頷い - みる会図書館


検索対象: 遠く6マイルの彼女
227件見つかりました。

1. 遠く6マイルの彼女

170 啓介はメットを俺に渡しながら、 「なあケン。わかってると思うけど、この、、ハイクでとばそうなんて思うなよ。この骨董品で無 ちゃ 茶したら : : : 、今度は死ぬよ」 「わかってる」 うらはら またが 受け取ったメットをかぶりながら頷いた。横から見た車格と裏腹に、跨ってみると意外に小 いっそく さく細く、そして軽い。ハンドルの取り回しがいいんだろう。ニートラルからギャを一速に 入れる。ガコン ! とやたらにでかい音がして俺はびびった。なんだか、いちいち音がでかい。 すな そしてクラッチもブレーキも全部重い。まるで砂の人った袋をぶら下げているみたいだ。 あらあら そりやまあ 走り出すと、心もとなかったアイドリングが荒々しいサウンドに集束していく。 くら よりよく そんなスビードのの 今のエンジンとは比べるべくもないが、なんだか余力を感じさせる : り方をした。 メーターに気づく。キロメーターでなく、マイルメーターだった。 N 2 の部品がなかったん ゅしゆっしよう だろう、そこだけ輸出仕様のメーターがくつついている。 ひょうじ もそうだった。マイル表示は兄貴の趣味なのかもしれない。 よこみち 国道 6 号線から横道に入り、海に抜ける。 しをししハイクだと思った。 海沿いの道を走りながら、こ、つま、 しゆみ しゅ、っそく

2. 遠く6マイルの彼女

京子さんは有無を言わさぬ調子でそれだけ言うと、車に乗り込んだ。ファミレスで安い飯を そそくさと食べると、不機嫌な様子で京子さんは帰っていった。 キタムラという人物の人となりがわかったのは、カオルたちとスケートに出かけた日だった。 うめたてち ほようしせつ おんせん 海岸沿いの埋立地に、保養施設のようなものがある。スケート場はその中にあった。温泉や、 レストランなんかもついている。休みになると家族連れでにぎわう、そんな場所だった。 なぐさ たいぎめいん うれ ふくざっ 留年した俺を慰めるという大義名分がついていた。気持ちは嬉しいが、複雑だ。 しばらく滑ったあと、俺はべンチに座って皆が滑るのをじっと見ていた。 す カオルは啓介を、椅子のようなソリに乗っけてきゃあきゃあ騒いでいる。工業の佐藤は、ホ ッケー用の靴をはいて、華麗なターンを見せていた。 あず 女そのうちにカオルは、啓介のソリを佐藤に預け、俺が座ったべンチのところまでやってきた。 ' の「滑らないの ? 」 たず イカオルが尋ねる。俺は頷いた。慣れないスケートなんかしたおかげで、足首が痛い。 「佐藤のヤツ、卒業したら、。ハイク屋になりたいんだって。物好きよね」 「いいじゃん。人は人、だ」 「そうだよね。ケンはさ、来年どーすんの ? 」 「とりあえず、勉強して大学行こうかな、と」 くっ かれい づ さわ

3. 遠く6マイルの彼女

268 車とバイクの差は、そのまま俺と北村の差なんだろう。泣きたいほどに、頭に血が上った。 「やってみなくちやわかんねえだろ。俺が勝ったら、結婚やめろ。、、 ししな ? 」 「僕が勝ったら ? 」 どげぎ あやま 「今日のこと、土下座でもなんでもして謝るよ」 うなず むごん 北村は頷いた。柊先生が無言で北村の肩をつかむ。北村は笑顔でその手を振り払った。 「僕が負けるわけないじゃないか」 「でもね」 おだ 「くだらないことだってのは、よくわかってるよ。でも、こっちだって見た目ほど穏やかな性 かく 格してるわけじゃないんでね」 その夜、啓介の家についたとき、夜の九時を回っていた。 ゅうれい 啓介は店を閉めようとしているところだったが、幽霊のようにあらわれた俺を見て、中に入 れ、と一一 = ロった。 す 折りたたみの椅子に腰掛けた俺に、啓介は缶コーヒーを放ってよこした。 ちょうせい 「のキャブ、調整終わったぜ」 かべ 杖をついて、壁に寄りかかり啓介が言った。 「もう一手間かけてくんねえかな」 ひとてま し こしか かん

4. 遠く6マイルの彼女

のかた一度もついたことなんかない。 「鐘 ? 鐘すか ? 「そうよ。この一年、いろんなことがあったでしよう。除夜の鐘は、一年の厄をはらう意味も あるんだから」 とにもかくにも、京子さんのお誘いなので、俺は慌しく出かける用意をした。時間は夜の十 ひみつ 時を過ぎている。こんな時間に出かけるなんて、たとえそれが鐘つきでも、秘密のデートをす るみたいで胸が高鳴る。 それから三十分ぐらいして、京子さんはマーチで迎えに来てくれた。 けい・たい 寺は、俺の家から十五分ぐらいの小山の中にある寺だった。小さい頃、町内の少年団で境内 そうじ をよく掃除したことを思い出す。辺りはしんと冷え切っている。俺は、上着のジッパーを首ま 女であげた。 じゅうしよく あいさつか ' の寺の住職と京子さんは顔見知りのようだった。挨拶を交わしたあと、京子さんは俺に言った。 ころ 「うちはここの檀家なんだけど、小さい頃から、お祖父ちゃんに連れられて、毎年ここの鐘を マ ついてたのよ。上京してからも、帰省したときにつかせてもらってたの。別に信心なんてない 遠けど、なんていうか、鐘をつかないと落ち着かないのよね」 住職は、鐘楼の下まで見送りに来たが、用事があるからと去っていった。毎年来ているだけ あって任されているのだろう。 まか しよ、つろ、つ だんか むか

5. 遠く6マイルの彼女

248 うなず のぞこ 俺がそう思って、一人頷いていると、カオルが俺の顔を覗き込んだ。 たんらくてき けつろんみちび 「あんたもしかして、あたしが短絡的にこの結論を導き出したとか思ってないでしようね ? ぶんせき あたしの分析を、ガキの言い草だと聞き流してんじゃないでしようね ? 」 なにげするど 俺はぎくっとした。なんでカオルは何気に鋭いんだろう。 「お、思ってねえよ」 しせん かみ げつこう 俺が視線をずらしてそう言うと、カオルは髪をゆらして激昂した。 「思ってんでしよ。思ってる。あんた人の話聞き流す時、絶対目を合わさないもん」 てきとう 「適当なこと言ってんじゃねえよ」 そう、ぶすっとした顔で言うと、カオルはため息をついた。 わす 「この前レストランであたしが言ったこと忘れたの ? 「だからな、態度が違うんだって」 となり 京子さんは手を握ったら、顔を赤らめた・ : ような気がした。人の感情って、隣にいると かくじっ なんとなくわかる。好意とか、そういう。あのとき京子さんは、確実に俺に好意を感じてた。 こい ささい 「誤解よ誤解。恋した男はね、些細なことを好意と感じるようになる生き物よ」 カオルは指を立てて、得意げに言い放つ。正直憎らしい 「うるせえ」 ぐうぜん 「目が合った、偶然よ。頬が染まった、暑かったのよ。楽しそうだった、楽しいと好きは違う ごかい こうい ほおそ

6. 遠く6マイルの彼女

あきら ろかた しばらく追いかけると、京子さんは諦めたようにハザードを出して、路肩に車を止めた。俺 わす はその後ろにスクーターを止めた。松葉杖を忘れたことを思い出す。 カオルに手を貸してもらって、俺は京子さんの車に近づいた。するすると運転席の窓が開き、 京子さんが震える声で言った。 ートバイを運転していい体じゃないでしよう」 「 : : : 俺が謝っとくから」 カオルはわかった、と言うように頷いた。ドアロックが外れる音がする。俺はカオルに手伝 ってもらってドアを開け、どすんと、倒れるようにして助手席に座り込んだ。 京子さんは無一言だった。唇を噛んで、フロントガラスから視線を外さない。 ギブスがついたままの片足を持って、車内に乗り込み、ドアを閉めた。 女 「京子さん、その : = : 」 京子さんはまっすぐに前を見て、目の下をごしごしとこすった。あちゃあ、と俺は思った。 イ マ 泣いてるし。 おおつぶなみだほお 遠夕日に照らされて、京子さんの顔がよく見えた。大粒の涙が頬を伝い、かたちのいい顎から ぼたっとたれた。 「ごめんね」 たお

7. 遠く6マイルの彼女

みなさん持ってますか ? かか 僕は人一倍劣等感を抱えているタイプの人間で、おおよそあらゆるものに嫉妬して生きてい ます。もうほんとに、なにかっちゅうと人をうらやんで生きてきました。 けっちゃく ひとつ、そんな自分の中での劣等感にけりをつけたくって、このお話を書きました。決着は ついたかどうかわかりません。全然ついてないような気もするし、まあいいやって思えるよう になったのかもしれません。自分でもよくわかんない。でも、この小説書いて、少し自分が好 きになりました。本当です。 こきよう 今回も・ほくの故郷が舞台になってます。 しぎかい ひょう ぶたい いばらぎけん 茨城県市。ぼくえらい。市が舞台の小説を二回も書いたんだから、市議会は・ほくを表 はさ しよう 彰すべきだと思う。あのなんもねえ、海と山に挟まれた辺鄙な土地を舞台に、一一度も小説を書 いたんだから表彰してしかるべきであります。 おのみち きとかなんとか文句を言いながら、次も市を舞台にするつもりです。いや、尾道三部作って ひたち あるじゃないですか。ああいう感じで日立三部作と。ああなんかもう伏せなくていいや。照れ あくさくて市にしてただけだし。そうです、日立三部作と。世に残したいのであります。だっ て日立市、なんにもねえんだもん。見事なぐらいになんにもない。だから・ほくがね、割と故郷 きさつどあいうるわ を愛するこのぼくが、小説を書いてあげる。かわいそうだから。ああこの郷土愛。麗しい のこ しっと

8. 遠く6マイルの彼女

あんたも先生にお礼を言いなさい、ほら、と言われて、俺はべッドの上から京子さんに目礼 むひょうじよう した。京子さんは無表情で、授業中に見せるような態度で「早くよくなってね」と、心のこも ってなさそうな声で言った。その声で、俺はしゅんとうなだれた。 京子さんが昔何度も家に遊びに来た兄貴の彼女だったことに気づいてない母が、ちょっとだ けおかしかったが、なんとも一一一一口えない気分になった。 ようだいたず 京子さんは母に俺の容態を尋ね、学校に連絡しておきます、と言った。母は、しきりに俺の 卒業が大丈夫かどうか気にしていたけど ( 出席日数のこともあった ) 、京子さんは「相談して みます」と言ったきり、はっきりしたことは言わなかった。 通知表には、赤い字で「 1 」が二個ついていた。二個「 1 」があると、たぶん卒業できない。 期末試験の結果は、あまり見たくなかった。 京子さんはため息をつくと、あんなに勉強したのにね、と言った。母はそんな京子さんを促 ろうか がし、二人で廊下に出て行った。そこで二人でしばらく俺の今後について相談したらしい。京 子さんは母と相談した後、病室に入らずに帰っていった。 母は戻ってきて「先生、学校にかけあってくれるって。あんたの卒業のこと」と言った。で も、なんだかもう、卒業できようができまいが、どうでもよかった。あと一年ぐらいやってや るよと、そんな気分になっていた。 もくれい

9. 遠く6マイルの彼女

呟くように、俺は言った。 「一手間って ? 」 「速くしてくれ。頼む」 「やめとけ。言ったろ ? これで飛ばしたら死ぬって。何年前のシロモノだと思ってんのフ こっとうひん 骨董品だよ」 に顎をしやくって、啓介 「頼む」と俺。 啓介は困ったように、頭をかいた。 「なにがあった ? 」 「結婚すんだって」 女「森崎先生 ? 」 がああ、と俺は頷いた。 イ「で、なんでチューニングなの」 こんやくしゃ 「婚約者とレース」 遠「本気 ? 「ああ」 「暇だね」と啓介は言った。 たの ひま あご こま たの

10. 遠く6マイルの彼女

つかさどのうさいぼう 記憶を司る脳細胞の中にはりを突っ込まれ、一気に刺激されたように、過去と今が結びつい ていく。 たんとう 「産休の井上先生に代わって、今日からグラマーを担当されます。彼女はこの学校の卒業生だ。 お前らの先輩だからな。ちゃんと言うことを聞くんだそ」 こどう どくんどくんと、鼓動が早くなる。 よみがえ 音を立てて、ゆっくりといろんなことが蘇った。 むかし もりさききよ、つこ 「森崎京子です。よろしくお願いします」京子さんが真顔に戻り、ペこんと頭を下げた。昔は およ 短かった髪が、肘の辺りまで泳いでいる。 六年ぶりに出あった京子さんは、六年分髪が伸びていた。 ほうかご 放課後、肘をついて窓の外を見ている俺に啓介が近づいてきた。 女 こんらん 彼俺は混乱してて、考えを整理するのに時間がかかっていた。 レ 「お前、激しく様子がおかしいそ」 イ マ 「驚いた」 遠「なにが ? 」 「あの先生、兄貴の昔の彼女」 啓介は目を丸くすると、 いのうえ ひじ せいり の いっき まがお