とはいえ、単純に暴力で殺される、あるいは致死量を超える血を吸われることによる、 ふつう 失血死の危険は普通にある。 ともなけが ちょうしん 出血を伴う怪我の回復力、そして造血力だけは超人的と言っても ) しいかもしれないか、 それらを除けば、あとは基本的に常人と変わりない。 そもそも、この体質自体、普段はまったく意識していない。 今日のように、吸血鬼に咬まれるような異常事態でしかありがたさを実感できないのだ。 しゆいろ だか、もう朱色の苦難は去った。 それなのに、あの夜に映える少女の顔は ルシュラと名乗った吸血鬼の美貌だけは、 の・つり 消えることなく脳裏に刻まれていた。 ア むだ 「 : : : 無駄にかわいいんだよな」 ュ きおくすみ ラ緋水は頭を振って彼女の顔を記憶の隅に追いやり、風呂からあがる。 と ハスタオルで頭を拭きながら、そのまま台所へ向かう。 架 のどうるお げんかん たた 字冷蔵庫の牛乳で喉を潤していると、玄関から激しくドアを叩く音が聞こえた。 銀インターホンは設置してあるのに、相手は何故かひたすらドアを叩き続けている。 イヤな予感がする。 ものすごく、イヤな予感がする。 びぼう
ばってき びしよう はにかむような少女に、緋水も微笑して返す。 世羅玲奈ーーー自己紹介前のオリエンテーションで、いきなり担任からクラスの委員長に 抜擢された、ある意味不運な少女だ。 せいどう この清堂高校では、入学当初のクラスの係決めは、担任の一存で行われる。 特に委員長については、問答無用で推薦入学で入ってきた生徒に白羽の矢が立つらしい がいと・つ このクラスでの該当者は、この玲奈だった。 さいしよくけんび 才色兼備を絵に描いたような少女で、それでいて驕ったところがない。常に周囲を思い つか やって、気を遣っている : : : そんな印象だ。まあ適任だろう。 「このクラス、愛心中出身の人、いないみたいだね : : : まあ、想像はしてたけど ようちえん 「愛心って、あのカトリック系のミッションスクールだろ ? で、幼稚園からエスカレー ター式のお嬢様校。普通はそのまま高等部に進学するだろうから、そりやいないよ」 「まあ、そうだけど : : : あ、でも紅城君もこの辺じゃ聞かない学校だよね ? 「 : : : 多分、出身者は俺一人ー 「そっか、じゃあ : : : 似た者同士だ」 共通する心細さを見つけ、どちらともなく笑い合う。 じよ・つさま すいせん おご
かんじん 「本人はそう言ってたけど、肝心なところはよくわからない。一緒にいたせいで、吸血鬼 0 むだ 関連の無駄な知識だけは増えたけど、俺はごくごく普通の高校生だ」 「私に血を吸われても平気な奴が、普通の人間とは思えんがな」 「吸われなきゃいいだけだ。吸われさえしなければ、俺は普通の人間と何も変わらない。 からだ か 俺の体質は、吸血鬼に咬まれて、初めて特別になる。それより、今日一日人間社会見て、 きおく 何か記憶は戻ったのか ? 」 ルシュラは哀しげに首を振る。相変わらず、彼女の根幹は不安定なままだ。 「しかし、学んだことはある。まずは人間の世のことを、もっと知らねばならぬ。それが、 ひいては私の出自を知ることにも繋がるだろう」 「そりゃあ : : : まあ」 「だから : : : 学校にも行くぞ ! 」 いつもの調子を取り戻し、ルシュラは高らかに宣言した。 しししししいつつつつ むしろ回復しなかった方が、よかったかもしれない。 ごうがんふそん ゆが 傲岸不遜に言い放ったルシュラに、緋水は顔を歪めた。 かな つな いっしょ
なのに、何かが違う。何かがずれている。 きみよう すじよう ルシュラの素性を知っていること、興奮すると浮かび上がるという奇妙な刻印、それら を含めて、何かが根本的におかしい。 ナニモン 「お前 : : : 何者だよ ? 人間か ? 」 「 : : : 失礼ね。人間よ、ごく普通の」 「違うな。お前は普通の人間じゃない れいてつ 緋水は冷徹に言い捨てた。 ぞうお ひとみ そんな彼を見る芽依の瞳には、明白な憎悪が宿っていた。それこそ、殺意に近いほどの。 おこ 「 : : : やつばりな。人間じゃないって言われて、本気で怒るのは、本当に人間じゃない奴 ア 7 だけだ。何なんだ、お前 キ わんりよく きゅうけつき 「日光が平気ってことは、吸血鬼じゃない。だが、腕力がどう考えても女子高生じゃない。 架 字俺の言った型式番号ってのは、図星か ? アンドロイドとか ? 」 だれ ただ : : : 普通に母親のお腹から生まれた 銀「失礼ね、誰がロポットよ。アタシは人間よー わけじゃないけど これ以上の隠し立てを諦めたのか、芽依はどこか吹っ切れた様子で語る。 あきら
あか かつぼう 真紅い口紅が引かれたことで、図らずもかすかな血液がロ内に入り込み、血への渇望が かんわ 緩和される。 「あ、あなた : 「いい奴だな、お前」 「な、何を : 「さっき俺が血を吸われたときも、すぐ近づいてきた。まず俺のこと心配してた。ダメだ けいかい ろ : : : 俺、命令されたんだぜ、足止めしろって。もっと警戒しなきや 「そ、それは・ ア「委員長のこともそうだろ ? 普通に被害者のこと心配して、その証言を信じた。普通は ュ当たり前なんだよ、それが。俺がおかしいんだろうな、きっと」 ラ何か言いかけようとするえるるに背を向け、緋水はよろめきながら携帯電話を手にする。 架「あ、俺だけど。ちょっと来てくんない ? 今どこにいる ? 二丁目のコンビニ ? ちょ さら 字 いや、そも 十、つどしし・ : ソッコーで来てくれ : : : アイツが攫われてさ : : : え、にしい の 銀そも : : : 原因お前だし ! 説明は後でな。じゃ、頼む」 つぶや ブツッと電話を切り、緋水はえるるに背を向けたまま呟く。 「俺、吸血鬼が育ての親なんだ。でもって、俺の実の親殺したのが、その育ての親ー たの いそが
152 あき もちろんそんなわけはないので、呆れ顔で首を横に振ると いっ - ばい ぶちまけ、「まま、一杯ーのノリでさらに勧められた。 「いや、だからいらないって」 き力い はた ・ : と断った後も、傍から見れば意味不明で奇怪な仕打ちを多々行われ、最後にこの部 てじよう 屋に連行され、今に至る。ちなみに両手は手錠でつながれたままで、拘束は続いていた。 「何なんだこれ : : : え、何、俺の何を調べてんのフ ふつう とちゅう 「途中で気づきませんでしたか ? ごくごく普通の検査ですよ、あなたが吸血鬼ではなく、 普通の人間であるかどうかの、ね。 冷ややかに少女は言い放ち、手の中にある資料に目を通す。 「幸い、あなたは検査を全てクリアしました。よかったですね、まだ人間で」 「何を言ってるのか、さつばりわかんないな」 かく 不機嫌を隠さずに言う緋水に、少女もまた不央そうに目を細める。 きしだ 「岸田」 かたわ たたず 傍らに佇む男を顎でしやくると、彼は緋水の前に進み出て、一枚の名刺を差し出す。 その男こそが自分をこの場にさらった張本人だけに、緋水は警戒したが、やがてひった くるよ、つにして名刺を受け取る。 すす 、パックの中身をジョッキに こ、っそく きゅうけつき
236 つら た。人間と吸血鬼ーーどっちか片方だけの味方してればいいのに。中途半端で、一番辛い ルシュラ ことしてる。今までも : : : これからも、きっとそうね。あの娘が自分以外の血を吸ったら、 滅ばす覚悟をしてる」 「何者、なんですか ? 彼は : あっか 「人間よ、ただの。でも、人間以外のモノも、人間並みに扱う人。私の正体知っても : ・ ふつうきより 変わらなかった。そりや、外見は自信あるけど : : : 普通は距離置いたりするじゃない ? でも、変わらなかった。距離を取るんでも、変に気を遣、つでもなくてーーー普通のまま ほころ 芽依の顔は綻んでいた。ただの子作り相手のはずが、いつの間にか、本命に変わってい ヴィクター た。こんな人間に出会っていれば、自分の始祖も、創造主を恨むことなく、幸福な人生を 送れたのかもしれない。 : 私には、わかりません」 ちんもく えるるが沈黙したとき、背後から足音がした。 しゅんかんもうれつめま 振り返れば、緋水がいる。その姿を見た瞬間、猛烈な眩暈がえるるを襲った。 「見ない方がいい ーフのお前でも、下手したら滅ぶ」 しんかん いなきゅうけつきけんぞくすべ かっ 緋水は背にえるるをーーー否、吸血鬼の眷属全てを震撼させる品を担いでいた。 ごうそうクロス それは銀の豪壮な十字架。 ふ うら ちゅうとはんば おそ
アタシたちほんもの あかし 人造人間が人間になった証でしょ ? それがアタシの使命で、高校に入学した目的 D 「なるほどねえ : : : 確かに、そりや人間そのものだ。けど、それなら余計に普通に恋愛し ろよ : : : 巣道なら、その、っちいくらでも : 「う 5 ん、正確に言うと、『恋』は目的じゃなくて、過程かな ? 目的に至るまでの 奇妙な言い回しに、緋水は首を傾げた。 特段、人造人間だの、生命創造の秘密だのには興味がないが、わざわざ高校に入学して じようじゅ まで成就させたい目的は気になる。 「何だよ、その目的って ? 」 たず 尋ねられ、芽依はにつこり笑って答えた。 「子作り D 」 気づいたときには、遅かった。 たお ゆかあおむ いつの間にか押し倒され、冷たい床に仰向けになっている。 またが 見上げれば、自分に馬乗りの格好で跨っている芽依がいる。
彼が樹里に何事か告げると、彼女は腑に落ちない様子で首を傾げた。 : ですか ? でも私、何も聞いておりませんし : ・ : 大体、昨 「え、この時期に : 日は何、も : ・ : とりあえず、お願いします」 「いや、まあそうなんですが、校長に言われまして : 告げた学年主任自身も、何やら腑に落ちない様子だった。 いったんきようだんもど 樹里はさらに首を傾げつつ、一旦教壇に戻った。 「え 5 っと、転入生というか、新しいお友達を紹介します」 「はあっ、何でまた卩 「普通に入学式に来ればいいじゃん」 「つーか、昨日休んだだけじゃねフ 「あ、でも出欠のとき休みいなかったよね ? 」 とうとっ あまりに唐突な発表に、クラス全体がざわめき出す。 こんわく 発表者の樹里自身も同じ疑問を抱えているらしく、困惑していた。 が、来たものはしようがない かか
126 へいおん ルシュラは小さく笑みを零し、平穏な食事が営まれていく。 ほば皿の品が片つきかけたところで、ルシュラが思いだしたように緋水に声をかける。 「あン ? 」 「お前のことも、教えろ : 「はあ ? すす スープを啜りながら、緋水は何言ってんだコイツ ? と首を傾げる。 「今日昼の世界を見て : : : 私もわかった。我が種族は、おそらくもうほとんどこの世界に しオし : いても、隠れて生きている。だから人間も、その存在すら知らない。だが、お前 くわ ふつう は違う。詳しすぎる。『真祖』のことも : : : 普通の人間なら、まず知らないことだろう ? 」 「知り合いに、吸血鬼がいるとか言っていたな。ソィッから : : 聞いたのか ? 」 まっすぐ見つめてくるルシュラ。 ぎようしかたすく 最初はごまかそうと目を逸らした緋水だが、終わらない凝視に肩を竦め、カップを座卓 「知り合いっていうか : : 身内かな ? 」 きゅうけつき かし