むだ とばける気にはなれなかった。どの道、警察も聞いているならとばけても無駄だ。 おろ 「なら話は早いです。あなたも、ようやく自分の愚かさに気づいたでしよう ? この件は 吸血鬼を放置した、あなたの責任でもあります」 「 : ・・ : 俺にど、つしろと ? 」 そうさ 「我々が望むのは、捜査協力です。あの吸血鬼を滅ほすには、罪状の確定が必要ーーっま り、被害者を襲ったことをより厳密に証明しなくてはならない しもん 「アリバイ調べとか、指紋の採取でもやれってか ? 「半分は正解です。あなたにやって頂くのは、歯型の採取です、 ア「何それ」 びみよう ュ「人間同様、吸血鬼もその歯型はそれぞれの個体で微妙に異なる。被害者に残された牙の あと いっち 防痕と、採取した歯型が一致すれば、あの吸血鬼の罪状は確定します。採取するツールはこ すどう 靴ちらで用意しますので、巣道芽依と協力し、彼女の歯型を採取してください」 字 十 そう言いつけられ、緋水は家に帰された。 の 銀午後からの登校後、すでに事情を聞いた芽依と落ち合い、今に至る。 わた 後は採取した歯型をえるるに渡せば、とりあえず二人の仕事は終わりだ。 あや 「何か不機嫌そうね、ヒーくん。そんなにルシュラのこと信用したいの ? 元々怪しいと おそ ほろ
ポカボカと叩き込まれる拳は、吸血鬼だけに一撃一撃がやたら重いがーーそれ以上に、 ひび みよう , 少》い 4 、い」」郷音 ' ( 、 0 「バカア " こ 駄目押しとばかりに、ルシュラは持っていた日傘を彼の顔に投げつけ、そのまま教室か ら走り去っていく。 「あ、おい・ 一歩踏み出したとき、冷めた声がそれを止めた。 「やめなさいよ、追いかけてどうする気 ? 」 ア芽依の言葉は素っ気無かった。 れいこく ュ冷酷というよりは、どこか達観した口調。 キ ひがい ラ 「別に、あの娘の下僕ってわけじゃないんでしょ ? 血を吸われただけの、一方的な被害 しやまがんとりこ 架者。魔眼の虜ってわけでもないみたいだしーー恋してるわけでもない + 「 : : : 当たり前だろ」 の 銀「だったらほっときなさい。それがお互いのためよ」 芽依の言葉は、ひどく大人びていた。 彼女個人が発しているというよりは、彼女の種族全体が学んできた、教訓とでも一一一一口うべ だめお たた たが ひがさ いちげき
212 「滅ばします。それが何か ? 「言ってくれるではないか。だが理由がないな。私は生きるために血を吸うが、お前らは ねら 必要もないのに私を狙うのか ? きゅうけつき 「理由なら、あなたが吸血鬼というだけで充分です。それに、罪状もある。そこの彼が証 明してくれました」 「何っ卩 おどろ 驚いてルシュラは緋水を見る。だが彼は反応せず、ただえるるを見つめている。 おとめ 「うら若い処女の血を、あれだけ吸うとはね。ここ最近では、最も貪欲な吸血鬼です」 「あの、委員長とやらのことか : ネ私では、ない、ぞ : およ ひがいしやきずあと 「この期に及んで言い逃れですか ? 見苦しい。あなたの歯型と、被害者の傷痕は一致し ました。そして鑑定を手伝ってくれたのはそこの彼です」 「歯型 : : : 私の卩お前 のうり ルシュラの脳裏に、身体測定の折に芽依にされたことが甦る。 あれはーーそのための。そしてそれを指示したのは : 「やはり疑っていたのか、私のこと : なみだ 唇を噛み締めたルシュラの目に、うっすらと涙がにじむ。 ほろ よみがえ : ・緋水。 どんよく いっち
昨日の仕打ちを思い返し、緋水は額を押さえて首を振る。 吸血鬼と日常生活を送っているというだけで、あの扱いだ。咬まれていたり、もう完全 に吸血鬼化していた場合、何をされるかわかったもんじゃない。 「あ 5 確かにね。かわいいけど、魔物、特に吸血鬼にはエッラク冷たいから」 「 : ・・ : 何でだろ、つな」 ゅうしゅう つぶや 緋水はばんやりと、昨日からの疑問を呟く。どれだけ優秀な少女か知らないが、あの態 きようき じんじよう れいてつ 一種、狂気じみたものを覚える。 度のでかさと吸血鬼に対する冷徹な態度は尋常じゃない。 「でも彼女、仕事熱心で優秀よ。委員長も心配だし、解決するに越したことないでしょ ? 「 : : : 俺は、そもそもアイツら自体を信用してない」 緋水は苦々しげに一一 = ロ、つ。 芽依の行動ーーそれは、昨夜緋水がえるるから受けた依頼が理由だった。 ちょうしゅ 事件の第一発見者である緋水は、通報の後、そのまま警察署に連行され、聴取を受けた。 「最初に言っておきますが、我々はすでにあなたと同居する吸血鬼を最重要容疑者として ひがいしゃ にんしき 認識しています。うわ言で、被害者が『ルシュラ』と犯人を名指ししています。あなたは 聞きませんでしたか ? 」 : 聞いたよ」
囲 ギリギリで吸血鬼にならないように、配慮して。何考えてやがる : かし ただよさくい 漂う作為の匂いに、緋水は首を傾げる。 あのこ 「 : : : 私には、ヒー君が何やかんや理由をつけて、ルシュラの容疑を晴らそうとしてる ・つてふ、つに聞こえるけど ? 「アイツらしくない吸い方、ってのは事実だ。吸われた俺がよーく知ってる」 いんちょう 「でも、被害者の証言があるのよ ? 歯型の一致とか以前に、それでもうキマリでしょ ? 「かも、ね」 かたすく ぽ、つよう 茫洋と呟く緋水に、芽依は肩を竦めた。 「まあいいわ、この歯型、私から渡しとくわよ。今日中には結果が出るわ かりや 「それ : : : あの狩夜とかいうのから渡された、歯型取るツール使ったんだよな ? そっかん 「ええ、歯科医とかが使うのを、改良したやっとか。速乾型の特殊シリコン。もう少しし たら、完全に固まると思、つけど 「 : : : なるほど 緋水は少しの間目を閉じてから、提案した。 ちよく し力な ? 」 「あー俺が直で渡すよ。警察署行けばい、、 : ど、つしてフ 「そうだけど : にお はいり・よ とくしゅ
あか かつぼう 真紅い口紅が引かれたことで、図らずもかすかな血液がロ内に入り込み、血への渇望が かんわ 緩和される。 「あ、あなた : 「いい奴だな、お前」 「な、何を : 「さっき俺が血を吸われたときも、すぐ近づいてきた。まず俺のこと心配してた。ダメだ けいかい ろ : : : 俺、命令されたんだぜ、足止めしろって。もっと警戒しなきや 「そ、それは・ ア「委員長のこともそうだろ ? 普通に被害者のこと心配して、その証言を信じた。普通は ュ当たり前なんだよ、それが。俺がおかしいんだろうな、きっと」 ラ何か言いかけようとするえるるに背を向け、緋水はよろめきながら携帯電話を手にする。 架「あ、俺だけど。ちょっと来てくんない ? 今どこにいる ? 二丁目のコンビニ ? ちょ さら 字 いや、そも 十、つどしし・ : ソッコーで来てくれ : : : アイツが攫われてさ : : : え、にしい の 銀そも : : : 原因お前だし ! 説明は後でな。じゃ、頼む」 つぶや ブツッと電話を切り、緋水はえるるに背を向けたまま呟く。 「俺、吸血鬼が育ての親なんだ。でもって、俺の実の親殺したのが、その育ての親ー たの いそが
・ : 世も末だな」 「本当に警察か : 「送ろう」 岸田に促され、緋水は仏頂面で車の助手席に乗り込む。 「あの女、ヤケに吸血鬼を敵視してるけど : : : 何かあるのかな ? 」 ひがい くわ 「詳しくは聞いていないが : : : 身内が被害にあったのかもな。そうでなくとも、任務に対 する責任感の強い方だ」 かもく 寡黙な印象の男だが、緋水の質問には意外に答えてくれた。 夜の街を駆ける車の中で、緋水は問いかけを続ける。 やと ア「アンタらの部署って、吸血鬼は雇ってる ? ュ 「 : : : 何故、そんなことを訊く ? キ クリーチャー 防「単なる興味本位だよ。フランケンシュタインの被造物も雇ってるくらいだしな。それに、 もっ 架吸血鬼の知識もかなり持ってるつほいし。ほら、毒を以て毒を 55 的な。いきなり吸血鬼 十を滅ほさないってことは、それなりに人間に気を遣ってる吸血鬼がいるっていう例もある きようとう の 銀んだろ ? ある程度共闘してるとかさ」 「 : : : 中々鋭いな。確かに、彼らは危険ではあるが、限りなく人に近い。献血用の血で満 足する者もいるし、我々に協力を申し出る者もいる。だが、狩夜様の意向もあり、全て断 するど ぶっちょうづら つか けんけっ
じゅんすい とかしきたりだけじゃなくて、純粋に、一回で吸い尽くすのはキツイからだ」 「それはそうかもしれないけど : : : あれ、でも血液って毎日体で造られるわよね ? 変に もど かんかく 間隔開けたりすると、血液の量戻るんじゃない ? そのへんどうなのよ ? たましい がいわん 「俺が言う全血液ってのは、概念上のもんだよ。『魂』の総量と言い替えてもいい。感覚 いっしょ 的には、ゲームののゲ 1 ジと一緒。とにかく、その人間の肉体における、平常時の血 液総量分の血を吸えば、吸血鬼化は完成される。四リットルの血液が総量の人間なら、一 しんちんたいしゃ 括でも分割でもいいから、とにかく四リットル吸えばいい。新陳代謝による増減は考えな ぎしき くて吸血ってのは、いわば一種の儀式だから、現実の血液の仕組みよりも、概念的 アな条件の方が重要になる」 とうと・つ ュ滔々と語る緋水の言葉には、説得力があった。語られる内容も、芽依が知らない吸血鬼 かくしんせま ラの核心に迫るものだ。 かわ ちゅうとはんば 靴「この吸血鬼 : : : よほど渇いてたって線もあるが、だったら委員長の体内に、中途半端に 十血は残らない。吸血鬼化どころか、干からびて死んでるさ。そもそも、とにかく血が欲し の 銀いならもっと被害者は出てる。それこそ、俺も襲われてたはずだ。だから : だから ? 「犯人は、何か理由があって、委員長からわざと大量の血を短期間で吸ってる。しかも、 かっ か
真祖級の吸血鬼ーーーそんなモノが、こんなところに卩。 「まさか : : : あの吸血鬼が、そんな : : 報告では、そんなこと : 「そう : : : 報告されてない。巣道の奴が、一応あのオッサンに言っておいたのにもかかわ らず、だ。そこだけ握り潰されて、お前には伝えられなかった。俺がお前らを信用しきれ なかったのは、それもある。真祖級の吸血鬼が現れたのに、対応が普通だった。信じる信 じないはさておき、俺に確かめるぐらいのことはしてもしし ) ) はずなのに」 かのじよ 「じゃあ : : : 岸田の目的は : : 最初から、ルシュラ : せっしよく かたわ 「だろうな。お前の傍にいれば、その分同族との接触機会が増える。仕事を手伝う傍ら、 アずっと『真祖』を捜してたわけだ。委員長の血を吸った罪をアイツに着せたのは、警察の ュカを使って、捕獲をスムーズにしたかったからだろう。アンタには滅ほしたとか報告して、 かんじん ラどっかに捕ら、んるとか : : けど、肝心の理由がわからない」 架「どうでもいいです、理由なんて ! 真祖級の吸血鬼なんて : : : 何たる失態、今すぐに本 れんらく 字 + 部に連絡して一個師団を投入 : : いえ、ますは装備を見直さないと : の すみ けいたいでんわ 銀緋水のことなど思考の隅に追いやり、えるるは思い詰めた顔で携帯電話を操作し出す。 ひがいしゃ 岸田のことよりも、その被害者のことよりも、まずは真祖たるルシュラの殲滅が優先 もど 結局、彼女の中では全てが振り出しに戻ったかのように見えた。 と さが せんめつ
198 のような人間でも、多少は理解できたでしよう」 緋水は反論せず、べッドの脇のサイドテープルに視線を向ける。 テープルの上には、玲奈の私物とおばしき品が置かれている。 「これ : : : 委員長のかな ? 」 かがや 緋水が手にしたのは、高貴に輝く口ザリオだった。かなりの高級品で、単なるファッシ ちが ョンとは違う、確固たる聖性を感じさせる品だ。 けいけん 「 : : : そうです。家族そろって敬虔なクリスチャンのようですよ。中学もミッション系で、 休日はきちんと教会に顔を出しているとか。ご両親も、教会関連の用事で家を空けている もど ようです。お戻りになる前に、かたをつげなくてはなりません」 「信心深い家庭なのに、神のご加護がないな」 ひがいまぬか 「そのロザリオを首にかけていれば、被害は免れていたかもしれませんね。しかし、吸血 鬼に咬まれるというのは、そういうことです。敬虔な聖女だろうが、罪深い悪女だろうが、 まものお 咬まれれば人外の魔物に堕ちる。人が知る中で、最も平等で最悪の病です」 「なるほど」 緋水はムニッとえるるのほっぺたを摘む。地味に指先には力がこもっていた。 「 : : : 何するんです ? 」 わき つま