らしい じようきよ、つどうじよ , っ 少なからず僕はその状況に同情したが、彼女は強かった。先輩五、六人に囲まれているとい うのに、目を伏せたり、泣き出したりもせずに拳をじっと握り締めて立ちつくしている。 けんめい 一生懸命、湧き上がる怒りを押さえているように見えた。 ふきんしん すがた その姿がやたらと綺麗だった。絵になるなあ、なんて不謹慎なことを思う。 「何、睨んでんのよ。どっちが悪いことしたと思ってるの ? 」 そのとき、やっと彼女が口を開いた。 「先輩たちのお話、まったく理解できないんですけど」 興奮して、ちょっと上ずっていたけど、その声ははっきりと僕のところまで聞こえてきた。 気の強そうな高い声だ。 「どういうことよ」 はまぐち 「わたし、浜口先輩のことなんとも思っていません。毎日校門で待ち伏せされたりして、困っ ているのはわたしの方です」 だま あまりにもはっきりと言い返され、先輩たちは黙りこくってしまった。 めいわく 「彼氏だって言うんなら、ちゃんと鎖でもつけといてください。迷惑しているのは、こっちで すから」 彼女は、それで話は終わりだ、とでも言わんばかりに歩き出した。浜口先輩とやらの彼女ら にら わ くさり こぶし こま
ャプテンで、女に人気があった。友達と言っても、たまに会うと話をするような、そのぐらい やっ の仲だ。でも、いい奴だったので、僕はこいつが好きだった。 かみぎまどか 「あいつが、俺らのクラスの神木円だよ」 ひょうばん その名前は僕も知っていた。評判の美少女。 「それがあいっか」 巧は教室でのやり取りを僕に教えてくれた。 円を殴った先輩は、自分の彼氏が円にちょっかいを出しているのを見つけて、『円が彼氏に 手を出した』と思ったらしい あらわ とびら せいふく 教室の扉がガラっと開いて、制服のスカーフを外した女先輩たちが現れた。そのとき、円は 一人で本を読んでいたそうだ。 先輩たちが近づいて声をかけても、円は本から目を離さなかった。もちろん気づいてはいた んだろうけど。 りつば 円は、とても立派だったと巧は言った。教室中の視線が注がれているのに、彼女は意に介し た風もなく、本を閉じて立ちあがったという。 そして歩き出した。先輩たちが慌てて彼女の後ろに続いた。どっちが呼び出したのかわから なかった、と巧は感想を述べた。 「綺麗は綺麗だけど、ちょっと怖いよな」 きれい おれ こわ あわ しせん
巧は鼻を鳴らした。 「でも、綺麗だ。それはでかい」 円に対する、『綺麗だけど怖い』という第一印象が、僕の心に焼き付いた。 巧もそれは同じだったと思う。 あぎ 『噂の美少女』という単語に、肉がっき、血が通い、鮮やかに僕の心に滑りこんだ。 なや 梅雨が明け、七月になっていた。僕は県の高校生美術コンクールに出品する課題について悩 んでいた。 こもん こま 「なんでもいいから」と顧問の先生には言われている。そういうのが一番困る。それなら、 めいカく 「何を描け」と明確に言われるほうが楽である。 かみ 一中庭で髪の長い綺麗な女の子を見てから、何を描く気にもなれなかった僕は課題をあみだク レ ジで決めた。クジの結果はリンゴだった。 ・フ のそんなわけで、僕はプラスチックのリンゴを探していた。 とびら けもぞうくだもの 模造の果物やビンが入ったカゴをごそごそやっていると、扉が開いた。昼休みだったので、 描僕の他には誰もいない。 現れた子を見て、僕は息をのんだ。先日、先輩たちに囲まれて一歩も引かなかった例の美少 っ 女、円が扉の下に突っ立って、美術室をきよろきよろと見まわしている。 、つわさ さカ びじゅっ
なぜ いるヤツもいた。何故か泣いてるヤツもいた。そんな風に騒いでいるのは歓迎するほうの先輩 ぼうぜん ばかりで、一年生は呆然としていた。一年たったら僕もこんな風になるのだろうか、とちょっ と頭が痛くなった。 僕は教室の隅っこで、先輩たちといっしょになって騒ぐ橋本たちを横目で恨めしそうに見な がら、ちびちびコーラを飲んでいた。 すぐに酔った先輩たちに絡まれ、酒を水のように飲まされた。あとで聞いた話だが、三年に まど きゅうせい 一度の割合で人が死ぬらしい。急生アルコール中毒ばかりでなく、三年前は窓から飛び降りた でんとう ャツがいたらしい。ほんとにどうかと思うのだが、それでも中止にならないのが美大の伝統な のかもしれない。 僕は気づいたら教室の真中で大の字になって寝ていた。酒臭い空気の中に、やかましいハウ どな ス ・ミ = ージックが溶けていた。酔った橋本が僕の頭にビールをかけている。やめろと怒鳴っ て立ち上がろうとしたら、足がもつれた。 だいじようぶ 「大丈夫 ? 」 やさ すごく優しい声がして、倒れそうになった僕の体を支えてくれた。 「大丈夫、なわけがない」 かたか 僕がそう言うと、その優しい声の持ち主は「こっち」と言って、僕に肩を貸してくれた。教 もど 室の隅にやっと戻った僕はそこに横たわり、何度か吐いた。 から ささ うら
円は、生意気にも僕を呼び捨てた。マンガの描かれたスケッチブックを手に持って、怒りで かたふる 肩を震わせている。 強がって、僕は肩をすくめて見せた。 「リンゴの話を描いたつもりだったんだけど : きら 「 : : : わたしのことが、そんなに嫌いなわけ ? 」 わがままやっ 冗談は通じなかった。我儘な奴だ。 円は僕にスケッチブックを投げつけて、大股で美術室を出ていった。 「おい、ユキオってお前か ? ちょっと話があるんだけど」 放課後、浜口先輩に呼び出された。場所は、例の中庭だ。円のことが好きだという噂の、一一 じゅうどうぶ 一年生だ。 , 。 彼ま柔道部で、体重が僕のきっかり二倍はあった。 「お前、円のマンガ描いてたんだってな」 「じよ、冗談じゃないですか」 の け 「冗談でも、やっちゃいけないことってあるだろ ? 」 カ 描「あのですね、元はと一一一一口えば : : : 」 そこまで言ったとき、僕は先輩に殴られた。 好きな女をからかわれたのが、そんなに悔しかったのか。でも、それぐらいで人を殴れるも よ す なぐ おおまた ぐうぜん 。偶然何かに似てしまったかな」
その頃、たぶん円の人気をねたんだ誰かが、円の落書きを、トイレに描いた。 ないよう 僕がスケッチブックに描いたものより、何倍もえげつない内容で、僕を殴った先輩は、それ ひそ を密かに自分たちで消していたらしい 円には内緒で。 うわさ 『ユキオ君がわたしのマンガを描いていた』と一一一一口う噂を聞きつけた先輩は、トイレの落書きを しわざ 僕の仕業と勘違いし、僕を殴ったというわけだ。 ネタがばれてみれば、なんてことない話で、笑って済ませられるようなことかもしれない。 でも、僕は円と仲直りする気になれなかった。仲直りも何も、最初から仲がよかったわけで はないのだから、気にする必要もないのだ、とも思った。 しつぼ それに、あんな事件の後、気軽に円と口をきいたら、僕も円に尻尾を振るその他大勢と見ら きれい れてしまうかもしれない。綺麗だからって誰もが、円と仲よくなりたがると思ったら大間違い なのだ。 みちばた 僕は円に対し、道端の石ころぐらいの気持ちで接しようと考えた。それが素敵と思った。 ふくざっ 女は複雑と言うけれど、男だって、これでどうしていろいろと複雑なのだ。 よくあさ げんかん 翌朝、学校に着くと、円が玄関にじっと立っている。 上履きにはきかえる僕に近づいて、「その、もう、マンガのことは気にしてないから」と言 ころ せつ すてき おおぜい
里白のアユェット 岡村流生 / 和泉なぎさ 戦って勝ち取りなさい , 自分の望む世界を " 白重萩葉は一目惚れしてしまった先輩・黒御門水冬が、魔法使いだと噂さ れていることを知る。そんな水冬に、秋葉のクラスメイト疾風駿が、不思 議な幻覚の相談を持ち込んだ。水冬とともに秋葉は駿の屋敷を訪れたが 。第 3 回言主見ャングミステリー大賞の佳作受賞作ー 士見書房 富 FUJIMI MYSTERY BUNKO 宀量士見ミス - アリー文庫
るって」と、僕に説明した。 「もういいよ」 「ほんとだよ。殴れなんて、言ってないし。怒って、言ったわけじゃない」 「お前ってさ」 「なによ」 「いつつもそうなんじゃねえの ? お前にその気がなくても、結果として、こうなったんだ 言ってから、しまった、と思った。円みたいなプライドの高い子に対して、今の一言はちょ っとまずかったんじゃないだろうか。 はんげきおそ 僕は反撃を恐れて、首をすくめた。 かな でも、円は怒らなかった。その代わりにとても哀しそうな顔をして「じゃあ、どうすれば ・フいいのよ」と言った。 ~ 「 : : : 知るか。そんなの、自分で考えろよ」 け 僕がそう言うと、円は無言で立ち去った。哀しそうに歪んだ円の顔が、やたらと気になった。 描 : つまらない誤解が原因だと知ったのは、それから一週間後だ。 その先輩は勘違いしていたのだ。 ′」かい
196 「なんかあったのか」 僕がそう尋ねると、伊東は短く、「フラれた」と言った。 伊東はなんにも話さないやつだったから、その相手も、どんなドラマがあったのかも、僕は 知らなかった。 「高校のときから、付き合ってた子でよ」 ちが そんな相手がいたなんて、サツ。ハリ知らなかった。橋本も知らなかったに違いない。 「好きな人ができたって、言われちまった。新しい学校の、先輩だって」 「いきなりそんなこと言われたからさ。こんがらかってて。でも、一人になるのはイヤでさ、 お前を誘った。ごめんな」 タバコを投げ捨てて、伊東は肘をついた。 「好きなャツができてたなんて、知らなかった。わかりあってるつもりだった。でも、それは 俺だけで : : : 」 それから、ポケットから何かを取り出した。小さい箱だった。リポンが結んである。 「なにそれ」 「プレゼント」 伊東はそれをしばらく眺めていたあと、思いっきり橋の上から海に向かって放り投けた。 ひじ
276 「そして ? 「そのたびに、泣いてあげる」 僕はしばらくの間、黙っていた。その意味を、考えていたのだ。 そんな風に僕が黙っているので、円は不安になったらしい 心配そうな声で、「怒った ? 」と尋ねてきた。 「ちっとも怒ってないよ」 僕は笑いながら言った。 安心したような声で、円が言った。 「わかりあえなくても、人って好きになれるのね」 「なんでそう思う ? 「だって、わたし、初めてあんたと会ったとき、あんたのことなんか何にも知らなかったのに」 ヘンだよね、と小さい声で、円が続けた。 僕は目をつむった。円と出会った日のことを思い出した。 春だった。 さび よみがえ 先輩たちにひつばたかれたあと、寂しそうな顔をしていた円が、蘇る。 その顔を見たとき、どくんと、胸が跳ねた。 いくんおさな 今より、幾分幼い顔つきの円。その日から、すべてが始まった。その日から、僕は何度も、 むねは