294 だけの魅力を持った女の子に描いたつもりです。 唯一この物語がファンタジーの要素を含むとすれば、そのように魅力的な女の子が、ユキオ みたいな冴えない男に恋するところですかね。 現実には、そんなことそうそうないと思います。 そういう意味で、この物語は『等身大の恋愛物語』などではなく、ファンタジーなのかもし れません。 じっさい さて、このお話を書くにあたって、実際の美大をモデルにしました。そこがどこであるかは 作中では触れてませんが、まあ、わかる人はすぐにわかると思います。 かんしゃ でもって最後になりましたが、友人のデザイナーのスズキテッャ氏に感謝を。彼は高校時代 ぶたい さん の友人でありまして、舞台になった美大を描くに当たって、その美大出身の彼の話はとても参 」う 考になりました。 ちょっきゅう にちやど そして『直球の恋愛小説』を、再びジュブナイルジャンルの一つへと押し上げようと日夜努 りよく 力する、担当の氏に感謝を。 かぎ まつもとのりゆき この物語を素晴らしいイラストで飾ってくれた、松本規之氏に感謝を。 みなさま そして誰より、この絵を手にとってくださった皆様へ、感謝を込めて。 こ
204 「明日も予備校あるし」 それから円は、ちょっと俯いた。 「なんかさ、疲れちゃった」 「疲れた ? 」 「うん。毎日頑張ってるのに、なかなかうまくならないし。先生にも言われた。このままだと、 ごうかくきび さいのう ちょっと合格は厳しいって。わたし、才能ないのかもね」 「そんなことねえよ」 たし あらけず 僕は言った。円は確かに荒削りだけど、下手じゃない。 「学校、何個受けるの ? 」 さと 気乗りがしない声なのを、悟られないように、努めて明るい声で言った。それが成功したか どうかは、よく、わからなかった。 円は、。ほっ。ほっと、いくつかの美大の名前を告げた。最後に、僕が通ってる美大の名前を一一 = ロ 「でも、あんたのところは、ムリかも ちゅうけん 僕の通っている美大は、中堅で、割と人気がある。決して、簡単に合格できるようなところ じゃない。 りつ 「 : : : 合格率、どのぐらいだって ? 」 っこ 0 うつむ かんたん
第二章都会の絵の具 ちゅうけん 僕が入学したのは、東京は小平市にある美大だ。中堅どころの私立美大で、卒業生には何人 か有名な漫画家や作家がいる。 油絵学科というところに人学した僕は、ほとんど毎日デッサンばかりをやらされている。工 もくたん ンビッ、木炭 : : : 。やっていることは高校の時通っていた予備校とほとんど変わらない。ただ、 きび どな 先生は厳しく怒鳴ったりしない。入ってしまえば、もう受験という壁はないからだ。なんとな く、のんびりしたような空気があった。 じゅぎよう いつばん 午後になると一般教養の授業が待っている。美大というところは毎日絵を描くもんだと思っ ふつう てつがく おどろ ていた僕は、普通に『哲学』や『経済』の授業があるのに驚いた。 油絵学科に入ったといっても、ホントに油絵で食っていくつもりがあるわけじゃない。 絵を描くことは好きだし、僕の一部だが、それと仕事は別だと思っている。 大学というところはダラダラと時間をつぶす場所だと思っていた僕は、どうせなら好きなこ しよ、つらい とがやりたかっただけの話だ。まあ、将来、何かのデザイン関係の仕事につければいいな、ぐ らいは思っているけれど。 かべ
よび 「よ、予備校の卒業製作があってさ」 、っそ 咄嗟に嘘をついた。僕は美大進学のために、絵の予備校に通っていたのだ。 「念願の美大に受かったんだから、しばらく絵なんか描かなくていいのに」 「 : : : そうだけど」 すわ 円は、椅子を引き出してくると、僕の隣に寄せて、座りこんだ。 「あのさ、わたし : : : 」 円は、言いにくそうに僕の顔を見た。 「なんでもないわ」 「じゃあ言うな」 一「やつばり言おうかな」 「どっちなんだよ」 円は、ニヤっと笑って、僕を見た。 の け 「さっき巧くんが来てさ」 描「はあ」 「 : : : わたしに告白してきたのよ」 ふむ、なるほど、と思った。 とっさ せいさく
「す、すまねえ。最初は、自分で描いたんだよ。でもあまりにも下手糞で。さすがに見せたら あき 呆れられると思って、お前に : 「いいから、持ってけ。これなら、ぐっと来るはずだ」 「どうして ? 」 「ポイントは押さえた」 かがや 巧の顔が、ばあっと輝いた。 「さすがだな。やつばりお前って、美大に行くだけのことはあるんだな」 それから、巧は僕を見た。 「お前さ、円のこと、その : 言いにくそうだった。 「ほんとに、その、なんとも思ってないのか ? レ 「俺はやだよ、あんなの」 の「そ、そうか」 け 「気が強くて、訳がわかんなくて」 描「でも、仲が良さそうだったから」 「良くねえよ」 わけ
なるのだろうか。 「絵、うまいの ? 」 彼女は僕と同じ油絵学科だった。 僕は素朴に聞いた。 , 「見る ? 」 うなず 僕は頷いた。 隣の部屋が、アトリエになっているらしい。そこは大小様々な絵で溢れていた。 あっとう ほんりゅう そこは才能の奔流たった。僕はたた圧倒されて、美智子の絵を見つめた。 「去年描いたヤッばっかだけどね」 「すごいね」 ぼうぜん 一僕はしまらない感想を漏らした。自分との才能の違いを初めて目にして、僕はただ呆然と立 レ ち尽くした。 「わたし、画家になるんだ」 け・つぶや 呟くように、美智子が言った。 、カ 描僕は美大に来て初めて、そのセリフを耳にした。 彼女のマンションは、国分寺駅から歩いて五分ほどの場所に 美智子は駅まで送ってくれた。 , となり っ も あふ
264 しょ , つかい 「紹介するわ。俺の彼女の、美智子さんです」 ぼくせいざ なるほど、と思った。僕は正座をすると、神妙に頭を下げた。 「おめでとう」 橋本も、かしこまって、頭を下げた。 「いえいえ、こちらこそ、今までお世話になりました」 僕はふざけて、美智子にオデンのちくわをインタヴアーのマイクのように突きつけた。 「敗因は、クリスマスのレストランですか」 美智子は真顔で答えた。 しいえ。住む場所です」 僕と橋本は顔を見合わせた。僕は橋本に言った。 「参った。これ、本音だそ」 「なあに、勝ちは勝ちゃねん」 美智子は笑った。橋本も笑った。僕も笑った。 僕は今年初めて、明るい気分になった。 僕の大学の受験は、二月の半ばごろに行われる。 こうろん 一月の終わり、僕の通う美大しか受けないという円と僕は、電話でちょっとした口論になっ
「そういやユキオは、いつつもかけウドンばっかり食べてるな」 眠そうな声で伊東が言った。 「かけウドン好きなんか ? たまにはトッビングし。けつねとか」 「好きで食ってるワケじゃないんだってば。『かけ』しか食えないの」 びんぼう 「なんでそんなに貧乏なんや」 「俺、仕送り安いし」 「苦学生やね。感動やわ」 「ユキオくん、なんの、、ハイトしてんだっけ」 美智子が言った。コンビニ、と僕は答えた。東京に越してきた翌日、僕は近所を歩いて、そ たた のバイトを決めたのだった。週に四回、学校が終わったあと、僕は深夜までレジを叩いている。 どな 最近、やっと慣れてきた。初めの頃は、お釣りを間違えたりして店長によく怒鳴られた。 「お前、アホか ? 橋本が心底呆れた声で言った。 「なんでフ 「美大に入って、コンビニでバイトするヤツがおるか」 「いいじゃねえかよ」 「もっと割のいいバイトはいくらでもあるぜ」 ねむ あき
これじゃあ、この絵は : : : 。僕の、ナントカになっちまうな。と思った。 その絵をイーゼルから外し、新しいカン、、ハスをのせる。 時間はかかるけど、描きなおしだ。 ずいん きよか 気づいたら、とっくに深夜だった。随分長い間、絵を描いていたらし、 し。いくら許可を取っ じたく てあるといっても、さすがにまずい。僕は帰り支度を始めた。 とびら 扉がガラっと開いて、巧がおずおずと入ってくる。端から見てもおかしいくらい、巧は元気 よ、つこ 0 くしよ、つ これが、校内一モテると騒がれた男か、と思って、僕は苦笑した。 「ユキオ。絵、できたか」 レ 僕はそう言って、カイハスにかけられた布を取った。 プ けっさく ~ 「傑作だよ」 け カ 巧は、その絵を見ると、不満そうに鼻を鳴らした。 おこ 描「あのな、ユキオ。こう言うとお前は怒るかもしれないけど、ちょっと下手糞じゃないか ? お前、美大行くんだろ」 「いいんだよ。これで」 さわ ぬの へたくそ
円の父は、目を細めた。 「君は、美大に通っているんだろう ? 」 「はい」と僕は答えた。 「ひとつ、この絵を、描きあげてやってくれないかね」 「僕、がですか」 「うん」 「いいんですか ? 僕で」 ほんとは絵を見た瞬間、彼が何を僕に頼もうとしているのかは、わかっていた。でも、引き 受けてしまってよいものだろうか、と、考えていた。 だれ 「誰が描いても、円は円だ。でも、やつばり君しか頼める人はいないだろう」 タそう言うと、円の父は目をつむった。 おやじ レ ・フ僕はぼんやりと、親父さんが描いた円の絵を見つめた。木炭で描いたラフの上に、絵の具が ラおど の踊っている。僕は、東京の部屋の壁にかかったままになっている、やはり描きかけの円の絵を か思い出した。 描もちろん、タッチも、構図も、絵の具の使い方も、色の決め方も、違っている。 でも、そこにいるのはやはり円だった。 うつむ 描きかけの円が、寂しげに絵の中で俯いていた。 もくたん ちが