かびかの床には足跡が全然なかった。 しろ、船はめったに役に立っ答をしてくれない。それに少なくとも 「あそこに誰か住んでるのかなあ」マルはガラスに鼻をくつつけてもっと年をとるまで、父親になる心配をする必要はないのたった。 訊いた。 0 「誰もいないよ」タングが言った。「帰ろう」 「いっか、・ほくらが住むのかもしれない」マルが小さな声で、考え 深げに言った。 お決まりの朝食を食べたあと、 ートは初めて、居住区で待って いるみんなに会うのが、少しばかり不安になった。子供たちがさら 9 に一年、年をとったとすれば、もはや幼児とは言えず、ほぼ対等に つきあうべき人々となる。・ハ ートは不安をはらいのけ、部屋を出 今日は男の子対女の子の闘いはすざまじくはなかったが、依然とた。 してくすぶっており、一日中、突発的に起こるにらみあいや、髪の今日の子供たちは、体つきこそ目をみはるほど大きくなってはい つばりつこ、ののしりあいで、 ートはけっこう忙しかった。例ないものの、十回目の合同・ハースディを祝う意気ごみは十分で、は によって、ケーキとアイスクリームの昼食は成功し、ゲームも楽しじめの歓迎さわぎがおさまると、子供たちはすぐに・ハートにこれを かった。今回はパ ートは他の。フレイヤーたちをしのぐために、い 知らせた。壁には大きなカレンダーがさげられ、過ぎ去った日々が ぶん奮闘しなければならなかったが。 バツで消してある。一年が過ぎたのはまちがいない。 女の子一人と男の子一人が、ゲームしていた・ハスケットのポール 今日は荒つぼいゲームの最中、 ートは数人の少年たちにいちど の体積を計算するのに、どんな公式を使うべきかということで、ちきにとびかかられ、あっさりとやつつけられてしまった。少年たち よっとした論争をし、 ( ートは初めて、子供たちが知識を、もしかの方では、、計画的にいちどきにとびかかったわけではなく、また、 すると・ ( ート自身は学んだことのないような、重要な知識を持ってもはやバ 1 トの力を重視しているわけでもなかった。 いるのだとわかった。それなのに、・ハ ートは親になろうとしてい そして今年は、少女たちに話しかけるとき、奇妙な感じを覚える る ! それとも、船が言ったことの意味を取りちがえてしまったの瞬間が、たびたびあった。パ ートはほとんどはにかみに近い感情を 味わった。 一日が過ぎ、服をぬぎ、ひとり・ほっちのべッドにもぐりこんだと きも、 ートはその点を悩んでいた。「ねえ」船に問いかける。 「はい」 ・ : なんでもない」・ ハートはほうっておこうと決めた。どっちに数人の少年たちの背が、中でも・ハルークとオーレンの背が、急に 226
ビカスが言う。キリイは、ゆっくりとモーネを道の上におろし まで行って、そこで、モーネを説得した方がいい た。今度は、モーネも自分の足で立った。 「モ 1 ネ、悪いが、おれといっしょに来てもらうそ」 キリイが言うと、モーネがまた身体を固くするのがわかった。両「何の用た ? 」 手を掴んで立ち上がらせようとしたが、手を離すと、またすわり込キリイはどちらに対してでもなく、・尋ねた。シタルの衛兵たち 。いっせいに笑い声をあげた。楽しい笑いではない。聴く者の心 んでしまう。キリイに逆らうというのではない。何もしようとしな いのた。キリイは、モーネの身体を横抱きにした。柔らかさとあたを鞭打つような笑いだ。 「知りたいか ? おまえの生命をもらいに来たのさ。何しろ、おま たかさが、服を通して感じられる。一瞬、モーネは抵抗しようとい えはやってはならぬことを三つも犯してしまったのたからな。その う素振りを感じさせたが、すぐに全身の力を抜く キリイが、モーネを抱いて、草地から道に出たとき、道の端の建一つでも、死に価するというのに」 。ヒカスが笑みを残した口調で言った。 物から幾つかの人影が姿を現わした。キリイは舌打ちをした。。ヒカ スたちだ。振り返ると、反対側の建物からも数人の男たちが歩み出「他国者でありながら、シタルの土地に入り込んだ。そして触れて はならぬシタルの身体に触れ、その上、シタルを意志とは関りな てきた。 、聖地の外に連れ出した。キリイ、もう誰もおまえを救ってはく はさみうちというわけか。キリイは、モーネの身体を抱いたま れない。覚悟した方がいいな」 ま、シタルの衛兵たちが近付いてくるのを待った。 「遅かったな」 巨大な鎌に似た武器を、ビカスは軽く動かした。 キリイは、衛兵たちの中に。ヒカスがいるのを目にして、先に言葉「まさか、こんな簡単におまえがひっかかってくるとは思わなかっ たよ」 をかけた。 昼間、キリイに話しかけてきた男が言った。 「遅かった ? 丁度いいところだ」 「まともな考えを持つ者ならば、もう少し慎重にやるだろうに、 背後から答えてくる者がいた。振り返ってみると、それは昼間、 な「おまえがこんなに早くやってくるとは、我々も、少々、驚かさ 話しかけてきたあの男だった。 「やつばりそうか。あんたもこいつらの仲間にちがいないと思ってれているところだ」 男は得意気に言った。いかに物分のやり方が巧みだったか、仲間 いたよ」 たちに言いきかせているのた。キリイは、相手の数を確認する。全 キリイは、言った。 部で七人か。いすれも、あの奇妙な鎌のような武器を持っている。 「そうかね。それなのに、よくもここまでやってきたものた」 キリイは、その武器を見ている内に相手の弱点に気付いた。あの柄 男は嘲けるように言った。 「それがこの男の間抜けたところなのだ」 の長さは、離れて戦うためのものた。うまく手元に飛び込むことが 0
は、新しい理想をもって打ち倒さねばならぬ、当の敵にほかならなもった人間が、そう云ってはわるいがラウリのようなごく平儿な一 くなってしまうのかもしれない。 人の人間の拒否を、全世界からの拒否の意志であるようにうけと 9 そんなふうに考えていってはしかし、すべてのーー人間の生き、 る、などということは、まったく、考えられないのである。 社会的な存在として行っているすべての営為が、その意味を失って ( 考えてみなければーーもっと、もっとよく ) 崩壊してしまうのではないだろうか。それはぼくたちを、いつまで これは、他の人々の誰にも、理解されにくいことであったかもし たっても、自分では日進月歩をとげているつもりで、右のドアかられない。しかし、そのときの・ほくにとって、このあまりにも抽象的 出ては、左のドアから入ってくる、堂々めぐりをくりかえすおろかで形而上的にみえる一連の疑問、アドレステーマ、それは、何とい しいサルにしてしまう。そうと知ってからなお、あえてその堂々めうかきわめて切実な、緊急の、生命にかかわるような重要さをそな ぐりをつづけることに、どうやって清新な情熱をもちうるというの えた問題に思われた。 に「つ、つ、カ このくらい、おそらく、市民たちに理解されにくいことはなかっ いやーーーシティがまだなく、人びとが小人数づつ、えたいの知れただろう。 ない汚い孤立したユニットにおしこめられていたころから、人間は なぜなら、市民たちとは、まさしく、何ひとつものごとを切実に ひとりぼっちで、そして不幸だったし、シティが完備され、美しく うけとらぬための訓練をうけた人びと、といってもよかったのだか 清潔な理想都市が完成し、うごきだしても、やつばり人間はひとりら ぼっちで、そして不幸だった。ということは、問題は、シテイやシ かれらはまさしく影法師だ。かれらはぼくのかたわらをすりぬ ティの市長や、コンビ = ータや、あるいはこのシステムの中にさけ、時にぶつかりそうになるくらい近くにくるー。ーしかも、かれら えもない、ということだ。システムをかえてもーーあるいは他のシは決して何にもぶつからない。 ティに住んでみても、やはり、人々は不幸で ( そうしてただ、ある いや、しかし、市民の・せんぶがそうだ、などというつもりは・ほく たとえば、ディマ ものは自らの不幸であることを知らず、あるものは自らの不幸を知にもない。正確を期さなくてはいけない ってはいるけれどもその正体をはっきりとは知っておらなくて、た だ。ディマーは、たしかに・ほくをあえてよけて去ろうとはしなかっ だ、あれをもっていないから、これがほしいのに手に入らないか た。彼は、まっすぐにぼくにぶつかって来たし、これまでに彼ほど ら、自分の愛した人間が、自分を愛してくれなかったから、自分の 《ざっくばらん》に話してくれたあいてはいなかった。彼をみてい 望んでいるような仕事をできないから、などと目のまえの理由に結ると、カイハセーションというものが、人との摩擦をさけるためで びつけ、そのことでいささかの安心を得て何とか不幸と折り合いをはなく、人と理解しあうためのものなのだ「というねごとがたしか つけているのではないだろうか。 に真実なのだと思えてくるくらいだ。 それに、もう一 = 人いた。・である。 ミラのような、するどい頭と、はっきりとしたパーソナリティを
ゴムボートでビールを飲むときにやっかいなのは、首が前かがみがこんなに岸に近づくことはめったにないのに。そんなことは考え になっているために、げつぶが出しにくいことである。しかし、シてもいなかったのに。第二のアインシュタインになれたかもしれな ヤファリーよ、 : 十ートに水が入ってくるのもかまわず、すこし体をい人間が、未完成で不満足なままにサメのくそになるとは、なんと 浮かせてげつぶを出し、新しい罐ビールをあけて、たのしげにオリ悲しいことだろう。 オンを見上げた。それは満足のいく星座だった。満足がいくのは、 シャファリーは決して悪人ではなかったので、まっさきに頭にう それについてたくさんのことを知っているからだ。つかのま、彼はかんだのは科学の損失ということだった。食いちぎられてのみこま アラビア人が″腰帯の三つ星″をジャウザー、つまり金の木の実とれるのはどんな気持のものだろうという考えは、すこし遅れてやっ てきた。 呼んでいたこと、中国人がそれを天秤のようだと考えていたこと、 グリーンランド人がそれをシクトウ】ト、つまりあざらし漁師と名 シャファリーは両手を水から引き上げ、胸の上で組み、膝をポー づけていたことを思い出した。オーストラリアの原住民がそれをな トの両側までひろげて、組んだ足首をポートの端にのせた。これで んと呼んでいたかを思い出しているうちに ( 彼らはお祭り騒ぎでのもうサメの餌になりそうなものは、水中になくなったわけだ。その 三人の踊り手にそれを見立てたのだ ) 彼の心はちらっとまた行方不反面、浜へひきかえす手段はなくなった。大声で助けを呼んでも、一 明のあざらし漁師にもどってきた。フム、と彼は考えた。頭を持ち逆風だから聞こえないだろう。このままじっとして、小島のどれか に流れつくのを待っしかない。だが、もしそのあいだをすり抜けで あげ、浜のほうに目をやってみた。 もう、浜から百メートルあまりも離れている。遠くへ出すぎたともしたら、あっというまに深い外海へ出てしまう。 サメが、たとえそれがゴムボートであれ、めったに舟をおそわな 判断したシャファリーは、足で水をけってゴムボートの向きをか とされていることを、シャファリーは知っていた。もちろん、と え、星・ほしで方角を見定めながら、もときたほうへひきかえしはじい めた。愉快でらくな仕事だった。古風な平泳ぎでストロークをさか彼は分析的に思考をつづけたー = そういう証言にたいした意味はな サメは、これぐらいのポートなら、簡単にひっくりかえせる。 さまにした感じで、やたらにしぶきが上がったけれども、体重がほ とんどゴムボートで支えられているため、けっこうスビ 1 ドが出もし、このサメが、この貝がらに乗ったわたしを食べてしまって る。手足の指をなまぬるい水の中で気持よく動かし、ほのかな光るも、それを報告する人間はだれもいないだろう。 とはいえ、心を勇気づける考えもないではなかった。かりにあれ しぶきをながめて、この運動をたのしんでいるうちに、とっ・せん、 がサメだとしよう。かりにサメがポートをひっくりかえして、わた なんの前ぶれもなく、片手の指先がなにか固く大きなものにぶつか った。あたりには水しかないはずのところで、強情に動いているもしとポートを丸呑みにできるとしよう。しかし、サメは愚鈍な生き の、やすりのようにざらざらしているものだ。ああ、神さま、とシ物だ。血、水しぶき、物音、水中をひきずられていくもの、その他 ヤファリーは思った。なんというまずいことになったのか。やつらサメが興味を持っといわれているものがなにもないところで、いっ
にあからさまに反対するものだった。それどころか、ヴィトグが亡ら、マイダスでキリイの心は形造られたのであるし、そのように考 えることができないようにするのが、マイダスの意図だったから びるのなら、それもまた聖母様の意志たとさえ言った。 ・こ。実際、マイダスがすべてを取りしきり、マイダスの意志がその だが、ラダたちはシタルたちの意見を採らなかった。当然のことナ ・こ。ウェイル . よ思った。ラダたちは、ヴィトグの住民たちを生かすまま住民たちそのものの意志たりうるような世界、つまり世界その ためにいるのであり、殺すためにいるのではない。そしてキリイのものとただ一つの人造意志が同一であるような世界と、これほどに 考えは、自分たちにも考えっかないことであるならば、当然、ガイ雑多な意志が混在している世界とは、共通項など持ち得ないだろ の人間たちも思いっかないことであると思えたのだ。どんな優れたう。 戦士でも、予想外の出来事にぶつかれば、とまどうだろう。そし ・ほんやりとではあったが、キリイの心の中ではそのような考えが て、そこに自分たちの勝利の可能性が出てくる。 生まれかけていた。それがはっきりとした形を取らなかったのは、 「大丈夫だ。おれたちは勝つ」 はたしてそのように単純に二つの世界を対置することが妥当かどう ウェイルは、キリイの肩を叩いた。キリイはにやりと笑ってみせ か、心のどこかで疑問を呈するものがあったからだ。 た。それは無理やり造ろうとした笑みだった。だが、浮かべようと何が疑問を生なのか。その解答は、キリイ自身の知っているもの しはじめた途中から、本当の笑みに変っていった。この男のように から出てくるように思えた。何かを見逃がしているのだ。正しい解 信じ込むことができる人間が多くいるならば、それは現実となるか答を見出すための筋道を見失っている。キリイは、もどかしげに頭 もしれないと思えたのだ。そしてその信じ込むことのできる能力がを振った。 自分には欠けているのだということを痛いほど感じた。自分だけで そして、何者かわからぬ声が、耳元でキリイの名を呼んだとき ーない。マイダスの人間のすべてが、同じ能力を持ち合わせていな に、思わす跳び上がりそうになった。 いのではないかと思えた。与えられたものを、そのまま鵜呑みにす「ワイドルのキリイだね ? 」 ることと、ウ = イルの示したような信じ方とは、明らかにちがうも声の主は、やけにひょろりとした三十がらみの男だった。立ち止 のだ。 まったキリイが、返事もせずに自分を見ているだけであるのに、い そしてマイダスの人間たちは、教えられたことを疑わないというらだち、同じ質問を繰り返した。キリイは、ゆっくりとうなずい だけで、自分から積極的に信じているのではない。形は似ている 「ああ、そうだ。あんたは ? 」 が、この二つは同じものではないのた。 おまえさんの耳に入れておきた おそらく、自分はウェイルのようには考えることができないのだ「おれのことは、どうだってしし ことがあるんだ」 ろう。幾つかの言葉をウェイルと交した後、若い丘 ( 士たちの声が届い かないところまで歩んできたキリイは、は「きりと悟った。なぜな、男の口元は、かすかに歪んでいた。やや斜視がかった目付きと共 3 6
タしながらその日のうちにダラスへ向かっ相対関係が永久に変らず、こ た訳だ。なにしに行ったかというと、あのれをラグランジュ点と呼ぶの スペース・コロニー だが、オニール博士はここ ・・オニール、宇宙植民地の構想を打 ち出したプリンストン大学教授の・・ に、地球とまったく同じ環境 オニール博士へ会いに行ったのだ。その成の宇宙植民地を建造しようー 果については、、・ しすれキミの家の茶の間へ ーという訳である。それも、 も届くはすだから乞御期待ーーとして、こ建設用の資材は月から持って れがやつばり 0 なのだ。 こようというのだ。地球上で もともとダラス市は、ヒューストン市と一オンスの物体をスペース・ 共に、今、アメリカでもっとも急ビッチのシャトルで宇宙空間へ運ぶと 発展を続けている都市である。ダラス日フ銀九オンスの価格に匹敵する オートワース空港は世界一とか二とかいう費用がかかる。だから、月か うンざりするような広さを誇っているが、 ら持って来ようというわけで それでも急速に世界的な流通の中心になりある。 つつある昨今、もう手狭なのだそうで拡張どういう方法で 工事が始まっている位で、都心部にはまこ これが、博士の主要なアイ とに未来的なユニークな高層建築がによきデアのひとつなのだが、月面 ・・トライノ によき建っている。新宿の副都心などと違に、マス ーと呼ば って、鏡張りのピラミッド風とか、高層ビれる、ちょうどリニア・モー ターと同じ原理の装置を置い・、 ル三つの間に天井を渡して造ったプラザ・ 第ニ次完成図 オヴ・アメリカという人工空間とか、思い て、これでもって宇宙空間へ資材を打ちあ げようというのだ。 切って的なのだ。 ・。ハイ。フラインの建設費 ( 七〇 ~ 八〇億ド そんな建物のひとつのてッペんにあるレ 月には、植民地建設に必要な物資がすべ ル ) と同じ位で済むなど、具体的な例をひ ストランで食事をしながら博士の話を聞い て揃っているーーと、博士は熱ッぼく説くき、数字を提示して博士は話を進める。 たわけである。 訳だ。アポロ計画で地球へ持って来た月の 。フリンストン大学では。来年にはそのマ くわしいことは著書の邦訳も出ている土の実験から、水と僅か。はかりの肥料を加ス・ドライ・ハーの実験が開始される。 し、・そっちを読んでいたたきたいが、簡甲えれば月の土は植物を育てることができる「となれば、テレビ番組化するのはすこし に言うと、地球と月を結ぶ線を底辺とする ・ : とか、この植民地を建設するための資待った方が面白くなりそうですね」と私は 正三角形の頂点にある物体は地球・月との材工場を宇宙空間に造る費用は、アラスカ思わす言った。 なを
あかんぼうのあいたを動きながら、話しかけたり笑いかけたりして / ートもまたイメ 1 ジのひとっというと いる。彼らにしてみれば、・、 ころだ。あかん ' ほうたちは、マシンには強い反応を示している。マ ふり返ってみても、長い人工睡眠から目ざめ、あかんぼうたちのシンからは肉体的な接触が得られるからだ。 1 ー 「抱いてみてもいいですよ」船がパ ートの耳もとで言った。どの方 世話をするよう船に指示された、最初の日より前の生活を、 は一部分なりともはっきりとは覚えていない。・起こされたその日向からことばが発せられているのかわからないが「船との会話は可 能たった。船は人間の音声で話すが、男とも女ともっかず、若いと と、それにつづく数日は、切りぬけるだけで精いつばいだった。 船のマシンは、塗料とガラスとライトをふんだんに使い、広々とも年寄りともいえない声だ。 1 トは身をかがめ、あかん した明かるい育児室にしつらえてあった。ベビ ・べッドは二十聞きわけのよい少年といった風に、「ハ 四。あかんぼうの数をかそえるのは、少しむずかしかった。という ぼうを抱きけようとした。紙おむつのあた 0 たぼちゃぼちや太 0 ートの手にひんやり感じられる。貧弱な黒い巻き毛の頭 のも、べッドでおとなしく眠っているのは、ほんの数人だったからた腹が、 1 ー だ。残りは、ソフト・タイルの床をはいまわり、すわりこみ、よちがくるりとこちらを向き、澄んだ茶色の目がお・ほっかなげに・ハ よち歩き、大変な騒ぎで、育児マシンやイメージたちの足手まとい をみつめた。 となっている。あかんぼうたちは全部同じ年、一歳ぐらいだ。みん「マシンの抱きかたをごらんなさい」船が助言した。「マシンの腕 な白いおむつをあてられ、 ートのをうんと小さくした緑色の患者は、基本的にきみの腕と同じ構造です」 用ガウソを着ているものもいる。 ハートは抱きかたを変えた。 まもなく十四歳になるにしては、ミ ノートは背の高い方ではない。 「わたしに与えられた至上命令は、きわめて明快です。血のつなが だが、あかんぼうたちが育児室から通路に出ていかないように、マりの有無に関係なく、子供を無事に育てるには、人間の親がひとり シンが用意した低い柵を、はたしで乗り越えていくことは難なくで必要です。イメージやマシンは、最高の結果を得るには、心理学的 きた。その通路は一方はバ ートの小さな私室に、もう一方は・ーー選に不適当なのです。したがって、初歩的な役割心得を受けたら、き 択性をもって新たに働きだした・ハ ートの記憶によればーー船の居住みが養い親としてあかんぼうたちの世話をしてください。異星開拓 空間につづいている。 者の第一世代の親として」 ハートのうちに呼びさ あかんぼうたちは大声をあけ、くつくっと喉を鳴らし、泣きわめ異星開拓者。このことばは抽象的な記憶を・ き、あるいは無言でまじまじと世界をみつめた。バ ートが仲間にまました。船は地球をめぐる軌道から飛びたち、星の海のどこかに人 じっても、あかんぼうたちは気にもとめなかった。マシンが投射す類の種をまくため、いま宇宙旅行をしているのである。旅がいっ始 るイメージよ、・ まったのか、。ハ とう見ても実体を持った人間のおとなたちであり、 ート自身が出発のもようを見ていたのかどうか、そ 幻 9
ふるって答えた。「それは、わたしにいわれてもどうにもなりませ ん。発見者の名を冠することは天文学界の慣例でーー」 。三つめは 「その慣例がわれわれは気に食わんのだ、シャファリー もっと悪い。おまえがこんなことに足をつつこんだとは嘆かわしい よ、ンヤファリー。 聞くところによると、おまえはわが社とミスタ ・ヌーチオに関する。フライベートな問題を、あのネスビットのく 」相手はシャファリー そ野郎と話しあった。だまれ、シャファリー が口を開こうとするのを見て、警告するようにいった。「ネタはぜ トラブルには んぶ上がってる。あのネスビットとやらは、でつかい ・ヌーチオ まりこんだのさ。やつは自分のテレビ番組で、ミスター ・スーチオの弁 についてえらく人種差別的な発言をした。ミスター 護士にとことんそれを追究されて、やつはえらく高い代償を払うこ とになるだろう。まずいことをしてくれたな、シャファリー。さ て、四つめはこれだ」 相手は自分の前のテー・フルから、しわくちゃなナプキンのような ものをつまみあげた。その下から現われたのは、大きなトランジス ・ラジオに似た品物だった。 シャファリーは一瞬考えてから、それがなんであるかに気づい ・ネスビットがそれを持っているのを見たことが た。まえにラリー ある。「テー。フレコーダーですな」 「そうだ、シャファリー。さて問題はだな、だれがこいつをここへ ? といっても、おまえがゴム製品やなんかを忘 置いていったのか れていくように、 ここへ置き忘れていったという意味じゃないぞ、 シャファリ ー。だれかがこいつに自動スイッチを仕掛けて、ここへ 隠しておいたって意味だ。だから、うちの社員たちがこの中をチェ ックしたときに、こいつが動いているのが見つかったんだ」 (O LL マガジン・インデックス 販売のお知らせ 第石原藤夫編集による (J)LL マガ ) ンンの総目録ガ完 成しましを。 第日本 (DLL 史の歩みを如実に伝える U)I-L マガジン の一号ガら一〇〇号まてと、一〇一号ガら一一〇 〇号まてとを一一巻に収録しました。 第内容作者名インテッワス / 作品名インテッワ ス / 翻訳者名インテッワス / ノンフイワション インテッワス / 各号表紙写真 / 詳細な原典調査 ・付図・付表 / さらに CDIL アート・マンガ・イ ンテッワスなどを新説・他 第体裁 CDLC) 判 4 〇〇べー ) ン 舅頒価 37 〇 O 円 ( 送料包装費共 ) 第あ求め万法 CD , LL 資 2 研究会 ( 鎌自市七里ガ 浜東 1 ー 3 ー 1 ) 振替 ( 横浜 2 ・ 16059 ) へ現金書留な郵使振替てあ申し込みください。 以下の書店の店頭てもあ求めになれます。 東京大盛堂書店 ( 渋谷区神南 1 ーー 1 ILJ 」 463 ー〇 51155 ) 、一一一省堂書店神田 本店 ( 干代田区神田神保町 1 ー 1 H-IJ 」 23 3 ー 331255 ) 福岡りーぶる天神 ( 福岡市中央区天神 4 ー 4 ー們福岡ショッハースプラザ (OLL 丁 LL! 匚〇 92 ー 721 ー 5411 ) 9- 2
立レヒウ 寄生に退化し、そこにはもはや脱出するしか 化とポータ・フル化を競っているのは、ま 道が残されていなかった。西欧が、科学とい だ完全に見捨てられていない証拠かもしれな う宇宙船を捨て、神秘思想という惑星に退避 する弱さーーそれは同時に強みでもあるのだ 室内の転換といえば、クラーク『都市と がーーに対し、惑星シリーズは、科学を生き 星』のダイアスパーの住民のすむ部屋も、ふ 抜く日本の決意を、軽やかに表明しているの だんは、な ~ んにもなく、必要に応じて、家 かもしれない。 具が ( 窓さえも ! ) 現出するのであった。彼 らはダイアス・ ( ーの外への移動を一切否定しかなでるのは、日本人の私には、ひどく新鮮最後に、「驚異のエ匠たち』から、ポーラ ンドのウィリッカの岩塩坑を紹介しておきた ている。否定しているということを意識するに感じられる。 さて、ダイアスパーである。ダイアス・ハー 。人工の迷路をなしている坑道のうちに、 のさえ、否定しているほどだ。それなのに、 な・せ ? 彼らは、死しては、蘇がえり、十億のマザー・マシンである中央計算機が、十億正真正銘の町一つが丸ごと、岩塩から彫り出 年の時間を移動し続ける民であった。しよせ年もの間、退屈で気が狂わなかったのは、ダされている。人々は「地上の世界とほとんど : ここで生まれ、ここで生 ん、現在への錨でしかない家具へのこだわりイアスパーの内部で、人間たちが、悲喜劇を交渉を持たず、 涯を過すのだ」ーー・現代ポーランド連帯の炭 がない、からではなかろうか。そうだとすれ演じるのを見物しつづけたからではあるまい か。その自閉した人生劇場としてのダイアス坑労働者が、炭坑にこもって抵抗しているの ば、クラークって、やつばり、すごいなあ。 も、こういう過去を知っているからではある それでも、ダイアスパーの住民たちは、ひ ・ハーでの悲喜劇 ( それこそ文学の対象 ) を、 かっこに入れて、ダイアス・ハーそのものの死まいか。 ( 『驚異のエ匠たち』 / 著者Ⅱ とつの文明体内部に寄生し続けたに過ぎな い、と私はこれまで思っていた。しかし、寄と新生 ( 北再生 ) を描くという入れ子構造にナード・ルドフスキー / 訳者日渡辺武信 / 四 生的というよりは、共生的というべきかもしこそ、メタ文学としてのの可能性のひと三二頁 / \ 三八 0 〇 / 判上製 / 鹿島出版 会 ) れない。「驚異のエ匠たち』を読んでいて、 つが現われている、と巽孝之氏は説かれてい そう思えてきた。たとえば、二世紀に建てらる ( 未刊『ミナー第 2 集』、論、 " れたアルルの円形劇場が、かって一つの町と叢』第 5 号を参照 ) 。 してすまわれたことがある ( 三七一頁 ) , 御存知惑星シリーズ第にも、建造物への 遺跡の構内に、ほんの仮り住まいのつもりで寄生というより共生を、見事に描いた作品が 匠一《 侵入した人々が、いつの間にか定着して家主多い。それはもしかすると、西欧に発した科 面。一一千年、定住した例も。占拠者が、歴史学という建造物への寄生を生き抜き、遂には 的建造物の名誉管財人兼非公式守衛となり、 それを越えんとする意志の現われかもしれな 驚。 かえって、その建物の予測寿命が延びた、と 。それに対して、ハインライン「宇宙の孤 ルドフスキーさんが″不法占拠への讃歌を児』は、宇宙船Ⅱ移動する建築、への共生が 円 3
もしかすると、壁をこわそうとしたと めさせようとはしていない。 きには、やめさせるつもりなのかもしれないが。 ! 」アーミンが手になにか持って近づいてきた。 「まだ、これ見てないだろ。このあいだのパースディ・パー 宇宙船内で爆発物を使うのは、基本的に危険た。重大な、取り返 ートメントの空 撮った写真だよ。そのうちまた、ああいうパーティをひらく必要がしのつかない損害を与えるかもしれないし、コンパ 気が真空中に爆発するかもしれない。 あるな」 「それでオーラとタングは死んだ。だから、壁を腐食し、溶かして ーティのときには、まだカメラ、持っ ハートは写真を見た。「パ てなかったじゃない。これを撮ったのは昨日だよ。あなたたちにとしまう酸をぼくは作ろうとしていたんだが、それがなくなってしま った。マシンがみつけて、取りあげられてしまったらしい」。ハルー っては、去年のことだけど」 クは肩をすくめた。結果は決まっていても、決意は変わらないとい 「ああ。そうだね、たぶん」 うように。「だけど、今にわかるさ、わかるとも」その声にも態度 にも、気落ちしたようすはみじんもなかった。 8 境界線を示すテー。フは依然として貼ってあるが、今日はゲームは 2 ートま 行なわれておらず、みんなも忘れはててしまったようだ。・ハ ノートは乗船仲間たちの関心を集め 今回は、ここ数日になく、く フ 1 アドとトラクが二人とも太ったのに、少し驚いた。二人ともシ エドリスとヘルサは・ハ トの歯を調べ、船が歯列矯正をしなか ヨーツの上の肉がだぶついている。 ったのはどうしてだろうと、声高に言った。 ハートは、星の見える観測窓のところへまた行きたいと思った 「それほどひどく曲がってるわけしゃないわ。でも、わたしたちが が、呼吸装置は、以前にパジルがしまっていたロッカーになかっ 子供の時に何人かは、矯正されたのよ」 1 トこ ・、ルークとソロンがやってきて、なにをしているのかと・ハ ートの未来についてのディスカッションが始まり、と 昼食後、 説いた。やがて二人は、呼吸装置の行くえを教えてくれた。船内のきには、まるでパート の存在など無視してつづけられた。 未踏の奥地に行きつくための″技術的研究″に使われているとい ランジャンが言った。「・ほくは船が、いつの日か、何年か先に、 ハートに花嫁を世話する計画なのだと思っているよ。もしかする ハートはさらにくわしく知りたがった。二人の話では、船内の奥と、すでに人工子宮で人間を育てようとしていて、それが失敗した 1 トは足どめをくっているんだ」 の方へ通じる通路は、堅い壁とドアとで閉ざされており、船はなんのかもしれない。かわいそうな びとの立入をも禁止しているという。しかし、船は技術的研究をや 他の者が説いた。「この船に人間の精子や卵子を、たつぶり積ん 237