件のテロ攻撃も阻止しなかったと結論づけました。一〇年以上に及ぶ運用で、一件の攻撃も防い でいないのです。しかもです。これも報告書に書かれていることですが、いかなる対テロ捜査に おいても、具体的な相違を創り出すことはありませんでした。 一〇年以上に及ぶ運用で、とにかく何らかの価値があったと見なされた唯一の例は、米カリフ ォルニア州のタクシー運転手が、 ( アフリカの ) ソマリアに住む家族へ八五〇〇ドルを送金した経 済事件に絡むものです。この一族は図らすも、テロとの関連があるというリストに掲載されるこ とになりました。 たとえ、これが事件であるとしても、米政府がこの男を本物のテロリストだと言ったことには なりません。彼は一族から爆弾を買おうとしたわけでも、一族の攻撃を支援しようとしたわけで もありません。禁じられた送金だったというだけです。この話で最も興味深いのは、たとえこれ が監視プログラムに何らかの価値があったと米政府が一言う唯一の例だとしても、このケースにお いてさえ、報告書は「必要のない監視だった」としていることです。 このタクシー運転手に関する情報は、報告書によれば、数日後もしくは数週間後には、大量監 視法以外の既存の法律と捜査機関を通じて政府の耳に入っていたはすだからです。報告書によれ ば、連邦捜査局 ( ) あるいは米国内の情報機関が既に、この容疑者に迫っていました。 独立委員会の調査報告を受けて、オバマ米大統領は一一〇一四年一月、大量監視の現状を見直 し膨大な通信記録を将来的に非政府組織の管理に移行するなどとする一連の改革案を発表した。
19 第 2 章大量監視は人の命を救わない 第二一五条に関する報告書を発表しています。この条項は、今まさに日本で成長発展が始まった 大量監視文化のようなものを是認する法律です。 一一つの委員会の英語名は、一つが Privacy and Civil Liberties Oversight Board0 一一〇〇四 年に米議会が設立した独立委員会で、プライバシーや市民的自由について大統領に助言する組 織だ。も、つ一つは Director of lntelligence Review Group on lntelligence and Communica- tions Technologies0 スノーデン文書の暴露後に、国家情報長官によって組織された。「プライ ハシーと市民的自由監視会議ーは二〇一四年一月、「インテリジェンスと通信技術審査グルー プ」は二〇一三年一二月にそれぞれ報告書をまとめた。米愛国者法第二一五条は「テロや国際 諜報活動への対抗策として、外国情報監視裁判所 ( ) の承認があれば、捜査当局は各種 の業務記録を入手できる」ことを定めている。 zc< はこの条文を拡大解釈し、電話会社から 通信清報 ( メタデータ ) を「業務記録」 (Business Rec 。 rds ) として無制限に収集していた三一五条プ ログラム ) 。— 0 による監督は機能しておらす、スノーデン文書の中でも重大な人権侵害 として最も論議を呼んだプログラムの一つだ。 一件のテロも阻止せず スノーデンでは、大量監視は効果があったのでしようか。人の命を救うのでしようか。これら の報告書は、米国におけるこの種の大量監視、通話のメタデータ収集プログラムが、米国では一
スノーデン奇妙なことです。私は実際、このインタビュ 1 に備えて文書を再度読んでみました。 日本の良き同盟国である米国が、日本の法律を侵害しているというあらゆる証拠がそろっている のに、なぜ日本政府は異議申し立てすら行わず、問い合わせもせず、議会も回答を求めないのか と。最終的に損害を受けるのは、日本国民だというのに。 これらの文書は、経済官僚のようなーーオーケー、それはスパイにとって正当なインテリジェ ンスの標的かもしれませんーーそうした日本政府官僚だけをスパイしていたわけでないことを示 しています。適切でも適法でもありませんが、官僚に対してなら、まあ、その種のことはやるよ なと理解できます。しかし、 zoo< は三菱や三井のような民間企業もスパイしているのです。日 本銀行もスパイしています。しかし、私にとって何が最も興味深いかと言えば、われわれのこれ までの議論で出てきた名前がここにあることです。 ( 官房長官の ) 菅義偉氏です。 彼はこの「ターゲット東京」の監視で、個人的に標的になっていると名指しされた高官の一人 です。そして、抗議はしていません。自らがスパイされながら、こうしたあらゆる監視報告の文 書を次々と否定してみせるこの男には、一体何が起きているのでしよう。この人物がどうして恥 ずかしいという気持ちを抱かすにすむのか、一米国人として理解に苦しみます。 日本政府は、少なくとも不満を表明したり、これは正しくないと述べたり、同意できないとか、 受け入れがたいとか述べたりする義務を感じていません。これは単に、米国との良好な関係を維 持するためという問題ではないのに。
スノーデンなぜ議会は、この問題の追及に時間を使わないのでしようか。まさに現在進行形で すよね。もちろん、私も ( その理由を ) 知っています。答えは政治だからです。自民党は、学校建 設や不動産売買をめぐる腐敗を語るより、日本で真の問題ではないテロリズムについて語りたい のです。 別にこれは日本特有の問題ではありません。世界中の異なる国々で、繰り返し起きてきたこと です。でも、私が思うに各国政府は国民を甘く見ています。政府は、市民には何が起きているか 見えていない、理解していないと思っている。そうこうしているうちに、これも何度も繰り返さ れたことですが、政府は、国民の関心をそらし、国民生活にさしてインパクトのない争点、ただ し国民に恐怖を抱かせ、政府に寄りかかるしかないと思い込ませるような争点を語るようになり ます。 政府はこう言います。「もし、この法案が成立しなかったら、われわれに権力を与えなかった ら、与党に投票しなかったら、あなたたちが危険に陥る。あなたの子どもや家族が危険にさらさ れるのですよ。私は、これは不誠実だと思います。明らかに。 共謀罪法案については、国連人権理事会のプライバシーに関する特別報告者ジョセフ・ケナ タッチ氏が書簡で懸念を表明した。二〇一七年五月一八日のことだ。安倍晋三首相宛ての書簡 で、ケナタッチ氏は「 ( 法案は ) プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と警
53 第 4 章死ぬほど怖いが , やるべき価値はある スノーデン自由な新聞があるだけでは十分ではありません。新聞そのものが、真実を伝えるこ とを恐れるようになれば、おそらく報いを受けるでしよう。広告主は支援を取り下げ、政府官僚 はジャーナリストと会、つことをやめるでしよ、つ。 権力機関がこうしたメカニズムを悪用しようとしているのを見るのは、悲しい現実です。私た ちは、日本でそれが試みられるのを見ました。米国でも増えている実態を目撃しています。 ただ、私が自分の国を最も誇りに思うことの一つは、この大統領 ( 注トランプ氏のこと ) がメデ ィアの ( 権力に対する ) 懐疑的態度と権力監視の再生を誘発していることです。 この非常に攻撃的な大統領に対して、メディアは積極果敢な姿勢を緩めていません。より攻撃 的になっています。これは完全に妥当であり、必要なことです。米建国の父たちの一人 ( 注第 三代大統領トーマス・ジェファーソン ) はこう述べています。「もし、私が新聞なき政府と政府なき 新聞の間で選ぶとすれば、政府なき新聞だ」 スノーデンは、誰もが当たり前。イ リこ吏っているスマートフォンを持っていないわけは想像が つくだろう。当局の監視を避けるためだ。インタビューに遅れてきた理由もそれだった。 スノーデンこのホテルまで歩いて来たことはありません。以前はタクシーを使っていました。 今回、地下鉄駅から歩く必要があったのですが、道順が難しかった。私はほとんどの方々が使っ ているスマートフォンのような携帯電話を使いません。だから、 ( 衛星利用測位システム ) の
9 第 1 章共謀罪法 , 大量監視の始まり すがよしひで 告した。これに対し、菅義偉官房長官は「 ( 書簡の ) 内容は明らかに不適切で、 ( 外務省を通じ ) 強 く抗議した」と突っぱねた。スノーデンはこの批判と反論も承知していた。 スノーデンます、この法案に賛成だろうが反対だろうが、誰でも理解可能なことは、急ぐ必要 はないということです。この法案を今、成立させなければならないという緊急性、切迫羅はあり ません。安倍政権が法案を通過させなければならない理由としてあげている、東京五輪まで、私 たちにはまだ多少の時間がある。議論できるはすです。安倍政権が法案の必要性の根拠としてい るのは、国連の指導ーー国際組織犯罪防止条約 に応じるとい、つことです・。しかしながら、 ( 同じ ) 国連の人権理事会の特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏が日本政府、安倍政権に書簡を送 り、「深刻な懸念がある」と表明しているのです。私は彼に同意します。国連に同意します。 マ新たな監視を公認する法案 スノーデンこれは説明の尽くされていない法案です。そもそも法案が必要だという明確な根拠 ・・刀一三ロ , 、隹こも分かりません。テロの文脈で語られている犯罪の諸類型は、これまでも法令違反です。 殺人や強姦、窃盗、誘拐などは、日本を含むあらゆる国で警察が常時捜査している重大犯罪です。 そして、日本の警察は無能でも弱体でもないことを銘記すべきです。彼らは犯罪者から自白を得 るのに骨を折ることはありません。
なルールに反しています、と応じた。「 ( 報道の停止を ) あなたに言われる筋合いはありません」と だが、ラスプリジャーは実際には窮地に追い込まれていた。米国には報道の自由を保障する憲 法修正第一条があるが、英国にはない。英政府は、スノーデン文書報道の差し止めを命じること ができるばかりか、国家機密法を根拠にジャーナリストを訴追し、有罪に追い込むことすらでき ラスプリジャーは役人たちに、「スノーデン文書」の素材はプラジル在住の同僚や米紙ニュー ヨーク・タイムズも持っており「ロンドンで報道を阻止しても、外国からの報道は止まらないこ とを理解すべきですーと説いた。、、こが、 オ政府の役人たちは譲らなかった。 英政府が要求したのは、スノーデン文書が入ったハ ードディスクの引き渡しだ。政府側は「も う十分楽しまれたでしよう」と水を向けてきた。ラスプリジャーは拒否した。「彼らに ( 表面上 ) 強圧的なところはありませんでした。でも、われわれが拒否を続ければ、次は警察が出てきたで しよ、つね」と振り返る。 引き渡しを拒否した代わりにガーディアン側は、ハ ードディスクの入ったパソコンの破壊を提 案する。役人たちは同意した。「私はこれで、 ( 外国から ) 報道を続けつつ、差し止め命令を免れる と考えました。代償がパソコン数台の破壊ですむなら、悪くないと」 かくして、産業革命期の「ラッダイト運動ー ( 職人・労働者による機械破壊運動 ) さながらの光景が、 現代のロンドンのど真ん中で再現される。
ナビゲーターを使えなかったのです。 私を取り囲む事情が理由です。私は監視対象です。未だにこんな不安定な環境にいます。 ( 当 局は ) 必すしも私自身をスパイするわけではありません。私は、現実にはもはや秘密を握ってい 、犬兄ではありません。 ません。でも、私と話をする人々が、スパイの標的になります。望ましし、冫 私はこのような中で、多くの人権擁護活動家の方々と話します。 私は人々が今後も、現状のまま生活を維持できることを示すのが、最善の実践だと考えていま す。人々はスマホを放棄すべきではありません。私は今、 Zæo ( 民間非営利団体 ) 法人「報道の 自由財団」の仕事の多くを、シリアの戦場など最も危険な地域で、依然として旧来の機器を使っ て働くジャーナリストに向けた新たな通信の創造に割いています。 報道の自由財団 ( Freed 。 m of the press Foundation) は二〇一一一年、言論・報道の自由を擁護す るために設立された米国の Z O 法人。中心メンバーで構成される理事会には、ベトナム戦争 の内幕を告発したダニエル・エルズバーグ氏、スノーデン文書をスク 1 プした元英ガーディア ン紙記者グレン・グリーンウォルド氏、映像ジャーナリストのローラ・ポイトラス氏らがいる スノーデンは一四年に理事に加わり、一六年には理事長に任命された。 スノーデン相棒と一緒に、米マサチューセッツ工科大 ( — ()* ) に紹介したプロジェクトがあり ます。私たちは「違法行為デジタル監視の乱用に対抗する」と題した文書を提出しました。 0
67 エピローグ エピローグ 英国の首都ロンドンから北西へ列車で約一時間、大学都市オックスフォードは、豊かな緑の間 を野生のリスが走り回る静かな町だ。 ・マーガレット・ホール学長のアラン・ラスプリジャー氏 ( 以 オックスフォ 1 ド大学レディー 下ラスプリジャー ) は、白シャッ黒セ 1 ターのラフな姿で迎えてくれた。元ジャ 1 ナリスト。一九 七九年に英高級紙ガーディアンに入り、一九九五 5 二〇一五年、編集長を務めた。 ガーディアンが一三年六月、世界に先駆けて「スノーデン文書」をスクープした際の編集責任 者だ。文書には国家安全保障局 ( zc< ) など米情報機関だけでなく、英国側のパートナー、政府 洋〕を」り・ん 通信本部 ( ) の機密文書も含まれており、ガーディアンの報道は英政府の逆鱗に触れた 一よ、つ 6 ん そのときに英政府が取った行動は、権力というものの驕慢、そしてむなしさを余すところなく暴 くエピソードになっている ラスプリジャ 1 によると、政府の「弾圧者」たちは、とても親しげにやってきた。「キャメロ ン首相の官房の高官が、私に会いに来て言いました。「 ( スノーデン文書報道は ) 基本的には、実に い。だがそろそろ終わりだ」」 興味深 ラスプリジャーは「国家が新聞に対して、何が興味深く何がそうでないかを説くのは、一般的
55 第 4 章死ぬほど怖いが , やるべき価値はある 基になる考えは、反政府勢力の取材をするジャーナリストを政府が追跡し、彼らを抹殺するた めに監視するシリアのような戦場で、•- (-) ( アイフォーン ) のような現在の携帯電話を持 ち歩き、使うことは可能なのだろうかということです。実際に、あるジャーナリストの際だった ケースを聞きおよび、二度と同じようなことが起きないようにしたいのです。 マ携帯の位置情報を標的に スノーデンこのジャ 1 ナリストは、英タイムズ紙の女性記者で名前をメリー・コルビンと言い ます。著名な戦争記者です。彼女は、シリアのどの町かは覚えていないのですが、たしかホムス だったと思います、シリア政府軍が包囲する町からリポートしていました。彼女は反政府勢力側 に取材して、政府軍が市民、非戦闘員、普通の人々をどのように殺害したかを報道していました。 ・コルビン (MarieCoIvin) は一九五六年生まれの米国人女性ジャーナリスト。一九八 五年以来、英タイムズ紙の日曜版であるサンデー・タイムズで記事を書いていた。シリア内戦 では、スノーデンが指摘したとおり、シリア政府軍が包囲したホムスの町から報道を続けてい スノーデン記事を書き上げて、彼女はそれを「中央通信社」に持ち込みました。包囲された町 の中に、唯一の地下メディアがあったのです。シリア政府側は必すしもそれがどこにあるのか、