さいか - みる会図書館


検索対象: 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2
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1. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

276 しょ・つげき 手足がバラバラにひき裂かれるような衝撃だった。目の前が真っ赤に染まり、次に視界に欠 落が発生する。 あ : : : 目が : 異物でも刺さったのか、片方の目が見えなくなっていた。 それでも、ルチルはまだ空にしがみついていた。ルチルが握っていた〈白銀の乙女〉ただひ と振りが、まだ残っていたのだ。 憑依からアンサラーソードに戻すことで、なんとか宙に浮遊させる。足場を失ったルチルを 支えるのは、たった一本の短剣だった。 「あっ : : : く、う : その短剣を握る手を、固い靴底が踏みしだいた。五本の指から、苦痛と共に力が抜けていく。 「気分がいいな。これが、揺るぎない力というものか」 踏みつけたルチルを気にも留めず、エリオットは天を仰いで微笑んでいた。 「ああ、すまないな。君があまりに必死だったものでね。つい、からかいたくなったんだ。ど うか許してほしい」 胸に手を当て、腰を折りながらもその足はじわじわとルチルの指を踏み躙っていた。 「ルチル・アフナール。君は確かに強いよ。ヒトという種は、君という存在を生み出したこと さいか おうか を誇っていい。並の罪禍、あるいは皇禍ですら、君の前には打ち倒されることだろう」

2. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

こだま 木霊する笑い声に、小さな笑い声が重なる。 「マナ ? 肩を揺らしていたのは、エリオの後ろに続くマナだった。 「あ、ごめんなさい。こんなところにいるのに、なんだかおかしくって」 さいか 「確かに、罪禍の巣に入りこんだヒトの反応じゃないかな ? 」 エリオの笑い声も重なる。ヒースの位置からは確かめようもないが、マナの声はだいぶ和ら いで聞こえた。 もしかして、マナやエリオの緊張をほぐしてくれたのか : ういじん 警戒心は必要だが、無闇に緊張しても今度は動けなくなる。エステルは初陣の二人を気遣っ てくれたのかもしれない そうして進むこと数分、初めに気づいたのは、臭いだった。 ( なんだ、この臭い ) 下水道のような、あるいは腐りかけた魚のような、鼻が曲がりそうな腐臭だ。 それから音。ネチャリと粘質のなにかが動く音が聞こえた。 ( ヒース、近いわ。マナもいいわね ? 罪禍は一体とは限らないわ。エリオは次に備えて ) 背後からテキパキと指示が聞こえ、ヒースはそっと呼吸を整えた。 ここには、マナやエリオもいる。 ふしゅう やわ

3. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

開 ルチルとエステルがピタリと止まった。 「ここで ? 」 「ああ。今から町に戻って着替えてたら遅くなるし、ここなら罪禍が出てたんだからヒトも寄 りつかないだろう ? そ、つ一言って、ルチルに目を向ける。 「どうかな ? 」 「そ、つね : 悪くないと思うわ」 ルチルは央諾するが、エステルがむくれたように頬を膨らませる。 「ここじゃあヒトが集まらないじゃないか。せつかくルチルを連れ出したっていうのに : 「ーーー決めたわ。ここで自由時間にしましよう」 即決だった。 「そういうことだって。荷物を取りに行こうか ? 」 「うん」 水着を含めて、荷物の大半は洞窟の入り口に残してきた。泳ぐなら一度戻る必要が 「ルチルのケチ。いい もん、泳いでやるから ! 」 人目もらすポイボイと制服を脱ぎ捨てたエステルは、すでに水着を身につけていた。 : 楽しみにしてたんだ。 さいか

4. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

「なんかね、ここ、あたしの知らない罪禍のにおいがするんだけど : : : 」 全員の顔に緊張が走った。 ・エステル、どういうこと ? 」 「さあ。あたしにもよくわかんない 「詳しく、話してくれないかしら ? 」 険しい表情で問うルチルに、エステルは困ったように頭を掻いた。 「困ってるのは、そこなんだよね」 「ルチル、あたしはルチルもヒースもマナも大好きだよ ? みんないっしょに笑ってくれるし、 ゆくゆくは立派な道化師になってくれると思ってる」 「私は道化師になるとは言ってないでしよう ! 」 思わず声を荒らげるルチルに、エステルは存外に真面目な顔で続けた。 「あたしはルチルたちが困ってるなら助けてあげたいとは思う。でもね、ヒトと罪禍の、どっ ちの都合を優先するかって言ったら、あたしは罪禍の方を優先しなくちゃいけないんだよ これには、ルチルも声を詰まらせた。 さいか

5. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

ビクッとクエリす。は身を震わせるが、それでもハッキリとこう言い返した。 「ボクは、そんなこと、頼んでない」 それから、じっとりと涙の浮かんだ瞳でエリオットを見つめる。 「ボクは、ただ 「ーーーも、ついい」 さえぎ 手を突き出して言葉を遮ると、エリオットは暗い声で言、つ。 さいカ ) 、 4 0 、 お前も罪禍だ。力に屈するのは本能だ。北の姫に魅せられても、無理はない」 「 , も、つ、しし そう言って、また水晶球を掲げる。 僕がどれほどの力を手に入れたか。それだけの話だ」 「だったら、もう一度魅せればいい。 言葉は、壁があるかのように届かなかった。 「そうじゃない。違うんだよ : : : 」 顔を覆うクエリオ。を背中に、ヒースが槍を構え直したときだった。 乙 銀「伏せてヒ 1 ス 《レーヴェ》 真上から叩きつけられたのは、光でできた刃だった。 〈占刻〉と同じ、浅紫の剣閃に、エリオットの動きがにわかに止まる。

6. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

232 ヒースは声を上げるべきではなかった。 ヒトと罪禍の、どっちの都合を優先するかーーーあたしは罪禍の方を優先しちゃうーーー エステルはそう言った。 だか、こう尋ねていたなら、彼女はどう答えただろうか ? ーーー自分とヒースたちなら、どちらを優先するか 振り返ったエステルの顔には、わずかな焦りの色が浮かんだ。 シュンツ 紅い円環が弾け、エステルの姿が消失する。 つかまって」 怒りに身を任せても、エステルはヒースたちを見捨てられなかった。 「俺たちはいいから、早く逃げーーー 「ーー・ひははっ ! 隙だらけだよー そのわずかな隙に、エリオットが頭上に飛び上がっていた。 ほとばし そして、その脚甲に蒼の光が迸る。 「消し飛ばせーー《フィッシェ》 空から、蒼の光が降り注いだ。 〈門〉を開いたエステルは、ヒースたちの後ろに移動していた。 さいか

7. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

「なにか、手はないのか ? 「犯人を捜し出すしかないわ」 うなず ヒースは頷き返す。 しようげき エステルも、あの光景には衝撃を受けたらしく、犯人捜しには協力的なのだが、罪禍の気配 はあの場で途絶えてしまったらしい そもそも、罪禍がどう関わっているのかも定かではないのだ。無理はない。 「なにか、手がかりがあればな : : : 」 「 : : : 手がかりになるかはわからないけれど、もう一度ラリに話を聞いてみようかと思う」 「なるほど : 被害者の中で唯一生還しているのが、そのラリという生徒だ。話を聞く価値はあるだろう。 エリオも、そうするつもりだったみたいだしな。 「俺も行っていいかな ? 」 「ええ、もちろん。エステルも来るかしら ? 「そうだね。罪禍のにおいが残ってるかもしれないし」 話がまとまったところで、ルチルも腰を上げる。 「エリオとマナはどうしているかしら ? 」 「マナはまだ休んでるんじゃないかな。エリオの方は、ついさっき学生寮で会ったけど、どこ さいか

8. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

162 せき、はら コホンと咳払いをして、ルチルは立ち上がった。 「ともかく、旧校舎の探索を始めたいのだけれど : : : エステル、さっきの話だけれど、なにか 話せることはないの ? 」 彼女の立場から語れる情報はないかと、ルチルは聞いているのだ。 うなず エステルは、唇に人差し指を当てると、小さく頷く。 さいか 「ヒトの犯人なんかわからないけど、ここにいた罪禍の残り香くらいは追いかけられるよ ? 」 「いいの ? そんなことをして」 しいことにした」 基準はよくわからないが、エステルの中でなにかが解決できたらしい。 スタスタと歩きはじめるエステルに、ヒースたちも続く。 ミシ、ミシ、と床板か軋む。 ふと足下に視線を落とすと、ホコリの積もったそこにいくつもの足跡が残っていた。 エステルは、この足跡を追ってるのかな ? そう考えて、すぐに違うと気づいた。 犯人のものも混じっているかもしれないが、ここには何人もの生徒が潜り込んでいたという 話だ。そうでなくとも、先ほど教師や生徒会の人間が出入りしていた。 のこが

9. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

槍の先端は、その胸にギリギリ届かなかった。 「も、つ、許してあげて。ヒースの勝ちだよ いっそ後ろのエリオット以上に震えながら、エリナは言った。 肩で息を切らせながら、ヒースはようやく槍を下ろした。 「君が、それで、いいなら」 下げた槍は、もう持ち上がらなかった。 手の皮膚はズルリとめくれ、体中に水品の破片が突き刺さり、筋肉は引きちぎれ、ヒースは もう一歩も動けなかった。 正真正銘、今のラッシュが最後の力だった。 全力以上の力を出し切り、フラリと倒れかかったときだった。 「ーー・・だから、お前は勝てないんだよー 折れたはずの腕で、エリオットが手刀を放っていた。 紅い魔力のこもったそれを、ヒースに防ぐ手立てはなかった。 きやしゃ つらぬ ドッー - ー胸から背中へ、華奢な腕が貫いていた。 女 乙 の ヒースの顔に跳ねたのは、罪禍の紅い結晶だった。 剣 「なん、で : さいか

10. 剣刻の銀乙女(ユングフラウ) 2

答えられなかった。 そ、ついえば、一昨日もそんなことを言ってたつけ。 食堂で、恋とはなんなのかと、エステルは訊いてきた。ヒースが騒いだせいでうやむやになっ てしまっていたのだ。 さいか 罪禍のエステルにとって、ヒトの恋愛感情というものはよほど未知の存在らしい 一か月もの間、年頃の男女が同じ場所で生活する環境にいて、恋愛とはなんなのか、そう言っ た興味を抱いたのだ。 エステルの好きは、好意か嫌悪かといえば、間違いなく好意だ。 だが、それは果たして恋愛感情を結びつけられるものなのか ? エステル自身にもわかっていない。 それを大げさだと笑えるほど、ヒースもなにかを知っているわけではない。 だって、俺、今こんな様だし。 今、自分がどんな顔をしているのか、考えたくないほどヒースは気が動転していた。 反面、エステルはいつも通りイタズラでもするように微笑んだ。 乙 ってことを、君に訊きたかったんだけど、ヒースもよくわからないんだね」 の 刻 「ご、ごめん : 剣 どんな言葉を口にすればいいのかわからず、ヒースが返せたのはそんな冴えない答えだった。