282 けんこく 《剣刻》と水晶の剣が衝突する。 きれつ ピシンツー・ーーー亀裂が走ったのは、水晶の剣だった。 「冗談、だろう ? 最強の皇禍の力だぞ ? 」 その驚咢は、今度こそ演技ではなかった。 「 : : : 力で、勝てないことくらい、わかってるわ」 ヒトが非力であることなど、太古の昔からわかりきっていることだ。 無手ならば、よほどの大男でもない限りは大にすら劣る。 きた 「ーーそんなこと、わかり切っているから、ヒトは技を鍛えたのよー しょ・つげき 衝撃の流れを読み取り、もっとも鋭さを殺せる直線を見出し、もっとも脆いだろう一点に斬 撃を放てたなら、《剣刻》ほどの力を以て斬れないものなど存在しない。 だから、ヒースの一撃はエリオットに届いた。 弱いカでも、正しく扱えば強者に傷を与えられる。 ヒースがそれを見せてくれたから、ルチルは信じることができた。 「なにを、勝った気に、なっている ! 」 亀裂の走った水晶の剣で、エリオットは《レーヴェ》の閃光を押し返す。 かげ それでも、ルチルの笑みは翳ることはなかった。 真下から伸びる、金色の光が見えていたから。 おうか
150 長らく不可侵と信じられていた王都で、その事件だ。 けんこく 住民の中には、《剣刻》を破って出現した、あの巨大な怪物を目撃した者も少なくない。恐 怖から王都を去る者はあとを絶たないという話だ。 学園の行方不明者も、そういった部類の者だと思われてもおかしくはない。 「じゃあ、騎士団は調査してくれなかったのか ? でも、円卓の騎士のルチルが言えば真面目 に取り合ってくれるんじゃ : : : 」 ルチルは首を横に振る。 「根本的に、騎士や兵の数が足りないの。ただでさえ剣刻戦争で痛手を受けているところに、 先日の一件でかなりの死者を出している。その復興作業にもまた人手を取られているわ。明確 な事件性を証明できなければ動かせないわ」 明確な死者や被害者がいるならともかく、行方不明程度で貴重な人員を割く余裕はないのだ。 し、刀ない 「でも、私の学園でそんな事件を放っておくわけには、、 そう言って、ルチルはヒ 1 スたちの顔を順に見つめていった。 「そこでーーー特務小隊の出番よ」 「「「はい えんたく
「そうだったわね。罪禍が出るのは海岸沿いの洞窟だと言われているわ。そこの調査が私たち の任務よ。洞窟内は、少し隊列を見直す必要があるかしら : : : 」 言いながら、ルチルは砂利がめだっ砂の上に、棒で円を描く。 「前衛はヒースとエリオ。エリオは実戦は初めてかしら ? 「は、はい」 「なら、ヒースが先頭ねー 「ちょっ、お、俺なの ? 」 「他に誰がいるの ? エステルはあくまで同行者よ。今回の任務は、エリオとマナに実戦を経 験してもらうという目的もあるのだから、残るのはあなただけよ ? 「い、いやでも、注意力とかを考えたらルチルの方がいいんじゃ : ルチルはその発想はなかったと言わんばかりに目を丸くした。 「ああ、そうか。あなた、ひとっ勘違いをしているわ、 「勘違い ? 」 オーメントーカー 「騎士の称号は持っているけれど、私は〈占刻使い〉よ ? 前衛には向いていないわ」 乙 銀意外と一一一一口えば意外な答えだった。 刻 「え、でも、前は剣で罪禍を倒してたじゃないか」 剣 えんたく 「あれは〈円卓の騎士〉という魔術よ。常に発動しているものでもないし、剣技も魔術で再現
さいか ヒトを襲う天敵が罪禍だ。 おうか 罪禍の中には。皇禍と呼ばれる、ヒトと同じ姿をして〔ながらヒトを超越した魔術と体を 持った種族が存在するその中の王ーー正確には、その第一候補がエステルだ。 けんこく 魔神を滅ばすための《剣刻》を、今はヒト同士が奪い合い、殺し合い、内乱にまで発展して けが いる。血で穢れた《剣刻》は、魔神を倒すどころかその魔神を解き放っ鍵として作用する。 そして、そんな有様でも、罪禍は依然として強大な天敵としてヒトを襲っている。 それが、今のこの世界なのだ。 あふ だというのに、ここにはそんな時勢とは無関係な笑いが溢れていた。 こんな時間が永遠に続くわけはない。 それは理解しているが、エステルにはそれを永遠にできそうな魅力があった。 ただ、ヒースは : : いや、誰もが、彼女が魅力に溢れるがゆえに、彼女はなんでもできると 考えていた。道理も無茶も不可能も、全て蹴っ飛ばして笑わせてくれると、そんな期待を抱い ていた。 さつかく それが錯覚だと気づくのは、情けないことに彼女がそれを失ってからだった。 さかのぼ ことの発端は、三日前に遡る。 じせい
いますよ。お急ぎの方も多いんですから、俺たちが手を止めちゃ駄目ですよ」 「え、俺か ? 俺がおかしいのか ? 困惑する門番をよそに、ヒースが検問を続けようとしたときだった。 ス。ハンツーー景気よく、頭を叩かれた。 「 : : : ヒース、あなた、こんなところで何をしているの ? 後ろからかけられた声に、少年は露骨に顔色を変えた。 そこに立っていたのは、浅紫の瞳をした少女だった。 ヒースと肩が並ぶほどの長身で、艶やかな緑の黒髪は下ろされて腰へと流れている。少女と よう・はう そ・つぼう 呼ぶより美女といった整った容貌で、怒りで切れ長の双眸はキッと吊り上げられている。 オーメン 手には十本の指輪とふたつの腕輪がはめられており、そのひとつひとつに〈占刻〉の紋様が オーメントーカー 刻まれている。それだけの数を装備できることから、彼女が相当腕のいし 〈占刻使い〉である ことが伺い知れた。 エストレリヤ学園の制服を着ており、その手に握られているのは同校の教科書だ。 「ひいつ、ルチル ? 嫌だ。俺は門番なんだ。この仕事が好きなんだ ! 生き甲斐なんだ。勉 強はもう嫌なんだよー つや もんよう
絽 ひざ う・ず・くま 言いながら、エリオは膝を抱き抱えるように蹲る。 「力を欲したお兄様は、この大陸にある魔神の伝説に興味を持った。それを調べてるうちに、 おうか クラウンっていう皇禍に出会ったんだ」 「皇禍 ? クラウンは、やつばり罪禍なのか ? 」 「ボクはそう思った : : ってだけだけど。他に、あんな変な力を持ってる相手なんて思いっか なかったし」 エリオも確証は持っていないらしい けんこく 「クラウンは、《剣刻》を解き放つのに協力する代わりに、あの水晶を渡してきた。それを使 えば、北の姫ー・・ー・エステルからカを奪、つことができるって」 「じゃあ、あの水晶はクラウンが用意したものなのか ? 」 ・ : うん。それで、効果や使い方を確かめるために、魔力の強いヒト 襲ったんだ。数が集まれば、エステルに対抗する武器に使えるかもしれないし けんのん それを訊いて、ルチルが剣呑に目を細めた。 「つまり、誘拐事件はエステルに挑戦するための、予行練習だったということ ? 「 : : : うん。ごめんなさい。謝って済む話じゃないけど、。 こめんなさい」 「あなたたちが転入してきたのは、エステル・ノルン・シュテルンを追ってのこと ? 問いかけたのは、カタリーナだった。 さいか オーメントーカー 〈占刻使い〉を
詫びた。 ごめん、マナ。すぐに、誰か助けが来るはずだから。 あれだけの騒ぎなのだ。ヒースたち以外の者も、じきにここへ追いつくだろう。 妹を置いて、ヒースはルチルとエステルの後ろに続いた。 絶対に許さないぞ。 いつになく、ヒースの瞳には決意の色が揺れていた。 通路の先は、地層をくり貫いた洞窟になっていた。 どうやらもともとあったものではなく、最近になってつけ足されたものらしい。草も苔も生 っちくれ えてなく、細かな土塊があちこちに見てとれる。 オーメン 明かりになるものがなく、ルチルが〈占刻〉の剣で小さな明かりを灯してくれた。 照らされた明かりの下で、ルチルは浮かない顔で手一兀に視線を落としていた。 きれつ 握られていたのは、刀身の失われた剣だった。柄にも微細な亀裂が走っており、今にも崩れ そうな有様だ。ルチルが握るにはずいぶん大きなそれが、先ほど水晶と共に砕かれた大剣だと、 ヒースも気づいた。 「 : : : 復元まで、少し時間が必要ねー オーメン つむ 〈占刻〉を紡ぐには術者の魔力と呼ばれる力が消費されるが、逆に一一一一口えば魔力さえあれば何
316 みなさまお久しぶりでございます。とりあえず手にとってみた初めましての方、どうぞよろ てしまふみのり しくお願いします。手島史詞でございます。 おかげさまで無事に二巻をお届けすることができました。 剣刻戦争の黒幕クラウンと一応の決着をつけ、ルチルの学園に強制入学させられたヒース兄 妹 & エステル。初めての友達ができたり、意地悪な先輩に難癖つけられたりしながら学園生活 に馴染んでいく中、生徒の失踪事件が発生したり。 剣刻戦争はなにも終わっていなかった。エストレリヤの平和を守る騎士姫ルチルと、魔王と か′、せい して本気を見せるエステル、そして覚醒する主人公ヒースががんばりますー 今回もサービスシーンは最後まで駄目出しがすごかったのですが、その辺りを電話で言い 合ってるときに隣に娘がいたりしてすごく困ったのは根に持ってます e 澤さん。 そうそう、娘といえば先日うたた寝をしていたときのことです。「お父さん、どうぞ ! 」と言っ て寝室から枕を持ってきてくれて幸せでした。 亠めとが」 なんくせ
自分は弱くて、助けが欲しくて、誰かを頼らなければたやすく折れてしまって、そんな無様 な自分が英雄などでいいはずがない。 《レーヴェ》 左手から浅紫の大剣が突き出す。 「へえ ? 」 足下から襲った刃を軽い身のこなしで躱すと、エリオットは面白がるように笑う。 ルチルは〈白銀の乙女〉から手を放し、《レーヴェ》を右手に持ち替える。そして左手。 〈天陽の騎士〉」 落下を始めるルチルの足下に、最後の〈白銀の乙女〉が滑り込む。それを踏み台に、ルチル は最後の跳躍をする。 そんなルチルの姿に、エリオットが歓喜を叫ぶ。 「ははつ、それが華でなくて、なんと呼ぶんだ ! 」 折れた剣でエリオットは斬れない。それでも呼んだのは、〈天陽の騎士〉が〈円卓の騎士〉 妃の中でもっとも優れた大剣の使い手だからだった。 英雄の技 英雄の剣 乙 銀 《円卓の剣刻》 x 〈円卓の騎士〉 の 刻 かって魔神に挑んだ騎士の全てが、今のルチルの手にある。 剣 「えろーー《レーヴェ》 かわ アンサラーソード えんたく
戻る、という意志を曲げるのは難しい 頑ななルチルに、エステルが思いついたように声を上げる。 「ねえ、ルチル。それって馬車より速くて、なおかつみんなで乗れるものがあれば別にいいっ てことだよね ? 「そんなものがあるなら、それはもちろん : : : 」 うなず 頷くルチルに、エステルは楽しそうな笑みを浮かべる。 「あっはは、ルチル、これであたしにまたひとっ借りが増えちゃうね」 オーメン そう言ってエステルは人差し指を立てると、腕をグルリと回し、大きな輪を描く。〈占刻〉 もんよ・つ の紋様に似た、魔力の円環だった。 紅い円環は見る見る広がり、そしてクそれクは現れた。 宙が水面のように波打ち、そこから黒い異物が這い出す。 とが まず見えたのは斧のように鋭く尖った四本の爪。それが左右から突き出すと、その真上から 巨大な牙が並んだ顎。徐々に現れる頭部は人ひとりの体よりも大きかった。 妃長い首に続いて鋼鉄のような鱗に守られた胴体が現れ、空を覆うような翼が広がる。 乙 銀そこに現れたのは、巨大な黒き竜だった。 刻 これには、ルチルも目を剥く。 「竜 : : : ですって ? 」