172 うなず 三人の少女から妻まれて、ヒースはカクカクと頷いた。 そうして梯子に足をかけると、エリオが駆け寄る。 「やつばり、ボクが降りた方がいいんじゃないかな : 「大丈夫だよ。俺、エリオよりも悪運は強いから。 そう答えると、エリオは仕方なさそうに微笑む。 「そこは、自分の方が強いとか、気転が利くとか言うべきじゃないかな」 「残念だけど、俺の成績は学年最下位なんだ」 胸を張ってそう答えて、エリオの耳にそっと顔を近づけた。 ( エステルのこと、受け入れてくれてありがとう ) ヒースがそう一言うと、エリオはなぜか目を見開いて体を強張らせた。心なしか、顔まで赤く なっているよ、つに見えた。 「エリオ ? 」 「う、、つ、つん ? なんでも ? なんでもないよ ? 」 うろた 狼狽えているのはわかるが、今の言葉のどこに動揺したのだろうか ? あ、もしかしてエリオ、エステルのことが : よ・つし れんぼ 大人びた美貌のルチルに対して、エステルは美少女という名を体現したような容姿だ。恋慕 の情のひとつやふたっ、寄せられてもおかしくはない。 : こういうところ、苦手なんだろう ? 」 こわば
手がかりにはならないだろ、つ。 固い足音だけが響く中、ヒースはふと裾をなにかに引っ張られるのを感じた。 「マナ : : : じゃなくて、エリオ ? 」 裾をつかまれたのだと気づいて振り返ると、そこにいたのは妹ではなく、エリオだった。 「あ、ごごごごめん」 てて手を放すが、すいぶん心細そうに見えた。声を震わせるエリオに、マナが興味深げな 顔をする。 「もしかしてエリオ先輩、こういうところ、怖いんですか ? 」 : ない、たろ、つ : 「そっ、そんなわけっ : 尻すばみの声は、最後まで聞き取れないほどだった。 ヒースはマナと顔を見合わせると、手を差し出した。 「男同士じゃなんだけど、良かったらっかまるか ? 」 「う、、つん : そんな先輩の姿に、マナもクスクスと笑い声を漏らす。 乙 銀「わ、笑わないでよ、マナ」 「ごめんなさい。エリオ先輩、なんでもできそうに見えたから意外で その言葉に、エリオは露骨に表情をらせた。 すそ
洞窟の中は暗い。それに壁も床もぬめりと湿っている。不安定な足下に、足を取られたらし い。ここで転倒すれば、確実に罪禍の方が先に身を起こすだろう。 「ーーー十分だ」 倒れかかるエリオの背中に、ヒースが追いついた。ヒースたちは、小隊を組んでここにきた のだ。独りではない。 片手でエリオを腰から支えつつ、罪禍に片手突きを撃ち込む。 頭蓋を抉られ、二体目の罪禍は身を起こすことも叶わず仰向けに沈んだ。 仕留めたのを確かめて、エリオに目を向ける。腕を回した腰は、今の凄まじい蹴りを放った とは田 5 、んぬほどい。 抱えられたエリオも、キュッとヒースの胸元につかまっており、相手が男子であることを忘 れさせられそうな状態だった。 「大丈夫か ? 」 「う、、つん : うなず 頷くエリオの顔は少し赤く見えたが、そんなことに注意を割く余裕はなかった。 女 乙 銀「まだ来る ! エリオ、私の剣を使いなさい」 オーメン 刻 後ろからルチルが自分の剣・ーー〈占刻〉ではなくーーーを投げ、エリオはしつかりと受け取る。 剣 「ごめん、失敗した」
194 うぶげ スラリとした肌は純白で、産毛が生えているかすら疑わしい。本当に女性ではないかと疑い たくなるほどだった。 「私は、見たんです。本当に : : : 」 うろた 狼狽えるラリに、エリオはやんわりと切り出す。 「話を、聞いてもらえるかな」 緊張を孕んだ声で、エリオは言う。 「彼女 : : : ラリさんは、見間違えたわけじゃないんだ」 「 : ・・ : ど、つい、つことかしら ? 「ボクはーーー」 「ーーアフナール様 ! さえぎ エリオの声を遮るように、ひとりの男子生徒が駆けてきた。 「あとにして。今はそれどころではーーー」 「た、大変です ! 一年のマナ・ベルグラーノが ! 」 その名前には、ヒースだけでなくルチルもエリオも顔色を変えた。 「マナかどうしたと ? 「ゆ、誘拐されました ! 」 チラリとエリオに目を向けてから、ルチルが問い詰める。
Ⅷ「待ってエステルさん ! ここから落としたらヒースが・ーーって、あっー 涙ぐんで腕を振り上げるエステルをエリオが止めるが、今度は彼がよろめいた。 「危ないエリオ : って、ん ? 」 危うくすり落ちそうになるエリオをヒースが抱き止めるが : : : 腕の中に、なにか柔らかいも のが収まった。 「だ、大丈夫 ! もう、大丈夫だから」 エリオはすぐに竜の背へしがみつくが、裏返った声は、変声期まえの少年か、少女のそれの ようだった。グルグルと目を回す顔は見るからに動揺しきっている。 ーー今の、なんだ : 少なくとも、エリオの体のどこかだったはずだが、肩や腰にしては妙に柔らかかった。 手の平に収まるほどの大きさで、それでいてよほど圧力がかかっているように弾けそうで、 ちょうど直前に触れたエステルの胸の感触に近いような気がした。 数秒の間困惑して、ヒースは納得できる答えを見つけた。 ああ、お尻か。 うろた いきなり尻をつかまれれば、男でも狼狽えるだろう。 うなず 半ば現実逃避のように何度も頷くヒースだが、隣のエリオは乙女のように顔を紅く染めたま まだった。
「ルチル、エリオとなにかあったのか ? 」 「 : : : ? 別になにもないけれど、ど、つして ? それはなにかを隠しているよ、つでもなく、 エリオの方も不思議そうに首を傾げていた。 気のせい、なのかな ? ヒースは「なんでもない . と首を横に振った。 「勘違いだったみたいだ。それより : : : ? 」 言いかけて、ヒースはエリオの顔を見た。 エリオは、可愛らしいメガネをかけていた。同じメガネでも、カタリーナのそれに比べると ずいぶん穏やかな印象を受ける。 少し焦った様子で外すと、エリオは苦笑いを浮かべた。 「ちょっと意外だな。メガネかけてたんだ 「うん。本を読むときだけだけど : 。それより、食事だろ、つ ? 」 うなが うなず 促されて、ルチルが頷く。 乙 銀「ええ。 : そうだわヒース、あなた、なにか良い店は知らないかしら ? 刻 「え ? うーん : : : 、美味しいお店は知らないけど、ここは観光地だから露店とかの食べ歩き 剣 かいいって話だよ ? いろんなものが食べられるし」 かし
だろう。昨日だって俺たちといっしょにいた。人攫いなんかできっこない。それにメガネなん かかけて : : : 」 言いかけて、昨日の夕方、自室から出てきたエリオが読書用だと言ってメガネをかけていた ことを思い出してしまった。 「そんなこと、私にだってわかっているわ。でも、ラリが見たのは彼だわ。エリオには説明す る義務がある」 「 : : : わかってますー かば 庇うように立っヒースをそっと横に押し、エリオは両手を挙げて立ち上がった。 ルチルは病室のラリに声をかける。 「ラリ、あなたが見たのは、彼なのね ? 「見間違いの可能性は ? 」 ルチルも、本心では疑いたくないのだろう。違ってくれというような声だった。 「足に : : : 右足に、剣の紋章がありました」 うなが 乙 銀 視線で促され、エリオはズボンを大腿部からビリッと破いた。 の 刻 つ、そんな ! 」 剣 エリオの足には、なにもなかった。 さら
いるのだ。納得できるわけがない。 しよほくれるヒースに、ルチルは笑いかける。 「大丈夫よ。彼女、一度認めた相手にはちゃんと敬意を払うから」 そう言って、また生徒会長の座席に腰を落とす。 「楽にしてちょうだい。 トラブルはあったけれど、ここに呼んだ理由はわかっているわね ? 」 「はい。その特務小隊を組むという話ですね ? 」 それをエリオがロにしたことで、ヒースはようやく彼も小隊員として呼び出されたのだと気 ついた。 「え、それじゃあ、ルチルが言ってたもうひとりの心当たりって : 「ええ。彼よ エリオは微笑を浮かべてーーこれが女だったらヒースは惚れているーー手を差し出した。 「あんなのを見せられたら、ボクの方が足手まといになりかねないけど、よろしくヒース。そ れにマナ」 「あ、ああ。よろしくエリオ」 「よろしくお願いします、エリオ先輩」 手を握り返すと、ルチルは満足そうに頷く。 「エリオはマナとも面識があったわね ? うなず
無遠慮にじろじろと眺めるのも気が引ける。マナを助け起こしていると、エステルは勢いよ く海へと飛びこんだ。 「うわっぷ ? 盛大に立ち上がった波しぶきは、ヒースたちの元まで降り注いだ。 「もう、エステル ! 」 頭から水を滴らせ、ルチルが怒声を上げる。ヒースたちもずぶ濡れというほどではないが、 かなり水をかぶってしまった。 「うわもう、大丈夫かマナ ? 」 「う、うん。わたしは下に水着着てるから : : : 」 言いながら、気遣うように目を向けたのはエリオだ。 彼は、胸元から腰にかけて派手に水浸しになっていた。 「うわ、大丈夫かいエリオ。着替え、持ってきてるか ? 」 「、つ、ううん : 妃予備の制服などそうそう用意しているものではない。困った顔をするエリオに、ヒースは壁 乙 銀から突き出す枯れ木を示した。 「あそこにかけて干したらどうかな。帰るまでには乾くと思うよ。ほら、貸してみなよ」 すそ エリオの身長では難しそうなので、そう言って制服の裾を引っ張ると、エリオの顔が見る見
246 「ルチルーー」 「退くわ。エリオをお願いー 振り返る。確かに打ちひしがれたエリオを、このままにしてはいけない気がした。 「立ってエリオ」 腕を引くと、エリオもおとなしく従った。 「逃がすと、思うのか ? 」 「ちッ 《シュタインボック》 《レーヴェ》の剣閃を受けながら、それを押し返すように足を進めるエリオットに、ヒース は《シュタインポック》を重ねて放つ。 けんこく ふたつ目の《剣刻》の一撃に、エリオットもとうとう足を止める。 「シュタインポック : : シュタインボック : : : ああ、君は、また僕の前に立ちはだかるのか」 ささや 嘆くような囁きに、ヒースはわずかに注意を向けた。 なんだこいつ、この槍に、なにか執着を持ってる : : : のか ? ヒース以外の《剣刻》所持者と戦っていたというのは、考えられないことではない。 それは気にかかったが、 ヒースはエリオの手を引き、駆けだした。ルチルもカタリーナに肩 なら を貸してそれに倣う。 「ーーどこに逃げたって同じだ。この王都は、今から滅びるんだから