最悪、護衛まで引き込んで大騒ぎを始めることも考えられる。 いや、ヒースやルチルが想像できる最悪のケース程度で済めばまだおとなしい。エステルな らば最悪のさらに二、三歩先を行く。必ず行く。そしてヒースとルチルはどうしてこうなった のかと頭を抱えるのだ。 ルチルが言っていることを理解して、ヒースの顔色も見る見る青くなっていった。 「 : : : うん。確かに、ひとりで外に出しちゃ駄目だよね 「理解してもらえて嬉しいわ」 あんど ヒースは、ルチルの目には安堵の涙が浮かんでいることに気づいてしまった。 いろいろ、苦労してるんだな : 心から同情して、ヒースは話を元に戻す。 「それで、エステルといっしょに行動する特別な小隊を組むってこと ? 」 「ええ。あなたにも参加してもらいたいのだけど」 「俺でいいなら、もちろん」 やわ 女そう答えると、ルチルも表情を和らげたように見えた。 乙 銀「ありがとう。あなたならそう言ってくれると思った。・ : ・ : 隊は、私が率いることになるわ。 位置づけとしては、生徒会直轄特別任務小隊ーーー特務小隊といったところかしら ? 」 「特務小隊、か : でも、俺はいいけど、小隊ってことは四、五人は必要だろう ? 他はど
9 剣刻の銀乙女 2 「はいはい、わかったから次はエステルを探すわよ。あの子のことだから、どこか目立っとこ ろにいると思、つのだけれど 「ルチル ! 君は人の話を訊いてるのかっ ? 」 「ええ、聞いているわ。私がしてあげた補講を、あなたが静する程度には」 「まるで聞いてないってことじゃないか ! 」 : へえ ? 私の補講、あなたはまるで聞いていなかったというのね ? ひきよう 「ひ、卑怯だー ヒースをエストレリヤ学園に招いたのは、ルチルだった。 それゆえか、まるで授業についていけないヒースに、彼女は貴重な時間を割いて直々に補講 を行ってくれている。 えんたく 彼女は学徒の身ですでに騎士の称号ーーそれも円卓の騎士のひとりに数えられており、その 上生徒会長まで兼任している。その激務からヒースの勉強を見るだけの時間を捻出するのは、 相当な苦労だろう。 でも、俺の頭にはそれを理解するほどの力は残ってないんだよ : 日中の授業ですでに脳がカ尽きているヒースだ。ルチルがせつかく厚意でやってくれる補講 も・つろう も、意識が朦朧として理解できていない。 ヒースが青ざめていると、遠くからまた別の声が響いてくる。 せ ち う 0
ーー女の子みたいな名前 : 疑問の意味を理解する前に、エリオーーエリナは滲んだ涙を拭いながら立ち上がろうとする。 エリナの制服は、ヒースに負けず劣らずポロボロだった。 それこそ、少し引っ張っただけで簡単に破れてしまうほど。 すそ 立ち上がろうと地面に手をついた彼女は、自分がシャツの裾を押さえていることに気づいて いなかった。そして プチンツと、シャツのボタンが飛んだ。 四人分の疑問符が重なった。 はだけた胸元からは、男児にはあり得ない、ふたつの膨らみが揺れていた。 「あ、あれ : : : ? なんで、胸 : : : ? スパンと、左の頬に綺麗な平手が叩き込まれる。 「ち、違うんだこれはー っていうかなんで俺だけ ? 」 「ご、ごめんなさい。でも、だってー ぬぐ
242 競り負ける : 受けるまでもなく、質量の違いが理解できた。 「ーーー止まらないで ! 」 すぐ後ろから聞こえた、しかしそこで訊くとは思わなかった声に、ヒースは目を大きくした。 だが、迷わなかった。 トンーーーと、槍の後ろに支えを感じた。なにかが石突きを押してくれている。 けんこく ほんりゅう うが 《剣刻》の槍が、紅の奔流に点を穿つ。 流れを乱された閃光は、幾重にもひき裂かれて夜の空へと突き抜ける。割れた鏡に乱反射す るかのごとく。 閃光が収まると、果たしてそこには生き延びたヒースが、確かに立っていた。 「 : : : ど、ついう、つもりだ」 だが、エリオットが目を向けたのは、ヒースではなかった。 ヒースも同じことを問いたい気分だった。 「エリオが、二人 : : : ? そこにいたのは、ヒースが知るクエリオクだった。
辛かった。 そんなとき、同じ痛みを持った友人ができた。 ヒースだ。 ギャレットと同じように自分を扱ってくれ、ギャレットを失った痛みも同じように理解して くれた。 彼のためにがんばれば、償いになるのではないかと思った。もちろん、明確にそう考えてい たわけではない。それでも、それが心の拠り所にしてしまった。 ルチル、俺は、ギャレット兄ちゃんじゃないよ 頭を、思いっきり殴られたような気分だった。 いつの間にか、ルチルはギャレットの存在を、ヒースに置き換えていたのだ。 私は、最低ね : だが、そんな最低なルチルに、ヒースはこう言った。 たかね 俺は高嶺の華より、手の届く花の方がいい ありのままで良いのだと。 乙 銀ギャレットのためのルチルでなくていいのだと。綺麗である必要もないのだと。 刻 「気を失ったか ? 」 気がつけば、エリオットの存在を忘れていた。
聞 じよう いた長い杖を手に取った。 「ヒース、私が割いた時間が無意味でなかったと、証明してちょうだい」 ザアッと、頭から血の気が引くのを感じた。 ーー無理無理無理無理ー 声に出して叫びたかったが、この場でそれが許されないことは、ヒースにも理解できた。 ここで俺が負けるのは、俺だけじゃなくてルチルやマナの立場も悪くするってことだ。 ルチルはこのひと月の時間を道楽に費やしたことになり、マナは無能な兄を持ったことに なってしま、つ。 し力ないんだな。 信 ( けるわけにま、、、 受け取った杖は、槍のように長かった。 それを槍だと考えるだけで、自然と呼吸は落ち着いた。 おび みじん その顔に、法えた色は微塵も残ってはいなかった。 覚唐は、自然と決まった。 そこにマナが信じて疑わない声で言う。 「がんばって、お兄ちゃんー
220 手当てを続けながら、地面に散らばる水晶のような剣の破片を見やる。 「旧校舎のヒトたちを襲ったのは、その剣だったみたいだね」 「この剣、なんだったんだ : オーメントーカー オーメン 〈占刻使い〉の素養がないカタリーナが魔術を使ったのだ。ただの〈占刻〉とは思えない オーメントーカー 「ーーーそれはね、〈占刻使い〉から魔力を吸い上げてカに変える道具なんだよ」 答えたのは、エステルでもカタリーナでもなかった。 月を背に立っ少年は、髪をかき上げ、おかしそうに笑った。 「いいアイディアだと思ったんだけどな。所詮、ヒトじゃあ扱いこなせなかったみたいだ」 無邪気な声を上げる少年に、ヒースは理解できないという顔をした。 「君が、犯人だったのか : 「答えろーーーエリオット・グリートー 碧い髪をした少年は、愉央な宴でも始まったかのように、笑っていた。
エステル以外の全員の声が重なった。 「え、でも、俺たち、エステルの護衛って話じゃ : 「エステルひとりのために小隊を組むほど、私はお人好しではないわ。特務小隊の本当の目的 は、事件の解決よ」 ヒースは肩を落とした。 「話がうますぎると思ったよ : : : 」 「理解してくれて嬉しいわ。これより、特務小隊は事件解決のため、作戦行動に移ります , 同時に、納得もしていた。 これは思った以上の働きを期待できそうね マナやエリオはともかく、ヒースが期待されたのは槍の腕とエステルの歯止めだったはすだ。 成績最下位の彼にそれ以上の期待ができると言ったのは、学園の外の情報だったのだろう。 そこでいかにもわからないという顔をしたのは、エステルだった。 「んー、ねえ、ルチル。事件って、行方不明なんだよね ? : ええ」 銀「ルチルがそこまで急いで帰る意味って、なにかあるの ? ルチルひとりが探したからって、 刻 どうにかあるもんでもないでしょ ? 」 剣 ルチルは視線を警戒するように声を落とした。
その声の鋭さに、ヒースもすぐに事態を理解した。身構えると同時に、店主が吼えた。 けんこく 「ーーー《剣刻》だ ! 」 ヒースは、己の軽率さを呪った。 ランゴスタの殻を剥くのに手袋を外し、そのままにしていたのだ。右手の《剣刻》は、晒さ れたままだった。 これが、《剣刻》を所持するということなのだ。 ぎようそ、つ あわ 店主が凶悪な形相で飛びかかり、慌ててヒースが身を退くとエステルも逆の方向に飛び退く。 体当たりを空振りした店主の先には、事態を呑み込めていないエリオの姿があった。 「下がりなさいエリオ ! 」 オーメン それを庇うようにルチルが飛び出すが、〈占刻〉を頼れなかったその動きは、、 しつもに比べ て鋭さを欠いていた。 乙 銀 剣を抜こうとした手を、横合いから飛び出した別の男につかまれてしまった。 の 刻 その瞬間、ルチルの顔が恐怖に引きつった。 剣 「ーーあ : : : つ、やだ、嫌あっ」 さら
「お前は、俺の大切なものを、みんな傷つけて行ったんだ ! 」 だが、怒り任せに暴れていいような、幼稚な時間はもう過ぎてしまった。 ルチルが、同じ地面に立たせてくれた。 エステルを助けるという、最優先事項を、彼女は達成してくれたのだ。 そして、ヒースが対等に戦える舞台を作ってくれたのだ。 それを、怒りごときで逃すような真似が、できるはずがない。 「お前、どうしてここから帰れるように、ものを語るんだ ? 」 おうか 冷たい狂気を迎え撃つように、エリオットの手に紅い剣が現れる。皇禍の魔力で作ったもの につ、つ 「頭に来てるのは、僕の方だ。虫けらみたいなヒトの分際で、どれほどの損失を生み出したか 理解しているのか ! 」 問答に、意味はなかった。 女 乙 銀睨み合う両者の中央に、崩れた水晶が倒れ込む。 それが、開戦の合図となった。 きた 舞い散る水晶の向こうから、エリオットが紅い剣を振るう。エステルの魔力で鍛えられたそ