は、新しい理想をもって打ち倒さねばならぬ、当の敵にほかならなもった人間が、そう云ってはわるいがラウリのようなごく平儿な一 くなってしまうのかもしれない。 人の人間の拒否を、全世界からの拒否の意志であるようにうけと 9 そんなふうに考えていってはしかし、すべてのーー人間の生き、 る、などということは、まったく、考えられないのである。 社会的な存在として行っているすべての営為が、その意味を失って ( 考えてみなければーーもっと、もっとよく ) 崩壊してしまうのではないだろうか。それはぼくたちを、いつまで これは、他の人々の誰にも、理解されにくいことであったかもし たっても、自分では日進月歩をとげているつもりで、右のドアかられない。しかし、そのときの・ほくにとって、このあまりにも抽象的 出ては、左のドアから入ってくる、堂々めぐりをくりかえすおろかで形而上的にみえる一連の疑問、アドレステーマ、それは、何とい しいサルにしてしまう。そうと知ってからなお、あえてその堂々めうかきわめて切実な、緊急の、生命にかかわるような重要さをそな ぐりをつづけることに、どうやって清新な情熱をもちうるというの えた問題に思われた。 に「つ、つ、カ このくらい、おそらく、市民たちに理解されにくいことはなかっ いやーーーシティがまだなく、人びとが小人数づつ、えたいの知れただろう。 ない汚い孤立したユニットにおしこめられていたころから、人間は なぜなら、市民たちとは、まさしく、何ひとつものごとを切実に ひとりぼっちで、そして不幸だったし、シティが完備され、美しく うけとらぬための訓練をうけた人びと、といってもよかったのだか 清潔な理想都市が完成し、うごきだしても、やつばり人間はひとりら ぼっちで、そして不幸だった。ということは、問題は、シテイやシ かれらはまさしく影法師だ。かれらはぼくのかたわらをすりぬ ティの市長や、コンビ = ータや、あるいはこのシステムの中にさけ、時にぶつかりそうになるくらい近くにくるー。ーしかも、かれら えもない、ということだ。システムをかえてもーーあるいは他のシは決して何にもぶつからない。 ティに住んでみても、やはり、人々は不幸で ( そうしてただ、ある いや、しかし、市民の・せんぶがそうだ、などというつもりは・ほく たとえば、ディマ ものは自らの不幸であることを知らず、あるものは自らの不幸を知にもない。正確を期さなくてはいけない ってはいるけれどもその正体をはっきりとは知っておらなくて、た だ。ディマーは、たしかに・ほくをあえてよけて去ろうとはしなかっ だ、あれをもっていないから、これがほしいのに手に入らないか た。彼は、まっすぐにぼくにぶつかって来たし、これまでに彼ほど ら、自分の愛した人間が、自分を愛してくれなかったから、自分の 《ざっくばらん》に話してくれたあいてはいなかった。彼をみてい 望んでいるような仕事をできないから、などと目のまえの理由に結ると、カイハセーションというものが、人との摩擦をさけるためで びつけ、そのことでいささかの安心を得て何とか不幸と折り合いをはなく、人と理解しあうためのものなのだ「というねごとがたしか つけているのではないだろうか。 に真実なのだと思えてくるくらいだ。 それに、もう一 = 人いた。・である。 ミラのような、するどい頭と、はっきりとしたパーソナリティを
とびおりるのがーー自分で、自分に、決着をつけてしまうのが。 そのとき、・ほくのうしろから、小さなーー・気をつけていなかった 自分のさびしい、かえり見られぬ存在を、夜と風の中に返し、ひとら、風の音と、まちがえてしまったかもしれないような音がきこえ つになった未生のやすらぎへとかえってゆくのが。 てきた。・ ぼくは、そうしたくないのた。 小さなーー見すてられた子どものすすり泣き。 だが、なせ ? 「誰かいるのか ? 」 答えることはできなかった。 時間が時間だった。ぼくはぎよっとして叫び、闇をすかし見た。 ミラのよう ・ほくには、わからなかったのだ。どうして、ぼくは、 白いものが、ふわり、と草のあいだから、立ちあがった。 にやすらかにすべてを終わらせないのか。 「ハイ、坊や」 というのか ? とるに足らなくても、かえりみら ( 生きていたい、 レダは、涙ではれあがった目と鼻をこすり、にやりと笑おうとし れなくても ? でも、なぜ ? ) ながら云った。 ぼくは、やはり、ミラになれぬのたろうカ 、。ぼくはあの凡庸なあ きらめてびきかえした九、九九九九人の中のひとりで、九、九九九 九分の一の存在でしかない、だから、おめおめと、淋しがって泣き わめきながら、ここでこ一つ - している、ということなのだろうか。 ( わからない ) ・ほくにはもう、何もわからない。わかるのはただ、・ほくが、それ「レダーーこ とびおりるのはいやだ、と思っている、という おどろきのあまり でも死にたくない、 ことだけだ。 ぼくは、一瞬、声が出なかった。 C ほくは : : : ) だれも、だれひとりいないと思っていた、この見すてられたコモ ・ほくは、混乱し、不幸たった。 ン・エリアに、レダがいてーーーはじめて、ここで彼女と出会ったと 誰もぼくを助けてはくれず、誰も・ほくに教えてはくれなかった。 きのようにーーーしかも、子供のような泣き顔のレダが、しった ・ほくは、のろのろと立ちあがった。 なぜ とびおりたくもないという以上、ぼくにはもう行くところはな「何を見てるの。イヤな子ね」 あそこへ帰ってゆくほかはない。 レダは云った。つんと口をとがらせて、まだ赤くはれたまぶたと 同じ姿勢をしていたので、すっかりからたがしびれ、こわばって鼻が、青白い街灯の光の輪にみつともなくうき出して。みつともな しまっていた。ぼくはよろめくように歩き出そうとした。 そう、たしかに。・こ・、、・まくにとっては・ 六扉をあけて 22
こともできないのだろうか ) 死者が立ちあが り、ばくを指さし、厳しい、ごまかしゃあいまいさ 苛立ち。あせり。やみくもな悲しみ の決してゆるされぬ問いを投げつけてくるのだ。 ( ミラ。そこは、きみのいるところは、静かかい。幸せかい。あっ C ほくは給水塔からとびおりるだろうか ? ) たかで、やすらかなの ( とびおりたいと望なだろうか ? ) ぼくは、どうなのだろう。 つきあげるような、あやしい思いがさしてくる。 ノー。望まない。 とびおりない。しかし、死者でさえ、満足せざ C ほくも、いっか、とびおりるだろうか。給水塔のてつべんから ) るをえないほどに、明確で、しかもはっきりとしたこたえが、たち ・ほくは、恐くはないと思った。少なくとも、他の人びとがするこまち、・ほくの内から叩き返されてきたことに、むしろぼくの方が唖 とならば、ぼくにできぬということはないだろう。・ほくはミラの背然とするくらいだった。 中をひと押ししはしなかったけれども、・ほくだって、誰にも押され ( ぼくは、いやだ。ミラのようにするのは、いやだ ) くは なくても、ちゃんととびおりるくらいしてみせる。みなは、・ほくの ぼくだってーーーぼくこそ、淋しいのだ。こんなにも、 ことを、勇気がないというけれども、・ほくの方は、必ずしもそうは凍えるくらいにーー何ひとつ、このシティにつなぎとめる・ヘききず なもなく、ミラのように、生きて、おとなしく、時のたつのを待っ 思っていない。何か、するときに恐しくてためらってしまうという ことはあんまりない。ただ、自分と、まわりにある世界とが、ずれてさえいれば、いずれ自らのギルドで必ず重要人物になり、注目さ てしまって、いつのまにか、自分が全然ちがうものを見ていたのでれ、大切にされることができるだろうという、才能もなく、人をひ きつける輝きも美しさもなく、自分が将来、何をやりたいのか、そ はないかと気がつくので、呆然としてしまいーー・疑惑にかられ そこで立ちすくんでしまうので、皆にはぼくが、ぐずで、優柔不断れさえも、さだかにはなっておらず ・ほくこそ、何ももっていない。ぼくこそ、何もかも失ってしまっ で、臆病なようにみえるのだと思う。 ーーーミラのようこ、 た。とるに足らぬちつばけなすずめ、このまま消えていっても誰も いっかするだろう ( でも、ぼくは、それなら か。その、人間を、人間でない何かに変える、《最終的な行為》気づかないような、あわれな、どうでもいい虫けら、イヴ・イエン ハ 1 トナーの申しこ ミラの方が、どんなに、友達に好かれ、 を ) ミラのようにしこ、 みだってあったことか。ミラが、淋しくてどこかからとびおりると ほくは、 のだろうか ? ) いうのなら、・ほくなど、もう、何回とびおりなくてはならないか、 ~ しつのまにか、自分が世にも淋しい南祐で、たったひ とり、とつぶりとくれた夜の中に、しょん・ほりとすわっていることわからないくらいだろう。 さえ、忘れかけていた。 ぼくは、イヤだった。 何か、心の中に、あやしい興奮に似たものがわきあがってきた。
立レヒウ 寄生に退化し、そこにはもはや脱出するしか 化とポータ・フル化を競っているのは、ま 道が残されていなかった。西欧が、科学とい だ完全に見捨てられていない証拠かもしれな う宇宙船を捨て、神秘思想という惑星に退避 する弱さーーそれは同時に強みでもあるのだ 室内の転換といえば、クラーク『都市と がーーに対し、惑星シリーズは、科学を生き 星』のダイアスパーの住民のすむ部屋も、ふ 抜く日本の決意を、軽やかに表明しているの だんは、な ~ んにもなく、必要に応じて、家 かもしれない。 具が ( 窓さえも ! ) 現出するのであった。彼 らはダイアス・ ( ーの外への移動を一切否定しかなでるのは、日本人の私には、ひどく新鮮最後に、「驚異のエ匠たち』から、ポーラ ンドのウィリッカの岩塩坑を紹介しておきた ている。否定しているということを意識するに感じられる。 さて、ダイアスパーである。ダイアス・ハー 。人工の迷路をなしている坑道のうちに、 のさえ、否定しているほどだ。それなのに、 な・せ ? 彼らは、死しては、蘇がえり、十億のマザー・マシンである中央計算機が、十億正真正銘の町一つが丸ごと、岩塩から彫り出 年の時間を移動し続ける民であった。しよせ年もの間、退屈で気が狂わなかったのは、ダされている。人々は「地上の世界とほとんど : ここで生まれ、ここで生 ん、現在への錨でしかない家具へのこだわりイアスパーの内部で、人間たちが、悲喜劇を交渉を持たず、 涯を過すのだ」ーー・現代ポーランド連帯の炭 がない、からではなかろうか。そうだとすれ演じるのを見物しつづけたからではあるまい か。その自閉した人生劇場としてのダイアス坑労働者が、炭坑にこもって抵抗しているの ば、クラークって、やつばり、すごいなあ。 も、こういう過去を知っているからではある それでも、ダイアスパーの住民たちは、ひ ・ハーでの悲喜劇 ( それこそ文学の対象 ) を、 かっこに入れて、ダイアス・ハーそのものの死まいか。 ( 『驚異のエ匠たち』 / 著者Ⅱ とつの文明体内部に寄生し続けたに過ぎな い、と私はこれまで思っていた。しかし、寄と新生 ( 北再生 ) を描くという入れ子構造にナード・ルドフスキー / 訳者日渡辺武信 / 四 生的というよりは、共生的というべきかもしこそ、メタ文学としてのの可能性のひと三二頁 / \ 三八 0 〇 / 判上製 / 鹿島出版 会 ) れない。「驚異のエ匠たち』を読んでいて、 つが現われている、と巽孝之氏は説かれてい そう思えてきた。たとえば、二世紀に建てらる ( 未刊『ミナー第 2 集』、論、 " れたアルルの円形劇場が、かって一つの町と叢』第 5 号を参照 ) 。 してすまわれたことがある ( 三七一頁 ) , 御存知惑星シリーズ第にも、建造物への 遺跡の構内に、ほんの仮り住まいのつもりで寄生というより共生を、見事に描いた作品が 匠一《 侵入した人々が、いつの間にか定着して家主多い。それはもしかすると、西欧に発した科 面。一一千年、定住した例も。占拠者が、歴史学という建造物への寄生を生き抜き、遂には 的建造物の名誉管財人兼非公式守衛となり、 それを越えんとする意志の現われかもしれな 驚。 かえって、その建物の予測寿命が延びた、と 。それに対して、ハインライン「宇宙の孤 ルドフスキーさんが″不法占拠への讃歌を児』は、宇宙船Ⅱ移動する建築、への共生が 円 3
・ほくはそうではない。それに、・ほくは、アウラが好きだったし、 り、無縁であることで原罪をまぬかれているのだ。世界の中に生み ファンも好きだった。かれらのいやがることはしたくない しか出された人間は、その瞬間から一つの小さな主体となる。肉をた し、レダのよろこぶことは、絶対にしてやらなくてはならないのべ、草をふみ、まわりにあるものにはたらきかけてそのすがたをか えてゆくエネルギーになる。死にむかってすすむエネルギー。破壊 二律背反。これは、ばくが、考えてもみなかったようなアドレスと、変化とをもたらすエネルギー。・ほくたちは毎日毎秒少しづつ、 ・テーマなのだと思う。何人かの、・ほくが好ぎで、・ほくを好いてく少しづっ死につづけ、そしてそのぼくたちのタナトスによって、世 れる人びとがいたとして、その中の一人を満足させようと思うと、界もまた死にむかっておもむく。生々流転は人間が介在するとき生 他の人々に背くことになる。悪意をもって、少なくとも傷つけよう者必滅のことわりに変貌する。いまでは何万種類の動物、植物、昆 という意図をもってすることなら、ばくたちは別に悩まなくともす虫、鳥類がすべて・・ーーほとんどすべて死減し、その自然なすがたを む。あるいは、悩むにせよ自分が何をしようとしているのかは知っみることは不可能になった。ごくわずかな昆虫 , ーーむろんゴキゾリ ており、それがもたらす結果を覚悟の上で行動をおこせばよいのはその中に入っているーーーと鳥をのぞいて、他のすべての種類は、 自然保護区の人工的な管理のもとで、研究され、支配されてほそぼ しかし、全然、・ほくはアウラを傷つけたくもないし、アウラとはそと生きながらえている。犬のファンのようにー・ーーおそらく、ファ なれるのもひどくイヤだった。 ンは、さいごの大族の一人だろう。その、おそるべき破壊と変化 それもまた、生命が存在し、活動する、ということの意味ーーーあは、一体、何のためだったのか ? この地球を、人間にとっての るいは不条理のひとつだ、とでもいうのだろうか ? 存在するもの理想そのものに近づけるためだ。別に、かれらを減ぼそうとして人 とは、必ず、他へ働きかける存在としてある、ということだ。生命びとがかれらを狩り、殺し、抹殺して歩いたというわけではない。 のないものはただそこにあるにすぎない。しかし、生命ある存在が海が征服され、陸が開発され、都会が巨大な原子工ネルギーの廃棄 生きるとき、たった一日、一瞬でも、世界と無関係に、うごきまわ物をまきちらすようになるにつれて、ごくしぜんに、かれらは死減 ったり、何かをしたりすることはできない していった。抗議のことばも、うらみごとも、生きのびようとする 歩けば草をふみ、息をすれば空中の酸素をとりこむように、ぼくあがきもなく。それはしかもヒトにとっては、おのれが生きるため それと、さつの、道の辺の草をふみにじった足の、無意識な行為でしかなかった たちは、何ものとも、無縁であることはできない き思っていたようなーーー人は、自然界の一部であった未生の無意識のだ。 から、世界の中へ生まれ出て孤独になる、という思いは、まったく ぼくは思う。もはや、・ほくたち、 あなたが正しい、ディマー 矛盾するようだけれども、決してそうではないのだと思う。自然界ホモ・テストチューヴは、『自然』の一部ではない。だが、しかし、 にあるものは、自然の作用をうけながらもそれとも実は無縁であディマー、もともと、そうだ、あえて云いうるならばもともと、人 9
ンツマンなどの新人たちがいろいろのアイデアをたずさえて登場しある ) また、ときには、近所の子供たちに、新しい星を見つけた たが、もしそれらを客観的に見るならば、わたしのアイデアよりもら、五ドルの懸賞金をやるそと、持ちかけたりもした。うまくいけ 2 とシャファリーは思った。ただ、あの連中ば、シャファリー新星かシャファリー彗星の誕生となる可能性はあ 別段すぐれてはいない、 の場合は運がよくて、曲がりなりにも自分の理論を裏づけられるよる。だが、これも空振り。恒星の運行を、酵素分子内の遊離基の活 うな証拠が、ときどき見つかっただけだ。シャファリーには、これ動にたとえて説明しようという野心的なもくろみも、シャファリー 高い知能の手紙を受け取った生化学者がだれひとり返事をよこさなかったた はとうてい公平なこととは思えなかった。わたしはメンサ ( 指数を人 会資格にし めに、あえなく潰えた。 ) の会員じゃないか。あの成功者どもとおなじように高い ている協会 教育を受け、たくさんの学位を持っているし、ニース雑誌の表紙失敗のファイルはどんどんふくらんだ。書類戸棚の引出しのまる トーク番組のゲストとしまる一つが、論破された過去の有名理論の再検討であふれかえって の人として見た場合の写真うつりといし フ戸ギストノ いる。『燃素の新解釈』が未完成なのは、つきつめたところ、解 て見た場合の ( あのラリー : 不スビットが自分の番組に出すという ーソナリティと、 釈の対象がどこにもないからである。『地球平坦説再考』と題する 約東を守ってくれたとしてだが ) 好ましい 彼らにすこしも遜色はないはずだ。な・せ彼らは華々しく成功し、わ原稿は、出版のひきうけ手がない。しだいに小さく、しだいに奇妙 になっていく円を描いた三百枚のスケッチは、アインシュタインが たしはみじめに失敗するのか ? 妻の唱える仮説をシャファリーは 検討し、そして却下した。妻にいわせればこうであるーーー「あなた相対性理論の一つの検証と考えた水星の近日点移動を、コペルニク の困ったところはね、ジェレミー スの周転円でなんとか説明しようと試みた名残りだった。ときおり 、あなたがとんまな唐変木だとい シャファリーは、占星術や手相学の科学的根拠を見出そう、あるい うことよ」しかし、それがそうでないのをシャファリーは知ってい いちく た。アイザック・ニュートンの奇矯な神学や、たびたび神経衰弱には霧箱の中の荷電粒子の飛跡を笊竹で予測しようという試みに、ま たしても誘惑されることがある。だが、なに一つ実ったためしはな 罹ったことをつぶさに調べるならば、彼がとんまな唐変木でなかっ たと、だれが言い切れるだろう ? しかし、ニュートンの業績を見 極度に落ちこんだときには、純粋科学よりもむしろ産業界で名 マつ、刀、し を上げようと考えることもある。そこから生まれたのが、原子力自 そこでシャファリーは、彼の名を偉大にしてくれるようなアイデ動車の略図の一東であり、彼の左鼻孔の神経を永久に破壊してしま ・ヌーチオのマッシュルーム アを探しつづけた。あらゆるところに目を向けた。ときには、火星った嗅覚映画の実験であり、ミスター の就道に関するケ。フラーの分析を、計算ミスがないかと、電卓を使にもっと長期保存ができないかと、土地の歯医者の線撮影室を借 ってチェックしてみたりもした。 ( ミスは半ダースも見つかった りておこなった放射線照射の試みだった。その種の研究が、これほ が、いまいましいことに、それらがおたがいを相殺しあっているのどたくさんの学位の持ち主にふさわしくないことは知っていたが、 だ。運のいいやつはどう転んでも失敗しないという、一つの証明でどのみちこの分野でも、彼は成功しなかった。ときおりシャファリ
かびかの床には足跡が全然なかった。 しろ、船はめったに役に立っ答をしてくれない。それに少なくとも 「あそこに誰か住んでるのかなあ」マルはガラスに鼻をくつつけてもっと年をとるまで、父親になる心配をする必要はないのたった。 訊いた。 0 「誰もいないよ」タングが言った。「帰ろう」 「いっか、・ほくらが住むのかもしれない」マルが小さな声で、考え 深げに言った。 お決まりの朝食を食べたあと、 ートは初めて、居住区で待って いるみんなに会うのが、少しばかり不安になった。子供たちがさら 9 に一年、年をとったとすれば、もはや幼児とは言えず、ほぼ対等に つきあうべき人々となる。・ハ ートは不安をはらいのけ、部屋を出 今日は男の子対女の子の闘いはすざまじくはなかったが、依然とた。 してくすぶっており、一日中、突発的に起こるにらみあいや、髪の今日の子供たちは、体つきこそ目をみはるほど大きくなってはい つばりつこ、ののしりあいで、 ートはけっこう忙しかった。例ないものの、十回目の合同・ハースディを祝う意気ごみは十分で、は によって、ケーキとアイスクリームの昼食は成功し、ゲームも楽しじめの歓迎さわぎがおさまると、子供たちはすぐに・ハートにこれを かった。今回はパ ートは他の。フレイヤーたちをしのぐために、い 知らせた。壁には大きなカレンダーがさげられ、過ぎ去った日々が ぶん奮闘しなければならなかったが。 バツで消してある。一年が過ぎたのはまちがいない。 女の子一人と男の子一人が、ゲームしていた・ハスケットのポール 今日は荒つぼいゲームの最中、 ートは数人の少年たちにいちど の体積を計算するのに、どんな公式を使うべきかということで、ちきにとびかかられ、あっさりとやつつけられてしまった。少年たち よっとした論争をし、 ( ートは初めて、子供たちが知識を、もしかの方では、、計画的にいちどきにとびかかったわけではなく、また、 すると・ ( ート自身は学んだことのないような、重要な知識を持ってもはやバ 1 トの力を重視しているわけでもなかった。 いるのだとわかった。それなのに、・ハ ートは親になろうとしてい そして今年は、少女たちに話しかけるとき、奇妙な感じを覚える る ! それとも、船が言ったことの意味を取りちがえてしまったの瞬間が、たびたびあった。パ ートはほとんどはにかみに近い感情を 味わった。 一日が過ぎ、服をぬぎ、ひとり・ほっちのべッドにもぐりこんだと きも、 ートはその点を悩んでいた。「ねえ」船に問いかける。 「はい」 ・ : なんでもない」・ ハートはほうっておこうと決めた。どっちに数人の少年たちの背が、中でも・ハルークとオーレンの背が、急に 226
Z 作家たちとちがってしたたかなこ そうした中でも、一九七九年頃から自 と。表面には出てこないものの、しつか ちょっと柔い方を強調しすぎたが、プ分で企画し売り込んだ、英米の大物 りと英米の界にくつついて生きてきラットが rn 界で名を知られているの作家とのインタビュー集というのは、か ているのだ。 は、もちろんこればかりではない。むしなりのものだ。これは一昨年出版された その一つが、風セックス小説。どろ、一九七二年アメリカに渡ってからのだけれど、ファンには好評で昨年のヒ こでも食いつめるとポルノの類いを匿名は、編集活動のほうで注目される。ここ ューゴー賞にもノミネートされていた。 で書いて糊口をしのぐ連中がいるけれどで彼が行なったものには、エイヴォン・評論誌の方に入る前に、ますこれにちょ ( 現に六〇年代はしめのシルヴァしハ ・フックスの″再発掘″シリーズ ( 現在のっと触れてみよう。 ー・ハックのはしりで、ファ グなど、その代表例 ) 、プラットがやつ大判ペー。 ( ハドリスらのモダン・クラシック たのは本名で、しかも的な、そしてマ 1 や・ だいたいインタビューというのはおも しろいと相場が決まっている。建前では 傑作を書くことだった。代表例は『ガを再刊し、好評だった ) や、イラスト・ ス』 T'he Gas ( 一九七〇 ) 。秘密の細菌ブック″アリエル″シリーズ、そして、 なく本音がでるからだが、特に作家の場 兵器工場で起った事故によって人間の欲イギリスのサヴォイ・ブックスの編集コ合、文字という間接的な媒体で、それも 望が解放されるさまを描いたこの佳作ンサルタントと、目立たないながらなか虚構を作り出しているのだから、ふだん は、ついこの間再刊されたものの、また なか独創性のある仕事をこなしているのはいわば二重三重にも仮面をかぶってい もやイギリス当局の手入れをうけて押収だ。 るわけだ。そして、その作家の中でも、 され、幻の作品になってしまチャールズ・プラット 大ボラが分野の作家ともなれば、世 った。それでもこの小説、 、物人がその正体を″想像もできない″のは r-q ポルノのベスト 5 をあげろ 無理のないところだろう。そうした実体 と言われれば、いまだにハン がのぞけるスリル これは、当のプラ ク・スタインの『魔女の季 ット自身が序文で「誰でもを書いて 節』 The S ミき いるのはどんな奴だろうと思っているら などと並んで必ず上げられる しい」と述べていることからも明らか というから大したものだ。他 にも、本邦唯一のプラットの かくしてインタビュー集の題名は『誰 訳書『挑発』 ( あの富士見 が TJ v-k を書いてるのか ? 』 Who ま、 マン文庫からちゃんと出てい Sc ceF ~ ・ミ ~ ミ簽 ( もっとも、これはイギ る ! ) をはじめ、かなりの数 リス版。アメリカ版はぐっとおとなしく、 が風のそれだからおそれ ロマンチックに『夢の紡ぎ手』し「きミ
・ほくは、やさしく云い、 レダの肩に手をまわした。レダの肌 レダは云った。悩ましい、しめったような声になっていた。 「もう、とんちきだなんて云わない。だからーーー一緒にきて。何肩の細さ、血のぬくもり。こんなことを、一体どうしてぼくは も、心配することはないからーー何も、こわいことはないのよ、あシティの人びとは、おそれていたのだろうと思う。こんなにも、人 ブライは行ってしとふれあうことは自然であり、そしてそれは、それだけで、世の中 たしがーーーあたしが教えてあげる。おねがい まったわ。みんな行ってしまうの。みんな、あたしをおいて行ってをまるでちがったものにみせてしまうかのようだ。 しまうのーーーでも、あんたはちがうわよね。あんたは、ずっと、あ「すっと、そばにいる、レダ。レダの望むかぎり、いつでも」 たしのそばにいてくれるわね : : : たとえ、あたしがどういうめにあ「ならーー」 レダの眼が、ちかりと狡猾そうなきらめきをたたえた。 っても、気がちがってるんだといわれても、デイソーダーだといわ 「なら、わたしと一緒に来るぐらい、何でもないはずよ ? 」 れて、人からきらわれてもーーーあんただけは、あたしのとこから行 「行くよ。どこへでも」 ってしまやしないわよね ? だってー・ーだって、あんたは、ここに ほのかな腹立たしさと、そして不安、不安を感じる自分へのいき いたんだものーーーあんたは、あたしが好きだっていったんだもの どおろしさ。 レダ 「でも、どこへ行って、どうして行くのかぐらい、教えてくれても いいでしよう」 ったい、どのような予感が、彼女の心におちてきて、彼女にそ ういうことばを吐かせたのだろうか ? 「あたしの家はーーー」 ・ほくはうなづいた。ぼくは、ひどく、たかぶり、しかもひどくお レダは少し考えた。まるでジェット・コースターだ、と・ほくは考 だやかに思える、あやしい混乱した気持だった。さっきまでのたかえた。レダの思考も、感情も、ひらひら、ひらひら、悲しみからよ ぶりの名残りがまだのこっているーーしかし、もう、少しも苛立つろこびへ、よろこびから怒りへ、怒りからたくらみへ、まるでとり とうにかついてゆこ とめというものもなくころげてゆく。それに、・ たり、怒ったりもしていない。胸の中に、潮のように、レダへのい とおしさがっきあげてくる , ーーレダ、レダ、彼女もやつばり、淋しうとするだけで、人は、ひきずりまわされて、へとへとになってし シティの人びとの、軽々しくて内容のない、罪のないと くて、そしてどうしていいものかわからなくて、それでここにいてまう。 泣いていたのにちがいない。ぼくの、大切なレダ、彼女の望むとおりとめなさとちがい、火の中から水の中へ、水の中からとげだらけ のやぶへ、こちらをひつばりまわすようなレダの気まぐれは、まっ りに、何でもしてやりたかったし、彼女が悲しくなくなるために たく、つきあうのも生命がけという感じがする。 は、どんなことでも誓えただろう。他の存在のために、そんなこと 7 しかし、もうかまやしない。、・ほくの中で、何かがかわり、そし を考える自分がふしぎでーーーだが、レダは特別だ。特別なのだ。 「どこへも行かない、、 レダ」 て、これまでのぼくとはちがった何かが生まれ出ようとしている、
シャファリーはごくんと唾をのみこんだが、そうしてさえ、やつけたままで、さっきはどういってやればよかったろうと、あれこれ と出てきた声は自分にも耳なれないものだった。「わたしはーーわ考えた。「おい、ヌ 1 チオ、きみは科学のことをなんにも知らん 3 たしは断言しますよ、ミスター・ディフィレンツォ。その件にはまな」 ったく無関係です」 「スーチオ、スキャパレリが火星の運河についていったこどは、・せ 「だろうな、シャファリー 。それは知ってる。こんな悪だくみがでんぶ大まちがいだったんだよ」しかし、もうそれをいうには手遅れ きるほどおまえは利ロじゃない。ミスター ・ヌーチオは、この不法だ。妻がきっとたずねるだろうこと、つまり、退職手当や年金、そ な盗聴に対して非常なお怒りで、すでにほうぼうへ電話をおかけにの他、自分が文書にするのを一日のばしにしてきたことについて、 なり、だれがこんなものを仕掛けたかもほぼ目星がついた。犯人質問するにも、もう手遅れだ。 ( 「そんなことは心配するな、シャ ミスタ は、自分のテレビ番組で再生しようともくろんでいたテー。フを、手ファリー。 ・ヌーチオは友人の面倒をちゃんと見てくださ ミスタ に入れそこなったのさ。そういうわけだ、シャファリー る。だが、うるさくつつかれることはお嫌いなんだ」 ) シャファリ ・ヌーチオは、おまえの仕事ぶりに満足されておらず、おまえをク ーは自分の将来の計画を立てようとしたが、だめだった。それなら ビにしようと決定された。。 ・ネス へつの人間が、あとを引き受けにやってばと、現在の計画を立てようとした。すくなくとも、ラリー くる。われわれとしては、明日までにここを引きはらってもらいた ビットには電話すべきだろう。詰問し、恨みを述べ、警告してやり いんだ」 テープレコーダーのことが・ハレたそ ! もう たいが ( 「しーっー この世には、体面をたもっ余地の残されていないような状況もあおしまいだ ! 逃げろ ! 」 ) 、このトイレから離れる自信はとてもな る。これまでの一生で最低の勤め口をいましがた失った五十なかば かった。すくなくとも、その瞬間は。そして、その一瞬後には、す の男には、自分の伝記作者に提供したいような捨てゼリフを吐く機べてが手遅れになった。半時間後、就道パトロールをつづけていた 会も、そんなに残されてはいない。 見張りの一人が、小さな掛け金をこじあけて中をのそいたところ、 シャファリーは、自分の置かれた境遇がそれどころではないのを第二のアインシュタインになれたかもしれない男は、膝のまわりに 知った。まぎれもない病気なのだ。腹の中の騒動はつのる一方。舌ズボンをおろしたまま、トイレの床に倒れていたのだ。威厳もな の裏側にあるたくさんの小型唾液ポンプは、のみこむのがとても追く、関心もなく、呼吸もなしに。 いつけない速度でロの中を洪水にしている。いますぐ職員手洗所へ ああ、あわれなシャファリー もし彼がタイム誌に載った自分 ひきかえさないと、すでに背負い切れないほどの重荷の上に、また 一つの恥辱が加わりそうだ。シャファリーはきびすを返して歩き出の死亡記事を見ることができたら、どんなにがっかりしたことだろ した。それから速足に、つぎに駆け足になった。腸と膀胱と胃袋のう。それは ( あるポビュラー歌手の追悼記事の下に埋もれた、たっ 中のあらゆるものをすっかりからつぼにしたあと、彼は便座に腰かた二つのパラグラフだった。しかし、そのあとは :