「ファン カったかーーをより従順になるよう教育する手がかりが得られると 期待していたんだ。彼は、『忠実ホルモン』の存在を期待していた 2 ファンは、ハッと気がついたらしい んだね。残念ながら、ご期待にはそえなかったがね。わたしはその 、つものかれの顔にもどった。一 あわてて牙をおさめ、同時に、し 気にならないとあまり従順じゃないし、どちらかというと凶暴にも 「どーーーどうしたの。ファン、ぼく、何かいけないことを云ったかなれるんだ。いずれにせよ、もういまのわたしにはささいなことだ しら ? 」 がね。わたしはこうして生きのびていて、ディマーはおそらく、わ たしの存在すら、忘れてしまっているだろうから」 「何もーー何も」 ファンはおちっこうとした。しかし、尻尾はだらりとさがったま まで、いまにも口からは、威嚇の怒りがもれそうだった。 「失礼・・・ーーここできくと、思わなかった名をきいたものでね」 ファンはゆっくりと、いつもにもましてゆっくりと云った。 ・ほくが、自分のユニットに帰りついたとき、もうタ方になってい 「ディマー・イトウ」 「知ってるのーーー市長を ? ぼく彼と話をしたよ」 そうと知っていれば、とぼくはファンの話をきいてから、ひそか 「知ってるさ」 に考えていたのである。 ファンはおだやかに云った。 そうと知っていれば、せつかくディマー本人と会えたのだから、 「もちろん、知ってる。アウラも、レダも知っているよ。 わたもう少し、云ってやりたいこともあったのに。 しを、『こういうもの』としてつくったのは、イヌの反応体系の研究しかしいずれにせよ、わざわざヴィジフォーンで呼び出してディ のために、わたしを生み出す。フログラムをつくったのは、かれなんマーにひとこと云うわけにもゆかないし、また、ぼくごときが呼び だ。つまり、かれがわたしのーー・全能の造物主というわけなのさ」出したところで、ディマーは応じなかっただろう。それにたぶん、 「ファン ・ほくが何を云おうと、いささかなりともディマーが動じることはた 「そしてまた」 ぶんなかった。ディマーにはおそらく「シティ・システムのため」 ファンはつけくわえた。もう、そのどこにも憎悪の色はなく、たという大義名分があったのだから。 何だか、からだも頭も心も、すっかり疲れ、何をするのもイヤな だ、悲哀に似たものだけがあった。 ほど、つかれはててぐったりした気分だった。 「用ずみのわたしを、生きながらディスポーザーに放りこむよう、 ぼくはべッドに仰向けにひっくりかえり、とりとめもなく頭にう 決めたのもディマーだ。ディマーは、イヌの忠誠と従順を研究する かぶいろんなことを、漠然と考えていた。ゅうべのこと。その前 ことによって、彼の市民ーー当時はむろん、彼のというわけじゃな
た、不具の生物だが、この世に存在していることをたえず喜ばし ロごもるぼくをみて、ファンはなだめるように云った。 「わたしは、一五〇のがある。そうであるように、人間たちが 、感謝しているし、わたしはとても幸せだと思うよ。一回もセッ ビッチ 手を加えたからね。そのわたしが、ワンワン鳴く牝大のうしろからクスなそしないし、市民としての権利や、『幸福である義務と権 のりかかって交尾するのかね。といって、その牝大が、『ねえ、フ利』なんそも与えられていないけどね。生まれて来なければよかっ アン、あたしたちだって人間なみに、ギルドをつくる権利を要求したとか、思考能力やロをきく能力を与えられなければよかったと、 てしかるべきよ』などと云ったら、わたしはいっそううんざりする思ったことはいっぺんもないよ」 「おおーーこ だろうし。わたしのような、中途半端な存在は、わたしひとりで、 そして二度と出てこないのがいちばんいいことだと思うよーーーとい ぼくは、俄かに、つきあげてくる衝動にまかせて、この賢者の毛 っても」 深い太い首っ玉に、しつかりと抱きついた。 ぼくの顔が悲痛にゆがむのをみて、あわてたようにファンはつけ「おお、ファン ! 」 何ともえたいのしれぬもので、胸がいつばいにあっくなり、ぼく 加えた。やさしいファンー は、わあっと泣き出したかった。 「わたしが、生まれてきたこと、このような存在にされてしまった ぼくの、大事な、大好きなファンー ことを、うらみ、呪っている、というのではないよ。生きていると「おおーーファンー は、ぼくはきみを、実験のためにそんなふうにつくりあげた、同じ いうのは、それだけですばらしいことであり、しかもわたしはあり とある恵みにかこまれている。陽光、ものの匂い、風、のどをかわ人間の仲間かもしれないけどーー - 、・でも、ファン、ぼくは、ほんと このままの、『かくある』 かしたときにのむ水、ものの肌ざわり、舌ざわり、味。その上、人に、ほんとに、ファンを愛してるよー 間たちに知能を発達させられたおかげで、わたしの気の毒な先祖たファンの何もかもを、愛してるよ。大好きだよ ! 」 ちにはない楽しみ、思索し、ヴィデオやマイクロフィルムを見、さ「わたしもだよ、ポーイ」 ファンは、大きな舌で、やさしく、ぼくの顔をなめ、心のこもっ まざまのことを知り、考察する楽しみもある。人間を観察するほど おもしろいことはないよ。おまけに、わたしは、鎖につながれてもた、何かしら無性にひとの心をうっしぐさで、ぬれた鼻と丸い頭を いない。自由にかけまわり、ころげまわり、好ぎなところで尻尾をぼくの顔にこすりつけた。しつぼがばたん、ばたんとあわただしく ふるーーー人間にはふる尻尾がなくて可哀想だねーー・そしていちばん地面を叩いた。 「わたしたちは、はじめて会ったときから、とても気があったし、 すばらしいことに、わたしを愛してくれる人たち、レダやアウラ や、そしてきみがいる。愛情につつまれていると感じるくらい、幸互いに好きだったね」 ファンは、重々しく云った。 せなことは、イヌにとってーー・人間にとっても同じだろうが しのだ。・、 ホーイ、わたしは、人工的に『かくあらしめ』させられ「これでわたしはなかなか気むずかしいんだよ。誰にでもこのしつ
甲高いレダの声が、それをかきけした。 ってるあなたをにくむわ」 「わかってるわ。もう、 しいのよ。こうして、レダが元気にかえっ アウラは走り去った。レダの家のドアはぼくの前でしまり、再び てきてくれたんだから」 開かなかった。 アウラは額に手をあててつぶやいた。 これで、ひとに、憎むと云われたのはふたりめだった。 「奥へいって、シャワーをあびて、きかえていらっしゃいな。その ぼくは、ぼくの手におしつけられる、冷たいぬれたものに、何度 司こ、オートミー めかにやっと気づいた。 ルを用意するわ」 レダは子供のようにうなづいて走りこみかけたが、ふっと足をと「ハロー、ポーイ、やっと会えたね」 めた。 なっかしい、なっかしい声が云った。 「すっかり忘れてしまったかと思っていたよ。なっかしいね、坊 「ねえ、アウラーーー怒ってないの ? 」 「怒ってはいないわよ。何年、あなたといっしょにいると思って ? さあ、行ってらっしゃい、ちょうど、ファンにあげようと、ミ ルクを出したところだったのよ」 レダは奥へ入っていった。 アウラは、つと、柱に身を支えるようにして立っていた。 「アウラ」 ・ほくは何か云おうとした。が、またアウラにさえぎられた。こん 「きみの気持はわかるがね、ポーイ」 どは、手を前にあげるしぐさで。 ファンが、あの、特有の重々しい調子で云った。そのあいだに 「そう : : : ね」 も、ばたり、ばたり、という音がつづいている。ファンのふさふさ ややあってアウラは云った。ひどく苦しそうな声。 とした尻尾が、地面を叩く音だった。 「そうだわ。そう云ったのはわたしよ。たしかにーー早く大人にな「こういうと何だが , ーーその、こういうことは、よくあること、で って、。フライのかわりをできるようになって、って。でも」 ね。きみが心をいためても、しかたないんだよ」 「そんなこと、わかってるけど、ファン」 「でもだからといって、わたしが本心からそう望んでたわけじゃな 「いやちがう。きみは、わかってないんだよ、ポーイ」 いしーー・それに、そう云ったからといって、わたしーーーわたしが何ファンは断言し、ペろりと。ヒンク色の舌でしめった黒いボタンの も感しないわけじゃない。勝手だわ、わかっているけど、わたしはような鼻をなめた。 あなたをにくむわ、イヴ、にくむわ。わたしがもってないあれをも「アウラにもわかっていない。あれほど、何でもよくわかるように 237
さげすんで、それでうつぶん晴しをすればすむんだ。ところが、き「オーケイ。きっと、きみのいうとおりなんだ と思うよ、賢い みは、誰も傷つけたくないし悪意ももってない。ということは、こ大儒的なぼくのワンワン君。それで、ファンは、そんなに賢いなら ちらの悪意はうけとめてもらえず、こちらが一人でわるかったこと もう、わかったでしよう、ぼくは、レダと、アレしたよ」 になってしまうんだよ。そこで、あいては、その鬱屈をもてあま「ラー」 し、きみを憎むようになる。嫌ってすめば、誰もわざわざ、ひとを ファンは、うなるように一ムった。 憎んだりしたくはないさ。嫌いだ、というのはお互いっ子で、別に 「もう少し云い方はないもんかね」 誰も傷つけないが、冫 こくむというと、それは、愛ほどにもつよい絆「何でもいいけど : : : ねえ、ファン、きいていいかしら。ファン で、その人間をあいてにつないでしまうことになるからね。愛と憎は、そのうーーーそうしたことは、ある ? 」 しみというのはとても特別なものでね、ポーイ、必ず、より多く愛「ないようだ」 するものの方が、その愛の多さのために、より少なく愛するものに ビーズのような目をきよろきよろさせて、セント・ハ ーナードは云 つながれてしまう。同じように、より多く憎むものは、その憎しみでった。 あいてにつながれてしまうわけさ。いつもそのあいてのことばかり「わたしは、このシティで唯一のイヌなので : : : したくとも、相手 考え、あいても自分のことを考えているだろうかと気にし、あいて がいないよ。人間のあいてではまっぴらだし、といって、頼めば、 の方が自分より少なく考えていると思うと苛立って眠れない。そしその メス大をクローン再生してくれたろうが、わたしとして て自分の思いをどうしてもあいてにうけとらせたく、あいてからもは、つまりーーー人間のおもちゃにされる学者大なんていうものは、 うけとりたい。うけつけられないと、 い 0 そう悶々はつのるばかわたし一匹でたくさんだ、と思 0 ていたからね。人間は科学実験を 見たまえ、恋の病と、憎悪の病気は、どこがちがうね ? いまして成果を得、それを理想社会へのデータにつけ加えてゆくが、め のこのカン・ ( セーシ ' ンの世の中で、こんなにつよく、あいてと絆「たに、その実験材料のゆくすえについては考えない。まあ、昔あ を結んでしまうのは、結局この二つだけーーそれも、めったにはな ったサーカスというものがなくなって、ありがたいと思うね。まだ いがね。きみは、たまたま、そのどちらも手に入れた。なら、喜んあ 0 たとしたら、わたしはそこへ入れられ、 1 + 1 といわれては、 で、それを味わうのが本当だよ」 2 のカードをくわえて来たり、あと足で立って歩き、ネクタイをさ ぼくは膝をかかえ、頭をファンのふさふさした毛皮にもたせてすせられ、タ・ ( 0 をくわえて口上を云い、楽屋にもどると檻にうずく わり ・ほくたちは、庭の芝生にすわっていたーー少し考えてみまってドッグフ 1 ドをかじることになっていたろうよ このあい て、それからうなづいた。 だ、昔の資料のヴィデオで見たんだがね」 「オーケイ」 「一生、それじゃーー童貞のままなわけ、ファンは ? 」 ・ほくは云った。 「ありがたいことだよ」 ヴァー・コ 24 ー
レダにとっては、レ 「愛してんの ? 」 まったと責めるようなものなのかもしれない。 ダがここにいること、・ほくがここにいること、それこそが肝心なの レダはぼくを見、そして、なおもしっと見た。 ふっと、奇妙な気分が・ほくをとらえた。 であり、他のことは一切どうでもよいのではないだろうか。どうし うまく云えない。何だか レダが、おかしなことだが、ファンてそうなのかは、見当もっかないがーー・きのう、・ほくに足をからみ のような、人間ではなくて、人間のような目をもったイヌででもあっけ、レダは、・ほくが怯えてしまうくらい夢中に何かを追い求める るかのような、胸のいたむ感じがしたのだ。 のだった。くちびるはひらき、眉はきつくしかめられ、目はとじら これまでにあまり味わったことのない、切ないような、ぎゅっとれ、ぼくがレダを愛しているとささやくのも、これからどうすれば なるような感じ。 よいのかと問いかけるのも、まるきり耳に入らぬふうだ。それでい て、ぼくの動きが少し緩慢になると、 ファンを忘れていたせいかしらと・ほくはった。 「ああ、止めちゃだめーーーやめないで、お願い」 「ファン、どうしてる ? 」 「どうしてるって、ああしてるわよ」 うわごとのように云いつづけながら、失ったものを回復しよう と、狂おしく腰をからみつかせてくるのだった。 「ファンに会いたいな」 「しや、来ればいいじゃない」 アウラが、前に、そんなことを云ったときには、・ほくにはまった たしかに、そんなレダを見つ 「うん」 く想像もっかぬ話であったのだが どうして、レダにかかると、こうものごとが単純明快になってしめ、抱きしめていながら、つよい孤独感を味わう、というのは、無 まうのだろう。 レダの没入はあまりにも深 理からぬことであったかもしれない。 「お腹がすいたわ」 、絶頂をきわめることに、あまりにも貪欲であったから、彼女の レダは、「愛している」も、「私とセックスして」も、「お腹が上にいるものが、本当は彼女は自分など必要としていないのではな いかーーー自分はいったい、彼女にとって存在していることが理解さ すいた」も「あんたなんか嫌い」も同じ単純さで云うのだ。あまり にもそれが単純で、そう云いたいというだけの動機から発しているれているのだろうか、といった不安にかられることは、むしろ当然 ことがわかるので、それで云われた方はきっと傷ついたり、とまどだったのである。 ったり、かんぐったりしてしまうのだ。すると、レダは、思いもか幸いにして、それは・ほく自身にとっても、じぶんのからたが思い けずあいてが傷ついたのではじめて、あいてを傷つけるようなこともよらぬ変化をとげ、これまでまったく知らなかった新しい感覚が を云ったのかと思い そして、深く傷ついてしまう。 あとからあとから生まれてくる、おどろくべき時間であったから、 ミまくの注意をひくいとまはなか レダに対して、いたずらに傷つくのは、傷つく方の罪なのかもしそういう不安や淋しさ、孤独感力、に れない。流れる水に、それが流れて、大切な帽子をもっていってしったのだが 227
の、ディマー、オーノ、・ << との話し合い レダのこと、そして何だか、いよいよぼくはデイソーダーになりかけているようだ アウラのこと、ファンの云ったこと。 と、ぼんやりと思いながら、自動販売機用のコインをもって、売店 ファンが、・ フライ船長に好感をもっているようなのが、・ ほくにはに近づいてゆくと、そこで軽飲料を買っていた二、三人の女の子 が、さっとどいた。見ると、イーラやエメリ、イルたちで、同期生 意外だった。 ばかりだった。 ( レダ ) しかしともかく、これからはそんな外宇宙人などを呼びつけるこ とはない。ぼくはじゅうぶん、・フライのかわりができるのだ。アウ ぼくは、反射的に挨拶をした。女の子たちは、顔を見あわせた ラは自分でそうしたかったのかもしれないが、どうすることもでき「ハイ、イヴ」 ない。そして、ぼくは、レダのために、レダの望むようにしてやり のろのろとイーラが云った。寄妙な口調だった。 世間話をしなければならないのだ。カン・ハセーションを、こんな にありがたく思ったことはないし、ものをいうのが、こんなにつら レダはあのあと、ぼくが外でファンと話をしているとき、オー いことかと思ったこともない。」 ールをたべたろうか。レダが、アウラはともかく、あとで・ほく 「えーと : : : 」 のいないのに気がっき、さがしに来てくれなかったので、ぼくはい ぼくは、ばかのように、頭の中で、「きっかけ」パターンのおさ ささか不満だった。いまさらレダのそういうところに怒ったところ らいをした。 で、しかたがないということは、よくわかっていたのだが。 、刀 レダのオートミー ルの話を思い出したので、ぼくはにわかに、自 「ごめんなさいね、イヴ」 分が結局朝から何もたべていないことを思い出した。宅送フードの ィーラがすばやく云った。 箱に、けさのと、ひるのパックが入っていた。 朝の方のを破り、あたためようとして、・ほくは、 ミルクが入って「失礼するわ。わたしたちーーー」 ないことに気づいた。 「デイソーダーと話をするのは、あまり好ましくないような気がす 入れ忘れではなく、ミルクの方は、朝、とらないと、くさるのでるの」 そのまま通過してしまう。ミルクがないと、シチューをもどせなすばやく、もう一人がひきついで云った。一 「気をわるくしないでね。デソーダーとっきあいたくないと思う ぐくのは、市民として正当なことなんだから」 ぼくは、のろのろ立ちあがり、ユニット の外に出た。す近 エリアの共同売店があり、そこへゆくだけなのに、何だかおそ あっというまに、女の子たちは消えうせた 1 ろしくおっくうだった。」 ぼぐはぼかんとしていた。それから、とりたてて何も考えずに、」 247
が、それも、耳鳴りにまぎれて薄れてゆく。 「早く移動してくれ」 窓の外で合図した男がどなった。少尉はグレーダを・ハックさせ耳がじんと鳴っている。なんてパワーたろう。天田少尉は寒気に 5 耐えられすにウイスキーを飲み、雪風の名のついた戦闘機と自分の シルフが引き出された。特殊戦の戦闘偵察機た。双垂直尾戦にプグレーダを比べ、息を吐いた。共通点がひとつだけある。燃料だ。 ーメラン・マークがついている。天田少尉はこんなに近くでシルフグレーダは軽油ではなくジェット : フュエルを使う。 トを見るのははじめてだった。グレーダよりもはるかに大きそれだけだ。あとは雪風がすべてまさっている。重量は、爆装す コク。ヒット一「に。ハ ーソナルネームがついている 。小さな文字れば三十トンはあるだろう。グレーダは十四トン。あっちは推カ三 だ。雪風。寒そうな名たがコクビット内は暖かいのだろうな、と少十トン近くだろう、こちらは三百馬力ちょっと。戦闘機は華麗で、 尉はうらやましく思う。 除雪車は愚鈍だ。そしてたぶん、それを操る人間もだ。 雪風のジェット・フュエル・スタータが静寂を破って始動する。 「やあ、どうも応援ありがとう」 低いサイレンのような音。それはすぐに爆発的に高まり、それもや ドアの外から、さきほど合図をおくってきた上士官が顔をのぞか がて回転数を上げてゆく右エンジン・ファンの音にまぎれてしませる。天田少尉はドアをけとばすように開き、「いつまで待たせる う。ファン回転数が上昇すると、地表のアス。ヒリンのような細雪がつもりだ」と噛みつくように言った。 ファン吸気口に吸い込まれる。まるで磁石に吸いよせられるよう特殊戦のその男は頬に傷跡のある顏にサングラスをかけている。 に、地上とファン吸気ロの間に雪の結品が柱のように立つのだ。フ階級章は、少佐た。 アンエンジン特有の耳をつんざく高周波音。アイドルにもどり、今天田少尉は、冷気にのどをつまらせる。肺が一瞬まひしたかのよ 度は左エンジンのスタート。冷たい空気が鳴り、グレーダが震えう。冷たい空気で目がしみる。まばたきし、痛いような空気を吸 る。ジェット・フュエル・スタータの低周波音が消え、停止。両工 早くやれ、とどなった。 ンジンが吠える。排気音が高まり、誘導員が、行け、のサイン。。ハ 「すまない。わたしは・フッカー少佐。きみ、飲んでるな ? 」 イロットは手を振り、了解。雪風のエンジン音がさらに高くなる「ああ」 と、巨大な機体が後ろから突かれたように、いきなり前に出た。排「仕事はできるのかい」 気が後部の雪を吹きとばし、舞わせる。天田少尉はグレーダのワイ「あんたがさせてくれればな。早くこの仕事をやらないと、次の仕 ーを回した。 事までの休み時間がフィになっちまうんだ」 雪風が広大な滑走路へ出てゆく。やがて滑走路から、すざましい 「滑走路を真っ直ぐに走らせられるのか ? その飲みつぶりで」 アフター ーナの炎を引いて離陸、あっというまに厚い雲の中へと滑走路の除雪は数輛のモ】ター・グレーダが並進し、両わきのは 消えてゆく。雷のようなエンジン音だけはしばらく聞こえている ータリがグレーダの集めた雪を滑走路わきに吹きとばす。 0 、
「『彼女は死の如く動かしにくい』というやつだ。たしかに、アウ みえるアウラだが、感情という点からゆけば、何をどれほどわかっ ているのかは、まことにむもとない。きみたちはおかしな種族だラは、考えを軽々には変えないし、それだけに、彼女の思いは、重 3 よ、ポーイ。むろん例外はあろうが、たいへん頭がよく、何でもでくて深いねーーわたしだって、レダに耳をつねりあげられる方が、 きるし、何でも発明してしまう。そのくせ、本当に自分が何をほしアウラにじろりと冷たく見られるよりか、はるかにましだと思うだ レダだけだね。レダはいつろうよ。ここはレダの家だが、じっさいに君臨し、統治しているの いのかは、ちっともわかっていない。 は、アウラなんだよ。そのことに気がついていたかね」 も、自分が何をほしいか、どうしたいのか、はよくわかっている。 もちろん、ぼくは気がついていた。気がっかずにいられるもので しかしレダは、その他のことは何もわからない。それともうひとっ 困るのは、レダのその『自分』が、しよっちゅうかわりつづけるのはなかった。第一、レダは、自分の居場所になんか、少しも注意を で、さっきあっ いミルクをほしがったのに、それがやって来たとき払わない。アウラが居心地よく、そこをととのえていてやっている ールとひとこと云えばオート ことにさえ気がっかぬまま、オー には、もうレダは手ごろに肉のついた大きな骨をほしがっていると ルが、コーヒーと云えばコーヒーが、魔法のようにとび出して う寸法だ。じっさい、どんなにアウラがきりきり舞いをしても、 くると思っている。レダは、ものごとの動いてゆく過程になんぞ、 あついミルクが間にあったためしはない。これが、不幸のもとだ 何の興味ももってはいないのだ。 よ、坊や」 「・ほく、もう、ここに来てはいけないのかしら」 「レダは、肉つきの骨なんてほしがりやしないよー・ーーあついレク ・ほくはしょげて、賢い毛のふさふさした友人に訴えた。 はわかんないけど」 ぼくは、ファンのおちつきようがふっとにくらしくなって意地悪「何をばかな」 く云った。しかし、ファンが目を細くして笑っているので、恥かし「だって、アウラに嫌われたよ。ぼくの前で、レダの家のドアがス くなった。 タンとしまったとき、何だか、・ほくは、この家と、この家にまつわ る思いや匂いやここでたべたおいしいものや、そういうものの全部 「アウラがーーーあのアウラが、『ぼくをにくむ』と云ったんだよ。 から、・ほくだけしめ出され、世界が・ほくの前でとじてしまったよう どんなにぼくがショックをうけたか、わかるだろう。アウラだよー ーレダじゃないんだ。レダなら、そのときの気分しだいでどんなこな気がしたんだ」 「アウラは、きみを少しも嫌っちゃいないよ、ポーイ」 とだって云ってしまうから、何というかー、ー本気じゃない、とは云 ぼくは、とても、悲しかったよ 「でもにくんでると云ったよー わないけど、すぐにレダが気をかえるだろうってことは、・ほくには わかるから : : : でも、アウラはーーー」 ぼくは泣き出したいのをけんめいにこらえた。 「わかるよ」 「ぼくは、ついこないだ、もう一人の人にやつばり、ぼくをにくん おだやかに、ファンが同意した 9
み ー・可 ~ 。、てれほーと 界〉「ガス人間第一号」「悪魔の発明」他三 全国ファングループのみなさんへ 本 問合せ先 0963 ( 25 ) 4560 内田ま既に海外研究会編『日本年鑑』 のことは御存知と思いますが、このたび私共 はその業績を引き継ぐべく、『日本年鑑 広島修道大学ミステリイクラブ機関誌 』の編集を進めています。 「むせんだい」 4 号発行 発行予定は eoxoz Ⅷで、内容としては 体裁判・ガリ版・二百十四頁 概況から出版物リスト、視聴覚メディア調査 内容読書会報告 / 創作「リンゴワールド」 まで網羅しますが、特に日本ファンダムの現 「メリーアンの世界」「狙撃手」その他。 況紹介には大きく頁を割く予定です。現在、 頒価三百円、御申し込みは三百円分の切手をできるだけこちらから各地に働きかけている 同封の上、左記まで。 ところですが、こわいのは、力不足のためあ 〒囎広島市安佐北区高陽町小田五六八ー四 なたの町、村、島の大事なクラ・フを抜かして 浜崎弘一一しまっているのではないかということ。 そこで : : : 現時点でアンケート用紙をうけ 大阪大学フェスティバル とっていず、かっ御自分でクラブ運営、ファ 〈〉のお知らせ 「太陽系帝国」一九八ニ年度会員募集 ンジン編集をやっている方ー・ーもしくは過去 丿ー・ローダンフ この度、我々大阪大学研はフェステ 今年もやってきました、ペ やっていた方、またそういうお友達をお持ち イ・ハルを企画しました。 アンクラ・フ「太陽系帝国」の会員募集の季節。 の方ーーは、至急左記までハガキで御一報下 ファンなら老若男女、容姿は問いません。機関日時五月一一日 ( 日 ) 十時 ~ 十七時 さい。住所、氏名、それに「アンケート用紙 紙 "SOLAR SYSTEM" の他、今年は会誌場所大阪・森の宮青少年会館 送れ」と書きそえて下さるだけで結構。折り 「テラナー」も創刊します。興味のある方は六定員二百名程度 / 料金千 ~ 二千円 返し用紙が飛んでいきます。 ゲスト眉村卓、堀晃の各氏他 十円切手を貼った返信用封筒同封の上左記へ。 より精密なファンダム地図、ファンダム史 〒盟新潟市寺尾西三ー七ー九山田はっき ( 以上予定、詳細は未定、変更あり ) の完成のため、・せひとも御協力をお願いしま 詳しくは六十円切手を貼った返信用封筒 ( 住す。 映画大会バート— 所・氏名記入の事 ) を同封し左記までご連絡下申し込み先〒世田谷区代田一ー四〇ー二 企画熊本クラ・フ さい。詳細決定後、申し込み用紙をお送りしま橘ビル二〇一Ⅷ事務局内 日程 ( どの日も午後八時開場 ) 『日本年鑑』編集委員会 〇三月二十日〈モンスター・モンスター〉「キ〒弸大阪府豊中市螢ケ池北町一一ー五ー = 三 豊荘 2 業天隆士方大阪大学研究会 ング・コング ( XEO 版 ) 」「吸血鬼ゴケミ 〒刪東京都東久留米市 ドこ他三本 上の原二ー七ー四二ー四〇三井口倫太郎 0 三月二十七日〈幻想大旅行〉「歌姫魔界をゆ第一回日本ファンタジィ大会のお知らせ 第一回日本ファンタジイ・コンペンションが く」「シンド ' ハッド七回目の冒険」他三本 長崎コミット・Ⅱ 〇四月三日〈未来世界・ユートピア・ディスト今年の五月十六日に労音会館にて開かれます。 ピア〉「デスレース 2000 年」「未来世ファンタジイに興味のある方は・せひ御参加くだ日時三月二十八日 ( 日 ) 十時 ~ 十七時 さい。参加申し込み書の請求は六十円切手同封場所長崎市民会館地下展示ホール ( 市電螢茶 界」他三本 屋行き、公会堂前下車徒歩一一分 ) 〇四月十日〈マッドサイエンティストの妄想世の上左記へ。 Ⅷ実行委員会よりお知らせ 実行委員会では、昨年より、参加費払込み を受付けてまいりました。納入済みの皆様に は、第一回プログレス・レポートと共に、領 収証を送付させていただきます。 また、未だに払込みのない方につきまして は、四月一一十日払込み印有効で最終期限とさ せていただき、その時点までに払込みのない 方は、参加とりやめとみなさせていただきま す。未納の方はお急ぎ下さい 第二十一回日本大会 +OXOZE 実行委員会事務局 円 8
水を流れ出させることが、人間が自由になるーー苦悩から、愛かる。新しい芸術のスタイルは、すべて新しい倒錯と関係している。 ら、孤独から いちばんいい方法だ、とかれらーーー誰かは知らんそれでいて、スペースマンのように、『腹がへったら食うだろう、 、カ は思ったのだね。問題は、それをすべて灌漑しても、人間はそれと同じことだよ』と、 しいうる、そういう性欲というものは誰も 自由にはなれなかったのだ。それどころか、これは生殖の問題だともちあわせてない。かえってなまじ、性を征服、管理なそ、しない か、セックスが諸悪の根源なのだというように考えることができ方がよかったのとはちがうかね。性にまつわるもろもろのトラブル ず、いっそう当惑してしまった。しかも、自由になろうと思った代ごと、それをうけいれた方が、性を征服し、ただトラブルだけがの 償として、ごく自然な性欲、生殖欲、繁殖本能といったものを失っこるよりも、めんどうでなかったんではないかね。なぜなら、イス てしまったのだよ。人間は、イヴ、イヌとはちがう。発情期にだけ同様、人間も決してモノではないんだし、そうである以上、九十九 交尾して、あとは性のことすら忘れてしまうようには、できてない ・九 % 知りつくしたつもりでも、のこる〇・一 % で、まるつきり不 んだね。四六時中発情しているというと語弊があるが、どうもわた可知の存在になってしまう可能性は、つねにのこっているわけだか しはそうではないかという気がする。ことにスペースマンを見たからね」 らね、わたしは」 「ディマーは云ってたよ」 「スペースマンは、四六時中発情しているの ? 」 ぼくは思い出しながらつぶやいた。 ・ほくは目を丸くしてきいた。ファンは鼻にしわをよせ、上唇をめ「人間はモノだ、って」 くりあげて、ひどく大くさい顔になった。 「誰だって ? そんなばかなことを云うやつは」 「そんなことはないよ。ただ、身体はそうだ。いつでもーー発情し「ディマー・イトウ。市長さ。彼は云ったよ、『人間を徹底的にモ ているというのではなくて、ビンク・ドラッグ服用期間と同じ準備ノとして知りつくすことが、われわれのシステムを成立させた。あ 体勢になっているわけだ。ところが、かれらにそれで興味をもってそこをああ押せばアドレナリンが、このボタンをおせば、この刺激 きいてみたら、・フライ船長がいうには、そういう状態だからといつを与えれば、 われわれのすべての反応はパターン別にファイル て、別に並はずれて性欲で困ることはない、仕事しているあいだされ、われわれはもはや自然の存在ではないんだ』って : : : 」 は、まったく性のことなんか忘れているというんだね。それに、あ ・ほくは、びつくりして、ことばを止めた。 まり、行為のヴァリエーションにも関心はないというんだ。サディ ファンのようすがかわっていた。 ズム、マゾヒズム、同性愛にもね。それでわたしは思ったんだが、 笑うためではなく上くちびるがまくれあがり、矛があらわれ、目 シチズン ビンク・ドラッグを服用しなくては行為できない、われらの市民諸が、これまで見たこともないような光で光りはじめていた。ファン 5 君のほうが、・ すっと四六時中発情状態にあるんじゃないかとね。みは ぼくの知っている哲学者、やさしいおちついたイヌではな 4 んな、至上の快楽の追求、新しい感覚の発見に血まなこになってい 一匹の、危険で凶暴な野獣のようにみえた。