69 エピローグ ガーディアン紙のスタッフは、政府役人たちの目の前で、ハンマーやドリルを使って「スノー デン文書」の入ったパソコンをたたきつぶした。火花があがり、粉塵も舞った。消磁装置にかけ て作業が完了するまでに三時間かかった。 ードディスクの破片を今も持っている。「国家によ ラスプリジャーは、このとき破壊されたハ る抑圧の象徴ですから。これは、歴史的な事物ですよ。 ( 工芸品を集めた ) ロンドンのビクトリ ア・アンド・アルバ ート博物館に複製を展示すべきでしようねーと笑った。さらに「これは、国 家というものがいかにむなしいかの象徴でもあります。なぜなら、これこそ二一世紀における情 報の姿だから。それは実にたやすくあらゆる場所へ飛んでいきます。そうしようと思えば、誰で もできるのです」 そのラスプリジャーに、エドワ 1 ド・スノ 1 デンの評価を聞いた。 「スノーデンは、 ZGO< やによる、想像をはるかに超えた個人情報収集を暴露しまし た。問題は、そうした収集が適切な法的枠組みを外れ、人々の同意なく行われた点です」 「 ( 世界中で ) 多くの議会や裁判所が、これを法令違反、憲法違反として組織を縮小したり議会の 監督下に置いたりしました。スノーデンの暴露の結果、世界はよりよい場所になったと思います。 そして、ほとんどの人々が、スノーデンの言わんとしたこと、機密文書を暴露した理由について 理解したと思います」 モスクワでスノーデンと会ったのは、ラスプリジャーとの会見から三カ月後だった。
43 第 3 章世界に広がる監視網の一翼 の点が、機密文書の暴露を自分主導で進め、既存ジャーナリズムと対立したこともある内部告 発メディア、ウイキリークスのジュリアン・アサンジ氏との違いだ。 日本をスパイする スノーデンここ数年、日本関連で私の文書やウイキリークスなどが暴露したことに注目すると、 米国は基本的に、 ( 日本との ) 交渉でよりよい結果を得るため、ないしは日本に流出したお金を米 国に取り戻すため、日本の外交目標や通商目標、経済的な強みについてスパイし続けてきたこと が分かります。 これらのプログラムは、テロとは何の関係もありません。経済的な利益を上げるためのスパイ 行為であり、外交駆け引きを優位に進めるための操作であり、社会的に影響を与えようとするも のです。大量監視は安全とは関係ありません。権力のためのものなのです。 スノーデンは「タ 1 ゲット東京」に言及した。「タ 1 ゲット東京」とは二〇一五年七月、ウ イキリークスが公表した米 zco< による日本の財務省、経済産業省などへの大規模盗聴事件の ことだ。暴露文書には、第一次安倍政権の一一〇〇六年九月 5 〇七年九月、日本政府中枢の電話 が米側に筒抜けだったことが描かれている。同盟国である日本へのスパイ行為そのものも驚き スパイされた側である日本政府が米国政府に強い抗議の姿勢を示さなかったことが、ス ノ 1 デンには強烈に映った。
スノーデンテロリストは、テロの計画や謀議にインターネットを使いません。彼らはネットが 監視されているのを知っているから。 ( 国際テロ組織アルカイダの指導者で ) かの有名なウサマ・ビ ンラディンは監視を恐れて、携帯電話の使用をやめました。彼がいっそれを決めたか知っていま すか ? 皮よ次皿聴を理 二〇〇六年、米国では令状なしの盗聴が行われていると新聞が暴露しましたが、彳 ( 、 由に携帯の使用をやめた訳ではありません。ビンラディンが携帯電話の使用をやめたのは、一九 九八年です。この年以降、彼は決して携帯電話を使いませんでした。なぜでしよう ? アフリカ か ( 中東の ) イエメンあたりのテロリスト訓練キャンプにいたとき、彼はキャンプにある丘の頂き から衛星電話でほかのテロリスト仲間と話しました。そして、一日後に、一発のミサイルが彼の 英国の「調査権限法」は米愛国者法などと同様、テロ対策を目的として二〇一六年一一月に 成立した。電話やメール、携帯電話メッセ 1 ジ、インターネット閲覧履歴などの通信情報にア クセスする幅広い権限を捜査機関や情報機関に付与している。にもかかわらす、ロンドンの国 会議事堂前の橋で翌一七年三月、車両による暴走テロが発生、三人が死亡、約四〇人が負傷し た。英中部マンチェスタ 1 では五月、米人気歌手アリアナ・グランデさんのコンサート会場で 爆弾テロが起き、二二人が死亡、約六〇人が負傷した。コンサート会場の事件では、英警察や 情報機関が容疑者の存在を事前に把し、過激派組織「イスラム国」 ( ) とつながりがある ことを知っていたことも判明している。
3 プロローグ 二〇一三年六月、中国・香港で英紙ガーディアンの記者らに会い、米国が密かに行っていた一 般市民を含む大量監視 ( マス・サーベイランス ) に関する機密資料を提供した。「スノーデン文書」 の暴露に、世界は驚愕した。後に詳述するが、大量監視とは社会全員の電子通信情報、スマート フォンであれ、パソコンであれ、定期券やクレジットカードの使用履歴であれ、一切を巨大なサ ーに収集しておいてテロや犯罪に関する情報がないか、調べ回る作業である。 米国は二〇〇一年の中枢同時テロに衝撃を受け、この監視方法を本格的に導入した。だがマシ ンが回り始めると歯止めがきかなくなる。監視対象がどんどん広がっていき国内だけでなく、米 国を通過する国際通信ケ 1 プルなども使って世界中の通信情報を収集した。さらに、日本を含む 同盟各国の政府や情報機関と協力し、国民の監視をいかに巧みに行うか、技術の供与やそれを可 能にする法改正のやり方も伝授した。暴露後、「われわれは政府に大量監視を許した覚えはない」 との驚きが各国に広がる。世界の隠れた実相、不都合な真実を広く知らしめたスノーデンには、 各国で賞賛の声が上がった。 一方、米国では防衛機密を含む情報を暴露したスノ 1 デンに対し「裏切り者」「敵国のスパイ」 との非難が相次いだ。米国政府はスパイ活動取締法などの容疑でスノーデンを訴追。スノーデン は香港からロシア経由で南米への政治亡命を図ったが、パスポートを無効にされたため、モスク ワの空港で足止めとなった。そのままロシアへ亡命申請する。ロシアは米国が求める身柄引き渡 しには応じす、スノーデンはモスクワ周辺に住んでいるとされる。 なぜスノーデンはあえて米国の国内法を犯して犯罪者となり、仲間から裏切り者と呼ばれる行
スノーデンによれば、米国と「ファイプ・アイズ監視連合」が形成するインテリジェンスの 世界があり、その周辺に日本など緊密な同盟国を含めたより大きな連合体がある。つまり共謀 罪法は、個人のプライバシ 1 を筒抜けにする監視社会の入り口となるだけではない。米国を中 心に世界に広がる大量監視網に日本が組み込まれ、その一翼を担うことを意味する。では、日 本と同様にエックスキ 1 スコアなどを供与されている国はどこか スノーデン多くを知っています。しかし、私は自分と一緒に仕事をするジャ 1 ナリストによっ て、未だ公表されていない機密情報を、私自身が暴露することはありません。これがポリシーで す。 意思決定プロセスから自分の政治的偏見を排除するという特定の理由によります。私には強い 感情があり、短気な男だからです。 そこで、文書を保有するジャーナリストたちに、これは国民に知らせるべきかどうかの決定を ゆだねるのです。そして、彼らが暴露すれば、私がそれを説明します。 質問で図らすも、スノーデンのポリシーが浮き彫りになった。機密文書をジャーナリストに お 預け、どの文書を公開すべきかの判断を委ねる。スノーデンはジャーナリズムに信を措く。こ でしよ、つ ?
45 第 3 章世界に広がる監視網の一翼 「ターゲット東京」の暴露に対する、菅官房長官の記者会見での発言は「仮に事実であれば、 同盟国として極めて遺憾だ」という淡々としたものだった。安倍首相はバイデン米副大統領 ( 当時 ) との電話会談で「事実なら同盟国の信頼関係を揺るがしかねす、深刻な懸念を表明せざ るを得ない」と抗議し、調査と結果説明も求めた。しかし、これも「 ( 暴露文書が ) 事実なら」 の条件付きで、結局この電話会談で、幕引きを図った形に終わった。 スノーデンドイツのアンゲラ・メルケル首相は数年前、個人的に標的となり、自分の携帯電話 が Z < に盗聴されていたことが明らかになったとき、「まあいい、問題ない」とは言いません でした。彼女は不満を表明して抗議しました。 彼女は、これは正しくない、 変えるべきだ、終わらせなければならないと述べました。われわ れはこの件で、行動を起こすべきだ、われわれはパ ートナ 1 であり、同盟国なのだから、と。わ れわれは協力し、お互いが信頼できなければならない、だって味方なのだから、とも。 米国のスパイが中国ではなく、日本を盗聴していたとすれば、 いったい ( 日本にとり ) 誰が最大 の脅威なのでしよう。どうすれば、日米は一緒に仕事をし、互いの国民の利益に奉仕することが できるでしよう。なぜ、誰もそれを尋ねないのでしよう。これは、日本の報道関係者全員が菅義 偉官房長官に質すべき問題だと思います。
21 第 2 章大量監視は人の命を救わない この中で、オバマ大統領は「政府の政策に反対する個人が、機密情報を公に暴露するようなこ とができれば、人々の安全を守ることは不可能だ」とスノーデンの内部告発を批判しつつ、ス ノ 1 デン文書の暴露を端緒に始まった「こうした ( 改革 ) 論議は、われわれをより強くするだろ う」と改革の必要性自体は認めた。 スノーデンたとえば英ロンドンのような都市には、西側民主主義史上、最も極端な監視を容認 する法律があります。まさに二〇一六年、調査権限法と呼ばれる法律が成立しました。しかし、 日本や米国以上にひどい極端に威圧的な法律を成立させても、大量監視は最近のテロを防ぐこと ができませんでした。 英国警察は、攻撃を実行した人物については英情報機関も警察も察知していたと発表しました。 そう、彼らはこの人物を知っていた。彼らは、社会のあらゆる人物をスパイしていた。で、何の 役にも立たなかった。なぜでしよ、つ ? 大量監視に対して真に無防備な人々とは、一般市民だからです。政治に関わっている人々、ち よっと変わった人々、普通でない人々、学究肌の人々、新しい考えを持つ人々。彼らの通信がイ ンターネットに飛び交うと、とても人目を引きます。言ってみれば、ネット上で輝いています。 彼らが目立ち、違って見えるのは、彼らが普通の人々だからです。オープンな生活をしているか らです。
第 2 章大量監視は人の命を救わない あらゆる個人の通信情報が捜査機関や情報機関、政府に筒抜けになる監視社会は、避けなけ ればならない。。こが、 オフランスなど現実にテロが継続して起きている国々では、「非常事態」 の名の下にプライバシーや人権がある程度制限されても、人々がそれを受け入れていた。百歩 譲って、大量監視が本当にテロを未然防止するなら、議論の余地はあるとの声が出るかもしれ 、 0 ヾ、」ヾ、 スノーデンは真っ向から反論する。「大量監視は人の命を救わない」と。 スノーデン私たちは、大量監視が人の命を救わないという決定的証拠を持っています。米国に は、令状なしの通信傍受システムがあります。二〇一三年六月、私が暴露したのもこのシステム の一部です。その時点で、既に一〇年以上秘密裏に運用されていました。二〇〇一年九月一一日 の米中枢同時テロからです。 さて、米政府が自国の法律を犯し、世界中で人権侵害を行っていたと私が暴露した際に、 ( 当 時の ) オバマ大統領は、圧力に直面して、米国の全ての機密情報にアクセスできる二つの独立委 員会を設置・諮問しました。これら二つの委員会、一つは「プライバシ 1 と市民的自由監視会 議」、他方は大統領が設置した「インテリジェンスと通信技術審査グル 1 プ」が、米愛国者法の
を勝利させるため民主党陣営にサイバ 1 攻撃を仕掛けたと断定。ロシアとトランプ陣営の共謀 が疑われ、特別検察官の捜査が始まった。ロシアは干渉を否定しているが、米ロ関係の動揺は スノーデンの将来に影を投げかける。 スノーデンもちろん、米ロ関係は困難な時期を迎えています。幸いなことに、私はロシアとの 間に強い関係を結んでいません。したがって、他の人ほどには、事件は私に影響を及ばしていま せん。しかしながら、これは尋常ならざる事態です。私が政治的に直面する最も困難な試練の一 つになり得ます。 でも、二〇一三年六月のことを思い出して下さい。私が初めて、 ( 香港で機密書類を暴露した後 ) 名乗り出たときです。米国政府は、尋常でないプロバガンダ攻勢を私に仕掛け、やつは裏切り者 ばりぞうごん だ、スパイだ、その他あらゆる罵詈雑言を浴びせました。 中国 ( 香港 ) にいたときには、やつは中国のスパイだと言われました。ロシアに移ると、ロシア のスパイだ、と。別の国へ行けば、フランスに落ち着けば、政府は私がフランスのスパイだと言 、つでしよ、つね。行った先々に沿って、ストーリ ーが変わるのです。でも、歴史は人々の汚名をす すぐ方法を一小しています。 一九七〇年代の著名な内部告発者、ダニエル・エルズバーグ氏 ( 注元米国防総省職員。一九七一 年にベトナム戦争の秘密文書「ペンタゴン・ペー ーズ , を米紙に暴露 ) が、多くの米国人やベトナム 人、ラオス人らの命を犠牲にしたベトナム戦争で、米国がいかに国民を欺き続けたかを示す機密
37 第 3 章世界に広がる監視網の一翼 もともとの理念は米国にある中枢から、世界全体をスパイできるようにするというものでした。 しかし、これは技術的に大変難しい仕事でした。そこで、横田基地が日本における米国の電子ス パイの中枢神経として考えられた可能性があります。 米国が法律立案、法改正に深く関与する スノーデンが暴露した文書によると、横田基地や沖縄にある米国のインテリジェンス関連施 設を建設するために、日本政府が費用を負担している。二〇〇四年七月一一一日付の機密文書は、 横田基地内に建設された「工学支援施設」の建設費六六〇万ドル ( 約七億三〇〇〇万円 ) のほとん どを日本政府が負担し、スタッフの年間給与約三七万五〇〇〇ドル ( 約四一〇〇万円 ) の全額を 日本政府が支払っていることを暴露した。二〇〇七年三月一六日付の文書は、沖縄にある zc < のハンザ通信情報収集施設をキャンプ・ハンセンに移設した経緯を紹介しており、「日米間 の合意によると、日本政府は新施設の建設費と新たに置き換わる通信情報収集システムを含む、 移設費用の全額を支払う。日本の納税者が負担する額は五億ドル ( 約五五〇億円 ) を超えると試 算される」と記載している。日本から米軍へのこうした支出は「思いやり予算」と呼ばれる米 軍駐留経費から支払われているとみられ、細目や具体額が表に出ることはほとんどない。 スノーデン嘆かわしいことですが、これらは事実です。現実には、米軍が駐留している国々で 駐留費用を最終的にそうした国に払わせるというのは、とても一般的なことなのです。それは、