ライブハウスへ見回りに来ていた生活指導の先生に俺たちの正体がバレたのは確か 俺は不自然に見えないよう、激しくなる演奏に身を任せるまま、ステージ上のケープルに引 つかかったふりをして盛大にすっ転んだ。 転んだ際、お面をわざと手でずらす。 そのまま起き上がり、燐が「あっ ! 」とずれた俺のお面に気づいて声をあげたのを確認して から、慌てたそぶりでお面を付け直した。 それからギターを構え直し、しばらく演奏を続けた頃。 「ふえなになに卩」 わき ステージ脇から血相を変えて飛んできたスタッフに呼ばれ、俺と燐は演奏を中断して脇に引 ち 気っ込むことになった。 こうして、俺と燐の初ライプはあっけなく幕を閉じたのである。 て 伝 章 第 「二度とこのようなことがないよう、再発防止に努めてください」 ライブハウス「」の事務所はビルの一階に入っていた。 俺と燐は事務所の椅子に座らされ、同じ色のシャツを着た数人のスタッフに厳しい態度で話 あわ ころ
〃 0 「ああああ。怖かったああああー ライブハウスから逃げだし、駅前まで一一人でぶらぶらと歩いた。 燐の家は駅を挟んで北側、北高の近くにあるので、自然と送っていく流れになっていた。 さとし 「智君が漫画みたいなドジするからだよ ! 」 「悪かったって」 燐はぶりぶり文句を言いながら、しかしその表情は楽しそうだった。 「早く、次のライプが演りたい ! 」 ひとみ まったく懲りた様子もなく、燐の瞳は次のスポットライトが見えているかのようにキラキラ と光っていた。 俺はギターを抱え直し、燐に尋ねる。 「教頭が言ってた、初めての学校生活って、なに ? 」 この質問をするかどうか、最後まで迷った。 ドラムスとべースを仲間にする流れを生み出すために必要な問いではあったが、この先を聞 おおよそ予定通りに過去の出来事をなぞれているようだった。
そ、つして俺は、ずるずると週末を迎えてしまっていた。 「もうつ。結局あたしがほとんどチケット売ることになったじゃん」 土曜日の夕方。 俺と燐は駅の南ロ商店街から少し離れた場所にあるライブハウス「 <CQ<<ZDU) 」を目指し て歩いていた。 サルに参加するためだ。 機材のチェックやら当日の段取りやらを確認する前日リハー ち 「俺だってちゃんと売ったぞ」 「何枚だっけ ? 」 「 : : : 三枚」 「あたしは一七枚だよ ! 」 伝 いやそもそも、燐が異常なのだ。 章 きたこ、っせい バンド活動がバレるとますいから、お互い北高生に売るわけにはい、 第 自然と中学の同級生などをあたることになるわけだが、そういう知り合いのいない燐はこの そうでも考えないと、進路票を片手に大学についてあれこれ喋る燐の前で、平静を保つのは 難しかった。 しゃべ
「 : : : もう、手放したく、ない」 りん 燐は俺を必要としてくれている。一緒にいて楽しいと言ってくれる。 なら、最後まで「好きだ」とさえ一言わなければ、残りの三か月を燐と過ごしてもいいのでは ないか そんな都合のいい考えが頭をよぎる。 一体誰が、人を好きになる気持ちは美しいだなどと言い出したのか。 なにを根拠にそんな馬鹿げた考えに至ったのか。 少なくとも俺は、こんなにも醜し 「重大発表があります」 燐との距離を測りかねたまま、音合わせから早くも一一日が経っていた。 ひとけ 登校してきた燐は手招きで人気のないところへ俺を呼び寄せると、にんまり笑った。 「今週末、駅前のライブハウスで演れることになったよ ! 記念すべき初ライプ ! 」 べースもいない、ドラムスもいない 初めての音合わせから二日しか経っていない素人一一人組。 そんな状態でライプに飛び込むなど常識がないか、さもなければイカれている。しかし燐が
苦々しげに顔が歪む。 のが 「ありゃあ絶対に婚期逃してるパターンだな。わはは」 教頭に対する下世話な評価を下してから、スタッフは次のリハのために持ち場へ戻っていっ あわ 燐が後ろからびよこんと顔を出し、慌てた様子で、 さとし 「当日は顔を隠そう。あたしはサングラス、智君はお面ね。ちょうどバンド名もそんな感じ にしといたし」 燐が一小したバンド名は「 Z<Z<<uE*ZOQ50Zgac-12 」というセンスの欠片もないものだ った。 「 : : : なんでこんなやつが勉強できるんだろうな」 ち 気「ち、違うよ ! あたしのネーミングセンスはまだこんなもんじゃないって ! 四人揃ったと き用に、本気のやつはとってあるの ! これは ( 仮 ) なの ! 」 その四人揃ったときのやつもダサいと不評だったのは一一一一口うまでもないことだった。 て え 伝 一翌日。 店長のところで何度か練習してから、徒歩でライブハウスへと向かった。 , 」 0
とき訪問販売形式でチケットを売りさばいていたのである。 一七枚売るために百軒近く渡り歩いたというのだから恐れ入る。 俺も中学時代の同級生にチケットを売るため、プライドも魂も抱き合わせで売るくらいに 頑張ったものだが、やはり燐のパワーと執念には及ばない。 そ、つこうしているうちに、俺たちは「 <<n<ZDco 」に到着した。 俺と燐が演奏する、最初で最後のライブハウスだった。 ーサルが終わり、次の奏者のために早々とステージから撤収した直後。 スタッフの一人が俺と燐を呼び止めた。 きたこうせい 「一応確認なんだけど、お前らほんとに北高生じゃないよな ? 」 「あばばばば」 からだこわ 誤魔化すのがヘタクソ極まりない燐が身体を強ばらせておかしな声をあげた。 燐を後ろに隠し、俺がスタッフの前に出る。 「違いますけど 「ならいいんだが : あそこの教頭がうるさくてな。客に北高生がいるってわかっただけで、 警察なんかも巻き込んで抗議入れてくんだよ」
耳にしていた運営責任者が「これならいけるのでは」と判断し、直々に頭を下げてきたのだ。 実力を認められたということなので本来なら喜ばしい話ではあるのだが、それらの経緯を丁 寧に説明してくれた会長の表情は終始曇っていた。 「他のバンドが難色を示したのは当然よ。こちらに非はないとはいえ、マイナスイメージがっ くのは避けたいもの。そしてそれは私たちも同じ。いえ、むしろ私たちこそ、それは避けなく ちゃならないわ」 きたこ、つ 北高はバンド活動禁止。 プラックリストはここまで出回っていないので演奏そのものはできるが、それで失敗でもし ようものなら目も当てられない。 いくらこちらに非がなく、さらには頼まれた立場とはいえ、これだけの大イベントが失敗し たとき矢面に立っていたとなれば、ライブハウスの騒ぎとは比にならないほどの問題になる。 文化祭ライプどころではなくなるだろ、つ。 しかもこの演奏は有名バンドの穴埋めというかたちになる。 いやおう 宿否応なく実力のある彼らと比べられることになるため、失敗する可能性は極めて高い。 合 「やろう」 章 おく 第 しかしそんな状况にかけらも臆することなく、まったく法むことなく、燐はまっすぐ言、つの だった。 ひる
胸にわだかまる感情と表情を切り離すことに置れてしまったのか、感覚が壊れてきているの か、それはよくわからなかった。 「凄いね、夏フェス ! 」 「ああ」 燐がスポーッドリンクをごく ) 」くと飲み干しながら、ステージのほ、つへ目を向けた。 ライブハウスなどとは違ってかなりの観客を収容できる屋外広場には人々がひしめきあい ステージの上から響き渡る演奏に合わせて飛び跳ねていた。 燐の指先がリズムを刻む。 きたこ、つさい 全身がうす、つずとしていて、きっとその脳裏には北高祭で思い切り歌って跳ねる自分の姿が 浮かんでいるのだ。 たんのう 燐の横顔は晴れやかで、夏の暑さを上回るような祭りの空気を全身で堪能しているようだっ これならきっと、このあとのトラブルにも問題なく対処できるだろう。 そのときだ。 「二人とも、休憩中に悪いけれど、すぐ来てもらえるかしら」 俺が覚えていたのと同じタイミングで、会長が駆け寄ってきた。 ろくろ、つ 傍らには持ち場から引き抜かれてきたらしいヒミコと六郎もおり、会長とともに切迫した雰 、」 0 かたわ
会長の声がにわかに低くなる。恐ろしいことこの上ない。 俺と燐がそろって黙秘していると、店長が容赦なく続けた。 さかな 「お前らがさっさと一〇万返してくれれば、晩酌の肴ももう少しマシになんのになあ」 「そんなに借りてないよっ ! 」 「 : : : なら、いくら借りているのかしら ? 高校生の分際で」 会長が燐の顎にアイアンクローをかます。 燐がペちペちとその手を叩きながらライブハウスでの一件を説明した。 説明を聞き終えた会長は眉間をつまみ、 「 : : : そ、ついうことなら、仕方ないわね。勉強会のスケジュールを組み直すことにするわ」 地獄の勉強会が本物の地獄になった瞬間だった。 「それで、アルバイトの日程はどうなっているんですか ? 」 あさって 会長が尋ねると、店長は「明後日からだね」と答える。 「そんなに早くから現地入りする必要があるんですか ? 」 会長と燐、それから俺も首を傾げた。 夏フェスの本番はもっと先だ。明らかに日程が早すぎる。 俺の記憶では、このバイトを兼ねた合宿が始まるのは店長が提示したク明後日クからさらに あご
あたしもお化け見たい ! 」 「みんなばっかりするい ! クラスメイトたちから聞いた噂話に感化された燐がばしばしと机を叩く。 耳障りだとばかりに会長がこっちを睨んでくるが、燐は気づいていないようで、 「捕まえたらきっと国からお金が出るよ ! 」 「ツチノコと一緒にすんな。てゆーか、そんなことしてる場合じゃないだろ」 このとき、俺と燐が最優先すべき課題は公演場所の確保だった。 ライブハウスの一件で市内全域、下手をすれば県内のかなりの範囲にプラックリストが出回 、俺たちが演奏できる場所はほとんどないに等しくなっていたからだ。 演奏ができなければファンを増やすどころかメンバーを集めることさえむずかしい 「ふふふ。演奏の発表場所に関してはすでに対策を考えてあるのだ」 かばん 燐が鞄から取りだしたのは小型のノートパソコンだった。 「店長のところで録音して、動画サイトに投稿しよう ! 上手くいけば人気爆発だし、バンド 組もうって人も見つかるかも ! 」 É画面に表一小されていたのはニョニョ動画というサイトだった。 確かに俺たちの年代がかなりの割合で閲覧しているし、人気が出れば支持も得られるだろう。 章 第 た , カ 幻 「こういうのって、色々と特別な機材や技術が要るんじゃねーの ?