頭は風速四から守られたが、目かくしまでされ ・ハンだ」お父さん。「そのままもってはしるんだ」 突撃前進。のんちゃんその名にふさわしくなくて、過保護状態の頭。 ワン。ハターンと百花斉放 「あなたったら、どんな帽子でも分別もなくかぶ 登校の壮途に。玄関を飛びたった一メートル十五 せちゃうの ? 」 朝、のんちゃんの登校時間になると、家族全員センチのポイントで ' ハターンと四つん這い 「なんだ ! おれの帽子だったのか」父が嘆く。 総動員、それはもう大変なもの。 自動ドア ( とはいってもス。フリング式 ) がタイ 「サイズでしか区別のしようがない一色の幹部 ミングわるくひもを挾んだのだ。 「はやく ! 算数の教科書は ? ああ、地理、地 理、あった。ソロバン、ソロ・ハン」 人間万事塞翁が馬。このつまずきのお陰で出足帽、とっさの時にはみわけが難しいよ」 「いくら子供の頭が体に比例して大きいと云って 「ソロ・ハン ? 昨日弟ちゃんがマルチ・ホイルトの遅かったお母さんが追いっき、 もあなたのようなエリートエンジンニアのそれよ レーラーのつもりでひつばったじゃなかった ? 「帽子、帽子、こんな風速四の風の日に : りは小さい筈よ」 テープルの下」 「遅刻た、遅刻だ」立ち上がるやいなやのんちゃ 「それほめ言葉 ? 皮肉 ? 美化服装、服装美化 母の推理も第六感もはずれることがある。床にんは地団駄を踏み、母から逸脱しようとした。 「帽子 ! 帽子 ! 」お母さんは部屋の中に向ってとこんなに過熱宣伝されているのに、何故また子 はいつくばって探しまわる。勉強机の下、タンス 供に幹部帽を買ってやるんだい ? ワンパターン の下、ないない ! あったペッドの下に。弟の大叫んだ。 車庫はそこだ。 「帽子 ? 帽子どれ ? 」お父さんはそこら中に散反対 ! 」 「じゃ、あなたが率先垂範でもされたら ? 百花 「ああもうだめ。七時十分だ ! 」のんちゃんが何らかっている帽子群の中よりランダムに一つ・ヒッ 斉放でしよう ? 」 重にもゆわいたひもはとてもとけるものじゃなクアツ。フして、のんちゃんの頭めがけてホッ。フ・ 「お、もう七時二十一分だ ! 」のんちゃんもこの ステッ・フ・ジャン。フと飛んで行っていきなりかぶ せた。 百家争鳴をつきあっちゃいられない。 「ロー。フがついていての本質的にソロ・ハンはソロ 特別読物・中国の科学ファンタジイ のんちゃんと電子頭脳 遲叔昌 本を絵本にし 0 8
「四十万、四百万、四十億の素子を入れたとし ック。コンビュー当ーにメモリーさせたのが前者 だけだったのだ。 本て、電子脳を復古主義の大屋根のようなジャイア のんちゃんの話をまとめると授業の外、学友と ( を一 ~ 「 ) 、、 , 行ント「ン。ヒ「一ータ - ーをのんちゃんにつけるの。可 の哀想ね」 の頓智クイズも挫折の重ね。 「ちょっと重いが」 一人の友人が質問した。「日曜日に僕は魚を七 し 「重いだけじゃなく、コンビュ 1 ターじゃいくら 尾釣「た。バケツに入れて家へ持「て帰った。家朝を【》 収精密に作っても現実の複雑な問題は全部解決でき につくと四尾死んだ、スケツの中に魚が何尾いる ない気がしてきた」とお母さん。 、を本「どこから仕込んだ耳学説だか知らないが、仲々 「三尾 ! 」とのんちゃん。 穿った考えだ。やはり自分の一四〇億細胞を使っ 皆一斉にドッと爆笑した。 て独自思考し、古いしきたりや枠を打破り、出藍の もう一人の友人。「八羽の九官鳥が木にとまってすぐ正確な答を出せたわけ」 ほまれを我等の息子に勝ち取らせるべきだよね。 「それが正解だとでもおっしやるの。お母さんが てる。・ハーンと僕の猟銃がその三羽に命中し 機械的頭脳じゃ、将来作家にもなれないね」 あきれかえっている」 た。木の上に後何羽残っているか ? 」 「七から四をひくと確かに三、八から三をひくと のんちゃんは自信喪失のため、あわてて手でロ を塞ごうとした。しかし電子脳のロへの指令は先確かに五。正解じゃないかなア」お父さんは自分 帽子から解放 の製品を弁解しようとした。 行した。 「じゃ、どうしてそれで笑いものにされたの ? 」 翌日から、のんちゃんは解放されて、無帽状態 「五羽 ! 」 「チェッ ! トンチクイズか ! 」 の生の頭で登校した。ひだ襟も取りはずした。今古 ワッ、、、、 0 「世渡りするのにトンチも必要でしよう」とお母東西の思想家、発明家、文学者、科学者の大脳構造 さん。「それはいいとしても、先生のテストの方は確かにそう違うものではない。それを鍛練して 「のんきな五羽だ」 はどう弁解するの ? 」 使うからよくなるものだ。色々な帽子から解放さ 「九官鳥じゃなく阿呆鳥じゃないのか ? 」 「だって、満洲里から広州と教えたから、そのまれ、新鮮な空気にふれることによってどんどん斬 新で創造的なものを生み出していきたいものだ。 ま出題すべきだろう ? 」 復古主義の大屋根 電子脳装置の帽子は別にすてられることはなか 「あなたは広州へ行ったら、もう一一度と戻って来 ないの ? 教えられた通りに九官鳥みたいに鸚鵡った。のんちゃんと弟ちゃんは時々それをとりだ 「あなた、どう釈明するの ? 」母は父へ、「どう して遊んでいる。「あの子たちったら将来大きく 返しに答えればいいとでもいうの ? 」 してくれるのよ ? 」 なったら、もっ・とすばらしいのをつくろうと二人 「そうだね、もう少し予算を出してくれれば、も 「プレーンは正常に動いているよ」とお父さん。 う二十万個トランジスターを加えて、もっとハイで言っていましたよ」とお母さんがお父さんに言 「俺が設計する時に加減乗除の活動。フロセスを全 っこ 0 部組み入れたよね。だから学友からの問題に対しクラスの電子脳を組立てるよ」 5 8
人一倍に得意がる。例えば自分のかいた文章、つ くった子供等、このお父さんの発明は我々にいわ 神童のんちゃん せると実は大したことがない。中国の田舎、ある 永い春体みの後、のんちゃんはこのニュールツ 、はシルクロード等に行くと石油ラン。フのガラス クで優雅に登校。コン・ヒューター。フラスのんちゃ かさにこのひだ襟そっくりのものがつけられ、ラ ン・フの熱によって同じ原理で発電させ、ラジオをんはすばらしい進展をみせ、科目によっては神童 鳴らせたりしている。お父さんはただラン・フのかのんちゃんとさえ思わせる。 さをのんちゃんの頸とすりかえただけで、その電先生は或る時面白半分に黒板に出題した。 12345678 & 76543211 十 123456789 = 源と電子脳とを髪の毛と同じ色のコードで連結し ( イコール ) の符号を書きおわらないうちに たまでの話。 のんちゃんは早ロ言葉みたいに答えた。 「九億九千九百九十九万九千九百九十九」 たし算 さすがのエレクトロニク・プレーンー ひき算は一秒間に数万題、掛け算割り算も千題は 優にこなす。先生のお言葉をも一切合切覚える。 「満洲里から汽車で広州へ行くのに、途中で立ち 寄る主な都会を列挙せよ」と聞かれると、のんち ゃんは考えもせず、たちどころに、 るやいなや、帽子をポンと机に投げ出した。 「ハル・ヒン、長春、沈陽、天津、北京、保定、石「あら、病気 ? 」母がのんちゃんの不気嫌な顔を のぞきこんで、息子の生の額に手をあてた。 家荘、鄭州、武漢、長沙」 というエ合で、のんちゃんは最優等生にランク 「この電子脳、エレクトロニク・プレーンの方だ された。 よ、病気なのは」とのんちゃん。「地理が白紙答案 家に帰っても以前に増して可愛がられるように だった。そしていろいろとね、ついていないよ」 なった。 「すらすら答えられるって喜んでいたじゃない しかし人間万事、諸行無常。 ? 」とお母さん。 「ところが先生がいつもの質問を逆に出した。満 洲里から広州ではなく、広州から満洲里へ行く途 九官鳥か阿呆鳥か 中の大都会と来たよ」 「そうか」そばで聞いていた父もしまったとショ ある午後、放課後、のんちゃんが家に帰ってく 第學響霧第 : 三祿第諏わ はそれを判断して使いこなすことで、コンビ 4 ュータ】は人間の創造力をより高める為の手 8 段に利用することで有意義性もあり、有効と なる。コン。ヒューターのマスターでなくては ならない。奴隷になってはだめだ。知識は必 ず陳腐化するから、知識老人は亠ロとなる可 能性がなきにしもあらず、という訳だ。 コン・ヒューターが人間社会にはいり込ん で、記憶や計算など人間よりはるかに正確迅 速に処理できるようになった現代、機械でで きることは機械にまかせて、人間はより充実 した豊かな明日のために創造性でもって未来 を考えることだ。そうやって社会に貢献する ことが人間自身の幸福にもつながって行くと いうものだ。
「なんでお前は」お父さんは矛先を強き者より弱「もちろん 6 ⅲが大きい」とのんちゃんの答えも はやかった。 き者へ。「自分の帽子をきまった場所におかない 教師はおこるわけにも行かず、この昨日既に教 んだ ? 」 えた事柄をもう一遍説明してやった。のんちゃん 「しつけ教育の時間帯ではないよ」とお母さん。 は全部了解というような顔をして、盛んにうなず 「今帽子さがすのが先決問題よ」 三人が家中どたばたしているところで弟がはた と閃いて一言。 学期末、成績表送付後三日とたたないうち、担 「屋根 ! 」 三人が一斉に弟チャンの可愛い人差指の方向に当教師が家庭訪問にきた。そして言うことには、 のんちゃんは特に頭が悪いという訳ではない。時 目をやるとさもありなん。屋根の上のアンテナの 頂にかかっている、風見鶏のようにひらひらしてには創造的な発想さえする。ただ勉強に根気が足 いるのが紛れもなくのんちゃんの帽子ではない りない。集中力に欠けている。家父長の教育面で の一層の協力を要望すると。 「西の風、風速 : : : 」という旦那の言葉を遮って 教師をおくりだした後、お母さんは成績表を眺 お母さんがいった。「それどころじゃないでしよ、 めながら、「我々の息子はビリから二番目、想像 出来ます ? 」 ハシゴ借りて来てよ」 「思い出した」のんちゃん。「昨日アンテナを立「こんな教育ママがいるのにね。過保護がたたっ てる時に帽子を臨時的に竿にかけたんだ」 たのかな ? 過ぎたるは及ばざるが如しというじ ゃないか」 この時、お父さんは既にハシゴを借りて来て、 ゃねにの・ほり、帽子をサッととり、宙でくるくる 「何とかしてよ。家父長さん。生みて教えざるは 円をえがかせながら、ひょいと手際よくのんちゃ父の過ちなりともいうんじゃなかった ? あなた んの頭にかぶせた。 はアイディアマンでしよう。教育法でも開発した ら ? 」 「私は教育学者じゃない。エレクトロニク屋だ 家父長の協力 よ、技術の事ならともかく : ・・ : そうだ ! アレで 行こう、よしひきうけた」 五分遅刻で、のんちゃんはスーっと教室にすべ り込んだ。 「 6 ⅲと 3 一 5 はどっちが大きい ? 」教師はいき のんちゃん。フラスコンビューター なり遅刻のんちゃんに質問。 出生地はかって東方のパリと呼ばれる中国 北方のエキゾチックな都会ハルビン。年齢不 詳。実業家の父が憲政の父尾崎行雄翁に師事 し、私を慶応大学に留学させた。帰国後、ゼラ チンをつくったり、ジープカー三台を再組立 てしたり、テンマルクに一二〇万トンの満洲 金黄大豆を百トンうったり、神崎製紙に一〇 六〇トンの。ヒンク色タルク鉱石を売ったり、 小説を三十一一冊かいたりした。一九五 七、五九、六〇、六一年、中国優秀児童文学 賞に入選、インドネシャ、朝鮮、ロシャ語に 訳され、東京堂出版の世界児童文学事典に論 評された。一九八〇年には児童文芸賞をとっ た。を書けない時には壺井栄、広津和郎 等の小説を十数冊翻訳出版、又中国漢方薬の 書を日本語に訳した。気まぐれ、ランダムな 仕事ぶりですまないと思います。一九七五年 来日、母校慶応大学文学部の講師をつとめ る。 ー・作者あいさっ・ 私、遅叔昌は何をやったか 8
「お待たせえ。御指名して下さって、ありがとう」 「おつ、「一カリちゃん、来たね。待ってたよ」 昨日、青森から出稼ぎで上京してきた農協のオパさん、という風隣のポックスから、客の声が聞こえてきた。視線をそちらにやる 7 情の三十女が私の隣に座った。 と、いま座席に着いたホステスは、まぎれもなく田中奈保子だっ 「キミが奈保子ちゃん : : : 」 た。化粧は濃くなっているが、あどけない表情は失跡前に撮った写 「そうよ、アタシが『ルンルン気分』の人気者の奈保子ちゃん。よ真と変わらなかった。ナン・ハーワン・ホステスになるのも無理はな いな、と私は関係のないことを考えていた。 ろしくね」 意外だったのは、奈保子が予想に反して明かるい屈託のない表情 農協女はなにがおかしいのかガハ ( と笑うと、やにわに私の股間 に手を伸ばしてきた。なにか農作業でもしているような手つきだつをしていることだった。 「さあさあ、お待ちかね。ゴーゴー・タイムのお時間ですよー マイクを持った男が喫きたてると同時に、店内のがいまま 私は、ギャッといって、座席から一メートル飛び上がった。それ を見て、女がまたギャハハと笑った。 でにも増して大音量で鳴り渡った。照明が出鱈目な明減を繰り返し 私はまたしても深く傷ついた。なぜ、宇宙ヒーロ 1 であるキャ ' フている。店内の猥雑な雰囲気が一層昻まった気配だった。いたると テン・マスカラスが、こんないかがわしい店で破廉恥な行為を受けころで男たちが女に抱きっき、女が嬌声を上げる。札東が次つぎと ねばならないのか 女の胸にしまわれていく いっこうに体を触りもせず、ということは当然、一銭のチップも その乱痴気騒ぎを口をあんぐりと開け、呆然と眺めているとき、 渡そうともしない客に、″奈保子ちゃんみもジョーの隣の席のホス私の体に異変が起きた。いや、正確にいうなら、私の体と心の両方 テスも、次第に不機嫌になっていくようだった。 に異変は発生した。 「ところで、こんなかんじのコ、知らないかなあ : : : 」 中枢神経が突然昻揚し、冷静な判断力が隅の方に追いやられるの いくら耳元で田中奈保子の特徴を喋ってみても無駄たった。店内がわかった。心の中の悩み事が徐々に姿を消し、代わって下意識に は薄暗く、他のホステスたちの顔を窺うことは出来ない。彼女たち抑圧されていた欲望が頭をもたげてくる。私は隣の席の農協女にし はどんどんオッマミを頼んでは、自分たちでガッガッとそれを平げやにむに抱きっこうとした。彼女の扁平な鼻が眼前に迫った。 ていった。帰りがけに、忘れずに領収書を貰「ておかねばな、と私結果として、彼女の顔が私の理性を蘇らせることになった。私は は思っこ。 彼女の偉大なる鼻に感謝せねばならない。一人の女の鼻が、地球の 「三番テー・フル、ユカリちゃん、ユカリちゃん。御指名です」 歴史を変えたというケースは、実にクレオ。ハトラ以来ではあるまい マイクで男が怒鳴っている。この店の売れっ子ホステスらしい さっきから、何度もその名前を放送しているのを私は聞いていた。 私はギャッといって、彼女の体から慌てて身を引き離した。そし
け、おねえちゃん、と言いなおした。 「ここは何という町なの ? 」 「レイナアデライダよ」 ここが、この小さな町の中心部なのであろうか。広場の真中に石やはり答えは同じだった。 で畳まれた円い池があり、勢いよく噴き上げる噴水が陽光に煌めい リトル・ハラは、町の入口で、二輪車を押してやってきた老人に、 ていた。 この町の名をたずねた。老人はレイナアデライダと答えた。 広場を囲む家々の窓には白く塗られたフラワーポックスが置か幼い少女はまだ何かたずねることがあるのか、というようにわず れ、そこから真紅の花房が垂れ下っていた。 かに首をかしげた。 さわやかな風が広場を吹き過ぎてゆくと、花の甘い香りが濃密に たずねたいことは山ほどあるのに、何からたずねたらよいのか、 ただよってきた。 見当もっかなかった。ことに相手は幼女だった。 子供たちが広場に走り出てきた。子供たちの手にした風車が、持「あなた。幾つ ? 」 ち主の動きに合わせて、あるいはせわしなく、あるいはゆるやかに ほとんど無意識に聞かなくともよいことを聞いた。 カラカラと音を立てて回った。 「四つよ」 少女は、それ以上、リト化ハラの質問に応じている時間的余裕を 池の水の面に、青い空と白い雲が映っていた。白い雲は、あとか らあとから水面を横切っていった。その雲の動きより、ほんのわず持たないもののようだった。少女は肩のところで手をふると、もう あとをも見ずに走り去った。 か遅れて、広場を大きな雲の影が横切っていった。 リトル・ハラは噴水のかたわらを離れた。 色とりどりの小さな魚が、むれをなして水面近くを泳いでいた。 幾つもの波紋が通り過ぎ、消え去ったあとに、リトル・ハラの顔があ広場に面して、石と木で造られた二階建ての、事務所風の建物が あった。 らわれた。 空と雲を背景に、水底からのぞきこんでいるリトル・ハラの顔は、 軒下の看板がゆれていた。 今にも泣き出しそうだった。 あまり上手くない字で《町長事務所》と書かれていた。 どこかで、名も知れぬ鳥が鳴いていた。 ここで聞けば、知りたいことのいっさいがわかるだろう。 子供たちがリトル・ハラの体に突き当るようにして駆けてゆく。 また鳥が鳴いた。だが、それは鳥の鳴声ではなく、看板をつるし 彼女はその一人を呼び止めた。 た鉤がこすれて鳴っているのだった。 「なあに ? : : : おば : : : 」 リトル。ハラは分厚な扉を押した。 内部は、人の顔もわからぬほど薄暗かった。その薄暗がりに目が おばちゃんと言いかけて、リトル・ハラの顔にあらためて視線を向 8
いような事件にも、理由は必ず存在する。これは二十五世紀という こんなことになってしまったに違いないんです : : : 」 科学の時代に生きていた私の確信であった。ただ事件につながる因 そういうと、彼女は泣き崩れた。 果の糸が複雑にもつれ合「て、この時代の凡庸な人間たちには、突私は顎とロと眉毛のの字を、さらに際立たせるように自分の顔 発事としか認識できないだけなのである。 に造作を加えた。そして、力強くいった。 「最後にもう一度お説きします。娘さんにはーー奈保子さんには、 「限られた手掛かりから、解決の糸口を見つけだすーーーそれが探偵 失跡前、変わったことは本当に何もありませんでしたか。・ : どん稼業というものです。手がかりが少ないほど、私たちも試されがい な些細なことでも結構です」 があるというものです」 しばらくの間、田中夫人は黙って考えこんでいた。 「これといって思い当たることはございません : : いなくなる前の 4 日に、パパに大層高価なテニス・ラケットをおネダリして、分不相 応だからまだ早い、とたしなめられたこととーーーでも、あのコも笑夜の新宿歌舞伎町界隈には、欲望と喧騷が渦巻いていた。この時 って、それなら大学に入るまで諦めるわ、と申しておったんです代の狂気じみた猥雑さを、私は改めて肌に感じた。 よ」 ジョーと私は、欲望の渦を掻き分け、目指す目的地に辿り着い 田中夫人は必死で失跡直前の娘の言動のディティルを思い起こそこ。 うと努めていた。 眼の前にビンク・サロン「ルンルン気分」のネオンが、毒々しく 「あとは : : : そのまた何日か前冫 こ、お友達と何人かでロック・コン輝いていた。 サ ートに行きました。でも、その日も、ちゃんと門限までには帰っ店の中は客で溢れていた。鉢巻きを締めた野卑な表情の男が、タ て来ましたし ・ : あっ、それと同じ頃、髪をいま流行の・フロ イハリンを叩きながらとても再現出来かねるような単語を並べて大 ウ・ヘアーにしたいといって、大型のヘア・ドライアーを自分の貯声で吠えている。 金で買ったことがございました」 「御指名は ? 」 それから、彼女は深いため息をついた。 ポーイがやってきた。多分、そう巧くはいきっこないとは思った 「でも、テニス・ラケットにしろ、ロックのコンサートにしろ、・フ ・ : 私は「奈保子ちゃん、お願いね」といった。今夜の私は、好色 ロウ・ヘアーにしろ、いまの娘さんたちなら、誰でもなさっているそうな表情のサラリー マンの顔になりきっていた。 ことですものねえ : ・ 。きっと、手がかりには、なりつこありませ ポーイが「承知しました」といったので、私とジョーは顔を見合 んわね。私が注意して見ていれば、もっと色んな手がかりが見つかわせた。 ったでしように : : 。私の育て方が間違っていたせいで、あのコが しばらく待っていると、横で女の声がした。
もおいでのようだし : : : 」 娘が突如失跡したのは半月程前のことだという。一・週間ほどして電 「あ、こちらね、登美子さんていうの。私の中学校時代からの親友話連絡があったが、その内容も、元気でやっているから心配する なのよ、この人。御主人は大手の製紙会社の部長さんなさっていてな、警察に届けたりしたら死んでやるから、というもので、それき り音沙汰はないという話である。 ね : : : それで、おトミがその部長さんと出会ったキッカケっていう のが、また傑作なのよ、これが : : : 」 家庭や学校では良いコを完璧に演じ、教師や親の知らない場所で こうしたケースは年々増加してお 小柄な中年の女の顔が、心労でやつれているのがわかった。制止は手のつけられないアパズレ り、私もその点については何度も突っとんだ質問をしたのだが、ど しなければ何時間でも続くに違いない大家の話を、 = 私は遮った。 うやら田中奈保子に限ってはそうした裏の生活はないと見て差しつ 「さ、立ち話もなんです。そこにお座り下さい」 彼女は以前、油を売るのと、私の顔に見惚れるのとで、時間の経かえないようだった。 つのも忘れ、昼飯から晩飯の時間までこの事務所でねばっていたこ失跡して半月ーー杏として行方のめぬ奈保子に関する情報がも たらされたのは、昨日のことだった。奈保子の父親の部下が、前夜 とがあった。 の戦果報告を会社で披露したときに「いやあ、昨日のホステスが田 彼女が連れてきた小柄な女性は、田中登美子と名乗った。 中部長のお嬢さんにそっくりなコでねえ : ・ : 」と洩らしたらしい 「実は、娘のことで : : : 」 何秒かの沈黙の後で、田中登美子が口を開いた。弱々しい声音だ部下たちは上司の一人娘の家出騒ぎを知らされてはいなかった。 奈保子に良く似た娘がいた店は歌舞伎町のビンク・サロンだとい 「おトミの娘さんは、今年、高校に入学したばっかでね : : : 奈保子う。まさか娘がそんなところに、と田中夫人は信じられぬ思いだっ たらしいが、今朝になって、ともかく当たるたけは当たってみよう ちゃんていうの、そりや器量のいいコでね。ううんーーー器量ばっか じゃなくて、性格も最近の娘さんにしちゃ珍しくいいコでね : ・ : ・」という気持ちになったらしい。そのとき、歌舞伎町の裏手で貸ビル をやっている、かっての親友の存在を思い出し、なんとか力になっ 私は再度、大家のお喋りを遮らねばならなかった。 「奥さん、中し訳ありませんが、そこにあるサイホンでコーヒーをてくれないかとワラにもすがる思いで連絡を取ってきたという話だ っこ 0 入れて頂けませんか」 彼女はさすがに一瞬ムッとした様子だったが、甘い夢見るような「手塩にかけて育てた娘さんが、突然なんの理由もなく、いなくな っちゃうなんて、あんまりよね : : : 」 微笑を向けると、いそいそとコーヒーを沸かす支度を始めた。 田中登美子の依頼を一言でいえばーーー十六歳になる一人娘、奈保大家も貰い泣きしている。案外、気の優しい女なのかもしれな 子の家出捜索願いだった。 大手製紙会社の部長である田中家の、器量も性格も良かった一人しかし、どんな事件にもーーー一見、衝動的としか説明の仕様がな っ ~ 7
識を仕込み、たし算ひき算掛け算割り算程度の事 が出来れば充分でしよう」 温血動物電池 一カ月後、のんちゃんの登校前、お父さんは新 製品の帽子をかぶらせ、そして頸に〃ひだ襟を つけようとした。 「あまり子供を玩具にしないでよ」お母さん。 「これではまるで中世風じゃないの」 「一九五六年中国でも記念されている世界十大文 化名人レン・フラントもつけているよね。しかしこ れは外見上似ているけど、内容は斬新なものだ よ。つまり古い革袋に新しい酒を盛ったというも のだ」 それからお父さんは嬉々として講釈したことは ~ - を ) ~ を要約すると次のようなことです。即ち、違う材質 の半導体を接着させ、その接着部により高温を与 たわ、あなたはトランジスターでのんちゃんの神えると、弱い電流が発生する。つまり小さい電池 経細胞の代行をさせようと企んでる訳ね」 だ。沢山のこれをつなぐと強い電流が得られる。 「然り。お前は最新型の脳波偵察機だね。僕の新お父さんの作品のひだ襟の裏側は沢山の半導体の 発明はのんちゃんプラスコンピューター、向うと電池で、外側は細い軟らかいワイヤで編んだ熱を ころ敵なし」 発散させるラジェター 「コンビュータ . ーにどれだけ脳神経細胞を入れ のんちゃんは勉強には情熱がないけど、やはり る ? 」 温血動物である以上、彼の体温は冬は勿論、夏で 「トランジスターのことだね、とりあえず二十万も外界との温度差は三度位に保たれているので、 個」とお父さん。そしてお母さんの心配そうな顔半導体電池を電子脳に供給する電気を発生させる を見てつけ加えた。「現段階ではこれでまあまあ条件が十分ある、とお父さんの発想。 というところ。まだ小学生だから、それなりの知 人間の習性は、往々にして自分のつくった物を 忠実で善玉。黒というのは忠実度が劣る人種 ですね。 一時は、よい仕事をやっても、忠実度が 足りないときめられた人々は頭が上らなかっ た。幸い「ねずみをとれる猫は白黒にかかわ らずよい猫だ」という名言を云ってくれた人 が出てきたから、助かりましたよ。私の に賞をくれたりした。さしずめ私はねずみ のとれる天色猫というところでしようね。 帽子、帽子と文章にやたらに出てくる が、何かを示唆していると思われますが。 一九五六年、この文章を書いた時の背景 は、百花斉放・百家争鳴がよびかけられた一 過性の時代であった。そして服装をもっと近 代化、美しくとキャンペンを盛んにやった時 期でもあったが、習慣勢力に勝てずその運動 も崩れ去った。帽子をかぶせるとはレッテル を人に貼りつけることで、たとえば近代建築 に古代東洋建築風の大きい屋根をつけたがる 建築設計家には復古主義という寸法のあわな い大きい帽子をかぶせる訳。これでは設計を やる意欲が一遍になくなってしまうわけ。ま た外国人の作家にまで、例えば反動作家とか いうレッテルを貼ったりする悪趣味もある。 あなたはコンビューターにあまり賛成し ないという立場ですか ? 中国語ではコンビューターを電子脳とも いいます。私は知識よりも独創力の方を重く みる。想像力の方がより大事だと思う。物お 8 ばえはコンピュ 1 ターにさせて、大事なこと
「僕は ? 」のんちゃんは心配そうにきいた。 何故かこの頃お父さんはやたらに帽子ファッシ 「神経はちょっと鈍いようだけど蛙の子は蛙、一 ョンに凝り出した。 設計して帽子屋に特注した帽子の中に色々もの四〇億前後はやはりあるでしようね。我々人間は もいかえれば外部から刺激を をつめている。ただし手品師が楽屋でシルクハッ何かを耳にすると、 トの中に鳩や兎とか金魚とかという類のものをつ受けると、ある一団の神経細胞が興奮し、その他 めるのではない。 の多数の細胞が抑制される。この興奮、抑制の過 のんちゃんがそばで観察していて、「お父さん、程によって我々は多くの事柄を記憶し、様々な問 何故この小さいマッチの頭のようなものを帽子に題を思考し、色々な結論を導き出す」 お父さんの高ぶる一方の演説口調を遮り、お母 つめるの」 「トランジスターだよ、これがコン・ハクトで、半さんは、 「結構、結構。ちょっと抑制して下さい。わかっ 永久的寿命で電気をくわない」 「トランジスター・ラジオでも帽子にセットする の」お母さんの耳学問相当なもの。「登校途上に 音楽聴かせて情操教育 ? 」 「いや、エレクトロニク・プレーン」だよ。お父 さんにやっと家庭中での家父長の地位がとりもど された感じ。「電子頭脳だよ。この帽子をかぶれ ば、のんちゃんプラスコン・ヒューターになるんだ よ。どんな難問題でも無敵って訳さ。この小さい 半導体素子これ一つは大脳皮質の中の神経細胞に あたるわけ」 「神経細胞ってそんな大きかった ? 」お母さんは 指で自分の・ハーマネントのかかった頭を差して言 「やられた。しかし今のとこゑ一九五四年の時 点でここまで小さくつくるのは容易ではないよ。 電気を通すと、大脳神経細胞が興奮状態になる。 私もお前も一四〇億前後の神経細胞を備えてい る」 0 中国文化通と自任する日本の友人 私・遅叔昌 あなたのこの電子頭脳ス トーリイは発表 されてから、色んな国の言語に翻訳され、一 九五七年の人民日報で彭伯通という人がこの 作品についてエッセイを書いて作品の意義づ けをした。いうには、電子頭脳ストーリイは 教条主義者を諷刺した作品である。彼等はリ ーダーの主義主張に従うばかりで疑問も持た ず、そこから一歩も出ようとしない、しかし 現実社会にはその一人のリーダーの考えだけ では対処できない問題も多々ある、そこで大 同Ⅷ切なことは、やはり自分自身の頭で考え、独 物以Ⅷ自の思想を各々が持っことだ、と大いに共感 していましたが、あなたはそんな思想を 小説という形を借りて、人々を啓蒙しようと ス したわけですね。 とんでもない。私は一介の子供の絵 氏 本の物書きでして、そんな大それた事夢にも 考えていません。そんな教条主義だの修正主 録Ⅷ義だのイデオロギーがかったものはどうも苦 収皿手で、まして今日の教条主義者が一夜あけて 一一、一脳修正主義と目まぐるしく変わる白黒の 0 けに くい当時の社会の波には乗りきれませんよ、 本Ⅷあの時、彭氏の文章をよんでひやりとしまし たよ。 あなたご本人は白 ? 、黒 ? 白が革命に 解 説 2 8