青ざめるヒースに気づかず、エリオは続ける。 「もう人集りができてたんだけど、教室の窓からならよく見えそうでね。それでさっきは中に 入りたかったんだけど、まだ間に合うんじゃないかな。見に行 がんめんそうはく エリオは親しげになにか言っていたが、顔面蒼白のヒースの耳には届いていなかった。 ああ、そろそろルチルの雷が落ちるな : こうてい その予感を肯定するように、教室の方から怒声が響いた。 『エステル ! あなた、そこでなにをやっているのつ ! 』 『あっははー ルチルも来ない ? 今から花火を打ち上げるんだ』 オーメン 『校内でなんてことを : いえ、その前にその〈占刻〉の教本はどうしたの。それだっ てただじゃないのよ ! 』 『そっちも大丈夫だよー この前、なんか王都を救ったお礼とかでたくさんお金もらったじゃ ないか。それで買い取ったから ! 』 『そういう問題じゃないと言っているの ! 』 廊下にまで響くその声に、ヒースとエリオはビクリと身を震わせる。 そしてーーーガラッガシャンツ , ーー凄い勢いで、ルチルが飛び出してきた。 ひとだか
けで、僕の気が変わるかもしれない。なんと言ったらいいかは、わかるね ? 」 命乞いをしろ。 そうすれば助けてやる。 この悪魔は、そう言っているのだ。 「ふ、ふふ : 口から溢れたのは、笑みだった。 かって、敬愛した従兄妹のギャレットはこう言った。 お前は華だーー英雄という華になれ 彼から、想いを寄せられているのは、薄々気づいてはいた。 だが、明確にそう一言われたわけでもなければ、そんな態度で接せられたわけでもなかった。 勘違いだったら恥ずかしい だから、自分がどういう気持ちなのかも確かめず、兄妹のような、師弟のような、先輩と後 輩のような、そんな微妙な距離のまま、時間を過ごした。 そして、ギャレットは死んだ。 酷い、裏切りを働いた気分だった。 むくろ 骸になってクラウンに操られる彼を見て、自分はなんと残酷なことをしたのかと思った。 つぐな 償わなければならないと、思った。 あふ
「ルチル姫、助けてくれ ! ボクひとりじやエステルさんは止められないよ ! 」 エストレリヤ学園の制服を着た少年だった。ヒースのクラスメイトだ。 「ひとりって : : : エリオ、マナはどうしたの ? 」 エリオと呼ばれた少年は首を横に振る。 「エステルさんに捕縛された。ぐ ホクだけ、なんとか逃げ延びて : : : っ まるで仲間を見殺しにしてきたかのように、エリオは目に涙を浮かべる。 「あのつ、行くわよヒースー・あの子に一一一一口うこと聞かせられるの、あなただけでしよう ? 「無理だよ。俺だってエステルに言うことなんて聞かせられないよ ! 」 「私は相談をしているわけではないのだけれど : こわね 冷たい声音に、ヒースはビシッと背筋を伸ばした。 殺される : どっちについても、結局殺される : ヒースはそのままズルズルと引きずられていき、もうひとりの男子生徒もそれを追いかける。 つぶや 残された門番は、なぜか涙ぐんでこう呟いた。 「そうか : : : 。俺たち、この職を、誇って良かったんだな : そんな門番の方を、順番待ちの商人や旅人が取り囲む。 「俺たちも、忘れてたよ。そうだよな。町に来て良かったって、俺たちも、そう思っていいん
無遠慮にじろじろと眺めるのも気が引ける。マナを助け起こしていると、エステルは勢いよ く海へと飛びこんだ。 「うわっぷ ? 盛大に立ち上がった波しぶきは、ヒースたちの元まで降り注いだ。 「もう、エステル ! 」 頭から水を滴らせ、ルチルが怒声を上げる。ヒースたちもずぶ濡れというほどではないが、 かなり水をかぶってしまった。 「うわもう、大丈夫かマナ ? 」 「う、うん。わたしは下に水着着てるから : : : 」 言いながら、気遣うように目を向けたのはエリオだ。 彼は、胸元から腰にかけて派手に水浸しになっていた。 「うわ、大丈夫かいエリオ。着替え、持ってきてるか ? 」 「、つ、ううん : 妃予備の制服などそうそう用意しているものではない。困った顔をするエリオに、ヒースは壁 乙 銀から突き出す枯れ木を示した。 「あそこにかけて干したらどうかな。帰るまでには乾くと思うよ。ほら、貸してみなよ」 すそ エリオの身長では難しそうなので、そう言って制服の裾を引っ張ると、エリオの顔が見る見
258 同年代の相手にするものではないかもしれないが、ヒースには自然な行動だった。 「あいつをぶん殴らないといけない理由が、もうひとっ増えたんだ」 「ーー兄貴ってやつは、妹を泣かしちゃ駄目なんだよ」 ヒースにもマナとい、つ妹かいる 泣かせてはならない、大切なものだ。 おうか 「なに言ってるんだヒース ! ヒトが皇禍に勝てるわけがないだろう ? 配下の罪禍だってあ んなにいるし。ルチル姫、君も見てないでヒースを止めてよ」 すがるように目を向けるエリナに、ルチルはため息を返した。 「エリナ、あなた、ひとっ勘違いをしているわー そう言って、ルチルもヒースの隣に並んだ。 「ヒトが皇禍に勝てないなど、誰が決めたの ? そう言って、騎士姫は騎士然としてこう告げた。 「あなたたちは、ヒトを見くびっている」 その姿で、ヒースは彼女がエステルを相手に勝利を収めていることを思い出した。 さいか
敵なんじゃないかって、気が立ってた。でも、それじゃあ、いけないんだよな ? そ、つ言って、親愛を示すように手を差し出す。 「お前さんには、何か大切なものを思い出させられた気がする。礼を言わせてくれ」 「買いかぶりですよ」 涼やかな笑顔を返し、二人の門番はまた正面に向き直る。 また新たにカラカラと馬車が進み、それを迎えながら、ふと隣の門番が問いかけてきた。 「ところで、お前さん、誰だ ? この町の兵じゃないよな ? かし 問いかけられ、少年は不思議そうに首を傾げた。 つもいっしょに門番をしてるじゃないですか。ヒー 「誰って : : : 何を言ってるんですか ? い スですよ。覚えてるでしよう ? 」 先ほどまでと変わらぬ笑顔だが、その瞳がどこか虚ろなことに気づいたらしい。門番が動揺 した顔を見せる。 乙 銀「いやいやいやいや ! 俺、ここの勤務は初めてだし ! 」 しかし、少年ーー・・ヒースは不思議そ、つに首を傾げるばかりだった。 「どうしちゃったんですか、疲れてるんじゃないですか ? ほら、もう次の方が待ってらっしゃ うつ
いらだ 怒気を放っと、苛立たしそうに吐き捨てる。 「ただ利害が一致したから協力してやっただけだ。僕は北の姫の力が欲しゝ つが邪魔だった。だから北の姫を抑えこむのが、僕の役目だったんだよ こ - っこっ そう言って、エリオットは恍とした笑みを浮かべた。 「おかげで、北の姫の力は僕のものになった」 ただ、彼は気づいていなかった。 途中から、ヒースは話を聞き流していた。 《シュタインポック》は《剣刻》に戻ってる。 エリオットは宙に浮いているが、届かない距離ではない。 怒りに酔、つのはもうやった。 今は、そんなつまらないことで切っ先を鈍らせていい場合ではない。 戦士としてなによりも必要なものがわかるか この槍を託してくれた兄弟子は、言った。 それはク覚矯ツだよーーー覚悟があれば、お前は誰よりも強くなれる 女 乙 銀敵は強大。 刻 エステルの力を奪い、戯れに王都を滅ばすだけの力があり、《剣刻》までを所持している。 そんなの、関係ない。 たわむ し。クラウン、も亠のい
「あたしのこの両手は、みんなを笑わせるためにあるんだ。その中には、ルチルだって含まれ てるんだよ ? その手が怖いなんて言われて、放っておけるとでも思、つの ? 目を見開くルチルに、エステルは笑う。 「嫌だって言ったって助けてやるんだから。そもそも、そんな顔をしたルチルを笑わせないと か、道化師に対して失礼だと思わないの ? 触られるのが怖いなら、誰にも触らせない。手か 布いって言、つなら : ・・ : そ、つだな、こ、つい、つのはど、つ ? ようやくルチルの頬を解放すると、エステルはなにかを手繰り寄せるように宙を掻き、それ からポンと小気味の良い音と共にフワフワとした毛玉が出現する。 いや、毛玉ではなかった。手袋だ。 いそいそとエステルが両手にめたそれは、まん丸な肉球を持った、猫の手だった。 「これならどうだー・困ったときは猫の手を借りるって言うだろう ? 」 そう言われて、とうとうルチルも噴き出した。 人手が欲しいという意味で使う言葉よ ? 」 「それ、意味が違うわよ。猫の手も借りたい 「むう、でもルチルを笑わせることはできるじゃないか。猫の手だって偉いんだぞ ? 」 銀肉球でほむほむと叩かれ、ルチルはこらえきれないように笑い声を上げた。 それは、根本的な解決には繋がらないかもしれない。 繋がらないかもしれないが、今ここで無理をしようとするルチルを救うことはできた。
会う機会に恵まれていたが、碧い髪の人間に出会ったのはエリオが初めてだ。 少し考えて、ヒースはそういう髪の人種が住む国を思い出した。 ・ : だったかな ? 海を越えた南の大陸の」 「ええっと、スール : ・・、つん。ボクはスー 「へえ、よく知ってるね。クラスのみんなは誰も答えられなかったのに。 ルの中でもクルス・デルスールっていうところ出身なんだ 「俺、ここに来るまで、いろんなところの人の話を聞く機会が多かったからさ。やつばり、こっ ちは寒く感じるものなの ? 街の名前までは聞き覚えがなかったが、スールの気候は温暖だと聞いている。 ヒ 1 スが訊くと、エリオはパッと表情を明るくした。 「そうなんだよ。向こうじゃもう夏の気温だっていうのに、こっちは未だに防寒着が必要だろ う ? ボク、寒いのは駄目なんだ : : : 」 「そ、そんなに違うんだ 肩を抱いて震える仕草をするエリオは、理解者を見つけたと言わんばかりに喜んで見えた。 せきばら それからハッと我に返ったようにコホンと咳払いをする。 「ま、まあ、とにかく、そういうことなんだ」 想像していた優等生とは異なる反応に、ヒースも苦笑した。 「そういえば、よく俺のことなんか知ってたな。自分で一言うのもなんだけど、俺は目立たない
だが、その顔は間違いなく今まで少女を追っていたクそれのものだった。 ど、つなってる、の : : : ? 自分を追っていたはずのクそれクが、どうしていきなり自分を逃がす気になったのか。そも そも、なぜあのような服装をしていたのか。 ひたすら困惑しながらも、少女は必死で地面を這いずった。 旧校舎の外へーーヒトのいる、学園を目指して。 「小隊を、組む : : : ? ルチルから告げられた言葉に、ヒースは首を傾げた。 王立エストレリヤ学園の教室にて、補講を行っていたルチルがとうとつにそう言ったのだ。 ちなみに、教室にはヒースとルチルの二人しかいない。同じく勉強が初めてだったはずのエ ステルはとい、つと 「エステルを学園に押し込めておくのは、もう無理だわ。彼女、既に私と同じくらい成績が良 いのだもの そう。ヒトの世界について教養と理解を深める、という名目でエステルをこの学園に入学さ せたまでは良かったのだが、道化を演じていても彼女は魔王だ。 こんな数字や文章のお遊びに、なんか意味あるの ? かし