その姿が霞んで消える。 あれは、エステルと同じ〈門〉 紅い円環は見えなかったが、そう連想した。 それから光弾の飛来した方向へ目を向けると、そこにはエリオットの姿があった。 移動してる。やつばり〈門〉だ エステルだけのカかと思っていたが、他の皇禍にも扱える力だったのだろうか。 「 : : : どういうこと ? 〈門〉の血族は、あたしだけのはずなんだけど 不思議そうな顔をしつつ、エステルが腕を伸ばすと、エリオットの姿は再びかき消える。 「隙ありですよ、北の姫 ! 」 高らかに声を上げたエリオットは、いつの間にかエステルの頭上に飛び上がっていた。その こ包まれる。 足が青い光し けんこく 「あれは《剣刻》・ 失念していた。 誘拐犯の足には、《剣刻》か刻まれていたのだ。 乙 銀 エステルの《剣刻》は、戦闘向きじゃない : の - 」くま 刻 同じ《剣刻》でも、エステルの《ュングフラウ》は白銀の翼だ。その羽ばたきは刻魔をも封 剣 殺するが、直接的な攻撃力は備えていない。 おうか
「だったら・ーー《シュタインポック》 ノーが延びるそれは、刺突専 手の中に金色の槍が紡ぎ上げられる。スカート状のナックルカヾ 用のランスだった。 けんこく オーメントーカー これが《剣刻》の正体だ。〈占刻使い〉でなくとも、紋章から伝説の武器を紡ぐ。 《剣刻》の一撃ならー 水晶の中心に槍の一撃を穿つ。 《シュタインボック》の一撃までもが、水晶に沈み込んだ。 「そんなっ そんな様子に、エステルが仕方なさそうに銀色の髪をかき上げた。 アウラ 「これ、魔カそのものを吸収分解するみたい。〈占刻〉とか《剣刻》には、ちょっと天敵かも」 のんき 暢気そうな声で一言うエステルは、すでに腕どころから肩まで水晶に飲まれつつあった。彼女 その体ごとズルズルと引き込まれているのだ。 も踏みこたえてはいるのだが、 「でも、それならそれで、やりようはあるんだよね , 女そ、つ一一一一口、つと、エステルはヒースに目を向ける。 銀「ヒース、マナを連れて離れてて ? できれば、上の階まで」 刻 「なに言ってるんだ ! エステルを置いていけるわけないだろう ? 」 声を荒らげるヒースに、エステルはどこか凄みのある笑みを浮かべた。 うが
その声の鋭さに、ヒースもすぐに事態を理解した。身構えると同時に、店主が吼えた。 けんこく 「ーーー《剣刻》だ ! 」 ヒースは、己の軽率さを呪った。 ランゴスタの殻を剥くのに手袋を外し、そのままにしていたのだ。右手の《剣刻》は、晒さ れたままだった。 これが、《剣刻》を所持するということなのだ。 ぎようそ、つ あわ 店主が凶悪な形相で飛びかかり、慌ててヒースが身を退くとエステルも逆の方向に飛び退く。 体当たりを空振りした店主の先には、事態を呑み込めていないエリオの姿があった。 「下がりなさいエリオ ! 」 オーメン それを庇うようにルチルが飛び出すが、〈占刻〉を頼れなかったその動きは、、 しつもに比べ て鋭さを欠いていた。 乙 銀 剣を抜こうとした手を、横合いから飛び出した別の男につかまれてしまった。 の 刻 その瞬間、ルチルの顔が恐怖に引きつった。 剣 「ーーあ : : : つ、やだ、嫌あっ」 さら
166 珍しいとは思うが、ヒースは彼女が気に入った者と話しているところしか知らない。 けんこく そもそも、エステルにとってはヒトとは罪禍の敵対者であり、《剣刻》を狙う襲撃者のはずだ。 エリオに対する反応が、普通なのかもしれない。 考える間にも、エステルはときおり足を止めては、キョロキョロと方向を確認してまた歩き はじめる。残り香と彼女は表現したが、本当に希薄なものなのかもしれない。 そういった作業に飽きたのか、エステルがおもむろに問いかけてくる。 「そういえばさ、夜中に忍び込んだ生徒って、みんながみんないなくなったの ? だったらもっ と騒ぎになってる気がするけど エステルの指摘に、ルチルが「ああ」と頷く。 いえ。いなくなった者の方が少ないわー 「ふうん。なんか選ぶ基準とかあるのかな」 オーメントーカー 「〈占刻使い〉よ」 ルチルは即答した。 オーメン 「騎士科の生徒に被害者はいない。帰ってこなかったのは、〈占刻〉科の生徒だけだったわ。もっ とも、他にも条件はあるのかもしれないけれど」 オーメントーカー オーメント 1 カー 「〈占刻使い〉 : : : ねえ。なんで罪禍が〈占刻使い〉なんか狙うのかな ? 」 エステルの疑問に、ルチルが小さく噴き出した。 のこが さいか うなず
ヒースが首を傾げると、ルチルはマナに話を振った。 キャパシティ 「そ、つね : マナ、因果量について説明できるかしら ? 」 「あ、はい。ええと : ・ : ・〈占刻〉は人為的にク因果クというものを作り出して、現象をねじ曲 げる力です。ですけど、ひとりのヒトが関わることができるク因果クの総量というものは決まっ キャパシティ ていて、それが因果量って呼ばれてますー 「ええっと、一生のうちに使える魔術の回数が決まってるようなものかい ? , オーメン 「回数というよりも、数かしら ? 一度使った〈占刻〉は本のようなものに記録されていると 考えればいいわ。ページがなくなると記録されているものしか使えなくなるのよ」 説明されて、ヒ 1 スも理解できた。 「それじゃあ、まさか : ルチルは寂しげに微笑んだ。 えんたく 「私はもう、自分のページを使い切ってしまったの。私は〈円卓の騎士〉は究めたけれど、そ オーメン れ以外の〈占刻〉はほとんど使えないわ。新しいものは使えないの」 オーメントーカー ルチルが使う〈円卓の騎士〉は、全部で十二個ある。一流の〈占刻使い〉でも六から八個し 女 乙 銀か扱えないそれを、ルチルは十五歳という若さで全て起動させてしまった。 だいしよう 刻 その代償が、ないわけではなかったのだ。 跖微妙な沈黙が広がると、ルチルはパンパンと手を叩いた
別されたものであって、私自身が体得したわけではないの」 オーメン 根本的に〈占刻〉を常時起動し続けることはヒトには不可能だ。 「ただの剣でなら : : : そうね、ヒースになら勝てるくらいかしら ? 槍を使われたらまず勝負 にならないでしようし、エリオからも一本も取れないと思うわ」 さりげなく剣の腕が酷いと指摘され、ヒースは肩を落とした。 「そんな顔をしなくても、前衛が崩れると思ったら私も援護するわ」 ルチルはクスクスと笑い、マナへ目を向ける。 オーメン 「マナ、〈占刻〉はちゃんと揃えているわね ? 」 「はい。〈氷〉と〈盾〉、それから〈水〉の三つですけど : : : 」 ひと振りの短剣とふたつの指を差し出し、マナはロごもった。 「攻撃用のものがひとっしかないですし、威力も弱いですけど、 いいんですか ? 」 オーメントーカー ヒースには〈占刻使い〉の知識はないが、どうやら補助的なものばかり持たされたらしい 「今回の調査目標は洞窟よ。威力の強いものは味方を巻き込むし、洞窟を破壊してしまうわ。 オーメン でも、その〈占刻〉なら、味方を守ることができるし、洞窟が崩れても支えることができる」 じちょう そう説明して、自嘲するようにつけ足す。 オーメン 「私は他の〈占刻〉を扱えないから、あなたには柔軟に学んでほしいの 「他のが、使えない :
「海の町コスタへようこそ。どうぞ、良い滞在を たずさ 槍を携えた、若い門番が晴れ晴れとした笑顔で来訪者を迎える。 この町に限った話ではなく、現在はどの町にも簡単な検問が設けられていた。 とが 外壁がないような小さな村も、先端を尖らせた木の杭を突き立て柵を作っている。見張りも 置かれているため、身ひとつの旅人でも忍び込むのは難しいだろう。 けんこく 剣刻戦争ーーーこの国はそう呼ばれる内乱の最中にある。 けんこく えんたく 《円卓の剣刻》と呼ばれる、古の力を持った十二個の刻印が現れ、それを全て集めればどん な願いでも叶える《賢者の刻印》が与えられる。所持者を殺せば《剣刻》を奪うことができる ことが明らかになったため、所持者は常に命を狙われるようになってしまった。 《剣刻》狙いの凶悪犯が平然と町中を歩く、そんな時勢なのだ。 女 銀そこでこの門番の笑顔は、見る者を元気づけるような力強さに満ちていた。 刻 検間を受けていた商人は、感動したように門番へ声をかける。 剣 しし顔をした門番には、久しぶりに会ったよ。 「あんたみたいに、 ) ) プロロ 1 グ ・ : 今は、どの町も余所者
カタリーナに続くと、水晶のそばから無数の怪物が姿を現していた。 十や二十どころの数ではない。それこそ、ひと月前の刻魔のような数だった。 罪禍は見る見る四方へ散っていき、異変に気づいて駆けつけていた騎士や兵士たちと交戦を 始める。 も、つ、立ち止まってる時間もない、か : ヒースはまだ顔の赤いエリナに目を向ける。 ( ししワ・ 「エリナ、エステルを助けるにはどうすれよ、 他の生徒たちは、エステルの〈門〉で救えるかもしれない。だが、当のエステルが囚われて 、てよ、ど、つにもならない 「 : : : お兄様が持ってる制御装置ーーあの水晶球を壊したら、たぶん助けられる」 「わかった」 そう言 0 て立ち上がると、エリナが懈てた様子で腕を取 0 てくる。 「ダメだよヒース。今のお兄様に、勝てるわけないよ : オーメントーカー 確かに、今のエリオットはエステルの力を奪っている。〈占刻使い〉の生徒十名弱のカです けんこく えんたく 乙 銀ら〈円卓の騎士〉に比肩するほどの威力を持っていたのだ。それに加え《剣刻》もある。 刻 攻撃型の《剣刻》を持っエステルの全力に挑むようなものだ。エリナの言葉はもっともだ。 剣 さと それでもヒースは、諭すようにエリナの頭をそっと撫でた。 あ
でも、そこで何者かに襲われた」 「襲われた ? オーメン 「ええ。幸い、大した怪我はなかったのだけど、なにかの〈占刻〉で拘束されかけたらしいわ。 逃げ回っているところを、騒ぎに気づいたティーフェが助けてくれたのだけれど、行方不明の 生徒たちはその犯人に連れ去られたと考えて間違いないわー そこで、ルチルは「ただ」と言葉を切った。 「それだけなら生徒会で調査すれば済む話だったのだけど、ト クし、厄介なことがわかったの ようやく、本題に入る。 ヒースたちが緊張すると、ルチルは重たい口調でロを開いた 「犯人の体には 剣の形をした紋章ー・ーがあったらしいわ」 その場にいる全員が、息を呑んだ。 「それってつまり : : : 」 けんこく 「ええ。《剣刻》所持者だわ , 所持するだけで力が与えられ、集めればどんな願いでも叶えられるという《剣刻》。ヒース が知るその所持者たちは、襲われ、狙われる被害者だった。 だか、奪われる者が存在するということは、奪、つ者も存在するということだ。 この《剣刻》の所持者は、そうやってク奪った者クなのだと直感した。
212 「うん。刃物の傷じゃなかったし、魔力の残滓もこびりついてた。だからあれ、誰がやったの かなーって思って」 オーメン 確かに、地下研究所の出入り口自体が、〈占刻〉によるものだ。少なくともひとりは オーメントーカー 〈占刻使い〉がいなくては入ることができない。 「つまり、他にも協力者がいる : : : ? うなず 頷くエステルに、ルチルが困った顔をする。 「エリオが協力していた、と考えればラリのことは説明できるわね。でも : オーメントーカー エリオも〈占刻使い〉じゃあない、か」 揃って黙り込むと、ルチルがハッとしたように声を上げた。 「エステル、ここには罪禍の気配が残っていた : : : そうよね ? 「うん」 オーメン 「罪禍は、〈占刻〉に干渉することはできるの ? 」 そ・つば」う エステルは、紅い双眸をわずかに細めると、確かにこう答えた。 「ーー皇禍なら、たぶんできるよ」 罪禍の中でも最強とされる種族だ。エステルもそのひとりであり、エストレリヤの歴史の中 では、たった一体を相手に、当時の騎士団が壊滅寸前まで追いつめられたという記録もある。 おうか さいか アウラざんし