自分たち - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1982年3月号
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1. SFマガジン 1982年3月号

けだった。 態で、しばらく宙を見ているんだ。そうい はできない。だが自分をベテンにかけるこ う時に最高のアイディアが浮かぶ。それか矢野なんという単語ですか ? とはできる。そこで、自分をベテンにかけ らタイ。フライターに向かい、四ページ打ちポール忘れた。実をいえば、その単語も るために、初稿を古い手紙や広告ビラの裏 終えるまでその場を離れない。毎日四ペー 消してしまった。間違った単語だったんに書いて、そいつを送れないようにし、タ ジすっ打つ。それが済むと、その日の残り イ。フしなおさなければいけない状態に追い の時間を生活に使うんだ。時には、四ペー そのあとで、なにをなすべきか頭を絞こんだ。そうやって、すべてを書き直す習 ジ打つのに一時間か一時間半しかかからな り、寝るまでに四ペ 1 ジ仕上げた。しかし慣をつけたんだ。今でもそうやっている。 。時には十八時間もかかる。二カ月ほど 初稿を反故紙の裏に書いて、そいつを利用 : しんどかった。 前のことだが、朝早く起き、午前九時にタ 時には、書こうとすることが非常な苦痛できないようにしている。 イ。フライターに向かい、その晩七時になっ そうやって日課の執筆を終えてから、ま になる。そして、書いたものを最低一度は ても四ページはおろか一ページもできてい だ体力が残っていれば、手紙を書いたり、 書き直す。つまり、少なくとも二回はタイ ないことがあった。単語をひとっ打ったたプライターをくぐることになるわけだ。一遠くまで歩いたりする。毎日二、三マイル は歩くようにしているんだ。運動らしいこ 部は・ ・『ゲイトウェイ』の結末などだ が、少なくとも八回から十回は書き直しとはそれしかないな。 わたしはいくつかの組織に属している た。何回になったのか憶えていないよ。 よ。ワールド以外にも合衆国の作家協 わたしが小説を書きはしめた頃は、書き 直しなどしなかったよ。初稿を書き、それ会の評議員をしている。これはすべての作 を雑誌社に送るんだ。連中がそれを買うこ家のための組織なんだ。時々会合に出た り、それに関する問題を処理したりしてい ともあれば買わないこともある。だが、い る。わたしはずいぶん旅行するな。一年の ったん書いたものは決して変えなかった。 しゃ半分よりもうすこ それを十年くらい続けたあとで、自分はい 半分は家にいよ、、、 し多いな。大会にもよく出かけてい くつも小説を出版したが、どれひとっとし て良い出来ではなかったことを悟ったんく、必要以上にね。だが、大会の数も だ。自分に必要なのは、どう書くかという多いんだよ。合衆国で一年間に二百から三 ことにもっと気をつけることだ、、つまり書百回は開かれているし、その他の国でも少 なくともそのくらいは開催されているだろ き直しをもっとしなくてはいけないことが わかった。わたしには意志の力などなかっ う。わたしはその多くに出席したい。一年 に八回から十回くらいに出席を制限してい た。自分になにかをするよう仕向けること

2. SFマガジン 1982年3月号

「おいキリイ、さぼってる場合じゃないぜ。みんなあんたの指図を結局のところ、自分で確認するよりないのだ。キリイは心を決め 待ってるんだ。早く戻らてくれ」 た。腰に剣帯を巻きつけ、宿舎を出る。まだ夜は早い。通りに出る 6 キリイはうなずいた。今の男の話には、妙なことが多すぎる。何と、ヴィトグの住民たちが何人も連れだ 9 て歩いていた。兵士仲間 かの罠かもしれない。あの男を信用するくらいなら、ガイの戦士たの何人かが、キリイに声をかけてくる。自分たちの都市の存亡を賭 ちと素手で戦った方が、まだ安全だろう。 けた戦いを間近にした者たちとは思えぬほどの活気と陽気さが至る それでも、その日の太陽が沈み、夜が支配の手を広げはじめたとところに満ちていた。 き、キリイは自分があの男の言葉を捨てることができないでいるの キリイは何人もの誘いを断わり、シタルたちの土地に足を向け に気付いた。嘘かもしれない。罠かもしれない。だが、本当だったる。やがて、人通りが減りはじめ、道を照らしているかがり火の数 ら、どうする。 も少なくなってくる。頭上を目に見えるほどの速度で動いていく月 ガイとの戦いで、自分が生き残ることがでぎるか、どうか、誰にの黄ばんだ光が、足早に歩んでいくキリイの姿を照らし出してい もわかるまい。時間があれば、ヘダスが持っている情報を得ること もできるかもしれないが、今はその時間さえあるかどうかわからな シタルたちの聖域に近付くにつれて、キリイは重苦しい不安を感 いのだ。死ぬことそのものは、恐ろしいとは思わなかった。だが、 じるようになっていた。シタルの衛兵隊長のビカスの顔が、目の前 何もわからずに、自分の目的の一つも果たすことができずにくたば にちらっく。一度などは足を止め、引き返そうとさえした。だが、 ってしまうのは、やはり、耐えられないことだ。 シタルたちの土地に足を踏み入れることなく、道にとどまっている あの男の話が真実であるか否かを確かめなければならないだろなら・よ、、、 をし力にピカスとても、ラダたちの支配下にあるキリイには う。シタルたちが、意識を失っている者たちとコンタクトを取るこ手出しをできまいと思いなおす。そしてもしもあの男が言ったとお とができるということの真偽を、誰かに尋ねてみるべきだ。キリイは り、モーネが草地の上に出ているのならば、道からでも充分に確認 できる。 考え、何人かの男の顔を思い浮かべる。ウェイル、ロッシ、サンズ、 だがすぐにあの男が、彼らがキリイをだましているのだと言ってい 問題は、その後だった。あの男がをついていたのなら、それは たことを思い出す。もしあの男が真実を語っているとするなら、ウそこで終る。だが「モーネが草地の上に一人でいたならば、どうす ェイルたちは、シタルたちの能力について正しい解答を与えてはくるのか。 れまい。そして、逆にあの男が嘘を語っているとしたら、ウェイル とにかく、まずモーネを見ることた。キリイは、とりあえすのこ たちは簡単に否定して終りだろう。どちらにしろ、ウェイルたちか とに気持を集中することにした。どちらにしろ不用意に自分の姿を ら得ることのできる解答は一つだ。キリイは、マイダスでこれとまさらすことはない。キリイは、一歩一歩、あたりに気を配りながら ったく同じようなパズルを幼い頃に解かされたことを思い出した。歩いていく。 こ 0

3. SFマガジン 1982年3月号

ロ 1 は年をとり、元気がなくなった。もう誰にも荒つぼくあっかわ言もいいじゃないかと言った。この最後の提案にキチローは怒っ れることはないだろう。 ′】トが皿のケ】キをひとかけらも残さずに食べ終わり、立ち 、刀し ートは食料室に行き、はるか茸初期のパーティにそうしたよあがってその場を去っても、口論はつづいており、誰も・ハ うに、マシンをパンチして、小さな・ハースディ・ケーキを要求しなくなったのに気づかなかった。今日はプールまで行けたが、ゾー ルはとうに干あがっていた。 た。こうするのも、ずいぶん久しぶりのように思える。 まもなくケーキが出てくると、小さなローソクを十四本と、ライ ターを一個要求した。ケーキを食堂のテー・フルに運び、ひとりぼっ 6 ちでケーキを食べた。ローソクに火をともし、ささやかな儀式をし たが、自分のために歌うのはばかばかしい気がした。 目をさまし、いつものように部屋を出たパ 1 トは、通路の一番目 パーティにつきものの甘い発泡性の飲みものを要求したが、やがの重いドアが開かないのに驚いた。そして別の通路に気づいた。新 て立ちあがって、ワインが置いてあるところに行き、カツ。フに一杯しく作られたのか、あるいは初めて姿を現わしたのかわからない ついだ。 が、今までのドアとは直角に交わるかたちで、新しい入口ができて キチロ 1 がやってきて、二、三秒・ハートをにらみつけた。「おま え、教室にいるものと思ったが」老人の声は半分驚き、半分怒って 一瞬後、 ハートは通路に足を踏み入れた。 いる。「いったいどういうつもりだ ? 」 ハ 1 トの耳 「わたしに与えられた至上命令は、きわめて明快です」 ' 「今日は・ほくの十四歳の・ハ 1 スディなんです。ケーキを食べているもとで船が言った。「子供たちの可能性を十分に発揮させるには、 ところ」 少なくとも人間の親がひとり必要です。 キチローはしばらく、老人特有のはれぼったいまぶた越しに・ハ 二十標準年以内には、移住に適する惑星系に到着します。今日か トをじっとみつめた。「ああ、うん、おまえの・ ハ】スディを忘れらきみの目ざめる日が増えます。きみは親として、移住の第一世代 て、すまなかった。だがそれは、テストのさいちゅうに脱け出す口を育てるのです。子供たち同様、きみは第一級の遺伝形質を持って 実にはならんそ」キチローはどこかのドアを開け放してきたらしいますから、おそらく、子供たちがおとなになったときも、リーダ ーの位置にとどまれるでしよう。今日からそのための実習が始まり く、話のあいだじゅう、病院の方向からいらだった不平が聞こえて きた。 ます。基本的な人間心理に関する初歩の勉強は、昨日で終わりまし た」 アーミンとヘルサがやってきた。「どうしたのかい ? 」 5 キチローが説明すると、口論がはじまった。ヘルサは、 ートはようやく理解し、満員のベビ 1 ・ペッドからにぎやかに聞 はもう少し違う態度をとったほうがよいと言い、ア 1 ミンは休日宣こえてくる泣き声に導かれ、新しい育児室の方に向かっていった。

4. SFマガジン 1982年3月号

いを ~ 姦第 ン一をこハにをい : 0 3 イを にふれたとしても、笑いとばされる可能性は 充分にある。それに、どのみちそうして得ら 2 れるのは死後の名声であり、自分は生きてい るうちにそれを味わいたいのだ。そこで昼食 の休憩をとったシャファリーは、目まいと吐 き気をかかえ、いま進行中の会議のことを心 配しながら帰ってくると、仕事をつづける前 に昼寝をすることに決めた。 シリルが彼を探し出して、重役連が彼の出 席を求めていると告げたときには、もう日は 寺暮れており、シャファリーは最低の気分だっ コムレイ・ヒルの高さは、小さなオフィス ・ビル程度だが、それでも反射鏡を浜辺の湿 気からかなり守ってくれる。天文台の半球形 をした緑色の銅屋根と、緑色に壁られた円形 の漆喰壁は、その丘の頂きに、ちょうどビス タチオ・アイスクリームのように乗っかって いた。内部では、望遠鏡の台座がフロアの中 央を占めている。望遠鏡そのものは、これ以 上はむりというところまで低い角度に向けら れて、重役たちとその荷物のために場所をあ けている。そこに居並んだ重役たちは、入っ てきたシャファリーを無言で不快そうに見つ めた。 こ 0

5. SFマガジン 1982年3月号

にあからさまに反対するものだった。それどころか、ヴィトグが亡ら、マイダスでキリイの心は形造られたのであるし、そのように考 えることができないようにするのが、マイダスの意図だったから びるのなら、それもまた聖母様の意志たとさえ言った。 ・こ。実際、マイダスがすべてを取りしきり、マイダスの意志がその だが、ラダたちはシタルたちの意見を採らなかった。当然のことナ ・こ。ウェイル . よ思った。ラダたちは、ヴィトグの住民たちを生かすまま住民たちそのものの意志たりうるような世界、つまり世界その ためにいるのであり、殺すためにいるのではない。そしてキリイのものとただ一つの人造意志が同一であるような世界と、これほどに 考えは、自分たちにも考えっかないことであるならば、当然、ガイ雑多な意志が混在している世界とは、共通項など持ち得ないだろ の人間たちも思いっかないことであると思えたのだ。どんな優れたう。 戦士でも、予想外の出来事にぶつかれば、とまどうだろう。そし ・ほんやりとではあったが、キリイの心の中ではそのような考えが て、そこに自分たちの勝利の可能性が出てくる。 生まれかけていた。それがはっきりとした形を取らなかったのは、 「大丈夫だ。おれたちは勝つ」 はたしてそのように単純に二つの世界を対置することが妥当かどう ウェイルは、キリイの肩を叩いた。キリイはにやりと笑ってみせ か、心のどこかで疑問を呈するものがあったからだ。 た。それは無理やり造ろうとした笑みだった。だが、浮かべようと何が疑問を生なのか。その解答は、キリイ自身の知っているもの しはじめた途中から、本当の笑みに変っていった。この男のように から出てくるように思えた。何かを見逃がしているのだ。正しい解 信じ込むことができる人間が多くいるならば、それは現実となるか答を見出すための筋道を見失っている。キリイは、もどかしげに頭 もしれないと思えたのだ。そしてその信じ込むことのできる能力がを振った。 自分には欠けているのだということを痛いほど感じた。自分だけで そして、何者かわからぬ声が、耳元でキリイの名を呼んだとき ーない。マイダスの人間のすべてが、同じ能力を持ち合わせていな に、思わす跳び上がりそうになった。 いのではないかと思えた。与えられたものを、そのまま鵜呑みにす「ワイドルのキリイだね ? 」 ることと、ウ = イルの示したような信じ方とは、明らかにちがうも声の主は、やけにひょろりとした三十がらみの男だった。立ち止 のだ。 まったキリイが、返事もせずに自分を見ているだけであるのに、い そしてマイダスの人間たちは、教えられたことを疑わないというらだち、同じ質問を繰り返した。キリイは、ゆっくりとうなずい だけで、自分から積極的に信じているのではない。形は似ている 「ああ、そうだ。あんたは ? 」 が、この二つは同じものではないのた。 おまえさんの耳に入れておきた おそらく、自分はウェイルのようには考えることができないのだ「おれのことは、どうだってしし ことがあるんだ」 ろう。幾つかの言葉をウェイルと交した後、若い丘 ( 士たちの声が届い かないところまで歩んできたキリイは、は「きりと悟った。なぜな、男の口元は、かすかに歪んでいた。やや斜視がかった目付きと共 3 6

6. SFマガジン 1982年3月号

シャファリーはごくんと唾をのみこんだが、そうしてさえ、やつけたままで、さっきはどういってやればよかったろうと、あれこれ と出てきた声は自分にも耳なれないものだった。「わたしはーーわ考えた。「おい、ヌ 1 チオ、きみは科学のことをなんにも知らん 3 たしは断言しますよ、ミスター・ディフィレンツォ。その件にはまな」 ったく無関係です」 「スーチオ、スキャパレリが火星の運河についていったこどは、・せ 「だろうな、シャファリー 。それは知ってる。こんな悪だくみがでんぶ大まちがいだったんだよ」しかし、もうそれをいうには手遅れ きるほどおまえは利ロじゃない。ミスター ・ヌーチオは、この不法だ。妻がきっとたずねるだろうこと、つまり、退職手当や年金、そ な盗聴に対して非常なお怒りで、すでにほうぼうへ電話をおかけにの他、自分が文書にするのを一日のばしにしてきたことについて、 なり、だれがこんなものを仕掛けたかもほぼ目星がついた。犯人質問するにも、もう手遅れだ。 ( 「そんなことは心配するな、シャ ミスタ は、自分のテレビ番組で再生しようともくろんでいたテー。フを、手ファリー。 ・ヌーチオは友人の面倒をちゃんと見てくださ ミスタ に入れそこなったのさ。そういうわけだ、シャファリー る。だが、うるさくつつかれることはお嫌いなんだ」 ) シャファリ ・ヌーチオは、おまえの仕事ぶりに満足されておらず、おまえをク ーは自分の将来の計画を立てようとしたが、だめだった。それなら ビにしようと決定された。。 ・ネス へつの人間が、あとを引き受けにやってばと、現在の計画を立てようとした。すくなくとも、ラリー くる。われわれとしては、明日までにここを引きはらってもらいた ビットには電話すべきだろう。詰問し、恨みを述べ、警告してやり いんだ」 テープレコーダーのことが・ハレたそ ! もう たいが ( 「しーっー この世には、体面をたもっ余地の残されていないような状況もあおしまいだ ! 逃げろ ! 」 ) 、このトイレから離れる自信はとてもな る。これまでの一生で最低の勤め口をいましがた失った五十なかば かった。すくなくとも、その瞬間は。そして、その一瞬後には、す の男には、自分の伝記作者に提供したいような捨てゼリフを吐く機べてが手遅れになった。半時間後、就道パトロールをつづけていた 会も、そんなに残されてはいない。 見張りの一人が、小さな掛け金をこじあけて中をのそいたところ、 シャファリーは、自分の置かれた境遇がそれどころではないのを第二のアインシュタインになれたかもしれない男は、膝のまわりに 知った。まぎれもない病気なのだ。腹の中の騒動はつのる一方。舌ズボンをおろしたまま、トイレの床に倒れていたのだ。威厳もな の裏側にあるたくさんの小型唾液ポンプは、のみこむのがとても追く、関心もなく、呼吸もなしに。 いつけない速度でロの中を洪水にしている。いますぐ職員手洗所へ ああ、あわれなシャファリー もし彼がタイム誌に載った自分 ひきかえさないと、すでに背負い切れないほどの重荷の上に、また 一つの恥辱が加わりそうだ。シャファリーはきびすを返して歩き出の死亡記事を見ることができたら、どんなにがっかりしたことだろ した。それから速足に、つぎに駆け足になった。腸と膀胱と胃袋のう。それは ( あるポビュラー歌手の追悼記事の下に埋もれた、たっ 中のあらゆるものをすっかりからつぼにしたあと、彼は便座に腰かた二つのパラグラフだった。しかし、そのあとは :

7. SFマガジン 1982年3月号

私はそれがイヤだったから、ずっと歩みをとめることをしようとことだったけれどね ) ーーー自分の存在というものが、本当に何でも とったとき、人間は、・ とうしようもなく、ゆさぶられ、そ せず、あれこれと思い悩みつづけていたの。いまのあなたや、かわよ、、 いそうなミラよりも、もっと四六時中悩みつづけていたものよ と思うものよ。自分のあかし してそれならばせめて何かをしたい、 そして、悩まないということで、他の人々をすべて、ばかか、それを求めて , ーー二度と消えぬあかし、何か最終的なもの こそロ求ットのようなものだと決めつけていたの。 しかし、それがーー最終的なものは最終的なものなのであり、生 それがなぜおろかしかったか、ということに、気がついたのはもきてゆく、とは取るにたらなく、むなしく、おろかしくありつづけ うずっとあと、とりかえしのつかぬ年齢になってからたわ。いまのることであり、そして、《最終的》に何ものかでありつづけるか、 あなたには、想像もっかぬようなことでしようけれども、そんなに それとも何かをなしとげようとするならば、その、自らの存在自体 あれこれ、世界を理解しよう、世界のなりたち、しくみ、矛盾を見をかけなくてはならないーーすなわち、死によっておのれの時をと ・てとり、システムや、社会というものの意味をマスターしようと、 めるしかないのだ、と理解したとき つも私がひそかに軽百人のヒーロー志願者の、まず百人のこらずが、それならば、と もがきつづけ、突っ走ってきた私も、その間い んじていた、平和で心やさしい人びとーー・・私たちは、ビューティフ いって屈するでしようね。百回、百人のそういう人間がいたとして ル・ビー。フルに対して、《歌う人びと》と呼んでいるけれど、私た九十九回まではひとりの例外もなく、平凡でとるにたらない《生》 ちが手をあげるを歌い、手をさげると歌をやめ、あいまにコモン・ をとり、そのあとは、自分はちょっとしたものなのだと思いながら エリアへ。ヒクニックにいって幸せにすごしているような、そんな人生きてゆくことをえらぶでしよう。何のためらいもなく、自らをあ びとにも、流れている時というものはまったくかわらないのだ、とざむきながらーーー・自分はむしろ、おろかしいおさない英雄気取りを すてたのだと思いながらね。 知ったときーーー私は愕然としたわ。 私には理解できなかった。すべての人間、生きて、生活して、毎百回めに、そして九十九人までやはりそうして舞台を去ってゆ 日をむかえ、送っているかぎりの人間というものは、みな《時》のき、さいごの一人になったときーー」 ということが。どうし「 : まえにひとしなみに凡庸でしかありえない、 てそんなことがありうるのか、と私は、なまじ自分に対してかなり「もはや人間とはそういうものなのだ、生とはとるにたらぬもの たのなところがあっただけに、自分の存在そのものをゆさぶられるで、人間とは生きてゆくもので、だからこそなるべく快適に心たの しく、ぜいたくにサーヴィスをされて生きてゆかねばならぬのだ ように感じた。 だからーーーオーノではないけれど 私に」、 ミラが理解できると、私たちが信しこみはじめたとき ミラ・プラウンがあらわれるのだわ。そして、私た そのときに、 と思っているの。なぜなら、私もかって、彼のように動揺したのだ から ( 情けないことに、とっくにアダルトになってしまってからのちの、もっとも完備したカルテをさえ、たった一回で、まるで役に ー 44

8. SFマガジン 1982年3月号

するからだよ。シリルとでは意見の一致が う苦言を読者からもらうよ。 矢野誰かの作品を翻訳する時に一番めん 多すぎる。 たたし、そんな場合、読者は他の作家のどうなのは、原作の香りなり文体なりを日 を読めばいいのさ。 本語に移し変えることなんです。ご承知の ように、・ほくは自分でも小説を書くから、 作者にとって自分の作品が忠実に矢野翻訳者の伊藤典夫や浅倉久志も言っ ているんですが、・ほくはハインラインの作なめらかで美しい日本語を書くのは、・ほく 再現されるかどうかは、きわめて 品を訳す時より、あなたのものを訳す時の にとって実に容易なことた、と自分では思 重大なことだ ほうが苦労しているというんです。 っている。ところが、あなたやハインライ ンやロ・ハ ポール昔、《ギャラクシイ》誌を編集し 】ト・ネイサンの小説をどれも同 ていた頃のホレス・ゴーレド・、、 ノカ同じよう 矢野あなたの文体が簡潔で無駄がない、 じ日本語で訳してしまっては、これは一種 の嘘になるでしよう。 という意見にはぼくも賛成です。・ほくもそなことを言ったよ。わたしは、かれの手が の点が一番気に入っているんです。・ほくのけている他の作家の誰よりも、密度の高い ポールイタリアには「翻訳は裏切り」と 翻訳はたいてい評判がいいんですが、『」 文章を書くというんだ。だからわたしの小 いう言葉があるよ。わたしも、翻訳という のはしよっちゅう嘘をつくものたと思って 』とかその他の小説でばくさした人も説は手を入れにくいと文句をいうんだよ。 いましたよ。あなたの英語は、、 / インライわたしはこう言ってやった。「それはあり いる。きみがわたしのことで嘘をついてい ンなどと比較すると、、短く引き締まってい るかどうかは、 がたい、わたしはきみに手を入れてもらい 判断できないがね。 て、むすかしいですね。 たくないもの ! 」 矢野作者も翻訳者も、自分たちの仕事が ポールわたしもそう思うよ。わたしは作ーー ~ ( 【 どうあるべきか明確な意見を持たなければ 家としてある種の長所を持っているつもり ならないでしような。 だよ。作家として大きな欠点もいくつか持 ポールそれも大事なことたね。作者にと っているがね。自分が持っていると思いた 仁 0 ては、自分の作品が忠実に再現されるか い長所は、簡潔に、一行の文章の中で、そ どうかは、きわめて重大なことだと思うん こいらの作家より多くのことを述べる才能 だ。なんといっても、作者はなにごとかを だね。それが常に利点となるかどうかはわ 伝えたかったわけなんだから。ただ読者に からないがね。そいつが翻訳者にとっては とってみれば、なにか愉快で楽しいものが 頭痛の種になることは確かだ。時には読者 読みたいだけなんだ。読んでおもしろいも にとっても頭痛の種になるだろう。わたし のかどうかを気にするほどには、原作に忠 の文章が簡潔すぎる、もうちょっと余裕が , ・・実かどうかを気にかけてはいない。たか 8 欲しい、小説にもうすこし開放性を、とい ら、ある点までは、きみがわたしを裏切っ

9. SFマガジン 1982年3月号

ートナーでない人間と、ち という気がした。 という結論に達したら、それこそ毎日パ ぼくは、レダにむかってほほえみかけた。もう、レダにただひきがうあいてとセクシャリスト・タワーに行ったところで、少しもさ まわされて、その気まぐれにひきずられているだけではいない。ぼしつかえはないわけである。むしろ、そちらの方面の負担は好まし くが、レダを好きなのだ。だから、・ほくが、自分から、レダのいう くないと思う パートナーにとっては、それは自分の生活を乱され とおりにするのだ、レダに何でもしてやりたいから。 ない、たいへんありがたいことだ、ということになる。 アウラは、どうなのだろう ・ほくは云った。 もちろん、レダとアウラは、デイソーダーでもあるわけだし、他 「レダの好きなところへ行こう」 の、ふつうの・、 トナーたちと同じようだろうとは、ぼくにして も、考えてはいなかった。アウラと何回か話した経験からいって、 2 アウラの方は、少なくとも、つよい独占欲と嫉妬心とをもってい る。しかし、レダがそう望まない以上、それをむき出しに、レダに アウラの顔が、唐突に・ほくの目のまえにうかんできた。 ぶつけることはできない。 これは、アウラに対する背徳行為、レダとアウラ、アウラとぼく 少なくとも、レダだってれつきとしたアダルトなのだし、そうで のかかわりに関する、重大な逸脱、ということになるーーのだろうある以上、自分のしていることの意味はわきまえているはずだ。・ほ むろん、これは公けにタ・フーとされていることではない そんなふうに思うのは、おかしなことだ、ということは、わかっ にせよ、成人以前のものが、そういう体験をもっというのは、かな ている。なぜなら、パ トナーが、他の人間と仲よくするかどうか りはっきりと、やめるよう警告されていることだった。ビンク・ド いろんな意味でーーーというのは、あくまでもその人間どうしのラッグは、体のホルモンのランスを一時的にくずすので、ことに 納得づくで決められることで、その人間がごく独占欲がつよくて、 まだすべて体が完成していない未成年にとっては、きわめて悪い影 ートナーが他人とー・ーあるいはセクシャリストとでも、ビンク・ のだそうだ。 響が大きい タワーにゆくのなどとても耐えられない、と思うのなら、そういう しかし、何ごとにつけ、やめろといわれると意地でもやりたがる 考え方に同意するものを。ハ トナーにえらべばよい。あいての人格タイ。フの人間がいるもので、たとえばミラなども、前、こっそりと をかえたり、左右する、ということが、人間にはできないのであるそれらしい体験をしてみたとぼくにほのめかして得意がっていた。 以上、ぼくたちは、自分と考え方のあった人間をさがしてよりあっ ミラは、ことごとく、何かに身体を打ちあてて、その抵抗感によっ まることしかできない。 てはじめて自分をたしかめることのできる、というタ - イ・フの。ハソ しかし、だから一方また、互いにそういうことが気にならない、 ナリテイだったのだと・ほくは思う。 8

10. SFマガジン 1982年3月号

のなかのことみたいだ ぼく自身の生さえも ) 宿命であることだろう。そんな呪いのふさわしいような、いった まるで、ぼくは、たったいま、前世の記億もないままに、気がっ どんな原罪を、ぼくたちはおかし、生まれおちたそのときか いたらこのくれかかる草原に生まれおちていた、世にも孤独な旅人ら、背負わされていたというのだろう。 のような気がした。自分が何ものであるのかも、どこから来たのか ( 誰も、気づかないのだろうか。ふりむけば、こんなに淋しいシテ も、・ほくは知らない。それなのに、どうして、こんなにひたすら、 イなのだと ) すきとおってゆくような哀しみ、心細さだけが、ぼくを満たしてい 白い、シティの灯りは、しだいに数を増し、輝きをまして、いよ るのだろう。 いよその影のようなこの無人の草原をくらく、濃い夜にそめてゆ ( ぼくは、何を求めているのだろう ) く。ところどころにぼつりとともされた、街灯の青白い光の輪が、 ひどく冷たく、心細く、見すてられてみえる。 シティに、灯がともるーー迷子のぼくは、だんだん、風が冷たく ( 気がっきさえしなければ、あそこでだって、幸せに、やすらか なってくるのもかまわず、草の上にぼつねんとすわり、彼方のシテ に、皆とうまくいって、ずっとくらしてゆけたかもしれない。だけ ・イーストを見つめていた。・ほくのシティ、・ほくの生ど、。ほくはもう、気づいてしまった。もう、生きてゆかれない。何 まれたところーーだのに、それは、なんと、とおく、手もとどかぬも気づかなかった、何も知らなかったころと同じように、ひとりつ ように思われるのだろう。 きりで】求めるものもなく、吹きぬける風を友達の声にきいて生き ひたひたと淋しさーーー云いようもない淋しさが胸を浸してゆく。 てなどゆかれはしない ) 生まれ出てしまった哀しみ。ここにこうして存在している、そのこ いま、はじめて気がついたのだと、・ほくは思っていた。これまで とで、風とも、草とも、木とも、ひとつになることができなくな だって、ときどき、ことにレダと会い、アウラと会い、いろいろな り、世界とひとつにとけあい、彼がわれとも、われが彼とも見きわことを知るようにな「てからは、考えたことはあ「た。だが、それ めのつかなかった、やすらかで平穏な、未生の無意識の、至福のも、ミラが死んだすぐあとに考えていたことも、本当の半分も身に デンから追放されていった。 しみじみとひきつけてわかってのことではなかった、頭の中でだけ それが、生まれおちるということであり、そのときから、人はそわかったつもりでいたのだ、と思えた。 の未生のやすらぎと一体感へともどる道をさがし求めて、長い、孤 ( ぼくは、誰も , ーー誰も愛していない。一一。冫 唯こも愛されてもいない ) 独な荒野の旅人となるのだろうか。だが、存在する、ということ 自分が、どんなに淋しいのか、知らぬほどに、それほどに・ほくは淋 が、それ自体が、・ほくたちがこうしてここにいる所以であり、しかしい子どもだったのだ。・ほくをシティにつなぎとめる絆はいったい も、その存在ゆえにこそぼくたちが呪縛され、安息と調和とを見出どこにあったのだろう ? ラウリ ? 。ヒーターと入れかわっても次 4 すことができないのだとしたらーーそれは、なんという、呪わしい の日にはだれもが何のふしぎもなく。ヒーターをうけいれ、これまで