ぎもんと 俺はフルネームを言った。この人は、それで自分の中の疑問を溶かすことができるだろうと 1 思ったからだ。 「ああ、そうか。弟さんね」 「兄貴を知ってるんですか ? 」 にあ こ、つすい その女の人は頷いた。うっすらと香水の香りがする。どれもが似合ってる。香水の似合う女 の人としゃべるのは初めてで、俺は緊張した。 たんにん 「昔、魚住君の担任だったのよ」 むす その言葉で、俺の中でなにかが結びついた。 かね 三か月前、京子さんと鐘つきをしたときのことだ。 『ほんとは好きな人がいる、なんて、言われたわ』 『先生だったのよ。六歳年上の。イヤになっちゃう。そんな年上好みだなんて知らなかった』 そのセリフがかたちをとり、俺の目の前に姿をとった。言葉がつながる。そうして見ると、 その女の人をすっと前から知っている気分になった。 ひいらぎ グラマーだけどね。きみたちに教えることになった、柊かすみです」 「今日から、英語を : ・ っとどよめきに包まれた。 そういってペこりと頭を下げると、教室中がほお きんちょう かお
俺はため息をついた。 「そんなに、好きだったのか : およ しおかぜ 京子さんはちょっと考え込むようにして、俯いた。潮風に乗って、髪が頬の上を泳ぐ。照り りんかく つけるようなタ日が、京子さんの顔に、白い輪郭を作る。 そむ きれい とっても綺麗だこの人と思って、俺は顔を背けた。 「好きだったわ。でも、それだけじゃない 京子さんは、首を振った。 こわ 「怖いのよ」 尋ねた。京子さんは、ちょっと微笑んで、言った。 とっても悲しかった。そしてね、もう二 「そう。怖い。あなたのお兄さんが死んだとき・ : 女 おも 彼 度とこんな悲しい想いはイヤだって思ったの。そしたら、人を好きになるのが怖くってね」 の 京子さんは伸びをした。 くかえ マ 「いいなって思う人は何人かいたけど : : : 、好きになるまでにはならなかった。その繰り返し。 遠六年間」 俺は黙って、京子さんを見つめていた。 おくびよう 「臆病だなって、思う ? 」 ほほえ かみほお
俺も好きじゃねえよ。 あやま 「さて、あんたはどうしようもないバカだけど、一応謝らなくちゃね。なんであんたじゃなか ったの、なんて言っちゃいけなかった。あんたがどんだけひどいことをわたしに言ったとして もね、それは言っちゃいけないのよ」 耳から人った言葉が頭の中で意味を持つまでに時間がかかる。なにか言おうとしたが、こわ ばったロは動かない。 「だって、人の生き死になんて、わたしたちが決めることじゃないもの。そうでしよう ? から謝る。ひどいこと言ってごめんね」 どりよく 京子さんの声が、震えだした。泣いているらしい。冷たい声を出そうと努力しているらしい が、気持ちの高ぶりがそれを許さない。そんな声だった。 「あんた、生きてんでしょ ? 死んでないよね ? わたしが大好きだった人の代わりに生き残 女 彼ったくせに、こんなバカやって死ぬなんて許さない。わかってんのフ その瞬間。 イ マ ほんとにこんなときに何考えてんだろうと思ったけど。 遠俺は、ああ、この人が好きだと思った。 こんなときなのに、そう思った。 兄貴を超えたいから、この体を抱きしめたいと思ったんじゃない。 ふる
いっかこんな人を彼女に : ・ : 、なんて、期末テストをこのべッドの上で受けたときには思っ たものの、京子さんは顔を見せねえし、冷静になってみれば無理だ、ありえないと思ったから、 考えないように、京子さんのことを考えないように、と、自分に言い聞かせていた。 でも、それって実はすごく気にしてるからで。俺は京子さんのことを好きだとはっきりと自 みと 覚 : : : 、認めたことで。なんというか、感情が人り混じった。 京子さんは、約束の時間きっかりにやってきた。夕方の五時半。 ふくそう 京子さんがやってくるとどうしても目立つ。病室の視線が一斉にばりつとした服装の若い女 ころ かいだん 教師に注目する。べッドは六個だが、埋まっているのは半分の三つだった。階段から転けて腰 をおかしくした爺さんや、アル中のおっさんだった。 けがにん 退屈しているそんな病人や怪我人たちは、一斉に入ってきた女神を見つめる。京子さんは、 あいさっ ペこペこと如才なく挨拶しながら、病室に人ってくる。 俺のべッドの隣に置かれたパイプ椅子にカーテンを閉めて座った。すると、密室で二人っき おとず りになった気分が訪れる。照れる。 教科書を取り出すと、京子さんは俺に手渡した。 「今日、授業でやったページに、赤線入ってるから」 京子さんに預けた、リーダーの教科書だった。見ると、英文の下に赤線が引いてある。 「京子さんがやってくれたの ? 」 じよさい しせん いっせい
220 席が並んでいるのである。いわゆる席というやつだ。メニ、 並ぶのだろう。二人のために。 カオルがとろんとした顔つきで言った。 すてき あたしのこと可愛いね、だって ! 森崎先生にはも 「いいわあー、あの人、素敵じゃない ? しゆくふく おうえん ったいない彼氏ねー、でも応援しちゃう。あの二人あたしたちのキ、ー。ヒッドだから。祝福を くれたから」 「いいから早くカニ食え。食ったら帰るそ」 「なによ、焼きもち焼いてんの ? 見たでしょあれ。無理だって。あんたより、どう見てもあ ひいきめ の人の方が素敵だもん。あたしはあんたのことが好きだから贔屓目たっぷりに見てあげるけど 、それでもあっちの方が素敵だと思うわ。ごめんねはっきり言う。勝ち目ゼロ」 「うるせえ」 。おやおや、あんた若いから金なんかなくたってオッケー 「服だって高そうなの着てるし : ・ とか思ってないでしようね ? 愛さえあれば金なんかとか思ってないでしようね ? 違うのよ。 ただよ お金は魔法。ほんとよー。お金持ってる男がなんでモテるかっていうと、オーラが漂うからな のよ。金がモテるわけじゃないの。金によってー、漂うオーラがモテなのよ」 だま 「本気で黙れ」 「外見て外」 わか ーにない料理が、そこには
富士見書房 主月春時計 森橋ビンゴ・川上亮・緋野莉月 / 櫛衣けい 三人の物を三人の作家の 視占で描くラブストーリー 高校生・聖司と駿介は舂休みの学校で一人の少女と出会う。少女・慧 は舂休みが終われば留学する予定で、その前に思い出の時計塔を見に きたと語る。その針は動かなくなって久しい。聖司と駿介は「慧が旅 立つ前に時計塔を修理しよう」と計画する。 FUJIMI MYSTERY BUNKO 宀量士見ミス - アリー文庫
202 注文してから、 しい ? と俺に尋ねる。 「いいですよ」 よど それからしばらく、柊先生はしゃべらない。淀んだガラスの向こうを、肘をついて見つめて ーフって言ってたっ いる。絵みたいな人だな。角度によってはほんとに外国の人に見える。 け。いや、クオーターだ。 「先生、クオーターでしたつけ」 おどろ それから柊先生は驚いた顔で、俺の方を向いた。 「それにしちゃ、髪、黒いですね」 ああ、と頷く。 「染めてるのよ」 「ええ」と柊先生が言ったときに、コーヒーが運ばれてきた。パイプとベスト姿で、スカーフ しゆみじん なんか巻いてやがる。地方都市にはわりかしこの手の趣味人が多い。店主はひとしきり、この ただよ 豆がいかにすごいかを語りだしたが、俺たちがなんだかシリアスな雰囲気を漂わせているので すごすごと去っていった。 「ほんとはハ ーフなのよ」 かみ ひじ
260 た 感 そ 教 な し の周科俺 と知 あ か別 じ だ う る し て り 書は か聞 の も う ち でた / し に つ さ飛聞 が 、で あ ら け ち はな そ て で に俺 の 図は 親児も も びき ど る つ 圭 戚 。北出 耳 て 勉み広頃豸 、な た し が図強たげ い金村た を な そ て 柊 才寺 の人 グ い で ん -YI. て 俺館飽あない先 ノレ だ ぐ だ そ て き 勉た が の 生 . の も よ ら の る の 斜 よ自 て い隣人 プ問つ の に の題 話勇 も め習 ど す で も に の で を気 し御だ り 後室 る あ は ク ょ曹 ; っ 聞か る子 は ろ の 力、 子 フ に 席 司した に生 。さ フ ス な 隣昃は行 の 知 。か た な で ん な女 のり ク 場 も てれ ん 子 て た が て 教 フ 所 し る わ 俺け ス を ま ろ で し、 う 知 と う の ら はな た う 女 ず 激か る い 子オ しっ て カ : う る め 動与・ 静 な と 人 か 人 置 は ん な 座カ で し て い 勉 っ た づ 強 〒 て た お 鞄各 ら を で 目リ の 勉て し は 強埋う 有 て 名 話 も し、 人 は せ る か て 席 図 と にそ ヤ 冫ょ クセつ 言舌 の で 取 館 日 も し 耳 込も 込 る で の 神児 ん そ み 妙 : 入 だ で ん た が いな く る 、、 0 ヾ あ
134 「かっこいいのか ? 」 くちびる 「しいって言う人もいる。でも、あたしはそうは思わない。唇がヘン」 つぶや 俺はふうん、と呟いて、前を見た。 「そいつはお前のこと、どう思ってるんだ」 「なんとも思ってないと思う。それがムカつく」 「ムカついたってはじまらねえだろ。人間、好かれるように努力しなくちゃ。うん」 「あんたに言われたくないわよー どな カオルは怒鳴った。 「よかったわね。年上の女教師。憧れが恋に変化しちゃったの ? でも残念でした。あの人、 きちんとお見合いして、恋人だっているんだから」 「恋人じゃねえよ。違うって言ってた」 「でも、相手の人、すつごいお金持ちで、いい男で、おまけに森崎先生にべタ惚れらしいわ よ ? 」 「なんでお前がそんなの知ってんだよ」 「家が商売やってると、いろんなところから情報が入ってくるのよ」 カオルは得意げに言った。 しよう しよ、つこうかいぎしょ 「市内の商工会議所じゃ、大変な噂よー。あのキタムラさんね、クリスマスプレゼントと称し あこが うわさ
「きみはそんなことないよね。周りからのプレッシャーなんか気にしないで、わが道をゆくタ イプだもんね」 「そんなことないっすよ」 そう思った。周りからのプレッシャーに耐えられないから、俺は兄貴の形見のホンダで、 2 4 5 を吹っ飛ばしていたんだよ。 「そんなことあるの。究くんはね、ああ見えて、プレッシャーに弱い人だった。たまに泣いた 、」ま たよ りしてたし。仲がいい人には、そんな風に弱さを見せてたわ。つまり、困ったときに他人に頼 るタイプ。ヘンな話だけど、だからあんなに友達がいたのよね」 京子さんはそれから俺を見た。 「きみは違う。きっと、誰にも涙なんか見せたことなかったでしよう ? 自分の弱さを見せる の、だいっ嫌いでしよう ? つまり一人で抱えて、ぶすっとするタイプ。だからあんまり友達 もいない」 俺は俯いナ しず 夕日が完全に沈み、辺りを闇が包みだした。京子さんは俺の手を取って、帰ろうか、と言っ 京子さんは帰り道、あまり口をきかなかった。 やみ かか