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検索対象: SFマガジン 1982年2月号
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1. SFマガジン 1982年2月号

してみると、人間という存在それ自体が、もって生まれた本性がとができ、あたりにあるものがいよいよ刻々と目に入ってくる、と そうしたものーーよくなろう、向上しよう、ゆたかになろうとするでもいうようだった。ぼくは、少しだけ、水にからだをうかべるし 2 よりも、とかく盲目の、まっくろな、理不尽な情熱に殉じたがるもかたを習得したような気がしていた。何もかもが、おろかしく、愚 のなのだ、ということだろうか ? たが、シティの誰ひとりとして劣で、救いようがなかった。 そんなふうにいうものはいない。そんな考えに、賛成するものだっ 死んでいったミラだけが真実に思われる。きっといまミラがいれ ば、・ほくは彼と、唯一の真の対話、カン・ハセーションなどにじゃま ていはしないだろう。 かれらはそんなふうに考えたがらない、 というよりそんな考えにされぬ対話をもちえたかもしれないのだ。どうしてぼくはもっと早 耐えられないのだと・ほくは思う。なぜなら、人間というものが、そくにいろいろなことに気づかなかったのだろう。シティーー現実ー んなふうにわけのわからぬものだ、と考えることは、かれらを激しー人びと、デイソーダー、セックス、孤独、悲しみ。 シティでは、何もかもあるし、ゆるされている、ただあついカン い不安におとしいれる。かれらの隣人として、にこにこと挨拶をか わしているかれらとおなじ顔の人間が、その中にそんなぶきみなえ ハセーションのヴェールをつらぬいて、ひとのこころにいたるすべ」 たいの知れぬ情念をかくしている、と考えることもだが、それにもだけは、誰も教えてくれはしない。 まして、かれらはまぎれもなく人間なのであり、ということは、、 ( なんと孤独なーーなんと孤独な都市だろう ) れら自身が自分の中に、そんなどろどろした暗闇を見出すかもしれ ・ほくは夢のなかを、さめることもできずにさまよい歩いている人 ないということだ。 のような気がしていた。 ほんとうにかれらを怯えさせるのはいつもそれなのだとぼくは思 う。暗く、いっキスをむくかわからぬえたいの知れぬ隣の怪物から 守られ、安全でいるかどうか、ということ以上に、かれらは自分の 中からえたいの知れぬものが出てきて、それがおのれをつきうごか結局ーーーしかしぼくは思う。結局それらのことすべては、きわめ していってしまうのを恐れている。だからこそ、精緻なカンパセー てありきたりな、典型的な反応であり、長い間かかって抽出され ションの罠をはりめぐらして、何もかも、真実をかくしてしまうのて、システムのもといとなったいくつもの行動生理学のパターン の、きわめて忠実な再現にすぎなかったのだ、と。 あの給水塔の上で味わった、何もかもが突然明晰になり、はっき しかしもちろん、それをくりかえす本人にとっては、そんなふう りと見えてくるような、これまで知ったことのない明視感は、あれに思うことはムリなばかりか、苦痛でさえある。人間というもの 以来ずっとぼくを訪れつづけていた。その状態をたとえるならば、 は、不幸や煩悶にさえ「自分だけが」という、オリジナリティの主 これまで水に溺れつづけていた人間が、突然、水中で目をひらくこ張をしてやまないようなものなのだから。 こ

2. SFマガジン 1982年2月号

ギ、ンターは言葉がなかった。彼は円筒を両の掌でつつんでみを許さなかった。彼らは彼らなりに、父のことを考え、名誉を守る こ。 ことを第一としたのだが、父は最後まで生きものであろうとした。 「・症の末期には、系列のアミノ酸によって酵素反応が阻害 これは恥ではない。生物であり続けることで、生物の尊厳を守ろう としたのだ。 され、全身の細胞が死に到る。だが、、シ = リツツ中佐のからだは、 核を除く原形質の多くが失われ、代謝機能をほとんど失っても生き ギュンターは、父だったものを入れた容器に額をこすりつけた。 ていたんだ。をわずかなタンパク質の力。フセルでつつみ、風彼は、人間だった時代の父親を知らない。彼がギ = ンターの父であ 雪に耐える種子のように生きている。そして、いろいろな配合のガる前と、父でなくなった後のことしか知らないのだ。けれども、今 スを外部から注入してやると、なんとかしてガス交換を、代謝をしそれがギンターの存在を支えてくれた。ギンターを守ってくれ ようとするんだ」 これは確かに生きている。ギ、ンターはそう思ってガラスケース を握りしめた。そして、いま彼には、それが父親であることがほの ギュンターは研究所の建物を出る。強い日ざしが彼を捉えた。 かにわかった。 今なら彼は戦えそうな気がした。・の文字通りの″石頭を 封入された混合気体の中で、ざらめのような一ミリ角ほどの不透あとかたもなく吹きとばしてやれそうだ。生きものとして、生きも 明結品となっても、これは確かに息をしている。ギンターは、膝ののために。 ががくがくとふるえ、声にならぬ声がのどの奥からこみあげてき ギュンターは、長いことこんな抽象的な結論を出すことに嫌悪感 を持ってきた。あまりにも身近なものを愛そうと、汲々としていた 核酸の結品は、彼の存在に気づいたかもしれなかった。彼には「ような気がする。それがかえって物を見えなくしていた。だが、今 瞬その結晶がのどをふりしぼって苦しげな声をあげたように思えの彼は、リ口を愛し、母を愛し、父を愛し、友人や見知らぬ連中や 動物たちを愛し、彼自身の肉を愛している。彼の肉は、生物が何十 ギュンターの目の前にあるのは、・の力に抗しきれなかった億年夢みて造り出したものだ。 , ー 彼よ、この気の遠くなるような営為 肉のなれの果てなのだ。しかし、これはまごうことなき彼の父であを守らなくてはならない。 る。たとえ何人の科学者がその可能性を疑っても、彼には今それが ギュンターは、日ざしの熱さを頬に感じながら空を見上げた。今 わかる。なぜなら、ギ = ンターは生まれついての ( ンターだから彼は全身で、生物であることの幸福を感じている。門をくぐり、 だ。生まれついての ( ンターだから、父親がざらめのようになってへ向かう道路を歩きながら、彼は、、 しつまで生物でいられるだろう まで守ろうとしたものがわかったのだ。軍や研究所の上層部の人間かと考えていた。 は、 ( ンタ 1 ではなかったから、軍神たる父が生き恥をさらすこと こ 0 こ 0 こ 0 6

3. SFマガジン 1982年2月号

つけたせいですし、私自身がロポットのようにふるまっているから で一度も興味を持ったことのない世界に入って行かねばならなかっ でもあるのです。彼はいいわけをしました。 たからです。 、ちょう 初めに私に声をかけたのは、オルセン夫人でした。叫び声のよう「研究はもう終えられたのですか。鳥のレ・ ( ーを石炭から生産す なものをあげたのです。悲鳴と絶讃の中間のような声で、今にも気る方法は、もう考えっかれたのですか」 絶しそうでしたが、抱擁するために私のところへ驤けよってきまし この分だと、今に食物も機械化されることでしよう。そんなら私 はいっそのこと海草を食べますね。まだしも海草は自然で、本物な た。どうやら夫人には、なぜ私が午後あんなにぞんざいなかっこう をしてオルセン夫妻を迎えたかが、やっとのみこめたようです。そのですから。 れだけ夜、あっといわせよう、というこんたんだった、というので「私の夫はここに来ているのでしようか」 ロズムのロポットは驚きました。人間とほとんどそっくりに。私 す。彼女はそのことで私を責めました。私のやり方がフェアではな というのです。この分だと、私が殿方をみなかっさらってしまはまた動揺しはじめました。彼は私を、密室のようなところへ連れ う、というのです。殿方をみな魅了するのはまちがいない、というて行きました。 のです。今回私の通訳をつとめてくれたのは、ロズムの協力者の一 「きみ、本当に来てくれたのかね ? きみにどうして感謝したらい 人でした。その人も私を、驚いたような目でまじまじ見るのでし いだろう ? 何度きみにくるよういったか、知れないよね ? 久し た。ロズムの発見がそうであったように、私のやって来方も思いがぶりにきみはまた来てくれたのだが、アインシュタインがプラハに けないものだ、というのでした。 滞在中、講演をおこなった講堂を、あの時きみに見せたのをお・ほえ ているかな ? 」 「あのアメーバのこと ? 」と、私はほほえみながらいいました。 「ありがたくないですわ。そう比較していただいても、うれしいと私はおぼえていませんでした : は思いませんね。新聞ではそのアメーノぐ ' 、よ、あまり魅力的には見え 「あなたが喜ばれるか、私わからないのです」と、私は彼にいいま ませんでしたものね」 した。 どうもロポットらしいのです。記億こそ、ロポットの主な特性の 彼は顔を赤らめました。この人たちはこれまで私の前で、一度も つも記憶にたよっています。正確この上 顔を赤らめたことはなかったのです。家では私はどちらかといいまはずです。ロポットは、、 すと、この人たちにいつもおてつだいさんのように見られていましないカードのように、ロズムの生涯のひとときひとときを、丹念に たし、私が紅茶をいれてあげた時も、礼をいうのを忘れられたこと記録しているにちがいありません。 「私、あなたを脅迫しに来たのよ」 が、何回かあったのです。そんなこと、重要に思っていなかった、 のだと思います。自分たちの問題で、討論しなければならなかった そうです、私はすぐプレスルのような行動をとってはいけないの のですから。ところが、今は顔を赤らめているのです。私が口紅をです。。フレスルは本当にヤナのことが原因で、ロズムに対してあの 287

4. SFマガジン 1982年2月号

新手の虫でもひつついたかと思って、川つぶって先生様あのうちへ来ただよ」 「先生様あ、先生様あいるだが」 「そりゃあ、おどろいたろう」 医者の私の所へ息せききって飛びこんで来ちの半吉の所へでも相談しに行くべえかと思 ってたで。そうかあ、あらあにわとりつ子の宇宙船にしては小さいと私は思った。二メ たのは、隣村のオヨネであった。 仕業かね。そんじゃ、にわとりつ子の頭あ ートルに満たない宇宙船、恐らく偵察艇では 「おう、ここだ、ここだ」 二、三発くらわしてやらにゃあいかんなあ」なかろうか。だとしたら武器は持たない筈だ 「ああ、先生様あここにいただかね」 「それで、にわとりにえさをやっていたらど が、放射能をエネルギーとしていたらそのお 「なんだなんだ、そんなにあわてて」 ばあさんが被爆する恐れがある。急がねば。 「はあ、はあ、てえへんだてえへんでねえうしたんだね」 「そうだ、そうだ、にわとりつこにえさやっ 「そりゃあ、おどろいたで、おらあんなもん て、こんだだ、はあ、はあ、はあ、てえへん てたら、空から光るもんが降ってきただよ」見た事も聞いた事も、食った事もねえでな」 なことはねえだよ。はあ、はあ」 「とにかく、そこへ案内してくれないか」 「まあそんなに慌てることはない。ひとまず「光るもの」 宇宙船ではないかと私は思った。 「うんいいだよ。だけど隣のばあ様あ、きっ ここへお坐り」 「へえ、んじゃま、はあ、はあ、おじゃまし 「んだ。光るまあるいもんが、空から落ちてと近よらせてくれねえだよ」 「ああ、そうだな」 きただよ」 ますだで、はあ、はあ」 「それで、それは大きいのかね」 「で、何があったんだい」 私は用心のために、熱線銃を仕込んだ杖を 「そ、それですだよ。おらがね、にわとりつ 「いいや、そんなに大きくはねえけどな、さ持っていくことにした。 「あれえ、先生様あもう腰ぬかしただかあ」 このやつらにえさくれてただよ。あ、そうしわたし六尺ぐれえだべかなあ、でもいきな り降りてきたでまあ、牛っこや馬っこはあば 「う、うん、いやあ、その得体の知れない物 だ、先生様あ、そういえばうちのにわとりつ こは近ごろ、菜っ葉あくわねえだよ。どうしれ回るし、隣のばあ様は数珠持って拝み始めを見て腰をぬかすといけないからね」 るし、うちのじい様あ腰ぬかしてひっくりけ「ああ、そうすりやええだで。なんつったっ てだべか」 「えーと、オヨネさんの所ではいろいろな野えるし、ふんだもんだからおらあ何だべかあてびつくりするだからなあ。牛っこや馬っこ はたまげてあばれ回るし、うちのじいさまあ 菜を植えているだろ。それを食べているんじと思ってその丸いもんに近づこうとすると ゃないかな。私の家でも以前ににわとりを飼な、隣のばあ様あこんどはおはらいの棒持っ腰ぬかすし」 っていた時、よくやられたんだ」 てきて、『御神体だから近よるでねえ』って 「さあ、行こうか」 「ははあ、そんでだか。おらあ野菜のことはおはらい始めたで、おらあどうすべかあと思 「ああ、いくべ、いく・ヘ」 0 入選作・ 「先生様あ」 神崎裕 2

5. SFマガジン 1982年2月号

、ということを、私はも ちはみなもう知り合いなのでした。といいますのは、狂人の親類、と抜け出してきたのでした。こうすればいし というカインの烙印を、みな身につけていたからです。車掌たちまう経験で知っていたのです。イエンダを興奮させてはいけませんで で、私たちにはほかの乗客たちへのように、じやけんにどなったりしたし、ひとりでいる時か、誰にも見られていないと思っている時 はしなかったのですが、それは私たちの神経をいたわってやらなけには、私の持ってきたクロワッサンを時々いくつか食べている、と いうことを聞いていたのです。 ればならぬ、と思っていたか、私たちをこわがっていたか、どちら かの理由によるものだ、と思います。 「とても知性のある少年ですね。あるいはロズムより利口かも知れ イエンダはいつものように、自分の部屋でひとり腰をおろして いませんし、何か特におそろしいロポットを、頭に描いているのかも ました。私が声をかけても答えず、虚空のどこかをじっと見つめて知れませんよ。あなたも見て知っていられるとおり、何かにおびえ ながら生きているみたいですからね」 いたのですが、それには私ももうずっと前からなれつこになってい ました。私は泣くことを、忘れてしまいました。泣いても泣かなく 私はカレルから聞いた、戦争中にこの精神病院が空襲された時の 彼の受持ちの患者たちは炎のなかにとり残さ ても、彼には同じことなのです。それとも、ひょっとすると彼は心話を思い出しました。 , の奥底のどこかで、そういうことによって深く傷ついているのかもれてしまったのですが、平然として生きたまま焼かれるのにまかせ 知れません。私は彼のところへ行って、オモチャとか街で見聞きし た、というのです。この人たちが頭に描いている恐怖の方が、ずつ てきたこととか、彼のかっての友人たちとかいった、ありふれたことおそろしいものだったからなのですね。 との話をいっしょにします。私は自分の問いに自分でえるのです今にな「て初めて、私は泣き出しました。いつもこうなのです。 が、たえず彼が何かに反応を示すのではないか、何かで彼が世界と門衛所から電車の停留所まで、歩きながら私はずっと泣いていまし の古いつながりをとりもどすのではないか、と期待しています。世た。泣いても声を出さないすべを、私はもうお・ほえていましたの 界とのそのつながりがいっきれたのか、私にはわかりませんし、 で、誰にも気づかれませんでした。よそ目にはきっと、鼻カゼでも つまたそのつながりをとりもどせるものかも、誰にもわからないの リいているように見えたことでしよう。 です。カレルは彼のまわりを歩いて、やさしくほほえみかけます。 「両方のペアリングを取り換えることになっていますの : : : 」と、 多くのことがわかり、とても学のある顔をしていますが、それでい私の側を歩いている奥さんがいっていました。 て私以上にイエンダに助けの手をのばすことはできないのです。 「私たちは小さなエンジンを買わなければならないのですよ」 「ひょっとすると、やはり口ポットのことを考えているのかも知れ「テレビの映りが悪くてね」 ませんね : : : 」 「あの人は修理がとても上手ですよ : : : 」 しました。私「買いたいと思っているのですけれど : : : 」 きよう門のところまで私を見送る途中、カレルはい、 、器具、メカニズムといったロポット以前のものの 人びとは機械 はテープルの上にクロワッサンを置いてから、何もいわずに、そっ 2 刀

6. SFマガジン 1982年2月号

ま , は てしまった。・ほくは突然、何もかもがしつくり行かなくなり、あら かない感しを起こさせてきたひそかな理由かもしれないが、 ゆることを、皮肉な、疑いにみちた目でみるようになり、そして、 なかなか融通がきかないかわり、じぶんがこうと肌で感じとったこ かっては まるでミラがぼくの中に乗りうつりでもしたかのように、 とに関しては、頑固に執着する人間だった。このぼくがこう感じる 無条件で信じ、愛し、崇拝していたシティのすべてから、冷笑的なのなら、そのことには何か意味があるにちがいない。ぼくはそう信 じこんで、そのまわりをぐるぐるまわりはじめるのだ。もしかする 表情であとずさるようになっていた。 もはや、孤独や孤立はぼくを悩ませなかった。むしろ、かって同と、ぼくは、学者タイ。フの人間なのかもしれない。 ・ほくは朝もひるも夜もおちていったミラのことを考えた。ミラは 期生たちとの間の違和感、かれらより劣っていると感じて悩んでい ミラは虚空を落ちつづけ たことがうそのように、かれらはぼくの目に、にわかに子供つ。ほ落ちてゆき、落ちつづけている。永久に、 、呆れるほど単純なものの見方しかできない、多幸症の人々の群ている。そのことには、必ず何か意味がなくてはならぬはずだ れのようにうつりはじめた。・ほくはもはや、シティを抱擁したいなそれがこんなふうに大いそぎで忘れられ、埋葬されていいはずはな シティはもうひとか い。なぜって、ひとりの人間が、何かを求め、求めてやまず、そう どと思わなかった。思うはずもなかったー たまりの、美しい神々の住むエデンではなく、世にも孤独で、しかしてついに列からとびだして落ちてしまう、ということには、何か もそのことに自ら気がついてさえいない人びとがうろっきまわる、」激烈な魅力があるからだ。 いたずらに清潔で設備のととのった愚者の楽園だった。 そう、激烈な魅力ーーぼくは、自分がなぜ、レダとアウラ、二人 のデイソーダーにつよい興味をよせたか、また、なぜラウリに、あ おそらくは、こうしたこともまたすべて、「惑い多き青春期」に ありがちな、ごくありふれた心の症例の一節にすぎなかったのたろるいはラウリのあとがまのパスケットボールのうまいピーターに興 うと思う。急で暴力的な、ショッキングな出来事への過剰反応とそ味がないのか、ようやくわかるように思った。ぼくが心ひかれてい の反動ーーきっと人びとは、そういって理屈をつけてくれただろるのはおそらく逸脱それ自体であるのにちがいない。それもはじめ から予定された逸脱でなく、許され、大目に見られる逸脱でなく、 う。そしてぼくに、何がほしいのかと ( 親切にも ) たずねてくれた にちがいなしー かれらは、ぼくを放っておいてくれることさえで突然とどめかねる火山の爆発のように噴出してくる逸脱。な・せ、人 きた。まったく、かれらは、デリケートで礼儀正しく、申し分のな 間は、あらゆることのうち九十九パーセントを許されてさえ、まち 。ハーセントにむかって頭からつつこんでゆくの がいなくのこり一 い人々たったー いつぼう・ほくは、苛々として、頭をむやみと壁に打ちつけてまわか ? まるで、人間がどんどんゆるされていること、持っているも っているサルだった。しかし、・ほくにもしひとつだけいいところのの領域をひろげてきたのは、欲張りや進歩を欲するためではなく 5 0 禁止に体当たりするこ っ 4 が、あるいは人よりはっきりとした特性があるとすれば、これがおて、ゆるされていることには興味がなく、 そらくずっと赤ん坊のときからぼくに何とはなくまわりとうまくゆと、その行為にこそ関心をひかれるせいだ、とでもいうように。

7. SFマガジン 1982年2月号

。五年なんて、そんなわずかな間のうちにど ローヴをはおり、スリッパをつつかける。この前ジュディと一緒わ、離婚も間近で : だったのは一九七二年から七三年にかけてで、タ・フ】から解き放たうしてあんなことになってしまったのか、彼にはわからなかった。 いまスタートの、あるいはじきにスタートしようという時点に立っ れて裸のままですごすということが、ジュディにはまだ目新しくも 物慣れなくもあった頃だった。廊下にスリッパを引きずって朝食にて、彼は、なんとかあんなでぶっちょの飲んだくれになるのだけは むかいながら、彼は、どうしていまさっき見たあの記録が、現在か救ってやれたら、と願わずにはいられなかった。 らあの時に到るまでの間にきれいさつばりかき消えてしまったのだ「コーヒーおかわりは ? ラリイ。朝刊見むきもなさらないのね」 もうちょっと上手にすみや ろうとふしぎに思っていた。後になって、その二つの時期のあいだ「ああ、ありがと。いま読む」ばかー・ のどこかで気が変わったのだろうか。ああいう知識は益よりも害のかに戦道にのらなくっちゃいけない。 方が大きいと断を下したってことなのか。キッチンについた。ジュ 「さてと。なんか事件はあるかな」 ディに会った。いままでに二度夫として共にすごしたことはあると ほんとうは、そんなことはどうでもよかったのだ。気になんかな はいえ、それは、はじめて見るジュデイだった。 ろうはずがなかった。一九七〇年の危機や災禍など、大局的な視野 「おはよう 、ハニー」キスしようとして近づく。キスは短い。ジュ に立ってみれば、歳月とともにいかに色あせてくるものかというこ ディが、身を引いてしまったから。 とがわかっていたからだ。新聞の唯一の効用といえば、自分自身の いま自分は映画のどの 「卵がさめちゃう。水の音がとまるのがきこえたから火にかけたの位置づけを可能にしてくれるということ パーかけといたけど、でも、どうかしら : : いったい何して場面あたりにいて、何を知り何を知らずにいるべきかを教えてくれ らしたの、ラリイ」 ることぐらいだ。いつでも最初の日にはそうするように、けさもま 「眠気がすっかりとれるのにちょっと時間がかかったんだと思うず彼は正確な日付に目をやった。一九七〇年九月一六日。結婚式は ロウィーンの日だ。それときょ よ」食べながら、ジュディをながめていた。さめてようが、味がど六週間と三日後にせまっていた。ハ うは水曜日。銀行はあいているだろう。 うだろうが、たいして気にもならない。若くなっても、ジュディは そんなに変わってはいなかった。赤銅色の髪は、前とちがってスト 思いきったように、彼女が声をかけてきた。「きようは、何か特 レートにたらしてはいなくて、ゆるやかにかきあげた巻毛のふさに 別のご用事あるの ? 」 なってゆれている。もちろん、だぶだぶのローヴにしつかりくるま「別に。ただちょっと銀行に寄らなきやとは思ってるけど。確かめ っていて、何もつけずにしなやかに動きまわっているわけでもな たいことがあってね」このくらいが安全な線だった。銀行のことま 冫。しかない。核心的な秘密たけ、彼はふせてお 。それでも、面立ちはそのままだし、物腰もあの頃のままだ。最で隠しておくわけこま、 初に一緒だった時と比べたら大ちがいだ。あれは五年程先のけんか ーのこと ばかりしてた終わりの頃で、彼女ときたら酒は飲むわ、太っている「シュー ーで何か買ってきてほしいものある ? ースーパ 3 5

8. SFマガジン 1982年2月号

「これイエンダさんに持って来たのですけれど : : : 」と、ヤナが包っていますのよ。側で見ているのは楽ですけれど : : : 」 みを見せました。いったい何を思ったのでしよう ! 彼女は、それほど。ハ力ではなかったのです。 「うちの男の子は、あまいものは食べてはいけないのです : : : 」 「でも、今ではもう大して闘うこともないでしよう。これからは、 私はむかむかする思いで、 しいました。こんな人のこんな。フレゼ成功の収穫をすればいいのでしようからね。その国際研究所であく ントを食べたら、イエンダは気持が悪くなるにきまっている、と私せく働くことになると、思いますか。私には疑問です。彼を知って は信じていたのです。それに、わざと毒を入れているかも知れない いますからね。私はああいう人たちを何度も見ているのです。私は のですもの。私はプレスルと同じように、ものを見はじめていましきらいです : : : 」 ポヘミア西南部にある ) の民族衣裳を買おうと た。私もいたるところに、殺人者や敵を見ていたのです。私は自分ある時私は、ホト地方 ( 民族色ゆたかな地方 をおさえなければなりませんでした。 したことがあります。それを着こんで、たいくっしているユネスコ 「それはご親切に。でも、食餌療法をしていますのでね」 の代表を接待するのが、唯一の目的だったのですが、そのユネスコ 「ああいう病気でも食餌療法をするとは、知りませんでしたわ」 代表ときたら、とっくのむかし専門のことは忘れてしまって、研究 私はヤナに対して、また腹を立てました。打ってやりたかったく所を訪ねまわるプロの旅行家になってしまっていました。あるヨー ロッパの教授夫人がこういう変った衣裳をしているのを見れば、少 らいです。うちのイエンダのことを、彼女はどうして知っているの という思惑だったのです。ャナならジ でしよう ? そんなこと、陰ロなのです。ほかの何ものでもありましは感動するかもしれない、 せん。陰ロばかりなのです。長い指を目当てにロズムが私と結婚しャージーのトリコットを買うでしよう。それとも、豹の毛皮かし た、ということまで知っているのですもの。この女の子は一体どのら。どっちにせよ、流行の品を。すべて若い女のように。突然私に は、ロズムがうまくやったことがわかりました。私なら彼と国外に くらいのスピードで、タイ。フを打てるのかしら ? 年からいえばロ 出かけるようなことはとてもできないのですから。うまくやったの ズムは彼女の父親ぐらいかも知れないのです。 です。 「ビアノはおひきになる ? 」 「どこへ行くことになったのですか」 私がききますと、彼女にはその意味がすぐわかったのです。 「ロズム先生は、事務所に名人を置く必要はおありにならないのじ「ローマなのです」と、ヤナは感謝するようにいいました。「オル センはもう約東してくれたようなものです。ローマでは研究所は、、 ゃなしか、と思うのですけれど」 「名人って何の ? 」 = ウル区 ( 一九二年 0 ー「で開かれるはずだ 0 たが、戦争のため開かれなか 「ビアノですわ」 シア ~ をと。て、黔日 ) にあ「て、十分でオスチャ海浜に出られる、とオ ルセン夫人はいっていました」 彼女は別に気を悪くしてはいませんでした。 「先生には、先生とともに感じ、ともに闘う誰かが要る、と私は思彼女は突然、子供のようになっていました。 269

9. SFマガジン 1982年2月号

た。いや、それとも ? すぐにかけつけた方がいいだろうか。で「ううん。それはいいのよ。もう、わたしから言っちゃってあった も、 = レーンは、夫に対していかなる感情を抱いていたにしろ、少ことだったし。あんたとはもうおしまいよってまで言っちゃった。 なくともおそれてだけはいなかった。それに、あのうすのろのやラリイ、わたしたち、何かを変えるってことがどうのこうのって話 つ、完全にうちひしがれちまってた様子だったし。うん、一「三分してたわよね。わたし、もうそれやり始めちゃったんだ。うまくい くかどうかなんて、わからない。わたし、この先も四年もあのひと 待ってみることだ : と暮らしたことになってるとこみると、かわいそうだな、なんてば 二十分かかった。それから電話がなった。 かな気おこしちゃったのかも知れない。でも、いまのわたしは、も 「もしもし、エレーン ? 」 うたくさん、って気持」とちょっと言葉を切って、「でも、そもそ 「そうよ、ラリイ。ジョーが」 もはあなたの方からお電話くれたんじゃなかった ? どうかしたの 「何かあったの。すぐいけるよ」 「ううん。うるさいってだけ。毎度のことなの。もう落ち着いた ヘアかなんかのつもりになって、なんだ事の次第を、彼は語った。ジ = ディの手紙も、声に出して読んで わ。お酒のびんをテディ・・ かぶつぶつぐちってるもの。いったい、あなた、あのひとに何いっきかせた。 「で結局、彼女には電話をしなかったってわけなんだ。それに思う てくれたのよ」 に、彼女をつれもどすなんてことはそもそもすべきじゃないのかも 「ごめんよ。ぼくはうまくふるまおうとしたんだ・せ。でもあっちは どうしてもその気がないらしくって。だから、真実をぶちまけてや知れない。たとえ、かってのぼくはつれもどしたことになっている としてもさ。だって、彼女が飲んだくれになっちまったのも、この ったまでよ。もしかして、いけなかったみたいだね」 ハイウェイ惑星ストラドプラグ惑星プラックホール惑星タイムマシン惑星 ・定価三六〇円 ・定価三ニ 0 円 疋価三四〇円 ) ~ ・定価三四〇円 庫 ワ カ ャ 石原藤夫の 惑星シリーズ 3 7

10. SFマガジン 1982年2月号

ような行動に出たのかもしれませんし、ただ自分を守り、自分だけ種の精神錯乱、熱病で、チフスのように彼の意識を混濁させてしま がうまくいくことを願い、また自分のアイディアを盗んだ男をただ った、というわけなのだ。彼が死んだことで、何もかもはっきりし こうしてやりたかったのかも知れません。盗んだ当人が法を破るのたよ。カレルだけが彼を救うことができた。精神病院に行くのが当 に使ったのと同じ暴力を使って、自分の権利を無理に確保したかっ然だったのだね。私が彼を殺したのではない。そんなに簡単だ、と たのかもしれないのです。暴力をこの世からなくすることなんか、 きみは思っているのかねっ・人間を殺すことが、ローソクを吹き消 ぜんぜん望んでいなかったかもしれません。 すほど楽だ、ときみは思っているのかね ? あらゆる筋肉、あらゆ 「プレスルは殺されました : : : 」と、私は小声でいいました。 る器官、自分の持っているあらゆる力で抵抗してくるのだよ。人を 「死んだのだよ」っまり彼は、何もかも知っていたのです。「だか殺すことは、人を疑うように単純じゃないのだ。われわれの脳は、 ら私は、きみが米てくれたことをうれしく思っているのだ。私はき物事を単純化することによって働きをしている。これがわれわれの みがまた、何もかも悪いように解釈しはしないか、と心配していた認識するやり方なのだ。だが、それはまだかならずしも真実という のだよ : : : 」 ものではない。たとえ私が、原生動物をつくる方法をみごと発見し 「私、何もかもとてもいいように解釈しているわ。あなたはあなた たとしてもだ、私にはまだそれをいかにして殺すかがわからないの の例の発明を盗んだ上、そのことを知っているチャベックをまず片だからね。フレミングがペニシリンのあとで、球状菌をつくること こいつは・ハカげたアイディアなのだ。例の づけ、それから。フレスルを片づけたのよ。私は最後の生き証人なのができなかったように。 だわ。私、あなたを破減させることができるのよ。そしてまた、やロポットと同じようにね。とはいっても、そいつは死の前の状態、 るつもりなのよ」 断末魔にそのままとてもよく向いているのだよ」 私はテープルのところに腰をおろすと、大衆小説を読んで知って 「ハカげているかもしれないけれど、もう二度もおこったことなの しるように、ロポットのマタ・ ハリよろしく、両足を組み、パフでですからね 9 こんなナンセンスがまたおこるの、私、手をこまねい 顔を軽くたたきはじめました。 て待つようなことしたくないのよ。それに、あの人たちが死んだこ とは、あなたに。フラスになったのですからね : : : 」 「そんなこと本当じゃないと、きみはよく知っているはずだ。チャ べックは老衰で死んだんだ。解剖の所見を私はもう持っている。プ彼は興奮しました。 レスルが死んだのは偶然だ。すごく興奮していたからね。きみはそ「せめて私の目を見てみたまえ。そんなことをして、きみは一体何 の目で見ているはずだ。あのような状態では、何がおきても不思議・を狙っているのかね ? きみはなぜここにいる ? きみの目にもき ではない。やはり私は、医者を呼ぶべきだったのだ。あのファンタみは仮装人物のように映っていることが、私にはわかる。私はきみ スチックなイメージときたら、どうだ。今になってやっと納得できがどんな人間か、知っているんだ。今のところ、きみは私の妻なの るのじゃないかね ? どう見ても、あれは前からの病気なんだ。一だからね。きみは刑吏のように、私を罪人扱いすることはできない 288