は、通過希望者が帰宅するに先立って行なわれる形式的な手続きところには、年をとってしまうぞ。問題は全部で三問だ : : : もうあと 二問しか残っていない : みなされている。補足情報の意味が理解できたら報告しなさい」 「わかったよ」アンドレイ・ e はすっかり悲観していった。あんま「あきらめたらどうだね、若いの」耳もとで妙に聞き覚えのある声 り腹がたったからすんでのところで泣きだすところだった。「それ がした。 で、もしあんたが答えられないような問題をだしたら、どうなの振り返ってみると、そばにさっき見かけた番兵たか門衛だか、と にかく綿入れを着て、小脇にべンダル銃をかかえた男が立ってい 「そんなことはありえない」〈シドウキ〉が自信たっぷりに答え 、ードはつれていなかった。 た。「私に不可能なことはない。質問、解答、謎、課題、問題、理「はたしてあいつをお前さんにやつつけることができるかな ? 」 論、仮説、着想に関することなら、どんなことでも万能だ」 番はそう言って、見込みはないな、というように手を振った。「や 「でも、もしかってことがあるだろ ? 」 っこさんは、通過希望者を追い返すためにここで頑張っているん 「もしかなどということはありえない。私は万能なのだ」 - しー . し子 / だ。あいつに参ったといわせるのは絶対に不可能だよ。、 闘い探しもとめ、発見し、降参しないこと、それを忘れるな ! んでこんなところにいるんだ ? 魚がいないんだったら、なにも水 「万能なんかへっちゃらさ」疑ぐり深い口振りでアンドレイ・が に入ることはあるまい。それをお前さんはいつも他人のことを、ゲ 言い返した。「万能だっていうんなら、この問題を解いてみてよ。 ンカのことばかり心配している。わかっているだろうが、友達とお 第一間、ここからどう行けばゲンカのところへ行けるか ? 」 前さんの関係は、魚と水のようなもんだ。お前さんは川底にいて、 剣で切り返すように答が返ってきた。 彼は岸の上にいる。ま、結局そんなことはどうだっていいんだが、 「絶対に行けない」 ここを通り抜けることだけはむりだ、あきらめるんだな。犬が狼の 足跡をつけるもんじゃない 振り返ったら食われてしまうそ : ・ ディス。フレイに文字が流れた。 〈第一問解答アリ消去解答正解正解正解解答正解・ : 」 やっとそこで、アンドレイ・ e は門番が〈雌馬〉おじさんである ことに気がついて、ひどく驚いた。たしかに、さっきわかれたとき アンドレイ・ (--€はがっかりして唇を噛んだ。うまくいかなし : 己より彼はいくらか縮んで小さくなっていたが、間違いなくそれは、 彼はいくらか電算機のことを理解していた。この〈シドウキ〉の言 あの厚かましいお喋り屋のオポチュニストだった。 億容量がかなり大きくて ( あの戸棚か箱のようなものを見ればわか る ) 、相当の高速処理能力を持っているとすれば、実際に手も足も「だから、ためになる忠告はおとなしく聞いたほうがいい」〈雌馬〉 おじさんがくどくどと続けた。「このあたりで切り上げたらどうな でないそ。しかし、あるはずだ、この金属のコン畜生にだってわか らない謎がこの世にはきっとあるはずだ。だが、その謎を思いつくんだ。そう、形だけの簡単な問題をだすんだ : : : 二掛ける七は、と 9
当の事件がおこったのは、実に五世紀ぶりだというんだから。でうなるというの ? 」 「たってアウラ、そんなことはもう何百年もおきていないし、この も、その状態をみて、あわてた O ・ O がすぐデータをヴィジフォー ンで流したの。いま、あなたからきいた限りでは、たしかにごく正市の市民たちは、ほんとうに、理性と理念によって : : : 」 確で、ありのまま、おこったとおりの報道たと思うわ。ファンが操「お題目の話をしてるときじゃないってことを、忘れないでね」 あっさりとアウラは云った。 縦をあやまったゴーカートの手動ゲーム・マニアにはねられた。そ れに怒ってレダが近くの工事現場からもちだした発火剤でカートを「私たちも、自分でおもってる半分も、文明人でもなけりや、理性 炎上させ、五人を殺傷した。市民全てが同じ分量の、同しデータを的でもなかった、というたけのことよ。おどろくことなんかないわ 私には、はじめからわかっていたし : : : 私は、幻想をもっタイ 得たので、デマはたちまち一掃されたけれど、そのかわりこんど は、かれらは一体何がどうしたというのか、少しも理解できないの。フじゃないのでねーー、・それに、かれらの心理もわからないわけじゃ ないわ。市民たちは長いあいだ、完全に理解できる、あるいはでき で、激昻しているわ。ファンが、実験につかわれたイスだ、という ると思いこんでいるものをしか、見て来なかったし、市民たちの生 ことはわかる。でも、どうして、それが殺されるとデイソーダーが 怒るのか いや、たとえ何か怒ったにしても、それでああいう行活圏には、そういうものしかなかったの。そうなるように、かれら は長いことかかって自分たちのまわりをととのえていったし、ま っこうにかれらには理解できない。どう 動に山川るということがい た、そうなった環境に適応しきっているのよ。そこに、どうしても しても、論理的必然性というものがっかみとれないのよ。そのこと が、かれらにひどい恐怖を与えた。それで、かれらは、このデイソ理解できないし、理解したというふのもできぬほど異質な行動をす , ーダーが、正真正銘の気ちがいなのだ、というふうに考えたがってるものがあらわれたら、そんなかれらはどんなふうに反応すると思 って ? かれらとしては、たたひたすら怯え、拒むほかないじゃな かくしても、しようがないわね。この病院に いるわ。そのう も、抗議やいやがらせがすごいのよ。病院は一日も早く出ていって いの。かれらは、異るものを異質なままでうけいれるタイ。フの人た ほしがっている。でも、あなたはともかく、レダは、ここから外へちしゃないわ。市民たちにとって、理解できぬものがひとっ世界の 中に、かれらの世界の中に存在していると思うことは、それだけ 出たら、リンチーー古い、誰もが忘れていたはずのことばなのにー いや、たぶん、かけられる可能性で、かれらの存在そのものがおびやかされてしまうことだものね。 ーにかけられるかもしれない これはかれらにとってだって、死活にかかわることなのだから」 は八〇パーセントはあると思うわ」 「でも、そんなことって : : : 」 「そんな・ーーー」 ・ほくは呆然とした。 思わず・ほくは叫んだ。 3 3 「あんまりじゃないですか。理解できないものがあるからって、 「そんなばかなことが」 つみ 「私だってそう思うわ。でも、私が、こんなことでうそをついてどンチたなんてーー抹殺してしまうなんて、それじゃ、シティのかか
どうやらこれでペコペコしなくてよさそうだ : 知ったか ! 説明しはじめた。 ところがまたもやよろこぶのは早すぎた。ふたたび無数の丸い電 彼は自分の説明に酔っていた。思い入れたつぶりに滔々と喋っ た。作品の中から大好きなところを引用して、演説調でまくしたて灯が ( あたり一面にまき散らしたようにいっせいにパッとともり、 た。惜しげなく手ぶりをましえ、あげくのはては戸棚だか箱だか知またたきはじめ、またもや、サラサラ、カタカタ、パチ。 ( チ、シュ 、いはじめた。そして、〈シドウキ〉はけろ・つとして、景 らないが、そのあいだの暗がりの中を行ったり来たり歩きまわりか ねないありさまだった。するとーーー驚くべきことに・ーー彼が話を続気のいい声を張りあげた。 けるにつれて、じよじょに黄色い電灯のまたたきが緩慢になり、騒「第一段階終了。第二段階開始。中学生アンドレイが任意の問題を 音がしだいに静まり、臭いが消えてしまった。そしてだんだんと涼三問出題し、私がそれに正しく解答し、第二段階を終え、試験を完 しくなっていくような感しがした。彼が満足がいくまで、ことこま了する。しかるのち中学生アンドレイはおかあさんのもとへ帰る。 ミ、ト ) と固形油およ第二段階に関する情報が理解できたら報告しなさい」 かに、アルミニウムと酸化鉄の混合物 ( テルツ び黄燐でできた炭素ビラミッドの装置にとりつける青銅製の環と陶中学生アンドレイの顎があんぐりと開いた。「そりゃないよ、マ 器製の盤の説明をし終ると、〈シドウキ〉は完全に静まり返り、存マのところへ帰れって、どういうことなの ? 」彼は仰天した。 在する気配すらしなくなってしまった。どうやら眠りこんでしまっ ディスプレイを文字が駆け抜けた。 たか、あるいは、驚きのあまりぽかんと口を開けて立ちすくんでし 〈回答セズ修辞学的質問回答ノ必要認メズメズメズ : まったのかもしれない。「 アンドレイ・はしばらく待ってから、 「そりゃないよ、ママのところへ帰れって、どういうこと ? 」アン 「どうした ? 」 ドレイ・は頭にきて怒鳴った。「絶対にママのところへなんか帰 ディスプレイに「 7 が一個。ほっんと現われて消えた。そのあとるもんか ! 家へ帰るなんていやなこった ! ゲンカのところへ行 に、きらきら光る文字が現われたが、流れは緩慢で、たがいに追いくんだ ! ゲンカはぼくの助けを待ってるんだそ ! やりかたがき たないよ ! 全部答えたじゃないか ! 」 越しあいって整然としておらず、文字はばらばらだった。 〈第三問解答正解正解正解解答正解正解正確サ限〈シドウキ〉が横柄なうなり声をあげていった。 界双曲面体ノ現実的可能性黄燐ノ色認識ニ誤リナシ正解 「補足情報。説明をする。たとえテストの第一段階に。ハスしようと 正解正解 : : ↓ も、通過希望者がここを通れるのは、第二段階でその者が出題した 三問のうちたとえ一問でも私が正解をたすことができず ' その能力 支離減裂な綴りをなんとか読みとりながら、アンドレイ・は小 躍りしてよろこび、腹の中でざまみろと喝果した。 - 〈シドウキ〉のがなく、不可能である場合にかぎられる。その確率は理論上目に見 やつめ、たまげてしまってロもきけないぞどんなもんだ、思い えないくらい小さく、実際上ゼロに等しいから、テストの第二段階
の個人にかかわる部分を心配することがゆるされるのは、その個人であったら、むしろぼくはこのようには、云わなかったかもしれま ートナーでも何でもないからこそ、ぼくは云うの ートナ 1 だけで、それも真の個人性についての部せん。しかし、 がそれを認めたパ ートです。。ほくの心はレダにむかっており、レダのむは・ほくにむかって 分ではない。きみは、レダ・セイヤーの何だというのだね。 いる。それ以上にたしかなことはないのではないでしようか ? ・ほ レダ・セイヤー自身はそうした ナーでもないし・フラザーでもない。 ナーというかたちで独占しょ 質問、疑問を抱いたことは一回もない。とすれば、きみはなぜ、本くがレダを愛していて、しかもパート 人でさえもたぬ質問をわれわれに答えろと強いる根拠をもっと信じうとか、契約によって安全に手の中に縛ってもっていようと思わぬ こと : : : それだからこそ、理解しよう、守ろう、知ろう、とっとめ ることができるのだね。きみはレダの何なんだ ? 」 るむのはたらきよ、、 。しやが上にもあいてに向かってゆくのではない 「おそらく、そうおっしやるのではないかと思っていました」 でしようか ? 権利ーーー資格ーーぼくは、権利や資格によってはじ ぼくは静かに云った。 むしろ、そう云わめてレダを愛し、理解するわけではないのです。・ほくという存在が 「いすれはそれを答えねばならぬだろうと。 れるのがずいぶんおそかったと思っているくらいです。そしてまたまたまあり、レダという存在を知る。それゆえに、・ほくの心がレ ダへむかってゆくのを、どうしてせき止める権利をもつものがいる た、むろん、・ほくはそれに対するこたえをもっているしーーーもっと ? 心は止められないのです。そしてパートナー制度やカ 早く、その話をしたか「たと思「ているのです。なぜなら、それこのですか そは、一ほくがこのシティについて抱いている思いの中心をついてく れるからです。 ハヤカワ・ブックフェア開催のお知らせ ぼくはレダについて知る権利のあることを信しています。レダが ミステリシリーズ、 / ンフ 、、ノヴェルズ、 知らせたくないことはむろん別です。あるいはくが知っていて イクション、単行本など、在庫僅少本も取りそろえており ます。 も、知らぬふりをした方がよいようなこと、知らぬ方が二人の関係 のためによいこと、それも、ムリに知ろうとは・ほくは思いません。 ・近藤書店 ( 東京都中央区銀座五丁目六番一号〇三ー五七一ー しかしそれ以外のことは、ぼくは何もかも知りたいのです。レダを 二四八〇 ) ぼくはレダを愛しているし、 より理解し、より愛するために。 期間四月二十日 ~ 五月十日 レダも・ほくを嫌ってはいないのです。どうして、それだけで、レダ ・紀伊國屋書店・札幌店 の不幸をとりのそくためにレダを理解しようとする、じゅうぶんす ( 札幌市中央区南一条西一丁目十四番二号〇一一ー ぎるほどの資格と権利があることにならないのですか ? ・ほくはむ ろん、レダの。ハ ートナーではありません。だから・ほくは自由な心を 期間四月二十六日 ~ 五月二十五日 もっ個人であり、そしてレダもそうです。ぼくがレダのパ ドⅢ日ⅢⅢⅢⅱⅢⅢⅢⅢⅢⅢ ll ⅢⅢⅢーⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢⅢに 2
トアがギーと音をたてて閉まり、ディス。フレイに文字が現われ った。通路の向う端に低い樫の門が見えたからだ。門にはどっしり とした、錆びた錠がかかっており、門のわきに番兵だか門衛だか知て、走り抜けた。 らないが、綿入れを着て膝にべンダル銃を載せた男が椅子に座って〈受験者 ( スペテ理解シタ情報ハ理解サレタ理解サレタ まどろんでおり、その足許に、いまではほとんど姿を見かけなくな第一段階開始第一段階第一 : : : 〉 ってしまったドイツのシェパ ートが寝そべっていた。頑丈な頭をじ「第一問 ! 」〈シドウキ〉が声たからかにいった。「出題。ここに かたつむり っと脚の上に載せていたが、三角型の耳はビンと立てていたし、黄柱と蝸牛がある。柱の高さは十メートル。蝸牛は昼間その柱を六メ 色い目を無表情にアンドレイの顔に注いでいた。 1 トル登り、夜のあいだに五メートルおりるものとする。蝸牛が柱 「わかったよ」がっかりした声でそういうと、アンドレイはくるつ の天辺に達するには、何昼夜かかるか ? 考える時間は百二十秒。 と回れ右をし、通路から出てきた。 問題にとりかかりなさい ! 」 「試験をうける準備ができたら、報告しなさい」声は、なにもなか ディス。フレイに 12 0 の数字がばっと点いた。だがそれはすぐに 一 111 ・ 8 、 11 ・冖ー、 1 ・ -1 : : : アン、ドレ ったように平然としていった。 119 に変わった。続、 「できたよ」アンドレイは・ほそっといった。 イ・はいそいで計算にとりかかった。昼間は、。フラス 6 、夜は、 声がたからかにいった。 マイナス 5 。差し引き一昼夜で。フラス 1 。柱の高さは十メートルだ 「中学生アンドレイに情報伝達手続開始。情報伝達。第一段階。 から : : : なんだ簡単じゃないか : : : 彼はすでに口を開きかけていた 題を三問だす。一問は論理学から、一問は人文科学から、一問は物 、と気がついた。少しやさしすぎるそ。こんなにあっさりと 理工学からだ。中学生アンドレイが三問全部に正しく答えれば、第解けるはすがない : 一段階は終了。第一段階に関する情報が理解できたら報告しなさ ・ : ・ 1 人 0- 0 9 、 8 ・ クソ忌々しい〈シドウキ〉め、つまらんところでひっかけようつ こっちは市の数学オリン。ヒ 「で、もし答えが間違っていたら ? 」アンドレイはつい口にでてして魂胆だな。ひっかかってたまるかー まった。 ックにもでたことがあるんだ、やすやすとそんな手にのるもんかー ・ 8-1 ・、 8 一 0 叮ーゥー 8 ・ だがそれにたいする返事はなく、ディス。フレイにきらきら光る 7 が切れ目のない列になって流れた。そのときどこかでギーと音をた そりや、数学オリンビックでこれと同じ問題を解いたわけじゃな ててドアが開いた。ドアの奥がよく知っている部屋で、そこによく しかし : : : クソッ、こんなときになにをくだらんことを考えて 知っているおじいさんとよく知っている猫、よく知っている毛布が いるんた ! 要するに最初の一昼夜で一メートル登り、次の一昼夜 あることはいうまでもなかった。 で二メートル登り : 「よくわかったよ」アンドレイ・ e はむつつりとしてつぶやいた。 かし 5 3
げてる理想は何のためなんです。全市民の《個》を大切に、理解と「・ : 「あの人たちにはわからないわ。わかりつこないわ」 協調をすすめるーーあれは : : : 」 アウラは両手をにぎりしめた。 「忘れないで。それは市民の話よ。デイソーダーはある意味ではも 「レダの心がどんなにもろく、どんなに純粋か、なんて。ファンが う、市民しゃないのよ」 レダにとって、どんなに大切で、かけがえのないものたったか、な アウラの口調はきつばりとしていた。 んて。かれらは、ファンを実験のために生を与えられた動物、人間 「これまでは私も、 O ・ O のいうことをそのまま信していたけど、 もう、これからはーーー自分で見、自分で感じとったことしか信じなより下等なもの、としか思っていないのだから。人間が与えてやっ いわ。だって , ーー私は、レダを守らなくちゃいけないのだから。レた生を、人間がうばい取って、何がわるいのたと思っているわ。レ ダをリンチになどかけさせないし、裁判もごめんたわ。裁判は最悪ダのしたことには、誰も、何の動機もあるとは思わないでしようよ」 「・ほくだって、殺してやりたかった」 レダのような繊細な神経が、そんなものに耐えられると思っ て ? 彼女は焼け切れてしまうわ。シティは彼女を理解しないし、 ぼくはっきあげる怒りに我を忘れた。 理解する必要をも、感じてはいない。私はレダを守り、こんないま「ぼくこそ、殺してやりたかったよ。・ほくの目のまえで、・ほくの目 わしいところから、必す救い出してやるわ」 、叩きつけられ、そして : のまえでファンのからだがはねあがり 「でも、アウラ、報道が正確で、レダの性格が特異なものたと、納 : ・」 ・ほくは身をふるわせた。あの光景は決して忘れることはないだろ 得させられさえすればーーー何も、裁判なんて : : : 」 う。いまでさえ、あんなにあっけなく生命というものが失われるこ 「私はもう O ・ O にかけあったのよ」 とができるとは信じられない。 レダに火をつけられて焼死した三人 アウラはできることは何もかももうしてしまったにちがいなかっ た。彼女はぎゅっとくちびるをひきしめた。その目の下に黒すんたの若者も、ファンも、生命があるという点では、何ひとっかわった ことはなかったのだ。もし、人間がもう長いこと自然と、その住人 くまがういているのを・ほくはいたいたしく見つめ、突然、何も云う 気を失った。アウラは事件以来、一睡もしていないのにちがいな たちと共存していなかったために、生命というものが人間たけのも のたと思うようになったのたとしたら、・ほくはそんなことをゆるす 「 O ・ O の答えはーーー公開裁判で罪を決めるなどということは、そわけにはゆかなかった。 の必要性は、過去二世紀というものこのシティにおこっては来なか「ほくも話してみる」 った。しかし、いまとなっては、そうすることは、むしろレダをリ ・ほくは、・ << のことを思い出しながら云った。ディマーの顔が 5 3 ンチからすくうための唯一の手段たと考えている、ということなちらりとうかんだが、・ ほくはすぐにそれをかき消した。ディマーこ 2 そ、ファンを実験動物として扱い、研究し、用がすむとたちまちテ 、 0
そのきびしい、青ざめた顔と、かたい決意をしめしてひき結ばれっしゃいな、そんなことは・・・ーーわたしにじゃない」 たくちびるが、ふいに、・ほくの中に、自分でびつくりするような激「そうじゃない」 しい感動をおこさせた。やにわに・ほくはペッドからとびおきて、出 ぼくはアウラの手をつかんだまま云った。アウラはあえてふり払 てゆこうとするアウラに追いすがった。 おうとはしなかった。 「あなたになんだ。・ほくがあやまりたいのは、あなたになんです。 「待って」 だってーー・ー・ほくとあなたは、どちらもレダを愛しているんだから。 「なに、イヴ」 アウラのきびしい語調も・ほくをひるませなかった。・ほくはアウラあなたの方が、昔からレダを愛していたし、理解していると思いま の手をとった。レダとファン レダとファンのほかに、・ほくが自す。でも・ほくは、・ほくもレダを心から愛していて、どんなに傷つけ 分から手をふれた、それははじめての人間だった。 たくないと思っているか、それなのに、傷つくような結果になって しまって、どんなに・ほくが悲しいか、自分を責めているか、あなた 「アウラ。そのう これだけはきいてほしいんです」 にわかってほしいです。こんな結果を生むために・ほくはレダの家へ 「なあに。釈明も弁解もどうでもいいわ。もう、『ぼくのせいじゃ ない』なんてことばはききたくないわ。そんなことをきいたら、と行き、あなたやファンと会ったわけじゃない。だのに、こうなって ・ほくは、生まれて来なければよかったと思うくらいで りかえしがつくとでもいうの ? わたしは、何も云わなかったじゃしまった ないの ? 」 す。だから、。ほくが生まれてきて、あなたとレダとファンに出会っ てしまって、そしていろんなことがあってーー・その道がまっすぐこ 「そうじゃないです」 んなところへつづいていたんだと思うと、・ほくは、どうしていいカ ・ほくは云った。 「アウラ。 ・ほくが云いたかったのは・ ・ : : ・ほくを許して下さし わからないんだ。それでも会わずにいられなかったし、愛さずにい ということなんです。許してくれるかどうかは、あなたの問題たけることはできなかった。・ほくがレダを愛さなければ、レダを傷つけ ど こだ、・ほくが、こんなことになって、レダを守ることができなかったし、そうすればレダがとび出してゆくこともなかったし、 なかったのを、どんなにすまなく思っているかーーーそれだけは、知レダがとび出してゆかなければ、ファンが探しにいってああなって しまうこともなかったー・・・・・・・何もかも、・ほくがレダを愛したことから ってほしくって」 はじまったと思ったら、・ほくの愛は、どうしようもなく悲しい呪わ 「許す ? 」 恐しく、意外なことばをきいたかのように、アウラは目を大きくれたものになってしまうでしよう。・ほくはいま、もう何もかもわか いや、誰かを愛することが、 らないけど、でも、ぼくがレダを 見開いた。 「どうして、。あなたが、わたしにそんなことをいうの ? あなたそんなふうにいけないことだなどとは、考えたくないんです。だか は、レダにすまないと思っているんでしよう ? じゃあ、レダにおら、・ほくも、レダを救うためになら、どんなことでもするし、レダ 237
たくらみをぶちこわしただろう。けれどもわたしは、抜け目なくこ 「たとえば ? 」 ういったのだ。「わたしになにをしてほしい ? 」 「ス。フール。なんでもきみが聞きたいやつを手に入れて来てあげよ 6 「吸水弁をつまらせろ」技術者はロ早やにいった。 う。きみは文学に興味があるんだったな、詩とか、戯曲とか、小説 わたしは怒りと驚きに思わず鼻息を荒くした。「神聖なる信頼をとか、そういうたぐいの諸々だ。勤務時間後、文学作品をドカッと 裏切るのか ? どうやってそんなことが ? 」 差し入れしてあげるよ、手を貸してくれたらな」 「きみたち自身のためなんだよ、イシ = メール。つまりこんなふう彼らの狡猾さには、舌を巻かざるを得なか「た。わたしをその気 にだ、きみときみの部下とで吸水弁をつまらせる。すると海水。フラ にさせるすべを的確に心得ていたのだ。 ントは操業停止。島中がパニック状態になる。人間の保守要員が、 「よし、決まった」と、わたし。 なにごとかと見に下りるだろうが、連中が弁を掃除するが早いか、 「ちょいと言ってみたまえ、なにがいいか」 またもやきみたちは行ってつまらせてくる。さあそうなると、緊急「恋愛に関するものならなんでも」 用水をセント・ク戸イ島に急送しなくてはならん。それで一般の注「レンアイ ? 」 意は、この島がイルカの労働に依存しているという事実に集中する「恋愛だ。男と女。恋の詩を頼む。有名な恋人たちの物語を持って だろうーーー充分に報われず、酷使されているイルカの労働にな ! きてくれ。性的抱擁を解説したものを持ってきてくれ。そういう事 われわれはこの騒ぎの最中に顔を出して、世間にきみたちのことを柄を理解する必要があるのだ」 話す。そして人間という人間に、きみたちの境遇に対する怒りを、 「彼氏、〈カーマ・ス ートラ〉をお望みだぜ」左側のがいった 声を大にして叫ばせるのだ」 「なら、〈カーマ・スートラ〉を持ってきてやれ」右側のがいった。 わたし自身は怒りを感じていないのに、とはロにしなかった。そ うするかわりに、わたしは如才なくこう応じた。「そのてで行く と、わたしに危険がかかるおそれがあるね」 カテゴリー 4 犯罪者たちに対するわたしの反応 「まさか ! 」 彼らは、実際には〈カーマ・スートラ〉を持ってこなかったが、 「な・せ吸水弁を掃除しておかなかったかとたずねられるだろう。わ他のものをたくさんよこした。その中には〈カーマ・ス 1 トラ〉を たしの責任なのだから。面倒なことになるよ」 延々と引用したスプールもあった。数週間というもの、わたしは人 しばらく時間をかけて、われわれはその点を討議した。が、やカ 間の恋愛文学の研究にいそしんだ。テキストには腹立たしい空白が て技術者が、「なあ、イシ = メール、いささかのリスクがあることあり、わたしは依然として、男女間に生じる多くの事柄に対して真 はわか「たよ。だが、この仕事をやってくれるなら、よろこんで特の理解を欠いていた。肉体と肉体との結合には疑問はないのだが、 別手当を出そうじゃないか」 男が女を追うという論理には首をひねってしまう。男性側があくま
りと理解されていたのだった。 の声のようではなかった。 レダの目は、くいいるようにこの情景全体を見すえていた。よこ 「レダ。こっちへおいで。ここへ。・ほくのところへ。ぎこえないの 3 2 たわり、尾もだらりと垂れたファン。ファンを抱きしめた・ほく。そか。レダ。・ほくだよ。レダ。どうしたんた。レダ、レダ、レダ : : ・・」 のまえに、ひっくりかえったゴーカートと、四、五人の無軌道者た レダは、きいていなかった。 ち。 そのすごい目は・ほくをつきぬけて、かれらを見つめ、その上くち ・ほくの目のまえで、時間はその流れをとめ、おそろしいばかりのびるが大きくまくれあがった。レダはほとんどもう・ほくの前に近づ 静寂の中で永劫の断面がばっくりと姿をあらわし いていた。・ほくは手をのばしたが、レダはするりと・ほくの手を見も そして、レダはのろのろとうごきはじめた。 せずにすりぬけた。 ( レダ、来るな。来ちゃいけない。 レダ ) 銀色の復讐の女神のように彼女はかれらの前に立った。 ぼくのくちびるがよわよわしくうごく。だがそれは声にならな かれらもまた何かを感じたのだろうか。怪我して呻いているもの さえも呻くのをやめ、じっと、かれらはレダを見上げた。 世界じゅうが凍りついている。 ( ああ、レダ。お願いたから ) そのとき、ようやく、 O ・ O の医療センターの車のかけつけるや「お前たちはーー」 レダのくちびるがゆっくりとひらいた。のろのろと、いつものレ わらかなサイレンがきこえてきて、・ほくはほっとした。ここが市の ダとは全然ちがう声であり、しゃべりかただった。 中心部からとおいので、かけつけるのに手間どっていたのだろう。 「お前たちは生きてる資格なんかない」 しかし、これでもう大丈夫だ レダはのろのろと、ひとことづっ区切ってささやくように云っ いまや、・ほくは、ファンの死をもたらしたにくしみやうらみさえ もどうでもよく、たたもう無言のまま食いいるようにかれらを見す 「お前たちこそ、死ねばよかった。お前たちこそ」 えるレダの目から、その連中を連れ去ってかくしてほしかった。レ 「レダ」 ダの目の中には、何か異様な、とれまでついそ・ほくが見たこともな 理解もできぬであろう、限りなく異質なものがあった。その異ふいに、・ほくは何かを感じて、とびだそうとした。 質さが、・ほくの恐怖を呼びさました。 が、遅かった。 ・ほくの呪縛はとけた。・ほくはやさしい友達をそっと地面におろす 口をあき、何が何だかまったくわからぬようにきよとんとしてこ なり立ちあがり、しびれた足をレダにむかって踏み出した。 ちらを見ている、そのファンを殺した若者たち 「レダ」 それのまん中へ、レダは、トーガのひだの中へ手をさし入れ、何 ・ほくの口から、ようやくかすれた声が出はじめたが、少しも・ほく かをつかみとり、そしてカまかせに叩きつけた。
ワイドスクリーン じゃない バロックなんて しく魅力的でもある。最初に紹介されたれからもつねにこちらの気になる存在で 「デス博士の島その他の物語」を原書でありつづけている。去年出た『カ ざっと読んだ ( ! ) ときには、これはま傑作選』というアンソロジーの中でも、 たニューウ = ーブの影響を受けた、何とやはりとびぬけて異色だったのは、ラフ も嫌味ったらしい新鋭が現われたものだ アティとこのウルフの「カー ・シニスタ と思っていた。それでも心にひっかかる 1 」だろうし、本誌がかって戦争を ものがあったので、今度は翻訳でしつく特集したときも、他のいかにも り読んでみたところ、じつに巧みに書かした諸篇に比して、彼の「戦争の れた短篇小説だとわかり舌を巻いた覚えたち」は、ひときわ異彩を放ってい がある。これでたちまち、わかったよう な気になって熱中し、何篇か読んで「ア そのジーン・ウルフが一昨年に書きは 誰にでも挑戦のしがいのある作家とい イランド博士の死」につき当った。凄かじめた五部作〈新しい太陽の書〉が、こ うのはいるものだ。い くらがエンタ った。どうしても訳したくなって、そのれはもう集中豪雨的といってよいくらい 1 ティンメントであるといっても、いっ頃まだ駆けだしまえの翻訳者だったにも評判がよく、第一部はヒ = ーゴー、ネビ も右の眠から入って左の眼へ抜けてしまかかわらず、伊藤さんや浅倉さんに頼ん、ラは落したものの、昨年の世界幻想文 うようなものばかり読んでいては、感性で試しにやらせてもらった。ところが、 学大賞を受賞、第二部も今年の各賞の有 が摩耗してしまう。これは、べつに難し いざ日本語に移すとなったら、これが信力候補とあっては、とても完結を待って い作家を好んで読み、わかったような顔じられぬくらい難しい。途中でどうもこ放っておくわけこよ、 。と、同時 をするというのじゃなくて、自分の嗜好りやヤ・ハイなあと思いつつ、 いいかげんに、彼の本質とこの異常人気はどうも結 と一致するような方向にいながら、それな訳稿を送ったら後でお二人から大目玉びつきにくい面もあり、その辺りも探っ でもどこかちがう、あるいは、表面だけをくった。マガジンに載ったその改てみたく、いわば中間報告という形で読 読んではよく理解できないが、もう一度訳版を読んだ友人が、「何かすごい作品んでみようと、思いたった。 ていねいに読めば、おそらく理解のカギだと思うけど、どうももう一つ。ヒントが が見つかるだろう、という作家に挑戦す・ほけている」と言ったのを聞いたときに そのまえに、ジーン・ウルフと言って ることを意味している。 は、やつばりペースになったこっちの訳もあまりなじみがないと思うので、経歴 ぼくの場合、ジーン・ウルフがまさし文がますかったのかなあとウルフに申し から書いてみる。生まれたのは一九三一 くそれに当てはまる。 訳ない気持ちたったのを覚えている ( え年で、ニ、ーヨークの・フルックリン。家 正直に言って、この作家いまだによく 、時効じゃ、時効 ) 。 系はオランダとスイスの出らしい。ウル わからない。しかし、それでいておそろ というわけで、ウルフという作家、そフ家は移動が激しく、彼が主に育ったの ⑥安田均のアメリカ tDLL 情報