思う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1982年4月号
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1. SFマガジン 1982年4月号

ふつうしゃないよ」 でると云われたんだよ。ぼくの同期の子だったけどーー」 あれも、ラウリをめぐってだった。ぼくがラウリにプロ。ホーズさ「別に、そんなことはないさ」 あっさりファンが云った。 れたというので、ミラは・ほくをにくんでいると云った。ミラはラウ 「きみの中には、たしかに、まんざらふつうでないものはあるかも リの心が欲しく、アウラはレダの心が欲しく、それが得られないの はぼくのせいだと思い、そして・ほくをにくむと云ったのだ。それはしれんがーーその、永遠の無邪気さといったものがねーーーしかし、 妻く重い言葉だ。そして、ラウリならば、ぼくはミラの方に行ってきみは、たまたまわりと正直な人間につづけて会っただけのこと さ。このシテイだって、みんな、しよっちゅう誰かをねたんだり、 しまったって、別に何とも思わなかったろうが、しかし、・ほくは、 憎んだり、うらんだりしながら生きてるよ」 ぼくは、レダが欲しい いまははっきりと知っていた 「そうかしら」 レダにこっちを向いてほしく、レダに笑ってほしく、レダに、ぼ ぼくは、一大決心をして医者にいったのに、どこもわるくないと くのしたことで、嬉しそうな心からの無邪気な笑顔になってほしい 云われた人のような、妙に不服な気分だった。 のだ。レダがぼくを欲しくて、ぼくがレダのものになることで、レ ダが嬉しく、そしてレダの嬉しいことがすなわち・ほくのよろこびだ「でも、ぼくは、ちっともにくまれたくないし、人をにくらしいと か、うらんだこともないよ」 としたら、それはなんと、よろこばしくも単純なかがやきにみちた 「それは、きみの魂がまだ眠っているからさ。ふむ、問題は案外、 閉じた環だろう。 そこにあるのかもしれないよ。きみが、誰もにくんだことのないこ だが、アウラもレダを欲しいのだ。 人間というのは、どうして、たった三人そこにいるだけで、たちと」 まちこんなにももつれ入り組んで心をからみあわせてしまうのだろ「どうしてよ」 う。人間の心というのはなんとままならず、人間がいるというだけ「誰もにくんだり、うらんだりしたこともなく、誰からも好かれた こうしたいとか、ああしたいと思うと誰かを傷つけると いと思い のことが、どうしてこうも悲哀にみちているのだろう。 いうので、くよくよ考えこむような心やさしい人間は、イヴ、天使 「ぼくは、よほど、何かいけないところがあるのかしらね、ファ みたいなもんだよ。レダも少しそのけはあるが , ーー天使あいてに、 悪意を抱くことなんか、できないからね、だから、人はなるべくき ぼくは悲劇的な気分にひたりながらつぶやいた。 「ぼくは、他人とうまくゆかないタイ。フの人間なのかしら。人ににみをさけて通ることで、悪意を抱くチャンスをなくそうとする。ど うしてもやむを得ずきみとぶつかってしまった人間ーーたとえばア くまれるような要素が、性格の中にあるのかな。この、カイハセー も、きみに悪意があったり、あるいはせめて、こうした ションに包まれて、ひとにそんなことをいうなんて考えられもしなウラ という確信をもってひとを傷つけたというのなら、きみに怒り、 いシティで、たてつづけに二回も、憎んでいるなんて云われるって 9 2

2. SFマガジン 1982年4月号

「。フライヴァシーの侵害だ」 カぼくはぼくであるだけだ、一個の人間だ。あなたがぼくをどう 0 くわッと、何か、無性にあついものが、とめようもなく、・ほくの呼び、どう扱うかは、まくには関わりがない。・まくよ ・ほ 2 、はこ 5 2 身ぬちから吹きあげてきた。・ほくは、ありとあらゆるカイハセーシうして現に・ほくとして存在してるのだから ! 」 ョン、これまでのすべての市民教育を無視して、大声で、ヴィジフ 「きみのいうことは支離減裂だ。論理的に整合してない」 オーンの画面をどなりつけていた。 。ヒーターは、ラウリより、気も短 . いし、カンパセーションにもた 「個人生活の侵犯だ。あなたには、そんな権限はない」 けておらぬとみえた。 「ぼくは・ O の代表として話している。個人としていっているの それでも、ビーターはその、これまで覚えこんだ市民論理をはな ではない」 れようとせず、ぼくを追及してきた。 ビーターの顔が紅潮した。ラウリだったら、これがラウリなら、一 「きみがきみ自身にとって何であるかなど、問題じゃない。問題な 何といったろう、どんなふうに切り出したろう、とぼくは考え、ラのは、きみが社会から、どういう存在として認知されているかだ。 ヴァー・コ ヴァーゴ ウリの反応を見てみたくてたまらなくなった。 きみは未成年だ。そして未成年には、社会によって、養育され、完 「甘ったれるのもたいがいにしたまえ。権利とは、ルールを守った成される、権利と義務があるーーー」 ときにはじめて生じ、守られるものだ。一方的にきみが現行のタブ「権利はあるかもしれない。でも、養育される義務なんてない。そ ーを破り放題にしておいて、。フライヴァシーなど要求できるすじあんなのはおかしし 、。ぼくは一度だって、この時代の、このシティ しはなし」 の、このエリアに、ぼくとして存在したいなんて願ったこともな 「ぼくはルールを守る契約などしてない。、 ほくは、一方的につきっ ・ほくが気がついたら、・ほくはここにいた。それなのに、どうし まくである けられるルールを守るいわれなどない。。フライヴァシーは、ぼくのて、ぼくに、義務が発生するんだ ? 権利とは、ぼくがに ものだ。ぼくの、生得のものだ。ぼくがしゃべりたくないことはしこと、ありつづけようとすることの正当性だ。それが他の権利と抵 ゃべらない。ぼくがしたいことはする。それだけだ」 触しないかぎりにおいて、ぼくはどんな権利でももっている。セッ 云い放ったとたん、からだがフワッとかるくうきあがるような気クスする権利も、生きる権利も、給水塔からとびおりる権利も、不 まくよしこ。 、刀、ぐ 幸である権利もだ。何かの権利が他人の権利と抵触したら、それは 疲労感も混乱も消えた。そうだ、とぼくは思った。一体、どうし解決されなくてはならない。その結果義務が生じるかもしれない てぼくは、こんなにも単純なことがわからなかったんだろう。 でも、何歳までセックスするな、自分の家以外のところでねるな、 っ 「ぼくをデイソーダーに認定したければするとしし。 なんていうことは、個人の侵害だ。パ ートナーでさえあればもっと こうに、さしつかえない。そんなものは ただのことばだ。ぼく低年齢でもセックスしてよく、そうでなければ何歳までいけないな : デイソ . ーダーだろうが、ぼくがビューティフル・ビー。フルだろうんておかしい。個人差のじゅうりんだ。オレンジ・・ヒルが違法な

3. SFマガジン 1982年4月号

をおもんばかっているゆとりも、なかった。 「・ : ・ : さむい」 完璧な管理社会ファー ・イースト そこは人々の願いはす・ヘ ぼくは、カなくつぶやいた。からたじゅうが、急にガタガタふる て叶えられ、体制に適応できぬ者さえ反逆者、紊乱者として存在を えだした。 許されるという理想社会だ「た。平凡な少年イヴはある時、紊乱者 「それも、オレンジ・ショックの後遺症よ。大丈夫すぐ直るから」 ( デイソーダー ) の女レダと会い、やがて彼女の家に出入りするよ レダは無慈悲な云い方をする。こんなときだけは、レダがもう少 うになって、同居人のアウラや知性を持つ大ファンとも知り合う。 し、やさしくしてくれればよいのにー しかし、レダとアウラのレズビアン行為を目撃したイヴは、レダの 家から足が遠のく。そんな時、彼は自分の属するグルー。フのリーダ 「さむい。さむい。さむい 、ラウリから第一バートナーの申込みを受ける。子供たちはまず 「うるさい子だわねえ ! 」 第一。 ( ートナーと生活し、ついで第二、第三の。、 / ートナーを選ぶこ レダは苛立ったようすで云ったが、何を思ったか、ふいにするり とになっている。しかし同じグルー。フのミラは、自分が。 ( ートナー と服をぬぎすてて、・ほくの上にのりかかってきた。 に選ばれなか「たことでイヴを恨み、イヴの目の前で飛びおり自殺 をしてしまう。そしてラウリは所属変更で彼のもとを去「た。やが 「しようがないわねえ。あっためてあげるわよ。そのかわり、これ て、イヴはシティの市長デイ「ー・イトウ、セクソロジスト・ギル を口に入れて、眠っちまえば直るから」 トの議長・ <t のもとへ呼ばれた。ミラの自殺は、理想社会である ・ヘきシティにとって、見過すことのできぬ重大事だ 0 たのだ。そし 催眠錠を一粒、そして、びったりとすりつけた肌と肌。それが、 て、二人のもとを離れたイヴは、、 しっしかレダと初めて会った場所 レダにできる、いちばんやさしい行動だったのだ。それにしても、 へ行き、そこで偶然や 0 て来ていたレダと会った。やがてイヴは、 人間のからだが、こんなにあたたかいものだと、ぼくは知らなかっ レダにさそわれてビンク・タワーに行き、未成年者には禁じられて た。レダなんて、やせて、とんがって、冷えきっているようにみえ いるオレンジ・。ヒルによってセックスを経験する。 たのに。また、さっき抱きしめたとき、からだのなかは、もえるよ うにあ 0 いくせに、からだの外側は、ま 0 たくひんやりとして、合奇妙な思いが・ほくの、しびれて、催眠錠がききかけて、とろとろ 成石の彫刻のようだと思ったのに。 としてきた頭をかすめた。 それに、こんなふうにびったりと、すみずみまで、他の人間とか それは、 ( 他の人間 ) についての思いだった。 ヴァー・コ らだをかさねあわせてしまうなんて、さっきまでのぼくだったら、 アウラは清浄ではない。・ <t も、ディマーも、第二パ ートナーを 考えただけでも、ぞ 0 とするような接触主義の悪習だと思 0 たことも「ているからにはラウリも、清浄ではな、。 だろう。たった五粒のオレンジ色の錠剤が、こんなにまで、世界を みんな、。ヒンク・ドラッグ , ・・ー・あるいは、こっそり、オレンジ かえてしまうのだ。 ビルーーーを飲み、そして、さ「きの、ぼくとレダみたいなことをし 224

4. SFマガジン 1982年4月号

フルーツ、オリープにレモン。みんな、その名を、アウラが教えて 「ごめん」 くれた。レダは、てんから、そんな名をお・ほえる面倒をはぶくから 「嫌いよ、そんなの」 「ごめんよ、レダ」 ドアがあく。考えてもいなかった謎のこたえがその家の中にある あやしいまどい。三十六歳の少女。彼女はほんとうに、そのとお りのものなのか。ほんとうに、そんなふうに無邪気で、何も知らといい。大文字で書いてあればいいのに。コーヒーの香り ず、風のようで、塔のようで、木のように、自然で、自由で、奔放そこに、アウラが立っていた。 女王のように、青ざめ、死人のように、威厳をもって。 なだけなのか。 その青白いくちびるはぐいとひきむすばれていたが、しかし、レ 何かが、かくされていた。 ダをみたとたん、よわよわしく、ほほえもうとした。 レダの家には、何かの秘密がある、というふうに云ったら、もっ 「おお、レダ、レダ、あんたが風たってことは思ってるわーーー風を 、こま ~ 、が疑い とずっと、正確だったかもしれない。なぜなら、いカ冫ー を知りそめたとて、レダのすべて、一から十までをいつわりの演技ひきとめるなんて、ばかだっていうこともね。でも、だからといっ だなどと思うはすもなくーーそして、レダのような、まったくのユて、毎晩 : : : いや、行き先さえわかってればともかく、どこへ行っ たかもわからないままドアの前にうすくまるような、こんな目にあ ニークさというものは、その中に少しでもうそや計算や理性があっ とうそ」 とてたしを会わせないでちょうたい、。 たらーーーあの、アーチスト・ギルドの芸術家たちのように レダの目が、さっとくもるより早く、アウラは、ぼくを見つけ もいやみで、くさくて、見ていられるはすもなかったからだ。 いくら、ヴァーゴのイヴでも、そのくらいの真実を見ぬく目がな 「イヴ ? 」 いとは思わない。 アウラは、ひどく奇妙な調子で云い、もう一度云った。 「ねえ、イヴ」 「イヴ 「何 ? レダ」 「アウラ : 「アウラーーーきげんをわるくしてると思う ? 」 ぼくは進み出て、何か云おうとしたーー久しふりたとか、なっか 「大丈夫だよ、レダ。誰も、レダに、本気で怒ったりしやしないか しいとか、そんなような間のぬけた文句を。 しかし、その前に、アウラがさえぎった。 「本当 ? 」 「そうーーーそうね : : : 」 レダの家。 しばらく、来なかった、見なれたドア、ささやかな庭園、植わっ奇妙な声。奇妙な目。奇妙な、声のひびき。 ルがたべたいのよ ! 」 ているのは、ミントにミモザ、ラツ。ハ水仙、ヒヤシンス、グレー。フ「ねえ、アウラ、あたしオ 1 ートミ , ー ら」 236

5. SFマガジン 1982年4月号

「ファン カったかーーをより従順になるよう教育する手がかりが得られると 期待していたんだ。彼は、『忠実ホルモン』の存在を期待していた 2 ファンは、ハッと気がついたらしい んだね。残念ながら、ご期待にはそえなかったがね。わたしはその 、つものかれの顔にもどった。一 あわてて牙をおさめ、同時に、し 気にならないとあまり従順じゃないし、どちらかというと凶暴にも 「どーーーどうしたの。ファン、ぼく、何かいけないことを云ったかなれるんだ。いずれにせよ、もういまのわたしにはささいなことだ しら ? 」 がね。わたしはこうして生きのびていて、ディマーはおそらく、わ たしの存在すら、忘れてしまっているだろうから」 「何もーー何も」 ファンはおちっこうとした。しかし、尻尾はだらりとさがったま まで、いまにも口からは、威嚇の怒りがもれそうだった。 「失礼・・・ーーここできくと、思わなかった名をきいたものでね」 ファンはゆっくりと、いつもにもましてゆっくりと云った。 ・ほくが、自分のユニットに帰りついたとき、もうタ方になってい 「ディマー・イトウ」 「知ってるのーーー市長を ? ぼく彼と話をしたよ」 そうと知っていれば、とぼくはファンの話をきいてから、ひそか 「知ってるさ」 に考えていたのである。 ファンはおだやかに云った。 そうと知っていれば、せつかくディマー本人と会えたのだから、 「もちろん、知ってる。アウラも、レダも知っているよ。 わたもう少し、云ってやりたいこともあったのに。 しを、『こういうもの』としてつくったのは、イヌの反応体系の研究しかしいずれにせよ、わざわざヴィジフォーンで呼び出してディ のために、わたしを生み出す。フログラムをつくったのは、かれなんマーにひとこと云うわけにもゆかないし、また、ぼくごときが呼び だ。つまり、かれがわたしのーー・全能の造物主というわけなのさ」出したところで、ディマーは応じなかっただろう。それにたぶん、 「ファン ・ほくが何を云おうと、いささかなりともディマーが動じることはた 「そしてまた」 ぶんなかった。ディマーにはおそらく「シティ・システムのため」 ファンはつけくわえた。もう、そのどこにも憎悪の色はなく、たという大義名分があったのだから。 何だか、からだも頭も心も、すっかり疲れ、何をするのもイヤな だ、悲哀に似たものだけがあった。 ほど、つかれはててぐったりした気分だった。 「用ずみのわたしを、生きながらディスポーザーに放りこむよう、 ぼくはべッドに仰向けにひっくりかえり、とりとめもなく頭にう 決めたのもディマーだ。ディマーは、イヌの忠誠と従順を研究する かぶいろんなことを、漠然と考えていた。ゅうべのこと。その前 ことによって、彼の市民ーー当時はむろん、彼のというわけじゃな

6. SFマガジン 1982年4月号

「心配しなくてもしし ヒーコン波がグレーダを真っ直ぐに誘導す「頼みがある。特殊戦はの陰の参謀といわれるほど実力があ る。あなたなら、おれの勲章の出所が調べられるだろう。お願い るから、ハンドルなんか握ってなくてもいいんだ。お笑いじゃない か。おれなんかいなくてもいいのさ」声がひきつる。「それでも英だ、少佐 : : : おれはそいつに勲章をたたき返したいんだよ」 「わたしでも無理だ」 雄になれるんだ」 「だろうな。つまらないことを言ってしまった。早くやつらに」天 「きみが」と・フッカー少佐は天田少尉をしげしげとながめて、言っ 田少尉は除雪スコツ。フを重そうに操っている十人ほどの戦士を指し た。「あの有名な、天田少尉か」 た。「終わるように命令してくれ。冷えるんだよ。凍死してしま 「そうとも。どうだ、驚いたか」 う」 「酒くさいな。いい身分だよ」 「わかった」少佐はサングラスをかけて言った。「やってみよう。 「そうとも」ふいに少尉は涙ぐんだ。まったく自分でも意識しない 涙。「飲まずにはいられないよ。仲間たちもよそよそしくなった。期待はせんでくれー 「じゃあ、早く命じたらどうだ」 おれが黙っていれば、ぶっていると言われ、しゃべれば、悪意をか きたてるんだ。どうやっても、やらなくても、おれはつまはじきに「勲章のことさ」 「なに ? 」 されるんだ。みんな勲章のせいだ : : : 勲章と引き換えにおれは仲間 へ。暖まって グレーダのエンジンをアイドルから間欠始動モード を失ったよ。くだらない連中だけどな。もうどうしようもない。お しまいさ」少尉はこみあげてきた吐き気をこらえる。血の臭いがすいた = ンジンは止まる。静かになった。風が耳を刺す。耳がちぎれ る。ウイスキーで流しこもうとし、むせて、吐いた。雪の上に赤黒そうに痛い。ィア・マフはつけていない。 「なんて言ったんた」 いしみが広がった。長くはないな、と思う。 「勲章のことだ。わたしも興味がないわけではないんだ。きみの受 「大丈夫か、少尉。これは血じゃないか」 「ほっといてくれ。あんたには関係ない。医者も好きなようにしろ章は、こう言ってはなんだが、たしかにおかしい。参謀の連中はな と言ってる。ただおれはーー・おれをこんなふうに惨めにした、勲章にを考えているのか、わたしも知りたい」 をくれたやつを呪ってやる」 天田少尉はブッカー少佐を見つめた。少佐の口調には嘲けりも嫉 「たれを呪うんだ」 妬も憤りもなかった。淡淡とした言葉。嘘ではないんだ。この男は、 「下っ端にはわからんよ」もうもうと白い息を吐いて、天田少尉は おれに同情はしてないが、さげすんでもいない。天田少尉は救われ 言った。「あんた、少佐、特殊戦の人間だろう」 た気持になった。 「そうだ」少佐はサングラスを外し、ポケットから防曇ス。フレ 1 を「頼みます、少佐」低くふるえる声で言った。 「わたしは特殊戦、ゾーメラン戦隊、第五飛行戦隊にいる。今度の 出し、吹きつける。 、、 0 ヾ 5

7. SFマガジン 1982年4月号

ーしよいよ世界という謎が深まり、いっそう他人との距離 がこえがたく、そしていっそう淋しさにつつまれている自分を発見 するではないか。 何だか前よりももっと、わけのわからぬこと、考え出すと、頭が外に出ると、レダは、・ほくの腕にもたれかかりたがった。 ぐしゃぐしやになることがふえてしまったような気がする。 ・ほくは少し困った。そうでなくても、レダは人目をひくし、・ほく アウラもそうだったのだろうか ? , ーー この際、レダが、ケースはことさらいまの場合は、人目を不必要にひきたくはなかった。 しかし、レダの手をはなすことが・ほくにはできなかった。何か、 としての参考にならないことははっきりとしていた。レダが特別だ というのは、何のことはなく、そういうことであったのかもしれな いったんレダの手をにぎってしまうと、容易なことでは、ふり払う いつでも、・ほくには、『他の人々』とい また、他の人々 : はおろか、ちょっとそこまで用があるからはなしてくれないかとさ え、云うに云い出せぬような、切羽つまったものがレダのようすに う、漠然とした影のようなものとしか見えない、共住みの隣人、こ のシティの住人、あるいは、もっとむかしの人びとは ? はあったのだ。 こんなふうに、シティの体制がととのっていなかったころは、人「自分のことは自分で、他人には干渉せず」という、シティの基本 が不幸なのにはもっとちがう理由があったのだろうか。それともー理念に、自分では意識せぬまま、まっこうから挑戦しているような ー太古から人間がそんなことを考えてきた生物なのだとすれば。 ところが、レダにはあった。 えたいの知れぬ、この新しい経験にすっかりかきみだされた思い ぼくは何だか心持の定まらぬ、奇妙な気分だった。どうしてレダ 。いつのまにか、二つのことばの中にひっそりと収束し はこうなのだろうと怒ることも苛立っことも、ゆうべ以来封じられ ( もしそうだとすれば、人間は、なぜこういうものなのか ) てしましナナ 、、こ・こ、レダの全てを容認しうけ入れるほかない立場へ、 ( そのまん中で、なぜ、レダはレダなのか ) 追いやられてしまった気分。ーー少し、 ( 欺されたような : : : ) 苛 一瞬そこに焦点を結ぶかにみえて、再び、わけのわからぬ混乱状立たしさ、少し、その、しようもないと思うほどに、かえってつの るいじらしさ。 態の中へとくずれおちてゆく。 まったく新しい経験、新しい感覚を知ったのだから、しばらく ・ほくとレダは、人からじろじろ見られながらオートロードに乗 は、それまで考えていたことが役に立たなくなったとしても、まあり、レダの家へと向かった。ぼくはそのへんで何かたべるつもりだ ったが、レダが、オー ルをたべたいから家へ来いというの 当然というものかもしれないと・ほくは思った。あとでひとりになっ ど。レダは、云い出したらきかぬばかりカ、いったんイメージがで たら、ゆっくりといろんなことを考えてみなくてはならない。そのナ とき、・ほくはまだ、感覚についていくら頭で考えたところで何の役きたがさいご、それ以外のものをたべるくらいなら、何もたべずに にも立たないということを、知らなかったのだ。 2 229

8. SFマガジン 1982年4月号

レダは仰向けになり、やせたからだをぼくの前にさらけ出した。 「そ、そんなことはないよ」 「私、特別じゃないのよ。みんなが、私を特別たというんたわ」 傷ついた気分で・ほくは云い、そそくさと支度をはじめた。 「デイソーダーだから ? 」 「いつでも、どうして、こうして、なぜ、どう、って聞いてばっか 「デイソーダーだからでしよ」 どうしてあんたはあんたなの り。ウサギみたいな目をしてさ。 よ ? この命題でも、オシャ・フリ代りにしゃぶってなさい。セック レダは、何も気にしていなかった。 スでもききめがなけりや、あんたは永久にそのまんまよ」 ・ほくはまたレダのとなりにねそべった。 「どうして、デイソーダーになったの ? 」 「ふつうの人は、経験すると、かわるものなの ? 」 「みんなが、あたしをデイソーダーたといって、デイソーダーにし「他の人が他の人とセックスしようがしまいが、知ったこっちゃな たのよ」 いわ」 「何かに『した』ってことはないよ。「すべての人間は自由意志に 「レダとーーーした人は ? 」 おいて何ものかになりうる』」 「変るわよ」 「私、デイソーダーになったことないわよ」 レダは面倒くさそうに、指をつつこみ、短い髪をくしやくしやに 面倒くさそうにレダは云った。 した。 「私、何にもなったことないわよ。私は私よ」 「どういうふうに ? 」 レダはレダ。 「いそいで逃げてゆくのよ。あんたもそうしたら ? 」 これ以上ない、単純な真理。 いじわるそうな、クックッという含み笑い 「レダは、小さいとき、何のギルドに入ろうと思ってた ? 」 「レダ ! 」 「ギルドなんて興味ないわ」 からかわれていたのだと、ようやく・ほくは気がついて、声をあげ 「セクシャリストは ? 」 ざまレダにタックルした。 「退屈な連中よ」 ・、・ツドに倒れる きゃあとはしゃいだ声をあげてレダカへ 「でもセックスは好きなんでしよ」 ふいに、おかしいくらい、幸福な気分が、雲から太陽のあらわれ 「それを仕事にしたら嫌いになるわ。あーあ」 るように、・ほくの中にさしそめてきた。 レダは足のさきで、ひょいと器用にトーガをひろいとり、くねく「レダ、レダ ! 大好きだよ ! 」 ねとからだをもぐりこませにかかった ・ほくはレダの髪をくしやくしやに乱し、おさえこみながら怒鳴っ 「うるさいちび。私、思い違いしてたわ。あんたは、ちっともかわこ。 んないのね。経験しても未経験のまんま」 「愛してるー 226

9. SFマガジン 1982年4月号

さげすんで、それでうつぶん晴しをすればすむんだ。ところが、き「オーケイ。きっと、きみのいうとおりなんだ と思うよ、賢い みは、誰も傷つけたくないし悪意ももってない。ということは、こ大儒的なぼくのワンワン君。それで、ファンは、そんなに賢いなら ちらの悪意はうけとめてもらえず、こちらが一人でわるかったこと もう、わかったでしよう、ぼくは、レダと、アレしたよ」 になってしまうんだよ。そこで、あいては、その鬱屈をもてあま「ラー」 し、きみを憎むようになる。嫌ってすめば、誰もわざわざ、ひとを ファンは、うなるように一ムった。 憎んだりしたくはないさ。嫌いだ、というのはお互いっ子で、別に 「もう少し云い方はないもんかね」 誰も傷つけないが、冫 こくむというと、それは、愛ほどにもつよい絆「何でもいいけど : : : ねえ、ファン、きいていいかしら。ファン で、その人間をあいてにつないでしまうことになるからね。愛と憎は、そのうーーーそうしたことは、ある ? 」 しみというのはとても特別なものでね、ポーイ、必ず、より多く愛「ないようだ」 するものの方が、その愛の多さのために、より少なく愛するものに ビーズのような目をきよろきよろさせて、セント・ハ ーナードは云 つながれてしまう。同じように、より多く憎むものは、その憎しみでった。 あいてにつながれてしまうわけさ。いつもそのあいてのことばかり「わたしは、このシティで唯一のイヌなので : : : したくとも、相手 考え、あいても自分のことを考えているだろうかと気にし、あいて がいないよ。人間のあいてではまっぴらだし、といって、頼めば、 の方が自分より少なく考えていると思うと苛立って眠れない。そしその メス大をクローン再生してくれたろうが、わたしとして て自分の思いをどうしてもあいてにうけとらせたく、あいてからもは、つまりーーー人間のおもちゃにされる学者大なんていうものは、 うけとりたい。うけつけられないと、 い 0 そう悶々はつのるばかわたし一匹でたくさんだ、と思 0 ていたからね。人間は科学実験を 見たまえ、恋の病と、憎悪の病気は、どこがちがうね ? いまして成果を得、それを理想社会へのデータにつけ加えてゆくが、め のこのカン・ ( セーシ ' ンの世の中で、こんなにつよく、あいてと絆「たに、その実験材料のゆくすえについては考えない。まあ、昔あ を結んでしまうのは、結局この二つだけーーそれも、めったにはな ったサーカスというものがなくなって、ありがたいと思うね。まだ いがね。きみは、たまたま、そのどちらも手に入れた。なら、喜んあ 0 たとしたら、わたしはそこへ入れられ、 1 + 1 といわれては、 で、それを味わうのが本当だよ」 2 のカードをくわえて来たり、あと足で立って歩き、ネクタイをさ ぼくは膝をかかえ、頭をファンのふさふさした毛皮にもたせてすせられ、タ・ ( 0 をくわえて口上を云い、楽屋にもどると檻にうずく わり ・ほくたちは、庭の芝生にすわっていたーー少し考えてみまってドッグフ 1 ドをかじることになっていたろうよ このあい て、それからうなづいた。 だ、昔の資料のヴィデオで見たんだがね」 「オーケイ」 「一生、それじゃーー童貞のままなわけ、ファンは ? 」 ・ほくは云った。 「ありがたいことだよ」 ヴァー・コ 24 ー

10. SFマガジン 1982年4月号

ぼくにはわからない。 もし、レダがそうしたものであり、人間が にご尤も、結構づくめ、一体どこが悪いのだ、とききかえされ、不 そうしたものであり、セックスのいとなみというものが レダと平屋よばわりをされるかもしれない。しかし、それでは、ぼくの、 ・ほくのゆうべ体験したような、そういうものであるのだとしたら、 レダをよろこばせたい、そのために何でもしたい、 という気持は、 それでは、人は、何のためにセックスをするのか。よりいっそう、 ついでの、どうでもよいものになってしまうし、それに、そうだ、 孤独になるために ? 二人の人間がいて、一人は知らすもう一人は、とてももう一人を愛 ・ほくはレダをを愛しているのたし、アウラもそうたったーーープラしていて、それで二人きりでセックスをする、というようなときに 1 ー・ト一フ イはさておくとしてーーーだからぼくやアウラは、なんとしてでもレなって、その二人が、それそれ反対側の壁を向いてセクシ ダの欲求に応えてやろうと必死になる。何でも、レダののそむもの ッグの快楽にひたっているとしたらーー・・それは、あんまり淋しいと いうものではないかしら ? を、与えてやりたくなるのた。しかし、その結果、レダの求めるも のがあの自己没入で、その感覚の沸騰の中でレダが、それが誰の与 レダ だがそれならどうすればよいのかは、ぼくにはわからない。 えるものか、どこから来るのか、そんなこともどうでもよいようすだけが快楽にひたっていても、・ほくがレダと別に自分の快楽を味わ を露骨に示したら、どうなるのか ? っていても、やつばりそれは淋しいことだ。だからといってたとえ いや、現にレダはそうしてい るし、そうしたら・ほくは、レダにとっては、セクシ ー・ドラッグ以ばレダが、一方的に、・ほくに奉仕し、レダに苦痛なことがあって、 上の人格はない、 ということになるだろう。 あるいはレダは面白くもおかしくもないことがあって、・ほくひとり だとしたら、愛しているがゆえにレダをよろこばせたいとおもが自己没入の快楽を味わい、そこにレダがいようがいまいが関係な というようなことーーそれは、。ほくには、とうてい耐えがたい う、ぼくやアウラの努力は、レダを吹く風や、レダが素足をひたす 水、レダが頬をすりつける毛皮ていどのものでしか、なくなってしたろう。 まう。レダをよろこばせたい、 という・ほくの気持は、やり場をなく 何ということたろう ・ほくは思った。にくはずっと、セックス してしまうのだ。 というものを経験すれば、それで、・ほくにわからなかったことがわ だが、それなら、ぼくはぼくで自分の感覚の満足を、レダの上でかるたろう、淋しくもなくなるたろう、とそんなふうに考えていた 求めていたのであり、その結果としてレダも、・ほくも快楽を味わうのたった。じっさいに経験してみてはじめて、・ほくは自分がどんな のならば、まさしく一挙両得というもの、これが、カンスセーショ にたくさんの欠落をみんな。ヒンク・タワーに一時預けにしているつ ンのいわゆる「両者の共に満足するポイントをさがす」ことで結構もりになっていたのかがわかった。ヴァ 1 ゴである、ということ なことではないかというのなら : 、・ほくをかたく縛り、ものごとを、きわめてゆがんたようにしか いや、イヤだ。それは、何だかあさましい。それは何だかあまり見られなくしていたのた。 しかし、さて、いよいよ ( 逸脱たが ! ) それを経験してみるとー にも、巧利的な、うまくゆきすぎる考えのような気がする。まこと 226