レダ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1982年4月号
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1. SFマガジン 1982年4月号

ぼくにはわからない。 もし、レダがそうしたものであり、人間が にご尤も、結構づくめ、一体どこが悪いのだ、とききかえされ、不 そうしたものであり、セックスのいとなみというものが レダと平屋よばわりをされるかもしれない。しかし、それでは、ぼくの、 ・ほくのゆうべ体験したような、そういうものであるのだとしたら、 レダをよろこばせたい、そのために何でもしたい、 という気持は、 それでは、人は、何のためにセックスをするのか。よりいっそう、 ついでの、どうでもよいものになってしまうし、それに、そうだ、 孤独になるために ? 二人の人間がいて、一人は知らすもう一人は、とてももう一人を愛 ・ほくはレダをを愛しているのたし、アウラもそうたったーーープラしていて、それで二人きりでセックスをする、というようなときに 1 ー・ト一フ イはさておくとしてーーーだからぼくやアウラは、なんとしてでもレなって、その二人が、それそれ反対側の壁を向いてセクシ ダの欲求に応えてやろうと必死になる。何でも、レダののそむもの ッグの快楽にひたっているとしたらーー・・それは、あんまり淋しいと いうものではないかしら ? を、与えてやりたくなるのた。しかし、その結果、レダの求めるも のがあの自己没入で、その感覚の沸騰の中でレダが、それが誰の与 レダ だがそれならどうすればよいのかは、ぼくにはわからない。 えるものか、どこから来るのか、そんなこともどうでもよいようすだけが快楽にひたっていても、・ほくがレダと別に自分の快楽を味わ を露骨に示したら、どうなるのか ? っていても、やつばりそれは淋しいことだ。だからといってたとえ いや、現にレダはそうしてい るし、そうしたら・ほくは、レダにとっては、セクシ ー・ドラッグ以ばレダが、一方的に、・ほくに奉仕し、レダに苦痛なことがあって、 上の人格はない、 ということになるだろう。 あるいはレダは面白くもおかしくもないことがあって、・ほくひとり だとしたら、愛しているがゆえにレダをよろこばせたいとおもが自己没入の快楽を味わい、そこにレダがいようがいまいが関係な というようなことーーそれは、。ほくには、とうてい耐えがたい う、ぼくやアウラの努力は、レダを吹く風や、レダが素足をひたす 水、レダが頬をすりつける毛皮ていどのものでしか、なくなってしたろう。 まう。レダをよろこばせたい、 という・ほくの気持は、やり場をなく 何ということたろう ・ほくは思った。にくはずっと、セックス してしまうのだ。 というものを経験すれば、それで、・ほくにわからなかったことがわ だが、それなら、ぼくはぼくで自分の感覚の満足を、レダの上でかるたろう、淋しくもなくなるたろう、とそんなふうに考えていた 求めていたのであり、その結果としてレダも、・ほくも快楽を味わうのたった。じっさいに経験してみてはじめて、・ほくは自分がどんな のならば、まさしく一挙両得というもの、これが、カンスセーショ にたくさんの欠落をみんな。ヒンク・タワーに一時預けにしているつ ンのいわゆる「両者の共に満足するポイントをさがす」ことで結構もりになっていたのかがわかった。ヴァ 1 ゴである、ということ なことではないかというのなら : 、・ほくをかたく縛り、ものごとを、きわめてゆがんたようにしか いや、イヤだ。それは、何だかあさましい。それは何だかあまり見られなくしていたのた。 しかし、さて、いよいよ ( 逸脱たが ! ) それを経験してみるとー にも、巧利的な、うまくゆきすぎる考えのような気がする。まこと 226

2. SFマガジン 1982年4月号

レダは仰向けになり、やせたからだをぼくの前にさらけ出した。 「そ、そんなことはないよ」 「私、特別じゃないのよ。みんなが、私を特別たというんたわ」 傷ついた気分で・ほくは云い、そそくさと支度をはじめた。 「デイソーダーだから ? 」 「いつでも、どうして、こうして、なぜ、どう、って聞いてばっか 「デイソーダーだからでしよ」 どうしてあんたはあんたなの り。ウサギみたいな目をしてさ。 よ ? この命題でも、オシャ・フリ代りにしゃぶってなさい。セック レダは、何も気にしていなかった。 スでもききめがなけりや、あんたは永久にそのまんまよ」 ・ほくはまたレダのとなりにねそべった。 「どうして、デイソーダーになったの ? 」 「ふつうの人は、経験すると、かわるものなの ? 」 「みんなが、あたしをデイソーダーたといって、デイソーダーにし「他の人が他の人とセックスしようがしまいが、知ったこっちゃな たのよ」 いわ」 「何かに『した』ってことはないよ。「すべての人間は自由意志に 「レダとーーーした人は ? 」 おいて何ものかになりうる』」 「変るわよ」 「私、デイソーダーになったことないわよ」 レダは面倒くさそうに、指をつつこみ、短い髪をくしやくしやに 面倒くさそうにレダは云った。 した。 「私、何にもなったことないわよ。私は私よ」 「どういうふうに ? 」 レダはレダ。 「いそいで逃げてゆくのよ。あんたもそうしたら ? 」 これ以上ない、単純な真理。 いじわるそうな、クックッという含み笑い 「レダは、小さいとき、何のギルドに入ろうと思ってた ? 」 「レダ ! 」 「ギルドなんて興味ないわ」 からかわれていたのだと、ようやく・ほくは気がついて、声をあげ 「セクシャリストは ? 」 ざまレダにタックルした。 「退屈な連中よ」 ・、・ツドに倒れる きゃあとはしゃいだ声をあげてレダカへ 「でもセックスは好きなんでしよ」 ふいに、おかしいくらい、幸福な気分が、雲から太陽のあらわれ 「それを仕事にしたら嫌いになるわ。あーあ」 るように、・ほくの中にさしそめてきた。 レダは足のさきで、ひょいと器用にトーガをひろいとり、くねく「レダ、レダ ! 大好きだよ ! 」 ねとからだをもぐりこませにかかった ・ほくはレダの髪をくしやくしやに乱し、おさえこみながら怒鳴っ 「うるさいちび。私、思い違いしてたわ。あんたは、ちっともかわこ。 んないのね。経験しても未経験のまんま」 「愛してるー 226

3. SFマガジン 1982年4月号

・ほくはほとんどおろおろとして云ったーーーもっとも、・ほくの方・ほくはロをあいて、このレダの云い分をきいていた。まことにユ というか、そういう考えかたがこの世に存在するのか 3 こんなに、レダの も、内心は少し、腹を立てていたかもしれない。 いうとおりにし、レダを満足させようとし、レダのきげんをとってと、目をみはるほかないが、レダがあまりにも堂々といってのける ばかりいるのに ・ほくとしてはまだ、人前で手を組んだり、大声と、何だか、レダこそが正しくて、ぼくの方がかえってそれに思い つかなかったがさつ者のような気がしてくるから、大したものだ。 をあげたりして、ひんしゆくの目で見られるのを、あえて辞さぬに 「そーーそんなつもりじゃなかったんだよ。レダを苛めようなん したところで、そうして見られることによろこびを感じるようにな ったとは、これは、とうてい云いがたカた レダはそれ以上どて、思ってもいなかった」 うしろというのだろう、なぜ怒るのだろう。 ・ほくはびつくり目のまま云いわけをした。 「ねえ、レダってば ! 」 「第一、だったら、そんなに気になるんだったら、ゆうべ、アウラ ・ほくは、つんとすましてそっ。ほを向き、あなやオートロードからにヴィジフォーンで連絡すればよかったじゃないの。心配しなくて とびおりかねぬレダに、しかたなく哀願した。たしかにこれはヴァ 「どうやって ? 」 ーゴの知らぬ苦労だったー 「だからヴィ 「ねえ、どうしたっていうの ・ほくは、レダを、怒らすつもりな んか、ちっともなかったんだよ」 云いかけて、・ほくは、かるいショックをお・ほえ、黙った。 「アウラのことをあたしに思い出させたじゃないの ! 」 奇妙な疑惑がのばってくる。 そういえばーー・以前、ラウリだったかにかけようとして、まちが レダのこたえは、しかし、・ほくのどぎもをぬくに充分だった。 もうちょっとだったのにー 「あたしは一生懸命、忘れてたのに って、レダの登録番号をイン。フットしていたことがあった。 あのとき、どうだったか うちへかえれば、そしたらアウラは安心するわ ! だってあたしが そこにいるんだもの。それからなら、ぎのううちをあけてごめんな ( ソノ番号ハ登録サレテオリマセン。番号ヲイマ一度確認シテ : さい、心配したでしよってアウラに云えるわ。でも、いま、思い出 : ・ ) させたら、あたしはアウラが何も知らなくて、うちで、あたしのレ あのときは、いそいでいたのでレダの番号をまちがえたのだろう ダに何がわるいことがおこったんじゃないかと、やきもきしながらとかんたんに考え、それきり深く追求しようともしなかった。 待ってるって、ずっと思ってなくちゃならないじゃないの。でも、 たしかに、番号をまちがってはいないという、ひそかな確信はあ あたしにどうすることができるの ? どうしようもないのに、イヤったが、それならば、レダの家で、ヴィジフォーンで応答するよう なことを思い出させて、あたしをいじめるなんて、ひどいじゃない なことはレダは苦手そうだから、それはアウラの持ち分になってい るのにちがいないと、またしてもそう考えることで自分をいなして

4. SFマガジン 1982年4月号

ーしよいよ世界という謎が深まり、いっそう他人との距離 がこえがたく、そしていっそう淋しさにつつまれている自分を発見 するではないか。 何だか前よりももっと、わけのわからぬこと、考え出すと、頭が外に出ると、レダは、・ほくの腕にもたれかかりたがった。 ぐしゃぐしやになることがふえてしまったような気がする。 ・ほくは少し困った。そうでなくても、レダは人目をひくし、・ほく アウラもそうだったのだろうか ? , ーー この際、レダが、ケースはことさらいまの場合は、人目を不必要にひきたくはなかった。 しかし、レダの手をはなすことが・ほくにはできなかった。何か、 としての参考にならないことははっきりとしていた。レダが特別だ というのは、何のことはなく、そういうことであったのかもしれな いったんレダの手をにぎってしまうと、容易なことでは、ふり払う いつでも、・ほくには、『他の人々』とい また、他の人々 : はおろか、ちょっとそこまで用があるからはなしてくれないかとさ え、云うに云い出せぬような、切羽つまったものがレダのようすに う、漠然とした影のようなものとしか見えない、共住みの隣人、こ のシティの住人、あるいは、もっとむかしの人びとは ? はあったのだ。 こんなふうに、シティの体制がととのっていなかったころは、人「自分のことは自分で、他人には干渉せず」という、シティの基本 が不幸なのにはもっとちがう理由があったのだろうか。それともー理念に、自分では意識せぬまま、まっこうから挑戦しているような ー太古から人間がそんなことを考えてきた生物なのだとすれば。 ところが、レダにはあった。 えたいの知れぬ、この新しい経験にすっかりかきみだされた思い ぼくは何だか心持の定まらぬ、奇妙な気分だった。どうしてレダ 。いつのまにか、二つのことばの中にひっそりと収束し はこうなのだろうと怒ることも苛立っことも、ゆうべ以来封じられ ( もしそうだとすれば、人間は、なぜこういうものなのか ) てしましナナ 、、こ・こ、レダの全てを容認しうけ入れるほかない立場へ、 ( そのまん中で、なぜ、レダはレダなのか ) 追いやられてしまった気分。ーー少し、 ( 欺されたような : : : ) 苛 一瞬そこに焦点を結ぶかにみえて、再び、わけのわからぬ混乱状立たしさ、少し、その、しようもないと思うほどに、かえってつの るいじらしさ。 態の中へとくずれおちてゆく。 まったく新しい経験、新しい感覚を知ったのだから、しばらく ・ほくとレダは、人からじろじろ見られながらオートロードに乗 は、それまで考えていたことが役に立たなくなったとしても、まあり、レダの家へと向かった。ぼくはそのへんで何かたべるつもりだ ったが、レダが、オー ルをたべたいから家へ来いというの 当然というものかもしれないと・ほくは思った。あとでひとりになっ ど。レダは、云い出したらきかぬばかりカ、いったんイメージがで たら、ゆっくりといろんなことを考えてみなくてはならない。そのナ とき、・ほくはまだ、感覚についていくら頭で考えたところで何の役きたがさいご、それ以外のものをたべるくらいなら、何もたべずに にも立たないということを、知らなかったのだ。 2 229

5. SFマガジン 1982年4月号

善良な市民にあるまじきことーーー云っておくが、裸で逆立ちをしてなくらいにうわっいたようすになり、ポルテージが上ってゆくの 歩きまわったり、何なら公園でビンク・ドラッグをのんでセックスしだ。 たりすることは、、、 へつだん、善良な市民に断じてあるまじきふるま「急に、二人で戻ったら、アウラがびつくりしやしない ? 」 いというわけではないのだーー。すなわち、人前で感情をむきだしに ぼくは、少しでも、彼女の気持をそらせ、平静にしようと、オー して、怒ったり、泣いたりしている場合、それから他人に迷惑をか トロードの手すりにつかまって、とびさるシティの風景を眺めなが けるようなこと、だれかれなしに握手を強要したり、話しかけたりら、レダに話しかけた。 するような場合、このときは、むしろ、人びとは、じろじろと見て 「前もって、連絡しておかなくていいのフ それに、そうすれ ールを、つくっておいてくれる あいてがけしからぬふるまいをしていることを、無言のさげすみと ば、アウラがレダの好きなオー 共にあいてに悟らせるのが当然ということになっている。 かもしれないよ」 そしてまさしく、レダのやっているのはこの前者だったから、人「連絡 ? 」 びとは、一体なんのつもりだというように、ふりかえり、非難をこ レダは、何を云われたか、わからぬようだった。あるいは少なく めてしげしげと眺め、それから、 とも、わからぬようすをよそおった。 ( ああ、何だ、デイソーダーか。デイソーダーではしかたがない ) 「なんで、そんなこというの ? 」 といった態度をあらわにして、あとはちらりとも見ずに立ち去っ 「いや、別に、レダがしたくなければ、しなくたっていいけど」 てゆく。 「私そんなこと、したことがないわよ」 どことなく、妙に誇らしげな子供つぼい声音だった。・ほくは、レ その視線とそのあとの無視、それは、かっては、レダひとりのも ダのご機嫌をとるように、 のだったかもしれないが、いまでは・ほくもまた、それをわかちあっ ているのだった。そして・ほくは、セックスのときの、不確かな、共「レダらしいね」 と云った。 有しているのかどうかいまひとっさだかでない快楽よりも、人々の 非難をレダと手をくんでわかちあっている方が、はるかに、レダの しかし、レダに迎合したはすのーーーカン・ハセーション的に ために何かしてやっているという気持になれた。もっとも、二人でのことばをきくなり、レダは急に、怒りはじめた。 いるために、そのさげすみがそれそれに二分の一になるということ レダが怒ったことは、すぐその顔つきでわかったけれども、 はなく、むしろ反対に、二倍になるような気はしたが。 たいなぜ怒ったのか、ぼくがいま、このデイソーダーを怒らせるよ どんなことを云ったのか、・ほくはさつばりわからなかったか ぼくがふしぎに思ったことに、レダは、あれほど、そうやって非 難がましく見られ、無視されることには馴れているはずなのに、何ら、めんくらった。 レダ」 となくおちつかないふうで、そのためこ、、 冫しよいよ、彼女は不自然「どうしたの そ 2 引

6. SFマガジン 1982年4月号

フルーツ、オリープにレモン。みんな、その名を、アウラが教えて 「ごめん」 くれた。レダは、てんから、そんな名をお・ほえる面倒をはぶくから 「嫌いよ、そんなの」 「ごめんよ、レダ」 ドアがあく。考えてもいなかった謎のこたえがその家の中にある あやしいまどい。三十六歳の少女。彼女はほんとうに、そのとお りのものなのか。ほんとうに、そんなふうに無邪気で、何も知らといい。大文字で書いてあればいいのに。コーヒーの香り ず、風のようで、塔のようで、木のように、自然で、自由で、奔放そこに、アウラが立っていた。 女王のように、青ざめ、死人のように、威厳をもって。 なだけなのか。 その青白いくちびるはぐいとひきむすばれていたが、しかし、レ 何かが、かくされていた。 ダをみたとたん、よわよわしく、ほほえもうとした。 レダの家には、何かの秘密がある、というふうに云ったら、もっ 「おお、レダ、レダ、あんたが風たってことは思ってるわーーー風を 、こま ~ 、が疑い とずっと、正確だったかもしれない。なぜなら、いカ冫ー を知りそめたとて、レダのすべて、一から十までをいつわりの演技ひきとめるなんて、ばかだっていうこともね。でも、だからといっ だなどと思うはすもなくーーそして、レダのような、まったくのユて、毎晩 : : : いや、行き先さえわかってればともかく、どこへ行っ たかもわからないままドアの前にうすくまるような、こんな目にあ ニークさというものは、その中に少しでもうそや計算や理性があっ とうそ」 とてたしを会わせないでちょうたい、。 たらーーーあの、アーチスト・ギルドの芸術家たちのように レダの目が、さっとくもるより早く、アウラは、ぼくを見つけ もいやみで、くさくて、見ていられるはすもなかったからだ。 いくら、ヴァーゴのイヴでも、そのくらいの真実を見ぬく目がな 「イヴ ? 」 いとは思わない。 アウラは、ひどく奇妙な調子で云い、もう一度云った。 「ねえ、イヴ」 「イヴ 「何 ? レダ」 「アウラ : 「アウラーーーきげんをわるくしてると思う ? 」 ぼくは進み出て、何か云おうとしたーー久しふりたとか、なっか 「大丈夫だよ、レダ。誰も、レダに、本気で怒ったりしやしないか しいとか、そんなような間のぬけた文句を。 しかし、その前に、アウラがさえぎった。 「本当 ? 」 「そうーーーそうね : : : 」 レダの家。 しばらく、来なかった、見なれたドア、ささやかな庭園、植わっ奇妙な声。奇妙な目。奇妙な、声のひびき。 ルがたべたいのよ ! 」 ているのは、ミントにミモザ、ラツ。ハ水仙、ヒヤシンス、グレー。フ「ねえ、アウラ、あたしオ 1 ートミ , ー ら」 236

7. SFマガジン 1982年4月号

「『彼女は死の如く動かしにくい』というやつだ。たしかに、アウ みえるアウラだが、感情という点からゆけば、何をどれほどわかっ ているのかは、まことにむもとない。きみたちはおかしな種族だラは、考えを軽々には変えないし、それだけに、彼女の思いは、重 3 よ、ポーイ。むろん例外はあろうが、たいへん頭がよく、何でもでくて深いねーーわたしだって、レダに耳をつねりあげられる方が、 きるし、何でも発明してしまう。そのくせ、本当に自分が何をほしアウラにじろりと冷たく見られるよりか、はるかにましだと思うだ レダだけだね。レダはいつろうよ。ここはレダの家だが、じっさいに君臨し、統治しているの いのかは、ちっともわかっていない。 は、アウラなんだよ。そのことに気がついていたかね」 も、自分が何をほしいか、どうしたいのか、はよくわかっている。 もちろん、ぼくは気がついていた。気がっかずにいられるもので しかしレダは、その他のことは何もわからない。それともうひとっ 困るのは、レダのその『自分』が、しよっちゅうかわりつづけるのはなかった。第一、レダは、自分の居場所になんか、少しも注意を で、さっきあっ いミルクをほしがったのに、それがやって来たとき払わない。アウラが居心地よく、そこをととのえていてやっている ールとひとこと云えばオート ことにさえ気がっかぬまま、オー には、もうレダは手ごろに肉のついた大きな骨をほしがっていると ルが、コーヒーと云えばコーヒーが、魔法のようにとび出して う寸法だ。じっさい、どんなにアウラがきりきり舞いをしても、 くると思っている。レダは、ものごとの動いてゆく過程になんぞ、 あついミルクが間にあったためしはない。これが、不幸のもとだ 何の興味ももってはいないのだ。 よ、坊や」 「・ほく、もう、ここに来てはいけないのかしら」 「レダは、肉つきの骨なんてほしがりやしないよー・ーーあついレク ・ほくはしょげて、賢い毛のふさふさした友人に訴えた。 はわかんないけど」 ぼくは、ファンのおちつきようがふっとにくらしくなって意地悪「何をばかな」 く云った。しかし、ファンが目を細くして笑っているので、恥かし「だって、アウラに嫌われたよ。ぼくの前で、レダの家のドアがス くなった。 タンとしまったとき、何だか、・ほくは、この家と、この家にまつわ る思いや匂いやここでたべたおいしいものや、そういうものの全部 「アウラがーーーあのアウラが、『ぼくをにくむ』と云ったんだよ。 から、・ほくだけしめ出され、世界が・ほくの前でとじてしまったよう どんなにぼくがショックをうけたか、わかるだろう。アウラだよー ーレダじゃないんだ。レダなら、そのときの気分しだいでどんなこな気がしたんだ」 「アウラは、きみを少しも嫌っちゃいないよ、ポーイ」 とだって云ってしまうから、何というかー、ー本気じゃない、とは云 ぼくは、とても、悲しかったよ 「でもにくんでると云ったよー わないけど、すぐにレダが気をかえるだろうってことは、・ほくには わかるから : : : でも、アウラはーーー」 ぼくは泣き出したいのをけんめいにこらえた。 「わかるよ」 「ぼくは、ついこないだ、もう一人の人にやつばり、ぼくをにくん おだやかに、ファンが同意した 9

8. SFマガジン 1982年4月号

でそろっている。アウラの話では、ふつうに学校もいっていたようそして、ビーティフル・ビープルを、レダのためにおりたティン ーダー、アウラ。そして、人間でない大のファン。 とすれば、何か、はじめはちゃんとあったのが、懲罰のためにと考えてみれば、寄妙なとりあわせではないか。 ・ほくは、そんなことを、考えてみたこともなかった。 りけされたということか、あるいは なぜ、かれらは、ああして身をよせあうようにして、あのユニッ ( レダは特別よ ) トに住んでいるのだろう ? ・のことば。»-ä・までがレダの存在を知っているからは、 これまでどうして・ほくはそのことに、うかつにも何の疑問も抱か とうてい、それは、幽霊市民などということはありえない。 ずに来たのかわからない。たぶん、それは、あまりにもぼくの魂が ( レダはーー特別だから ) まだ眠りこんでいて、自分自身よりほかのものは、何ひとつ、目に ・ほくはそれをむしろ、修辞的な意味にうけとっていたのだが うつって来なかったからなのだろう。 そうではなくて、それは、文字どおりの事実だったということな それに、・フライだ。 のだろうか ? いくら、デイソーダーとはいえ、な・せ O ・ O は、市民になるべく だとしたらーーーなせ ? ・イ 1 近づけたくないはすのスペースマンが、大手をふってレダと歩きま すべての存在を、法則によって規定する、それが、ファー わり、レダの家へ来、ビンク・タワーにまで出入りすることを、と ストの基本理念である。 例外も当然、例外の法則に含まれる。もし、まったくの、語の真がめないのだろう。 「特別な存在」。もとビューティフル・ビー。フル。哲学犬。たくま の意味における「特別な存在」というものがありうるとしたら 市長ディマーも、ビ、ーティフル・。ヒー。フルも、すべては、要するしい外宇宙人。そしてぼく、ヴァーゴのイヴ。 これま、 。いったい、何という茶番劇の、登場人物なのかっ・ 「認められて、かくある」ようになった「公認の特別」存在で 。オししつだって、 O ・ O は、何でも あり、従って、いつでも、無名の大衆にもどれるし、ふつうの市民 O ・ O が何も知らぬはすよよ、。、 以上の権限は、役向以外ではもたないし、そして、逸脱がたびかさ知っているのだ。 O ・ 0 は なれば、罷免されることも当然ありうるーーすなわち、基本的に「何よ、イヴ」 よ、ファ ・イーストの市民は、誰ひとりとして、生まれながらするどく、レダがとがめた。 「途中から、あたしがここにいることなんかまるでどうでもいいみ に特別な存在ではありえないのである。 たいに黙りこんじまって、あたし、とってもつまんなかったわ」 「あ、ああーーーうん」 「レダは特別ーなのだ。 レダ 特別のないはずのシティでただひとり、特別な存在であるレダ。 235

9. SFマガジン 1982年4月号

トナーと。セクシャリストと。あるいはセックス・フ 、、ング・マシンも たのだ。パ たしか、夜のあいだに、ずっと夢を レンドと。 ないのにーーー見つづけていたような気がするが、目がさめると、そ みんな、扉をあけて、・ほくよりさきに、そこへ入っていったはすれらはもう、少しも覚えていなかった。 なのだ。 「帰る ? 」 レダは両手をつきあげて、猫のようなかわいらしいのびをした。 それだのに、みんな淋しいのだとしたら レダは、なんにも着ていなかった。 ぼくたちが最初におそわるのは『シティでは誰もが幸福です』と いうことだ。それはほとんど、幸福『でなければならない』という「それとも、もう一回、オレンジをのむ勇気があって ? 」 レダの目が、いたずらつぼく、いじわるそうに、ぼくをねめつける。 タッグをさえ、びきずっている。 ・ほくが何とも、答えることができないでいるうちに、 だから・ほくたちは考える。ヴァーゴのときは、アダルトになれ 「お腹がすいたわ」 ば、アダルトは、ビューティフル・。ヒー。フルになれば , ーー・『幸福』 レダは云った。 というふわふわしたビンク色の象みたいなものを、ほとんどの人た ちは手に入れているはすであり、だからこそ、ミラやぼくは、ひが「何か、食べたい」 んでいじけた仲間はずれのヴァーゴのちび、 C ほくだけ ) 何かが足「ほくもた」 りない存在、 ( 幸福な他の人 ) の幻影にまじってうろっきまわる、 何だかーー思考停止してしまったみたいだ。 おなかをすかせた迷い子であるはずだった。 レダのよ それは妙に、気持がいし レダと同じようにふるまい でも、もし ートナーがいて、ちゃんと仕事があって、定期 うに、自然の感情の激発に身をまかせ、云いたいことを云い、した 的にセックスして : : : ュニットは清潔で、友達とは仲がよく、食事 いことをするのは、ひどく気持がいし もきるものも思いわずらうこともなくて、何もかも与えられている「ねえ、レダ」 アダルトがいて : : : その、彼が ( もちろん、この場合、「彼女」で 「なあに、イヴ」 あったところで、何のさしつかえもないわけである ) 淋しいのだと「レダは、どうしてスペシャル・ケースなの ? 」 しこら。 ・の奇妙な云い方を思い出して・ほくはきいた。 いったい、誰が淋しくない、幸福だ、というのだろう ? レダはせつかく起き上ったのにまたしても・ヘッドに腹這いにな ( いったい、この上、何をしてほしいというんだ ? ) り、つまらなそうに答える。 ディマーの声が思いうかぶ。しかし、・ほくは、もう、泥のように「私が特別だからでしよ」 なって眠りこみはじめていて、それ以上、頭をつかっていることは 「じゃ、どうして、レダは特別なの」 できなかった。 「知らないわよ」 225

10. SFマガジン 1982年4月号

レダにとっては、レ 「愛してんの ? 」 まったと責めるようなものなのかもしれない。 ダがここにいること、・ほくがここにいること、それこそが肝心なの レダはぼくを見、そして、なおもしっと見た。 ふっと、奇妙な気分が・ほくをとらえた。 であり、他のことは一切どうでもよいのではないだろうか。どうし うまく云えない。何だか レダが、おかしなことだが、ファンてそうなのかは、見当もっかないがーー・きのう、・ほくに足をからみ のような、人間ではなくて、人間のような目をもったイヌででもあっけ、レダは、・ほくが怯えてしまうくらい夢中に何かを追い求める るかのような、胸のいたむ感じがしたのだ。 のだった。くちびるはひらき、眉はきつくしかめられ、目はとじら これまでにあまり味わったことのない、切ないような、ぎゅっとれ、ぼくがレダを愛しているとささやくのも、これからどうすれば なるような感じ。 よいのかと問いかけるのも、まるきり耳に入らぬふうだ。それでい て、ぼくの動きが少し緩慢になると、 ファンを忘れていたせいかしらと・ほくはった。 「ああ、止めちゃだめーーーやめないで、お願い」 「ファン、どうしてる ? 」 「どうしてるって、ああしてるわよ」 うわごとのように云いつづけながら、失ったものを回復しよう と、狂おしく腰をからみつかせてくるのだった。 「ファンに会いたいな」 「しや、来ればいいじゃない」 アウラが、前に、そんなことを云ったときには、・ほくにはまった たしかに、そんなレダを見つ 「うん」 く想像もっかぬ話であったのだが どうして、レダにかかると、こうものごとが単純明快になってしめ、抱きしめていながら、つよい孤独感を味わう、というのは、無 まうのだろう。 レダの没入はあまりにも深 理からぬことであったかもしれない。 「お腹がすいたわ」 、絶頂をきわめることに、あまりにも貪欲であったから、彼女の レダは、「愛している」も、「私とセックスして」も、「お腹が上にいるものが、本当は彼女は自分など必要としていないのではな いかーーー自分はいったい、彼女にとって存在していることが理解さ すいた」も「あんたなんか嫌い」も同じ単純さで云うのだ。あまり にもそれが単純で、そう云いたいというだけの動機から発しているれているのだろうか、といった不安にかられることは、むしろ当然 ことがわかるので、それで云われた方はきっと傷ついたり、とまどだったのである。 ったり、かんぐったりしてしまうのだ。すると、レダは、思いもか幸いにして、それは・ほく自身にとっても、じぶんのからたが思い けずあいてが傷ついたのではじめて、あいてを傷つけるようなこともよらぬ変化をとげ、これまでまったく知らなかった新しい感覚が を云ったのかと思い そして、深く傷ついてしまう。 あとからあとから生まれてくる、おどろくべき時間であったから、 ミまくの注意をひくいとまはなか レダに対して、いたずらに傷つくのは、傷つく方の罪なのかもしそういう不安や淋しさ、孤独感力、に れない。流れる水に、それが流れて、大切な帽子をもっていってしったのだが 227