなものです。ローマでは研究所は、、 ゃなしか、と思うのですけれど」 「名人って何の ? 」 = ウル区 ( 一九二年 0 ー「で開かれるはずだ 0 たが、戦争のため開かれなか 「ビアノですわ」 シア ~ をと。て、黔日 ) にあ「て、十分でオスチャ海浜に出られる、とオ ルセン夫人はいっていました」 彼女は別に気を悪くしてはいませんでした。 「先生には、先生とともに感じ、ともに闘う誰かが要る、と私は思彼女は突然、子供のようになっていました。 269
「ロズムと私とのあいだのことは、私たち二人にしか関係ありませ「何も気づいてはいません」 ん。な・せあなたが関心を抱かれているのか、わかりませんね。まさ「きようの集会のことにも気づいていない、とおっしやるのです 5 2 か、私と結婚したいと思っているわけでもないでしようし : : : 」 か。学界では来世紀になってからでないと解決できない 、と覚悟し 「このことで冗談をおっしやるのは、やめてください、〈レナさていた問題をご主人が解決した、ということにもですか。彼は生き ん。ここへ来るようになってから、ずっと・ほくは奥さんを思ってい た物質を、実際に創り出したのですよ。いってみれば、神みたいな るのです。こんなこと、・ほくは決していわなか 0 たでしよう。できものですよ。奥さんは、神と暮らしているような気がしたことはな れば・ほくは、すぐにでも奥さんと結婚します。でも、奥さんは誰と いのですか。 も結婚されないでしよう。イエンダ君がいますからね。これまで奥 このフラットに創造の神がいることに : : ヘレナさん ? 」 さんに思わせぶりなそぶりをしてみせた男は、かなりいます。それ「私の夫は、い つも少し変っていました」 も、・ほくよりハンサムな男たちがね : : : 」 「変っているーー変っている、なんてものじゃないのですよ。突 私はプレスルに、急いでいることを告げました。彼の気持の問題然、まったくの別人になってしまったのです。ぼくたちの誰ひと のことなんか、彼と話す気はなかったのです。本当に彼の鼻は、し り、ロズム先生にこんなことができようなんて、思っていませんで ささかぶか 0 こうで、眼鏡をかけるとそのぶか 0 こうなところが特した。ぼくたちは先生が好きでした。いい科学者でした。根気がよ に目立ちました。それでいて、彼にはかわいいところがあったので 、徹底していて、ぼくたちに考えることを教えてくれただけでな す。 く、自分の考えたことを、実験が試してみて確信を得ること、を教 「急いでいますのよ : : : 」 えてくれました。でも、こうしたことはどれも、ほかの人たちにも 私はノ・フに手をかけました。しかし、鍵がかかっていましたし、 できることです。奥さんには、ロズム先生が天才のように思われた 鍵が見つかりませんでした。 ことはありませんか。先生がある日、全世界を幾月も日にあらず驚 「・ほくのポケットのなかにありますよ」と、彼はいいました。「で嘆させる、まったく新しい革命的な構想をひっさげて、登場するこ も、お渡ししません。たとえ、あなたと取っ組みあいをしてでも : ・ とができるなんてね。その上、そのアイディアと来ては、自分で思 いついたことも、そのことについて話したことはもちろん、示唆し 「なぜ ? 」この青年は、頭がおかしくなったのではないのかしら : たことすらなかったのですからね ! そういう先生が、青天の霹靂 といいましようか、ある日突然やって来たかと思うと、まるでまっ 「たとえ、ご主人なんかもうどうでもよいと思われていても、最近たくの別人のように、一晩中不眠不休で仕事をしたのです。傍若無 ご主人にとてつもない変化がおきていることには、気づかれたはず人で、周囲にいた人たちをどなりつけ、誰であろうが、ほかの人間 のことには頓着なしでした。研究外のことについては何もきかず、
のだよ。私はまだ何も悪いことはしていないのだし、よしんば何か に、私たちはロズムたちの手中におちているのよ。あーいや」 しでかしたとしてもだ、私の肩を持ち、私に援助の手をさしのべて 私はテー・フルからとびのきました。 くれるものと、期待するのがあたりまえなんだ」 「それじやきみは、別れたいのだね ? 」 「私、自分を守らなければならないの。朝あなたは、私を破減させ まるでそうなることを望んでいるみたいでした。彼はそれほどお てやるっていったのよ。プレスルもあなたはおどかしたのだった。 と思っているのでしよう めでたいのでしようか。私に目がない、 彼は死んだのよ」 、カ 彼の表情はきびしくなりました。 、え。私はあなたの出世の分け前にあずかりたいのよ : : : 」 プレスルも、それを狙っていたのかも知れません。紅茶をいれて 「きみは一体何を望んでいるのだ ? 私をどこまで辱しめようとい うのだ ? きみの前でも、あの・ハカげたロ・ホットをめぐるコメディ いた時、私はそう思っていたのです。じやけんにされたから、彼は を演じなければならぬのかね ? あれはプレスルの発見だった、とやって来たのでした。私も同じです。ロズムは歓声をあげました。 私は声明することにしているのだよ。もうすぐ記者会見がはじまる「それじや私の生活をそっくりきみにあげてもいいが、どうかね。 ことになっているのだ」 だいたい私は初めそういう生活をしたい、と思っていたのだ。これ 「大臣のところで会議をしていた時、そのことを声明できたのじゃ からきみは私の研究に協力するのだ。科学ってのはね、きみ、すば あの人たちがきようの午後リム 1 ジンでやって来た時、プらしいんだよ。世界で物事がこれからどういう方向に進むか、わか るようになるのだからね。それに科学ってのは、きみのいう骨の折 レスルを迎えにやらせることができたはずよ : : : 」 私はコン。ハクトの蓋をしました。′冫 彼よしょげたように、私の前にれる動きや闘いに、すっかりとって代われる冒険なのだ。人間はむ くらやみ かし、暗闇のなかで石をたたいて明りの火をおこしたものだが、今 立っていました。ほとんど人間といえます。 日ではレーダーで方角をきめているのだからね。同じことなのだ。 「私たちの時代全体が・ハカげているのだわ、ロズム、あなたのよう にね。そもそも何百キロもの距離を一時間で旅し、しかも汗ひとっそれは方向を定めたり、狩をしたり、自然を克服したりするむかし ながらの本能なのだよ」 , 刀力 / し ということからして・ハカげているわ。な・せって、動けば 「今日では中性子爆弾で明りの火をおこしているわ」 人間は体を使うのですものね。そもそもスイッチをひねれば、ばっ と明るくなるということからして、本当はナンセンスなのよ、なぜ彼の表情はくもりました。 って、光を得るために闇とたたかうのが本筋ですものね。こういう「ではきみは一体、何を望んでいるのかね ? 」 不条理のために、私たちは一体どれだけの代償を払わされているこ 「自分のよき人生よ。今ならあなたにそうする時間があるはずだ とでしよう ? だって私たちの感覚は、かんまんで骨が折れ、汗をわ。あなたは仕事を制限するのよ。外国へ行かないのよ。ャナと別 かく動作と闘いにたえず順応してきているのですもの。そのためれるのよ。イエンダを家へ連れて帰るのよ。それから私は、またビ 289
「・ほくにはあなたのおっしやることがわかりません」と、。フレスル よ。紅茶をいれてくれないか。われわれはまだ朝食もとっていない は小声でいいました。 のだからね : : : 」 私はドアをあけっぴろげにしたまま、紅茶をいれました。一言で「これでもきみはまだ足らない、というのかね ? 私に自分を弾劾 しろ、他人のアイディアを盗んだのは私でございます、と自分でば も聞き洩すまい、と思っていたのです。 「これから私をどうしようと、きみの勝手だよ」と、私の夫はつづくろしろ、というのかね ? きみ、きみは残酷すぎはしないかね ? きみを手塩にかけて教育したのは私だ、ということを私は知ってい けていうのでした。 る。私はきみの前で新しい原則や、報いられることなき協力や、学 「で、あなたのロポットはどこに ? 」 問の世界の同志的結合について大胆に話しすぎた。きみに注意して 「きみ、もうやめないかね ! 」と、ロズムはまたどなったのです。 「ロポットなんてきみの頭のなかにしかいないことを、きみは百もおくがね、私がそういう学問の世界の同志的結合に背いたとして も、それはただこういった原則、最高の理想のためだったのだよ。 知っているじゃないか。きみはとても利ロだね。私にはいつもわか こういうチームワークが学問の世界では日常茶飯事だということ っていたのだよ。よろしい、。フレスル君、私はこのことをいたると は、きみ自身知っているはずだ。こういうアイディアが最終の形を ころで声明するとしよう。私の発明は実はきみがしたのだ、これは とるようになるまでには、何度変容するかわからないこと、共同研 もともときみの発想だったのだ、私はきみの構想を徹底的に使った にすぎないのだ、とみなの前でいおう。それでいいだろう : : : 」 究者たちのあいだではプライオリティで争うようなことはけっして おこらないこと、たいていの場合、研究には共同で署名すること 私はうしろをふり向けませんでした。紅茶をいれる最中だったか は、きみ自身知っているはずだ。 らです。つまり、そういうことだったのです。あのチャベックはプ 一レスルの比喩ーーー自分の正しいことを証明するために使った一種の私はそのことを忘れた。これは私の誤りだろう。私はすべての栄 光を独占し、きみたち七名をないがしろにした。その点では私は、 比喩なのでした。 彼は私の夫の罪過をあばくために、このロポット物語を一から十本当にロポットのようにふるまった。だが私は、そのことを進んで まで考え出したのです。彼も自分自身の業績をあげることと成功す訂正するつもりだ。新聞紙上で訂正するつもりだ。これはロズム助 ることのほかは、何も考えていなかったのです。彼も、ほかの人た教授と集団の発見だ、とね。いや、ロズム集団の発見だとね。それ ちと同じ哀れな存在だったのです。原始生活だなんて、よくもうまとも、わが研究所の発見とするか。私は自分の名前を抹殺するよ。 い嘘がつけたものです。私はあわや手をやけどするところでした。 きみ、私をそうじろじろ見ないでくれたまえ。私は何の罪も犯して ガスの栓をしめることすらできませんでした。それほど私はふるえはいないのだからね。これは罪には該当しないし、このことを非難 ていたのです。私の背後の部屋は、ずっと静まりかえったままでししようというような者は、同僚のあいだにはまずいないと思うよ。 これは日常茶飯事なのだものね。どうだろう ? 」 だんがい 279