おおぎよう かげひそ これまでの冷静さが影を潜め、男爵は激情のまま大仰に手を振る。 きんき きゅうけつき ク主人 「だからこそ、私は決めたのだよ。これまでの吸血鬼が成しえなかった禁忌を 超えクを果たすと ! そのために、『真祖』を求めていたが : : : 本物か ? 男爵の人差し指がルシ = ラのドレスの胸元に伸びる。鋭く尖 0 たは、そのまま彼女の しゅせん ひふ 豊かな胸の谷間に滑り込み、皮膚に一筋の朱線を引く。 「貴様 : あら しゅうち 羞恥とかすかな痛みに、ルシュラが声を荒らげる。爪で軽く抉られた胸の谷間からはか すかに血がこばれ、床に染みを作る。 その意味するところに気づき、ルシュラはハッと視線を落とす。 それは男爵も同じだった。 かって緋水が語った真祖の識別法ーー・その結果がここに。 もんしよう 床には、優美な一輪の薇を思わせる紋章が形作られていた。血はあくまで自然にこば れただけなのに、その紋様は複雑精緻。技巧を凝らしてもやすやすとは描けない紋章が、 確かに床に刻まれている。 どうやら、ついに見つけたらしい 「本物だ : 拳を握り締め、感動にふける男爵。 こぶしにぎし すべ ゆか ぎこ・つ えぐ えが
・ : まあ」 授業初日に緋水がテキトーにぶちあげた設定により、ルシュラは海外暮らしが長くて世 情に疎い : : : とい、つことになっている。 きゅうけつき もっとも、ルシュラ本人は出身地の記憶はまったくない。言動の節々に、吸血鬼の原産 のぞ 地たるヨ 1 ロツ。ハを思わせる言葉が覗くが、その程度しかわからない。 「少し変わってるけど、紅城君とは仲いいよね ? お昼も一緒だし : 「まあ、一応 : なかむつ 緋水からすれば見張りも兼ねての行動だが、やはりクラスメイトには仲睦まじく見えて アいるらしい うきよばな 7 「でもルシュラさん、何か浮世離れしてるっていうか、正直声かけづらいよね : ラ確かに、ルシュラはクラスの女子に距離を置かれている。 AJ 怜奈を始めとした、ごく一部の良識ある女子のフォローでうまくやりすごしてはいるが、 架 字 十浮いているのは確かだ。 の まもの 銀その点、同じ魔物であるはずの芽依は、中々うまくやっている。 子作り目的の入学のためか、女子には興味がないようだが、「人間ーになることが至上 命題だけに、人づきあいは意外にうまい きおく きより
アタシたちほんもの あかし 人造人間が人間になった証でしょ ? それがアタシの使命で、高校に入学した目的 D 「なるほどねえ : : : 確かに、そりや人間そのものだ。けど、それなら余計に普通に恋愛し ろよ : : : 巣道なら、その、っちいくらでも : 「う 5 ん、正確に言うと、『恋』は目的じゃなくて、過程かな ? 目的に至るまでの 奇妙な言い回しに、緋水は首を傾げた。 特段、人造人間だの、生命創造の秘密だのには興味がないが、わざわざ高校に入学して じようじゅ まで成就させたい目的は気になる。 「何だよ、その目的って ? 」 たず 尋ねられ、芽依はにつこり笑って答えた。 「子作り D 」 気づいたときには、遅かった。 たお ゆかあおむ いつの間にか押し倒され、冷たい床に仰向けになっている。 またが 見上げれば、自分に馬乗りの格好で跨っている芽依がいる。
男爵に向き直る緋水。 歯噛みしながら、男爵は彼を睨みつける。 ありえない 、こんな体を持つ人間など。 くつがえ だが現実は無情だ。吸血鬼の常識を覆す人間が、確かに眼前にいる。 しもべ 分が悪いのは確かーーならば、こんなときのために用意していた、玲奈を使うのみ。 そば 視線を玲奈に移したとき、彼女の傍には、同じく利用するためだけのはすの女がいた かりや 狩夜えるる。 事前に緋水達と打ち合わせしていたその役割は、まず一般人である玲奈の身柄の確保。 めざめ ア緋水の覚醒によって、男爵が玲奈から完全に注意を逸らしたとき、彼女は倉庫に足を踏 ュみ入れていた。 キ あわ じゅううで ぎせいしゃ 靴「私の銃の腕はご存知でしよう ? 外すようなへマはしない。ああ、憐れな犠牲者である + この方以外は、どうぞ盾でも何でも、好きになさい。一発や二発銃弾をぶち込んだところ の 銀で、どうってことないでしよ、つし」 こがら せいじゅう 冷たく言い捨て、彼女はその小柄な体には不似合いな武器、聖銃アルゲントウムの銃ロ をかっての部下に向ける。 たて そ いつばん みがら
ていこう だま 「うるさい黙れ。しかし、抵抗が弱いな。お前はあれか、人間のくせに朝が弱いのか ? 確かに、緋水の抵抗はかった。正直このままでも : : : 悪くない 「確か、血流の圧力によるもので、そのような体質の者もいると聞く。どれどれ、血の流 れを確かめてやろう。私は触ったものの血流が読めるのだ。異常があるならば、よりよい みよう ・ : 妙だな、何か下半身に血が集まっているぞ ? 」 食事のために改善せんとな : 「その辺りは思春期の男にとって、最もナーバスな部分だから触れないでくれ : ーか、朝の生理現象もあるけど、原因は、その、何ていうか : そむ つぶ 苦虫を噛み潰したような顔で、緋水はルシュラから顔を背けた。 が、視線だけは彼女を向いている。 正確には、その胸元を。 緋水の胸に押しつけられる、たわわに実った二つの果実を。 そうきゅう 白い双丘は、ルシュラの細身の肉体からは想像もっかないポリュームで、巻かれたバス タオルから零れ落ちそうだ。 せんたんうすももいろ というか、すでに多少バスタオルはずれて、先端の薄桃色の端が 「ぶ、ぶぶぶぶぶ無礼者おおおおおつつつつつリ」 顔を真っ赤に染め、ルシュラは緋水の首筋から離れて往復ビンタをかます。 にがむしか さわ
そっほを向きながら、ルシュラは一一一一口、つ。 しばらく間を置いてから、緋水は、昨夜言えなかった問いかけを口にした。 ・ : 委員長の血、吸ったのか ? 」 「お前 つぶや ルシュラは首を横に振った。同時に、不安げにポツリと呟く。 「 : : : わからぬー : ・何でフ 「わからないって : かわ 「昨日から血を吸っていないから、渇いていたのは確かだ。我慢できぬほどでは : はずだが , 「何で疑問形なんだ ? 自分の体のことなのに ? 「わから、ない : ・ : 今平気でいるのは、委員長とやらの血を : : : 吸ったからかもしれ きおく 「いや、仮にそうだとして、吸ったか吸わないかの記憶は : そ、 2 言ったところで、緋水はルシュラの言いたいことに気づいた。 記憶ーーそれが、彼女にとってはどれほど曖昧なことか。 がまん
なのに、なのにーー・少年の首筋は、なめらかで白い肌のまま。 「どうして : 私は、確かに咬んで、血も吸ったはず : 「ああ、効かないんだ、俺」 「何故卩いかなるまやかしだ 「ただの体質だよ、体。 いくら血を吸われようが、俺は吸血鬼にはならない さらっととんでもない事実を告げ、少年はまた歩き出した。 なっとく 当然、ルシュラはその後を追った。納得などできるはずがない。 吸血鬼の特性その①補足ーーー血を吸われれよ、 ーいかなる人間でも吸血鬼化は免れない。 ゆいいっちりよう まろ 唯一の治療法は、完全に吸血鬼化する前に血を吸った吸血鬼をほすこと。 ただ、それだけなのに。 「貴様、一体何者だ卩」 い、けに、少年は振り向いて気だるげに答えた。 くじようひすい 「紅城緋水」 なぜ まぬか
のが 逃れようと身をよじる緋水。 押さえつける芽依。 通常ならまったく逆の構図のはずだが、 あわれ緋水は少女の細腕にやすやすと組み敷か れ、身動きがとれない。 ばかちから 「屈辱だ : : 何だこの馬鹿カ・ : 卩」 ぼうぎやく おさ 「しつつれいね 5 。これでも初代の暴虐ぶりを反省して、最新型のアタシは大分馬力が抑 えられてるのよ ? せいぜい半分ぐらい」 、どけ " 】」 「豆知識はどうでもいい 「イヤよ 「この : カんでみても、勝ち目はない。昼間なら、ルシュラよりも確実に力は上だ。 大切な何かを失う危機に、緋水はプライドを捨てた。力で敵わないのなら、大声で叫ん で助けを呼ぶ。 大きく口を開いたとき、いち早く察した芽依が動く。 ぎようし 口を塞ぐのではなく、彼女は緋水を凝視した。 みりよく ひとみ 魅力的な瞳が、きらめきを帯びる。 くつじよく ふさ かな ほそうで し
ュ血は吸えなかった。 ラ牙が , ーー動かない。確かに皮膚を裂いた。肉に減り込んだ。血管に届いた。 きようれつあつばく 。目を凝らせば、緋水の傷口から血が 架なのに、強烈に圧迫され、次の行動を起こせない 十染み出てない。 の 銀「まさか : : : 貴様卩」 緋水は動かない。 おおこうけいきんきょ・つさにゆうとっきん 動いているのは、ただーーー首筋を覆う広頸筋と胸鎖乳突筋だけ。 ほくそ笑み、男爵は緋水の首筋に、再び牙を突きたてるー 「吸血鬼化しない・ そんなことがあってたまるか ! 今一度血を吸って、貴様を下 かけ 僕にしてやるリ」 おとり そうすれば、勝機は生まれる。盾にするなり、囮にするなり、使い道はいくらでもある。 「真祖」を目前にして逃げるのは惜しいが、チャンスはいずれまた なり
立場が逆転し、後じさる芽依。 緋水が追ったとき、不意に彼女の足元がもつれた。 「あっ : 反射的に掴んで引きとめようとしたが、遅かった。 たお 彼女の手は掴んだものの、倒れ込む彼女に引っ張られる形で、緋水も床に倒れ込む。 あご ドシン、という音と共に、軽く顎を打ち、かすかに意識が飛ぶ。 やみ いっしゅん 一瞬視界が闇に染まったが、意識を取り戻すのに、さほど時間はかからなかった。 「てて・ あおむ 仰向けの格好で顎を撫でながら、目を開く。 「あれフ うすぐら 両目を見開いているのに、視界はまだ薄暗かった。 ひとはだ それと、顔の両側に人肌のぬくもりを感じる。 はだいろかたまり はっと気づけば、肉づきのいい肌色の塊に顔が挟まれていることに気づいた。 そして、眼前にはピンクの逆三角形の布。 せんじよ、つ 入学したての高校一年生にしてはかなり扇情的なデザインで、布地の面積も小さい。 つか ゆか