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検索対象: SFマガジン 1982年2月号
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1. SFマガジン 1982年2月号

にあの窓を消去できるなら : ・ : ・もし、それだけのテレキネシスの支「クランツ博士 ! 」だれかがさけんだ。ー「クランツ博士 ! 」その声 配能力を持っているなら、やつがわれわれの世界へ窓をあけるのには混じりけない恐怖がこもっていた。 二人はぎくりとふりかえった。計時係の兵士が震える手で指さし を、どうして妨げられる ? ひょっとすると、やつらはいまわれわ れを観察しているかもしれない。われわれがやつらを観察していたている。二人がそっちに目をやるのといっしょに、なにか白いもの が穴の縁の真上で忽然と宙に現われ、下向きの飛行をつづけて、す ように。すでにやつらは、われわれがここにいるのを知った。そこ からどんなことを思いつくだろう ? ひょっとすると、やつらは肉でに地上に転がっているそれに似た物体のそばに落下した。また一 をほしがっているかもしれない。ひょっとすると : : : ああ、神様」っが飛んできた。そしてまた一つ。また一つ。ぜんぶで五つ、それ 「いや」ギルスンはいった。「そいつは不可能だ。あの世界に窓がが約一メートル平方の範囲に散らばった。 「骨だ ! 」クランツがいった。「ああ、なんてことだろう、ギルス 開いたのは、まったくのまぐれだった。カルヴァギャストは、コン ン、これは人骨だ ! 」彼の声は震えながら、ヒステリーと紙一重の ビューター操作卓に坐ったチンパンジー同様、自分がなにをしてい るか、かいもく知らなかったんだ。もし、パラレル・ワールドの仮ところをさまよっていた。ギルスンはいった。「やめろ。なにもい こっちだ ! 」二人はそっちへ走った。さっきの兵士は一足 説がこの現象の説明だとしたら、彼がひき当てた世界は、数かぎり ない世界の一つということになる。かりにあの世界の怪物どもがあ先に現場へ着いて、しやがみこんでいた。その顔は吐き気と恐怖で あした窓の作り方を知っているとしても、やつらがわれわれを見つ別人のように見えた。 ける確率は無限の中の一つ。つまりは不可能ということさ」 「あの骨」兵士は指さしながらいった。「あそこのあれ。あれはや つらが犬に投げたやつです。歯型が見える。くそったれめが、犬に 「そう、そう、もちろんだ」クランツはわが意を得たようにし た。「もちろんだよ。やつらがいくら探しても、永久にわれわれは投げたやつを」 見つからんだろう。かりにやつらがそう望んでもね」しばらく考え やつらはもうすでに窓を作ったんだ、とギルスンは思った。この てからーーー「やつらがそう望んでいることはまちがいないな。あれ早業から見ても、やつらはこの種のことを知りつくしているのにち 、ま、やつらはわれわれを観察しているのだろう。しか 、力し↓はしし はまったくの反射的な反応だった。やつらがリーヴズを殺したやり しつ し、なぜ骨を ? 近づくなという警告か ? それとも、たんなるテ 方はだ。見たかぎりではっ膝反応のように無意識なものだった。い ま、われわれの存在を知って、やつらはなんとか侵入を試みるだろスト ? だが、もしテストなら、な・せわざわざ骨を ? なぜ小石を それとも角氷を ? ひょっとすると、こっちの 使わないんだ ? う。そうしないでいるとは考えられない」 反応をさぐるためか。こっちの出方を見るためか。 ギルスンはあの目つきを思い出した。 7 しかし、こっちはどう出るというのだ ? こんな相手に対して、 4 「だとしても、すこしも意外じゃないな。しかし、それよりもいま どんな防御ができる ? もし、あの怪物どもが一致団結ということ

2. SFマガジン 1982年2月号

を知っているなら、あのすてぎな小家族はさっそく自分たちの全世に予想できる ? ) 。それとも、カルヴァギャストの事故が再現され 界にこのニュースを広めたにちがいない。いずれそのうち、われわるまでーーーこれまた永久にないかもしれない。ギルスンは、人類が 4 2 れは、全地球上に開かれたあの種の窓から、何百万、何千万もの仲そんな状態に置かれて、発狂せずに生きていけるものだろうか、と 間が同時に飛び出してくるのを見ることになるだろう。忽然と出現 いぶかしんだ。もし、唯一の予測可能な未来が、・際限のないローラ した、巨大な肉食イナゴの大群のように、やつらはあの残忍な食欲 ーコースターだとしたら、長い恐怖とサスペンスの谷のあとに、急 ですべてをむさぼりつくし、この地球を白骨の砂漠に変えるだろ激な昇りで短い安心のビークがくり返されるローラーコースターだ としたら、それでも精神は理性をたもっていけるだろうか ? 選択 う。それに対する防御手段はあるのだろうか ? クランツもおなじようなことを考えていたらしく、声を震わせての道が、むごたらしい死か、果てしなくひき延ばされた耐えられな い緊張か、この二つしかないとわかっていて、それでも思考が働き つづけるだろうか ? 確実に保証された種族の未来は、つぎの十五 「まずいことになったよ、ギルスン。しかし、一つだけ小さな救い がある。われわれはあのいまいましいしろものがいっ開くか、その時間と二十分しかないと知らされて、それでも人類の生きていく道 正確なタイミングを知っている。だから、アメリカ政府が総力を挙があるのだろうか ? そこまで考えたとき、ギルスンはそれが十五時間と二十分ではな げて、全世界にこのことを警告するべきだ。国連かなにかを通じて く、一時間ですらないことを、まったく時間は残されていないこと ね。あの窓がいっ透過可能になるかは、秒の単位まで正確にわかっ ている。そこで警戒態勢をしておいて、その時刻になったら、全世を、どうしようもない絶望の中で見てとった。窓は、どうやら間欠 界のあらゆる市町村でサイレンやベルを鳴らすことにする。それを性ではないようなのだ。いま、とっぜんどこからともなく出現した のは、ごちゃまぜに降ってくる人骨とひき裂かれた衣服だった。あ 聞いたら、みんなが武器を持って待機するわけだ。もし、五秒のあ ざ笑うように別世界から投げ捨てられたごみは、ばらばらと地面に いだに怪物が出てこなかったら、もう一度・ヘルが鳴り、みんなはっ 落ち、乱雑な山、悪臭を放っ不吉な予兆を形づくった。 ぎの周期までめいめいの生活にもどる。これはきっとうまくいく よ、ギルスン。ただ、急いで手を打たなきやだめだ。あと十五時間 と、あー、二、三分で、窓がまた開くだろうから」 十五時間と二、三分か、とギルスンは思った。そのあとに、隙だ らけの恐ろしい五秒間がやってくる。それから十五時間と二十分の 安全期間をおいて、また恐怖がよみがえる。そのくり返しーーーそれ がいつまでつづくのだろう ? おそらくあの怪物どもの襲来までー ーただし、それは永久にないかもしれない ( やつらの考え方がだれ

3. SFマガジン 1982年2月号

・、たい宿痾でもしよいこんでいるか、とほうもなく甘やかされた結との住む美しい街、ぼくのシティ、 ・イースト。そこでは 果だめになってしまったあほうだとしか思えない。美しく清潔で、 人びとは、何もかも持っており、何もかも与えられ、そしてミラ 貧民窟も被差別者も、不具者、病人、老人もいないぼくらのシテは、たぶんその中でさえ、決して劣等には属していなかった。 ミラは年のわりに背がたかく、美しかったし、カイハセーショ だのにミラは給水塔からとびおりた。 ン、ことに皮肉のつかいこなしは群をぬいていた。ラウリをなど待 きっと秋は、ぼくの心の中にこそ住みついてしまったのだ。だか っていなくても、いつでも彼はパ ートナーをさがせたにちがいない ら人びとは、何となくうろんげな表情でぼくを避けて歩くーーーぼくし、そしてたぶん、アダルトになっても、何をやるにせよおそらく のからだのまわりに、夜がしみついてしまったのかもしれない。た一等地を抜いた存在となったことだろう。まちがいなくミラは才能 そがれが だがどうして ? どこから、それはやって来たという があり、そして模範市民にもビューティフル・。ヒー。フルにも、とい トレイダー のだろう。秋も、夜も、シティの環境管理局がプラスチックの袋に って反逆者にもなりえただろう。 つめて、ユニットへとどけてくれるものなのに。 それなのにミラは給水塔からとびおりたのだ。 ミラが死んで以来、ぼくは朝も昼も夜もミラのことを考えてい ああ、ーーそんなふうに云うと、なんて下らなく、俗つぼく、メロ た。そんなふうに考えるのはとてもふしぎなことだ。なぜなら、他ドラマふうにひびいてしまうことだろう。だからぼくは表現者の訓 の同期生たちは、・ こくあっさりと、あれを《なかったこと》にして練には向いていないといわれるのだーー・・・『何もかもみたされていな しまったし、ラウリもいなくなって、何もかもが、三日とたたぬう がら、ゆたかな未来とたくさんの可能性を一瞬の激情に見かえた若 ちに馴れられてしまったからだ。できれば、あとはただ、ぼくさえ い自殺者、何が彼をそうさせたのか ? 』だ。 いなくなればかれらにとってはきわめて申し分がなかったのだろう 言葉、言葉、そんなふうに云えばたぶん、たくさんの市民は安心 と思う かれらはいつも、ひとつの偉大な真実を遵奉している。するにちがいない。それも、「やつは気が違ったのさ」ですませよ 「道端に汚物があったら目をとじろ」という。 目をとじれば、 うとしないごく誠実で知的にもたかい人びとが。どうして、そうい イヤなものを見なくてもいいのだ。 う云いかたがかれらを安心させるのか、それは・ほくにはうまく云え 何もかもがとてもふしぎで、寄妙な感じたった。ぼくはミラやラないのだが、しかしかれらが安心することはわかっている。そして ウリのことを、 いくら考えても、それで悲しくなったり、とりかえ・ほくは、無性にそれがイヤなのだ。かれらが安心するのがイヤだー しがっかないと思うわけではなかった。むしろ、いろんなことが、 ーかれらがそうした。 ( ターンにミラをあてはめるのがイヤだ。「違 こういってよければぼくにとってはあまりにも自然だったので、ぼ うったら、違う ! 」と叫びたい。ひとりひとりの、首をつかんで くはむしろ、その自然さにショッ クをうけていたのだ。 ゆさぶってやりたい。 何もかもがこれほど完璧におぜん立てされ、快適で、美しい人び ・ほくは、一体、どうしたというのだろうか ? ぼくは変わっ 8 2

4. SFマガジン 1982年2月号

部長がぶつきら・ほうに命令した。しか おれはハッとした。部長をはじめ、百人 のすごい拍手が起った。 し、誰もマルムシに近づかない。 「すごいじゃないですか。よくあんなこと の武装警官全員もハッとした。 「お前やれよ」 そうなのだ。マルムシは別に毒を持って ができましたねえ」 「妻に比べれば、マルムシなんてたいした いるわけでもなければ、かみつくわけでも「やだよ。やつばり気味悪いよ」 「お前らはどうしてそう腰抜けそろいなん ことないですよ」 ない。いたっておとなしい奴だ。 だ。さっき専門家の人が言ってただろう。 部長がもみ手をしながら近寄ってきた。 それがただ大きくなっただけなのだか ら、たいして危険でもないはずだ。こんな大きくたってたかがマルムシだ。別に危険「いやあ、最後まですっかりお手数をおか はない」 けました。お送りいたしますので、 . さあ、 大騒ぎをする必要もないのだ。 どうそー 「オリだけはお貸ししますから、あとはあ「じゃ、部長やってくださいよ」 「そうだ」 まだ拍手が続く中、おれたち二人はいそ なた方で勝手にしてください」 しそとパトカーに乗り込んだ。 おやじさんは、く / リケードの中にオリを「そうだ」 「あとであれを動物園にでも届けておけ」 「いや、わしには妻も子もいる。下の子は ドンと入れると、怒って帰ってしまった。 やはり、テレビみたいにかっこよくはい 今年小学校に上がったばかりだ。それにか 部長が。ハトカーの窓から首を出して言っ かないようだ。 わいい部下も大勢いる。もし、わしに万が 一のことがあったら : : : 」 おれはなんだか急に疲れが出てきたの なんだか急に馬鹿らしくなってきた。 百人の武装警官の突き上げをくって、しで、 ハトカーの振動に合わせてウトウトし いっしょに見物していた山本さんも、シ ョンポリした顔になってしまった。 どろもどろになっている部長の後ろを、山始めた。 「キキーツ 部長もさっきまでの意気込みはどこかへ本さんがトボトボと通りすぎて行った。そ して、マルムシの前で静かに止まった。 とっぜん。ハトカーが急停車した。 消え失せ、ばつが悪そうにしきりに髭をい じっている。 「なん : : : 」 皆が固唾を呑んで見守る中、山本さんは 「どうし : : : 」 無雑作にマルムシを蹴飛ばした。 百人の武装警官も拍子抜けした顔で、 「こらつ、なぜ急に止め : : : 」 リケードを片づけ始めた。 すると、マルムシはコロコロころがり、 おれたち三人は、運転手が震えながら指 しばらくすると、あたりはすっかりきれちょうどビシャリとオリの中に納まった。 いに片づき、大きなオリと、しつこく丸ま山本さんはオリに近づき、ガシャンととび差す方を見ると、言葉が続かなかった。 らを閉めてかぎをかけた。 っている大マルムシだけが取り残された。 前方の交差点のどまん中で、でつかいゲ 「おい、誰かあれをオリの中に人れろ」 その瞬間、百人の武装警官全員から、も ジゲジがとぐろを巻いていた。 9

5. SFマガジン 1982年2月号

まけてしまった。 これはこの宇宙の責任ではないだろうし、ましてやその中でたっ た一回の生を生きる生物たちの責任ではない。彼らにとっては現在 の宇宙が唯一の宇宙なのだし、宇宙自身にとってもそうだ。それ 深い闇の底で、ひとつの憎悪が首をもたげた。それは、まわりの に、いつの宇宙が最高だったかなどとは、どこの誰にも言えないこ 猜疑心を吸収して、次第に明確なかたちをとるようになった。上下 となのである。たとえ「光あれ」と唱えた張本人であってもだ。 も左右もない世界で、憎悪はひとつのかたまりとなり、忘れていた ビッグ・・ ( ン開始後、三分の間に重水素とヘリウムが生成され ことを思い出した。 た。この二元素の量比に基づいて、理論物理学者たちが計算した結 憎悪は特定の対象を持たなかった。それはいわば失われたものヘ の執着であり、現在それを持っているすべてのものに対する恨みで果によると、爆発する雲の中にある核子の質量だけでは少なすぎ あった。それゆえ憎悪は限りなく憎悪を生み出さねばならなかって、宇宙が永遠に膨張するのを引きとめるだけの質量が生じないと 言う。 天文学者や物理学者たちは、頭をひねった末に、ひとつの仮説を 打ちたてた。それは、ビッグ・・ハンの決定的な最初の数分間、宇宙 遙か昔、光あれ、と誰かがつぶやいた。すると宇宙の種子は大爆 のエネルギーは、核子以外に算定不可能なある形態をとっていたと 発を起こし、その隅々までが光子で満ちあふれた。 するものであった。ある形態とは一体何なのか、それをめぐって以 しかし、ビッグ・・ハン後早々にこの宇宙は均質であることをや 来侃侃諤諤の論議が不毛のまま続けられている。 め、ある部分は膨張し、ある部分は収縮した。 かくて宇宙の構成物の九九パーセントは仮説と誤解と猜疑心で占 およそ宇宙を構成するものの九〇パーセントは仮説であるが、そ められた。残りの一 パーセントは未だ発見されていない。 れらは宇宙がいいかげん気の抜けた状態になってから、なんともま めな人間という生物によってうちたてられたために、それ以前の誤 解を解消するには至らなかった。 材料はいくらでもあった。 憎悪がそれを喰うことによって、誤解や猜疑心はたやすく均質な いま宇宙は誤解と猜疑心に満ちている。この前の大収縮がいさ さか未消化に終わったからである。宇宙のすべての法則は、最後に憎悪の結晶へと変化した。 ビッグ・クランチによって徹底的にかみ砕かれ、消化される。そし 憎悪は次々と石のかたちをとった。 て次回のビッグ・パンによって、またまったく異なった物理法則が 周囲に同胞が現われはじめると、憎悪はますます巨大な意識とな 宇宙を均質におおうのである。ところがどうしたことか、今回のビ 、個々の石は全宇宙へと漂いはじめた。 ッグ・・ハンは、完全には再生をとげていない、未消化の宇宙をぶち 彼らは出会うものを片はしから喰った。そしてそれをすべて自分 こ。 フォトン ビッグ・クラソ . チ ビッグ・ 338

6. SFマガジン 1982年2月号

新手の虫でもひつついたかと思って、川つぶって先生様あのうちへ来ただよ」 「先生様あ、先生様あいるだが」 「そりゃあ、おどろいたろう」 医者の私の所へ息せききって飛びこんで来ちの半吉の所へでも相談しに行くべえかと思 ってたで。そうかあ、あらあにわとりつ子の宇宙船にしては小さいと私は思った。二メ たのは、隣村のオヨネであった。 仕業かね。そんじゃ、にわとりつ子の頭あ ートルに満たない宇宙船、恐らく偵察艇では 「おう、ここだ、ここだ」 二、三発くらわしてやらにゃあいかんなあ」なかろうか。だとしたら武器は持たない筈だ 「ああ、先生様あここにいただかね」 「それで、にわとりにえさをやっていたらど が、放射能をエネルギーとしていたらそのお 「なんだなんだ、そんなにあわてて」 ばあさんが被爆する恐れがある。急がねば。 「はあ、はあ、てえへんだてえへんでねえうしたんだね」 「そうだ、そうだ、にわとりつこにえさやっ 「そりゃあ、おどろいたで、おらあんなもん て、こんだだ、はあ、はあ、はあ、てえへん てたら、空から光るもんが降ってきただよ」見た事も聞いた事も、食った事もねえでな」 なことはねえだよ。はあ、はあ」 「とにかく、そこへ案内してくれないか」 「まあそんなに慌てることはない。ひとまず「光るもの」 宇宙船ではないかと私は思った。 「うんいいだよ。だけど隣のばあ様あ、きっ ここへお坐り」 「へえ、んじゃま、はあ、はあ、おじゃまし 「んだ。光るまあるいもんが、空から落ちてと近よらせてくれねえだよ」 「ああ、そうだな」 きただよ」 ますだで、はあ、はあ」 「それで、それは大きいのかね」 「で、何があったんだい」 私は用心のために、熱線銃を仕込んだ杖を 「そ、それですだよ。おらがね、にわとりつ 「いいや、そんなに大きくはねえけどな、さ持っていくことにした。 「あれえ、先生様あもう腰ぬかしただかあ」 このやつらにえさくれてただよ。あ、そうしわたし六尺ぐれえだべかなあ、でもいきな り降りてきたでまあ、牛っこや馬っこはあば 「う、うん、いやあ、その得体の知れない物 だ、先生様あ、そういえばうちのにわとりつ こは近ごろ、菜っ葉あくわねえだよ。どうしれ回るし、隣のばあ様は数珠持って拝み始めを見て腰をぬかすといけないからね」 るし、うちのじい様あ腰ぬかしてひっくりけ「ああ、そうすりやええだで。なんつったっ てだべか」 「えーと、オヨネさんの所ではいろいろな野えるし、ふんだもんだからおらあ何だべかあてびつくりするだからなあ。牛っこや馬っこ はたまげてあばれ回るし、うちのじいさまあ 菜を植えているだろ。それを食べているんじと思ってその丸いもんに近づこうとすると ゃないかな。私の家でも以前ににわとりを飼な、隣のばあ様あこんどはおはらいの棒持っ腰ぬかすし」 っていた時、よくやられたんだ」 てきて、『御神体だから近よるでねえ』って 「さあ、行こうか」 「ははあ、そんでだか。おらあ野菜のことはおはらい始めたで、おらあどうすべかあと思 「ああ、いくべ、いく・ヘ」 0 入選作・ 「先生様あ」 神崎裕 2

7. SFマガジン 1982年2月号

まで境界面に向かって射ちつづけ、大佐が激しく悪態をついた。ギが頭から飛びこんできたようすを演じた。男はリーヴズが出現した ルスンは血みどろの饗宴を見るのに耐えられなくなって目をそらしあたりを考え深げにじっと見つめ、一瞬ギルスンは男の冷酷な目が てから、自分が大を見つめているのに気づいた。犬はうれしそうにまともに自分の目をのそきこんでいるような気がした。男は向ぎを かえ、ゆっくりと考え深げに家のほうに歩いて、中に姿を消した。 ポーチに坐って、尻尾を振っている。 空地の中は、機械の立てる単調なひびきだけで、静まりかえって オい ! 」クランツがとっぜんさ 「しかし、こんなことがあるはずはよ いる。クランツがすすり泣きはじめ、大佐が単調な声で悪態をつい けんだ。「あんな家族がここにいたとしたら、歴史にも、新聞にも くらなんでも、あんなことが忘れられるはずはた。兵士たちは放心したように見える。みんなが怖気づいているん 出ているはずだ。い だ、とギルスンは思った。死ぬほど怖気づいているんだ。 ない ! 」 「なにをばかなことをいってるんだ ! 」ギルスンは怒りをぶちまけ芝生の上の家族がいま行なっているのは、ビクニックの後片付け た。「あれは過去じゃない。あれがなんだかは知らないが、とにかの奇怪なパロデイだった。子供たちはかごを持ってきて、女のおと よくわからなの綿密な監督のもとに、食い残しを拾い集めている。彼らの一人 く過去じゃない。そんなことはありえない。あれは が骨を犬に投げ与えるのを見て、計時係の兵士がまた嘔吐をはじめ 十′し、刀 どこかよその場所だ。なにか別の : : : 次元 ? 宇宙 ? 一フレル・ワーレ・ト、 の世た。芝生がもう一度きれいになったあと、彼らはかごを家の裏手へ 仮説があるじゃないか。ハ やつらは現在の時間にいる運んでいき、おとなたちは家にもどった。まもなく男だけが、こん 界、多元宇宙・ーー名前はどうでもいし どは白麻のスーツを着こんで現われた。手には本を持っている。 んだ、あの汚らわしいやつらは。カルヴァギャストのまじないが、 ( ラレル・ワールドの一つに穴をあけた。きっとそういうことにち「聖書だ」クランツが驚きを声に出した。「あれは聖書だ」 、をしナ「どう考えたって、あの かしない。くそ、ああいう連中を生み出す歴史とは、どういうもの 「聖書であるものか」ギルスノよ、つこ。 ・ : 怪物どもに聖書のあるはずがない。なにかほかのものだ。でな だったんだろう ? やつらは人間じゃないよ、クランツ。姿形はど うあっても、絶対に人間じゃない。″愉快な自転車旅行か。どこきやおかしい」 まで見当はずれだったんだろう ? 」 その本の外見は、たしかに聖書に似ていた。装丁は黒革で、男が それはついに終わった。一家は芝生の上に寝そべった。ふくらんどうやらある一節を探しているらしく、ページをくりはじめると、 だ腹は血と脂にまみれ、飽食でまぶたが重そうだった。二人の子供中の紙も聖書に使われるのとおなじような、薄い丈夫な用紙である は眠りこんでしまった。男のおとなはじっと考えこんでいるようだのがわかった。男は目的のページを見つけ、ギルスンの目からする った。やがて男は立ち上がり、リーヴズの衣類を拾い集めて、丹念と、そこに書かれていることを演説口調で朗読しているようすだっ こ 0 に調べはじめた。それから女の子を起こして、どうやら質問してい るらしい。女の子は身ぶりをし、指さし、パントマイムでリーヴズ 「いったいやつはなにをする気だろう ? 」ギルスンはいった。彼が 245

8. SFマガジン 1982年2月号

。もしそれが間 「最後に息ぬきらしいことをしたのはいつなんだ、ドレイク ? て即座に稼げるという方に、わたしは賭けてもいい 違いだったら、わたしは二十三世紀の世界で、皿洗いに相当する仕晩、いや一時間でも、君はくつろいだことがあるのか ? 君がこの 何年か、休みもとらず働いていたことはで聞いている。事実を直 事をして暮らす羽目になるだろう。 身辺の整理がある程度すむと、わたしはトム・ライ ( ートに会い視しろ、ドレイク。アナは死んだんだ。いつまでも、アナの想い出 冫をしかないんだぞ」 にがんじがらめにされて、生きていくわけこよ、 に出かけた。アナのことがあってから、トムとはそんなに親しくは 書斎はひどく暑苦しく感じられた。息をつぐのも困難だった。わ していなかった。わたしの頭の中は別の問題でいつばいだったし、 トムは結婚して家庭を築くのに忙がしかったのだ。彼は心から再会たしは何度か唾をのみこむと、トムがまだ手に持っている申請用紙 をよろこび、帰ってきた放蕩息子をむかえでもするように大騒ぎしをようやくのことで指さした。わたしはロがきけなかった。トムの てくれた。わたしたちは九年前と同じなっかしい書斎でくつろい言葉がこちらへ押し寄せてきたが、さつばり理解できなかった。 だ。トムはわたしをにこやかに見つめ、彼の妻はよく肥えた子牛を「君はできる限りのことをアナステージアにしてやったじゃない 料理しに台所へ行った。 か」と彼は言った。「アナは君にできた最高の処置を受け、最高の 「君の音楽はどこでも聞こえるよ、ドレイク」と彼は言った。「君子宮に入っている。固定観念にとりつかれたまま生きていくわけに の仕事がこんなにうまくいっているのを見るのは、すばらしいこと はいかないそ。君は有名だし、りつばな仕事をしている , ーーそれ以 上、何を望むことがある ? 俺の手を借りてそのすべてを放りだ いつになることかーーー甦るチャンスに賭ける 厳密に音楽上の見地から言うなら、話は逆だった。わたしはずいし、将来いっか んだな。ドレイク、君は肉体的に健康だし、人生の盛りにいる。わ ぶん以前から、真に第一級と呼べるような作曲はしていなかった。 トムは音楽の耳をまったく持ちあわせていない。おそらく、そのおからんのか ? 手を貸すわけにはいかんよ」彼は申請書に目を戻し かげで、わたしたちはいつもうまくや 0 てこれたのだろう。職業上た。「これは医者としての誓いに反する行為だ。君から健康を奪 0 て、十中八、九まちがいない死に追いやるわけだからな。ドレイ の嫉妬のまじる余地はまったく無いからだ。 トムの満足した様子に水を差したくはなか「たけれど、切りだすク、君に必要なのはわたしの助力ではなくて、文字通りの心の助け のは早ければ早いほどよかった。わたしは申請書を取りだし、何もなんだ」 わたしはやっとのことでロを開いた。「約東してくれたじゃない 言わすにわたした。 トム」 見るなり、彼の顔から上機嫌の色が消えた。信じられないという ように首を振り、わたしをまじまじと見つめた。 「約東 ? なにが、約東なもんか。俺はごめんだね」わたしは何も 言わなかった。とうとう、彼がまた話しだした。「どうしてなん 9 「ドレイク、君が最後に休をとったのはいつだ ? 」 こ、ドレイク ? なぜこんなことをする ? 」 わたしには質問の意味がわからなかった。

9. SFマガジン 1982年2月号

「はい」リーヴズはいった。「ギルスンさん、ご存じでしようか。す」 さっき教授がいったことは、完全な真実じゃないんです。ときに 「角氷ね。なぜ角氷を ? 」 は、なにかがあの窓の中まで行きつくこともできる。それは一日目「溶けて、なくなってくれるからです。過去に現代の人工物をばら にわかりました。その前からこの谷は温度逆転で、化学工場の悪臭まくわけにはいきません。どんな影響が生じるかしれない。それ が一週間分もずうっと溜まってたんです。それがあの日に解けて、 に、これなら安上がりだし、いくらでも補充できますからね」 風が山あいからそいつを運んできた。ひでえ匂いでしたよ。われわ「科学」とギルスンはものうげこ、つこ。 ーしナ「ワシントンのお偉ら方 れはあの中にいる人びとを観察してたんですが、急に彼らが鼻をひがこれを聞いたら、どんな顔をするだろう」 くつかせ、鼻にしわを寄せて、しかめつつらをするじゃないです「笑いたけりや笑いたまえ」クランツがいった。「しかし、あそこ か。これはてつきり化学工場の悪臭が流れこんだにちがいないと思に家があり、境界面があるのは、まぎれもない事実だ。われわれが いました。さっそく長い棒でつついてみたんですが、いつものよう一種のタイムトラベルを実現したことは、疑いがない。しかも、物 に端っこが消えてなくなるだけ。先生の意見では、ひょっとしたら理学者や技術者しゃなく、キじるしのカルヴァギャストがそれをや 境界面に。ハルスのようなものがあって、間欠的に働くんじゃない ってのけたのさ」 か。そこで、それを確かめるための装置を、急ごしらえで作ったん「話が出たついでに聞くが、そのカルヴァギャストという男は、い です。来てください、お見せしますよ」 ったいなにをしようとしていたんだ ? 」 それは水平にまわるはずみ車で、その縁に長いへらがくつついて「いい質問だ。彼はなにをしようとしていたかーーそう、ざっくば いた。はすみ車が回転するのといっしょに、ヘらはテー・フルの上をらんにいえば、彼はまじないを発見しようとしていた」 ぐるぐる掃いていく。その真上にはホッ。、 , ーがあって、ときどきな「まじない ? 」 にかがそのホッく / ーからテープルの上に落下し、そしてさっそくへ 「まじないをかけるという、あのまじない。魔法の呪文。そんな嫌 らに拾われて、遠くへはじき飛ばされてしまう。ギルスンはホッパ な顔をしないでくれ。ある意味では、筋のとおったことなんだか ーの中をのそいてから、いぶかしげに片方の眉を上げた。 ら。われわれは資金をもらって、テレキネシスーー精神による物体 「角氷ですよ」リーヴズがいった。「よく見えるように、オレンジの操作法ーーを研究していた。もし、テレキネシスを正確に利用で 色に染めたんです。この機械は、一秒おきに角氷を境界面へ射ちこきるならば、すばらしい武器になることは明らかだ。テレキネシス みます。だれかがいつもストツ。フウォッチを持って、それを見張という離れ業を演じる人びとは現実にいる。彼ら自身どうしてそう る。それでわかったんですが、十五時間と二十分おきに、五秒間だ なるのかを知らないし、説明もできないらしいが、それにもかかわ けあれが開くんです。五個の角氷が中に飛びこんで、あの芝生の上らず、ある特殊な精神活動によって、われわれの周囲に存在してい に落ちます。それ以外のときは、境界面であっさり消えてしまいまるらしい未知のエネルギー源からカを吸い上げ、そのエネルギーを 238

10. SFマガジン 1982年2月号

例はこれぐらいにしておくがーーの言っていることが、わたしにち年間働いてもらうということだ。さいわい、あなたは健康で、冷凍 んぶんかんぶんだったのも無理はない。専門用語とおかしな略語の処置も適切だったが、そうでなかったら、この期間ははるかに長く 8 集積が、古代ギリシャ語よりもわけのわからない言語を生みだしてなるところだった。わたしといっしょに仕事をするわけだが、これ しまったというわけである。「医者にはどうやって話すのですかはなかなか楽しい、興味深い作業になると思う共同で、あなたの生 きた時代の音楽史の決定版を執筆するのだ」 どうやら、生活費の心配は先へ延びたようだーー借金を返すまで 「普通の話題ならば、〈共通〉で話す。誰にでも理解できるから ね。あなたの問題のような専門的な話の場合は、コン・ヒ、ーターをは、パル・レオンが食べさせてくれるのだろう。 「第二は、君にとって良い知らせだ」 使って、両者の言語の中から、互いに対応する概念を捜す」 パル・レオンは仔細ありげにわたしを見つめた。蘇生の際、あな 各分野にまたがる計画は地獄に違いない。とはいっても、これは たの身体とホルモンの・ハランスにいくつかの問題ーーというか、欠 昔からそうだったのだ。なんとも不思議で、理屈にも合わないこと だが、わたしは心が浮きたつのをお・ほえた。体中の力をため、意を陥 ? が見つかった。それは治療しておいた。ドクターたちは、 決して上体を起こそうとした。頭は五センチほど枕から持ちあが治ったと考えている。これで、あなたの寿命は百七十年から二百年 り、次の瞬間また元へ戻った。 に延びるはずだ。 「急がないで。ローマはー - ー一日にしてーーーならず」パル・レオン ホルモン調整は更に徴妙だった。あなたは一種の狂気の徴候を示 は、このようなまぎれもない古アングル語の名文句を口にだすことしていた。ある女性に対して統御不可能な衝動と固定観念を持って ができ、いかにも得意そうだった。「健康体に戻るまで、いくつか いた。このことは解凍が進み、心理探査に反応が出てきた時点で、 月がかかるだろう。注意事項をあと二つあげて、それからあなたの ドクターたちが気づいた。すこしばかり化学的な修正をほどこした 治療を続けさせる。 ので、その障害は除去できたと思う。あのアナという女性につい 第一に、あなたをここへ運び、蘇生させる段取りをつけたのは、 て、今どんなふうに感じるかね ? 」 わたしだということだ。わたしは音楽学者で、二十世紀と二十一世 パル・レオンはじっと見つめている。心臓は高鳴り、胸には重し 紀、特にあなたの生きていた時代に関心を持っている」 がのせられたような感じだった。目をつむり、長い間アナのことを わたしは大昔の賭けの一つに勝ったわけだ。とすると、現在の音考えたのち、ようやく冷静さを取り戻した。目を開くと、わたしは 楽はどうなっているのだろうかっ・ , 作曲できるようになるだろう 、弱々しく頭を振った。「何も。た ・、ル・レオンを見つめたまま だ、以前、何かがあったような感じがかすかにするだけです。ちょ 「この時代の法律によると」とパル・レオンはつづけた。「あなた うど、古い傷痕のように」 は蘇生と治療の費用をわたしに払う義務がある。いいかえれば、六 「結構ー彼は徴笑してうなすいた。「それでいい。彼女がかかって