第三章子どもに届く“声 " とは の財布を受け取ると、「簡単には出さないわよーというジェスチャーを見せ、財布のファス ナーを握りながら、少し強気でアッシに話しかけた。 中本「次は、いっ帰る ? 」 アッシ「 4 月 5 日」 中本「 4 月 5 日まで来んの ? ちいと遊びすぎと思わん ? 」 中本さんは一向に目を合わせようとしないアッシの顔を、半ば強引にのぞき込みながら続 ける。 中本「ちゃんと帰りんさいよ。でもどうしても腹が減って、というときには : 中本さんは、自分の財布を開け、百円玉を取り出し、 1 枚 1 枚テープルの上に置いていく。 中本「明日の分でしよ、 2 日、 3 日、 4 日 : : : 」 9
2017 年 1 月 7 日放送 ロロ 日 , 円 音響効果 映像技術 編集 美術 ディレクター 制作統括 N H K スペシャル「ばっちゃん ディレクター・撮影・語り ~ 子どもたちが立ち直る居場所 伊東敏恵 入江領 矢島隆太 小関孝 土肥直隆 高石真美子 松島史明 外舘綾 濱田美紗子 伊集院要 堀川篤志 ハートネット T V 「おかえり 2013 年 10 月 9 日放送 ~ 非行に走る子どもたちの居場所 ~ 」 コ :r. 日 編 尸 1 集 音響効果 ディレクター プロデューサー 制作統括 ふるさと発スペシャル 入江領 小山道夫 水野暢子 外舘綾 塚田大 伊集院要 渡辺由裕 林敦史 「ばっちゃん引退 ~ 広島・基町名物保護司最後の日々 ~ 」 2011 年 1 月 14 日放送 音響効果 プロデューサー 制作統括 谷口文雄 樫山恭子 伊集院要 亀山暁 松永真一
電話したら『出てきなさい』と。そして顔を出したら一緒に保護観察所に行って、みん なの前で『ウチが見る』って、保護観察官の前で言い切ってくれて、そのお陰で、今、真 面目になったよね この時中本さんは、大勢の人の前で、長々と土下座をしたという。 また、ある少年は、警察に捕まり 2 週間は鑑別所に入るかと思っていたら、逮捕のやり方 が「汚いーと中本さんが警察に怒鳴り込んで来て、さんざん警察官と言い合ったあげくに、 3 日で警察署から出されたと語ってくれた。「自分のためにここまでやってくれる人はいな い」と思ったとい、つ。 たんか ある少年は、家族ともめて家を出た日のことを思い出していた。啖呵を切って家を飛び出 したものの行くところはなく、深夜、途方に暮れて中本さんの家を訪ねると、すかさず「泊 まりんさい」となり、しかも「あんたがいたいだけいていい」と言ってもらえたという。子 どもの中には、 6 人の仲間と共に半年もの間、中本さんの家で生活したという子もいる。 ある少年は、中本さんが誕生日を覚えてくれていて、ケーキを買って祝ってくれたことを 忘れることができないという。十数年生きてきて、みんなに誕生日を祝ってもらえたのは初 8
といったシチュエ 1 ションのときに、「感動の瞬間の出現の可能性がグッと上がるのだ。 こんなことを考えながら撮影しているのだから、本当に、自身の性格の悪さに嫌気が差す のだが、これも役目として必要とされているところもあると思って、どうぞお許しいただき この傾向を突き止めたのは、カメラを持たずに現場に通っていた時に度々、そういった場 に居合わせることがあったからだ。しかし、私が撮影しようと身構えているときは、不思議 とそういった場へのお呼びがかからなかった。私のほうから、中本さんが気にしている子ど もについて「あの子、今何してるんですかね ? ーと聞いてみることもあったが、そういった 時、中本さんは決まって「何しとるんじやろうね ? 」ととばけるのであった。 そして次の日あたりに、活動を手伝っている別のクばっちゃんクたちから「あの子、昨日 も中本さんの家に来てたよ」と聞き、海しい思いをすることを繰り返していた。 ある日、私は中本さん以外の取材から、当時、中本さんが気にかけていた子どもが警察に 捕まったという情報を得た。その子は、中本さんと繋がりを持ってから日も経っておらず、 106
「感謝」「感激ー「感動ー「謙虚」の 4 つ。これを大事に、子どもたちに接すれば工工と思うよ。 " ばっちゃんち ~ から徐々に地域の場へ 中本さんは、近年特に、自分がやってきたことを地域に担ってもらおうと、地域住民を中 心とした協力者を巻き込みながら、さまざまな取り組みを始めている。 子どもたちと地域住民の交流の場となっている「食べて語ろう会」は、毎月第 1 第 3 日曜 日に地域の公民館で行われ、川年以上続いている。そして、 2016 年月からは「基町の 家」を開き、ここでは毎日、Ⅱ時から幻時までスタッフ数人が常駐し子どもたちに食事を提 供している。 拠点を、自宅から徐々にこうしたク地域の場ツに移しつつあった 2017 年 8 月四日、 その「基町の家」にてこの対談を行った。 この日、たまたま「基町の家」に、私が取材を始めた頃に、まさに高校生として中本さん げんき の家に通っていた松田元規くん ( ) が遊びに来ていたので、ここからは元規くん ( 以下・ ゲンキ ) も交え、改めて話を聞いた。 150
ヒロキ「ありかと、つ : ムマ日はありがと、つございました」 ヒロキはビニール袋に入れられた弁当を手にすると、中本さんと私たちに一一一一一口ずつお礼を 言って、玄関のドアを開けた。 中本さんはその様子を目の前で見ていたのではっきりと聞こえていたと思うのだが、白々 しくヒロキに聞き返した。 中本「ちゃんとお礼を言いましたか ? 」 ヒロキ「言ったよ。 ムマ日はありかと、つございました」 ヒロキは 1 回目のお礼より少し大きめの声で私たちにお礼を言うと出て行った。 あとで聞いたが、 弁当は、親の分とヒロキが気にかけている祖母の分だった。 8
の場その場よ。 伊集院中本さんのところには、暴力団関係者の 子どもじゃない子も大勢来てますよね。みんな食 べられずに万引きやカツアゲをしている : 中本とにかく親が薬物、アルコール、脱法ハ プ、パチンコ、自分のことで手いつばいで、子ど もにまで考えが及ばんのじゃない。普通のただの 貧困だけで、こういう子どもになるのは、あんま り , ないと田 5 、つよ 「金がないから食べられない」っていうのは普通の貧困よ。でも私から言わしたら、今、そ ういう家庭ってないと思う。生活保護っていう制度があるじゃん。 それをなんばでも利用できるんよ。ウチらのもらう年金なんかよりいいんじやけん。でも それが 1 日 2 日でなくなる。一一一一口うたら、アルコールを飲む、薬物をやるか、借金が多くてャ ミ金に手を出す : 132
第三章子どもに届く“声 " とは めてのことだった。 「ある特定の 1 回」でない人もいた。 覚せい剤に手を出し、その後依存症と闘ったという女性は、クスリをやめるために、ま、 の何かに依存せざるを得なかったという。彼女の場合はそれが中本さんで、時に夜遅く、時 に長時間にわたって中本さんに電話をかけ、話し相手になってもらったとい、つ。 嫌みひとっ言わずに付き合ってもらう日々を重ねるうちに、「この人にこれ以上迷惑をか けられないーという思いが芽生え、立ち直れたという。 「こんなに大変で、感謝されないことさえもあるのに、なぜ続けられるのですか ? 私の中にあった純粋な疑問で、どうしてできるのか本当に理解できなかった。 私は来る日も来る日もこの質問を繰り返し中本さんにぶつけた。 しかし、中本さんは、 「それ皆が聞く。けど私にもわからん。『こがいに大変なのなぜ続けるん ? 』って聞くけど、 101
来た子はすべて記録に取り、一人ひとり対応を変える : 。話変えますー 伊集院何とも反応しづらいです・ : つばい聞くんですけど、これはしんどかっ いろんな人から中本さんが土下座したとか、い たなあってい、つことはありますか ? 中本アッシが 1 日に 3 回捕まった時には、往生したね。警察が違うじやろ。 1 ヶ所の警察 で捕まるんならいいんだけど、あっち、こっち、こっち、いうて、それも捕まるいうたら夜 じゃん。全部タクシー使わんといけんでしよ。ありゃあ、ウチ、こたえたよ。 伊集院それは、お金がかかったってことですか ? 中本かかった、かかった。ウチ、年金じやけんね。だけん、あの時はアッシを怒り飛ばし たんよ。「捕まるんなら近場で捕まれ ! 」言うて。 伊集院 1 日 3 回も何やったんですか ? 中本暴走よ。暴走だから、距離がすごいよね。たいがい警察に捕まるとクしゅんクとなっ て、引きこもるのが普通なんよ。それがアッシはまたすぐ出て行くんじやけん。 142
第三章子どもに届く“声”とは 実はこ、ついうとき、中本さんは「良いか悪いかーではなく「好きか嫌いか」で答えること しずれにしても「何が正 か多い。「ウチはタバコは嫌い。くさいじゃん ! 」という具合に。、 しい行いか」は人によって違うから、自分の考えは伝えた上で、相手が判断できる余地を残 す。そうして初めて言葉が子どもに届くのである。 そして、最近は、もつばらこんなことをよく話してくれる。 いわ 、。ク員・旦′でなきや」だそ、つだ。 中本さん曰く「子どもにク善・悪クで話をしても通じなし 「いいか、お前たちが警察に捕まったら、取り調べる時の食費で 1 日円くらいかか る。鑑別所に入ったらさらに 1 日円ずつかかっていく。少年院に入ったら、さらに どんどんどんどんお金がかかる。これは全部税金で、お前らが悪さをすればするほど、ばっ ちゃんの年金が減るんじゃ。年金が減ると、お前らがうまいもんを食べられんくなる。結局 は悪さをしたら、お前らが損をするんぞ」 9 ノ 8