どこかで、他の人と異なる、普通でない、 変なある一人の人物が、物事がどうあるべきかにつ いて異なる見解を抱いたからです。 そして、周りの人間が、物事が実際に変化していることを確認できたのは、この見解を発展さ せ、共有し、ほかの者にも伝えて、さらに研ぎ澄まし、それぞれ独自の考えを付け加える内省の 機会と自由があったからなのです。これは最終的に、法律を変える運動へと発展しました。そし て、社会を変えたのです。未来を変え、私たちの歴史を今ある姿に変えたのです。 人類の進歩、政治の進歩というものはおしなべて、人々が普通だと考え、良きものだと考える、 その時代の正統に対する反乱として、異端としてスタートします。世界のありさまに注目すると、 私たちは特権的で豊かになった生活を送っています。テクノロジーにアクセスすることで、先行 世代の誰も、王様でさえも夢見ることのできなかった能力を獲得しています。しかしながら、誰 かが「プライバシーは十分にある。だから手放す必要がある」と言い出したらどうでしよう。あ るいは、もう十分に進歩を遂げた、ここから先へ行くつもりはない、と言ったら。結局後退して いく羽目になる可能性も、今なお十分にあるのです。 「プライバシーに関、いはない。隠オ・・ことがないから」と一一「ロ、つことは、一一「ロの・目由に関、いはない、 話すことがないから、と言うのと変わりません。反社会的で、自由に反する考えです。自分に価 値も値打ちもなく、新しい考えを生み出すひらめきもないことを認めてしまう恥すべき考えです。 新たな考えは出てきます。昨日、並外れたことができなかったとしても、明日は、私たちが社会 を未来へ牽引する者になるかもしれません。
13 第 1 章共謀罪法 , 大量監視の始まり スノーデンの見解は、日本政府の説明と対立している。政府は国会答弁で「一般人は処罰の 対象にならない」「対象はテロ集団や暴力団など組織的犯罪集団だ」と繰り返した。安倍晋三 首相は「監視社会になるなどということは決してない」と言い切った。だが、スノーデンにと っては、既視感のある風景なのだった。米中枢同時テロ後に、米国で成立した「愛国者法」だ。 スノーデンこの法律が二〇〇一年の中枢同時テロの結果として米国で成立した際、米政府が、 現在日本政府の言っていることと、同じことを述べていたという事実を指摘することは重要でし よう。米政府は「これらの法律は一般市民を対象にするものではない。われわれは、国際テロ組 織アルカイダとそのテロリストを発見することだけに関心がある」と述べていたのです。 にもかかわらす、法案の議会通過からわすか数年後には、政府は国民に知らせることなく秘密 裏に、この法律とそれによって生まれた権限を米国や世界のあらゆる人々の通話記録を収集する ことに活用しました。米国最大の電話会社や大手企業を通じてアクセスすることによってです。 スノーデンが暴露した文書によると、米国家安全保障局 ( zco< ) は米通信大手べライゾンな どにすべての通話のメタデータ ( 注電話の発信・着信番号、発信日時、通話時間など ) を提出させ ていた。また、フェイスブック、ヤフー、アップル、グーグルなど世界最大手のインターネッ ト企業各社のサー ハーから情報を直接収集していた ( —プログラム ) 、 z < が英国の情 報機関、政府通信本部 ( o c) と協力して取り組んだプログラムもあった。スローガンは
マあなたが価値を持っている根拠 言論の自由というものは、もしあなたが自分は何を信じ、何をどのように話したいのか、どん な人物になりたいのかについて、自分の考えを深める内省の時間がなければ、たいした意味を持 ちません。あなたが社会の先入観や判断から離れて考えを発展させることができなければ、ある いはその考えを公に発表する前に、信頼できる人々と分かち合って進化させたり、磨き上げたり することができなければ、法律でどれほど言論の自由が認められていても、意味をなさないので す。 信教の自由というものは、もしあなたが自分の家族や社会からただ単に信仰を引き継いだだけ で、あなたが自分の信じるものが何かについて、独力で深く考える内省の時間がないのなら、あ まり大きな意味はありません。 あらゆる人々が毎日、世界で何が起きているのかを理解するために頼っている報道・ジャーナ 丿ズムの自由は、ジャーナリストたちが組織、会社、コミュニティ内で働く情報源と絶対の信頼 関係なしに話せなくなれば、価値を失います。人々は、情報源が失職の心配をすることなく、ジ ャーナリストには現実に何が起きているか、明日何が起こるのか、ありのままの真実を話せると 思っているからです。 「理不尽な捜査や差し押さえからの自由」のような明白な権利について言えば、ある人物が犯 罪者であるとか、何か悪事を働いているとかみなし得る容疑の理由を示さずして、警察官が誰か
27 第 2 章大量監視は人の命を救わない システムを構築する道。監視社会と呼ばれるより暗い道は、私たちはテロと戦っていると声高に 主張し、あるいはテロと戦おうとしている事実を示し、それだけが重要な価値だとする社会です。 これらのプログラムが有効かどうか、人々の命を救うかどうか、 は問題ではありません。そう したプログラムを試すことだけが、重要なのです。そのために、あなたのしていることが監視さ れなければならないのです。政府は「通信内容を読むことはない」と約東します。しかし、もし 政府が読んだところで、私たちは決して知りようがないのです。 では、権力による大量監視が野放図に広がっていくのを防ぐためには、どのような方策を講 じるのが有効なのだろうか。「スノ 1 デン文書」の暴露を受けて、米議会は二〇一五年六月、 ZT< の情報収集活動を制約する「米国自由法」を成立させた。 zco< による一般市民の通話 情報大量収集は六カ月の移行期間後に禁じられ、通信会社が履歴を保管。捜査機関は個別の案 件ごとに「外国情報監視裁判所」の令状を得て提供を求めることになった。議会が米情報機関 の権限を制約する法律を成立させたのは約四〇年ぶりとされ、スノ 1 デンは米ニューヨ 1 ク・ タイムズ紙への寄稿で「すべての市民の権利にとって、歴史的な勝利」と評価した。 スノーデン政府の監視当局や捜査当局など行政部局を議会の管理下に置くという考えは、いい ものです。しかし、同時に裁判所の監督下にも置く必要があります。これが、私たちの知る唯一 の有効なチェック方法です。
23 第 2 章大量監視は人の命を救わない 通話していた丘に撃ち込まれたのです。 テロリストは悪かもしれませんが、バカではありません。ちょうどダーウインの進化論が、環 境への適応能力がない生物は淘汰されていくことを確かめたように、インテリジェンス機関は、 最も愚かなテロリストや犯罪者は常に捕まることを確認しています。頭の切れる連中は、大量監 視法では決して捕らえられません。捕まるに足る、履歴も証拠も残さないのです。 米国政府自体が、大量監視は人の命を救わないと認めている事実について考えると、疑問が浮 かんできます。「じゃあ、なぜ連中はこんなことをしているのだ」。政府もバカではありません。 彼らは理由なくお金を浪費しませんーーだと、 いいのですがーー・・ ( 笑 ) 。そう考えると、突然一切 がはっきりします 大量監視がテロリストを捕捉しないのだとすると、誰を捕捉するのでしよう。答えはもちろん、 その他全員です。 私たちは社会全員の権利を犠牲にしようとしています。自由で開かれた社会というアイデアを 犠牲にしようとしています。自由で開かれた社会では、私たちが携帯を取りだして恋人に電話す るとき、政府のデータベ 1 スはどんなものなのか心配する必要はありません。検索エンジンに文 字を打ったり、 * ( ミクシイ ) のようなサービスで誰かに送信したりする内容について、不 安に思うこともありません。自由な社会では、そんなことは心配に及ばないはすだからです。 しかし、もし私たちがこの開かれた状態を手放したら、もし、この表現の自由、結社の自由を 放棄したら、それは社会をより安全にすることにはなりません。テロリストを迎え撃っことにも
17 第 1 章共謀罪法 , 大量監視の始まり ことです。そして、プライバシーの保障は、政治家の言質ではなく、法的措置で強制されなけれ ばなりません。つまり、監視が始まる前に、すべてのケースで政府はこの監視が適法で、警察が 示した脅威と関連づけるのが妥当という、個別の令状を取るべきなのです。 安倍晋三首相は、共謀罪法案の国会審議で「捜査機関が国民の動静を監視するようになると いう懸念は全く無用だ」と述べた。金田勝年法相は「 ( 共謀罪法は ) 通信傍受法の対象犯罪では なく、対象に追加する法改正も予定していない」と述べた。仮に政府の答弁を信用するなら、 共謀罪法は監視社会の始まりにはならないようにも思えるが、スノーデンは「違う」と言う 国民は「答弁」を信用してはならないと。 スノーデンこの問題を考察する良い方法があります。私たちは政府を信用すべきではありませ ん。政府の「主張」を信用するなら、私たちは市民としての責務を果たしていないことになりま す。私たちは、「法律」を信用すべきなのです。 もし、政府が「そうした意思はない」というなら、彼らが法律そのものに、そう書き込むべき です。政府が保障条項や補償制度なども創設すべきです。 なぜなら、これこそ政府が ( 国民から ) 敬意を獲得する方法だから。政府は ( 自らの主張を ) 信用せ よと求めるのではなく、政府が信用に足る理由を自らが明示すべきなのです。
軍司泰史 1961 年生まれ . 共同通信編集委員 . 1984 年 , 共同通信入社 . 1993 ~ 94 年 , テヘラン支局勤務 . 1995 ~ 99 年 , 2008 ~ 12 年 , パリ支局 勤務 . 編著に『伝える , 訴える一一表現の自由は今』 ( 柘植書房新社 ) , 著書に『シラクのフランス」 ( 岩波新書 ) など . 翻訳書にイアン・プル マ『廃墟の零年 1945 』 ( 共訳 , 白水社 ). 編集協力 : メディアプレス スノーデンが語る「共謀罪」後の日本 ー大量監視社会に抗するために 印刷・製本法令印刷装丁副田高行表紙イラスト http://www.iwanami. CO. jp/hensyu/booklet/ ブックレット編集部 ()3 ー 5210 ー 4069 電話案内 03 ー 5210 ー 4000 営業部 03 ー 5210 ー 4111 〒 1 ル繝 2 東京都千代田区ーツ橋 2 ー 5 ー 5 株式会社岩波書店 岡本厚 軍司泰史 ぐんじやすし 2017 年 12 月 5 日第 1 刷発行 発行所 発行者 著者 藤原ヒロコ 岩波ブックレット 976 ⑥ Yasushi Gunji 2017 ISBN 978-4 ー ( ) 0 ー 27 ( ) 976 ー 5 Printed ⅲ Japan
63 第 5 章モラルに基づく決断は , 時に法を破る の家に勝手に入り込んで、タンスを空にしたり、日記の全文をのぞき見たりはできません。はっ きりしています。 右に述べたようなこれらの権利も、プライバシーを起源としています。なぜならプライバシー は、個性にまつわるものだからです。プライバシーとは、あなたが価値を持っているということ なのです。プライバシーとは、あなたが価値を持っている根拠です。 私有財産という言葉があります。私有財産とは、あなたが自分のものとして所有する何かです。 ところが、この概念を失って、「プライバシーなど時代遅れだ。私にはもう必要ない。確かにね、 必要な時代もあったでしよう。でも、もう過ぎ去った」と言ったとします。あなたは、もはや自 分のものではなくなります。あなたの家もあなたのものではない。何もかも、あなたから切り離 される。あなたは社会の所有物になります。しかし自由で開かれた世界では、社会の方が私たち 全員に帰属するのです。 これが、あなたにとって、たとえ個人的にはスパイされる心配がなくとも、あなたがプライバ シ 1 の侵害に抵抗すべきことが重要だという理由です。 マ弱者のために 歴史に目を向けて、過去のあらゆる悲惨な犯罪行為について考えましよう。奴隷制度だろうが、 女性に投票権がなかったことだろうが、封建社会での農民搾取だろうが、これらの悪習が合法的 で無条件に許され、その時代においては一般的ですらあったシステムが、結局は変化しました。
I S B N 9 7 8 ー 4 ー 0 0 ー 2 7 0 9 7 6 - 5 C 0 5 5 6 \ 5 8 0 E 9 7 8 4 0 0 2 7 0 9 7 6 5 1 9 2 0 ろ 5 6 0 0 5 8 0 9 定価 ( 本体 580 円十税 ) 米国による大規模な個人情報収集の実態を告発し、世界を震撼させた元 C IA 職 員ェドワード・スノーデン。亡命中のロシア・モスクワて、共同通信記者による 単独会見が実現した。スノーデンが読み解く「共謀罪」の本質、米国の監視シス 。為政者のためてはなく、市民のた テムに組み込まれる日本社会の現実とは めの自由な社会を取り戻すために、いま何をすべきかを問う。 岩波書店
「岩波ブックレット」刊行のことば 今日、われわれをとりまく状況は急激な変化を重ね、しかも時代の潮流 は決して良い方向にむかおうとはしていません。今世紀を生き抜いてきた 中・高年の人々にとって、次の時代をになう若い人々にとって、また、こ れから生まれてくる子どもたちにとって、現代社会の基本的問題は、日常 の生活と深くかかわり、同時に、人類が生存する地球社会そのものの命運 を決定しかねない要因をはらんでいます。 十五世紀中葉に発明された近代印刷術は、それ以後の歴史を通じて「活 字」が持っ力を最大限に発揮してきました。人々は「活字」によって文化 を共有し、とりわけ変革期にあっては、「活字」は一つの社会的力となっ て、情報を伝達し、人々の主張を社会共通のものとし、各時代の思想形成 に大きな役割を果してきました。 現在、われわれは多種多様な情報を享受しています。しかし、それにも かかわらず、文明の危機的様相は深まり、「活字」が歴史的に果してきた 本来の機能もまた衰弱しています。今、われわれは「出版」を業とする立 場に立って、今日の課題に対処し、「活字」が持っ力の原点にたちかえっ て、この小冊子のシリーズ「岩波ブックレット」を刊行します。 長期化した経済不況と市民生活、教育の場の荒廃と理念の喪失、核兵器 の異常な発達の前に人類が迫られている新たな選択、文明の進展にともな って見なおされるべき自然と人間の関係、積極的な未来への展望等々、現 代人が当面する課題は数多く存在します。正確な情報とその分析、明確な 主張を端的に伝え、解決のための見通しを読者と共に持ち、歴史の正しい 方向づけをはかることを、このシリーズは基本の目的とします。 読者の皆様が、市民として、学生として、またグループで、この小冊子 を活用されるよ、つに、願ってやみません。二九八二年四月創刊にあたって ) ロ単行本スノーデン・ショック 民主主義にひそむ監視の脅威 ディヴィッド・ライアン 田島泰彦、大塚一美、新津久美子訳 ◇岩波ブックレットから 共謀罪の何が問題か 髙山佳奈子 〈愛国心〉に気をつけろー 鈴木邦男 「テロに屈するな ! 」に屈するな 森達也 923 安倍政権とジャ 1 ナリズムの覚悟 原寿雄 日本人は民主主義を捨てたがっているのか ? 想Ⅲ和弘 951