私はふたりの前に、紅茶のカップをさし出しました。ほんのしばを病的に嫉妬しているからだ、という証言をすることになってい らく前ロズムが研究室でおこなっていたのは、おそろしい決闘だつる。きみは私が彼女といっしょに寝ている、と考えているが、何と 8 2 たにちがいありません。最年少の協力者を前に、これほど自己卑下でもいうがいいよ。きみがあることないこと考え出した原因は、こ をしている以上、彼はあらゆる困難を克服しなければならなかったれなのだ。きみが私に思わせたがっているような学者の理想像から はずです。少し前には私をおどし、昨夜は。フレスルを精神病院にとでもなければ、高遠な思想のためからでもなく、動物に共通のあり じこめてしまおう、としていた彼である以上、自分自身の成功、自ふれた原始的嫉妬心からで、そいつは無断引用などよりずっと悪い ことなのだよ。きみは分裂している。私より悪いね。きみは女のた 分自身の栄光をどんなに強く望んでいたかしれないのです ! と思っているのだ。人間の認識の歴史安 「・ほくはあなたが本当のロズムではないことを、最初の瞬間から知めに私を破減させたい、 っていました。あなたがあの包丁を見つめていられたあの瞬間からそもそもの初めから複雑なものにしている、女という陳腐この上な いものをいいがかりにしてね。だが、どっこいそうはさせないよ」 : 」と、。フレスルは、、 しました。私の夫はあわや紅茶を、絨毯に ぶちまけるところでした。 「ぼくはロポットを、破壊したいのです。ロポットという、できそ こないの機械を破壊したいのです。あなたはロズムの意志に反し 「きみは一体この私に何をしろ、というのかね ? 若僧のくせにー きみの年ごろでは、私は試験管をやっと洗わせてもらえるところだて、彼に奉仕しているのです」 ったのだよ。私がきみを研究所に連れてこなければ、今ごろきみは「きみに許してもらうには、私はいったいどうしたらいいんだ ? 」 一体どこにいる ? きみはひざまずいて、私に感謝すべきなのだよ。 ロズムはもう少しで、すすり泣きしそうでした。彼はまた例の哀 アイディアは、誰の頭にだって浮ぶんだ。きみひとりじゃない。重願するような、妥協的なおだやかな声で話していました。もうどな 要なのは、誰がそのアイディアを検証するかなのだ。わかるかね ? りも、おどかしもしませんでした。彼は本当に二つの声を持ってい たのです。こんな状態の彼を、私はこれまで一度も見たことはあり 私がきみを研究所からおつぼり出したら、きみは自分のアイディ アをチン。フンカンプンの文書に記録しておくことはできるが、そんません。。フレスルは立ち上りました。 なもの、何の役にも立ちはしないだろう。きみは、私を目当に頭か「ぼくはもう例のフォトコビーを持っています。・ほくはきめたので らひねり出したあの哀れなチャ。ヘックや、ほかの奇人たち同様、こす。そいつを保安局に渡します。一刻もゆるがせにはできません。 つけいな最期をとげることになるのだよ。人間というやつはね、きできるだけ早く口ズムを救う必要があるのです。さもないと、人類 み、発明家ごっこをするのが好きなんだ。きみはその他大勢の一人全体が脅威を受けることになります・ : : こ になるだろう。今のようなことをやめないなら、私はきみをおつば 。フレスルはドアの方を向きましたが、そこにはヤナが姿を見せて り出すからね。きみをやつつけるぐらい、私は平気でやるよ。あすいました。彼女が私たちのフラットの鍵を持 0 ていることを、私は ャナは、きみが私のことをとやかくいっているのは、私たちのこと知らないでいたのです。ファッション・ショーからまっすぐやって
何があったのか、いっかはきっとわかると思うんだ。ばくのせいじしがまだここにいればの話だけど。ここって現在につてことよ」 ゃないことを祈るばかりだけど。でも、どうも、その線がつよくて「いなくなっちゃだめだ。それだけさ」ほほえみかわし、手をふり 合う。やがて彼はきびすを返し、駐車場にむかって歩いていった。い 「そんなこと、いちいち考えてなんかいられないわよ。何も好きこ のんで、とびっとびに生きるように生まれてきたわけじゃないんで ア / ート の鍵をあけたとたん、もうちょっとでジュディを梯子か すもの。わたしもだけど。わたしたちに耐えられるんなら、他のひらぶっとばしそうになった。ジデイもあやうく、かけようとして とたちだって耐えられないわけがあって ? 」 いた絵をおっことすところだった。 「・ほくたち、耐えていけるかな、エレーン ? 」 「まあ、あなただったの」彼女が言った。「ちょっと、これお願 「耐えていこうとしてるんじゃないの ? 」彼女は腕時計に目をやっ い」・ハランスを崩してしまって、彼女は前かがみに絵をわたしてよ た。いけない、 もういかなくっちゃ。一時間もおくれちゃったわ。 こした。ロープの前がはだけている。梯子から降りてくると、その ジョーがーーー主人なんだけど いそがないと、また飲んだくれち前をかきあわせてから、彼の方を向いた。 ゃう」 「お昼めしあがった ? ラリイ。あたし、しばらく待ってたんだけ 「わかった、しかたないな。こんど、いっ会える」 ど、お腹すいてきちゃって、お先にいただいちゃったわ。食べたか 「まだわからないわ。でも、とにかくお会いしましよう。あなたとったら、つくったげるわよ。でも、こんなおくれて帰ってきたひと わたしには、片づけなきゃならない問題がいつばいあるんですもなんかに、そんなことしてあげちゃって、いいのかしらねえ」 と言いかけて、すいていることに気がつい の。あなた、電話帳にのってる ? 」彼はうなずいた。「わたしの方お腹はすいてない、 からかけるわ」 た。昼食をとりそびれていたのだ。 彼女は立ちあがり、彼も立ちあがった。歩き出そうとする彼女の「仕事をつづけなよ、ジュディ。おれ、サンドイッチでもっくる 腕を彼がひきとめた。「まって、エレ 1 ン。ずいぶん久しぶりなんよ。自業自得だもんな。ちょっと途中で手間くっちゃって」冷蔵庫 だもの」長いキスだった。それからふたりは身をはなし、店を出 から、。ハンとスライスする肉とビクルスとマスタードのびんを取り こ 0 出す。「ふたりともひと段落したら、ビールでものんで、ちょっと 「わたし、こっちなの」彼女が言った。「ほんの二、三プロック先話をしようや」 なの。ついてきちゃだめよ」 彼女は仕事にもどった。片手に絵を下げ、片手にハンマーを持っ 立ちつくしたまま彼は、その後姿を見送っていた。歩み去る彼女て、ロはびようでふさがっている。梯子をのぼってのはいいぞ、と の、 - 優雅な後姿を。一「三歩いって、彼女はふり返った。 彼は思った。まんまるお尻にとっては。 「今晩、電話するわね」彼女が言った。「あした、会えるわ。わた話したいことっていうのは、自分でもうちゃんとわかっていた。 5 6
私の夫は冗談を聞きのがさず、目の前にある包丁の刃を意味あり よ。簡単なテコや、水準器のようなものに対してもね。奉仕せよ、 お前は私に対して完璧に奉仕しなければならないんだ ! お前は私げに見つめていました。 の仕事を軽減するか、私のかわりにやらなければならないんだ : : : 」 「・ほくがこの包丁を先生のところへ持ってきたのは、ロポットと厄 介なことになるだろうと思ったからです。先生の発明されたもの 「そこのところからまちがっているんです : : : 」 ・フレスルは興奮していいました。本物の酒場の喧嘩よろしく、今を、一般社会に提供すること、つまり口ポットの全容を発表するこ にも象眠のほどこしてあるテー・フルにその大きな包丁を突き立てはとも、先生のためにはならないのです。なぜ、ほかの人たちにも分 しないか、と私はひやひやしていました。体がふるえていたからでち与えねばならないのです ? そんなことをすれば、先生はせつか す。やはり、一晩中寝ていなかったのだ、と思います。音のとおらくの発見なのに、得るところが少ないということになるでしよう。 ぼくはロポットがチャベックを亡きものにしたのですし、これから ないガラスの壁越しに見ていた人がいるとすれば、何かとても興味 のある問題について議論をしているように見えたでしようし、その先生に対しても、基本命令を撤回するのは許さないだろう、と思っ」 場合、その包丁は検討中の価値を測る器具のように見えたかも知れてきました : : : 」 ロズムはその瞬間、包丁を握りしめました。一 ません。 「そうすることによって、先生はロポットにとてつもない可能性を「きみ、ありがとう。武器を持てて私はうれしく思っているよ。ビ 与えられたのです。人間に奉仕することのできるのは、比較的簡単ストルのことを考えたのだがね、今日どこでビストルを手に入れる ことができよう ? 自分でつくったロポットを負かすのは、楽じゃ な機械だけです。機械が先生に似ている場合、先生のようになった なかったよ。今のところ、手なおしをするのに隣りの研究室に置い 場合、それが先生のロポットである場合、相手が人間であることが わからず、先生に奉仕するばかりでなく、危害を加えることだっててあるのだがね : : : 」 ありうるのです。われわれが人間であるのは、実にわれわれの役ロズムはといいますと、もう少しで笑い出しそうでした。まるで に立っことだけをするのではない、という点にあります。先生ご自小さな男の子に、今ごろミクラーン ( サンタク。 7 スに当る。ただしチ , 「で 。てくるのは十 ) はどのあたりに来ていると、説明しているようでし 身、役に立っことだけをするようなことはけっしてしてこられませ二月六日の前夜 んでした。この問題を・ほくに説明するために、先生がこうして話した。彼は立ち上って、その場を去ろうとしました。私にはそのわけ てられることも、先生の利益にはけっしてならないのです。ご専門がわかっていました。私たちのフラットは親子電話になっていたの の分野の基本問題をぼくに説明するのに、よくそうであったようです。もう一つの受話器は、彼の研究室にありました。 に、先生は自分の時間をなくしていられるのですから。ぼくはあり「手なおしの仕事は、すぐ終わるからね。きみの持ってきてくれた 、刀ノし と思っているのですが」 武器は、この仕事で必要になる、と思うよ」 「この対話も私には役立っている、と私は思っているよ : : : 」 「ロポットは、決定的にやつつけなければならぬわけですか」 274
構成・文たかくらゆき 画加藤直之 竜の絃 新連載 イラスト・ファンタジイ① ドラゴン 竜が姿を消したとき 一本の絃がそれを知らせた 絃よ高く鋭く 竜の翼が空を切る音をたてて ひ息あえぎ 耐、きれすにはじけた 二本の高音絃と十二の複絃を 持っていたそのリュートは 高音絃の一つを失い 誰にもそれをもとに戻すことは できなかった
た。それとも、死なないとでも ? ぼくらは、ふたり一緒の十年っともひどかったけど。もっとも、あなたったらそんなことちっとも て時間を手に入れた。それを二十年にのばすことはできないだろう少なくともわたしから見ると気にしてるふうはなかったけどね、で 7 か、とうと、つダ ーリーンとはほんとうに結婚することはなかったんももう傷あとだって消えちゃった。いまじやほとんど、見分けなん ・こ。もしも、もしも : かっかないわよ」 だが、ロに出してはこう言っただけだ。 「それって、どのくらい 「きっとずいぶんいろんな話があるんだろうね」って。実際、聞き「五年になるわ」彼の顔色から、心中の疑問を読みとったのだろ たくてたまらなかったのだ。そんなひまができたときにだけど。 う。彼女はかぶりをふった。「ううん。わたしにだってわかりやし 「あるわ」彼女は顔を天井に向けた。頭部から首のあたりを、もそない。あなたにしろ、わたしにしろ、この先どれだけ生きるのか、 もそとしつかり枕のなかに沈めてしまってから、ほほえんだ。 なんてことは。わたし、こんなに年とったのってはじめてなのよ。 「いちど七四年にいたとき、ジュディのこと見かけたわ。弁護士ともっとも、これ以上年とったあなたにもお目にかかったことなんか 、よ、つないけど」 結婚してて、ふたごのママだった。飲んだくれてなんか、しオカ たわよ」 「ねえ、エレーン。ぼくたちいま、いくつくらいなんだろう」 「よかった」 エレーンはほほえんだ。ほほえむと、やわらかそうな、ふつくら 「ええ。あのときもあなたにそのことを話したら、やつばりそう言したくちびるになった。カ・ ( ーをおしやり、彼女がまともに正面か ってたもの」 ら顔を向けたのはそのときである。彼は見た。そうして、彼女が何 彼はわらい出した。 ひとっ失ってはいないことを知った。時がその貢物としてむしりと 「まったく、なんて人生を生きてんだろうね、エレーン。・ほくたちっていたものの以外には。彼女をなぐさめカづけようと待ちかまえ ときたらさ」 ていた心の一部が一瞬大きく息をついで緊張を解いた。 そのとき、突然思い出したことがある。 「いくつか、ですって ? 」彼女が言った。「いいじゃないの、そん 「でも、ぎみは。きみはいっこ、 」かさばったかけぶとんのせなこと。若がえるひまなら、たつぶりあるわ」 いで、からだの線は見えなかった。乳房は二つともあるのだろう ひとりが手をのばした。もうひとりがそれに応えた。 か。それとも片方だけ、それとも ? そんなことは、どうだってか まやしないんだ。 / 。 彼よ自分にそう言い聞かせた。とにかく、こうし て、彼女は生きているんじゃないか。 「あらわたし ? わたしなら、ほんとにびんびんしてるわ」彼女が 言った。「手術、うまくいったの。もちろん、はじめのうちは傷あ
キャロル ・・ポプコ空軍大尉 ( 二八 歳 ) ート・ t-a ・クリッビン海軍大尉 ( 二 八歳 ) 0 ゴードン・フラートン空軍大尉 ( 二 九歳 ) ( 三三歳 ) ヘンリー・ ハートフィールド空軍大 ロレンス少佐は黒人で、 Z と 0 尉 ( 三二歳 ) ハート・・オーヴァーマイアー海兵計画を合せて、黒人で宇宙飛行士に選ば 隊大尉 ( 二九歳 ) れたのは彼が最初たった。しかも彼は核化 学の博士号 ( オハイオ州立大学、一九六五 第一グループより若く、階級もやや低く年 ) まで受けており、ことアカデミックな なっている。この直後の七月、アダムズ少面に関しては 0 »-a 計画の宇宙飛行士の中 佐は >< ー実験機のテストに参加するためでも。ヒカ一だった 0 宇宙飛行士は全 >O*-I 計画を離れた ( 一九六七年十一月 X 員理工系の大学を出て、修士号を持つ者は ス 他に七人いる ) 。 の三号機で墜落死 ) 。 この頃には >O= 計画は議会と国防省の 記者会見の席上ロレンス少佐は、自分が 左強い支持を得ており、予算は潤沢だった。選ばれたことは「この国の市民の権利の正 実際一九六七年度予算案で空軍が一億五〇当な進歩のため、我々が求めていることの 〇〇万ドルを要求したのに対し、議会はこ 一つである」と誇らし気に語った。 それから半年もたたない一九六七年十一一 》。宀当」行スれを二億ドルに増額修正し、後に国防省が さらに二八四〇万ドルを積み増したほどだ月、ロレンス少佐は r-Q ー一〇四戦闘機の事 っこ 0 故で死亡した。 ( 一七 0 頁に続く ) 一九六七年六月には第三グループの軍人 レ 宇宙飛行士が選考された。 ジェイムズ・・エイ・フラハムスン空軍 少佐 ( 三四歳 ) ・・を講 ート・ e ・ヘリス空軍中佐 ( 三四 歳 ) ・・ロレンス空軍少佐 ( 三一 歳 ) ドナルド・・。ヒータースン空軍少佐 5
だれもぼくを中へ入れてくれやしない。なに、大学院生 ? 心理学ターと何枚かのチャートをのせたテー・フルの前に坐っていた。兵士 の ? そういうにきまってる。もうそばへも近づけない。ちくしょ がいった。「あと二分です、クランツ博士」 う、ばかにしやがって ! 」リーヴズは怒りと絶望にかられて、ギル クランツはギルスンにいっこ。 スンをにらみつけた。 「角氷だけを見ていればいし そうすれば、あれが起こったときに 日が昇り、空地には灰色の光を、境界線のむこうの家には眩ゆい見逃さずにすむ」 輝きをもたらしたあたりは静かで、角氷を射ち出す機械の規則的ギルスンは、家庭的な物音のリズムにやや滑稽さを感じながら、 な音が聞こえるだけだ 0 た。三人は黙「て家を見つめた。ギルスン機械を見まも 0 た。 0 トン、と角氷が落ち、ヒ ' 、と〈らが回 はコーヒ 1 を飲んだ。 り、パン、とへらが角氷をたたく。それから境界面へと平射弾道が 「マーサがいる」リーヴズがいった。「あそこに」 描かれ、そこで小さなオレンジ色の飛行物体は急に消失する一秒 小さな顔が二階の窓のカーテンの隙間からのそき、きらきらした後にはもう一つ。またもう一つ。 青い瞳が朝の景色を見まわしている。 「あと五秒」兵士が秒読みをはじめた。「四。三。 「マーサは毎朝ああするんだ」リーヴズはいった。「あそこに坐っ 兵士のタイミングは一秒ずれたようである。その角氷はその前の て、小鳥やリスをながめてる。たぶん、朝食に呼ばれるまでね」 とおなじように消えた。しかし、つぎの角氷は飛行をつづけ、芝生 三人は立ったまま、女の子を見まもった。むこうはこの世界に開に落下して、そこでキラキラと光った。やつばり事実だったか、と いた窓の視野の外にあるどこかをながめている。もし、二つの世界ギルスンは思った。角氷のタイムトラ・ヘルだ。 がおなじなら、三人の背後にあるだろうなにかを。いったい彼女は とっぜん彼の背後で意味不明のさけび声が、クランツと、そして なにを見つめているのだろうかと、ギルスンは自分のうしろをふり リーヴズから上がり、つぎに悲痛な大声がはっきりひびいた。「リ むきたくなった。リーヴズもおなじ衝動におそわれたらしい ーヴズ、よせ ! 」クランツだった。ギルスンは駆けていく足音を聞 「なにを見ていると思います ? 森とはかぎらないな、いまみたい き、視野の隅にすばやい動きを認めた。ふりむくと、リーヴズのひ に。昔は伐採地だったんじゃないかな。それとも牧草地 ? 牛や馬 よろ長い体がさっと通りすぎていった。リーヴズは頭から境界面に がいたりして。ああ、あそこへ行「てそれが見られるなら、どんな飛びこみ、ぶざまに芝生の上へ投げ出された。クランツが、「ばか ことでもするがなあ」 もの ! 」と罵った。射ち出された角氷が、リーヴズのそばに落下し クランツが腕時計に目をやった。 た。機械がまた。 ( ンと音を立てた。つぎの角氷が飛び出したが、途 「あっちへ行こう。そろそろ始まる時間だ」 中で消えてしまった。透過可能の五秒間は終わったのだ。 三人の移動した先では、機械が単調に角氷を境界面へ射ち出して リーヴズは頭を上げ、つかのま、自分の横たわっている芝生を見 いた。一人の兵士がストップウォッチを持って、巨大なクロノメー つめた。それから視線を家のほうに移した。彼はぼんやりした表情 242
仕事といつわって、しばらく町を離れることについてだ。十年も早か生きられない、それ以外のことは何も知りえない存在だからな のだった。 目のエレーンとのプレ・ハネムーンってわけなのだった。 隠しごとということ。彼はいつだって、しかたなしに隠しごとを彼女が、あんな無愛想なでぶっちょの大酒飲みになってしまうと いうのも、そのせいなのだろうか。彼はそのわけを知りたいと思っ してきた。けれども、ジュディとふたり、びんのままのビールをが ぶ飲みしながら、まるで霜のついたゴプレットでシャン。 ( ンでも飲た。知って、なんとかそれを回避できたら、と思った。 ディナーはたいして自慢できるようなしろものでもなかった。 んでるような気分になっておしゃべりをしているうちに、うそをつ くということは、それとは全然別のことなのだということを彼は思「残りものの大皿前菜ってとこね」ジュディは皮肉たつぶりに苦わ い知った。サンドイッチのあとで、ビールはよく口にあった。 らいした。コーヒーを飲んでいるところへ、電話がなった。 エレーンからだった。エレーンからの電話を待機の状態にしてお 「まだ決めたわけじゃないんだけど」と、彼は切り出した。「もし いて、「仕事の電話だ」ジュディにむかって彼はそう告げた。「あ かすると、この週末はちょっとここからずらかんなきゃなんないか も知れない」ずらかるなんて言葉は、 いくぶん時代おくれだって気っちの部屋でうけるから、きみはここで本でも読んだらいい」また ジュディにうそをつくなん はした。でも、ひとのしゃべり方ってものには、いつだって、融通心が痛んだ。うそをつくのはつらい のきくぶんくらいは残されているものだ。「はっきりし次第しらせて、いけないことだ。 るよ」 寝室の内線にかわる。 「・せったいよ、ラリイ。し 、つしょにいきたいなあ。でもあたし、こ 「エレーン ? 」雑音がひどい の週末はくぎづけなのよ。ご存知でしよ」 「あ、ラリイ。わたし、ずうっと考えてたんだけど」 「ああ」そんなことは知らなかった。知らなかったけれども、助か「ほくもだよ。時間がいるね」 った。「またの機会ってこともあるさ」 回線の雑音のむこうで、彼女のわらう声がした。一 ジュディっていうのは、活力にあふれた、好ましい女だった。表「そうね。わたしたち、いつだって時間にびいびいしてるわ」 情ゆたかな口もと。きらきら光る髪。体つきもしなやかで、体重も「ぼくの言ってるのは、・ほくたちふたりの時間てことだよ。考える 五ンドほどオー ーしているだけだし、その五ポンドにしたっ時間と、一緒に話しあう時間、それにどぎまぎしている自分におど て、うまく着やせしているから、とてもそうは見えない。天才ではろいて、彼はちょっと黙った。「愛しあう時間。きみさえよかった ないけれど、頭はよく、つきあいやすい性格だった。おまけに、・ へらだけど。・ほくはその気だ」 ッドではしつ。ほに火のついたミンクみたいときている。ならばな ちょっと沈黙があった。 ぜ、彼はずっとジュディにくつついていることができないのか。そ「どういう風の吹きまわし ? 不自由してるわけ ? あなたんとこ れは、彼女が彼とは別の種族の人間だから、直線的な時間にそっての飲んべえさん、お亡くなりにでもなったの」 6 6
「そうなんです。全財産を引退した雄猫たちの家に残すことにしょ なっている。いかなる方法でか、後の彼はこれらのことをより綿密 うと思いましてね」くそ、後のちのためにも、この遺一言状は抹消しに調べあげたものらしかった。どんなふうにしてそんなことをやっ ておかねばならぬ。それとも銀行をかえるか、だ。さもないと、こてのけたのか、彼には見当もっかなかったのだが。それとも、例の の次のときついうつかりしてたりして、ひどいことになる。例の記ばかげたラベルからすると、本当はうろおぼえなのに、興味本位で 録がなくなっちまったというのも、そのためかも : : : まあ成りゆき日付けばかりはいい加減に正確つ。ほく書きこみでもしたものだろう をみてみるとしよう。 か。しかし、自分の心がそこまで腐ってしまったとは考えたくなか リタ・トラ ・ ( ースは彼を殺風景な地下牢さながらの金庫室に案内ったし、彼はそんな傾向には用心することにした。 し、双方のもちょった鍵で一〇二八号ポックスをあけた。そうして いちいち深く記憶には立ち入らず、彼はざっと目を通していっ おきまりのあいさつを口にすると、彼を金庫の中味ともども残して た。リストは正確そうだった。あとでもうちょっと詳しく見てみな もどっていった。 ければなるまい。第二の書類は、また違った観点から彼の生涯を記 その封筒はいちばんてつべんにのっていた。まずラ・ヘルが気にく録したものだった。年代順を追って、彼がすでにやってしまった時 わなかった。「これがおまえの生涯だ」とあって、下に彼の署名が期と、そうした時期の谷間の未経験の時期について彼の知りえた、 してあるのだ。なんともこれ見よがしな、としか言いようがない。 あるいは推測した事柄が示されている。裏面にはそれを要約して図 さもなければ、ヘべれけれ頭の産物ってとこだ。ペンを持ってきて表化してあった。 いたので、ペンでぐちゃぐちゃに標題をかきけし、そのあとへ、彼 いままでの経験とてらしあわせてみるかぎり、どちらの書類と はちょっと考えてからこう書きこんだ。「期間切れ書類。レファレ も、例のカード同様、なかなかよく出来ているといってよかった。 ンス・オンリ ー」。心の中でその言葉を何度もくりかえしてみる。彼は最初の方の書類に目をやり、カレ ' ジ時代の次なる部分を読ん そうして心にきざみこんだ。 でみた。「自一九八七年二月六日、至一九九二年三月四日。エレー 封筒の中味をあけてみて、目をみはった。中味は大きく二部にわン他としあわせな三年間をすごす。のち彼女が死に、以後一一年間の かれていて、その他に、後で調べてみることができるように詳細な暗黒期間。彼女は一九九〇年十一月十日に死んだ。わたしたちだけ 補足資料がついている。最後のやつはおもしろそうだった。だが、 になってしまった」 今まで見ないでもやってこれたものだ。もうちょっとの辛抱くらい それ以上読みつづけることはできなかった。彼にはどうしても理 できないこともあるまい 解できなかったのだ。エレーンがーーーあのエレーンがこんなにはや 最初のは、紙入れの中にあったカードの拡大版といったところだ く死んでしまうなんてことがあってたまるものか。いっかはまたエ った。いわば、彼の意識の年代記ともいうべきもので、その記載はレーンに会えゑ会「てしあわせな日々をもっとも「とすごせるも 彼が記憶をたよりに思い出せるものよりずっと正確な日付け入りにのと彼はいつだって心待ちにしていたものだ。実際ときどきは、そ
どういうわけか、チオチモリンに対しては、悪ふざけの作り事だと いう印象が持たれてしまいました。学術雑誌に掲載されるコメント の多くにも、明らかな冷笑的ムードがありました。わたし宛てにく る私信にも、悲しむべき傾向が認められました。つまり、科学的妥 当性のまったく欠けた、一種の冗談としか思えないような実験を記 述したものが、ほとんどだったのです。おそらく、そうした反応が いかに大きな損害をもたらしたかという決定的証拠は、創立以来十 二年を経たわが全米時間化学協会が、この講演にわずか十五人の聴 衆しか得られないという事実でしよう。 みなさん、これは高価についたジョークでした。そのジョークの おかげで、わが国は宇宙競争に遅れをとってしまったのです。アメ リカの科学者たちが、チオチモリン研究の助成金をもらおうと四苦 八苦し、同僚たちのにこやかではあるが不信のこもった目におびえ ながら、食うや食わずでささやかな実験を試みているあいだに、ソ 連はウラル山中にフルシチョフスクという町を建設しました。この 町のよく知られたニックネームが″チオチモリングラード ″である ことからおしても、そこに作られた近代的な、設備のよい研究所のであります。 中で、どんな性質の実験が進められていたかは、想像がつくという チオチモリン研究は、エジン・ハラ大学のアン・マクラレンとドナ テレクコ二ック ものです。 キ 1 による″遠隔時間連動装置″の開発で、いまのわれわ ソ連がチオチモリンを真剣にとりあげ、それについてなにかをやれが″古典的″段階と呼びうるものから″近代的〃段階へと移行し っていることは明々白々なのに、わが国はのほはんと太平楽をきめました。もし、この中にその記事をどこかで読んだ方がいらっしゃ こんでいました。この問題に憂慮を示した有名政治家は一人もおりるとしたら、千里眼としか思えません。というのは、一般の新聞雑 ません。もし彼らがなんらかの公的発言をしたとすれば、それは、誌だけでなく、学術刊行物の大部分も、この件ではかたくなに沈黙 十リジナル・べー 「チオチモリンとはなんだ ? 」というだけにすぎませんでした。わを守っているからです。事実、この原著論文は、あの才能ある紳 たしはいまから、こうした近視眼的な政治家連中のために、チオチ士、アレグザンダー・コーンの編集になる、小部数ではあるが高く円 モリゾが宇宙開発にいかなる意味を持つかを、説明していくつもり評価されている学術誌〈再現不能結果月報〉にしか掲載されたこと はここで一つの注文をつけた。化学をちやかしたこんなおふざけ論文の 筆者だとわかると、学位試験にマイナスになる恐れがあるから、雑誌掲 載のときにはペンネームにしてほしい。キャンベル編集長も、そうす る、と約東した。 アスタウンディング誌の一九四八年一一一月号に掲載されたこの作品は、 たちまち大評判になり、そこに引用された参考文献をてつきり本物と勘 違いした熱心な読者たちから、連日のようにニューヨーク公立図書館に い合わせの電話が掛ってくるという騒ぎ。ただひとり浮かぬ顔なの は、本人のアシモフだった。というのは、キャンベルが約東を忘れて、 この作品を本名で載せてしまったからだ。 いよいよ試験の当日、彼がどんな心境で口頭試問の場にのそみ、どん な結果が出たかは、近く早川書房から刊行されるアシモフ自伝に詳し このチオチモリンを扱った作品は・せんぶで三篇書かれているが、ここ にご紹介するのは、その最後のもの。前二篇が学術論文調であるのに比 べて、これは講演の速記という形をとっており、いちばんわかりやす ( 訳者 )