6 2 その激論はのちにク職員室片隅の攻防クと呼ばれ、俺たちの間でだけ語られることになる戦 いだった。 教頭とその他教職員を相手に、会長はたった一人でバンド活動禁止撤廃を訴えたのである。 かたわ 一応傍らには当事者である俺たち四人もいたのだが、聞いているだけで胃がキリキリと痛 すき むような舌戦に俺たちの入り込む隙はなかった。 決して俺たちがへたれだったのではない。 戦局を冷静に見据え、なにが最善か考えに考えた末の傍観だ。立派な戦術である。 そして数十分にわたる本音と建前入り乱れる駆け引きの応酬、果ては地域社会に対する学校 する生徒と配信してもらった新譜を楽しむ生徒の姿だった。 「あなたたち、なにをしているのですか。模試が終わったのなら早く下校しなさい , 肩すかしを食らったらしい教頭の小言にいつもの切れ味はない。 そしてこれまたいつの間にか仮面を脱ぎ捨て一生徒に戻っていた会長が、動揺する教頭の前 に堂々と立ちふさがった。 「教頭先生。生徒会長兼文化祭実行委員として提案があります。職員室でお話しできますか」 会長の表情には確かな勝算があった。
かなた 組織のあり方や教育論など雲の彼方にまで飛んでいった議論の行方は、やがて決着を見せた。 「失礼しました」 頭を下げ職員室の扉を閉めた会長がサムズアップする。 「 : : : 勝ったわ」 俺たちは飛び上がった。 とはいえ完全勝利というわけではない。 獲得できたのはあくまで夏休み終盤の吹奏楽部公演への飛び入りと、その後の校則改正会議 開催の約束だけだ。 「あとはあなたたちに任せたわよ」 「任された ! 」 燐が会長に飛びついて力強く答える。 ードルの数々は突破できた。 超人的な会長の働きにより、文化祭に向けたハ プ ラあとは俺たちの演奏で保護者を説得するだけだった。 祭 文 章 四 第 いま思えば、燐の身体はこの辺りからもう、限界が近づいていたのだろう。 夏休み終了直前、吹奏楽部コンサート。 からだ
「このことは学校に報告して厳重な処分をーー」 騒いでいた会長が俺たちの出で立ちに目を丸くした。 「 : : : マつい、つつ , も、り・ ? ・ ろくろ、つ 俺はギター、六郎はべースを構え、燐は得意気にマイクを握っていた。 場所は特別教室棟の音楽室。 壁は小さな丸い穴がたくさんあいた吸音材となっていて、職員室からも距離がある。少々う るさくしてもしばらくは気づかれない。 ヒミコが天敵である会長の前でまともに演奏できるか甚だ疑問だったため、不本意ながらド ラムは録音したものを流すことにしていた。 不完全な演奏だが、そこは情熱でカバーだ。 「会長に、俺たちの演奏を聴いてもらおうと思ってな」 「耳が腐るわ」 こいつあ : : : って思ったね。 血 「会長さあ、最近明らかに元気なかっただろ。気晴らしもかねて、ちょっと聴いてみてくれよ」 会長は聞く耳もたんとばかりに逃げようとするが、そこは手持ちぶさたのヒミコがしつかり 章 ふさ 第と退路を塞いでいる。 : いや実際のところ、髪の毛を貫通する会長の眼力に押されていまにも道を譲ってしま
ないですか」 「 : : : すみません」 「成績はもちろん、生徒会長としても優秀なあなたでもこ、ついう時期はあるでしよう。以後、 気をつけてください」 「はい」 ひま 会長が項垂れたまま、俺たちが逃げ隠れする暇もないくらいの速さで職員室を出た。 俺たちとばったり出くわし、会長が目を見開いて固まる。 「 : : : なにかしら。いけすかない人間が叱られているのを見て楽しんでいるの ? 」 強がりの嫌味が飛びだすも、覇気がないせいで切れ味に欠ける。 そしてやはりなにか言いたげに目を泳がせたあと、結局は黙ったまま立ち去ってしまった。 その背中を見送りながら、俺は燐とヒミコに声をかけた。 「なあ。会長にさ、俺たちの演奏聴かせてやらねえ ? スカッとするやっ」 E 「 : : : 会長さんの前で演るのは : : : 怖いです : : : 」 さとし 智君まさか、それが狙い卩自 「それに、嫌がらせにしかならないと思、つけど : 章 第い打ち顔だけじゃなくて心も悪人に : : : 」 俺の提案に、ヒミコと燐が難色を一小す。 うなだ : はっー ねら
さとし ハーな転校生の仲間かよ」と奇異の目で見てくるこの クラスメイトが「智のやつもあのミー 空気も記億にあるとおりだ。 俺が過去と違った行動をとっているのに、実際過去とは違うことが起きているはずなのに、 流れが変わらない・ なら、このあと燐がとる行動は : 俺は燐の意識が会長へと向いているうちに教室から逃げだそうと静かに席を立った。 そのときだ。 「この高校の文化祭でアニマートみたいなライプを演るために転入してきたのに ! 」 俺の記憶にある通りの声を上げながら、燐が逃げようとする俺の手首を掴んできた。 じかだんばん ハンドやらせてくださいって直談判だよ ! 」 「よしつ、職員室に行こ、つ ! 燐がその暴力的なまでに無邪気な笑顔を俺に向け、ぐいぐいと力強く引っ張ろうとする。 懐かしい感覚に、暗い部屋の中で何度も思い返したその情景に、そのまま身を委ねそうにな 「ちょっとあなたーーー」 会長が燐を押しとどめようとしたときだった。 「触んな ! 」 る。 りん
響き渡っているとなれば、どうしようもなく顔がひきつり声が震える。 「でもさあ、あたしこの歌声、結構好きだよ ? 」 「 : : : 頭だけじゃなくて、耳も腐ってるんだな、お前 「腐ってないよ ! だってこの歌、本当こゝ、 、しししょ ? 聴いてると元気がぶふつ」 わら 燐が笑った。いや嗤った。 デコピンの一発でもかましてやりたかったが、俺はぐっと我慶する。 「とにかく、教頭たちが来る前に放送室行って、早く OQ 回収するぞ。でないと心が折れる : : : 」 「あーあ。せつかく放送部の人たちに協力してもらえたのに」 「誰のせいだ」と文句を言いながら俺は燐と走った。 もりやま しのはらさとし 『ーーー三年一組森山燐。同・篠原智。放課後、職員室へ来るように』 「 : : : やつばりな」 俺は黒歴史 OQ をたたき割りながらばやいた。 きゅ、っせんばう 昼休憩終了間際、俺と燐を呼び出したのはバンド活動禁止派急先鋒の教頭だ。 先生たちに見られることなく放送室から無事に OQ を回収できたはい ) しものの、教頭は俺と しわざ 燐の仕業だと断定している。放課後はひたすら「濡れ衣です」と繰り返す作業だ。 「あーあ、失敗だ。本当はあたしたちの演奏でみんなを魅了する作戦だったのに」 たれ ぬぎぬ
そして放課後、俺と燐は早速この後俺たちのメンバ 1 となるはずのその「引きこもりドラ マー」のお宅に向かうことにしたのだが、教室を出ようとしたとき、俺は会長に捕まった。 「初日とは違って、随分と仲良くしているじゃない。あんな不祥事を起こしておいて、共犯意 識でも芽生えたのかしら」 相変わらず敵意剥き出しの物一 = ロいだった。 これで生徒会や職員室内では人望厚く優秀な生徒会長と評判なのだからやりきれない。 その毒舌に恐れをなした同級生からは高校入学当初、そのロ撃に耐性のある俺が窓口扱いさ れたほどだ。 そんなわけで会長とのやりとりは少なからず険悪になってしまう。 会長にはこれから随分と世話をかけることになるのでかなり心苦しいのだが、文化祭ライプ を成功させるには過去をなぞるのが最も確実だ。 俺は仕方なく、少々乱暴に返事をした。 「なんか用かよ。お前の告げロのせいで、こっちは色々忙しいんだよ」 しわざ 駅前での騒ぎについて教頭に告げロしたのは会長の仕業だった。 証拠不十分だったので処分には至らなかったものの、プラックリストの出回る範囲やその強 章 第制力にかなり影響したのは間違いない。 「ふん。自業自得でしよう。あなたたちが将来を棒に振ってまでくだらないことに精を出すの
夏休み前日。 フリーダウンロードで配信する曲がいくつか出来上がった。 店長のところで録音した音源をヒミコが編集し、あとは学校の生徒にパスワードを配布する 校内での俺たちの立場は最悪なものだったが、それでも話を聞いてくれる人はいるし、そこ から音源が広がっていけばいいという、やや長期的な計画だ。 「夏休み中でも部活動はあるし、曲が評価されさえすれば支持は増えていくだろう」 ろくろ、つ 六郎は美術部をあたってみるといい、俺と燐はクラスメイトを中心に無差別的にパスワード を配ってみることにした。ヒミコにそんなコミュカはないので、俺と燐の付き添いだ。 一学期の終了を告げる全校集会とホームルームを経て、その日は午前で学校が終わった。 俺と燐がパスワードを受け取ってくれる人はいないかと校内を練り歩き、その後ろをヒミコ がビクビクしながらついてきていたときである。 いつもより人の気配が少ない職員室から声が聞こえた。 声の主は教頭だった。 だれ そろ のぞ また誰ぞを高圧的な態度で説教しているようで、誰が被害者なのだろうと三人揃って覗いて みる。そこで怒られていた哀れな被害者は、会長だった。 「最近、生徒会の仕事にもミスが目立ちます。それにあの成績。少し、気が緩みすぎなのでは ゆる
778 「うわ : そのゴミ処理場は市街地から離れた山の谷間にある。 ゃあん たどり着く頃にはすっかり日が暮れていて、うずたかく積まれた不燃ゴミの山は夜闇の中で さらに濃い影となってその輪郭を浮かび上がらせていた。 「この中から捜すのかよ」 こもったような臭いに顔をしかめながら、俺は言った。 燐の熱意に負けてここに入れてくれた職員の人が、今日ここに運び込まれたゴミのある辺り を教えてくれたが、その一角だけでも気が遠くなりそうな量だ。 「 : : : 、つしろ、乗ります : 正直これは俺の役目ではないのかと当時も思ったが、実際はヒミコに任せて正解だった。 ヒミコのやっ、燐を乗せた状態で俺より速いし俺より安全運転だったのだ。 鍛え方が違う。 そうして俺たちはゴミ処理場へと急いだ。 一一人乗りについては、緊急時だったということで周囲には目をつむってもらうことにした。 さて、ここからが大きな山場だ。 ころ
780 道中調達した弁当を食べながら休憩し、水分もしつかり補給してから捜索を再開する。 あさ 俺たちの中で一番体力がないのに、一番精力的にゴミを漁るのは燐だった。 「あんたら、そろそろやめときなって」 見かねてやってきたのは、昨晩俺たちの無理を聞いて入れてくれた職員のおっさんだった。 「今日届くゴミは少し離れたとこに捨ててもらうからいいけど、それ以前にあんたらが倒れそ うだ」 ちゃ、つ 手にお茶請けらしいお菓子とジュースを持ってきてくれたおっさんは、しかし本気で俺たち を止めるつもりはないみたいに笑っていた。 「ありがとうございますっ ! でも、もう少しだけつ」 ほおぬぐ 薄汚れた頬を拭いながら燐は頭を下げた。 大丈夫。もうすぐ見つかるはす。 日が暮れ始める頃には、きっと。 あきら 途方もないゴミ山を前にして諦めそうになる自分にそう言い聞かせ、俺は祈るようにゴミを あさ 佰り ,. 士冗↓丿こ 0 しかし祈りは届かなかった。 ころ