222 古い血族だろう ? 」 のぞ そう言って笑う少年の口からは、二本の牙が覗いていた。 「でもね、一番美味しそうなのは、実は君なんだよね、ルチル姫 ? 「ーーーんー、ねえ、ちょっと、 しいかな ? 」 ゾッとする笑みを浮かべる少年の前に、割って入ったのはエステルだった。 「そこのキミ。ひとっ訊きたいんだけど、いいかな ? ご - つまん それまでの傲な態度が嘘のように、少年は手を胸に当てて腰を折る。 「どうぞ、北の姫君。同族の問い力し 、ナには、答えざるを得ません 「そう ? 礼儀正しいんだね」 こちらも涼やかな笑みを浮かべ、エステルはまるで予期しなかった問いを投げかけた。 「キミーー・誰 ? 」 目を丸くしたのは、ヒースだけではなかったはずだ。 少年も驚いたような顔をすると、やがて淡い笑みを浮かべた。 「これは申し遅れました。僕はエリオット・グリート 南を統べる魔王候補のひとりでござ います , ーー南の魔王 : : : ? 確かに、エステルは北の大地を統べる罪禍を名乗った。それにコスタで出くわした罪禍を、 さいか
ヒクヒクと、歪んだ顔だった。 エリオットの背後では、ガラガラと水晶塊が崩れていた。 エステルが捕らえられている水晶だ。これ以上、エステルからカを奪うことはできない。 それでも髪をかき上げ、フッと笑みを浮かべる。 「まあ、 失った魔カ いい。今さら、北の姫に大したカは残ってない。水晶も創り直せばいい。 は大きいが、それでもかなりの力を取り込んだ」 それから、残忍な笑みを浮かべた。 「この国を滅ほしてから、存分に取り返すさ」 ヒースは腰を落として、金色の槍を構える。 「ひとつ、訊いてもいいかな」 問いかけは、静かな声だった。 「どうしても、わからないことがあるんだ」 そんなヒースの反応に興味を持ったのか、エリオットは軽く肩を竦める。 女「いいだろう。言ってみな」 乙 銀呼吸を整えるため、深呼吸をして、ヒ 1 スはロを開く。 刻 「君は、俺の妹を巻き込んだ」 剣 水晶に閉じ込め、マナにあんな顔で悲鳴を上げさせた。 ゆが すく アウラ
314 良かった。ちゃんと笑えるようになったんだ。 それだけで、ヒースが彼女の後ろをついていった意味はあった。 あれ ? でも、騎士 ? 「あとの問題はエステルね。立場的な問題もあるけれど、このまま行くと本気でヒースを道化 師にするでしようし」 それはそれで困るー 青ざめるヒースに、ルチルはとんでもないことを言った。 「ああ、そうだわ。なら、エステルも騎士になればいいのよ」 「問題が悪化したよおっ ? 」 「大丈夫。宮廷道化師という肩書きもあるわ。伝説にある円卓の騎士には、宮廷道化師の仲間 くど もいたもの。必ず口説き落としてみせる」 俺は、門番でいたいんだけど : 愛すべき本職は、日を追うごとに遠のいていく。 それでも、目の前の少女が自然な笑顔を浮かべてくれたのは、悪くない見返りだった。 えんたく
「あっははー、ルチルってばこんなこと言ってるけど、ヒースたちが戦ってる間、。 すっと気が 気じゃないって顔してたんだよ 「エ、エステルー 「ええー ? 弁護してあげたのに、なんで怒るの ? 」 顔を真っ赤にするルチルを見上げて、ヒースとマナ、それにエリオは同時に噴き出した。 「も、つ ! 」 直慨するルチルをよそに、エステルは洞窟を覗くように目を向けていた。 「どうかしたの ? 」 エステルは見事な銀髪をクシャリとかき上げ、珍しくおもしろくなさそうな顔をした。 「んー、気になることがあるって言ったろう ? 」 「ああ、そういえば : だから、普段なら大道芸でも始めているだろうエステルが、血なまぐさい戦闘に同行してい たのだ。 「なにかわかったの ? 」 「うん。わからないってことがわかった」 「なによ、それ ? 眉をひそめるルチルに、エステルは狩りをする猫のような笑みを浮かべた。 ふんがい のぞ
ような気がした。暗かったのでよくわからないか どういう意味かはわからなかったが、今は時間が借しい。ヒースが駆けだそうとすると、ル チルに止められた。 「待ってヒース。闇雲に突っ込んでも、勝ち目はないわ。私に、考えがある」 ルチルの作戦を聞いて、ヒースとカタリーナは露骨に苦い表情を浮かべた。 「ーーそれじゃあ、ルチルが危険すぎる」 「でも、できるのは私だけよ。あなたに比べて、負傷もないに等しいし。それに、この中で一 番強いのは、私よ」 ゆず 譲る様子のないルチルに、ヒースは納得のできない顔をする。 「ヒース、私は華らしいわ 「そう。私が望もうと望むまいと、私は人を惹きつけるのだと言われた」 それは、うぬばれではなく事実だと思った。 同時に、そう言ったのが誰なのかわかってしまった。 ルチルは他人の評価ごときで、自分の在り方を影響される人間ではない。影響を与えるよう
感謝を口にすると、エリオは涙を浮かべたまま笑った。 ヒースは、どっちのヒースが本当なの ? 」 「あはは : 「どっちのって : : : ? 」 「普段はあんなに頼りないのに、今は全然違う。本当に、お兄様を止めてくれるんじゃないかっ て思うくらい。槍のせいなの ? 「そんなに、違うかな : : : 」 そう言われても、自分でなにか変えたつもりはないので、ヒースは首を傾げた。 「ーーん ? でも、変わったと言えば、君は、本当の名前はなんて言、つんだ ? 「名前 「エリオットって、お兄さんの名前だろ ? 君の名前は、なんて一言うんだ ? 」 「ボクの、名前 半ば泣き出しそうに笑うと、エリオは言った。 「エリナー・ー・エリナリエ・クリードーーそれが、ボクの名前」 乙 銀 の 「エリナ : : : ? 恐らく、その名前に疑問を抱いたのは、ヒースだけではなかったはずだ。 かし
178 表情は見せなかったのだ。 「なんだい ? 」 「その、無茶はするなよ。俺たち、仲間なんだからさ」 エリオは、どこか暗い笑みを浮かべた。 「ああ、わかってるさ。仲間、だろ ? その態度に、どこか覚えのある違和感を抱いて、ヒースはふと気づいた。 昨日、エステルの態度に違和感を覚えたけど、もしかして違ったのか : 昨日一日で、エステルとエリオのやりとりにぎこちなさを感じたことが何度かあった。 もしかすると、エステルがおかしかったのではなく、 エリオの方がおかしかったのではない 」ろ、つ , 刀 ? ・ 疑問を口にする間もなく、エリオは姿を消していた。 ヒースは胸にしこりのようなものを感じながら、生徒会室へと向かった。 もちろん、手はきちんと洗ってから。 ヒースが生徒会室に顔を出したのは、昼過ぎのことだった。 「 : : : おはよう。酷い顔ね ? 奧に腰をかけていたのは、ルチルだった。
「ルチル、エリオとなにかあったのか ? 」 「 : : : ? 別になにもないけれど、ど、つして ? それはなにかを隠しているよ、つでもなく、 エリオの方も不思議そうに首を傾げていた。 気のせい、なのかな ? ヒースは「なんでもない . と首を横に振った。 「勘違いだったみたいだ。それより : : : ? 」 言いかけて、ヒースはエリオの顔を見た。 エリオは、可愛らしいメガネをかけていた。同じメガネでも、カタリーナのそれに比べると ずいぶん穏やかな印象を受ける。 少し焦った様子で外すと、エリオは苦笑いを浮かべた。 「ちょっと意外だな。メガネかけてたんだ 「うん。本を読むときだけだけど : 。それより、食事だろ、つ ? 」 うなが うなず 促されて、ルチルが頷く。 乙 銀「ええ。 : そうだわヒース、あなた、なにか良い店は知らないかしら ? 刻 「え ? うーん : : : 、美味しいお店は知らないけど、ここは観光地だから露店とかの食べ歩き 剣 かいいって話だよ ? いろんなものが食べられるし」 かし
「傷ついたと思うし、今もきちんと立ち直ったようには田 5 えないんだ。だから、そういう意味 じゃ、すごく気になってる」 ごまか ルチルのそれは、にしさで誤魔化しているように見える。 正直、見ていて危なっかしい。 エステルは悩むように天井を見上げ、小首を傾げる。 「それって、好きとは別の気持ちなの ? 」 「それは : : : わからないよ。ルチルは魅力的な女の子だと思うし、そばにいるとドキドキする こともある。でも、ルチルを守りたいって思ったのは、それとは別の気持ちだと思うし : : : 」 ーーー今だって、めちゃくちやドキドキしてるんだけどな : そういった意味ではエステルに対してもそうなのだ。 そもそも、こういった状況でなにも情緒を感じない男児など存在しないだろう。 のぞ エステルは眉をひそめ、またヒースの顔を覗き込む。 「じゃあ、ヒースも好きなのかわからないってこと ? 乙 銀 なんだかかしこまって答えてしまった。 の 「ヒトって、案外ややこしいんだね」 それから、エステルはニッと笑みを浮かべて顔を近づけてくる。 かし
その手には、紫の水晶球が握られていた。 : だって ? 紫の、水晶 その水晶球から、なぜかカタリ 1 ナの剣を連想した。 「いいだろう。この僕に、ここまでコケにした君だ。このカの最初の生贄にふさわしい その宣言に応えるように、巨大な水晶が輝く。エステルが閉じ込められた、水晶だ。 あれは、マズィー その腕のひと振りでなにが起こったか。その暴力が、明確に自分へと向けられている。 こうてい ヒースの予想を肯定するように、エリオットは狂気の笑みを浮かべた。 けんこく 「北の姫は、《剣刻》すら打ち砕いたよな ? 「逃げろルチルー 叫んだときには、ヒースは前に飛び出していた。 《シュタインボック》を突き出すが、先ほどの一撃に比べて鈍さが隠せない。 女 乙 銀金色の穂先は、わずかにエリオットに届かなかった。 刻 「消えろ」 放たれたのは、紅い閃光だった。 いけに . ん