と思うんだけど ? 」 成績も悪く、顔がよいわけではない。おまけに唯一の特技である槍も、授業には組み込まれ ていない。なにひとっ得意な科目がないのだ。 あわ それにエリオは転入してきたばかりで、ヒースと同じ程度には荒ただしいはずだ。それが自 分の名前を知っているのは不思議だった。 ヒースの疑問に、エリオは盛大に噴き出した。 「君は、あれだけ目立っておいて本気でそう言ってるのか ? 「ええつ、俺、なにか目立っことしたか ? 「ルチル姫と親しげな上に、毎日エステルさんと馬鹿騒ぎをしてるんだから、嫌でも目につく よ ? たぶん、ボクより君の方が名前を知られてるんじゃないかな」 ひざ 悪意のないその答えに、ヒースはガックリと膝を折った。 どうせ目立つなら、もっとまともな理由で目立ちたかった : うらや そんなヒースを、エリオはなぜか羨むように見つめていたが、ヒースは気づかなかった。 エリオはヒースを励ますように、別の会話を振ってくる。 女 乙 銀「それより、さっき、エステルさんが凄い勢いで校庭に走っていったんだ。またなにかを始め るのかな。大きな荷物を抱えてたよ」
Ⅷそれは、あの騎士姫とは思えぬほどか弱い声だった。 ルチルは子供のように腕を振り回すと、そのまま地面にへたり込んでしまう。 なんだ ? オーメン 普段のルチルならば、剣を封じられたくらいであんな取り乱し方はしない。冷静に〈占刻〉 なり体術なりで対処できたはずだ。 とまど 戸惑いながらも駆け寄ると、ヒースよりも速く男の顔面を蹴撃が襲った。 「ぶがっ ? 我に返ったエリオだった。 「ヒース、ルチル姫を ! 」 「あ、ああー おび ルチルを助け起こすと、彼女は明らかに怯えた様子で竦み上がった。 「ルチル ? 声をかけても、ルチルはまるで動こうとしなかった。ヒースにすら法えているように見える。 くら けんこく そうこうする間にも、《剣刻》に目が眩んだ人々が次々と襲いかかって来る。 ど、つする ? 剣を抜いて撃退することを考えた瞬間、エステルが駆け込んできた。 「マナ、エリオ、つかまってー すく
ヒースが呼びかけると、男子生徒は足を止めた。 声をかけて気づしたが、、 : 、 ' すしふん綺麗な顔をした少年だった。背もヒースより頭ひとっ分低 ようし く、体の線も細い。少女と言われても疑わないだろう容姿である。だが、服装は男子のものだ。 : だったよな ? ええっと、確か転入生のエリオット・グリート : ヒースの少しあとに転入してきた生徒だ。転校生仲間ではあるのだが、当時のヒースは 今もそうだがーー・自分が授業に追いつくのに必死で周囲に目を向ける余裕はなかった。 ほとんど口を利いたことはないが、 癖のある碧い髪だからヒースも名前を思い出すことがで きやしゃ きた。華奢な身ながら騎士科の生徒で、剣の腕もかなりのものだったはずだ。 男子生徒ーーーエリオは気を遣、つような目を向けて来る。 せんさく 「安心してくれ。ボクは詮索するつもりはないよ」 「そうじゃないよ ! 俺が補習を受けてるのは知ってるだろう ? 」 うなず そう説明すると、エリオは納得したように頷く。 「二人っきりの教室で間違いが起こったとしても、ボクはおかしなことだとは思わないよ 「違、つって言ってるだろうよおおっ ? 涙を浮かべて叫ぶと、エリオはカラカラと笑った。 「ははは、冗談だよ。ベルグラーノくんにそんな度胸があるとは思ってないよ」 ぶじよく 「それはそれで俺を侮辱してるとは思わないのつ ?
「逃がした ? 」 クラウンに関してはヒトか罪禍かも定かではなく、ヒースが見た幽霊のような姿が本体だっ たのかも疑わしい。 ただひとっハッキリしているのは、それが死体を操る死霊使いだということだ。その力を以 けんこく て、次から次へと体を取り替え、《剣刻》を奪い合うように人々をそそのかしたのだ。 「うん。あのとき、ヒースを引っ張り出したあと、あたしが仕掛けたのは気づいた ? エステルの魔術は〈門〉を開く。紅い円環を扉として、場所と場所を繋ぐのだ。 ヒースが自爆を仕掛けたとき、エステルはそのカで救ってくれたのだが、よくよく考えると そのとき展開された円環の数は妙に多かった。攻撃を仕掛けていたのかもしれない。 「殺すのが難しそうだったから、〈門〉に閉じ込めようとしたんだけどね、失敗したんだ」 「それじゃあ、あいつは今もどこかで動いてるのか ? 難しい顔をして、エステルは首を横に振った。 「ううん。あっちも結構手酷くやられてたから、しばらくは動けなかったと思うよ。でも、あ れからずいぶん時間も経ってるし : また、クラウンが動きはじめたのかもしれない。そういう、ことだった。 全員が思わす沈黙すると、独り話に取り残されていたエリオが手を上げた。 ホクたちはどう行動すれば良いのでしようか ? 」 「あの、よくわからないんですが、結局、 : さいか
9 剣刻の銀乙女 2 「はいはい、わかったから次はエステルを探すわよ。あの子のことだから、どこか目立っとこ ろにいると思、つのだけれど 「ルチル ! 君は人の話を訊いてるのかっ ? 」 「ええ、聞いているわ。私がしてあげた補講を、あなたが静する程度には」 「まるで聞いてないってことじゃないか ! 」 : へえ ? 私の補講、あなたはまるで聞いていなかったというのね ? ひきよう 「ひ、卑怯だー ヒースをエストレリヤ学園に招いたのは、ルチルだった。 それゆえか、まるで授業についていけないヒースに、彼女は貴重な時間を割いて直々に補講 を行ってくれている。 えんたく 彼女は学徒の身ですでに騎士の称号ーーそれも円卓の騎士のひとりに数えられており、その 上生徒会長まで兼任している。その激務からヒースの勉強を見るだけの時間を捻出するのは、 相当な苦労だろう。 でも、俺の頭にはそれを理解するほどの力は残ってないんだよ : 日中の授業ですでに脳がカ尽きているヒースだ。ルチルがせつかく厚意でやってくれる補講 も・つろう も、意識が朦朧として理解できていない。 ヒースが青ざめていると、遠くからまた別の声が響いてくる。 せ ち う 0
振ってきたのは、黒い鱗を持った、巨大な竜だった。 「ティーフェ ? ほ・つ - 詈っ 黒竜ーーティーフェは、怒りを表すように咆哮した。 むくろ 鯨波に大気が軋み上がり、転がる石や、罪禍の骸までもが震え上がった。 確かめるまでもなく、ティーフェは怒りに震えていた。 その眼光がどこへ向けられているのか気づき、ヒースは理解した。 エステルがやられて、怒ってるんだ。 そして、怒れる竜を止められるものなど、罪禍の中にも存在しなかった。 振り回される尾がたやすく罪禍の体を砕く。 みじん 鎚のような爪が、肉も骨も関係なく、微塵に粉砕する。 踏み出しさられた足に潰され、結晶化した血液が撒き散らされる。 そして、開かれた顎から、灼熱が噴きこほれた。 ティーフェの顎から、劫火が吐き出される。 分厚く立ちはだかっていた罪禍の壁が、たまらず焼け崩れた。 乙 最強の生物 銀罪禍はヒトより優れた種族だと一言うが、竜を前には大した違いはなかった。 刻 そして、その好機に、その人は抜け目なく動いていた。 っち
敵から得物を奪った最高の好機。 右足を下げ、筋肉が断裂するほどに上体を引き込み、渾身のひと突きを体ごと叩き込む。 エリオットは両手を交差させ、素手で槍を受ける。 えぐ 踏みしめた足で地面が抉れ、数セルカに渡ってエリオットの体が押し出される。 「そんな、ものかー 《シュタインボック》は、確かにエリオットの腕を抉った。 つらぬ 抉ったが、 貫いてはいなかった。 常人の目にはほば同時に見えただろう、神速の三段突き。それをエリオットは受けきった。 「その槍じゃ、僕には届かないんだよー それはエリオットのカではない。 エステルの力だ。 けんこく おうか 魔王級皇禍ふたり分の魔力に守られたエリオットには、《剣刻》のカですら届かない いや、届いたー 槍を引き戻し、ヒースは飽くことなく突きを穿つ。 剣を作る余裕なんか、与えないー エリオットはそれをも腕で防ぐが、紅い膜がまたひとっ欠けて肉が穿たれる。 うが
23 剣刻の銀乙女 2 平然とそうのたまって、瞬く間に学園の授業に追いついてしまった。 「だったら出してあげればいいんじゃないかな。エステルだって、帰ってくるって約束したら ちゃんと帰ってくると思、つよ ? 」 ルチルはわかってないというように首を横に振った。 「ヒース、あなただって知っているでしよう ? ひと月前の事件で、エステルは目立ち過ぎた わ。一部では救国の英雄として祭り上げようとする動きだってあるのよ ? 」 たかが生徒の少女ひとりに大げさな とは、ヒ 1 スも一言えなかった。 さいか 実際に、エステルはヒトも罪禍も見境なく惹きつけるからな : 若くとも、エステルの魔王としての求心力は確かなもので、敵も味方も、ヒトも罪禍も、容 赦なく惹きつけるのだ。 うなず さすがにヒースも真面目な表情で頷いた。 けんこく 「あの子の出自も問題だけれど、エステルが《剣刻》所持者であることは、もう国中に広まっ ているわ」 これには、ヒースも苦い表情を浮かべた。 エステルは《剣刻》のひとつを所持しており、それをひと月前の事件で使用している。白銀 の翼という形のそれは、隠しようもないものだ。 今までも彼女は狙われていたが、それでも知らない者の方が多かったはずだ。それが、今や
つまり、本気で暴れたら学園ごと消しかねない相手つてことか : それだけでも十分に厄介なのだが、ルチルはさらにもうひとっ告げた。 「もうひとっ厄介なのは、それがこの学園の制服を着ていたということなの」 「じゃあ、生徒の誰か ? ー 「そうとも考えられるけれど、生徒に成り済ました部外者であることも考えられる。初めから 断定するのは危険よ ? 」 さと ゃんわりと諭され、ヒースも落ち着きを取り戻す。 「それに、本人も相当取り乱していたようだから、結局、詳しくはわからないのよ。 女かもねー かし ヒースは首を傾げた。 「それっておかしくないか。制服姿だったんだろう ? 性別くらいはわかるんじゃ : ルチルは首を横に振る。 「変な話だけれど、男だと思ったとか女だと思ったとか、あやふやなのよ。夜だから仕方のな : ただ、学園の生徒だというのはハッキリ覚えてるらしいわ い話ではあるのだけれど。 銀確かに、妙な話だと思った。 ズボンかスカートかすらわからないのに、制服だとは断言するのだから。 浦 え、男か女か、わからない : : 男か
そう言ってコンコンと叩いてみせる。木製らしく、小気味の良い音が響いた。 「なんで救命具なんて買ってるの ? というか、洞窟に入るまでそんなの持ってなかったよ ねっ ? 」 「うん。今買ってきたんだもん」 「ーーひ、ひーす ! あぶつ、」 ハッとして正面に視線を戻すと、ルチルがカ尽きたように沈みかけていた。 「わわっ、ごめん、大丈夫ルチル ? 立てば足がつく深さなのだが、泳げない人間にとってそれはなんの気休めにもならない あわ 慌てて腕を持ち上げ助け出そうとするが、気が動転しているのか、暴れるルチルはなかなか 立ち上がることができなかった。 「ヒース、これ ! 」 エステルが差し出した浮き輪に、ルチルはようやくしがみつくことができた。 「はあ、はあ ヒースはそれに気づかなかった ぐっしよりと濡れた顔には涙か滲んでいるように見えたが、 女 乙 銀振りをしてやった。 刻 「ありがとう、エステル。救命具、役に立った」 剣 「ふふん。こんなこともあろうかと用意しておいて正解だったでしょー