( コレ ( 、アナタガモトイタ地球デ ( ナイ ) おれの頭の中に直接声が聞こえた。 なんだって、おれの地球ではないだと ? 考えると答えがかえっ てきた。 ( ソウ。別ノ地球ダ ) なんだ ? 別の地球 ? どういうことだ ? スクリーンの日本列島が巨大化して、関東平野が見え、あっとい うまにズームアップして街が映った。画面はさらに近づき、家々の おれは椅子に座ったまま首を振って後ろを振りかえった。 屋根がせまってくる。 襟元に生暖かい息を吐きかけられたようないやな感じ、誰かがお あの道、あれは : 。あの屋根は : れの背後に立っているような気配がしたのだ。 びたりと一軒の家の屋根の上空で映像が止まった。そして、。 ( ッ だが、むろん気のせいだった。この部屋にいるのはおれだけだ。 と画面が切り変わった。 他に人がいたりしたら困る。独り暮らしのア。ハート の一室なのだ。 部屋が映「ていた。 , ーー机に向かい椅子に座った男の後ろ姿が見ほんの数秒、後ろの壁に張ってあるヌードカレンダーを見つめて える。 から再び机に体を向けた。 この部屋は : 。おれの部屋じゃないか ! するとあの男は : まさか : 机上にひろげてある原稿用紙を見つめて思わずせつない声をだ 男は髪をかきむしり、机の上の窓を見あげる。万年筆を握りしめす。 たままじっとしている。 「書けないつ」 急に画面が消え、真暗になった。おれは恐くなり、ぎゅっと眼を左手で髪の毛を掻きむし「た。フケと脱け毛が ( ラ ( ラ落ちる。 つむった。 原稿用紙の上に落ちたそれを見つめているうちに、なさけなくなっ てきた。 さっきから三時間も、おれは万年筆を握り、原稿用紙を睨みつけ 眼を開けると、おれは椅子に座っていた。自分の部屋の自分の机ているのだ。 の前の椅子だ。机の上の曇りガラスの窓は明るい 短篇小説を、これから一本書こうとしているのである。 おれは何も書かれていない原稿用紙を前にして万年筆を握りしめ 「ついにスラン。フがやってきたのか : ていた。 なんだか頭がぼうっとしていた。空白状態である。 「変だな : ・ おれはなにをしていたんだ ? : : : だ。小説を書かねばならんー そうだ。原稿 8 4
この部屋 ・信・りたの鸞カ ? ・ どうやって ? オレは 辺境は 旅行慣れ してるからな 服と交換 どこの 船たか : 一度ぐらいは 宇宙船が た十つよる らしいんだ これがコケ茶 ここの 、ーーーー・、ビタミン飲料水た も - っ : 朝か ? 夜が 、ナ い近白 るづ夜 ビヤクャ : 誰かが 歌っている ああ 毎晩 聞こえて くる お仕あ い事ん とはた てま 考えようぜ 安定指数 セクションの 殺し屋 この異郷に 」飛ばされて 来たんだと 思 , っ : 要するに : オレたちは おまえの 部屋から 移動型の 時空柱に 迷いこんで ヒった ? ・ 円 4
「早く入って。人に見られるとまずいから」 「はあ : : : 」 おれは言われるまま、ついふらふらとドアの中に入ってしまっ おれはしかたなく座った。 た。ドアが音をたてて閉められる。 彼女は顎をあげてウイスキーを呑んだ。ふうっと息を吐く。酒の 中年の女性がおれを押しのけるようにして、ドアの鎖を掛け、さ臭いがおれの所までくる。グラスは半分に減 0 ていた。 らに鍵を掛けた。 「あ、あのですね : ・ しナしどういうことなのでしようか ? どぎつい香水が彼女の体から臭う。アルコールの臭いもまじってあの娘と、 ししメモといし いた。彼女は赤と緑と黄色が複雑にまじり合 0 た絨毯のような模様娘の名も聞かなか 0 たことを思いだした。 の薄い生地のムームーに似た服を着ていた。体はまるで樽だ。髪の 、ったい、この中年の女性は何なのだろう ? すくなくとも 毛も真赤に脱色していた。胸もとのあたりにび「しより汗をかいてはあるこの豪華な「ンシ , ンに、見たところ独り住まいのよう コールガールたちの親玉。そんな感じもする。 ドアから離れた彼女はずんずんと部屋に入って行く。三和土でぼ ふ、と彼女は笑った。 けっとしているおれを振り向き、 「いい娘だったろ ? ビチビチしてて」 「なにしてんのよ。早く入って。やばいじゃないの」 とどなった。 いったいどういう意味なのだろうか ? はい、と答え、サンダルを脱いで部屋にあがる。 「なかなかの色男だねえ。。 ( リッとスーツでも着せたらホストクラ 彼女について部屋に入った。 そこは応接間だった。カーベツ・フでも通用するね」 トといい、家具といい超豪華なのだが、よくみるとあちこちにゴミ が散らばっている。 「どう ? やってみる気はないかい ? あたしの店で。それともあ テー・フルの上には女性週刊誌数冊と、そして三分の一ほどしかな たしの専属になるかえ ? 」 、ジョ = 黒とグラスがあった。グラスにはストレートでウイスキー 大口を開けて彼女は笑った。おれは恐くなってきた。腰を浮かせ が、なみなみとついである。 る。わけが判らないが帰ろうと思った。帰って小説を書こう。 彼女はソファーにどすんと座り溜息をついた。あの太 0 た体じゃ 「じゃ、おれ、こ、これで・ : : こ 歩くのも億劫なのだろう。 「待ちな」 「座ったら」 おれの腰が宙で止まる。 前のソファーを丸「こい指で差す。左手はグラスをつかんでい 「まさか帰るつもりじゃないだろうね」 部屋の空気の流れが止まる。 こ 0 9
よ」 です。でも、部屋のなかにいるのはもちろん彼だけでした。 ロズムの書斎からは、彼の声が聞えてきました。どうやら、すぐ「私はまちがったことなど、一つもしていない。何一つ私物化して 7 2 こようとせず、私たちの置かれている状況がいかにゆゅしいものではいない。なんといっても私は、研究チームのキャツ。フなのだから あるかを理解しようとしない救急医といいあいをしているみたいでね : : : 」 した。。フレスルは立ち上りました。私は逃げ出しはしないか、と気法廷で自己弁護をしているみたいでしたが、それから突然私の耳 をもみましたが、アパートのドアの方へは行きませんでした。 に、少しちがった声が聞えてきたのです。 「ぼくたちはあなたに援助の手をのばすことはできないでしよう 「だが、彼は私を信じてくれたし、私を好いてくれた。私は彼の前 か」と、彼はいうと、何か武器はないか、とばかりにあたりを見まではいつも、理想的な学者を演じていた。そんなことをする権利 わしました。 は、私にはなかったのだが : : : 」 「ロポットがそう簡単に手を上げないことは、予期していました二 「ナンセンス」と、もう一つの声は叫びました。一 研究所か警察に電話することが必要になるかも知れません」 ドアをしめながら私は、ジキル氏と ( イド氏にまつわるあの奇怪 私はこわくなりました。ロズムにはこういうことに耐えるのが、 な話ーーー個性が入れかわるというあのスチーヴンソンの古典的物語 たいへんでしよう。彼は今度は自分の部屋で、ほかの時よりも大きを思い出していました。ジキルⅡロズムが ( イドⅡロズムと暄嘩を な声でどなっていました。言葉があらかた聞えました。一瞬、自問しているように、私には思われたのです。ナンセンスな点では、こ 自答しているような感じでした。誰かほかの人の声が、彼に答えるれはロズム対ロポットにけっして劣るものではありません。 ような感じでもありました。私もこんなファンタジーにひたってい 「どうも彼自身の方が病気みたいよ : : : 」と、私は背後でロズム るうちに、もう何が何だかわからなくなってしまいました。 が、家具をたたき壊しはじめている音を耳にしながらいいました。 「ここで待っていてください。ぼくが見に行ってきます」 新しい試験管を床の上に投げちらしている音も、聞えてきまし 彼は私をはなそうとせず、私のかわりに行ぎたがりました。私はた。 夫の部屋へ逃げこまなければならなかったのです。 「ぼくは病気だったことは一度もないのですよ : : : 」 「出て行ってくれたまえ。これは私の問題なのだから : : : 」 私はもはや。フレスルを引きとめることはできませんでした。 夫は興奮して、私にどなりつけました。どこへも電話せず、肱の 私の夫は、廃墟のようになった研究室のなかに立っていました。 ところが破れているワイシャッ一つで、蝶ネクタイもどこかへやっ この瞬間の彼のどこに、きのうのあの成功した助教授のおもかげを てしまった姿で、部屋のなかを行ったり来たりしていたのです。私見ることができたでしよう ! は無意識のうちに、彼のたたかっている相手を探しました。取「組「プレスル君、 0 メディを演ずるのは、これでたくさんだね。私を みあいの喧嘩をしているところだった、というように思われたから いじめるのはもうやめてくれたまえ。よろしい、きみが勝ったんだ
どく不条理なことに思われた。 しみこんだような消毒薬の匂いがいやなものだが、彼にはそれが秘 彼の住んでいた小都市の中では、比較的大きな総合病院だった。密めいた、とても力的なものに思えたのだ。 家から歩いて行けることもあって、以前からこの病院にはよく世話 ギュンターは病院中を見てまわった。さまざまな形をした医療器 になっていた。今度は一体なんのために来たのかギュンターには判具は、彼を空想の世界へと駆りたてた。廊下ですれちがう大人の患 らなかったけれど、母親に付きそわれて病院の門をくぐった。母親者は、みな一様に渋面をつくっていて、それがまた無気味な空想を の手には、紙袋がひとっさげられており、その中にはギュンターの つくり出すのだ。 当座の着がえが入っていた。 毎日歩きまわっていると、次第に複雑な病棟の構造ものみこめて ギ、ンタ 1 は、それまでに二回診察を受けていた。一回目は医者くる。その病室をのそいたのも、別段予備知識あってのことではな が首をしきりにひねった。医師はカルテに何かを記入しようとするかった。検査検査の毎日で、他に珍しいことも起こらないので、日 のだが、何度かべンを握りなおしたあげくにそれをあきらめてしま日の冒険旅行が徐々にエスカレートしていったに過ぎない。 った。中央の者に来てもらいますから、と彼は言い、ギュンターは その病室は、ギュンターの病棟とは間に中庭を隔て、奥に広がる その日はすぐ家に帰った。 森の入口のところにあった。病棟と呼ぶにはあまりにひそやかに、一 二回目は見知らぬ医者がギ、ンターの前に坐っていた。彼は丹念とり残されたようにぼつんと建っていた。その日彼は、ひとりで森 に、しかし迅速にギュンタ】の身体を調べると、母親に、入院させの探検を終えると、何の気なしにその森に呑まれかかった建物に人 ますと言った。 、薄暗い廊下を歩きまわった。 ギンターが最初あてがわれた部屋は大部屋で、彼を含めて八人そのとき、廊下の端の方で、カチャッという音がした。ー よずれの の患者がいた。彼が看護婦と母親につれられてその部屋に入ってい 病室のドアがよく閉まっていなかったらしく、ドアがすーっと三〇 ったとき、七つの視線が彼に集中したギュンターは、その無言の センチほどあいたのである。ギュンターは、誘われるように中をの 圧力の中でいべッドにとりあえず上がると、おどおどと周囲を見回そいてみた。 した。 部屋の奥にべッドがあり、その上に人影があった。 しかし、まもなくギ、ンターは状況に慣れ、退屈をもてあますよ女はべッドの上に腰をべたんとおろして坐っていたが、肩を落と うになった。べッドを抜け出しては、よく看護婦にしかられた。無し、首をうなだれ、長い髪を前に垂らしてじっとしているさまは、 理もないことである。なにしろ自覚症状が何もないのだ。遊び盛り人間というよりもある種の植物を想起させた。 の子供をベッドにしばりつけておくというのが無理というものであ 目をこらしてみると、じっとしているようでも、からだの各部分 る。看護婦にいましめられても、ギ、ンターは日に一度は病室を出は細かく動いていた。だがそれは、ビ = ール・ホースに手動ポン。フ て、病院の中を探検してまわった。普通、大人は病院のあの床までで水を送り込むような、他律的で、脈動的な感じがした。 3
私はしょんぼりと階段を登った。デビッドの家の集まりは、私が 本式に参加しないうちに終わってしまった。私の島滞在は検疫期間 るにん 以上に長引きそうだし、どうやら本物の流人に変わっている。曹長 の眼付きから直感的に読み取れた危険に加えて、研究所の地下から ーウイルスがみみずく島に体物の天才伝染病を蔓延させたとい 逸出した病原菌に感染する可能性もある。未来は・ハラ色とは見えな う徴候が、疑いようのない形で、日一日とその数を増して行った。 。ますいことが重なる中で、今一番辛いのは孤独であった。話を 初めのうちはだれ一人として ( 独自の見通しを立てていたデビッド したい、だれかと意見や印象を交換したい、せめて会話によってで は別だが ) 事態に気がっかなかった。初期の徴候は大体においてあ も人間的連帯の恵みに浴したいという痛切な欲求を覚える。ああ、 まりめざましいものではなく、おもに、毎日の仕事に見せる熱意の ルームメート : いたら、せめてだれか隣がいたらなあ。知能テスト 高まりという形をとっていた。だが、それまで研究所員を例外とし の文句が頭の中で響く。医師の隣では馬を飼っている。イギリス人 て島民の間に広く行き渡っていた無気力な沈滞を頭におけば、この の隣は大工である。大工の隣は狐を飼っている。私には隣がいない 程度の結構な進化もすぐ目をひいたのである。たとえば、アルジャ ホテルの客は私一人だ、そうして馬もいないし狐もいない。 1 ノンが捕まった数日あとのある朝のこと、部屋からロビーにおり キーをさしこんで回し、ドアを開き、明かりをつけた。かさりと妙た時、例のホテルマンがにこにこと私を迎え、丁重に挨拶して、そ な音がしたような気がして、振り向いたら、ペッドの真中に一匹の のあとよく眠れましたかと尋ね、さらに、もしお望みでしたら明朝か 白ねずみが見えた。まるで私を待っていたように、落ちつき払って ら朝食を御部屋へお持ちしますと言われた時、私は少なからずびつ」 私を見ている。私は入口で立ちすくみ、どうしてよいか分からなか くりした。この御仁はそれまでの態度とホテル管理ぶりをわびて、 った。私には馬はいない、狐もいない、だがねずみがいるんだー 不愉快なことに巻きこまれていましたがーーもちろん御客様には関 これはきっとアルジャーノンだ。研究所の本部へ知らせねばなるま 係ないことでーーーもう片づきましたからと説明し、今後はちゃんと い。では、この。ヒンチの瞬間に私の相手になってくれようという唯 ノーマルになるでしようと保証したのである。その言葉の通り、そ 一の存在を見捨てるのか。私の保護を頼って来たかのようなこの愛 の日のうちに掃除も整頓も行き届き、以後支配人兼フロント兼ポー くるしい生き物を裏切るのか。 ター氏はいつも丁重親切であった。まもなく、レストランでもスー 私は結局そうした。部屋に鍵をかけ、ロビーに下りて、そこから ーでもほかの公共施設でも、同じような変化が起こった。、本当の クライン氏に電話をした。十分後、研究所の唯一の公用車がホテル事情がっかめないうちは、私はそれはみんな新守備隊長の = ネルギ の前に停車し、物々しい狩猟の装備を整えた捕獲隊が部屋に突入しッシ = な活動のためだろうと思っていた ( 新守備隊長は警戒態勢下 9 た。あとで聞いたら、マウスは防護服に身を固めた人々を見ても怯における唯一の中央当局代表として島の全権を掌握していたのであ 8 えなかった。逃げる素振りも見せずに、おとなしく捕まえられた。 る ) 。あとになって私も納得がいったのだが、この類の人々の場合、 まんえん
彼女はソファーからゆっくりと立ちあがり、部屋の隅にある電話腕を振りほどこうとした瞬間、ぐらりと眩暈がきた。しまった。 台まで行った。そして電話の横のメモ用紙を引き千切って、ひらひ今の酒に : 天井がぐるぐる回りだした。女のいやな笑い声が最後に聞こえ らさせる。 「あんたに伝言だよ」 おれは立ちあがり、彼女の傍まで行ってそのメモ用紙を見た。 『 e 飛行場の倉庫で待っ』 4 「どういう意味なんです ? : : : 」 おれの質問には答えず、彼女はぐいとグラスを突きだした。いっ 目を覚ますと、おれは車の後部座席に乗せられていた。両側には のまにか氷の入った水割りが彼女の手にあった。まるで手品だ。 角刈りの男が二人いる。 ーと、もうひとりいた。 「まあひとロ飲みなよ」 前の席にもドライバ 逆らえない雰囲気だ。しかたなくグラスを受け取り一口飲んだ。 助手席の男が振り返った。おれに話しかけた男だ。よく見ると右 やたらに濃い。 眼の上に五センチほどの白い傷跡がある。なめくじが這ったような 「もうひとロ飲みなよ」 跡だ。 彼女はおれの眼をじっと見つめてからグラ 「よく眠ってましたね、ダンナ。もうつきますよ。ほらついた」 言われるまま飲んだ。 / 車がガクンと前のめりになって停まった。 スを取った。 「さてと、あたしはここまでだ」 いつのまにか外は真暗になっていた。 そう言い、グラスを置いて、パチンと手を打った。一 左側のドアからおれは外にだされた。すぐにまた両腕を男が万カ すると、部屋の入口と隣の部屋のドアから、黒いスーツ姿の男たのような力でつかむ。 しい。二人は頭を角刈り 風が強かった。そこは夜の飛行場らしかった。眼の前に巨大な倉 ちが四人でてきた。皆、体が大きく体格も、 にしていた。眼付も鋭い 庫がある。 おれはサンダル履きというなんともなさけないかっこうだった。 「誰だ君たちはつ」 気が狂いそうだった。机の中に見つけたメモから始まって、ど 「おつれしますよ。私たちがね」 ひときわ体のでかい男がニタリと笑って言った。そして、その間うしてこんな所に、こんな物騒な男たちにつれてこられなきゃなら に、角刈りの二人がおれの両腕を両側から押さえつけるように持つんのだ。夢でも見てるんじゃないだろうか ? 4 一番背の低い顎の張った男が倉庫の端にある小さな入口を開け た。車を運転していた男だ。 「離せ ! なにをする ! 」
にかこまれて、子供部屋の床にすわりこみ、わあわあ泣いている赤空間というものがあ「てはいけないし、傷ついて、涙の中で何か見 ん坊、それをぼくはふ「とイメージにうかべていた。部屋はそれ自出したり、死んで生命をあたら浪費することもない。何もかもが解 2 2 体生きていて、親切でやさしく、心から誠実だ。そして、何もかも決され、光の中にあります。もしそうでないとしたら、それはだれ そろえたのに、なおも泣きやまぬ赤ん坊にほとんど半狂乱になって かがスイッチをきったからなのだ。しかし たしかにもうぼくた いる。そして、それを泣きやませるためなら、どんなことでもしょちは、ホモ・ナチ、レールではないかもしれませんが ・ほノの、か うと思っている。 ぐ空気は調合されたものかもしれないし、ぼく自身さえ調合された ( 何がほしい ? 何がほしい ? 何が : : : ) ものかもしれないが、しかしぼくは朝の風をかぎ、さわやかだと感 部屋は気づいていないのだ。何かが欠けていることに いくらずること、このことだけは調合されえないのです。不幸は精神昻揚 おもちやをつんでもた「たひとつの何かが欠けているかぎり、子ど剤でごまかされるかもしれませんが、それは人間が淋しい存在であ もは泣きやむことはないだろう、ということに : ることを一時的にごまかすにすぎないのです。それなら、つよく、 「あなたがたは いや、シティは、すべてを与えてくれているとそうしたものを直面するのに耐えるたけのつよさをもっか、あるい 思います」 は給水塔から身を投げる、その方がずっと人間としてあるべきこと ぼくはもう一度、しずかに云った。 だと・ほくは田 5 います」 「むしろあたえすぎるくらいに : : : そして、たぶん、それらなしで ふいにディマーが立ちあがったのでぼくはおどろいた。 はぼくはもう生きてゆけないというのも本当でしようね。シティは ディマーは室のすみのヴィデオデスクに近づくと、操作していた ・ほくたちにとっては居心地のいい殻のようなもので、それから出た が、やがて、一枚のパンチカードをとり出して、こちらへふりかえ らぼくたちまよ・こ、 ー。オカになってしまう。 しかし、ぼくにわかるのつこ。 はたったひとつのことです : : : ミラは死んだ。そして、レダは 「自然主義者君、いま、きみの話すのをきいていて、あるものを思 ぼくの知っているデイソーダーの一人ですがーーー『傷つくことが好 い出したよ。もう十世紀近く昔にかかれた本の一節だがね。ちょっ、 き』なのです。そしてまた・ほくはいくらきかれても、何をほしいの と、それを読むのできいていてくれたまえ」 か考えつくことができません」 ディマーはパンチカードをひろげた。 室の隅から微かなおしころしたような叫びがきこえた。しかしぼ 「そう、このあたりからたなーー先の事情が知りたければ、あとで くは、それに気をとめていられなかった。・ほくはあまりにも夢中に 当該コードをあげるから自分でヴィデオをとりよせたまえ。 なっていた。 『しかし、わたしはその不都合が好きなんです』 「そうだ ぼくはようやくわかりました。問題はそれなのです。 『われわれはそうじゃないね』と総統は云った。『われわれは愉快 あなたがたが何もかも与えてくれること ここにはもう、未知のに物事をやるのが好きなんだよ』
固体水素の塊より十二度も冷たいそこに横たわり、わたしは超電 「やらなければならないんだ、トム」わたしは穏やかに言った。 「ちょっと考えてみれば、わかると思うんだがね。ばくが先まわり導状態の夢を見ていたのだろうか ? それとも、長い解凍の道のり していなければ、連中はアナをおこさないかもしれない。蘇生リスをゆるゆるとたどりながら、そんな夢を見ていたと夢見ただけなの トの一番最後にまわしてしまうかもしれない。・ほくらは本当の彼女だろうか ? 同じことだった。意識が形らしい形をとるようになる を知っている。しかし記録だけを見て何がわかるだろう ? 難病でまでは、よじれたイメージや青白い光の行列がきりもなくあらわ 倒れた、あまり有名でない歌手、といったところさ。未来人は自分れ、黒い背景の上をいつまでもただようだけだったから。 たちに必要な人間から蘇生させるだろう。行ってやらなければなら わたしは幸運な人間だった。冷凍処置はきわめて順調におこなわ れたのだろう。解凍の過程で惑われたのは、数平方センチの皮膚に ないんだ。治療法が確立されしだい、アナを甦えらせるよう見てい なければいけない。ぼくには準備の時間があった。だが彼女にはなすぎなかった。しかし、覚醒時の苦しみーーそう、これは問題であ る。三度 O の状態から徐々に通常体温に戻す最終段階は三十六時間 かったんだ。ばく自身はまず確実に蘇生させてもらえると思う」 トムは心痛のあまり、分別をなくしたように見えた。「ドレイを要したが、その間ほとんど、わたしは目醒める皮膚と甦る血流の ク、君には理屈が通じないんだな。ずっと、このことしか頭になか苦悶にさいなまれ、身じろぎもならず、泣き叫ぶことすらかなわな ったんだろ ? 俺がいやだと言ったら、誰か別の人間にたのむつも かった。意識が完全に戻る直前の段階では、視覚よりも先に聴覚が りなんだな ? 」 甦っていた。周囲の話し声は耳にはいったが、わたしの理解できる わたしは再び無言のままうなずいた。彼は両手で顔をおおった。」 言葉ではなかった。どこまで来てしまったのだろう ? 痛みがしだ わたしはこの時、彼の協力が得られたことを知った。 いに引くにつれ、最初に心に浮かんだのはそんな考えだった。 五日後、トム・ラン・ハ トがすべての準備をすませると、わたし解答を得るには待たなければならなかった。まだ半覚醒の境にい たちは二人で〈第二の生〉センターへ赴いた。わたしは窓ごしに戸るうちに、高圧注射器の噴霧による痛覚が走り、わたしは再び意識 外の樹々と陽光に最後の一警をくれ、おもむろに恒温槽の中へ入っを失った。次にすっかり目覚めた時には、わたしは陽光を受けた静 た。トムがアスファニル剤を注射した。数秒後、わたしは長い降下謐な部屋にいた。冷凍処置を受けた、あの〈第二の生〉センターの を開始した。人間が到達できる最も深い深みまで、どこまでも落ち部屋とさほど変らぬ部屋だった。 つづけた。ダンテが想像した最も冷たい地獄よりもさらに冷たい、 男と女が低い声で話しながら、わたしを見守っていた。わたしが 絶対温度二度の地点まで。 完全に目覚めたことがわかると、いくつにも仕切った壁面パネルの 一点を押して、なにやら入り組んだ二つの装置を調整して、また仕 事をつづけた。 ほどなく、白いすべすべしたドアが横にあき、男があらわれた。
「もうすぐ春だなあ : : : 」 『公園のすべり台に行け』 などと空を見あげつつ小公園についた。中には誰もいない。猫の 「公園のすべり台 ? すべり台がなんだってんだ ? そこに何かあ 額のような住宅街の中の公園だ。あるのは・フランコとジャングルジ るのか ? 」 終 0 たので、よく水切りをしてからしまう。チ ~ ' クを閉めてか、と砂場とすべり台だけ。みな古びていて、子供も寄り 0 かない。 サンダルをベタベタとさせてすべり台に近づいた。 ら、壁の走り書きをもう一度しげしげと見た。 「きったねえな : : : 」 いったい誰がこんな所に字を書いたのだろう ? むろんおれでは ない。おれの字に似ていなくもないが、こんなものを書いた覚えは薄汚れて鉄でできている部分には錆が浮きでている。ぐるりとま これじや子供もよりつかな わりをひと回りしてみた。なにもない。 この部屋へ来た友人だろうか ? ない。さっきのメモもそうだ。 いだろう。 こんなメモ だが、ここ二カ月ほど、誰も部屋には入れていない。 ぐにやりと、なにか柔らかいものを踏んだので見てみると、犬の は、今始めて気づいた。確か、さっきまで、こんなものは書かれて 糞だった。 いなかったはずだ。 「くそっ」 「妙だな : : : 」 すべり台の階段になすりつけた。臭いが。フンとする。 公園というと、近くにある小公園のことだろうか ? 「グワン ! 」 「ふうむ : : : 」 いきなり背後から吠えられ、とびあがった。 おれは水を流すのも忘れて、それを見つめた。 「わ。な、なんだ」 「公園のすべり台か : : : 」 いや、まてよ鼠ではない。大だ。両掌に乗ってし 鼠がいた。 なんだか気になる。小説も気になったが、書けそうにない。 まいそうなほど小さな灰色の犬が、おれを見あげて尻尾を振ってい 「ちょっと見てくるか」 た。チワワに似ているが、なんの種類かは判らない。犬の種類なん 気晴らしになるかもしれない。 というわけで、おれは水を流してトイレをで、サンダルを突っかか知るもんか。 、こ。その紐の先を その鼠犬には赤い首輪がしてあり紐が伸びてしナ けて外にでた。 小さな女の子が握「ていた。真赤なスカートに白いセーターの女の 子だ。おか 0 ば頭がかわいいと言いたい所だが、ムス ' としたひね た顔をしている女の子だった。 外はよく睛れていた。ぽかぼかと暖かい。セーター一枚でも寒く「グワン ! 」 「ひえつ」 よ、つこ 0 5 3