ロビンソン - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1982年4月号
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1. SFマガジン 1982年4月号

てやれば、少なくともロビンソンに居心地悪い思いぐらいはさせら彼がそんなことを口走っていたら、ロビンソンの使命はそこで即座 くらやっきになに片がついただろう。ガーフトにはなんら実際的な利益をもたらす れるだろうことは、思いうかびすらしなかった。い って、ありきたりの、ひわいな、下がかった悪口雜言をあびせかけことなくその願いごとはかなえられ、ロビンソンは本部に舞いもど って、スミスやジョーンズといった連中からささやかなお褒めの言 てみたところで、そんなものは、ビンソンにしてみれば、なんだ かほめられてるような気がするだけなのだ。罵詈ざん・ほうの限りを葉をもらったかもしれない。 けれども、もしもそれがロビンソンのもくろみだったならば、そ わめき立てても、ロビンソンはにやにや聞いているだけで、うつぶ れはみごとにはずれてしまった。単にありあわせの悪口のつもりで んはますますつのっていく。とうとうロビンソンが言った。 「ようし、うすのろ。おあそびはそれまでだ。さあ、願いごとを言意味も考えす口にした「どぶねずみ」という言葉が脳にぼんやりと 作用して、尻切れとんぼにおわってしまったラーリーンの悪魔払い え。願いごとを」 「願いごとだと」ガーフトはし・ほり出すような声を出した。「願いの呪文のことをガーフトに思い出させてしまったからである。 ごとたと。よし、言ってやるとも、このどぶねずみ野郎。おれは、 「おれの願いごとが聞ぎたいと言ったな。よし、言ってやろうじゃ なしか、このうすぎたないねずみ野郎め」と彼は言った。「ラーリ おれはーーー」彼はそこでつまってしまった。とにかく、なんでもい ーンのへつ・ほこ呪文が効き目を現わしますように。そいつがおれの ひどく悪いことが・ヒンソンの身におこってくれればいいとい うことしか念頭になかった。この時点において、「おまえなんそ地願いごとた ! 」 ロビンソンの姿がたちまちかき消えてしまったことは言うまでも 獄に落ちてしまえ」あるいは、まあそれと同じような意味のことを 言ってしまう可能性というのは、非常にあったわけだった。もしもない ピカリざ 岬兄悟 瞑想者の肖像。 者の肖像 化物大ウサギと半裸の美女 をともなし - 、、〃冥想者 庫 を探しもとめる男の行く文 ワ 手には : : : 書き下ろし カ 表題作を含む俊英の第ャ 一作品集・定価三八 0 円 5 7

2. SFマガジン 1982年4月号

けない。でないと、効き目はない。自分のやってることがわかってえ。気つけ薬がほしそうな顔つきじゃないか」 なくちゃね」 ガーフトは、震える手でグラスをとった。入っているのは、三オ 7 ニュ、・フランデ 「よしてくれよ」ガーフトは言った。「いったいどういうべテンなンスほどの一世紀をけみしたフィ】ヌ・シャンパー んだ」しあわせ気分の甲羅にひびが入って、そこから酸つばいいら ーのイデアとも言うべき崇高な品位と完璧さをかねそなえた、コニ ャックの絶品だった。遠いかがやかしい夏の日々を蒸留した琥珀色 いらの汁がしたたりこんでくるのがわかる。 「これはべテンじゃない」ロビンソンは言い返した。「あんたのひのしずく。通ならば、そのあまりの偉大さ、あまりの崇高さにかお い爺さんから数えて四十回昔のひい爺さんが三つの願いを許されたりをかぐだけで随喜の涙を流したかも知れない。そいつをガーフト のに、そのうちふたっしか使わなかった。で、残りのひとつがあんはぐいっとひと息にあおってのけた。 たのものになったのさ」 と、次の瞬間、おしころしたようなうなりとともにラーリーンの 「ふうん。ところで、おまえさんは、何者だい」 ビールをひったくり、ごくごくとのどに流しこんだ。 「あたしにやちゃんとお見通しさ、ガーフト」ラーリーンが言っ 「ふう」と彼は息をついた。「強いったらねえ。ただのワインかと た。「サタンの手下め。エスさま、お救け下さいまし」 思ったら。なんだこりゃあ」疑いぶかそうにロビンソンをねめつけ 「黙れ、この婆あ」ロビンンンが邪慳に一喝した。 る。「毒でももろうってんじゃなかろうな」 ビリイは心細そうにそわそわした。 辛抱強い悪魔、なんて話はあまりきかない。硫黄の燃えるような 「ちょいと」弱々しい怒りをこめて、彼は言った。 「ロのきき方に臭気が、一瞬ひときわ強くにおいたった。ラーリーンが十字を切っ 気をつけろよ、おい」 て何ごとかつぶやきはじめる。ロビンソンが言った。「どうだ。こ ロビンソンは鼻もひっかけなかった。 れでわたしの力を信じる気になったかね」 「よし、ガーフト。ここを見てろ」と、一点を指さした。ガーフト「たいした手品だ。仕掛けはどこさ。袖のなかかい ? 」 の目の前のテー・フルに忽然として、一インチほど液体の入った繊細「なんだと、この脳たりん。袖のなかだと ! これは魔法だ、この ス - 一フタ なクリスタルの梨形グラスがあらわれた。 腐れどあほう。これこそ魔法だ、わかるか。いまにわかる。そうと ガーフトはぎくりと体を震わせた。 も、いまにわかる」 「ひえつ。どうやったんだい」声がひきつった。いまや彼のしあわ「おい」ガーフトが言った。「なあ、おい、悪口はよしてもらおう せ気分は雲散霧消してしまい、空元気の演奏にかかろうと、神経がぜ。誰もあんたにここへ坐れと頼んだおばえはねえんだからな」こ いっせいに音あわせを始めていた。 の頃にはガーフトの気分はもうすっかり第二段階、世界中の何もか 「わたしの言葉がじゃないことを見せてやったのさ」ロビンソンもが腹立たしくてたまらなくって、けんかの機は熟しきっていた。 は言った。「きっと気に入ると思うよ。遠慮はいらん、飲みたま内心、ロビンソンという相手にかなりびくついてはいたが、口論が

3. SFマガジン 1982年4月号

にした。 「名前は ? 」絨緞の上でふるえている小悪にむかって彼はよびか ドイルズ・シャムロック・インのまん前の舗道に悪魔は忽然と姿 けた。 を現した。屋号にはドイルズとあるものの、当のドイル氏は四十年 「ロビンソンです」小悪が答える。 「 0 ビンソンか。ふむ、あ「たそ。最近の担当。某セクター。某以上も前に亡くなり、かってはどんなアイルランド風居酒屋の威容 ギラクシイ、地球。なるほど。三〇〇〇より三〇〇〇まを誇「たものかはいざ知らず、いまではその面影もドイル氏同様跡 方もない。あとにはこれそ場末の酒場と言わんばかりの、小汚いみ で。これはどういう意味だ、ロビンソン」 すぼらしい酒場があるばかり。うらぶれはてた垢まみれの男たち 「〈機会〉の認可以前と以後を現地暦で記しましたもので」 と、その男たちにどんな点でもひけをとらない、だが、自分では解 「フム。どれどれ。やや、これは何だ。それからこれは。いナ い、おまえは自分がどれほどの怠慢を重ねているか知 0 ているの放された女性とは夢にも思「ていない何人かの女が、他に暖かい行 ーテンから追い立てを食らうぎりぎりまで き場所もないままに、 か、ロビンソン。浜の真砂とはこのことだ。はずかしいことた。許 一杯のビール、一杯の安ワインでねばり続けている、そんな酒場 しがたいことだ。その報いはこころえているだろうな」 ロビンソンはちゃんとこころえていた。土下座して泣きついてもだ。 みたが、もちろん聞き入れられようはすもない。たちまち身の毛の奥のテーゾルに、ガーフト・ジ , ンソンが友人のビリイとすわ 0 ていた。ふたりの間柄をよぶに " 友人″と呼ぶのはおそらくいささ よだっ責め苦にかけられた。それが終わると、スミスがいった 「もうよし。さ「さと行 0 て決済をつけてこい。さもないと、こんか不正確な表現であろうが、ガーフトとビリイはときどき十セント どは今のが楽しい気晴らしに思えるような目にあうことになるそ。貨や二十五 ~ 一ト貨を出し合 0 て酒手の工面をしてきた仲であり、 ( スタ・フル通りではそれでりつばに友情として通るのだ。その日は わかったか」 ビリイのおごりだった。かみさんが様子を見に来るそと言って寄こ わかったか、なんてものしゃない。あいさつもす「とばしてロビ ンソンは退散し、ミの面前から消えると同時に人間の姿とな「したので、ビリイにはなんらかの良心の支えが必要だ 0 たからだ。 ビリイは弱く、かみさんは強い。ビリイを品位ある生活にもどらせ て地上に出現した。スミスも指摘していたとおり、彼の怠慢ぶりは 途方もない数にの・ほ「ていたから、これから片付けねばならぬ仕事ようと、かみさんは頑として決意している。その品位ある生活のこ の山を思うと気がめい「た。生来が無精で物ぐさな彼の脳裏に、あとを思うと、ビリイは恐怖でい「ばいになるのだ。 のおせ「かいな樵夫にひきずり出されるまで穴の底で満喫したやす「三十年この方、おれは我慢を重ねてきた」ビリイはガー「トにむ らぎの日《がありありとうかぶ。それが引き金とな「て、リストのか「て言「た。「三十年間、何もかもあい「の言いなりだ。水道が 一項目がその樵夫の第一一一の願いごとであ「たことを思い出し、彼はほしい「てんで町に引越し、それからタイヤ工場の勤め口がある 0 7 ガーフト・ジ = ソンが住んでいるどや街にさ「そく出現することてんでここ〈や「て米た。「ぎは早く職長になれとせ「 0 きやが

4. SFマガジン 1982年4月号

暴力沙汰に移行するきざしがあらわれないうちは、凄めるだけ、妻ガーフトの好戦的気分はたちまちふっとんでしまった。 「ま、おさえて、おさえて」顔色をうかがいしいしい彼は言った。 むつもりだった。 「そうカッカしなさんな。おれってさ、ロわるいんだよな」 「とっとと出てったらどうなんだよ」彼は言った。「おまえには、 もううんざりだ。悪口ばっかぬかしやがって。キザなペテン師野ラーリーンの方は、もうちょっと骨があった。恐怖の表情と嫌悪 の表情が顔の上で追っかけっこを演じたのちに、あごがぎゅっとひ 郎」 ロビンソンは完全に逆上した。それはけっして気持のいい見ものきしまった。ふかく息をすいこむと、彼女は呪文をとなえはじめ ではなかった。悪魔の人格は、人間ならば最も恥ずべきものとされた。 る特性から成っていて、その本質的ないやしさはけっして、良心の ビビルとアシュコ・フとニュールの名によって 呵責や上品な衝動によって希釈されることがない。邪悪さといって もロビンソンのそれは崇高な威厳ある邪悪さではなかった。ミルト けだものよ、汝の穴にもどれ ン風の重厚さなどみじんもない。定期的に人間どもを苦しめる巨大 もといた穴にもどり再び現れること勿れ な悪の機関を動かしているのは彼ではなくて彼の支配者だったし、 何びとかに救い出されることなき限り 多くのスターリンや毛沢東やヒットラーたちを、そんな世の偉大な 最後の審判のその日まで る怪物どもを鼓舞するのも彼ではなくてミルトンのサタン、か、そ のそっくりさんなのだ。ロビンソンや彼の仲間たちはそれとはちが ロビンソンも含めて全員が、あっけにとられて彼女を見つめた。 う。彼らのは、もっとうらぶれた、あぶらじみた邪悪さだった。け最初に我にかえったのはガーフトだった。 ちくさい横領やこそこそした倒錯行為、無垢なものへのいわれなき「ばかな ! ラーリーン」彼は言った。「これ以上、あの野郎を怒 残忍さ、精神的な臆病さ、かんしやくもちのわがまま勝手、故意のらせるんじゃない」 卑劣さ、思いやりのない冷笑癖などのもっ邪悪さである。 ラ 1 リーンは答えなかった。ロビンソンを見つめていた。つかの こうした悪魔が発作的激昻におそわれると、そばでみている者たまその顔にかがやいていた期待にみちた表情が、やがて徐々に消え ちの心に、ほ・ほおなじ割合で恐怖と嫌悪とをひきおこす。テ】・フル失せていった。ロビンソンはにやにやした。 の三人には、突然あたりの空気が鋼のような死の冷気と糞便の悪臭「おどろいたな」と彼は言った。「この婆さん、まじないを知って をおびたように思われた。絶望が、まざまざとおそろしい実感となるつもりだったらしいぜ。よっ婆さん、気分はよくなったかい ? 」 っておおいかぶさってくる。白イタチみたいなロビンソンのこしゃ ビリイもびりびりして、「いったい全体、何をやったんだ、ラー リーン ? 」 くな顔の背後で、紫がかった、歯をむき出した何かが身をよじりあ 「こいつの言ったとおりさ。呪いをかけてやったのさ。あたしだっ えいでいるのに彼らは気づいた。 3 7

5. SFマガジン 1982年4月号

だぜ」 ロビンソンは椅をびとつひつばってきてそれに腰をおらした。 「ちがう。そんなんしゃないよ。なんか、こう、まがまがしい業火 7 「やあ、こんちは、ガーフト」と悪魔は言った。「ラーリーン、ビのにおい、悪のにおいだよ」 リイ」 「はん。また魔女のご託宣かい」ビリイが言った。 「よう」と、ガーフトも一一日った。 ロビンソンはラーリーンにそれとなくすばやい一瞥をくれた。目 「知りあいかいガーフト ? 」と、いふかしそうに、そばからビリ のなかにちらっと何やらひどく凶悪な光がのそき、すぐにまた消え イ た。彼はガーフトに言った。 「いいかね、ガーフト。あんたはあるものがもらえるんだ。わたし ガーフトがあいまいに返事をにごすと、ロビンソンが、「まだこ ちらはわたしを御存じないんた。この人にちょっとした贈り物を持がそれを持ってきた」 「なら、見せてみな」 ってきたんたがね」 ギリシア人が贈り物を持ってくるときは用心しろという成句を知「いや、そいつはテー・フルにほいと並べて見せられるようなしろも っている者などドイルの店の客の中にはひとりもいなかったが、そのしゃない。つまり、そいつは、願いごとなんだ」 ・ ( スタ・フル通りの住人ならみ「そうら来た ! 」ラーリーンが金切り声をあげた。「気をおつけ の成句の言わんとすることぐらい、 な、本能的にこころえていた。ロビンソンは、三人の限りなく深いよ、ガーフト」 疑いのまなざしに射すくめられるはめになった。彼は言った。 「何の話だよ、ラーリーン」ビリイが聞く。 「地獄の火のにおいがするよ。ガ】フト、そいっと口をきいちゃだ 「じゃ、詳しく説明しようか。それが規定だからね。ます、これが というのめ ! 」 本当の話たってことをわかってもらわなきゃならない。 も、その、一見魔法かなんかに見えかねないからなんだ。実際そう「やめなったら、ラーリーン」ビリイはロビンソンに、「願いごと って、どういうことなんだね」 でもある。魔法さ。たが、本当の話なんたよ」 たとえ彼が炎は熱いだの、水はながれるだの言ったところで、て「言ったとおりさ。彼にはひとつだけ願いごとがかなう。わたしの んで信じてはもらえなかったことだろう。ガーフトが言った。 力でな」 「そりやすげえ」ガーフトが言った。「こんなちびちびやってなく 「なあ、兄弟。おれたちはなんにもほしくないんだけどな。いま、 てすむようによ、どうかこのテー・フルにポトルを一本おめぐみ下さ ちょっとここで相談があるんた。。フライ・ヘートな用件でよ」 いまし、だ」 ラーリーンが宙に鼻をひくつかせた。「くさいね。なんたか、く さいよ」 「そう、そういう意味だ」ロビンソンが言った。「だが、願いごと 「そりゃあそうさ」とビリイ。「あたりまえだ。ここはドイルの店をするときには、これが本当の話たってことがわかってなくちゃい っこ 0

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ちょっとのあいだ、テー・フルには、茫然とした沈黙だけがあっ気にでもなってはしい。そうした第一歩が、やがては生産的な活動 た。とうとうラーリーンが口を切った。 に通じ、ついには細君や子供たちゃ芝生つきの家を手にするまでに 7 「いけすかない、やっ」 もなりうるものだからだ。だが、そうでない場合には、 ( そして、 ビリイもうなずいた。 こっちの方がよっぽどありうる話なのだが ) あいかわらすいまのま 「うん、ちげえねえ。 いっちまってくれて、せいせいしたってもんまの生活を続けていくことだろう。ま、それだって、ある種のしあ ・こ。もう一杯いくカカーフト ? 」 わせをもたらしてはくれる。もしも、かっとなったはずみで願をか 「いいとも、ビリイ。でもよ、あいっさ、 いったい何が目当てだっけたりせず、じっくり考えてからにしていたなら、先に酒びたりの たんたろうな ? 」 一日の第一段階として説明したような状態で余生をすごせるように 他のふたりも途方にくれた顔になった。三人の脳裏から事件の記と言うのが、おそらくは考えうるかぎり最高の願いごとだったかも 憶は急速にうすれはじめていたのた。こんなふうな出来事のあとは 知れない。おそらくガーフトは、一日のうちの二、三時間はしあわ 常にそうしたものである。 せに、残りの時間はそれほどしあわせではなくすごすだろう、とい うのが安全な予言ではあろう。 「待てよ。あいつ、酒かってくるとか言ってたつけ」ビリイが言っ 「とうとう買わずじまいだったな。おれは買ってくるそ」彼は さて最後にロビンソンだ。ロビンソンの身になにが起こったかに 酒を買いに・ハーの方へ立っていった。ドイルの店では何もかもがい ついては、よくわかっている。願いごとがロにされた瞬間、これつ つものままにながれてゆく。こうしていま、このおとぎ話もおしまぼっちも動いた覚えなどないのに、彼は自分がさむい北の国の深い いにきたわけだ。 穴の底にいることを発見した。彼は逃げ出そうと試みさえもしなか った。自分がどこにいるのか、どうしてこんなところに来るはめに もちろん、こんな疑問をいだかれる方はおられるかも知れない。 彼らはそののちすっとしあわせに暮したのか、と。だが、それはまなったのかは、よくわかっていた。あきらめて、とらわれの身のさ だめを彼は甘受した。九百四十年のあいだ、自分がそのままそこに だわからない。何しろ、おこりたてのほやほやの出来事なのだ。ラ 1 リーンとビリイについては、将来の幸福を、いや、すくなくとも いつづけるだろうことを、彼は知っていた。そうして、その九百四 ある程度の満足を予言できるのではないかと思う。ロビンソンが現十年の果てにガーフトという名のひとりの貧しい樵夫がやってきて れる前までのふたりはそんな雰囲気だったのだし、以後かわるだろ穴を見つけ、彼をひつばり出してくれるだろう。そのお礼として、 うと考える理由もないからだ。ガ 1 フトはと言えば、無意識の底に彼は仕方なく、その樵夫に三つの願いごとをかなえてやらねばなら 沈澱している英雄的行為の記憶の残滓がひきがねとなって、彼のう なくなるのだ。 ちなる精神にルネッサンスの火花を散らしてくれたらと望みたい。 まずは風呂でもあびて仕事を見つけ、虫歯を診てもらおうという こ 0

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て、ほんとに効き目があると思ってやったわけしゃない。何かせず類をしてこの世に立ちむかっていこうという気にさせる資質にどこ にはいられなかったんだよ」 か欠けていたのだ。この人びとは自分から身を引いたのだ。もはや 7 「それにしても、こんな野郎にかける呪文なんてどこでめつけてき努力をしない道をえらび、その選択をすることによって、人間とし たんだよ。きかなくってあたりまえさ。 いったい何の呪文だったんての最も基本的な本性を自らふみにじっていたのである。数えきれ ぬほど何代も昔から、われわれの祖先たちは、生態学の鉄の必然に ラーリーンは困った顔になった。 よって容赦なくたたきあげられてきた。立ちむかいそこなうという 「さあてね」と彼女。「ほんとははつかねずみ用の呪文なんだ。い ことは死だ、ということ。たとえ、わたしたちの頭は知らずとも、 や、ラットかな。へ・ヒかな。たぶんマーモットぐらいの大きさのやわたしたちの遺伝子はそれを知っている。ドイルの店にたむろする つだと思う。穴に住んでるやつでさ。あたしにやそれしかわかんな人びとは、心の底の底では自らをさげすみきっていた。そうして、 そんな卑下のために彼らはほんとうに卑しむべき者になりはててい たのだ。 ロビンソンは大わらいした。 「そうとも。ばあさんにやはつかねずみぐらいがお手ごろさ。もっ それゆえ、ガーフトの行為もとうてい勇敢なものとは言えなかっ とも、さっきのじゃ、はつかねずみにだって効きはしなかったろう こ。窮鼠猫をかむ勇気ですらありはしない。むしろ、厚かましくも ぜ。名前がみんなまちがってら」それからまたこわい顔つきにもど彼の自己評価を額面どおりに受け取っているこの生き物に対する、 ると、ガーフトの方に向きなおって、「よし、そこののろま」と彼つのる悪意と憎悪とをおさえそこなったにすぎないというのが真相 は言った。「もう時間の無駄はたくさんだ。さあ、くそったれな願だった。おさえがたい憤怒につきあげられて、ほんのつかのま、誰 いごとを早くしろい」 かを、何かを、ぶちのめしてやらずにいられない気持が彼自身の無 彼のその言い方の無礼千万なことといったら、そのセリフの内容力さを圧倒したのだ。しかし、何と言おうと、とにかく彼はこのと そのものの比ではなかった。ロビンソンは弱い者いじめのごろっきき現に、紛う方なく強大な、いと厭わしき闇の手先に立ちむかい、 で、しかもかなりまぬけなごろっきにはちがいないのだが、この場これをうち負かしてのけたのであって、それだけでもじゅうぶん賞 の三人に対して大きな力をもっていることは、まぎれもない事実で賛と感謝には値する。 あ 0 たし、おどしの言葉の裏には、つめたい、人を食 0 たごうまん椅子をうしろにおしやり、立ちあがり、このダビデらしからぬダ さがひそんでいた。聖人ででもなければ、とても平気な顔などでき ビデは、重ね着のぼろセーターの下で冷や汗たらたら、半分は恐怖 なかっただろう。ドイルの店に聖人はいない。 に、半分は怒りにふるえながら、この相手を完膚なきまでにやりこ いや、ずばり言って、聖人どころか、まともな人間さえもいなかめてやれる言葉はないかと、とぼしい語彙を必死でさぐっていた。 った。たぶんビリイは別として、ドイルの店の常連たちはみな、人そんな言葉はとても見つからない。やさしく祈りの言葉でもとなえ

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■海外 S ワウ左ルズ■ 仮面戦争 フレデリック・ポール 矢野徹訳⑦定価 15g 円 それはすでに始まっている・・・・・・宣戦布告もなくミサイルや弾丸が飛 び交うこともない。だが、確実に人々の生活を脅かす仮面戦争が ! ・オルシニア国物語 ・愛に時間を アーシュラ・ K ・ ) レ・グイン 1200 ロ′く一ト・ A ・′、インライン 2500 ・パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 ・エテン スタニスワフ・レム \ 1100 フィリップ・ K ・ディック \ 1000 ・所有せざる人々 ・地球帝国 アーシュラ・ K ・ル・グイン¥ 1400 アーサー・ C ・クラーク 1200 ・神々自身 ・マレヴィル アイサック・アシモフ \ 1300 ロべール・メルル 1800 ・鉄の夢 ・リングワールド ノーマン・スピンラッド¥ 1200 ーヴン Y1400 ラリイ・ ・丑の刻 ・光の王 ロジャー・ゼラズニイ¥ 1200 イワン・エフレーモフ 1800 、リオン・サンズ ・アルジャーノンに花束を ・ウ・アー ダニエル・キイス \ 980 •J ・ G ・′くラード 1100 ・アポロの彼方 ・レ・コスミコミケ ・ N ・マルツ′く一グ \ 1000 パリ イタロ・カルヴィーノ 1000 ・ゲイトウェイ ・収容所惑星 フレデリック・ポール 1500 ストルガッキー兄弟 1300 ・我ら死者とともに生まれる ・オロスの男 ロ′く一ト・シノレヴァー′く一グ¥ 1200 K ・ H ・シェーノレ¥ 800 ・宇宙飛行士ピルクス物語 ・終りなき戦い スタニスワフ・レム 1800 ジョー・ホールドマン 1000 ・楽園の泉 ・オグの第ニ惑星 アーサー・ C ・クラーク 1300 ペーテ ) レ・レンジェ ) レ¥ 900 ・九百人のお祖母さん ・遙かなる世界果しなき海 ダルコ・スーヴィン編 1200 R ・ A ・ラフアティ 1500 ・キンズマン ・時間外世界 べン・ポーヴァ \ 1400 ーヴン \ 1200 ラリイ・ ・リングワールドふたたび ! ・虚無の孔 ーヴン 1500 ラリイ・ M ・ K ・ジョーゼフ 850 ・宇宙のランデヴー ・ J E M フレデリック・ポール 1500 A ・ C ・クラーク 1000 ・ヘび使い座ホットライン ・キリマンジャロ・マシーン レイ・プラッドベリ \ 1400 ジョン・ヴァーリイ 1300 ・スターダンス ・マン・プラス S & J ・ロビンスン 1300 フレデリック・ポール 1000 ・もし星が神ならば ・夜の大海の中で べンフォード & 工クランド 1200 グレゴリイ・べンフォード¥ 1400 ロ早川書房ロ 37

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は腰をおろした。 た。「ちょっとひと息入れようじゃないか、な」三人は黙ったま 「なんてこったろ」彼女は言った。「見るたびにこきたなくなってま、ふしぎと心のかよいあう気分になって酒を飲みはじめた。 くね、この通りは。ビリイ、ビ 1 ルをおくれ」 酔客たちのあいだにちょっとしたどよめきをまきおこしながらロ 「こいつはおれの友だちで、ガーフトってんだ」ビリイが言った。 ビンソンが入ってきたのは、そのときである。どう見ても彼が、人 「そう。あたしやビールがいただきたいんたけどね、ビリイ」 間の姿や服装をまねるにあたって適切なお手本を選んだとは言い難 ビリイはスーの方へ立って行った。ガーフトにむかってラーリ】 かった。悪魔がどこかしらその知性や趣味に欠陥をもっことはよく ンが一一 = ロう。 知られているし、彼が二十世紀の地球の事情にひどくうといこと 「加勢してくれとでも泣きっかれて来たんだろ、え ? 」 は、まぎれもない事実だった。したがって、彼の失敗はまあわかっ ガーフトは議論だけはごめんだった。神経は凪ぎ静まりやすらかてやれないことはなかった。もっとも、人間どもの胸中に不信と猜 なしあわせ気分につつまれて、いまや彼は、酒びたりの一日のうち疑の念をかきたてるべく故意に計算しつくした結果がこれだという でも最高に甘美なひとときにひたっているのだ。邪魔さえ入らなけのなら、これほどの大成功もちょっとありえはしなかったろうが。 れば、数時間はこのままでいられる。それが、ひとたびいさかいだ彼はたいした小粋なめかしこみようだった。肩はあて物入り、ウェ の喧嘩たのにみちたりた忘我の境地を破られようものならたちまストはぎゅっとしめつけ、びっちりの・ヘストにノー・タイで、靴は ち、がらりと状況はちがってしまう。神経はけば立ち、いら立ってつま先が角ばり、かかとは高い。指には大粒の宝石をぎらっかせ、 きて、いっ騒々しくも無力な激怒に一変しないともかぎらない。そ手首には鎖をじゃらっかせ、けれども衣装のそんなけばけばしい粋 して、あとには深い抑鬱感がやって来る。つぶれるまで飲まなけれ好みも、ご本人の身だしなみとはてんでちぐはぐなのだった。パン ば忘れることのできない深い落ちこみが。こうした最終段階はけっチョ・ビラ風のロ髭と、ス。フレーでふつくらと固めたへャースタイ していいものではなかったし、彼は、そんな状態の到来をできるだ ルであるべきこの時代に、びげは上くちびるの上に細く一文字、髪 け先へのばしたいと思っていた。何が嫌だといって、議論だけはご はてかてかまっ黒にグリースでなでつけたときている。身のこなし めんだった。 は一種うさん臭げな快活さにみち、スポーツマンが汗のにおいを発 「いいや、ラーリーンさんーと彼は言った。「おれあ、あんたの味散させるように、欺瞞のにおいをぶんぶんさせていた。 方よ。あんたの言うとおりさ。ビリイにや、こんなとこは似合わな こういうタイ。フの人物は・ハスタ・フル通りではまんざらお目にかか い」ほんの二、三分前ビリイにむかって、何がなんでも連れ帰ろうれなくもなかったから、酔客たちは怖れとさげすみの入り混じった なんてそりやラーリーンが無茶だ、などと言っていたのがこれだ。 目で彼を見つめた。彼の目ざしているのがビリイのテー・フルで、自 ビールをもって、ビリイがもどって来た。 分たちには用のないことがわかると、あたりからいっせいにかすか 9 「ます一杯ゃんなよ、ラーリ】ン。話はそれからだ」と彼は言っな安堵のため息がもれた。みんなの視線はまた自分のグラスにもど