勲章 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1982年4月号

る、あんな広いところか。 「除雪功労章ですね」 「叙勲は明日だ。創立記念式典で行なわれる」権藤大尉は煙 いちばん多く出されるやつだ。殉職した同僚が受けているし、生 草を灰皿におき、立ち、制服を直し、敬礼した。「おめでとう、天きている隊員のなかでも、受章した者はけっこういる。もっとも、 田少尉」 下っ端の作業員が受けたという話は聞かないが。下っ端は死なない ともらえない。 天田少尉は反射的に敬礼を返し、そして突然、内容を理解する。 ところが、天田少尉のその言葉に権藤大尉は首を横に振った。 「なんですって。ちょっと待って下さい。あの、おれに、勲章 ? 」 「そうとも。なにを勘ちがいしていた」 「ちがう。そんな安物じゃない。マース勲章だ。武勲章さ。最高位 大尉は腰をおとし、吸いかけの煙草をとった。所内の五、六人のの。おれはそんな勲章に触わったこともなければ、見たこともな 隊員がみんな、立ちつくしている天田少尉を見つめた。どこかのデ 。胸につける記念章があるだろう、あのお飾りさ、偉くなると切 スクでインターコムが鳴ると、沈黙し、張りつめていた空気がもと手かはり絵みたいにごたごたつけてる、そのなかでも、マース勲記 にもどる。 章なんかめったに見つけられない・せ。正式な勲章は純金の六角形 「どういうことですか。なにかの間違いでしよう」 で、最新鋭戦闘機を形どったレリーフが刻まれているそうだ。現在 「おれもそう思ったさ」大尉は率直に言った。「信じられなかったの最新鋭機というと、シルフィードだな。戦術空軍の虎の子さ」 ね」 天田少尉は、無意識に手をかいている。しもやけで痒いのだ。除 天田少尉は大尉の態度に別段腹も立たなかった。信じられないの雪隊員のなかには、足の指がない者がけっこういるな、凍傷でやら は自分のほうだと思った。勤務状態を振り返ってみても、他の同僚れて、などと思う。 たちと比べて、とびぬけて成績がいいとは思えない。天田少尉は尻「コーヒーでもどうだい」権藤大尉はデスクの上のコーヒーポット ポケットに手をやって、ウイスキーの小壜をたしかめた。飲んだくをとって、天田少尉の返事を待たずに、紙コップに注ぐ。「熱いや れの同僚と・せんぜんかわらない。標準的なーー雪かき屋だ。カス野つをやれよ。暖まる。外はひどかったろう。きみらが出ていってか らひどくなったからな」 郎とさげすまされている人間の一人だった。その自分がどうして、 と天田少尉はいぶかった。かつがれているのではなかろうか。それ「大尉には外の寒さはわからんでしよう」 とも聞きちがいか。妄想か。いや、それほどいまは飲んじゃいな天田は用意された椅子に腰をおろした。コーヒーを受けとり、す ちゃんと立っていられるのだからな。大尉はなんて言ったっする。コーヒ 1 よりはウイスキーを飲みたい気分だった。マース勲 章がどういう人間に授けられるか少尉は知っていた。屑人間に授章 け ? 勲章。おれが受章するんだって ? たしかそう言った。 しいじゃないか、天田少尉は思った。くれるというんだからもらされるものでは決してないのだ。華華しい活躍、フェアリイ空軍が ってやろう。どうせ、師団から出される小さな賞なのだろう。 あるかぎりずっと語りつがれ、伝説になるような、そんな英雄が受

2. SFマガジン 1982年4月号

はだれもいない。 みんな人形だ。あの司令官も、受勲者も、そして自分も。ショー まさか。少尉はそくっと身を震わせる。しかしもしそうだとする 4 ウインドウの中できらびやかな衣装を着せられて、外を歩く人間た と、自分は人形ですらなくなる。この勲章は浮くことになる。 ちの購買意欲をさそうために、身動きもせずに立ちつくす人形。そ金の勲章が重く首に下がっている。その勲章はこう言っているか れと同じだ。自分は戦意昻揚のために利用されるのだ。虚構世界にのようだった。 組み込まれて。 「わたしはシルフ。空気の精。おまえのような地に這いつくばって 最後に天田少尉が呼ばれた。少尉はあきらめの気持で、前にやっ いる者の味方ではない」 てきた司令に敬礼した。胸にべたべたと勲記章をつけた司令官は従勲章すらが、おれを嘲ける。しかし返すことはできない。軍団が許 士官から「ース勲章をとり、天田少尉を見た。司令は天田少尉の軍さないだろう。しかしなにより、返す相手がいないのでは、返しょ 服の、雪の結品を形どったマークに目をとめると、一瞬けげんな顔 うがないではないか。人形になれ、ということなら、仕方なく、あ をした。 きらめる。あきらめはいまにはじまったことじゃなかった。だが授 天田少尉は司令官の表情をよぎ 0 た一瞬の表情の変化を見逃がさ章理由不明だとすると、あきらめの理由のよりどころがなくなる。 なかった。少尉は衝撃を受けた。なぜ、疑惑の目で見るのだろう。 自分をかばってくれる者が存在しなくなるのだ。 これは参謀司令が承知の上でやっている、虚構のセレモニ 1 ではな しュ / 」し 、この勲章はなんなのだろう。天田少尉は、軍楽隊の演 いのか。なにをいまさら驚くのだ ? 奏する「フェアリイ空軍を讃える歌」の大音響にむかっく。 「おめでとう」と参謀司令は太い声で言 い、「ース勲章を少尉の首飲んだくれの雪かき屋がース勲を受章したという = ースはあ にかけた。「きみは英雄だ」 っというまにフェアリイ中に知れわたった。だれもかれもが、天田 む 0 つりした声だ「た。天田少尉は息をつめて、必死に混乱した少尉の受章をいぶかしんだ。基地整備軍団が計算したように、雪か 頭を整理する。どういうことだ、な・せ司令はおれをこんな目で見る き任務の重要性が取りざたされもしたが、しかしだからといって天 のだ、場ちがいなやつがいるそ、と彼は思っている。どうしてだ。 田少尉の受章を納得する者はほとんどいなかった。なかには、あれ 答えはひとっしかなか「た。参謀司令も知らないのだ。なぜ雪かは間違いだ 0 たのだと天田少尉に面と向か 0 て言う人間もいた。食 き屋が受章しなくてはならないのか。ではい 0 たい、自分に勲章を堂で顔を合わせる他の隊の者とか、地下都市 2 ( ーに出入りする他 授けることを決めたのは、だれなのだ。師団ではない。軍団でもなの軍団の上士官とか。彼らはそう言 0 たあと、こう続けるのだ。 。参謀司令でもない。叙勲委員会には参謀司令も入「ているにち「しかし間違いだからといって、叙勲委員会はいまさら引「込みが がいないだろうに。 つかないだろう、あんたが不当に勲章をもらったとしても、だ。 : フ = アリイ空軍には、天田少尉にマース勲を与えよと言ったものったいどんな細工をすれば、英雄になれるんだ ? 」

3. SFマガジン 1982年4月号

「では、・ とうしても」 カ 1 ドを放り出した同僚の一人が立ち上がり、天田少尉万歳と言 「命令なんだ」権藤大尉は天田少尉から目をそらした。「受章しった。 ろ。命令だ」 「なにがだ」と天田少尉はと・ほける。 権藤大尉はテスクの上で両手を組み、灰皿から立ちのぼる、煙の天田少尉はあいているヘ ・ツドに腰をおろして、ポケット壜を出 フィルターのくすぶりを見つめた。 す。 「行っていい」と大尉は言った。「詰所へ行って仲間たちに知らせ 「そんな安酒、雪にでも飲ましてやれよ」と壁によりかかっている てやれよ。連中も喜ぶだろうさ」 男が自分のグラスを差しあげた。わきにおいてあった、スコッチの 天田少尉は無言で指令所を出た。自分の同が、受章を喜ぶとはポトルをあごでしやくる。「〈イザー中佐の差し入れだ。天田少尉 思えなかった。驚くだろう。祝ってくれるかもしれない。しかし、 は軍団の誇りである、だと。英雄は安い酒など飲んじゃいけないの おれが勲章をもらったからといって、彼らの待遇がよくなるというさ、少」 わけではない。おれ自身の待遇だってたいして変わらないだろう。 お節介なヘイザー中佐め、天田少尉は首を振り、べッドに両足を 喜ぶ理由などなにもない。仲間が勲章を受けたことを誇りに思う、 あげ、自分の安ウイスキーをラッパ飲みする。陽気なヘイザー中佐 あるいは羨望のまなざしで見る、そんな同僚など一人だっていない は隊員の目付役ともいえる任務でちよくちよく顔を出し、ときにカ たろう。 1 トの相手になることもあった。しかし彼はどんなにうちとけよう 勲章をもらってもなにひとっ利益などない。天田少尉は気が重くと、仲間ではない。吹雪の中へ出ることはなかったからだ。みんな なった。かえって悪くなるばかりだ。おそらく同僚たちは、おれを中佐を嫌っていたが、表面上はいっしょに笑い、酒を飲み、煙草を いまとはちがう目で見るようになるだろう。嫉妬とか、そんなもの吸い、そしてカードで金をまきあげた。ヘイザー中佐はそれで満足 じゃない。あいつはおれたちとは違うのだという、漠然とした差別しているようだった。 感覚が生じるにちがいない。 今回の受勲のことでも、おそらく、と天田少尉は絶望的になりな 詰所に入ると、紫煙まじりの暖気が身を包む。いつもならほっと がら、中佐がここにきたときの様子を想像した。彼はこう言ったに する空気だった。が、少し雰囲気がおかしい。テー・フルでカードに ちがいない、「諸君、喜べ。きみらの仲間が、なんとマース勲章を 興じている者、簡易べッドに寝ころんでいる者、地球の雑誌を読ん授かることにな 0 た。きみらの仲間から英雄が出たのだ。英雄は粗 でいる者、床に尻をついて壁によりかかり一杯ひっかけている者、末にしてはならんそ。制服には・フラシをかけ、靴はいつでもビカ。ヒ そんな仲間たちが、まるで部外者が来たというように天田少尉を見力に顔が映るくらいに磨いてやれ」へイザー中佐なら言いかねな い仲間たちは、にやにやしながら、心ではしらけていたろう。 もう伝わったんだな。 「どうしたみんな」と中佐は反応が鈍いのに苛立って、「さあ万歳 こ 0

4. SFマガジン 1982年4月号

下、 戦術空軍・戦術戦闘航空軍団・特殊戦のジェイムズ・・フッ カー少佐は、空軍中でも最もニヒルな部隊と言われる・フーメ ラン戦隊の一員だったが、その所属と凄味のある顔つきとは 反対に、いたって穏健な心のもち主だった。 除雪作業にぶつぶつ文句を言う・フーメラン戦士たちを作業 から解放し、暖かい地下へもどった少佐は、曇ったサングラ スを外し、ロッカールームへ行き、作業中についた雪が融け てずぶ濡れになった防寒靴と服を脱いだ。足が冷たくてかな わない。そして、天田少尉の苦労を思った。 彼は毎日毎日、くる日もくる日も、この冷たさを味わって いるんだ。勲章をもらってもおかしくはない。少佐は思う。 しかし、それでもマース勲章となると、話は別だ。適切な章 じゃない。あれでは天田少尉の苦労を認めた上での授章とは いえない。 ロッカールームで足をタオルでふき、身じたくをととのえ て、少佐は戦隊区の自分のオフィスにもどった。 雪風の帰投まであと二時間ある。少佐の親友の深井零中尉 はそのあいだ、ジャムと戦う。地上からはなにもしてやれな い。ただ、生きて帰ってこい、かならず帰ってこいよ、と祈 るだけだ。少佐は深井中尉のいつもかわらぬ冷静沈着、裏が えせば何事に対しても無感動な表情を思い浮べた。 ート・コーヒ ー・メーカーからカツ。フこ ブッカー少佐はオ 熱いやつを注ぎ、すすり、カップを包んで手を暖める。 あの零に、勲章のことを言ったら彼はなんてこたえるだろ 〕う。説くまでもない。おれには関係ない、そう言うに決まっ 3 ている。仮に授章が決定し、どうしても受章しなくてはなら

5. SFマガジン 1982年4月号

章するのだ。軍神としてカリスマ的にあがめられるような、それだ「おれがきみでもそう言ったろう。しかし、師団、いや師団たけで けの価値がある人間、当局はおそらくそういう計算のうえで、選ふなく基地整備軍団は、これはわれわれの任務の重要性を全フェアリ のだろう。 イ空軍団に知らしめるいい機会だと思っている。辞退は軍団司令部 どうして自分が ? 天田少尉は右わき腹に鈍痛を感ずる。飲んだが許さない。命令だ。命令なんだよ、天田少尉」 くれで、黄疸が出かかっているような自分が、なぜそんな勲章をも「軍団の陰謀だ」低く、吐き捨てるように天田少尉は言った。「お らえるんだろう。除雪功労章くらいならよかった。。、、 カマース勲章れがなにをした ? なにか不始末をしでかしたか ? 」 「ちがうな、少尉。軍団は関係していない。授章に関しては。マー はあまりに非現実的だった。受章理由はまったく思い当たらない。 フェア それなのに自分が選ばれたということは不気味でさえあった。除雪ス勲は師団が出すのでも軍団が授章を決定するのでもない。 リイ空軍最上層、最高参謀内の叙勲委員会が決定する。わかるか ? 功労章ならわかる。除雪は天田少尉に与えられた仕事だったから。 しかし雪かきで武功をたてられるなどとは考えたこともなかった。軍団にとっても、これは寝耳に水さ。なんできみが、と疑った。疑 だれも、考えないだろう。フェアリイ空軍の敵はジャムと呼ばれるったところでしかし、どうなるというものでもないんだ。間違いた 得体のしれない宇宙人なのであって、雪ではないのだ。間接的な敵ろうと問い合わせたが、正式決定たそうだ」 ・ : だれが、おれを選んだんだ」 だという理屈は考えられないでもなかったが、そんな敵と格闘する「いったい : くらいではマース勲の授章条件を満たせるはずもなかった。マース「知らん。最上層のやることは、おれたち下っ端にはわからん。し かし決まったことはもう変更されん。下手に辞退しないほうがい 勲とはそういう章だ。 。逆らうと、反逆罪に問われるかもしれん。それほどでな 天田少尉は寒気を感じて震える。熱いコーヒ 1 を飲んでもおさま らない寒気。感動ではない。怖れだった。なにか大きな陰謀にまきくとも、立場が悪くなり、目をつけられ、・フラックリストに載せら 込まれて、自分の知らない間にさんざん利用され、屑のように捨てれないともかぎらん。くれるというんだ、もらっとけよ。地球へ帰 、仕事につけるだろうし」 られるにちがいない。間違いでなければ、そう、険謀た。決まってったときにも有利だ。しし る。こんな馬鹿な話があるものか。利用されるのはまっぴらだ。酒「慰めですか」 を飲みながら、静かに死にたいものだ。自分にふさわしい、自分で「慰めか。おかしな話だな、めでたいことなのに。しかし、きみの 決めた死に方をしたい。・ とうせ死ぬから利用してやれという当局の気持はわかるよ。慰めになるかどうかわからないが、一週間の休 が出た。地球帰省許可も出ている」 やり方には、断固として抵抗してやる。 「そんなものはいらない」かすれ声で言った。 「受章は辞退します」 「わかった。忙しい時期だ。そう言ってもらうと、こちらもありが かすかに震える声で少尉は言った。権藤大尉もうなずいた。しか たい。しかし明日は仕事はいい。叙勲の日だ」 し大尉の口から出た言葉は彼の態度とは逆たった。 5 4

6. SFマガジン 1982年4月号

「心配しなくてもしし ヒーコン波がグレーダを真っ直ぐに誘導す「頼みがある。特殊戦はの陰の参謀といわれるほど実力があ る。あなたなら、おれの勲章の出所が調べられるだろう。お願い るから、ハンドルなんか握ってなくてもいいんだ。お笑いじゃない か。おれなんかいなくてもいいのさ」声がひきつる。「それでも英だ、少佐 : : : おれはそいつに勲章をたたき返したいんだよ」 「わたしでも無理だ」 雄になれるんだ」 「だろうな。つまらないことを言ってしまった。早くやつらに」天 「きみが」と・フッカー少佐は天田少尉をしげしげとながめて、言っ 田少尉は除雪スコツ。フを重そうに操っている十人ほどの戦士を指し た。「あの有名な、天田少尉か」 た。「終わるように命令してくれ。冷えるんだよ。凍死してしま 「そうとも。どうだ、驚いたか」 う」 「酒くさいな。いい身分だよ」 「わかった」少佐はサングラスをかけて言った。「やってみよう。 「そうとも」ふいに少尉は涙ぐんだ。まったく自分でも意識しない 涙。「飲まずにはいられないよ。仲間たちもよそよそしくなった。期待はせんでくれー 「じゃあ、早く命じたらどうだ」 おれが黙っていれば、ぶっていると言われ、しゃべれば、悪意をか きたてるんだ。どうやっても、やらなくても、おれはつまはじきに「勲章のことさ」 「なに ? 」 されるんだ。みんな勲章のせいだ : : : 勲章と引き換えにおれは仲間 へ。暖まって グレーダのエンジンをアイドルから間欠始動モード を失ったよ。くだらない連中だけどな。もうどうしようもない。お しまいさ」少尉はこみあげてきた吐き気をこらえる。血の臭いがすいた = ンジンは止まる。静かになった。風が耳を刺す。耳がちぎれ る。ウイスキーで流しこもうとし、むせて、吐いた。雪の上に赤黒そうに痛い。ィア・マフはつけていない。 「なんて言ったんた」 いしみが広がった。長くはないな、と思う。 「勲章のことだ。わたしも興味がないわけではないんだ。きみの受 「大丈夫か、少尉。これは血じゃないか」 「ほっといてくれ。あんたには関係ない。医者も好きなようにしろ章は、こう言ってはなんだが、たしかにおかしい。参謀の連中はな と言ってる。ただおれはーー・おれをこんなふうに惨めにした、勲章にを考えているのか、わたしも知りたい」 をくれたやつを呪ってやる」 天田少尉はブッカー少佐を見つめた。少佐の口調には嘲けりも嫉 「たれを呪うんだ」 妬も憤りもなかった。淡淡とした言葉。嘘ではないんだ。この男は、 「下っ端にはわからんよ」もうもうと白い息を吐いて、天田少尉は おれに同情はしてないが、さげすんでもいない。天田少尉は救われ 言った。「あんた、少佐、特殊戦の人間だろう」 た気持になった。 「そうだ」少佐はサングラスを外し、ポケットから防曇ス。フレ 1 を「頼みます、少佐」低くふるえる声で言った。 「わたしは特殊戦、ゾーメラン戦隊、第五飛行戦隊にいる。今度の 出し、吹きつける。 、、 0 ヾ 5

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をしよう」などと、あおったにちがいない。あの、馬鹿が。あんなをつげて式典場にいた。地下大講堂は別天地のように暖かかった。 男がいなければ、おれの受勲は仲間たちから無視され、それゆえ、 汗ばむほど暖かく、吹雪の中より息苦しい。天田少尉は他の受章 おれは仲間から疎外されることもなかったかもしれないのに。軍団者と並んで祝辞をききながら、ときおり顔をしかめた。二日酔の頭 はおれの小さな平安をふみにじる。予想したとおりだ。 が、ス。ヒーカーから吐き出される祝辞の一語一語に、ずきん、と痛 再びカードをはじめた仲間たちが大声でこんなことを言ってい む。 しゃちほこばっている式場の人間は、、現実感、実在感がまるで感 「マ 1 ス勲章ってなんだい」 じられなかった。ここには雪はなかったし、しびれるような寒気も 「さあ。武功章だろ」 なかった。参謀司令のいかめしい態度も受勲する戦士の顔も、自分 「なんで天田がもらうんだよ」 とは次元のちがう、まるで人形のように見えた。生きているとは思 「決ってるじゃないか。武功があったからだよ」 えない。ジャムを相手に戦っている人間なのだと思わせる緊迫感は あとは、笑、。、 ししつものくだらない話。だれかが女のことで喧嘩なかった。これはまったくの虚構ではないのかと天田少尉は思う。 して腕を折ったとか、いやそれは仕事をサポるでっちあげだろうと受勲者は実際には存在しない人間ではないのか。虚構といえば、こ か、おれならそんな痛い思いをしてまでサポる気はないな、とか、 の戦争そのものが架空の戦争にも思える。ジャムはその正体を人間 外はまだ吹雪だろうか、とか。 の前には決して出さなかったし、そもそも地上で雪かきを専門にや 天田少尉は壜をからにして床に放り投げ、目を閉じた。苦い酔いっている天田少尉には、発進してい「た戦闘機チームがどんな敵機 がまわる。 と交戦して帰ってくるのか、敵機がほんとうに存在するのか、どん フ = アリイ空軍創立記念日の天候、第二級吹雪。除雪隊は一級出な敵なのか、それを想像することができなかった。考えたこともな 、 0 マ、 動態勢をとる。モーター・グレーダ、ロータリがチームを組み、創 当カき屋の少尉の気がかりといえば、グレ 1 ダの燃料のこと、 立記念式典など無視して吹きすさぶ、その白い悪魔と立ち向かうた変形したドアのすきまから吹き込んでくる冷気のこと、そろそろ酒 めに出ていき、しばしの休息をとり、また燃料を補給して出動すが切れるから買わなくてはいけないこと、そんなものだった。少尉 る。いよいよ忙しくなり、故障車が続出したりすると、除雪車は迎の敵は雪だった。雪よりも、寒さだった。ジャムではなかった。 撃機なみにホットフュエリングーーエンジンを回したまま燃料補給フェアリイ空軍の敵はしかしジャムなのだった。少尉にとっては を受けるのだ。空中給油ならぬ、タンク車からの並進給油を受けな見たこともなければ考えたこともない敵だ。わけのわからない敵と がら白い雪と格闘するのだった。滑走路はそれほど広く、雪はそれ戦っているは、ジャムと同しようにわからない存在だった。 わからないところから勲章が授けられる。これは夢のなかの妖怪が 7 ほど容赦なく降った。 地上で同僚たちが凍えているころ、天田守少尉は着つけない軍服目の前にあらわれて鈴を振っているようなものた、と天田少尉は思

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) 第ことは、わたしのカでは解明できないかもしれない。 ~ 熏・ 0 囓心疇リイ空軍情報局から横槍が入ることも予想される」 「それでもいいんだ : : : あんたに会えてよかったよ」 「わかったら知らせる。じゃ、寒いようだからドアを閉めろ よ。震えているじゃないか」 「あ、ありがとう」長いこと忘れていた言葉だ。 天田少尉は鼻水をすする。つんと痛い。手袋でふくと、手 袋上で白く凍った。ドアを閉める。少佐がグレーダを誘導す る。天田少尉は重いクラッチを踏みつけ、ギアを入れる。 ふと白いはすの雪景色が薄く黄色味をおびているように感 」→ ( 第した。陽の光のせいか。あるいは黄疸か。おれもサングラス ・しをかけようと天田少尉は思った。このままでは死ねるもの を・か。勲章をたたき返してやるんだ。そいつに直接会い、勲章 をつき返して、ぶん殴ってやる。それまでは生きているそ、 " え、【〕、 ~ 当色対こ。 ・フッカー少佐ならなんとか調べてくれるだろうと天田少尉 は信じ、グレーダを発進させた。唯一の味方を得たと少尉は ンこマ 思った。あの少佐がおれを裏切らなければ生きていられるだ ろう、そんな気がした。 ドア下端からはあいもかわらずすきま風が吹き上がってく る。こればかりは勲章の件がかたづいてもどうにもならない ・ " 物を、 ~ 嚇ををュだろうな。天田少尉は鼻水をすすり、グレーダのラッセル板 をおろした。寒い。春はまだ遠い。永遠にこないかもしれな 。ラッセル板が雪塊にぶちあたり、雪の華が舞った。 ・々、い、・ヤ訶 にこま々 3 ド : ス年、三写火い フェア

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フラハンマーでたたいたのた 天田少尉にはそんな細工ができるほどの実力はないことを知りつ グレーダ出動。ドアは直ってない。。 つ、彼らはそう言って、侮辱するのだった。 ・ : かえって悪くなってしまった。外は風が強い。低くたれこめた おれの仕事などなんの価値もないんだ。天田少尉は、侮辱されて黒い雲が超スビードで移動し、切れ間から陽が光の剣のように地上 も黙っているしかない。 これまでは面と向かって「おまえは屑だ」 に刺さり、冷気を切り裂いて動く。気温は吹雪のときよりもさらに と言われたことはなかったが、受勲したばっかりに、自分の惨めさ低い。吹雪は苛酷だが、気温の点からすると吹雪のほうがましだっ が衆人の前にさらけ出された。どいつもこいつも言う、なんでおま しいかげんにし えが ? こたえられるわけがないではないか。もう、 つかの間の晴れ間を利用して、空港地上施設周りの除雪が大規模 てくれ。おれが望んだんじゃないんだ。 に行なわれている。グレーダの入り込めないところは人海戦術だっ 天田少蔚は憤りをアルコールで溶かそうというように、浴びるほ た。このときばかりは除雪隊だけの手ではたりず、各軍団は暇な者 ど飲む。マ】ス勲章が無数に全身にはりついて吹き出物のように醜を総動員して除雪にあたる。 く変形していき、金色の蛆虫となって肉のなかに食い込み、身体を天田少尉は戦術空軍・特殊戦の地上エレベータ舎の前にグレーダ 腐らせる。腐った肉から金色の空気の精がとび出してゆく。 をアイドル状態で止め、薄笑いを浮かべて、特殊戦の。ハイロットた 勲章は返せない。捨てることもできない。壊すこともできない。 ちがスコツ。フで除雪するのをながめた。歯の根をガチガチいわせな そんなことをしたら、処刑されるかもしれない。八方ふさがりた。 がら。ドアのすきまから冷気がひと吹きすると、運転席のデフのな 飲むしかない。アルコ】ルで消毒してやる。 い窓に呼気が霜になった。地表の細い雪の結品が風に吹かれてさま おれは偉いんだ、英雄なんだ、ヤッホー。英雄の出動だそ。酒がざまな模様を描く。湿気が音をたてて凍ってゆく。ビシビシ、・ハリ 少尉をひらきなおさせる。 ン。幻聴じゃない。ちゃんと聞こえるそ。 天田少尉は首にぶら下げた勲章がみそおちのへんにあたるのを意人の手で集めた雪をグレーダでかくのだが、それまで待っていな 識しながら防寒服を着込む。鈍痛は肝臓の痛みか、それとも勲章が くてはならない。天田少尉は顔を手袋でこする。ひりひりと痛い 腹をつつくのか。足をふみ出す。ふらっく。車庫は氷点下だ。グレ 早くやれ。こっちは他に仕事があるんだ。予定の機が発進したあと ーダについた雪が、融けないまま、白い。シャッターが開くとまば発進路の除雪だ。 ゆい光が差し込んでくる。久しふりの晴れ間だ。 運転席で凍えないための運動、顔をさすったり膝をたたいたりし 天田少尉はグレーダに乗り込もうとして少しよろける。同僚が見ていると、特殊戦の上士官らしい男が移動しろと手でサインを送っ ていたが、なにも言わなかった。飲んで出動するのなんかめずらしてきた。エレベータ舎ドアが開き、ばかでかい戦闘機が姿をあらわ 9 くなかったし、それに、なにしろ、相手は英雄だものな、というわした。シルフィードだ。天田少尉は腹の勲章を防寒服の上からおさ 4 える。 けだった。 こ 0

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、体 0 知《 0 敵地球 0 戦」、男」奇妙 0 勲章をず《 イラストレシ言ン フェアリイ・冬 神林長平 横山宏